ザ・グレート・展開予測ショー

君に「さんきゅー」


投稿者名:never green
投稿日時:(05/ 6/ 6)


「? ・・・・・あれ?」

誰かに呼ばれた気がして横島は目覚めた。
重くのしかかっているみたいに重いまぶたを持ち上げると、霞んだ視界に入ったのは青空ではなく見慣れたアパートの天井だった。おかしい、とぼんやりと考える。どうやら自分の部屋で布団に寝かされているらしい。
・・・・・そんなはずはない。確か、いつものようになりかけているシロの散歩に付き合って。どっかの道で迷ったはずだ。しかし、その後の記憶がすっぽりと抜けている。いや散歩を終えたかどうかも覚えていない。

「気がつきましたか、横島さん」

すぐ真横から優しく聞きなれた声がして、横島は上半身を起こした。額にのせられた白い手拭いが、掛け布団の上に落ちる。くらっと目眩みがしたが、なんとか堪えて顔を彼女の方向へ向けた。閉じられたカーテン越しに、昼下がりの陽光が薄明かりとなって畳の部屋に差し込んできた。



―――――――――――――――
   君に「さんきゅー」
―――――――――――――――




―――――先生♪


ぷち。


道に迷って、近所の住民に道を尋ねた瞬間に手元の綱が引っ張られ、横島の意識は途切れたのだ。その日は確か気分が悪いうえに叩き起こされ散歩もいつも以上にキツかった。最近は春なのか夏なのかよう分からん季節で、気温の上がり下がりが激しかったからかもしれない。

「びっくりしましたよ、シロちゃんが先生が倒れたって言ったから・・・」
「え?」
「あ、顔が少し赤いですね体温計どこでしたっけ・・・・」

心配そうな顔色を浮かべて、こちらをおキヌは覗いてくる。こう覗かれると、倒れたのではなく、倒されたんだと言う気にはなれなかった。それに言葉にしなかったのは、自分の身体に起こっている異変に気を取られたからだ。頭痛とともにぼやーっとして、身体中が火照って、なのに全身がぞくぞくする。

「はい、横島さん」

横島は体温計を受け取り、自分の脇に挟んだ。

「んでシロは?」

とりあえず会話がないと気まずいような気がしたのでシロを話題にする。

「シロちゃんは横島さんの変わりに、美神さんに連れられました」

おキヌは苦笑いをして答えた。悲惨な光景でも思い出しているのだろうか・・・。しばらく会話をした後にピーっという電子音が横島の服の中に響いた。襟の部分から手を突っ込んで体温計を取り出すと、おキヌが身を乗り出し取り上げる。

「38度4分・・・やっぱり風邪ですね・・・」

少し予想はしていたもののおキヌの顔色は曇る。風邪といわれた横島は、改めて手のひらを自分の額やると熱いのが分かった。おキヌは掛け布団から手拭いをとって座りなおし、傍らに置いた洗面器の水に浸した。風邪ということを知ってか、急に横島の身体は重くなり重力に身体を預けて布団に倒れこんだ。

「あ”ーーーーー・・・・・・・」

声も少しかすれ気味なのが分かる。すると前髪を掻き分けられひんやりとした手拭いが額に乗せられる。

「横島さん、寝たほうがいいですよ」
「うん・・・そうするよ」

横島はすっと目を瞑った。病気のときの眠りに特有の悪夢に飲み込まれていくような感覚に包まれる。

けど眠りに就けたのはそれだけじゃないのかもしれない・・・・・・


――――――事務所ではいつもと同じ光景があった。


「横島ァーーーーッ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!すんません!」

いつもと変わらない出来事。おキヌは美神を宥め、タマモは笑い、シロはそんな美神に怯み先生を助けられない。
結局彼女の怒りが治まるまで殴られた横島。そしてボロボロの彼をヒーリングするおキヌ。

「大丈夫ですか?横島さん」
「いてててて・・・大丈夫大丈夫」

にっこりとおキヌに対して笑顔で答える。

けどなにか、なにかもやもやとした不可解な感じが広がる。

―――――――なにか忘れてる。


そういえばあの日から―――――――


目が覚めると横島は一人ぼっちだった。布団の中の熱がうっとうしい。閉められたカーテンからはオレンジ色の夕日が差し込んできた。ふぅ、と吐息をつき、横島はふと身体をぶるっと奮わせた。暫く熱の余韻に浸りながら布団の上で時間をすごす。
ふと、玄関のドアが静かに開いた音がして、足音が聞こえた。上半身を起こし玄関の方向を覗くとやはり彼女だった。

「あ、起きてたんですか」
「うん、ついさっきだけど」

さっきまで気遣ってか、忍び足だった彼女はやはりゆっくりとした足取りで布団のほうに近寄ってきた。

「顔色がだいぶ良くなってますね。よかった・・・・・」
「大丈夫だって。心配することないよ」

元気なったのか会話をするのが大分楽になってきた。おキヌは近所のスーパーマルヤスの袋を台所の床に置いて調理に取り掛かった。病食に定番のお粥を作ってくれて、横島はおいしく食べた。おキヌの介抱もあって熱は昼下がりの頃と比べるとだいぶ落ちてきている。

「じゃあそろそろ帰りますね」

横島を早く寝らせるために、おキヌは長居はせずに早めに横島のアパートを出ようとした。

「あの・・・一つお願いしてもいい?」
「何ですか?」

横島はそそくさと立ち去ろうとするおキヌに申し訳なさそうに声をかけた。その声にきょとんとした顔で振り返る。

「その子守唄を歌ってくれないかな?」
「えっ?」

おキヌの声からは戸惑いが伝わってきたが、横島はもう目を瞑っていた。






そして子守唄が聞こえてきた。聞こえていた、ように思う。


この子の可愛さ限りない
山では木の数萱の数
遅花かるかや萩ききょう


深い眠りと浅い眠りを交互に繰り返していた。
自分が起きているのか、寝ているのかもはっきりしない。
そんなぼやけた横島の意識にさざ波のように誰かの声が届いていた


七草千草の風よりも
大事なこの子がねんねする
星の数よりもまだ可愛


内緒話のように小さく、月明かりのように静かで、水のように透きとおった誰かの歌声。
それは幼い子供を寝かしつけるための子守唄だ。
高校二年にもなって、そんなものを枕元で歌われるなんて、本当は気恥ずかしいはずだ。
けれど、恥ずかしさなんて感じずに、素直な歌声を聞いたいた。
眠っているよりも気分が楽だった。
耳を澄ます。歌声のほかに物音は一切聞こえてこない


ねんねやねんねやおねんねやあ
ねんねんころりや・・・・・・


―――――やがて歌が終わった


きっと現状に慣れてしまって、伝えてなかったかもしれない

心のもやもやもそれだったのかもしれない

あの日から君に言えなかった言葉――――――――




「ありがとう」って

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