ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 81〜人としての幸せ〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(05/ 4/28)

竜神王の主張の根拠が根底から覆された。公になれば、以後の発言力に大きく響く事になる。
これだけの好材料を得たのであればどのように使おうが思いのまま。
派手に行くも良し、陰湿に行くも良しだ。リリスに腹案があるのならそれを聞いてからでも問題無い。

「この件は直接、出来れば竜神王その人のみに伝えた方が良いと思う」
「何でだ?」
「定量の効力であれば、範囲が限定される程効果も大きいという事かね?」

神界全体に暴露する策は一時的な効果は大きいが長い目で見るなら下策。
その時にこそ結束が乱れる事もあるだろうが下手をしたら主流から竜神族を排除して
残りの神族で一枚岩になられては却ってやり難くなる。それに大袈裟に広めると当然
反デタント派の耳にも入り、せっかく沈静化している反対派の動きを活性化させる恐れがある。

「だったらこっちのトップから向こうのトップに直接伝えて、そこから竜神王を咎めるんじゃ駄目なのか?」

向こうとて余計な混乱を招くのを好む訳が無いので内々で最低限の処理で済ませるはずである。
何もこちらがあれこれと思い悩まずともそれで一つ貸しを作る事が出来る。

「それでは竜神王の面子を潰す事になる」
「何故我々がそこまで気を使わねばならんのだね?」

確かに竜神王の面子は丸潰れになるだろうが、どうせ直接言い含めるだけだろうし周囲に
対する影響は出ないようにするはずだ。竜神王本人は荒れ狂うだろうが精々側近連中と天龍童子に
制裁が下るぐらいで済むだろう。全体の構図に影響は出ない。

「そうなると、恐らく責任を取らされる、いや押し付けられるのは小竜姫じゃ、それがマズイ」
「はぁ? たがが竜神の小娘一匹ぐらい処刑されようが封印されようが関係無ぇだろ?」

アスモデウスがスッ頓狂な声を上げるがそれも当然、神族の末端がどうなろうと関係無いはずだ。

「横島が神族の中で最も慕っておるのが小竜姫じゃ、それが処罰されるとあってはの…」
「何だそりゃ? 惚れてるって事か?」

いっそそのように浮ついた感情ならまだ都合が良かった。そんな物リリスの魅了を持ってすれば
如何様にもなる。出会った当初こそ“女”として見ていたが、自虐時代に修行をつけてもらい
さながら姉のように慈しまれていく内に、元々あった妄念は崇敬へと昇華した。当時の横島は
トラウマから情欲めいたものを忌避しており感情そのものが凍り付いていたのも大きい。
小竜姫がいなければ間違い無く横島は今頃生きていなかっただろう。

「小竜姫が処罰されては横島が責任を感じるであろう、自分の所為だ、とな。そうなっては罪悪感から
 余計に神族に傾倒するか、もし小竜姫が処刑されれば神族を憎悪するじゃろうが魔界からも遠のくであろうよ」

もし小竜姫が処刑されてもパピリオが妙神山預かりになっている限り、横島は神族に敵対出来ない。
現状ではアシュタロスの遺児を両方共魔界に引き取るのは不可能な為時を待つしかない。
パピリオは言わば天秤の重り、彼女が動けば横島の心もそちらに傾く。
もう一人横島の心を大きく占めている“妹”がいるがそちらは比較的問題無い。
ほぼ無条件で横島の動きに追従する可能性が非常に高いからだ。

「な〜んか匂うんだよな〜リリス? お前まだ何か隠してっだろ?」
「“何か”とは?」
「アスモの勘は当るからね、今迄の話だけだと“彼”をここから遠去けた理由としては弱いのではないかね?」

リリスは横島の記憶を覗いて総ての事情を把握していると言っているが、その中身総てを
話している訳では無い。この場にいる三柱は一応デタント派で歩みを揃えているが、一心同体
と言う訳でも無い。あわ良くば主導権を取ろうとしがちなリリス、それを牽制するバアル、
主導権などという面倒な物に興味は無いが他者の下風に立つのが何となく癪に障るアスモデウス。
尤もらしい事を言って場のイニシアティブを取ろうとしているのであれば一応阻止しておくべき。
まとまりがあるようで無い、なかなか難儀な集団である。

「まったく…“早い”のはアッチだけで良いものを…」
「「やかましい」」

元より無理があるのは承知していたのか強引に惚けるつもりは無いようだった。

「飽くまで可能性が低いものではあるが…竜神側がゴリ押ししようと思えば材料が無いでも無い」

続けて語られたのは横島がいれば間違い無く竜神族を庇おうとする為に言い出すであろう事実。
嘗て横島の霊能を目覚めさせるきっかけになった授かり物“心眼”。
それは小竜姫によって与えられた物。だがあくまでも授けられたのは“小竜姫の”竜気なのだが
その後小竜姫が明言している。自分と“天龍童子から”のプレゼント、と。その時点で
言霊が生じている。だが過去に竜神王が主張したのは褒賞を与えたという事、それは美神の懐の中。
横島の記憶映像によれば、竜気を授けたのはその場の思いつきであり事前に準備していたとは思えない。
しかし横島が自分の記憶の所為で小竜姫に迷惑が掛かる可能性に気付けば間違い無く庇おうとする。

「オメェよぉ、忠夫に過保護過ぎねぇか?」
「彼が事実関係と状勢を知らないのであれば教えた方が良いのではないかね?」

横島の思惑と関わり無く、彼を中心とした綱引きのような状勢が出来上がっている現状。
天龍童子からの報酬を美神がピンハネしたのは事実であり、それは変え様が無い。
自分が竜神族から取り込まれようとしている事を知らないらしいのは小竜姫が情報を止めていた
としか考えられない。あるいはその師たる猿神か。だが横島は自身の目指す物の為に新たな
道へと踏み出す事を選んだ。ならばそれに付随して発生する事に対して直面する覚悟はあるはず。

「そんなに初めての弟子が可愛いもんかねぇ〜?」
「自分が神魔双方から受けている評価についても、彼はちゃんと把握していないのではないかね?」

二柱が口々にそう言ってくるのを聞きながら、確かに過保護気味になっていたかのような気がするリリス。
本人の意志と関わり無く神魔の、言わばパワーゲームに否応無く巻き込まれている。
最初はほんの好奇心からチョッカイを掛けただけだったが、そこから解った意外な事実を伝えた後の
一切迷いの無い態度。リリスのような高位の魔族に対しても臆する事無く、と言って媚びるでも無く
純粋に師として慕って来る素直さ。可愛く思うなと言う方が無理だ。
急激な状勢の変化はリリスも好まない、ほんの軽い一石を投じるだけで良い。

「現状についてはゆるりと教えていけば良いじゃろう? 今の綱引きの状態での中心点を
 ほんの一尋だけこちら側に手繰り寄せる事が出来ればそれ以上は今は望まぬ」
「アイツが板挟みになって苦しまないように心配してるようにしか聞こえねぇが?」

決断を急がせるつもりも無いし、不安な訳でも無い。横島は一旦身内と認めた者を切り捨てる事など
絶対に出来ない。ならばそんな苦渋の決断を彼が二度とする必要の無いようにデタントを安定させて
しまえば良い。ただし今よりほんの少しだけ、魔界側に有利なように。目くじらを立てる必要も無い程度に。

「竜神王が今の主張を撤回する必要は無い。ただ妾の干渉を“寛大に”認める態度を取る
 だけで既得権益の何も失う事も無い。随分と“お得”な取引であろう?」

あくまで茶々を入れて来ようとする朋輩を無視して自分の主張を続けるリリス。
それ程無理な提案のつもりは無い、向こうにとっては迷う余地の無い取引のはずだ。

「お前の言いたい事は解らんでも無いが、その話には一つ穴があるぞ?」
「そうだね、それだと出来るだけ竜神王以外の耳に入れずに取引を持ちかける必要がある」

だがそれは不可能な事、こちらから竜神王へのホットラインなど無いし最高指導者の耳にも入れられない。
小竜姫を通じてという事になれば、当然取り次ぎの者や王の側近の耳にも入る。余人を交えず一対一での
面談を申し入れる事が出来る程彼女の身分は高くない。だがそんな事はリリスも承知の上だ。

「もう一柱おろうが? 取次ぎ無しで直接竜神王に会う事が出来、更に人払いを命じる事の出来る高位の存在が」
「まさかあの魔猿か?」
「…なる程、猿神ならそれが可能だが、今度は奴にどうやって伝える? 
 現状を理解していない横島には無理だろう?」

猿神であれば例え相手が竜神王だろうが気安く面会出来る。何より横島の師でもあるので前後の
事情を詳しく話せば妥協を引き出す事も可能だろう。問題はどうやって話を持ちかけるかだ。
事が事だけにジークやワルキューレでは役者不足の感がある。

「なればこそ、妾が直接妙神山に出向いて話をつける。あそこなら妾でもギリギリ出向く事が出来るでな」

リリスのような高位の存在が人界に出向いたりしたら大騒ぎになるが神族の人界駐留地である
妙神山なら問題無い。現に同等の高位神族である猿神が既にそこにいるのだ。

「ハッハーッ! こりゃ面白ぇや、土産話聞かせろよ?」
「待ちたまえ、そんな軽はずみな。君のような高位の魔族が神族駐留地に行くなど前代未聞だろう?」

単純に面白がるアスモデウスと違い、バアルが尤もな意見を言うがリリスにとっては何処吹く風だ。

「デタント自体が前代未聞であろうよ、それを推進し更なる友好を深める為に魔王の一柱たる
 妾が出向くというだけの事。なかなか心温まる話じゃろう? 一度かの猿には会ってみたかったしの」

白々しい事この上無いが、ありえない話でも無い。今は有史以来初めてのデタントの時代なのだ
どんなことが起こっても、ある種のテストケースという言い逃れは聞く。また偶然ながら
会見の相手が猿神というのも良い。神族の中では過去の行状がお世辞にも品行方正とは言い難い存在だ。
他の頭の固い神族のように四角四面にしか物事を捉えられないという事も無いだろう。

「…何か言いたい事は色々あるが、やめとくか…」
「君の気持ちは理解したが、それでは美神令子はどうする? かなりマズイ立場になるのではないか?」

バアルにしてみれば、横島の事を思い遣って小竜姫の立場を斟酌するのであれば美神とて同様の関係者。
表立って神界からの懲罰など無いだろうが、竜神王その人の不興を買う事は間違い無いだろう。
横島にしてみればそれとて不本意極まり無いはずである。だがリリスの返事は到って素っ気無かった。

「あのような女がどうなろうと知った事か。我が弟子に対する過去の所業の数々万死に値するわ」

吐き捨てるような口調で言うリリスの様子に意外そうな声が集まる。

「何でだ? 忠夫の奴は元はあの女の色香に迷って一緒にいたんだろ? 今でも別に悪感情は無いはずだぜ?」
「確かに、クビになったとは聞いているが今でもある種の好意は持っているのではないかね?」

「喧しい!…横島はこれより男を磨いて後相応しい伴侶を得て、人としての幸福な一生を送れば良い。
 じゃがその伴侶として最も相応しく無いのがあの女じゃ、あのような女横島に近付く事すら許さぬ」
「…何か言うべきなのだろうが…適切な言葉が見つからないよ」
「オメェよぉ、それって息子に悪い虫がつくのを心配する“母親”だぜ?」

思いもよらぬリリスの反論に呆れたような言葉を返す残りの二柱。
だがそれを聞いてもリリスは怯む事無く更に言い募る。

「“虫”と言うたなアスモ? 正しく! あれは唯の寄生虫じゃ、
 大した力も持たぬくせに横島の力に寄生してのさばっておったに過ぎぬ」

公平に見て、美神の実力は“大した”物であり超一流のGSである事に間違いはない。
だがリリスのような存在から見れば取るに足りない卑小な人間に過ぎない。
神魔の依頼を受け、様々な修羅場を潜り抜けてきてはいるがリリスから見れば、それは横島在っての事。
月然り、アシュタロス戦役然り。メド−サを倒したのも、魂の結晶を破壊したのも総て横島単独。
“切り札”とやらの合体攻撃とやらも大して役に立たず、アシュタロスの残骸に過ぎない
魔体を破壊出来ただけ。人界が破壊し尽くされる瀬戸際だったとは言え、それはリリスの知った事では無い。

実際には他にも色々と諸般の事情が複雑に絡み合っていたのだが、そんなことは関係無い。
リリスがそう受け止めた以上はそれが彼女にとっての真実なのだ。

「あのような女、男も寄り付かぬまま精々孤独な老後を迎えれば良いのじゃ」

気炎を吐いたリリスがそんなことを話している時に部屋の外に見知った気配が近づいて来た。

「おいおいちょっと早過ぎねぇか?」
「まだあれから一時間も経ってないが…」

「師匠〜四人纏めて昇天させてきました〜」

先程追い払ったばかりの人間が些かゲッソリしつつもノルマをこなしたらしく戻って来た。
三人娘はともかくフレイヤは一応上級魔族なのだがそれも含めて一時間足らずとは少々早過ぎる。
少なくとも人の子に可能なワザではない。だがそれには相応の理由があるようだった。

「横島よお主…全身から淫魔フェロモンが出ておるぞ?」
「へ? それって俺がフェロモン系って事ッスか?」

人間の中にも稀に強烈な性フェロモンを放つ者もいるが横島のそれはその範囲に留まらない。
明らかに人間の放つ物とは異なっている。

「おいおい、とうとう人間辞めたか?」
「リリスよ、これは明らかにやり過ぎではないかね?」
「違う…妾は何もしておらぬ。横島の先祖に淫魔の血でも混じっておったのか?」

咎めるような朋輩の声に意外そうな夜魔の声が返る。

「淫魔って…色魔の親父ならいますけど?」
「このまま人界に戻ったら正しくイレ喰いだぜ?」
「それ以前にまともに歩く事すらままならぬ。そこら中の女が纏わりつくだろう」

少々不安そうな横島の返事に残りの男共が声を被せている。

「お主の体からは我が眷属のみが持つフェロモンが放たれておる。本来在り得ぬ話じゃがな。
 取り敢えず妾が封じておいてやろう、少なくとも人界で発現する事が無いようにな」

余程リリスの躯との相性が良かったのだろう、と言われても横島にはピンと来ない。
ほんの一時ではあるがリリスと横島は魂ごと身も心もドロドロに溶け合っていた。
それでも人間に発現する能力ではないのだが何事にも例外はあるらしい。

「え〜と、それって俺がもう魔族になっちゃったって事ッスか?」

詳しい事情の解らない横島が自分に解りそうな範囲での予測を口にするが思い切り外れだった。

「お主は人の説明を良く聞かんようじゃの、既にその事は言うたであろう?
 お主の魔族化は魔界に来る前から一切進んでおらぬ、勘違いするな」

現在架せられている封印を解いた際に段階的に進むはずだった魔族化が、一気に進むようにしただけ
であり、その際魂の従属物たる肉体が速やかに変貌するための準備を整えたに過ぎない。
理性を保った状態での人間の肉体から魔族への変貌は想像を絶する激痛を伴うのだが
その時間を少しでも短縮する為にも今の内に出来るだけ魂だけでも強化した方が良い。

「激痛ってどれくらい?」

激痛云々に関しては聞いて無いはずだと思いながら、恐る恐る横島が口を開く。
それに答えたのはバアルの朗らかな声だった。

「大した事は無いよ、先ず両手両足がボキッと折れて肋骨にヒビが入って蹲った処顔面にサッカーボールキックを
 喰らい大の字に引っ繰り返った後でジャイアント・シルバのシューティングスタープレスが炸裂する程度かな」
「大したことあるわいっ! つーかそれ以前にシルバのシューティングスタープレスってありえんだろ?」

バアルの形容するような痛みを以前にも受けた事があるのを思い出しながらも、そんな目にあえば
充分以上に死ねるだろうと思う。それ以前に想像もつかないような例えを出されるのも困りものだ。
体重200kgを超えるレスラーが難度D以上の空中殺法を使うシーンなどリアリティーが無さ過ぎる。

「そうかな? 橋本○也が140kgある時にムーンサルトプレスを決めた事を思えば大差無いだろう?」
「大有りじゃっ! ってか何でそんなにプロレスに詳しいんだ?」

バアルの発言内容が余りにマニアック過ぎるのでつい口をついて出た疑問だったのだが
マニアにその得意ジャンルの質問を振ってはいけないという見本のような結果になった。
言葉の洪水の後に憶えていたのは、ガチンコよりもけれん味たっぷりのアメリカンプロレスの方が
好みで、ご贔屓のレスラーがジョニー・B・バッ○というくらいだった。

バアルの妙な発言に流されて、場の空気が一気に変わってしまったような雰囲気になる。
なんとなくそれが解った横島は、自分の戻る前の話題が何だったのだろうと何故か気になった。

「あの…俺がいない間ってどんな話してたんスか?」

別に他意があった訳でもないが、リリスに質問してみた処明確な答は返って来なかった。

「あ〜美神令子が行き遅れて孤独な老後を迎えるってな事を話してたんだよ」

代わって意外過ぎる内容を話し掛けて来たのはアスモデウス。
横島から見た美神は山のように、いやエベレスト三個分程の人間としての問題点があるが、
無論それだけの人間ではなく、女性らしさや可愛らしさも併せ持っている。
結婚相手など幾らでも見つかるはずだった、極端な選り好みさえしなければ。
その事を言ってみた処、返って来たのは冷笑を含んだ答だった。

「その美点を理解しているのはお主以外で誰がおる? 相手に伝わらない美点など無いも同然」

確かに美神の“良さ”は解り難い、長く側に居て初めて理解出来るという点も多い。
そして美神の側に長くいる、というだけでかなりの難事なのだ。特に男の場合は第一に生命力が要求される。
後は知力・体力・時の運である。それらの諸条件をクリアして間近で彼女を見続けて初めて見えてくる。

現状で美神の真の姿を理解しているのは横島以外では皆無と言って良い。
唐巣は美神の美点は良く理解しているが、幸い悪辣さの総ては知らずに済んでいる。もし悪徳の限りを
尽くし世界中の富を所有する事こそ自分に相応しい、などという本音を聞けば世を儚んでしまうかも知れない。

西条は美智恵健在だった頃の美神の可愛らしい印象が未だ色濃く残っており、半ば無意識の内に彼女の
クリミナルサイドに目を向けないようにしている。もし総てを知った日には逮捕するしか無くなるからだ。

逆に美神の見せかけの“強さ”に惹かれて近寄って来るような男では彼女の美点である“弱さ”を
きちんと受け止める事が出来ない。本人が自分で思い込んでいる程の剄さは彼女には無いのに。

横島の脳裏に或る情景が浮かび上がる。とてつも無く豪奢な住まい、身の周りの世話を焼く者達には
事欠かないが総ての者は金銭的な契約に基づく関係。訪ねて来る友人はいるだろうが、それぞれに
生活が有り家族が居る。大した頻度にはならないだろう。偶に訪ねて来た友人に対し表面上は平静を
装いながらもそれを無上の楽しみにし、来るあての無い客を心待ちにする寂しい日々。
だがそれも長くは続かない、彼女のようなタイプは間違い無く誰よりも長生きしそうだ。
友人達が安らかに永眠し、数少ない人外の長命な者達が極稀に訪ねて来るかどうかの生活。
生来の意地っ張りさ故に妹を頼ろうともしないだろう。

私が若い頃は引切り無しに男達から求愛されたが自分につり合う男などいなかったので独身を
通したという空虚な自慢に相槌を打つ使用人達。世界で最も贅沢で豪華な哀愁漂う専用老人ホーム。

(アカン、涙出そう…)

人界で突出した妄想力を持つ横島ならではの臨場感溢れるイメージ。思わず自分の想像に
感情移入しそうになるが、危うい処で踏み止まれた。これも成長の証だろうか。
だがこれはあくまで想像に過ぎず、未来はまだ確定していない。

「で、でもまだ解らないッスよ? 美神さんが変わる可能性もあるし、どんな男と出会うかも解んないし…」
「言うてて虚しうならんか? 容易く変わるようなタマか? アレが?」

必死に言い募る反論はアッサリと蹴散らされる。リリスにしてみれば横島が美神を庇おうとするのが面白く無い。
気分は既に“息子”が家に連れて来た“彼女”を値踏みした挙句に嫌悪する母親である。
簡単に事前の話題を誤魔化す事が出来たのは重畳だがそれはそれだけ横島が美神の事を心に掛けているという
証明に他ならない。それが益々面白く無い。さり気無く美神を厭うように思考誘導する事を決心するリリスだった。

「話はここまでじゃ、妙神山へ行くぞ。今後のおぬしの指導について話し合う必要がある」

バッサリと話題変更する為にリリスが建前を持ち出した、とは言え虚言という訳でも無い。
事実複数の者が指導する場合は互いの流儀が相殺したりする事の無いように事前の確認が必要になる。

「へ? いきなりッスね」

言われて初めて意識したが魔界での自分の選択を妙神山の面々にどう説明したものか悩んでしまう。
自分の選択に悔いなど無い、だが今迄世話になった師匠達の事を斟酌しなかったのは明らかな落ち度。
横島の究極の目的、ルシオラと再会する、の為には何でもする覚悟はある。だがだからと言って
今迄受けた数々の恩を無碍にして良いという事にはならない。どう言い出せば良いのか悩みは尽きないが
あの面々に嘘だけはつきたくない。総てを包み隠さず正直に話すつもりだった。

「待ちたまえリリス、いきなりはマズイだろう?」
「だな、誰か先触れを遣わすか…ジーク、じゃねぇやワルキューレを遣るか」

どうやらアスモデウスはワルキューレとの賭けの約束は守るつもりのようだった。
ジークは極力リリスには近付けない、賭けの約束を履行しないとギャンブルが成立しない以上
当然だろう。余談だがワルキューレがジークからリリスを遠ざけようとしているのと、
リリスが横島から美神を遠ざけようとしているのは非常に似通った図式ではある。

「ふむ、ワルキューレが出向いて用件を伝えるまで時間があるの… 
 お主ら何ぞ我が弟子に技なりと一手授けぬか?」

そう言われた二柱が興味深そうに横島を見遣っている。彼らも人間の弟子など持った事は無く、
リリスの入れ込み具合に興味をそそられてはいたのだ。先ずはアスモデウスが剣を教授する事になった。

《鍛錬室にて》

「俺の剣は小竜姫みてぇにお上品じゃねぇからよ、殺す気で来いや」

いきなりそう言われても横島とてすぐにその気になれるものでもない。
だいたい今回は休養に来たのでは無かったのか。確かに強くなる事を選んだのは自分なのだが。

大陸には、愚者は人に物を贈り賢者は人に言葉を贈る、という諺がある。技を伝えると
いうのは最上級の好意なのだろう。今回に限り有り難迷惑という気がしないでも無いが。

だが今の横島は強くなる事に迷わない、そしてリリスに師事すると決めた。
その師の命とあれば逆らう事など思いもよらない。

開始の合図も何も無い、いきなり横島から突っかけた。相手の力量が遥かに上回っている
のは解り切っている。初手から殺す気で全力で掛かって行った。
不意打ち・正攻法・奇手、総てが難無く防がれた。持てる技量の総てを尽くしても届かない。

「弟子がこの程度じゃ小竜姫も大した事無ぇな」

その声を聞いた瞬間、横島の中で何かが弾けた。自分への侮辱など聞き飽きた、気にする必要も無い。
だが敬愛する師匠への侮辱は断じて聞き流せない、せめて一矢を報いるべく文珠を生成する。
刻む文字は《超》《加》《速》、続けて刻むのは《最》《大》《強》《化》。それを霊波刀に添えて
叩き込む渾身の一撃。致命傷は無理でも何がしかの傷は追わせられる、と自信を持っての攻撃。

その攻撃にアスモデウスは反射的に動いた、無造作な横薙ぎの一撃をもって。
結果、横島の体は腰の辺りから綺麗に上下に両断された。
それを見て、誰よりも早くリリスが動く。二つに分かたれた弟子の体を繋げ強力なヒーリングを施す。
遅れてバアルも動いてそれに協力し、我に返ったアスモデウスが更に力を添える。

「こぉ〜の馬鹿者がぁ〜っ! 殺す気かおのれはっ!」

リリスの怒号が天地を裂きアスモデウスを追い詰める。

「いや…そいつがあんまり良い殺気かますからよ〜」
「“良い殺気”では無いわ戯けがっ! もう良い、お主は何かアイテムを寄越せ」

追剥ぎ宜しくアスモデウスの身に着けているアクセをリリスが取り上げていると
三柱掛かりのヒーリングで回復した横島が目を覚ます。

「あ〜死ぬかと思った…」
「死んでたんだがね…」

暢気な口調で喋る横島に苦笑混じりのバアルのツッ込みが入る。
そんなバアルからは虚空から呼び出したヘアバンドが横島に渡され、リリスから強奪済みの腕輪が渡された。
毟り取られたアスモデウスは隅の方でイジけていたが、情容赦無くリリスが引き摺り戻して行く。

「バアルもアイテムで済ますつもりかえ?」
「…幻が見えたよ、彼につい触発されて手加減を間違えてしまう自分の姿のね」

本来人間の攻撃でダメージを受けるなど有り得ない為に予想外の衝撃を受けて瞬間的に加減を
忘れる可能性はある。彼が見た幻影は少々のダメージを受けたバアルが横島に組み付いて
ノーザンライトボムを決め、相手の頭蓋を割り頚椎を砕いているものだった。

「“それら”の説明は君に任せるよ、妙神山に行く前に身に着けさせておきたまえ」

そう言うと横島の手にあるヘアバンドに手を翳すと魔力を照射して主を認識させた後で部屋から出て行った。
まだイジけていたアスモデウスはリリスにゲシゲシと蹴りを喰らい渋々と同じ事をして部屋から出て行った。

残ったリリスは横島をその場に立たせると、甲斐甲斐しく埃を払ってやりアイテムを身に着けさせていく。
バアルからの贈り物はヘアバンドのように見えていたが実際には額冠で黒地の金属に黒い魔晶石、
バアルの魔力の結晶化した物、が埋め込まれており、アスモデウスから毟り取った物はミスリル(真銀)地に
紫色の魔晶石が幾つも埋め込まれている。それぞれが見事な出来栄えで、さながら一個の芸術品である。

「あの〜これは何なんスか?」
「ん? ああこれは“精神の腕輪”と“知識の額冠”じゃ」

精神の腕輪とはあらゆる精神攻撃を無効化し、精神操作も遮断する、言わば精神の鎧。
知識の額冠とは森羅万象の知識を網羅した、言わば万能型対話式辞典とも言うべきもの。
だが百科事典と同じで使いこなせなければ単なる場所取りにしかならない。

「使いこなせそうにないんスけど…」
「慣れれば大丈夫じゃ、それと妾からは既に“魔眼”を授けてある」

主な能力は魅了、だがようするに催眠能力に特化した瞳術である。効果を低くすれば有効範囲が広くなる。
ただし女を口説く時に使用するのはくれぐれも厳禁との事で、魅了眼無しで会話と態度で女心を理解した上で
同衾にまで持ち込んだ後は解禁だそうである。事も無げにリリスが続ける。

「お主には一夜妻100人斬りを取り敢えず目指してもらう」
「はぁ?」

一瞬我が耳を疑う横島だったが平然とした声で説明は続いて行く。
単なる“遊びで”ではなく、その時限りでも本気で相手の美点を見つけそこに惚れこみ
間違い無く無上の幸せを実感させる。その後の行為の有無は流れを読んで絶対に無理強いはしない。
行為に及ぶ際はもう一度会おうと思わなくなるくらいに、恐怖心を伴う程の限界を突き抜けた快楽を与える。
ベッドに入った後の横島は人界最高のテクニシャンな為それに関しては問題無い。
大切なのはその前の段階、言ってみれば平常心を保った上での対人心理戦。
相手の事を短時間で奥深い処迄理解し、自分の心をその側近くに寄り添わせる。

「何か凄ぇ難しそうなんスけど…」
「出来ぬとは言わせぬ、これが出来ねばお主の“男”としての急激な成長など望めぬ」

横島の弱気な発言は師匠の言葉で一蹴される。普通なら時間を掛けて年相応にゆっくりと
成長していけば良いが、他にもやらねばならない事が多過ぎる為チンタラやっている暇は無い。

「お主は後には退かぬと決めたのであろう? ならば前へ出よ、先へと進め。まごまごしている暇など無いぞ」
「了解ッス」

難しい・出来ない、では済ませられない。今迄も常にそうして困難に挑んで来たはずだ。これまでに
やってきた事と余りにも畑違い過ぎる為に戸惑っていたが、出来なかった事に挑むという点は変わらない。

「師匠、俺頑張りますんで、もしも途方に暮れた時とか助言を聞きに来ても良いスか?」

やる前から弱音を吐くのは嫌だが絶対に大丈夫と言い切る程自惚れてもいない。
これから先相手取るのは“心”という実体の無いモノなのだ。

「水臭い事を言わず何時でも来るが良い、我が寝所の扉は常にお主の前に開いておるぞ」
「いや寝所はちょっと…」

師の好意は有り難いのだが毎回相手を務めさせられるのには少々腰の引ける横島だった。
だが肝心の師の方はそんな心情を一切斟酌せずに弟子を引き摺って行く。

「そろそろ頃合じゃろう、妙神山へ向かうぞ」



















所変わって妙神山では管理人たる小竜姫がワルキューレの訪問を受けていた。

「おや貴女一人ですかワルキューレ? 横島さんは?」

小竜姫が不思議そうに尋ねるのも当然で、責任感の強い魔界の友人が世話を請け負った
彼女の弟子を放って自分だけで妙神山を訪れるというのが本来在り得ない話なのだ。

「私は唯の先触れだ、横島もすぐに後から来る。斉天大聖殿はおられるか?」
「老師様はいらっしゃいますが、どうやら他にも誰か来るようですね?」

ワルキューレの口振りからどうやらその“誰か”が本命のようだと当りをつける。
彼女程の者が先触れの使者に立つという事はかなり高位の存在と思われる。
至急妙神山の主たる斉天大聖の耳に入れる必要がありそうだった。
小竜姫は踵を返すと彼女の師を呼びに行った。後に残されたのはワルキューレとヒャクメのみ。

「ワルキューレ、誰が来るのか教えて欲しいのねー」

好奇心を顔から溢れさせてヒャクメが尋ねて来る。
斉天大聖が来てから話すつもりだったが名前を出すくらいなら差し支えない。
何より下手にこれ以上相手の興味を引いて本気で心理走査をされては面倒だ。
一応精神障壁を張ってはいるのだが、今の彼女には知られてマズイ事が色々とある。

「リリス様だ」
「ヒッ!?」

簡潔に名前だけを答えたのだが充分過ぎる衝撃だったようだ。
意外過ぎたのか、それとも名前だけで畏怖を感じてしまったのか。

程無くして小竜姫が師匠を伴って戻って来た。

「何事じゃワルキューレよ、相当の大物でも来ると言うのか?」
「詳しい内容は聞かされておりませんが、リリス様が直接お目に掛かってお話したいそうです」

「夜魔の女王が直接ワシにか? …どうせ横島絡みじゃろう?」
「そのように愚考致します」

話を聞いて小竜姫が驚いているが、来ると解った以上は何の持成しもしないという訳にもいかない。
急いで準備を整えようとしたのだが斉天大聖の指示で特別な事はしなくとも良いという事になり、
通常の客人と同じように茶と茶菓子を用意するに留めた。


やがて強大な気配が降り立つのを感じ取るとワルキューレが迎えに出向いた。
後の部屋に緊張感が漂う、泰然自若たるは斉天大聖のみ。

そして部屋に入って来るは強大なる夜魔の女王、慣れ親しんだ横島の気配すら見落としそうになる。
長方形の炬燵の片側に座るは上座より斉天大聖・小竜姫・ヒャクメの順。
反対側にリリス・ワルキューレ・横島の順。
横島は無意識に座っただけだが小竜姫からすると魔界に属したような位置関係が面白くない。
そんな小竜姫の不興を察したのかリリスが愛弟子へと優しく声を掛ける。

「横島よ、座る場所を間違えてはならぬ。元からのお主の師匠達に気を遣わぬか」

そう言われて初めて自分が魔界に組するような位置取りをしている事に気付いた横島は慌てて
席を立ち、場所を移ろうとする。だが反対側は既に窮屈そうなので中間点に座る事にした。

これはリリスの余裕の表れで、神族側に気遣うなどどうという事も無い。
小竜姫にもそれが解るのか、リリスを見据える視線に穏やかならぬ気が込められる。
斉天大聖は我関せずと泰然としているが、俄かに室内の緊張感が高まって行く。
ワルキューレもまだ平然としているが、横島とヒャクメは胃の辺りに痛みを感じていた。
その緊張感を破ったのは、無邪気な闖入者の可愛らしい声。

「横島〜帰って来たんでちゅか〜?」

やって来たのは隣の部屋でゲームに勤しんでいた蝶の化身。
別の強大な気配に紛れて明確に感じ取れないが、彼女にとっては兄とも慕う誰よりも好きな相手。
躊躇いがちにではあるが戸を開けて目当ての者を見つけたのは良いが初めて見る相手もいた。

「あれ? オバチャン誰でちゅか?」

パピリオの無邪気な発言が張り詰めた部屋の空気に溶け込んで行った。




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(あとがき)
毎度お騒がせして申し訳ございません、一応一週間程冷却期間を空けてみた、ぽんたです。
何か前々話ぐらいからコメントの方がエライ事になってます。
腰が退けて読んでなかったんですがこれをUPしたら読んできます。
キング・オブ・ヘタレと呼んで下さい。流石に賛否併せて60票超えるとビビるな〜

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