ザ・グレート・展開予測ショー

のみかい。


投稿者名:APE_X
投稿日時:(05/ 6/26)

「せんせーっ!見て見てーヘンな顔〜、きゃはははは!!」
「・・・・・・」


 美神令子除霊事務所のリビング兼ダイニングに、シロの調子っぱずれな笑い声がかしましく響いた。
 見れば、シロがタマモの後ろから手を回して、両方の頬っぺたを上下から摘んでいる。
 うにっ、と歪められた目尻と唇の端が寄せられて、タマモの顔は正月の福笑いのようにくちゃくちゃ。

 壁の時計に目を向ければ、針は十時を少し回ったあたり。
 閉ざされたカーテンの向こうでは、月光が閑静な住宅街を照らしていることだろう。

 だが今夜のこの事務所の中には、月の女神がもたらす静寂の魔法も届いていない様子だった。


「あー・・・シロ、やめんかっ!!――・・・落ち着けよ、タマモ。いきなり狐火とかはよせよ?」
「・・・・・・(こっくり)」

「ほらほら、ヘンな顔〜!タマモ、ヘンな顔〜!!」
「だからよせっちっとろーが!、このバカ犬ッ!!」


 普段は事務所メンバーの食事に使われる大きめのテーブルの上には、おキヌの手になるおつまみが所狭しと並んでいる。

 おつまみ、と言うことは酒も当然ある訳で。
 今夜の食卓の上では、お銚子やらデカンタやら、普段は滅多に並ばないような食器が幅を利かせていた。


「良い加減、タマモに絡むのをやめい!・・・――誰だ、子供に酒なんぞ呑ませたヤツはッ!?」
『は〜い!そっれっはっ、わたしでーすっ!!』

「うぷっ!?酒臭ッ!」
「・・・ヒャクメ様、もーちょっとペース落とされた方が・・・」
「おキヌちゃん、放っときなさいよ。そのテのバカは、ツブれるまで好きにさせとくに限るわ」


 この明らかに仲間内の宴会騒ぎの面子は、いつもの事務所の面々プラス、何故かいるヒャクメ。
 お猪口もあるのに、わざわざグラスについだ冷酒をかっぽかっぽと喰らうバカ神族を、まだ素面の美神が冷ややかに睨む。


「―――だいたいアンタ、こんな事バレたら問題なんじゃないの?、こんな夜中に勝手に俗界なんか来て・・・」
『だ〜い丈夫じょぶじょぶ、問題ナッシング!バレなきゃ良いのね〜!!』

「だぁから!、そのバレた時が・・・。あーもー!、アンタ頭蓋の中身、泥になってやがるわね!?」
『失礼な事いわないで欲しいのね〜!!今夜のメインスポンサーとっつかまえて、そんな言い草ないでしょー?!』
「メインスポンサーって・・・アンタ持ってきたの、一升瓶一本だけでしょーが!!」


 そう、この宴会もどきの発端は、ふらりと事務所に現れたヒャクメが担いでいた、一本の一升瓶だった。

 その中身は俗界では滅多に手に入らない『神酒(ソーマ)』で、酒好きの美神としてはぜひ一度味わってみたいところ。
 で、その物珍しさに目が眩んでいるうちに、いつのまにか宴会に突入してしまって今に至る。
 当然、仕事なんぞ即キャンセル―――電話をかけさせられた横島は、まさか宴会するからとも言えず、頭を抱えていたが。

 殿様商売バンザイ。

 ちなみに、事務所で一番の酒豪でもある筈の美神がまだ素面なのは、その神酒をちびちびと呑んでいるせいだ。
 なにしろ神酒に含まれる酒精は、ただのエチル基を持った有機化合物とは訳が違う。
 霊的に酩酊感をもよおさせるのだから、ヒャクメのようにかっ喰らうには、肝臓の強弱とは別の『馴れ』が要求されるのだ。

 その辺をしっかり理解して様子を見られる所が、流石は美神令子――と言っても良いものかどうか、微妙な線である。


「一升瓶片手にふらふら宴会しに来る神様・・・。ありがたみっつーモンが全ッ然無いな〜・・・」
『あーっ!ヨコシマさんまでそーゆーコト言いますか?!
 こーなったら、このヒャクメ様のありがた〜いトコロ、見せてあげるのね〜!!』


 何やら鼻息も荒く立ち上がってはみたものの。


「―――オマエにそんなトコロ、あったっけか・・・?」
「役立たずなトコロなら、心当たりは有り余ってるんだけどね〜・・・」
「二人とも、そんな・・・ヒャクメ様に失礼ですよ」

「「んじゃ、おキヌちゃん何かコイツの御利益とか知ってる?」」
「・・・・・・うっ」


 おキヌにまで沈黙される始末。
 一応、おキヌにとっては霊視の師匠でもあるのだが。


『キーッ!くやしーッ!!』
「ひゃ、ヒャクメ様、落ち着いて・・・」
『これが落ち着いていられますかッ!?さー二人とも、目をかっぽじってよお〜く見るが良いですね〜!!』
「目ぇかっぽじったら失明するってーの・・・」


 何だかとっても激昂した様子で、宥めるおキヌの手を振り払い、椅子の上に跳び上がる。
 横島の些細なツッコミはきっぱりと漢らしく無視。

 ぐわっし、っと自らの襟元に手を掛けて。


『――・・・一番っ!ヒャクメ、脱ぎま〜すッ!!』
「よさんかバカたれッ!!」
『あうっ?!』


 伸びてきた横島の『栄光の手』にドツかれた。


「「ええっ!?」」
「な、何ッスか!?」


 ぐるぐると目を回したヒャクメが、どたーん、っと椅子から転げ落ちる。
 ちょっとヤバい感じに頭から行ったのだが、誰一人ヒャクメの心配などしていない。

 どうも美神とおキヌにとっては、それよりも重要な事柄があるらしい。


「女性が目の前で服を脱ごうとしてる時に・・・」
「煽るならともかく、ツッコむなんて・・・」

「「まさか横島くん(さん)の偽物ッ!?」」
「―――んな訳あるかぁッ!!」


 声を揃えて指さされた横島は、全力で怒鳴り返した。
 心外な言われよう、という事もある。
 が、最大の問題はやはり、抜く手も見せずに美神が構えた神通棍だろう。

 放っておいたら、間違いなく殺られる。
 過去にも一度、似たような理由で釜ゆでにされかけた男の勘が、警鐘を鳴らしまくっていた。


「ったく、おキヌちゃんまで一緒になって言う事ないでしょーが・・・!
 ―――いまさらヒャクメに欲情なんか出来ないだけッス。っつーか、一体オレを何だと・・・」

「色魔。煩悩魔神。性犯罪者予備軍」
「ごめんなさい分かりましたもー良いです」

「分かればいーのよ、分かれば」
「うう・・・チクショー!何だかとってもチクショー!!」


 あっさりきっぱりしゃっきり、と横島の抗議は美神に斬り捨てられた。
 自身でも反論の余地が無いだけに、より一層悔しいらしい。

 駄々泣きする横島の耳にぎりぎり聞き取れるように、ぼそり、っとおキヌが呟いた。


「・・・『いまさら』・・・?―――って、何がですか・・・?」
「うわッ?目・・・、目がコワいよ、おキヌちゃん・・・!」


 ひゅ〜どろどろどろっ、と。
 幽霊時代にも滅多に見せなかった、今にも祟りそうな気配を醸し出すおキヌに、横島の腰が思い切り引ける。


「横島さん、何が『いまさら』なんですか・・・?」
「そー言われてみれば、私も気になるわね?」
「ひいいッ!?せ、迫らんといて・・・!!」


 にっこり。

 美神とおキヌが、背筋も凍るような微笑みを浮かべて横島ににじりよる。
 先ほどまでの目の幅涙に替わり、脂汗が横島の顔面をびっしょりと濡らし始めた。

 大道芸でお馴染み、筑波の蝦蟇もまっつぁおである。


「イヤ、だってヒャクメっすよ!?一緒にパピリオに捕まったり、
 一緒に小竜姫様のお風呂覗こうとして捕まったり、
 一緒にワルキューレの着替え覗こうとして捕まったりしといて、
 いまさらオンナとしてなんか見られませんって!!」

「・・・なるほど。って横島さん、妙神山行ってそんな事してたんですか?」
「―――神様相手にセクハラすんなって言ってんでしょーがッ!このバカタレっ!!」


 どげしっ!ごきっめきっ!ぐしゃっ!

 必死の抗弁が功を奏したのか、美神は神通棍をしまってくれたものの。
 結局は鉄拳制裁が下る。


「ああっ!カンニンや〜、仕方なかったんや〜!ロマンが、男のロマンがオレを狂わせるんやあ〜!!」
『異議ありッ!覗きは男だけのロマンじゃないのね〜!!』

「黙れこのバカどもッ!!!」
『「ああああッ!!」』


 復活してくるなりバカな事を口走ったヒャクメ共々、さらに滅多打ち。
 横島にとってはいつもの事ではあるが、神通棍でない分だけマシかもしれない。

 しかし、セクハラはダメで鉄拳制裁は良いのか?

 その辺の判断基準を、ぜひ明確にして欲しい所である。
 ―――そんなモノがあれば、だが。


「・・・たりほー(敵影捕捉)・・・」
「?、何か言った、タマモちゃ・・・――うっ!?」


 どちゃ、ぐちゃ、っと濡れてくぐもり始めた打撃音に、そろそろ止め時かとおキヌが考え始めた、ちょうどその時。
 聞こえてきたタマモの呟きに振り向いたおキヌは、見てしまった。

 びこーん、っと某宇宙世紀のロボット風に両眼を光らせ、ヒャクメにロックオンする妖狐の少女の姿を。

 どうもヒャクメの何かが、タマモの中の敵味方識別に引っかかってしまったらしい。
 嗚呼、ヒャクメの明日はどっちだ、というか生きて明日の日の目を見られるのか。
 さりげなくピンチだ。


「お、穏便に、落ち着いて・・・ね?タマモちゃん」
「・・・だいじょうぶよ、おキヌちゃん・・・アタシわ、あのバカ犬や美神さんとは・・・ひっく!、違うもの・・・」
「・・・・・・」


 器用に座ったままよろけつつ、タマモは少し呂律の怪しくなった口調で請け合った。
 妙に潤んだ目つきでしゃっくり混じりに見上げてくる少女に、おキヌは引きつって笑ってやることしか出来ない。
 元来あまり武闘派ではないタマモの事だから、そうそう血の雨が降るような事にはならない、と思いたい。

 というか、思っておかないと、おキヌの胃の方が保ちそうにない。

 ちなみに、タリホー(Tally−Ho)とは、元は狐狩りの用語(掛け声)なのだが。
 妖狐として、そんな言葉使っても良いのか、タマモ。


「け、結局はこーなるのか・・・げふっ」
『・・・か、神様を・・・ぽんぽんぶっちゃ、ダメなのね〜・・・』

「――・・・何か文句でもあるの・・・?」
『「とんでもございません」』


 さくさくっと土下座(×2)。
 ジークが見たらまた悩みそうな絵面だ。


「せんせーっ、ねえ、せんせえってば!!こっち向いてーっ!!」
「うるせー・・・今のこの状態からオレに何を、って、うぎゃ!!」


 こっきーんっ!!!

 お子様の我が儘全開、『無視するなー』モードのシロが、血の海に沈む横島の顔を引き寄せる。
 ―――人狼の腕力に任せて。

 横島の頸椎が愉快な音を立てて、ありえない勢いで反転した。


「のおおおお!!!」
「よ、横島さんっ!?」


 さしもの横島も、これには首筋を押さえて悶絶。
 七転八倒と七転び八起きってなんとなく似てるよな、とか頭の片隅で意味不明な事を考えつつ、のたうち回る。

 慌てたおキヌのヒーリングが効いたのか、横島の非常識な耐久力の賜物か。
 あるいはその双方かも知れないが、とりあえず致命傷にはならなかったようである。
 というか、こんな間抜けな死に様は、ギャグキャラを自認する横島でも遠慮したい。


「きゃはははは!!面白い音がしたでござるー!せんせーっ、もっかいやってー!!」
「できるかアホ!今度こそ死んでしまうわッ!!」

「えーっ、つまんなーい!せんせーのいじわるー・・・」
「いじわるちゃうわ!・・・ええい面倒な、落とすか・・・?」


 生まれて初めて飲んだ酒に、呑まれ切っているバカ弟子の手を払い除ける。
 まるっきり幼児退行してしまっているシロを抑え込んだ横島は、一瞬だけ無力化を図るべきか悩んだ。
 が、何となくそのまま絞め殺したくなってしまいそうだったので却下。

 頸椎をへし折られかけた事を考えれば、それも致し方ないところだろう。

 しょうがないので、胡座をかいて膝の上に抑えつけ、しばしきゃっきゃとはしゃぐシロの相手をしてやる。
 気分はまるっきり保父さんだ。


「―――まあでも良く考えてみりゃ、コイツってホントは、まだこーゆー風に騒いでてもおかしくないんだよな・・・」

「えー、なんでござるかー?せんせー」
「何でもねーよ。ほーら、こちょこちょこちょ・・・」
「あはははは!!こそばいでござるー♪きゃー!」


 ちょいちょいと脇腹や首筋をつついて、笑い転げるシロを遊ばせる。
 実際には口で言うほどくすぐったい筈もないのだが、そうしてじゃれているのが楽しいのだろう。

 しばらくそうしてやる内に、きゃあきゃあと笑い転げていたシロが、突然スイッチが切れたように大人しくなった。
 と、思ったら、くぅすぅと寝息を立てている。
 横島の膝の上で、それはもう満足げに、安心しきった様子で。

 その無防備な寝顔に、和んだとも呆れたともつかない微笑を刻んだ顔を上げた横島は、集中する視線に少し動揺した。


「え、何・・・?どーかしたんスか?」

『ん〜、別にぃ〜?』
「ただ・・・ヤケに手慣れてるなー、って思ってね・・・」


 口々に言う美神とヒャクメの背後で、おキヌもうんうんと大きく頷いている。
 お猪口やグラスを口許に運ぶ彼女らの手つきが、心持ちヤケ酒っぽく見えるのは気のせいか?

 絶対に台詞通りとは思われない、微妙にふくれっ面な美神たちを前にして、しかし横島は今度こそ苦笑した。


「そりゃアンタ・・・ひのめちゃんの子守で慣らされてますからね〜・・・
 ―――あんな命がけのベビーシッターなんて、そうあるモンじゃないッスよ?」

「「―――・・・たしかに」」


 何しろひのめは、低級魔族なら侵入も許さないこの事務所の結界を、少しぐずっただけで消し飛ばしかけた事もあるのだ。
 さすがにあの美智恵の娘、令子の妹だけの事はある。


『ひのめちゃんって・・・美神さんの妹よね〜?その子守が何で命がけなの?』
「イヤほら、ひのめちゃんが発火能力者なのは知ってるだろ?
 元々かなり高かった出力が、近頃さらに上がっててな。ヘタするとお札が弾け飛んじまうんだよなー・・・」


 ちなみに、実は『何故か』、『横島が傍にいる時だけ』出力が向上していたりするのだが、横島当人は知らない。

 横島忠夫18歳。
 人間以外、もしくは規格外れの女性に『だけ』、異様にモテる男。

 そしてまた、ここにも一人、彼に絡む人外が。


「・・・はい」
「あん?何だよ・・・えーと、コレ呑めって?」
「・・・・・・(こっくん)」


 寝こけるシロを抱えた横島の肩口に、比較的大人しく呑んでいたタマモのほっそりとした顎が触れる。
 目の前に突きつけられた杯をとりあえず受け取って、横島はちょっと困ってしまった。

 彼には目下、ツブれてしまった愛弟子の面倒を見る、という重要な仕事がある訳で。
 美神もそろそろペースを上げ始めたらしい今、彼まで酔っぱらっては甚だマズいのだ。
 もう一人、素面のおキヌに頼んでも良いような気もするが、何故か今は微妙に機嫌がよろしくない。

 ほかにアテにできそうなのは、人工幽霊一号と屋根の上の鈴女だが・・・どちらもこういう時にはイマイチ頼りない。
 特にあのレズ妖精は論外だ、一歩間違えれば意識のないシロを手込めにしかねない、ような気がする。


「いや、今はちょっと・・・」
「・・・ダメ?(ぴとっ)」


 いきなり腰の引け気味な心情を表して脇を締めた横島の肘に、柔らかい感触がすりつけられる。
 やってる方に自覚があるのかは判断に苦しむ所だ、なにしろモロに泥酔中であるし。
 が、やられた横島にとって、これはかなり強烈だ。

 普段の子供っぽい姿からはちょっと意外なほど、しっかり『女』を主張している仕草と感触に追い詰められる。


「ねえ、良いでしょ・・・?(すりすりっ)」
「う、あ、いや・・・その、先にシロ寝かしつけて来ないと・・・」


 さっさと振り払ってシロを連れてきゃ良いじゃないか、というツッコミは無意味だ。

 彼は横島忠夫である。
 こうまできっちり『女』らしくすり寄られて、彼の煩悩が反応しない筈がない。
 振り払うどころか、その柔らかい感触から離れる事すら至難のワザ。

 むしろ、未だシロをその辺に放っぽり出していない事の方が奇跡的と言える。
 一応すこしは、師匠としての自覚も身に付いてきたようである。


「その辺に寝かせとけば良いじゃない・・・ね?(ことっ)」
「はうう・・・いや、風邪ひいちまうって・・・」


 が、タマモの攻勢は一向に収まらない。
 密着した体勢から、さらに横島の肩口にしなだれかかり、金色の頭髪で口許をくすぐる。


「ううっ・・・銀座のクラブとかで散財するシャチョーさんの気持ちが、今なら少し分かるよーな・・・!?」


 などと口走っている横島だが、根本的に何か間違えているんじゃなかろうか。
 だいたい、彼の懐具合や年齢からして、本物の高級クラブのホステスさんなど見たことも会ったこともない筈である。

 今のタマモの様子はむしろ、『手も握らない朴念仁な恋人に業を煮やして既成事実作りに走った女社長』とか、そんな感じだ。
 ―――どこかで聞いたようなシチュエーション、とか言ったら美神はキレるかもしれない。

 まあ、言おうが言うまいが、どちらにせよ美神がキレる条件を充分に満たした状況だが。


「数えでも十歳いかないよーなジャリに、オトされそーになってんじゃないッ!!!」
「ぶべらぁっ!!」


 神通鞭一閃、引きつりながらもだらしなく緩んだ、横島の珍妙な顔を真っ正面から打ち据える。
 その威力は並みの妖怪なら一撃で昏倒するレベル。

 鬼だ。


『あわわわわ・・・!』
「きゃーっ、横島さんっ!?」


 派手な出血と共に盛大に吹っ飛んだ横島を見て、ヒャクメが腰を抜かし、おキヌが慌てて立ち上がる。
 しかし、今宵二度目の全力ヒーリングを行おうとしたおキヌの手は、横島の身体に到達する前に制された。

 一番近くにいたタマモが、床に転がった横島の肩を抱き起こし、ついでにその腕の中でまだ熟睡しているシロを放り出す。
 何気にシロの扱いがちょっと手荒いのは、先ほどの『ヘンな顔』の恨みだろうか。

 そのまま、手じゃ届かないから、というだけの理由で、神通鞭などという剣呑な武器を振り回した保護者を睨め上げる。


「な・・・何よ!?」
「・・・今日はアタシがあそぶの。美神さんはいつも一人占めしてるんだから、取っちゃ、ヤ」
「―――私が、いつ、だ・・・何を一人占めしたってのよッ!?」


 ぎゅううっ、と力の抜けた横島の死に体を胸に抱え込み、所有権を主張する。

 おもちゃを取り上げられかけた子供のような顔をするタマモに、危うく誰を、と言い返しかけて、美神はぎりぎりで自制した。
 酔ってもこの克己心、見上げたモノと言いたい所だが、とことん素直ではないだけだ。


「ヨコシマ、ヨコシマ、起きて・・・お酒飲むの。ねえ、ヨコシマ・・・」
「他人の話を聞けぇーッ!!」


 タマモは、うがーっ、と激昂する美神を無視して、シロが良くやるのと同じように横島の顔を舐め始めた。
 もっとも、今の場合ただ舐めているのではなく、おキヌが先ほど行ったのと同じ、ヒーリングである。
 六道家十二神将の一鬼、ショウトラを例にとるまでもなく、獣系のヒーリングは舌を介して行うのだ。

 今度はそれを見たおキヌの口許が、むっ、と尖る。
 出番を横取りされた上に、自身は普通に手かざしで行うそれを、口づけ紛いの行為で行われるのが面白くないらしい。


「タマモちゃん、その・・・そういうのはあまり人前では・・・特に、顔はやめた方が・・・」
「嫌。・・・――ヨコシマ、起きてってば。起きて、お酒飲むの。アタシが注いだげるから、どんどん飲むの・・・」


 注ぎ魔、降臨。

 ヒーリングしてやるのは良いとして、少し休ませてやろうとか、そう言う配慮は出てこないのか。
 横島に意識があれば、もう良いから放っといてくれ、と泣いて懇願したに違いない。

 こっちも鬼だ。


「―――おキヌちゃんも放っといて、こっち来なさいよ・・・飲む?」
「・・・頂きますっ!」
『おっ、なかなか良い呑みっぷりですね〜?ささ、もう一杯・・・』


 何やらどんよりとしたオーラを放つ美神とおキヌ、そして逆に脳天気満開のヒャクメ。
 女性陣の内、年長組の三人が、テーブルに戻って飲み直し始める。
 と言っても、元から酒に弱いおキヌはまだ一口も飲んではおらず、今から飲むのだが。

 どうやら、アルコール分解能が弱いおキヌには、普通の酒より神酒の方が合っているようだ。
 一口で昏倒する事もなく、順調にメーターを上げて行く。


「だいたい、みんな揃いも揃って、あんなののドコが良いのよ?――・・・おキヌちゃんも」
「えっ!?、いや、その・・・そんな急に改めて聞かれると・・・」


 自分の事は棚に上げた美神が尋ねると、おキヌは羞じらってごにょごにょと口ごもる。
 神酒の酔いとも相まって、耳まで真っ赤に染まったその様子は、実に愛らしくも初々しい。
 つい先ほど横島に詰め寄っていた時の、般若も裸足で逃げ出すような黒のオーラなど微塵も感じられない。

 その素早い切り替え、というか当人の中では切り替えすら行われていない豹変ぶりこそが、男を恐怖のどん底に突き落とすのだが。


『まーたそんな事言って〜。美神さんも相変わらず素直じゃないですね〜』
「ぬなっ!・・・――勝手に他人の心を読むんじゃないッ!!」
『あいたッ!、そんな事してません!・・・いちいちグーでぶたないで欲しいのねッ!!』


 ごちん、っと鉄拳制裁をくらった脳天を抱えて、涙目になったヒャクメが抗議する。
 神酒からスコッチに切り替えた美神は、氷をグラスに放り込みながらそんなヒャクメを睨め降ろした。


「余計なこと言うアンタが悪い!、それに心読んでないんなら、どーやって他人の思ってる事なんか言い当てやがるのよ!?」
『美神さんのはフツーに分かり易すぎですっ!第一、わたしは『ヒャクメ』であって『さとり』じゃないのね!』
「わ、分かり易い!?フツーにッ!!?」


 ずがーん、っと。
 何やら強烈な心理的ショックを受けたらしい美神が硬直する。
 早とちりで言わなくても良い事まで自白してしまった事より、その内容がバレバレだった事の方に衝撃を受けたようだ。

 その顔は何故か縦線が入るかわりに、真っ赤になっていたりして。
 これまた初々しいというか、良い加減にして欲しいというか。

 見ている周りの方が、カユい。


『あー・・・そんなにショック受けなくても、ヨコシマさんだけは気付いてないのね〜。・・・何故か』
「・・・そう、何故か」


 複雑な表情で補足するヒャクメの横で、おキヌがこれまた複雑な表情でうんうんと頷いている。
 しみじみと実感の籠もったその仕草が、まるで信憑性の塊。

 まあ、彼女らの思い人ときたら、霊感より美女発見レーダーの方が高精度を誇るという、困った霊能者である。
 余人には解しがたい感性を備えていた所で、いまさら何の不思議もない。


「そんな事より・・・」
「『そんな事』!?おキヌちゃんにとっては私の秘密って、『そんな事』扱いなの!?」

「・・・。―――それよりっ!『さとり』じゃないって、つまり他人の心は読めないって事ですか?」
『ええ。わたしの霊能はあくまでも『千里眼』であって、他人の心を読んだりする『精神感応』とは別物なのね〜』

「・・・いーわよいーわよ、どーせ私なんかッ・・・!」


 不貞腐れて、ヤケ気味のハイピッチでウイスキーを呑み始めた美神を余所に、ヒャクメは自慢げに説明し始めた。


『そういう能力には、集合無意識を経由したり、直接精神を同調させたり、アーカシックレコードを介したり・・・
 色々パターンはあるけど、わたしに出来るのは相手の霊波の状態から、ある程度までの思考を推察するぐらいですね〜』

「ええと、それってつまり、記憶とかまでは見えないって事ですか・・・?」


 美神と横島、最古参にして中核を成すメンバーがそれぞれに轟沈した事務所内で、ヒャクメの講義が続く。
 打てば響くように、内容を理解して質問を返す真面目なおキヌは、ある意味で理想的な生徒である。


『ええ、特別な道具を使えば出来なくはないけど・・・素のままではムリですね〜。
 だいたい、透視に精神感応に念動に瞬間移動、果ては気象操作や時間移動まで何でもござれ、なんてデタラメな霊能、
 三界広しと言っても、持ってるのはほんの一握り・・・わたしが直接知ってるのは横島さん一人ぐらいのモノなのね〜』

「神様から見ても、やっぱりデタラメなんだ・・・」
「まあ、色々と規格外ではあるわよねー、コイツ」


 やや引きつったおキヌの呟きに、普通のアルコールをぶち込んで精神的再起を果たした美神が同意する。

 その視線の先では、妖狐の少女に抱えられた横島が、ようやく意識を取り戻しかけている所だった。
 いつもなら数秒で立ち直る筈の彼が、今回に限ってヤケに目覚めが遅い。

 中学生二人相当の人体を抱っこしたままでは、さしもの彼も充分に打撃を吸収しきれなかったようだ。


『で、わたしの話に戻るけど、実は結構あちこちに誤解してる人がいるんですよね〜。ジークさんとか』
「・・・アンタ、それで愉しんでるんでしょ?」

『ええ、勿論!―――もう、あの罪悪感たっぷりな、バツの悪そうな顔が面白くって・・・!!』


 確信犯か。


「たいがい性格悪いわねー、アンタも」
「ヒャクメ様って・・・実はエス・・・?」
『おーっほほほほ!じょーおうサマとお呼びーッ!!』


 他人事のように言っているが、残る二人も実は結構なS気質だ。
 その事は、ようやく復活した所にいきなり神酒を飲まされている横島が、一番良く知っている。

 というより、横島の知人でSっ気のない女性など、数えるほどしかいない。
 逆境に耐えすぎて受け身が染みついた小鳩ちゃん、最初から助手としてプログラムされているマリア、一途そのもののベスパ。
 彼女らを除けば、今何やらぶっ飛んだ事を叫んでいるヒャクメなどはむしろ、比較的大人しい方なのだ。


「ちょ、ちょっと待てタマモ・・・オマエまさか、オレにお銚子一本、丸ごと呑ます気か!?」
「ううん。・・・あるだけ全部」

「ムチャ言うな!神酒そんなに飲んだらホントに死ぬ、っつーかフツーの酒でもヤバい量だろ!?」
「・・・ダメなの?(うるうるっ)」
「うっ!?いや、あう、え、えーっと・・・」

「ねえ、良いでしょ?(ぎゅうっ、すりすり)」
「はうぅ・・・!い、いくらでも持ってこんかーいッ!!」


 ぶちん、っと何かが切れる音が響いた。
 室内の三カ所で、ほぼ同時に。

 一つは勿論、横島の自制心の糸が切れた音。
 残る二つの音は、美神とおキヌ、二人の堪忍袋の緒が切れた音である。


「よーこーしーまー!!アンタまだ、血の気が余ってるみたいねぇ〜!!!」
「うふふふ・・・シメサバ丸、取ってきますね・・・!」
「―――はッ!?ちょ、ちょっと待て二人とも!は、話せば分かる・・・!!」


 湧き起こる強烈な悪寒に、タマモに跳びかかる暇もなく一瞬で正気付いた横島が、慌てて叫ぶ。
 が、時既に遅し。


「大丈夫、怯えなくてもきっちり極楽に行かせてあげるわ・・・!」
「お葬式の心配も要りませんよ、死体は跡形もなくなってる筈ですから・・・」
「ひ、ひええ・・・!」

「二人とも、横取りしないでって言ってるでしょ?・・・ヨコシマは、アタシとお酒を飲んでるのよ・・・!」
「あら、この美神令子と闘ろーっての?・・・仔狐の分際でナマイキね!?」
「邪魔する悪いコは、お仕置きです・・・!」


 ずごごごっ、と立ち昇り渦を巻く、危険極まりない闘気。
 人工幽霊一号が張る結界が、早くもそのプレッシャーに負けて軋み出している。


「ううう・・・いっそ殺せーッ!」
『おお!これが本物の修羅場ってヤツなのね〜!?記録しなきゃ・・・!!』


 ゆらぁり、っと立ち上がる美神とおキヌ、横島の肩口に抱きついたままのタマモ。
 殺気立った三人の闘る気満々な美女、美少女に囲まれて、横島はヤケクソな雄叫びを上げた。
 この面子の闘争に巻き込まれても、その後に勝ち残った誰に捕まっても、横島にとっては同じだ。

 曰く、地獄行き確定。

 壁際では、今回は珍しく巻き込まれもせずにさっさと避難したヒャクメが、他人事なのを良い事にビデオなぞ回している。
 未だ幸せそうに寝こけるシロと合わせて、この二人の周りだけが酷く平穏な様子。


「どチクショー!!オレがいったい何をしたー!?」
『そりゃもー色々。―――あ、でもこの場合、何もしてないのがマズかったのかしらね〜?』


 『隣の芝は青い』の例え通り、横島は、自分の人も羨む幸せには気付かないまま、彼女らを羨んで駄々泣き。
 その横島の雄叫びに、やっぱり他人事の気軽さでツッコむヒャクメ。

 彼らは知らない。

 ヒャクメが猿神秘蔵の『大吟醸櫛の灘・大蛇殺し』をくすねて、こっそりと抜け出したのがバレた事。
 今、『ヒャクメを連れ戻す』といって、小竜姫とワルキューレがこちらに向かっている事。
 何故かその二人の手に『甘露(アムリタ)』の入った水瓶だの、『牧神の皮袋』だのがある事―――。

 そしてその事実が判明した時、彼らの平穏も生き地獄も一緒くたに、さらなる混乱と混沌に呑み込まれるという事を。

 知らぬが仏、聞かぬが華。
 ヒャクメに限らず、しょせん神様なんて古今東西そんなモノなのだ。


「うう〜ん・・・もうお腹いっぱいでござるぅ〜♪」


 ―――結局、さっさと呑まれてとっとと寝てしまった、シロの一人勝ちらしかった。


オマケ;

 翌日、事務所で目覚めた横島は、昨夜の記憶が綺麗さっぱりぶっ飛んでおり。
 何故かそれ以後、酒の匂いを嗅いだだけで具合が悪くなるようになったそうな。


オマケその二;

 後日ヒャクメは、結局まるまる一本空けてしまった神酒を、猿神に弁償させられた。
 そのおかげで、神族情報担当官としての給料が約半月分、一発で飛んでいってしまい、ぶっ倒れそうになったらしい。



(オチないまま、終われ)

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