〜『彼が最後に見た夢は…』〜
投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 5/ 4)
思い出…。
彼にとって、それは思い出と呼べるものだったのだろうか?
終わりゆく自らの刻を見つめながら……
魔王は刹那の夢を見る。
あるいは、それはただの幻だったのか…。それとも、やはりただの迷夢にすぎなかったのか…
今となっては、真実を知るモノなど、どこにも居ないけれど……
何の前触れもなく、目が覚めた。
覚醒と同時に広がるものは、黒い天井。何の感慨も抱けない、暗い寝台。
まだ自分は生きている…。そんな事実に軽い失望を感じつつ、男は仕方なく体を起した。
扉に手をかけ、重い足取りで廊下へと向かう。
長い、長い水晶の回廊。
この風景も、もう見飽きた。
「…?」
男が不意に足を止めたのは
階段の下から聞こえた、無邪気な声を聞いたから。
小さく嘆息し、螺旋状の段を下へと降りる。胸のうちに起こる、奇妙な感情。
その正体もつかめぬまま。
ただ男は階段を下った。何も考えぬよう、努めながら……
「あ……アシュさま!」
「あしゅさまだ〜!」
駆け寄ってくる2人の少女。まだ幼い……男の腰にも届かない、小さな背丈。
何がそんなに嬉しいのか、自分の回りをぐるぐる廻る。
ぐるぐる……ぐるぐる……
笑いながら。
楽しげに。
「あしゅさまー…またご本、読んでー…」
「…だめ!アシュさまはお仕事で忙しいの!だからダメなの!」
すがってくる妹を、怒ったように姉がたしなめ…
妹は、泣き出しそうに顔を伏せてしまう。
そう、彼女たちは姉妹なのだ。生まれたばかりの…太陽の光を目にしてから、まだ『五日間』しか経っていない…
「…いや、今は暇を持て余している。
構わないぞ、ベスパ。ルシオラも、何か読んでほしいものがあるなら…遠慮せずに持ってくるといい」
そう言った瞬間。
2人の顔が、輝くように、ほころぶ。瞳に浮かべた涙を、指先でぬぐってやると…。
妹は数秒、目をパチクリさせて…
そして、慌てたように、わたわたと、本の置かれた私室へと走り出していった。
「ねーアシュさま……」
「…ん?」
「ここに書いてある…コレ。この『妹』っていうの。これってベスパのことでしょー?」
本を覗き込み、小首をかしげてたずねてくる。その横で、ピクリと揺れるもう一方の少女。
「…そうだな。ルシオラにとっては……その通りだ」
答えてやると少女は、えへん、と胸を反らした。褒めてもらえると思ったのだろう。
彼女の頭を撫でていると、その片割れが、すねたように声を上げて……
「…いーもん。うらやましくなんてないもん。それに、アタシにだってもうすぐ出来るもん。妹…」
ムキになって言いながら、少女は見上げる。
自分の頭よりもずっと上………壁面に埋め込まれた培養槽(ばいようそう)を。
コポコポと…。
空気の音がする。
ガラスのゆりかご………満たされた液体の中でたゆたう、2人よりもまた一回り小さい、魔族の少女。
ソレを見つめ、男は固く唇を結んだ。
「………。」
思う。
『彼女』たちはもうすぐ、自らに課せられた運命を知ることになるだろう、と。
それは本当に…もう、すぐそこ。
そしてその時……すでに3人には、無垢な少女のままでいることさえ、許されない。
少女たちの寿命は、わずか一年。
そうなるように自分が定め、そうなるように、自分が仕向けた。
生後5日であるこの2人の姿が示すように……彼女たちはこのまま、驚くほどの早さで成長を続け…
やがて、力がピークに達した時点で、育つことを止める。
固定される肉体年齢は、三者三様。
急ごしらえの彼女たちが、少しでも姉妹らしく見えるように……そう考え、自分が施した、苦肉の策だった。
……。
男は笑った。
なんと滑稽なことだろう。自分はこの少女たちに、一体なにを求めていたのだろうか?
家族の絆?それとも、幸せな時間か?
今さら――――――
「どうしたの〜?アシュさま、考えごとー?」
「こわいかお〜…」
「…いや、何でもない。そういえば、どこまで読んだのだったか…」
「ここー!」
「おばあさんが、川でモモを拾うところー」
「…………この話のどこに妹が出てくるんだ?」
…絶望を知った男には、もはや歪んだ理想しか残されていなかったのだ。
だから、一瞬でも感じた幸せをもう2度と手離したくないと…そう、心の何処かで願ってしまう自分など…そんなものは偽りでしかなく、
少女たちの中に、すがるように希望を見出そうとしている自分も、やはり偽りで……
だからきっと…これは幻なのだろう。
思い出せる温かな記憶など……コレぐらいしか存在しないのだから―――――――――
―――――――…次の瞬間、男が目にしたものは……舞い狂う光の奔流だった。
黒い夜闇。
…何故、自分はこんなところに居るのだろう?なにも思い出せない。
そんなことより、早く3人のところに行ってやらなければ……。
まだ幼い彼女たちは、こんな暗い夜………自分が傍に居てやらないと、不安で泣き出してしまうのだ。
探さなければ。早く、早く……。
「……アシュ様……」
不意に、声が聞こえた。以前よりも少し大人びた……しかし、よく見知った誰かの声だった。
その声に…男は……
「…アシュ様…そんなになって…。それほど、死をお望みなのですか…?」
……どうした?ベスパ。何故、そんなに悲しそうな顔をする…?
心配しなくても、私は、どこにも行かないのに………
気がつけば男は、手を伸ばしていた。
あの時と同じように、泣き虫の少女の涙をぬぐおうと……手を、伸ばす。
しかし、その掌は………
少女の頬へと届く前に………
ごとり、という音を立て、砕け散ってしまい………
視界が、光に包まれていく――――――――――――
――――――それは、魔王が最後に見た、今わの際の幻だったのか……それとも………
今となっては…………真実を知る者など、何処にもいない。
『あとがき』
…と、言うわけで哀しく切ない(と作者は書いたつもりの(爆))アシュ様のお話でした。
長い間、温めてきた短編だったのですが…う〜む…。これで読者さまが、少しでもアシュ様を好きになってくれれば幸いかなぁと…(笑
ゴールデンウィークということで、ようやく暇ができ、方々にご挨拶しております〜
あぁ…やっと、気になる短編+長編が読める(泣
それでは〜休み明け、溜めに溜めまくった連載を爆発させますので(爆)そちらの方もよろしくお願いします〜
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました〜
今までの
コメント:
- 35巻の究極の魔体とのラストバトルを片手にお読みくださると嬉しいです(汗
あの最後に魔体が崩れ去るシーンは、圧巻ものですよね〜 (かぜあめ)
- そうですね、そしてキーやん達の最後の言葉もまた圧巻(ホロリ)。
こちらからは、はじめまして。そしてこんにちは。レス返しが終わって、トップに戻るとかぜあめさんの作品がッ!
哀しく切ない話でした。三姉妹へのアシュの気持ちが良く伝わってきました。
私もアシュが好きです。彼が一方的に悪いわけでもないですいからね。
最後に溜めに溜めまくった連載を爆発させちゃって下さい。では・・・ (never green)
- へっぽこで穴だらけの拙作への感想・・・・ありがとうございます。『吟詠〜』への感想はゆっくりで構いませんよ。
かぜあめさんの作品は叙情的で好きです。アシュの最後の気持ちが伝わってきて、よかったです。そういえば元はこの方、豊穣神でしたね・・・・ (アース)
- あれだけ賑やかな姉妹であるとすれば、倫理教育はさておいて(苦笑)、情操教育は案外ちゃんとしてたのかもな……さすがは元・豊穣の神、などと感心するやら気付かされるやら。
自らが創造し得る安らぎの中にすら留まる事ができず、真の創造を生み出す為の破壊の道具とせざるを得なかったアシュタロス……その誰にも知り得ないかもしれない内面にせまる一つの道を指し示してみせたかぜあめさんに一票。
……で、川でおばあさんが桃を拾う場面で妹が出てくるお話が気になるのじゃが(粘着質)。 (Iholi)
- どうもはじめまして。すがたけです。
『おお、神も魔も照覧あれ!彼の哀惜に満ちたる反逆者の……涙を!!御身に情けと力あらば、彼に慈悲を下さり給え!!』と、なぜか戯曲風な台詞回しが頭に浮かんで仕方ないです。
思わず、『どこのフランス人か、俺!?』とツッコミ入れてしまうくらいに我を忘れて引き込まれました。うむ、巧いなぁ。
ぜひ爪の垢を下さい……煎じて呑みます(変態?!)。 (すがたけ)
- アシュタロスか〜〜・・・・。
今後、キツネシリーズで何らかの形で本編に関わってくれると
嬉しいですね。
彼は、べスパ、ルシオラ、パピリオと関係が深いから
横島の夢の中なんかで再登場して、横島にアドバイスしちゃたりなんかして!!
ま〜〜私の妄想なんですがね・・・・。 (GTY)
- アシュ様だ・・・優しいパパさんアシュ様だ・・・
何だろう、アシュ様について考えさせられてしまいます。
あぁ・・・本気でシリアス路線考え直さなければいけないかなぁ・・・ (白湯)
- 悪役に徹し切れず、消滅を望まざるを得なかったアシュタロスの”優しい”内面…といった感じでした。切ない…
よかったです。 (偽バルタン)
- かぜあめさん、お久しぶりです。
子供のルシオラ&べスパとは、思いつかなかったネタでした。
最初から大人で造られたと考えていたのですが、こういう解釈もまたありますね。
『悪役』アシュタロスもまた、こういう一面をもっているのでしょう。 (湖畔のスナフキン)
- 描かれている『父』としてのイメージよりも、行間からは『母』がにじみ出てくるような印象を受けました。
こうしてみるとアシュタロスの悲劇は、本来の性質である母性を否定されてしまったことによるものが大きかったんじゃないか、なんとなくそんな気がします。
それにしても、同じ『夢』をテーマにして、なんでこうも違うのか・・・(苦笑) (赤蛇)
- うわうわうわ・・・(汗
なんというか昔のベスパが泣いてる場面と今のベスパが泣いてる場面の対比が堪らないですねぇ。泣ける泣ける。最後に彼は何を思って死んでいったのか・・アシュの一面を見せられたという感じです。ではでは、連載の方も頑張ってください。 (USE)
- いやぁ、アシュいいやつっすねぇ。
原作でもべスパとのエピソードで実はいいヤツ風の終わり方してるし
もう少し原作のほうでもいじってやって欲しかったキャラですな(w
なんだか、今回の読んでたら胸を締め付けられるような感じがして
すごく切なくなりました!
いい話ですなぁ・・・(涙
では、連載のほうも期待しております、がんばってください^^ (遊鬼)
- ちびルシとちびベスにハートを打ち抜かれましたよ、ええ。
泣かせる話じゃないですか…。最後の最後でアシュの心に残ったものは自分の娘たちに対する愛情だったと。GJでした。ご苦労さまです (ヘイゼル)
- >この話のどこに妹が出てくるんだ?
・・・をつけるのを忘れました。いえ、この・・・が大事だな、と思いました。これがあるとないとではこの発言の面白さに雲泥の差がありますっ。僅かな沈黙がねッ、ルシ様とベス様(?)の笑顔とアシュ様のきょとんとした一コマ(二コマくらい?)が見えるような気がして良いでした!
・・・絶対にこんなに使って言う事じゃねぇっ、と思いつつッ。
水晶、螺旋。かぜあめさんの迷いのイメージ、ってこういう単語から浮かび上がるのかな、と。以前の描かれたお話にも使われていた表現。容易には答えが覗き込めない神秘的な惑いが表現されていたように思います。夢と現実の対比―――答えが現実であったとするなら、この迷いとはどれだけ悲しい事だったろう、と思います。
・・・留まる事は出来たろう。と、そんな風にも思わされるのです。
>心配しなくても、私は、どこにも行かないのに………
これもまた、本当の願いと信じて・・・。
アシュタロスが願っていたのは、光だったのか。
それとも、闇だったのか。
哀しく切ない話であったと、私的に、思います! (veld)
- あぅ……(;_;)一読して出る言葉がなかったです。
何を望んでいたのかさえ思い出せなくなり、溢れる程の憎悪、ペイバック、そしてリセットだけがそこに残る…魔王に限らずよくある話ですが、故にその中で垣間見た暖かく優しい夢への葛藤と言うのはとてもリアリティを伴います。
もし迷わず「それを手に取った」なら違う未来が存在していたかもしれない…それは彼の精神にとって限りなく不可能に近い事であったが。しかし、最期の際に立ち返るのがその場所であったと言う事が、それも彼の選び得た道であったと示していて一層結末をやるせなくしています。
原作のあの場面のもう一つの世界。正に「知るものは、なし」ですね。 (フル・サークル)
- (ぬけぬけと)追記
でも厳密に謂えば、3姉妹は土偶羅が作ったモノであり、彼女らに幼い時期があったとして、まだアシュタロスは眠っていた可能性が高いようなのですけれどね(原作読み直して気づいた)。
ですから、先のぼくの感想の「情操教育」云々は少々的外れな話でしたね……うーん、反省。
まあ、だからこそ逆に「夢=幻想」としての空虚がそこにあって、しかしそれでも彼はそれを夢見ていたのかもしれず……何とも複雑な心境に陥るのですね。うーん、改めて色々と考えさせられました。改めて本作に感謝。 (Iholi)
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