チルドレンとの1年-03_後1 (絶対可憐チルドレン)
投稿者名:進
投稿日時:(05/ 6/ 3)
バベル とある会議室
数日後・・・
皆本は追い詰められていた。出口の一つしかない部屋に入ったのが失敗だった。今、その出口は塞がれ、彼に悪意なすものが迫っている。皆本はなんとかこの機器を逃れる方法を―本気で―考えていた。部屋を見回して再確認してみる・・・二つの人影が扉の前に立っており、突破することは難しい・・・いや、無理だ。そしてもう一人、手に凶器を持ちこちらに迫ってくる影・・・ライトに刃物が禍々しく光る。
「へっへっへ、もう逃げられないぜ、皆本。」
刃物をちらつかせながら、薫が皆本に迫る。ちなみに散髪用のハサミだ。
皆本が偶然落としたペンが、偶然ドアの開いていたある会議室に入っていったのだ。そのペンの転がり方が少々不自然に感じたが、よく考えずにうっかり部屋に入ってしまったのが悪かった。部屋の出口にチルドレンがテレポートで突然現れ、ドアを後ろ手に閉めた・・・
「うちらも最初はここまでやろうとは思て(おもて)なかったんやけど・・・」
「必死で逃げるから、ちょっと面白いのよねー」
葵と紫穂がドアの前に立ちはだかる。
「ウブなネンネじゃあるまいし、あきらめて言うとおりにしな」
ニヤニヤ笑いながらまた一歩、薫が迫った。
「あっ、明石君、君はそんなセリフをどこで覚えてくるんだ?!」
「いろんなとっから」
あっさり答えると、また一歩迫った。悪いことに今はESPリミッターを持ってきていない。
「や、やめてくれ・・・」
薫はハサミをポケットからいっぱい取り出し、――サイコキネシスを使って――両手でシャキシャキ言わせながら、なぜか英語で答えた。
「・・・I Can’t.」
もうだめか・・・あきらめる皆本。
−プルプルプルプル
その時、皆本のポケットに入っていた携帯が鳴った。大慌てでそれを取り出し、耳元に当てる。
「皆本クンかね? 至急、ザ・チルドレンを召集して局長室に・・・いや、屋上のヘリポートまでつれて来てくれたまえ!」
珍しく緊迫した桐壺局長の声が聞こえた。大声だったので、近くに居た薫にも聞こえたようだ。皆本は扉を押さえていた葵と紫穂に声をかけ、急いで屋上に向かった。
「ちっ・・・運が良かったな、皆本」
ハサミを放り出して、そう言いながらも薫は特に残念そうではない。皆本を追い詰めるのが面白いだけなので、彼女としては目的を達していたから。
屋上に付いたとたん、皆本とチルドレンの3人は、待機していたヘリコプターに押し込まれた。席に着く間もなくヘリは発進し、急用とは、本当に至急の用件なのだな、と感じさせた。中には桐壺局長と柏木女史が待っており、どこかに電話をしたり、相談したりしている。
「いや、済まない。大きな事件があってネ・・・」
電話を切った桐壺がチルドレンのほうを向いた。と、おや、という顔をする。
「皆本クンも連れてきたのかネ?」
そう言われても皆本には答えられない。近くに居たヘリの乗務員が「スミマセン」とか何やら答えた。
「ま、いいだろう。皆本クンも聞いていてくれたまえ」
そういえば“つれて来てくれ”と言われたのであって、自分も行くのかどうかは聞いてなかった。しかしヘリに文字通り押し込まれたので、彼にはどうしようもない。「はい」とうなずいた。
「そう、事件だ。東京湾の第8埠頭に接岸中の客船“むーんふらわあ”が、テロ組織にシージャックされた。」
“むーんふらわあ”では100人余りの船客が人質となっている。テロリストは人質の身柄と交換に、大統領制の制定、現在の内閣の退陣、そして彼らの指導者を初代大統領に就任させること、という要求を発表していた。制限時間は3時間。
「無茶苦茶だ。」
「そのとおり、まともじゃない・・・政府でも、テロリストがこの条件を本当に要求しているとは考えていない。おそらく、交渉次第で金額的な問題に落ち着くだろう。」
「じゃあ、要求を飲むんですか?」
「客船に居るテロリストは5人。これは船内との連絡が途切れる前に、内部からもたらされた情報だ。おそらく多くても6人もいないと思われる。客船全てを監視下に置くには少ないが・・・奴らは爆弾を持ちこんでいるのだヨ。」
船内のどこに仕掛けてあるのか分からない爆弾。それがテロリストの武器だった。声明では船を丸ごと破壊できる威力があり、政府が誠意のない態度を取るなら爆破させる、ということになっている。
「わかりました・・・で、彼女達はなぜ呼ばれたのですか?」
「それはだ・・・」
先ほど皆本は「テロリストの要求を飲むのか?」と言ったが、政府としても飲むつもりは無かった。要求が引き下げられてもだ。もしテロリストの要求を飲むようなことをすれば、諸外国から非難を浴びることは間違いなかったし、また安全面からも第2、第3のテロリストが発生する原因ともなりかねない。しかし人質を見殺しにすることはできない。人的被害が無く、テロリストを逮捕――または他の手段で始末――できればベストだ。
だがそれは難しい。テロリストは少数とはいえ、ボタン一つで船を爆破できるのだ。テロリストは船客として乗船しており、持ち込む荷物はチェックされている。だから持ち込めた爆弾は小型であるはずだ・・・しかし爆破されて全く無事とは言えない。客船は現在埠頭をやや離れて停泊している。そのため、特殊部隊などを極秘で潜入させることができない。テロリストは「船に近づくものがあれば人質を数名殺害する」とも言っている。
そこで考え出されたのが、テレポーターによる特殊部隊の送り込みだ。埠頭に設置した特殊装置から船内の様子をスキャンし、犯人が居ないと思われる場所に特殊部隊を送り込む。勿論、一度に大勢運ぶのは無理だが、相手も少なく、武器もせいぜい拳銃しか持ってないとのことなので、数名送り込めれば制圧は可能だ。問題は爆弾だが・・・
“ザ・チルドレンのサイコメトラー、三宮紫穂により船内の捜査を行うこと。”
「そんな?! 危険すぎます!」
「わかってる・・・私もやらせたいわけじゃない。」
桐壺としても、孫のようにかわいいチルドレンを危険な目に会わせたいわけではない。だがこの命令は国家の中枢から発せられているものであり、局長と言う立場から既に何度も反対したにもかかわらず、撤回されなかったものだ。これ以上の拒否はBABEL全体にとってマイナスになる。日本でもっとも優秀なサイコメトラーである紫穂がスキャンを行えば、他の超能力者がやるよりは確実で早い。確かに正論だ。しかし桐壺は引っかかるものを感じていた。BABELにも、またその他の政府組織にも――超度は落ちるが――他のスキャナーは所属している。考えたくは無いが、もし失敗した場合、幼い子供を作戦に使用したということになれば大事であり、デメリットとして考えるべき事項だ。しかし命令では紫穂を直接指名している。
埠頭に駐車されたトラックの中で、特殊部隊のメンバーとの打ち合わせが行われた。テレポーターによるメンバーの転送、安全を確保した後に紫穂も飛ばして、爆弾のスキャンを行う。位置が判明した後に紫穂は迎えに来たテレポーターと共に脱出する。その後は特殊部隊の仕事だ。
特殊部隊を送り込むテレポートは、葵を含む数人のテレポーターで行うことになった。埠頭から離れてしまった客船に、何人も送り込む――しかも出現場所を厳密に指定して――などという難事は、それなりのテレポーターにしかできない。一人やることのない薫は、残念そうに愚痴っていた。
「あたしを送り込めば、一瞬でやっつけてやるのに!」
その前に爆弾のスイッチが入りそうだが、と思ったが、皆本は口に出さなかった。
「まあうちも単なる転送機扱いやからな・・・それより紫穂はきーつけや。」
紫穂は、危険な任務をやらされるにしては、平然としていた。ヘリの中でも「やります」と一言で済ましている。ただ、それっきり黙りがちなのが、皆本には気になった。
「なあに、俺たちが守ってやるさ!」
同席している特殊部隊の男らしい――漢らしい――メンバーが口を挟む。他のメンバーも「海兵魂を見せてやるぜ!」「ヒアウィゴー」などと気を吐いている。「おっちゃんら日本人やろ?」と葵につっこまれているが。
作戦の開始時間が近づくと、作戦の部外者である皆本はトラックから出された。外へ出てみると、周りでは大勢の関係者が走り回っており、じっと突っ立っているだけでも邪魔になりそうだ。少し離れた場所に駐車用のタイヤ止めを見つけ、そこに腰掛けた。目の前には仮本部用のテントがたっており、その向こうには海が広がっている、そして問題となっている客船が見えた。今から紫穂はあそこで危険な任務に付くのだ、もしかしたらもう始まっているかもしれない。懐からハンカチを取り出し、メガネを拭く。無事に終わってくれれば良いが・・・
にわかにテントが騒がしくなった。
青い顔をしている葵、隣でうつむいている薫、桐壺は電話にかかりっぱなしだった。テントの中は慌しく、しかし雰囲気は暗い。誰から誰へとも無く怒声が行きかう。
柏木が皆本を見つけ、外へ連れ出した。
「どうしたのですか?」
聞かなくてもおおよそは分かっていたが、柏木から説明を受けた。失敗したのだ。テレポートによる進入、安全の確保、そこまでは良かった。しかし紫穂が送られると、すぐテロリストから船内放送で連絡が入った。武器を捨てておとなしくしなければ、人質を殺す、と。
「通信が傍受されたのでは?――そんなはずはない、極秘回線だ――ではなぜ?――わかるものか!」
これからどうなるのか、どうするのか。紫穂はどうなったのか。柏木の話では捕まっただけのようだが、サイコメトラーだと知られれば、テロリストの計画を全て見通すことができる彼女は殺される可能性がある。自分は作戦には部外者ではあるが、ザ・チルドレンについては話が違う。自分は担当官なのだ。
「ええい、埒があかん。こうなれば自分で!」
突然上着を脱いだ桐壺が――年に似合わず筋骨隆々だ――両手にマシンガンを持ってテントを出ようとする。
「桐壺局長を止めろ!」
周りに居た職員がいっせいに桐壺に圧し掛かる。桐壺は数人を振り払ったが、さすがに10人目あたりになると押しつぶされた。手錠や何やで拘束されていく。手馴れた感じだ。
桐壺がもし捕まったなら、人質の価値が上がってしまう。桐壺は政界にも顔の利く男だったし、BABEL局長としても有名だ・・・テロリストが利用する可能性が高い。彼を放って置く訳にはいかない。
ではどうしたものか・・・皆本は自分のできることを考えながら、テントの中を見回した。BABEL関係者も、自衛隊関連の職員も混乱している。ふと、薫と葵の姿が見えないことに気が付いた。
「どこへ行く気だ」
薫と葵は、テントの近くの倉庫、その影にいた。まだテントでは喧騒が続いているが、少しはなれたここではほとんど聞き取れない。
「決まってんだろ、紫穂を助けに行くんだよ。」
「ダメだ」
皆本はスーツのポケットから小さな機械を取り出し、薫に渡した。同じような機械を、自分の耳にもつける。さらに内ポケットから紙片を――船の見取り図だ――出して葵に渡した。
「船内の様子がわからない。今、君たちが行ったら、さっきと同じようにすぐ見つかってしまうかもしれない。」
「じゃあ、紫穂はどうすんだよ! 皆本! ほったらかしか?!」
皆本は二人の顔をまっすぐに見つめて、言った。
「僕が行く」
「・・・え、いや・・・その・・・」
「僕なら見つかっても、船客のフリができる。」
「それやったら、うちらでもええんちゃう?」
「紫穂は特殊部隊と一緒につかまっている、そして君たちは紫穂と同じ制服を着ている。危険だ」
それよりも、と皆本は話を続けた。聞いた話では、紫穂が到着したとたんにテロリストから通信が入ったと言う。もしかしたら超能力者を発見する装置か何かを持っているのかもしれない。その場合、薫や葵が行くとすぐにバレてしまうから、と説明した。
しかし、皆本は他の可能性を、より危険視していた。超能力の感知器は、皆本が参考にしている理論で作ることは可能だ。例の波動を感知するような仕組みを作れば良い。しかし、数人しか居ないようなテロリストがそんなものを用意できるだろうか?しかも、特殊部隊と紫穂は――まず爆弾を探すために――テロリストが居る場所から離れた場所にテレポートしたはずだ。そんな広範囲を感知できるとなると、それなりに機械も大きくならざるを得ないが、そんなものを持ち込めるのか?考えにくい。それらの事象から想像すると・・・
「スパイがいるのかもしれない、」
そして、進入と同時にテロリストに連絡したのかも。
「何だと、誰が?!」
「大声を出すな。あくまで可能性だ。居ないかもしれない。しかし可能性があるからには、慎重になる必要がある。」
そしてこれからの手順を説明した。まず葵が皆本を船内に送る、場所は船の見取り図で指定する。皆本はテロリストに見つからない限り船内を調査して、通信機――さっきの小さな装置だ――で連絡する。薫と葵はテントのそばに戻る。これはスパイに気取られないためだ。そしてタイミングを見て局長にこの件を伝え、指示を仰ぐ。
「後は潜入の結果次第だ。応援の特殊部隊が来ても、スパイが居てはまた失敗する。最悪、薫と葵に来て貰う事になるかもしれないが・・・」
子供たちを危険に晒すかもしれない、と顔をしかめる皆本。
「何だよ、皆本。結構やるじゃん!」
薫は力強くうなづくと、皆本の肩を叩いた。葵は目を丸くしていたが、その音で、気付いたように口を開く。気のせいか、彼女が自分を見る目が、少し変わったような気がする。
「あの・・・その、頼むで、・・・皆本はん」
「ああ、まかせろ」
客船の船長室、そこにテロリスト達はいた。その中の一人、船長席に座っている男、通称“リーダー”と呼ばれる男が通信機を使っている。なぜ通称かと言うと、彼らはこのテロのために集められただけの人員であり、ほとんど他のメンバーについても知らされていない、当然名前も知らない。
「ええ、ええ、特殊部隊の連中は捕まえてありますよ。ご依頼どおり生きてます。それと・・・」
リーダーは、その部屋に居た紫穂を見た。
「超能力者のガキもいます。」
船内に送られた皆本は、しばらく息を潜めて様子を伺った。ここは客室の一つで、空き部屋のはずだ。見る限り人は居ないし、物音もしない。超能力探知機のようなものがあるなら、今のテレポートで見つかった可能性もある。しかし数分待ってみたが、テロリストに見つかった様子はないようだった。
耳に入れた通信機から薫の声が聞こえた。
「どうだ、皆本」
「大丈夫だ。これから捜索を始める。」
客室のドアをゆっくり空け、左右を見る・・・人影はない。船の機関が動いている音がかすかにした。相手は5人ほどだというし、全てを見張っているわけでもないのだろう。他の客室が通路に並んでいるが、全てを見て回ることはできない。テロリストに見つかることは勿論、他の客に騒がれてもまずい。テロリストが居ると思われる場所は知っている。船の操縦室だ。テント内で情報を盗み見ていたので分かっていた。そして船の見取りは、先ほど葵に渡した地図と同じものを持っている。
通路を歩くと、意外と足音が響く。皆本は靴を脱いで手に持ち、そろそろと歩いた。
テロリストが詰める船長室。緊張の様子が見える他のメンバーに比べて、リーダーはリラックスしていた。椅子にもたれかかり、窓の外の景色を眺めたり、暇をもてあましているようだ。テロリストが指定している制限時間まではまだ1時間ほどある。
「おい、誰かチェスでもしないか?」
そのうち船長室にあったポータブルのチェス版を見つけ、広げながらメンバーに声をかけた。メンバーは呆れたように首を横に振る。
「同志、我々は、新たな日本を作るためにここに居るのだ。もう少しまじめにやってはどうか」
生真面目に答えるメンバーを見やり、リーダーは肩をすくめた。どうも他のメンバーに比べて、リーダーの方が真剣みに欠ける・・・というよりやる気がないように、紫穂には見えた。
「私でよければ相手するわ」
紫穂はずっと脱出の機会を伺っていた。テロリストに捕まり、部屋に入れられてからも、何か使えるものがないか船内をスキャンしていたのだ。彼らにばれないようにやる為、あまり広範囲のスキャンはできなかった。また集中力が必要だったので、テロリストが何を言っても黙り込んでいた。薫や葵が助けに来るかもしれない。もしかしたら局長が来るかも・・・その時のために情報はあった方が良い。そう思ってのことだ。
それまで黙っていた紫穂が、急にそんなことを言い出したのでテロリストは当惑した。しかし、リーダーはニヤリと笑ってみせる。
「お、いいぜ。勝ったらキャンディーでもやるよ・・・ただし、俺に触るのは無しだ、それがルールだ」
情報とは、何もサイコメトラーの能力からしか得られないわけではない。相手の視線から、言葉から、態度から覗うことのできる情報がある。紫穂はそれを知っていた。
――“触るのは無し”・・・この人は、私がサイコメトラーだと知っている。
皆本は目的地である船長室の近くまで来ていた。よほど爆弾での“脅し”に自信があるのか、それともスパイの情報を当てにしているのか分からないが、見張りはいない。少しでも情報を掴めば後々役に立つはずだ、そう思ってここまで来た。いつ見つかるかと冷や汗は流れ、心臓の鼓動も早い。だが紫穂はテロリストに捕まっており、自分よりも緊張を強いられているに違いない。早く何とかしなくては。
船長室は部屋のつくりが良いのか、ほとんど音が漏れてこない。それでも中の様子を伺おうとして、ドアに近づいた。ドアと壁の境に貼り付いて、耳をすます。
「政府からの回答はまだか?――確認している――次、お嬢ちゃんだぜ――わかってるわ、まだダメよ!」
――紫穂!
皆本は、室内から漏れる声の中に、間違いなく紫穂のものを聞いた。彼女にしては大きな声だ・・・もしかしたらこちらに気が付いているのだろうか・・・それで、「まだ入ってはダメだ」と伝えたいのか?しかしそんなことを大声で言っては危険ではないのだろうか・・・中の様子が分からない。
紫穂がサイコメトリーで周りの様子を探っているなら、皆本のことを知っていてもおかしくない。他に分かったことは、中には男が3人か、それ以上いること。他にも紫穂に聞きたいところだし、この後どうするか――再度、特殊部隊で突入するか、それとも薫にやってもらうかなど――も予め伝えられれば成功率も上がる。しかし、紫穂が優秀なサイコメトラーとはいえ、接触していない状態ではこちらの意思を伝えられない。
――いや、方法はある
皆本は準備をするため、いったんドアから離れた。
――皆本サンは見つからなかったようね。
紫穂はチェスをしながら、まだスキャンを続けていた。集中するために黙り込んでも、“次の手を考えているのだな”と思わせることができる。また彼女にはある考えがあり、そのためのチェスの相手だった。相手に触れられない状態では、思考を読むことはできない。爆弾の位置や、テロリストの人数、この後どうするつもりなのか、知らなくてはならないことは多くあったが、リーダーはそれを許さないだろう。この男が拳銃を持っているのは分かっている。
「案外やるねえ、お嬢ちゃん。こりゃ手を抜けないな。」
リーダーが声をかけた。彼は子供相手だから、と適当に相手をするつもりだったが、とんでもない。紫穂はもっとも厳しい手を常に指してくる。ゲームに集中しなければこちらが負けそうなだった。チェスには自信があったんだが・・・とぼやく。
――それにしても・・・
皆本サンが来るとは思わなかった。いや、爆弾が処理できていない今、葵や薫が飛び込んでくるよりは良かったかもしれない。人質の命を盾に全員捕まってしまう。しかし、なぜ皆本サンが?彼はいかにもな研究者で、荒事には向いていそうに無い。さっきスキャンした様子では武器は持ってなかった。武器も持たずに、ガチガチに緊張して、顔引きつらせて、手に靴を持って、バカじゃないかしら。
リーダーは、ブツブツ言っている紫穂には――次の手を考えているのだろうと――構わず次の手を考えていたが、ふと顔を上げて紫穂の顔をみた。
「ニヤつきやがって、良い手でもあるのか?」
「・・・なんでもないわ」
それから15分ほどが経過したころ、紫穂が目を細めた。わずかな動きだったので誰も気が付かなかったが。彼女は足を組み替える。その際に靴が机にあたって鳴った。
「ところでー・・・」
声をかけた紫穂に、リーダーが顔を上げる。
「これ、勝ったら、あなたたちのこと教えてくれるかしら? 爆弾の場所とかー、全員で何人とかー。」
さらっと言った紫穂の言葉に、周りに居たテロリスト達はざわめく。しかしリーダーは顔色を変えずに駒を進め、答えた。
「ダメだな」
「そう、残念」
特に残念そうでも無く、紫穂は次の手を指し、リーダーが今進めた駒を取った。今までに無く悪手だな・・・とリーダーは思う。リーダーは同じ場所に手を進め、紫穂の駒――失った駒より上位の――を取った。
暫くして、部屋にコツコツという足音が鳴り出した。コツ・・・コツ、紫穂の靴が床に当たっている。コツ・・・コツ・・・コツ・・・コツコツ・・・
「うるさいぞ、お嬢ちゃん」
「ごめんなさい、考えるときの癖なの」
「さっきまでしてなかったじゃねえか」
「本気になってきたのよ」
今まで本気じゃ無かったってか、と呆れながら、リーダーは次の手を考えている。だから、紫穂が薄く笑みを浮かべていることに気が付かなかった。
後2へ続く
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