ザ・グレート・展開予測ショー

横島君的復讐―6日目 前半


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 6/ 7)

―土曜日―

「ヤ、ヤバイ!寝過ごしたーーーーー!!」

只今の時刻午前9時30分。事務所には9時に集合する予定なので完全に遅刻である。
前日の父親との『鬼ごっこ』の疲労に加え、久しぶりに良い物を食べた為か気が緩んでいたようだ。
良い物とは言っても、ファミリーレストランの1500円程度のステーキセットなのだが。
少年の普段の食生活から考えると高級料理といえるのだろう。

どんな理由があるとはいえ、遅刻は遅刻。お仕置きはまず免れないだろう。
少しでもお仕置きを軽くするため少年は必死に走り続ける。

ようやく少年が事務所に辿り着いた時には時刻は9時45分になっていた。

(さ、さすがにこれは遅すぎるよな・・・・・)

時刻を確認し冷や汗が止まらない少年。
雇い主のご機嫌をとるため事務所にはいるや、床に頭が着きそうなくらい平伏する。

「すんません!!遅刻しましたァァァ!!!!」

半殺しを覚悟しながら頭を下げる。
だが、いつもの左右のコンビネーションも神通棍の一閃も降りかからない。
何もされないのが逆に不安で頭を上げると、昨日自分を追いまわしていた男がいた。

「おいおい、忠夫ー。
アルバイトとはいえ、時間くらいはちゃんと守らないとなあ。」

昨日半殺し、もしくは全殺しにしたはずの父親が、
少年を見ながらいつものニヤニヤ笑いを浮かべていた













「あら、横島君、遅いわよ。
今日はいつもの用意と結界札も使うからね、早く準備しなさい。」

(へ!?美神さん!?)

大幅な遅刻をしたにも関わらず、この優しい言葉。父親が何故か事務所にいることも加え、
自分はまだ夢でも見てるんじゃなかろーか、と本気で考える少年。
なんだか訳が分からないが一番訳がわからない存在について雇い主に質問する。

「あの、美神さん。なんで死ん・・・・あ、いや親父が事務所にいるんですか?」

さすがに『死んだはずの』とは言えず、誤魔化す少年。

「あら、聞いてないの?昨日の夜に大樹さんから電話があってね、
『息子の仕事振りを見学させていただけないでしょうか?』って話があったのよ。
私の指示に従うなら、って事でオーケーしたのよ。」

「そ、そうなんですか?」

急な話についていけずに混乱するが、それでも何とか父親の同行を阻止しようと考える。

「そ、わかったら、早く準備しなさい。」

結局考えがまとまる前に準備に向かわされる。
何故か父親も息子の仕事を見学したい、などと言ってついてくる。
当り障りの無い事を言っているが、つまりは息子と二人きりになるのが目的だろう。

事務所の倉庫で向かい合う二人。

「てめー、どういうつもりだ?っつーかなんで全然平気そうなんだよ!?
最後のは手持ちの『文珠』を全部使ったんだぞ!?」

「はっはっは、流石にあれはキツかった。結界札も防ぎきれなかったみたいでな、
火傷やら打撲やらを負っちまったぜ。」

しかし、父親の見た目に傷などはない。

「の割には全然怪我なんかしてないじゃねーか」

流石に納得できない少年。自分も怪我の治りは早いほうだが、これはいくらなんでも早すぎる。

「なに、新しい友人が腕の良い心霊医療の先生を紹介してくれてな。
怪我の原因がお前の霊能力だからな、一晩もあれば治すには充分だったぞ。」

(また、西条のヤローか・・・・・!)

恐らくあの道楽公務員がオカルトGメンが負傷した際に利用する医者を紹介したのだろう。
表立って行動していないが、とことん人の邪魔をしてくれる。

(こ、こうなったら・・・・・!)

「あれ、親父ズボンの裾が破れてるぜ?」

父親の足元を指差し、父親の視線が足元に向かった瞬間、今日精製できる分の『文珠』を精製する。

(これでも食ら―――――)

虎の子の『文珠』を投げつけようとした瞬間、父親が少年の右手首を掴み阻止する。
そして掴む手に握力を加えながら話し掛ける。

「おいおい、まだ懲りないのか?。
俺の目を誤魔化せるとでも思ってるのか?。
んで、今度の『文珠』は何だ?また『爆』か?
流石にそれは目立ちすぎか、なら『眠』あたりかな?」

にこやかに質問しながらも、握力をさらに加えていく。
痛みに耐えかねた少年の手が開かれ、『文珠』が転げ落ちる。

転がっていく『文珠』に刻まれている文字は『忘』――――――








「こんのクソガキャアーーーーー!!!」

「うっせー、このクソ親父ーーーー!!!」








記憶を消し『忘』れさせるのは失敗したようだ。倉庫で父と子の殴り合いが始まる。



数分後、倉庫には少し顔を腫らした父親が立っていた。
足元には無傷なところを探すほうが難しいほどボロボロになった少年が転がっている。
やはり単純な殴り合いでは父親の経験の方が上のようだ。

「ふー、まだ話は途中だったんだぞ、最後まで聞けっての。
いいか?お前が『文珠』を悪用した事は秘密にしてやるから安心しろ。
公になったら美神さんにも迷惑がかかるそうだしな。」

意外な言葉に起き上がる少年。
あっさり雇い主にバラされて三途の川を渡る事になると思っていたのだろうか。
美神さんに迷惑がかかるというのは、恐らく道楽公務員が吹き込んだと考えて間違い無いだろう。

「だったら、何が目的だよ?」

「おいおい、俺の来日の理由はお前がGSとしてちゃんとやれるかを見る事だろーが。
能力は見せてもらったが、仕事してる姿はまだ見てねーからな。」

用心しながら質問する少年に笑いながら返す。

「ってことで、さっさと準備するんだな。
あんまり遅いと美神さんが怒るんじゃね―か?」

父親がいるからか、今日は妙に優しい雇い主を思い出す。
あんまり遅いと流石にキレるかも知れない。
急いで準備に取り掛かる少年、慣れた作業なのでその手つきは実に滑らかだ。

準備する少年に父親が背後から話し掛ける。

「それにしても・・・・おキヌちゃんか。
あの子は良い娘だな。」

ビクリと震える少年の肩。
手は止まっている。

「前に会った時は幽霊だったからなー、まさか生き返ってるとは思わなかったぜ。
しかも生き返ったのは最近なんだって?道理でスレてないと思ったよ。」

プルプル全身が震えている少年。
手からは霊波刀が発現している。

「あの娘はお前みたいな奴にはもったいないと思ってな。
って別にお前ら、付き合ってる訳じゃないんだよな?
だったら俺が手を出しても別に構わな――――――」

「構うわァァァァーーーーー!!!!」

叫ぶと同時に霊波刀で切りかかる。
予想していたのかあっさりとかわす父親。

「はは、男なら自分の好きな娘くらい守れないとなあ。
昨日はお前にしてやられたけど、この分野なら負ける気はしねーぞ。」

笑いながら倉庫から出て行く父親。
少年も急いで用意を終わらせ父親の後を追う。
こうなった以上1分1秒たりとも目を離すわけにはいかなかった。

(あんの畜生親父がァァァーーーー!!!!
言われんでもおキヌちゃんだけは守ってみせるわァァーーーーー!!!)

どうやら父親は日本での最後の標的を定めたようだ。
ことごとく阻止できなかった父親の犯行を思い出し、
あの純真な少女だけは何としてでも守る事を心に誓う少年であった。

準備を終えた事務所の面子はいつものように応接室で打ち合わせをしていた。
所長も大樹がいるからか、いつものハイテンションではなく、どことなく落ち着いた雰囲気だ。

「じゃあ、今日の除霊だけど現場は墓地よ。
何があったのか、最近急に悪霊が出るそうなのよ。
依頼の内容は最低でも悪霊の除霊。
できるならその出没する原因の究明、ってとこね。」

悪霊退治だけなら力技で何とかなるが、原因究明となるとそうは行かない。
ある程度の長期戦も覚悟しながら打ち合わせを進める。

「おキヌちゃんはいつものように後衛ね。悪霊相手だからネクロマンサーの笛が最適よ。
横島君は昨日と同じように前衛をお願いするわ。昨日と同じようにすれば大丈夫よ」

「あ、あのー・・・・実は今『文珠』打ち止めなんですけど・・・・」

申し訳無さそうに告げる少年。もちろん何に使ったかなど、言えるはずもない。

「昨日も結局使ってないでしょ?
そもそも『文珠』に頼りすぎるのは危険よ。
できるだけ自分の力だけで切り抜けられるようになりなさい。」

昨日頑張りすぎたためか、またもや前衛に任命される。

「大樹さんはおキヌちゃんと一緒にいてもらいます。
二人は結界の中にいてもらいます。決して結界からは出ないで下さい。」

(げ!親父とおキヌちゃんを行動させる訳には・・・・!!)

「わかりました。今日はよろしくお願いします。」

完全に仕事モードの大樹。穏やかな笑みを浮かべているが決して軽薄なものではない。
それはプロである美神を信頼しているという意思表示なのだろう。

(く・・・・!気に入らんが、流石に仕事中に口説く訳はないか・・・・。)

少年なりに一応安心しつつも、普段の父親が父親だけに、いまいち信用できない。
その後は細々した打ち合わせをし、車へ向かう。

車に向かいながら少年はさっきから気になっていた事を、声を潜めて同僚の少女に問い掛けた。

「なあ、おキヌちゃん、親父を連れてくのになんで美神さんは反対しなかったんだろう?
あのプロ根性の塊の美神さんが、足手纏いを連れて行きたがるわけないと思うんだけど・・・・。」

「ああ、それはですね・・・・」

少女も声を潜めながら答える。どうやら何か知っているようだ。

「昨日横島さん、お父さんと喧嘩して元気なかったじゃないですか・・・・。
それで、元気になってもらうにはどうしようかって皆で考えたんですよ・・・・。
私と美神さんは美味しいものでも食べてもらおうかって話してたんですけど、
人工幽霊一号さんが『お父さんに横島さんの活躍を見てもらうのはどうか』って・・・・。」

(し、しまったー・・・・!昨日の様子を誤解されてたのか・・・・!!)

「でも、こっちからお誘いするのもなんだかおかしいじゃないですか・・・・。
それで、諦めかけてたんですけど・・・・夜中にお父さんから電話がかかってきて
『忠夫の仕事の現場を見せてもらえませんか?』って・・・・。
それで、美神さんも自分の指示に従う事が条件で引き受けたんですよ・・・・。」

雇い主が普段のポリシーを曲げてまで自分に気を配ってくれたのは嬉しいのだが・・・・。

(俺は美味いもん食わせてもらった方が嬉しいぞォォォーーー!!!)

なかなか上手く行かないのが世の中というものだろう。

父親の方はと言うと、雇い主に普段の息子の働きぶりについて尋ねていた。
雇い主も気を使っているのか、普段では考えれられない事に少年の働きぶりを誉めている。
それを見る少年は、自分の株が上がるのは嬉しいが
実質的な待遇は変わらないんだろうなあ、と内心涙していた。

車に乗り込む際、雇い主に指示される前に、自分とおキヌちゃんが後ろに座ると申し出る。
少年は、父親と少女の接触を出来うる限り阻止するつもりなのだろう。
少女も少年の隣なのが嬉しいらしく、あまり表には出さないが喜んでいる。
雇い主も少年の父親が色々話し掛け、話相手になっているので特に不満はない様子だ。

(おキヌちゃんは絶対守ってみせる・・・・!)

今回ばかりは何が何でも阻止するつもりの少年。
ほんの僅かの妥協も許さない構えのようだ。



1時間ほど車を走らせ、本日の除霊現場である墓地に到着する。
今はまだ正午だというのに、墓地の中は悪霊の気配に満ちている。

「しかし、まだ昼間ですが除霊に取り掛かれるのですか?」

霊気を感じる事が出来ない大樹が暢気な事を言っている。
一般人の感性では昼間から幽霊が出ると言われても、いまいちピンとこないようだ。

「大樹さんは感じないでしょうけど・・・・すでに墓地の中は悪霊の気配が充満しています。
出来るなら悪霊が出ないうちに、出没するようになった理由を探ろうと思ったんですけどね。」

説明する美神。説明しながら霊視ゴーグルと結界札を大樹に手渡す。

「これで霊を見ることができるはずです。
後、このお札さえ持っていれば安全なので何があっても決して慌てないで下さい。」

あくまで事務的な態度。プロとして仕事に徹するということなのだろう。

「はい。信頼していますよ、美神さん。」

大樹も相手を息子の雇い主としてではなく、一人のプロフェッショナルとして扱うつもりのようだ。

(ちっ!巻き込まれて死んでくれね―かな・・・・
それなら事故ってことで万事解決なんだが・・・・。)

一人物騒な事を考える少年。一人だけ明らかにプロの考えではない。
とはいえ、前衛を任されている以上ヘマをするつもりはなかった。
そんなことをすれば、父親はともかく後衛の少女が危険に晒されるのだから。

その後衛の少女はというと、いつものように霊を鎮めることしか考えていない。
仕事中に私情をはさむ余裕(?)があるのは少年くらいのようだ。

微妙にずれながらも事務所の面子は現場へと乗り込んだ。











現場の墓地は全長約1キロに及ぶ大型墓地で、平面部に広がる墓地と中心部の丘の上に造られた墓地の
二層構造になっていた。

彼らが墓地に乗り込むとすぐに悪霊と出くわした。と言うか悪霊がそこら中を徘徊していたのだ。
どの悪霊も何やらブツブツ言いながら無表情でうろついている。特に彼らから敵意や悪意は感じない。

このまま無視して調査をするべきか考えていると、突然悪霊たちの雰囲気が一変した。
今までただ辺りをうろついていた悪霊がうずくまって頭を抱えだしたのだ。
無表情だった顔には苦痛の色が浮かび、呻き声をあげている。

『オオ、オオオ、オおお、ア、頭がワレソウだ・・・・・・!!』
『誰カ、カか、カ、ココこノ音をトトト止めテクレ・・・・・!!』
『ヤヤメメテテテテ、くレ、モウ、ヤ、ヤ、休ませテテテ・・・・・!!』

苦しんでいた悪霊達を見るのに耐え切れず少女が笛を奏でる。

『もう、苦しまなくていいんです・・・・・!もう、休んでいいんです・・・・!
あなた達は何も悪くなんかないんです・・・・・!』

想いが込められた音色が墓地に響き渡る。

普段ならこれで悪霊は癒されて成仏しているのだが、どうやら今日は勝手が違うらしい。
笛を奏でる少女に焦りが見え始める。

「み、美神さん、なんか様子が変じゃないですか・・・・?」

少年は全く成仏する気配がない悪霊たちに不安を覚え雇い主に話し掛ける。

「シッ・・・・!黙ってなさい!」

雇い主も異変に気が付いているが、その原因を探るため悪霊達を観察している。
そうこうする内に悪霊がこちらに襲いかかってきた。

「来るわよ、横島君!」

注意を呼びかけるが、既に少年も臨戦体制に入っており、霊波刀を構えている。
突然狂ったように襲いかかる悪霊を霊波刀で両断していく。
気に入らないが父親のアドバイス通りに、囲まれないよう気をつけながら戦いを進める。

とうとう襲いかかって来た悪霊達を見て、少女が悲痛な叫びをあげる

「駄目です美神さん!この人たちは笛の音が聞こえてません!!」

生きた人間と違い、耳を塞げば音が聞こえないというものではない。
しかも自分の笛は魂に語りかける事ができるはずなのだ。聞こえない筈がない。

「どういうこと、おキヌちゃん!?」

駆け寄ってきた雇い主が問い返す。

「わかりません・・・・!
わかりませんけど、私の笛の音が届かないんです・・・・!!」

自分も最近まで幽霊だったので、彼らの気持ちは誰よりも理解できる。
だからこそ、苦しまずに成仏してもらいたい。なのに、目の前の風景はそれとは正反対だった。
少年の霊波刀で切り裂かれ苦しみながら消えていく悪霊たち。
安らかな成仏とは程遠い。自分の無力さを感じ、嘆く。

(おキヌちゃんの笛が届かないですって・・・・!?
ってことは、ただの悪霊じゃないってこと・・・・!?
・・・・・・・まさか、何かに囚われてる・・・・?)

そう言えば、最初は悪霊たちに敵意はなかった筈だ。
それが突如一変して襲いかかって来た。
そして、襲いかかって来る直前に見せた悪霊たちの苦しむ姿・・・・。


何者かに操られていると判断し、少年に群がる悪霊を霊視する。
注意して見てみると、悪霊本体の気配以外に、もう一つの気配の存在を感じる。
しかもそれは、墓地にいる全ての悪霊たちから感じるのだ。

(こいつね・・・・・!!)

操っている者の存在を確信し、その気配のもとを探る。
辺りを見渡すが、それらしいものはいない。
見鬼君を使おうにも、周囲がこれだけ悪霊で溢れていたのでは、期待できそうに無い。
手詰まりかと思いかけたその時、自分達に注がれている視線を感じる。
視線のもと、中央部の丘の上に目をやる。
そこには、艶の無い黒い毛に覆われた獣が、白い双眸で自分達を見下ろしていた。




獣は美神と目が合うと、しばらく睨み合っていたが
やがて興味が失せたのか背を向けて歩き去っていった。

「真っ白な眼球とは、珍しい犬でしたね・・・・。」

それまでは一切口を出していなかった大樹がポツリと洩らす。

「・・・・気付いていたんですか?」

まさか霊能力の無い素人が気付ける訳が無いと驚き、確認する。

「あなたの視線を読んだだけですけどね。」

事も無げに言う。なるほど確かにそれなら有り得る。

「どうやらあの犬がこの騒ぎの原因の様ですわ」

さっきの黒犬の態度から確信し、告げる。
目が合った時に伝わってきた感情は『怒り』。
縄張りに侵入してきた自分達を排除するつもりなのだろう。
恐らくさっきの黒犬は動物霊から変化した妖怪だろうか。
妖怪と悪霊では危険度が段違いだ。この辺りで大樹さんには退いてもらった方が良いだろう・・・・。

「残念ですが相手が妖怪である以上、大樹さんの身の安全は保障できません。
車の方で仕事が終わるのを待っていていただけませんか?」

自分の思惑通りに進まないのは癪だが、怪我などされたのでは本末転倒になりかねない。

「ふむ・・・・確かに危険そうですが、これが忠夫の仕事なのでしょう?。
親としては、出来るなら最後まで見届けてやりたいのですが・・・・。」

頭から「嫌だ」と言われたなら、説き伏せる事は出来ただろう。
しかし、『親として息子を見届けたい』と言われてしまうと美神としては何も言えなくなってしまう。
自分の母親は早くに亡くなり、父親とも疎遠になっている。
『親』という単語に自分は酷く弱い事を自覚していた。
プロとしては断るのが筋なのだろう、だが個人的な感情は・・・・。
すこし悩むが、決断を下す。

「わかりました・・・・。そういうことなら最後までついてきて頂きましょう。
ですが、ここからは周囲を常に警戒する事を忘れないで下さい。
もし何らかの異常を感じたなら近くのおキヌちゃんにすぐに確認して下さい。」

(プロとしては失格かもしれないけど、大丈夫!私は美神令子よ!!
例え誰が相手でも遅れをとったりはしないわ・・・・!)

決心した以上、すぐにアルバイトの少年に指示を飛ばす。

「横島君!敵の居場所がわかったわ!。
あの丘の上まで登る事になるけど、ヘマするんじゃないわよ!!」

少年に喝を入れながら自身も神通棍を取り出し、前衛に参加する。
錯乱して暴れる悪霊など物の数ではない。瞬く間に殲滅していく。
悪霊達を蹴散らしながら丘への進路を切り開く横島と美神。
遅れないように、おキヌと大樹もついていく。

多勢に無勢だが、美神はもとより、ぎこちないとはいえ周囲に気を配りながら
戦闘を行っているので横島にも目立った外傷は無い。
悪霊の攻撃がかすったのか血が滲んでいる個所もあるが、どれも軽傷だった。

悪霊達を薙ぎ倒しながら中心部の丘を駆け上がる。
平地部と違い、何故か丘の上には悪霊たちはいなかった。
しかし、丘の上の墓の中でもひときわ大きな墓石の上で、さっきの黒犬が寝そべっていた。




侵入者の接近に気付いたのか、のそりと起き上がる。

『チッ、ここまで辿り着きやがったのか・・・・。
人の縄張りで、チョロチョロしやがって・・・・。
殺される覚悟は、出来てるんだろうなァ・・・・?』

苛立たし気に喋りだす黒犬。
かなり理性的に話している事から、やはりただの悪霊とは違うらしい。
白く濁った眼で美神達を睨みつける。

「(この霊圧・・・・!やっかいな事になったわね・・・・!
悪霊だけシバいて帰るべきだったかしら・・・・?)
あの悪霊達を操ってるのはあんたの仕業でしょう!?
馬鹿な真似はやめて、さっさとここから失せなさい!!」

予想していたより強力な霊圧を放つ妖怪に、軽く動揺しながらも自分のペースに引き込もうとする。
黒犬は美神の言葉を聞くと、おかしそうに顔をゆがめた。恐らく笑っているのだろう。

『ククク・・・・俺には霊達を操る力なんざ、ありはしねェよ・・・・
何なら実演してやろうか・・・・?』

黒犬の口が輝きだす。黒犬の霊力が凝縮されているのだろう。
輝きが最高潮になると、黒犬は喉を天に逸らせて大音量の叫び声を上げた。



“ォォォォオオオオーーーーーーーーン!!!!”



「う、うるせーー!!」
「くッ・・・・!」
「あ、ああ・・・・!!」

凝縮された霊圧が遠吠えとなって襲いかかる。
霊能力者ではない大樹にだけはただの遠吠えにしか聞こえていない。

夜中にやられると迷惑だろうが、体に異常を与えるほどの威力は無い。
今の無意味な行動の意味を測ろうとしていた時、墓地に異変が起きた。
それまで全く悪霊がいなかった中心部の至る所に、悪霊が湧きだしたのだ。

『ウウ、ウ、ウるセェェェーーーーーー!!』
『ヤヤ、メ、て、くレェェェェーーーーー!!』
『ネ、ねムらせて、クク、くれェェェェーーーーー!!』

どの悪霊も苦痛にうめきながら暴れだしている。

「そういうことだったのね・・・・・この、下衆が・・・・・!!」

最初に出会った悪霊たちの、妙な雰囲気の謎が解けた美神が吐き捨てる。

「ど、どういうことッスか美神さん!?」

少年の方はまだ何が何やらわからないようだ。
いつものように雇い主に教えてもらおうとする。

「あいつは・・・・遠吠えで眠ってる霊達を叩き起こしたのよ・・・・!。
おキヌちゃんの笛の音が届かなかったのも、霊たちが遠吠えの魔力に縛られているからよ。
いくらネクロマンサーの笛でもさっきの遠吠え以上の大音量を起こさない限り、届きはしないわ・・・・!」

『カハハハ、その通り、正解だァ。
おい、おめェーらァ、そこの連中を始末したらまた眠らせてやってもいいぜェェ?』

嘲るように笑いながら悪霊達をそそのかす。
仮に自分達が犠牲になっても開放する気が無いのは明らかだ。
現に最初の悪霊たちは自分達が踏み込む前から出没していた。
恐らく侵入者の警戒をさせられていたのだろう。
まともに考える事が出来なくなっている悪霊たちは、黒犬の言葉を信じ美神たちに襲いかかる。

「ひ、ひどい・・・・・。」

安らかに眠っていたところを無理やり起こされ、さらに魂を縛られてしまった霊達に
心を痛める少女。しかし、彼女の笛が届かない以上安らかに眠りにつかせるのは不可能。

横島や美神も少女が胸を痛めていることはわかる。
だが、悪霊相手に手加減する訳にも行かない。
もし自分達が抜かれるような事があれば、少女が危険に晒されてしまうのだから。

「くそッ・・・・!なんか方法はないんですか美神さん!?」

少年も悪霊とはいえ目の前で苦しんでいる相手を斬るのは気分が悪いのだろう。雇い主の知恵を頼る。
雇い主とてこの状況は気に入らなかった。しかし、有効な打開策が思いつかない。
理論的には一つ考えがあるが、実践できるかとなると話は別だ。
とはいえ、もしかしたら少年が何かアイデアを出してくれるかと期待して、話すだけ話してみる。

「方法は一つあるわ・・・・。
あのクソ野郎さえぶちのめせば彼らを縛るものは無くなる。
そうすればおキヌちゃんの笛が届くはずよ・・・・。」

「だったら―――!」

そうしましょうよ、と叫びそうな少年を手で制す。

「あのクソ野郎を倒す間、誰がおキヌちゃん達を守るの?。
いくら結界札があってもその内破られるわ・・・・リスクが大きすぎるのよ・・・・。」

勝つためならリスクなど覚悟の上だが、悪霊を苦しませないためにリスクを背負う気など無い。
彼女にとって悪霊の心配より、身内の心配をするのは当然の選択だった。
例えここに葬られている全ての霊を叩きのめしてでも、少しでもリスクの少ない方を選ぶつもりだった。
彼女が話す間も、墓地のそこかしこで悪霊が湧きあがっている。

『カカカ、おいおい、ヒドい除霊師もいたもんだなァ。
目の前で苦しんでいる罪の無い霊を、救ってやらないのかァ?』

黒犬は目に見えて動きの悪い美神と横島を見て、嬉しそうに口を出す。
そして、またも口内に霊気を集めだす。

『パーティーは、やっぱり人数が多い方が楽しいよなァ?』

阻止しようとするも、有効な手段が取れない二人を見て嘲笑い、雄叫びを上げる。

大音量の雄叫びでまたも霊たちが呼び起こされ、美神たちに襲いかかる。
前の遠吠えで既に地上に出てきていた霊たちは更なる呪縛をかけられ、狂ったように暴れだしていた。

「美神さん、忠夫、こっちへ・・・・!」

今まで成り行きを見守っていた大樹が不意に二人に呼びかける。
何事かと戻ってきた二人に大樹が耳打ちする。
話を聞いた少年が何やら騒いでおり、女の方がしきりに頷いていたが、黒犬には興味が無かった。
霊能力者ではないあの中年が何をしようと、自分に傷一つ付けることはできないのだから。

結局何も決まらなかったのか、さっきと同じように
少年が前衛で突っ込み、女の方が中衛で仲間を守りながら悪霊と戦っていた。

『クク、つまらないな、そろそろパーティーをお開きにしようか』

黒犬が飽きてきたのか、三度目の遠吠えの構えに移る。
口内に霊力が溜まり始めた瞬間――――――


「おりゃァァーーー!!」


突如少年の振り回していた霊力の刀が円盤状になり、黒犬めがけて投げつけられた。
ソーサーはまっすぐ黒犬めがけて飛んでいくが、あっさりかわされ黒犬が居座っていた墓石を砕く。
墓石から飛び降り、かすりもしなかった少年の奇策を嘲笑う。

『ハッ、それが切り札かァ?
てめェー馬鹿だろ、ンなもん当たるとでも思ってんのか?』

ソーサーを投擲した直後、隙だらけだった少年は悪霊に殴り飛ばされ黒犬の近くまで転がっていた。
倒れた少年を悪霊が取り囲み、袋叩きにしている。

「横島さん!!」

それを見た少女が悲鳴を上げ、少年のもとに駆け寄ろうとするが、
中年の男と除霊師の女に止められていた。

『カカカ、一人脱落だなぁ?
心配すんなァ、寂しくないようにお前らもすぐに後を追わせてやるからよォ』

袋叩きにされている少年を満足そうに見ると、さっき中断させられた遠吠えの構えに移る。
退屈になってきたのでさっさと終わらせるため、いっそう霊力を口の中に溜め込んでいく。

『じゃあな、暇潰しにはなったぜェ。』

別れの言葉を口にし、今までで最大級の遠吠えを放つ瞬間――――――

「いまよ、横島君!!」

「どりゃァァァーーーーー!!!」

悪霊たちに囲まれて殴り殺されたはずの少年が飛び起き
黒犬の口を霊気の手甲で掴み、強引に閉じさせる。

『ブグッ!?ウー、ウー、ウー、ウー、ウー!!!』

放出しようとしていた霊気が逆流し、黒犬の腹が膨れ上がる。
今が最大の好機と判断したのか、美神が一気に距離を詰める。


「このクソ野郎・・・・・!!
このGS美神が、極楽に逝かせてあげるわ!!」


膨れ上がった黒犬の腹を神通棍で一気に切り裂く。
溜まりに溜まった霊気が切り口から迸り、黒犬は爆発四散する。

「おキヌちゃん!後は任せるわよ!!」

「は、はい!!」

黒犬の消滅を確認し、少女が笛を奏で始める

『もう終わったんですよ・・・・!あなた達を縛るものはもうなくなったんです・・・・!
もう一度、安らかな眠りにつけるんですよ・・・・!』

傷ついた彼らの魂を癒すべく、想いを乗せた笛の音が墓地に響き渡る。
さっき迄とはうってかわり、百体以上いた暴れる霊たちは、瞬く間に成仏していく。
霊たちの満足そうな微笑を見届けた少女は、ようやく安堵の表情を浮かべた。。

「あ!横島さん大丈夫ですか!?」

袋叩きにされていた少年を思い出し、慌てて駆け寄る。
が、少年は特に怪我も無くケロリとしている。
有り得ない物を見るかのような少女に、懐から取り出したボロボロになった結界札を見せつける。

「いやー、結界札も耐えきれたみたいで良かった良かった。
早くあの野郎が遠吠えの体勢に入ってくれないか、冷や冷やしたよ。」

「あ、あれ?横島さん、結界札持ってましたっけ?」

お金に厳しい所長は余計な装備をもたせるようなことはしない。
それぞれの役割に応じた必要最低限の装備しか使わないのだ。

「ん、ああ、これはね・・・・。」

先ほどの父親と美神とのやり取りを説明する。





『忠夫、何とかあの犬の近くまで行って死んだフリとか出来ないか?
犬が遠吠えの姿勢になったら襲い掛かれば良い』

『む、無茶苦茶言ってんじゃねぇぇーーーー!!
そのままホントに死んでしまうわ!そもそも隙がなけりゃ不意打ちも出来んし!!』

『さっきから見てるとあの犬、遠吠えする時は全く周りを見てないぞ。
完全に空しか目に入ってない感じだった』

『言われてみれば、そうだったわね・・・・』

『そ、それでも無理ですって!文珠も無いんだからホントに殺されちゃいますよ!!』

『安心しろ、これを使えば大丈夫だろ?』

『お、おい、親父の結界札を俺が使ったら意味ないじゃねーか!
親父はどうするつもりなんだよ、下手したら死ぬぞ!!』

『うるさい!息子に無茶させるんだ、親として俺もリスクを背負うのは当然だろうが!!』

『そ、それでも・・・・』

『横島君、あなたがやらないんなら私がするわ。
このまま普通にやりあってたら、後どれだけ悪霊を相手にしなけりゃならないか、わからないのよ?
下手に長期戦にもつれこんだりしたら、ジリ貧になって消耗したところを潰されかねないわ。
無茶に見えるかもしれないけど確かに試す価値のある作戦だと思うわ。』

『くうゥゥ・・・・、わかりましたよ!
美神さんにそんな危険な真似をさせる訳にはいきませんし、俺がやりますよ!』

『じゃあ私が合図を送るまで、絶対に先走るんじゃないわよ!?』





「・・・・というわけなんだよ。」

説明を終える少年。結局上手く行ったので、無茶な事させられたが大して気にしていないようだ。

「自分の結界札を横島さんに渡すなんて、思い切った事するんですねー。」

一般人とは思えない肝の太さである。

「でも、なんとか仲直りも出来たみたいですね。
普段仲悪いみたいですけどやっぱり信頼しあってるみたいですし♪。」

『仲直り』と言われて思い出す、今朝のやり取り。

(ヤバイ、忘れてた!。あの畜生親父がおキヌちゃんを狙ってたんだった!。
でも待てよ、親父はまだおキヌちゃんと殆ど話もしてないはず・・・・・!。
だったら、こっちが先手を打ってしまえば・・・・・!!)

「えーと、おキヌちゃん、その、今日の夜ってヒマかなあ・・・・?
よ、良かったら一緒に食事でもどうかな?」

何となく照れながら食事に誘う。
これを受け入れてもらえれば、父親から守りきったと言えるだろう。

「え、ええ!?
も、もちろんオーケーです!」

そもそも少女が少年からのお誘いを断る事はありえないのだが、
この分野にかけてはとことん自信が無い少年。
これで守りきれたと確信し、胸を撫で下ろす。

父親の方を見ると何やら雇い主と話している。
何となく既視感を覚えたが、どこで以前見たのかが思い出せない。
思い出そうとしていると父親がこちらに歩いてきた。
万全を期すため、少女から離れ父親に近付く少年。
手を伸ばせば届きそうな距離まで来ると父親が笑顔で話しかけて来た。

「ちゃんと、この前俺が言った事を注意しながら動いてたみてーだな。
まだぎこちなかったけど、これから経験をつめば自然に体が動くようになるから安心しろ。
明日にはナルニアに帰らなきゃならんが、一応一安心ってとこだな!。」

「あ、ああ、ありがとう・・・・」

まさか仕事の話とは思わず面食らう少年。
しかも誉められるとは完全に予想外だった。

「・・・・ま、女関係の駆け引きは相変わらず全然駄目みたいだけどな・・・・。」

さっきまでとは一変して声を潜める父親。
多分こっちの方面でいじられると予想していた少年だが、勝利を既に確信していた。

「・・・・くっくっく、残念だったな。
おキヌちゃんは今晩俺と過ごすんだ。
あんたの毒牙にはかけさせねーよ・・・・」

父親と同じように声を潜めて答える。
その顔は勝利の栄光を掴んだ男のそれだった。

「・・・・やっぱり、お前は若いな・・・・」

それだけ呟くとクルリと振り返り、雇い主に声をかける。

「それでは、美神さん。
今晩7時に迎えに上がりますので」

「ええ、お待ちしておりますわ
大樹さん♪。」

笑顔で応じる雇い主。






(・・・・・・・・・・・・へ??)





目の前で何が起こったのか、ついていけない少年。

「くくく、お前はおキヌちゃんに張り付いてたからなあ・・・・。
こっちはやりやすくて助かったぜ・・・・。
しかも、お前、おキヌちゃんと今晩一緒に過ごすんだって?。
ってことはこの前みたいな邪魔はできねーなあ・・・・?」

そっと、少年に耳打ちして歩き去って行った。











(し、しまったァァァーーーーーーーーー!!!!
謀りやがったな、あの親父ィィィーーーーーーーーー!!!!)


ようやく朝のあのやり取りが『囮』だった事に気付く少年。
少女を守る事ばかりを考えていて、父親が雇い主に手を出す事を完全に失念していた。
さっき感じた既視感は、前回父親が美神を誘った時のものだった事に気づく。

(ど、どうしよう、俺も今晩予定入っちゃったしィィィーーーーー!!
このままじゃ、美神さんが、美神さんがァァァァァーーーーーーー!!!!)


頭を抱えて悶え苦しむ少年。
やはり父親にこの分野で勝つのは無理なのだろうか?。


大樹の日本での最後の夜が始まろうとしていた・・・・・・。

























―後書き―

横島君のGSとしての成長を見届けるはずが、
まだ仕事見学をしてなかったので今回は大樹氏による職場見学でした。

はじめて除霊シーンを書いたのですが、真面目な話はしんどいですね・・・・。
妙に文章のボリュームも大きくなってしまって、これでいいのか悩んだり・・・・(汗)。

後半は前回の帰国時のリターンマッチです。

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