ザ・グレート・展開予測ショー

六月初め


投稿者名:veld
投稿日時:(05/ 6/ 4)


 『・・・トンネルの向こうを抜けるとそこは・・・』

 熱気立ち込める部屋の中だった。雑誌などが散らばるその中で、掛け布団を跳ね除けて眠る俺の御腹の上に、馬乗りになる少女の姿がある。赤い前髪は強い日差しの中に輝き、涼やかに銀色の後ろ髪が微かに靡いていた。

 意識が完全に覚めるまで少しの時間が必要だった。その間、目を開いた俺に彼女がしたことと言えば。
 頬を触ったり。
 髪を撫ぜたり。
 唇を指先で弾いたり。

 もう、師を師とは思わない行動ばかりだった。

 「・・・どけ」

 俺の身体を跨ぐ太ももを掌でぺしぺし、と軽く叩く―――彼女はまるで動じず、俺の顔に自分の顔をずずいっ、と近づけると、不躾に尋ねてきた。

 「先生、暇でござるか?」

 「暇じゃない」

 暇だけど散歩はやだ。

 「お仕事も、学校もないんでござろう?」

 「暇じゃない」

 暇だけど散歩はやだっ。

 「じゃあ、拙者と一緒にお出かけするでござるよ」

 「断じて、暇じゃぁないっ」

 暇だけど散歩はやだっっ!

 「楽しみでござるー、先生と二人でお出かけでござるー」

 「だからぁっぁあ、暇じゃないぃぃぃ!!」

 だからっ、嫌だってばっ!!!









 「しかし、しっかりと着替えさせられて、街中にぽつんとたたずんでいたりする俺がいたりするわけだ」

 「先生、何を言ってるんでござるか?」

 ―――シロは眉を顰めて尋ねてくる。俺の額に浮かぶ青筋など、彼女がまるで気にもとめてはいないのである。
 そして―――俺はたとえ、彼女がどれほどに人の気持ち(いつまでも眠っていたいまどろんでいたいという贅沢)を解しないとしても、気にすることはない。

 それが彼女のいいところ、でもあるわけだから。



 (こんの馬鹿犬・・・人が心地よくねとるのにたたきおこしやがって・・・)

 などとは、思っていても、言わない。

 言っても、仕方ないのである。










 「んで、どこ行くんだ・・・考えてんだろ?」

 「何も考えてないでござるよっ!」

 「こんの馬鹿犬・・・人が心地よくねとるのにたたきおこしやがって・・・何も考えてねぇだと・・・」

 ぐにぐにーとシロの口の両端をつまんで引く。彼女は目の端に涙を流す。泣くほど面白いのか、こいつは。
 
 「ひぇんひぇぇご・・・」

 ぱっ、と離す―――と。

 「先生があんまりぐでんぐでんだったから、拙者、このままじゃいけないっ、と思ったんでござるよっ。外に引っ張り出さないといけないっ、弟子としてはっ」

 ぐぐぐっ、と拳を握り締め、遠くを見つめて叫んだ。
 ちなみに場所は、人の通りはさほどないものの、あるにはある道路の端の歩行者道、レストラン前。
 くすくすと笑って通り過ぎる人々の目線が痛くて痛くてたまらない。
 たまらないが。

 「嘘だろ?」

 敢えて言ってみる。彼女は振り向き、にぱっ、と満面の笑顔を浮かべ。 

 「嘘でござるっ、一緒に遊びたいっ、って思ったんでござるーっ」 

 抱きついてきた。
 熱くて。
 柔らかい―――。



 俺の怒りは霧散した。
 






 「そうだな・・・かき氷でも、食う?」

 「先生のおごり?」

 「お前、お金持ってる?」

 「持ってないでござるー」

 「・・・はぁ、んじゃ、しょうがないな」

 視界の先にコンビニが見えた。

 財布の中を覗いてみた。
 限りなく、ゼロに近い―――あと、八日あるんだけど、どうすれば良いんだろうか。

 シロはそんな俺の考えなどまるで知らず、レジに俺と彼女の分のかき氷を運んでいた。
 コンビニの中は涼しいから、このままずっとここで暮らそうかな?そんな俺の願いなどもまるで察してはくれていない。―――師弟の間なんて、そんなもんである。

 「せんせいっ、おかねっ、おかねっ」

 子供みたいに俺をせかす彼女にため息をつく。
 まぁ、子供みたいなもんだわな。
 困ったような、でも、どこか楽しそうな笑みを浮かべた店員さんに苦笑いを返し―――。

 240円を差し出した。





 枝葉の隙間から漏れ出す光から出来る限り避けるために、黒色の深い影の下で俺は息をついた。彼女は俺の隣に座り、がさごそ、と袋の中からかき氷を取り出した。苺味のかき氷を俺の膝の上に置き、その上にスプーンの入った袋を手渡す。彼女は奥の方に入っていた宇治金時を取ると、スプーンを袋から出した。
 ―――もしも苺が奥にあったら―――と、そんな事を考えて笑った。
 彼女はスプーンの袋を開かない俺をじれったそうに見ている。

 「・・・」

 視線を交錯させると、彼女は照れくさそうにそっぽを向いた。

 俺は額に浮かんだ汗を拭った後でスプーンを取り出した。







 しゃくしゃくしゃく。
 木のスプーンで浅くすくって一口。
 苺味のはずなのに、苺の味はしなかった。
 でも、甘くて、美味しい。

 「暑いナァ」

 「暑いでござるなぁ・・・」

 のんびりと二人で公園のベンチに座った食べるかき氷は格別―――とは言わないまでも、美味しかった。
 ま、普通の味?かな。
 シロは俺の言葉に応える時も、空を見上げることなく、緑と黒を視界に移している。


 「・・・明日も晴れるかなぁ?」

 「・・・明日も晴れるでござろうか?」

 

 ―――そんなことは、神ならぬ俺達には分からないが―――。


 「晴れるな」

 「晴れるでござるよ」



 俺達は敢えて言いきった。

















 「今年も暑くなるかな?」

 雲ひとつない空を眺めて、先生はうんざりとした様子でいった。

 「暑ければ・・・かき氷が更に美味しく感じられるでござるよ」

 「毎日食えるわけじゃないしなぁ・・・」

 しゃく。

 「・・・時給、安いし」

 しゃく。

 「・・・夏場はきついんだよなぁ・・・扇風機ないし」

 しゃく。

 「・・・はぁ」

 先生はまた、スプーンを氷の中に沈めた。
 拙者はそんな先生を横目に見つめる。
 水分不足で枯れそうになっている菜のように見える先生の背中を軽く叩く。

 「辛気臭いでござるよっ!」

 「そうだな」

 先生はじー、と拙者を見つめる。
 拙者は先生から目を逸らす。

 蟻は勤勉でござる。
 どんなに、暑い日だって―――必死で頑張ってるでござるから。

 そう―――今だって。

 拙者が背中を叩いた弾みで落ちた赤い苺のかき氷に群がってる。 



 「・・・シロ」

 「・・・何でござるか?」

 「お前のよこせ」

 先生はそういうとあっという間に拙者のかき氷を掠め取って、拙者が今まで使っていたスプーンで瞬く間に残っていた宇治金時を啜って食べてしまった。
 そして―――頭を抱えてしまった。拙者の顔もきっと、先生と同じような色でござろう。

 蟻は、拙者たちのことなど気にもかけずに―――。


 ―――赤い露を、啜っていた。









 ぐでんっ。
 と、ベンチに先生は横たわろうとした。
 拙者の座る隣に腕枕をした先生の頭がある。

 汗ばんだ顔がある。

 「・・・あつー」

 先生は拙者の髪を払いのけて、空を見た。

 拙者は先生の頭の側によって、腕枕の下に手を差し込んで、頭を持ち上げた。

 「ん?」

 戸惑う先生の頭を膝の上に載せる。

 「・・・膝枕」

 自然。
 何故だか、自然に。

 拙者は笑っていた。

 「・・・あー、さんきゅ」

 先生も笑った。
 そして、目を閉じた。

 「あつー」










 「先生、食べ終わったらどこ行くでござる?」

 「どこでも良いぞ」

 「じゃ」

 北海道まで―――。

 「・・・半径二キロ圏内なら」

 先生は目を開いて、言った。
 その顔は強張っている。―――お前の考えなど、お見通しだ。と、その顔は、物語っている。
 ―――拙者はため息をついた。

 「・・・意地悪・・・ふふふ」

 「あー、そうだな、意地悪だな・・・ははは」

 先生は、笑った。
 拙者も、笑った。

 ―――ベンチの前の黒い行列が、微かにその規則正しい列をゆがめたような気が、した。





 「あー、あつ」

 「まだ、梅雨入りもしてないのにこの暑さ」

 「・・・」




 「先生は、涼しい方が、良いでござるか?」

 「当たり前だろーが」

 「それじゃぁ、事務所に住めば良いでござるよ」

 「・・・部屋がないだろ」

 「そうでござるなー」

 「・・・はぁ」

 「?」

 「・・・なぁ、シロ」

 「何でござるか?」

 「GSって、本当に儲かる仕事なのかな?」

 「さぁ・・・」




 先生は。
 拙者は。


 ずっと、ベンチで話をした。



 たわいもない話。
 いつもと全然、変わらない話。
 でも。

 拙者の太ももの上にのった先生の頭の重みが。




 いつもよりも。






 「・・・シロ」

 「何でござるか?」

 「また、頼むわ」

 「?」

 「・・・膝枕」

 「・・・はい」









 黒色の影に、やがて、先生の落としたかき氷の跡はかき消された。

 それは、六月初め。

 これからもっと―――暑くなる日々の一歩手前の出来事。

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