ザ・グレート・展開予測ショー

二輪の花


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/ 5/31)




 空は雲1つなく晴れていた。
 日差しはやや強いが、穏やかな風に吹かれているとそれも苦にならない。
 少し白みがかった青空は、春から夏へと移り変わりつつある季節を静かに語っていた。



 新緑に包まれた小さな道を、雪之丞は歩いていた。
 脇には透き通る水が流れる小川があり、そのせせらぎは都会の喧噪に疲れた心を癒してくれる。
 そこは東京から遠く離れた、とある田舎の道であった。
 舗装されていない道は、歩くたびにさく、さく、と心地よい音を響かせる。


 そんな折、後ろから彼を呼ぶ声が聞こえ、雪之丞は足を止める。
 ずいぶんと遅れて、1人の少女が後から付いてきていた。
 彼女を待つ間、何となく景色を見つめていた雪之丞の目にあるものが映っていた。





 白い花が、ゆれていた。
 寄り添うように二本の花柄を伸ばし、その頂点に1つずつ小さな花を咲かせていた。
 そよ風に吹かれて、ゆらゆら、ゆらゆら……。


 ……これは、何という花なのだろうか。
 今まで花の名前など気にしたこともなかったが、ふとそんなことを思った。
 普段なら単なる野草として気にも留めなかったはずだ。



 2人……そのことが、知らず意識させていたのかも知れない。






「……もう、待ってって言ってるのにどんどん1人で行くんだから!!」
「お前の歩くのが遅いだけだろ?大体何でサンダルなんて履いてくるんだお前は。」
「こんな場所に来るって知ってたら履いてこなかったわよ!一体この先に何があるって言うの?」
「付けばわかる。それよりもう遅れるなよ、かおり。」
「まったく……いつも勝手なんだから……。」




 伊達雪之丞と弓かおり。
 この2人が付き合いだしてからそれなりの時間が経っていた。
 些細なことでしょっちゅうケンカにもなるが、それでも関係が続いているのはお互いに相手のことを認め合い、理解し合っているからだろう。


 そんなある日、突然雪之丞から電話があった。
 その内容は
「少し遠出をするが……一緒に来るか?」
 という、単純かつ大雑把なものだった。


 雪之丞が遠出をするのは別にめずらしいことではなく、ある日急に姿が見えなくなったと思ったら、沖縄にある無人島にいたなんて事もザラであった。
 彼曰く「修行のため」だと言うのだが、突然いなくなられた方はたまったものではない。
 普段は自分の行き先もロクに告げない彼がそんな提案をしてきたのだから、かおりとしては断ることなどできなかった。


 ……ちょっとだけ、嬉しかった。


 だから、彼の勝手な言い分にも目をつぶって後をついて行くことにした。




 やがて雑木林を通り抜け、両側を山の斜面に挟まれた場所に出た。
 小川のほとりには木造の古い家が一軒だけあり、周囲には小さな畑が作られていた。



 雪之丞はその家に向かって行き、玄関を軽く叩く。
 しばらくすると深いしわを刻んだ老婆が顔を出し、「ようきなすった」としきりに頷いていた。
 雪之丞が二言、三言話しかけると、老婆は家の奥から木桶と柄杓、そして山野から摘んできたであろう花束を雪之丞に手渡した。



「行くぞ、かおり。」
「行くって……それ……。」


 そう、誰が見ても墓参りのそれだとわかる。
 様々な疑問が湧き上がってきたものの、いつになく真面目な表情の雪之丞を見て、かおりはとりあえず黙って後をついて行った。



 古い家の裏手に回ってすぐの所に小高い丘があり、そこに1つだけ墓石が立っていた。
 その石は風雨にさらされて文字が読めなくなっていたが、周囲は綺麗に掃除され、きちんと手入れされていることがうかがえた。




「ねぇ雪之丞……このお墓は……?」
「これは……俺のママの墓だ。」
「え……。」
「さっきの婆さんは、体の弱かったママが生前世話になってた人なんだ。俺はほとんど憶えちゃいねーが、この村で暮らしてたそうだ。」



 かおりは初耳だった。
 というのも、雪之丞は自分の家族について語ったことが一度もなかった。
 何度かそういう話を振ったこともあったが、そのたびはぐらかされてまともな答えを聞いたことはなかった。



「ママは……俺を産んですぐに死んじまったんだ。」
「そう……だったの……。」
「少し話をするが……聞いてくれるか?」
「……うん。」





 そして、雪之丞は静かに語り始めた……。
















 俺が物心ついたときには、施設で暮らしていた。
 どこで生まれて、どうしてここにいるのか何も憶えていなかった。
 だだ1つわかっていたのは、俺には親がいない…そのことだけだった。



 小学校に上がると、親無しの俺は真っ先にいじめられた。
 毎日からかわれ、罵声を浴びせられ、石を投げられた。
 だが、それで大人しく黙ってる俺じゃなかった。
 俺をいじめる奴らと徹底的にケンカを繰り返しているうちに、とうとう誰も俺のことをいじめなくなった。
 それどころか、俺の子分としてついてくるようにさえなったんだ。


 その時俺は思った
「強ければ誰も俺をバカにしない…力があれば何でもできる…」と。



 それからの俺は毎日ケンカに明け暮れ、上級生のグループとケンカしたり、近所の金持ちのボンボンから取り上げたミニ四駆で遊んだり、好き放題やってた。




 だが……心はいつも満たされていなかった。
 中学に上がる頃には有名なケンカ小僧としてその名を轟かせていたが、いつも俺は孤独だった。
 確かに強くなって、周りの奴らは俺のことを恐れていた。
 遠巻きに見られ、みんながペコペコと俺に頭を下げるようになった。
 しかし、俺には本当の友達といえるような仲間はいなかった。


 強くなったはずなのに、なぜなんだ!!
 ますます俺のイライラは募るばかりだった……。
 満たされない心の隙間に、冷たい風が吹いていた。




 そんなある日、俺は偶然、いつも金魚のフンみたいについて回ってる奴らが話をしているのを聞いたんだ。



「……正直さ、雪之丞ってうざくねーか?」
「言えてる。ケンカが強いってだけで王様気取りだもんな。」
「すぐ怒るし物は取ってくし、奴がいなけりゃって何度思ったか。」
「そーそー、マジで消えて欲しいよな。」
「親もいねーんだし、アイツが死んだところで誰も困らねーじゃん。」
「むしろみんな喜ぶんじゃね?」
「ひでーなお前。でもその通りかも。ぎゃはははははははは!!」





 正直、どん底に突き落とされた気分だった。
 俺は力で、自分の居場所を手に入れたはずだった。
 だが、そう思っていたのは俺だけで、本当はこの世界に俺の居場所なんてどこにもなくなっていたんだ……。



 誰にも必要とされない……誰も俺がいる事を望んでいない……



 絶望に打ちのめされた俺はわけもわからずフラフラと歩き、そして……
 道路に飛び出したところを、トラックにはねられたんだ……










 意識が戻ったとき、そこは病院のベッドの上だった。
 そばには施設の園長先生が俺を心配そうに見ていてくれた。




「おはよう雪之丞。気分はどう?」
「……。」
「君はトラックにはねられたのよ。憶えてないかしら?」
「……園長先生。」
「なに?」
「どうして……どうして俺は生きてるんだ?」
「え……?」
「みんな俺がいると迷惑なんだろ?死んだ方がいいって思ってるんだろ!?」
「どうしたの?何かあったの?」
「うるせぇ!!誰にも望まれないのなら、最初から生まれてこなけりゃよかった!!」


 ヤケになって叫んだ俺の頬を、パシン!!と園長先生が張った。


「よく聞きなさい雪之丞。あなたは望まれない子なんかじゃありません。あなたは愛され、その命を祝福されてこの世に生まれたのです。」
「なんでそんなことがわかんだよ!!俺には親がいねぇんだぞ!!愛してたって言うんなら、何で俺を捨てたんだ!!」
「今日は君の誕生日でしたね……君が15歳になったとき渡して欲しいと預かっている物があります。」



 園長先生はそういって、鞄の中から古びた封筒を取り出した。
「あなたの……お母さんからの手紙です。」
「俺の……ママ?」


 封筒の中には手紙と、写真が一枚入っていた。
 その写真には若くて綺麗な女性と、生まれたばかりの赤ん坊の姿が写っていた。


「これが……俺のママなのか……?」


 その女性は赤ん坊を抱きかかえ、本当に幸せそうな顔で笑っていた。


 俺はとりあえず写真を置き、折りたたまれていた手紙を広げた。







〜愛する私のぼうやへ〜




 雪之丞、あなたがこの手紙を読んでいる頃、私はもうすでにこの世にはいないでしょう。
 私の体は病に冒され、余命幾ばくもないと宣告されました。
 でもそのとき、私のお腹にはあなたがいたのです。
 あなたを産めばただでさえ短い寿命がさらに縮まると言われ、周囲の人は皆反対しました。
 ですが…私は産むことにしました。
 私とあなたのパパが出会い、確かに愛し合った証として……そして、亡くなってしまったパパや、私の分まで生きて幸せになって欲しいから。



 きっとあなたは私がいないことで辛い思いをしているでしょう。
 今あなたのそばにいてあげられなくて本当にごめんなさい。
 あなたが大きくなった姿を見たかったけど、私にはもう時間が残されていないの。


 今、私が手紙を書いているすぐそばであなたが寝ています。
 小さな寝息を立てて、本当に可愛いのよ。
 この瞬間のためだけにも、あなたを産んだ事が間違っていなかったと信じます。


 15歳になったのなら、もう一人で歩き出せるはずです。
 自分の生き方を見つけて、どんな困難なことがあっても負けずに強く生きてください。
 あなたは私の全て…あなたが生きて、幸せになってくれることだけが私の望みなのですから。
 


 最後に……あなたを産んで、本当に幸せでした……生まれてくれてありがとう、雪之丞……












 
 俺は1人じゃなかった……
 命をかけて俺を愛してくれた人がいた……
 


 例え今は1人でも、その事実は俺を絶望の淵から救ってくれた。
 もう一度写真を手に取ったとき、俺の記憶の奥底に眠っていたママの笑顔が蘇ってきた。



(ありがとう雪ちゃん……私、あなたを産んでよかった……)


 遙かな記憶の中に、確かにママの声が聞こえてきた……


 ぽたぽたと、写真に滴がこぼれ落ちた。
 涙があふれ、どうしようもなかった。
 俺は泣いて…そして、ママに誓ったんだ




 俺は強くなるって。
 そして、ママの分まで生きてやるんだってな。











「……中学を卒業して、しばらく街をうろついていたとき霊的格闘技の道場『白龍会』にスカウトされて、俺はGSの道に進むことになったんだ。で、それから色々あって今に至るわけだ。」
 黙ったまま話を聞いているかおりを見て、雪之丞は自分の世界に入りすぎていたことを感じた。
「あ、すまねぇな……つまんねー話を長々としちまって……」
「そう……だったの…そんなことがあったなんて……。」
 声を詰まらせるかおりを見ると、彼女は口元を抑えて涙を流していた。
「バ、バカ、なんでお前が泣くんだよ。」
 予想外の反応に雪之丞は思わずうろたえてしまう。
「だって、そんな話聞かされたら誰だって……っ」
 かおりは雪之丞の胸に顔を埋め、嗚咽を繰り返していた。
 雪之丞は顔を赤くしながらもそっと背中を抱いてやり、気が済むまでそうさせていた。


 しばらくして落ち着いたかおりに、雪之丞は花束の半分を手渡す。
「供えてやってくれねーか。きっとママも喜ぶ。」
「……ええ!」



 花を供え、墓石に水をかけると線香に火を付ける。
 2人は目を伏せ、手をあわせて祈った。


 祈りを終えた後、ふとかおりが雪之丞に尋ねた。
「ねぇ、どうして私をここへ呼んだの?」
「あ…え、っとな、お前をママに紹介したかったんだ。」
「……そうね、私もお母様に会えて嬉しいわ。」
「この話は誰にも言うなよ?お前だけにしか話してないんだからな。」

 お前だけに……この言葉が、何よりかおりは嬉しかった。
 一見がさつで身勝手な彼が、自分に心を開いてくれている幸せ。
 そんな満ち足りた気持ちを感じながら、かおりはわざといたずらっぽく笑ってみせる。


「ふふふ、さあ、どうしようかしらね?あなたも結構可愛いところあるじゃない。」
「なっ!?」
 かおりは動揺する雪之丞の鼻先をちょん、とつつくと「冗談よ」と笑う。
「ちっ、やっぱ黙ってりゃよかったか……。」
 ムッとする雪之丞のそばで、かおりはふと遠くを見つめて呟いた。
「でも、私達、お母様の分まで長生きしないとね。」
「……ああ、俺達2人で、な。」
「え……?」
 雪之丞はかああ〜っ、と顔を赤くし、ぶっきらぼうにもう一度答えた。



「だから……ずっと一緒に生きてやろうってことだよ!!」




 その言葉が何を意味しているのか、かおりにはすぐにわかった。
 不器用な彼なりの、精一杯のプロポーズ。
 きっと私達2人のことを、天国のお母様に祝福して欲しかったのだろう。



「……うん、一緒に生きましょう!!」





 緑の丘の上で、2人の影が重なった。
 その足元には小さな白い花が揺れていた。




 ニリンソウ




 寄り添うように2つの花を咲かせるその野草は、決して離れることなく風に揺らいでいた。

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