ザ・グレート・展開予測ショー

吟詠公爵と文珠使い 番外編 from a firefly girl to the moon lady.(前編)


投稿者名:アース
投稿日時:(05/ 4/10)

イタリアの首都ローマ。この古代から続く都に約八億人もの信者を抱える旧教−カトリックの総本山。ヴァティカンがあるのは周知の事実。

だが、一般人は知らないことがある。知ってはいけないことがある。

そもそも大抵の者達は信じはしないだろう。

ヴァティカンの地下牢に強力な悪魔達が幽閉されていることなど・・・・

地下牢の最奥部。『前知魔』または『全知魔』と呼ばれる悪魔、ラプラス。地下牢獄の中で暇を持て余しまくっている彼の部屋の隣に今日は珍客が二名、転がり込んでいた。

一人は長い亜麻色の髪を持つ女、もう一人は短い黒髪で赤いバンダナを巻いた少年。

『くくく・・・・いやいや、全く持って悪い事をしたね・・・・』
ラプラスは先の一件『髪の毛一本で未来を視てやる』云々で彼らをそそのかし、その騒ぎのせいでローマ法王の逆鱗に触れ、この黴臭い牢獄に放り込まれる遠因をつくったことについて、侘びの言葉を述べた。もっとも、その口調には誠意が全くこもっていなかったが。

「もういいって・・・・怒るのも疲れたし・・・・」
ラプラスに応対する少年−横島の声には疲労の色が滲み出ていた。
先程まで、横島と一緒に「ここから出せ-―――!!」だの「この、クソ悪魔-――――!!!」などと喚き散らし、さらには鉄格子を揺すり、床を蹴飛ばすなどして、暴れていたもう一人―オメスタ夫人もビックリの強欲傲慢GSこと美神令子は、普段の様子からは想像もつかない程、穏やかな寝息をたてながら、床に寝っころがっていた。

『随分と幸せな夢を見ているようじゃないか、彼女は』
別の牢に入れられているとはいえ、互いの声や物音は届く。美神の寝息から彼女の様子を察したラプラスは壁越しに言った。

「ああ、そうだな。今思えば、馬鹿な事をしたって思うよ・・・・・それで、こんな陰気な牢獄に入れられているんだからな・・・・・」

『それを言うなら、私はもう何年になるか考えるのも嫌な程、此処に入れられているんだがね?』

「違いない」
横島はラプラスの言葉はもっともだと思い、苦笑を漏らした。

牢獄の中はこれ以上無い程暗い。僅かな明かりが周辺を照らしている以外は光源は認められなかった。
時折、響くのはラプラスと同じく、幽閉されている囚人−人ではないが、悪魔達が立てる壁を引っかく音、叫ぶ声や意味不明の呟きだけだった。

横島は、何故かそれらを怖いとは思わなくなっていた。
確かにこの地下牢に来た当初は怯えていたが、今はそれらの物を「取るに足らない物」と考えていた。

むしろ、懐かしささえ感じていた。
それは自分の中に眠る『彼女』の欠片のせいか、それとも・・・・・・・・


『ちょっと、君と話したいと思っていた。差し支えは無いかね?』

横島の思索を打ち切ったのはつかの間の隣人となった悪魔の声だった。

「ああ、いいけど・・・・・何だ、話って?」
どの道、明日の朝、この牢から出されるまで暇なのだ。退屈を凌げるならば、渡りに船だった。

『いや、何・・・・・・君は「まだ」そこの美神令子君に好意を持っているのかね?』
「それはlikeかlove、どちらの意味だ?」
『どちらでも構わない。どちらとも持っていないという答えも一興かもしれんがね』
ラプラスの声に、横島は数秒の逡巡の後、口を開いた。

「そうだな・・・・・・前者の意味では持っている。後者は違うし、これからも持つことは無いだろうな。あくまで現時点での話だけど」
ラプラスの問いに答える横島は、何処か氷雨を交えたかのような酷薄な響きすら含んでいた。

恐らく、そのことは美神だけではなく、彼に好意を抱く他の女性全てに言えることだろう。彼の心を解かせる女性が居れば、話は別だが・・・・・・彼女達の中にその要件を満たしてくれる女性は居ない。

現時点で最も可能性の高い「未来」に過ぎないとはいえ、「それ」を知ることの出来るラプラスにとっては明確な事実を示していた。

『ふむ・・・・・やはり、「彼女」のことかね?』
「ああ、そうだな・・・・・・仕方なかったってことは解っている。でも、あの時、迷ったことは事実だな。それに、結晶を渡したらアシュタロスは約束を守るだろうってことも・・・・・」
横島はそこで言葉を切ると、壁に寄りかかると息を吐いた。

あの時・・・・・・
[結晶を渡せ!! そうすれば―――――!!]
[君とルシオラを新世界のアダムとイブにしてやろう・・・・・]
アシュタロスの言葉。以前、『模』の文珠を使って、横島は彼の魔神の思考や性格を不完全とはいえ読み取っていた。
そして、知ったのだ。知略や野望の裏に隠された娘である「彼女達」への愛情。同胞達に剣を向ける苦しみ。自らの立場に対する絶望。

そして・・・・・・交わした約束は必ず果たすその誠実さを。


一方、あの時の美神の言葉が頭をよぎる。
[壊しなさい!! 横島君!! それしか無いわ!!]
[貴方に任せるわ・・・・・]

≪自分で正しいと思うことを――――――≫

何故、一思いに壊せと言ってくれなかったんだろう?
何故、自分に全てを背負わせたのだろう?
何故、自分と共に罪を背負ってくれなかったんだろう?

「彼女は正しいことをしたのよ。本来ならば一年で終わる筈の命を・・・・・」
あの時―『彼女』が自分の中から消えていく時、美神はそう言った。
では『正しいこと』とは何か?

『世界と恋人を天秤に掛けて、前者を取ることか?』
少なくともそうなのだろう。自分達以外の世界の大多数の者達にとっては。
だが、自分にとっては・・・・・・・・
たとえ世界、それだけではなく、其処に息づく多くの生命を犠牲にしてまで、『彼女』選んでも『彼女』は笑ってくれないだろう。

そんなことは解っているのに・・・・・・・

さらに思考が回る。
グルグルグルグルと。
まるで、歯車のように。

思考の迷路に陥りかけた横島の意識を引き揚げたのは・・・・

『もう二つばかり、質問があるんだが、いいかね?』
やはり、最初と同じく、悪魔の声だった。

「何だ?」
思考の迷路から戻って来た横島は、感情が抜け落ちた声で答えた。

『もし・・・・・彼女―――ルシオラ君が生き返らせることが出来、その代わり、大きな代償−例えば、美神令子君の命と引き換えだとしたら、君はどうするかね?』

ラプラスにはあの見た目はあの「少年」が横島に『ルシオラの復活』という甘い果実をちらつかせる未来が視えていた。
だが、この他にも「未来」は幾つもあるのだ。
先に挙げた未来はその中の一例に過ぎない。
だが、聞いてみたい。どんな答えを横島が返すのかは既に『視』えている。しかし、いや、だからこそ、ラプラスは横島自身の口から、それを聞きたいのだ。

一番可能性が高い「未来」は横島と『彼女』が『再会』する未来であり、また「少年」と横島が勝敗の見えぬ死闘を繰り広げる未来でもあった。

だが、そこから先はラプラスにさえも解らず、未だに空白のままであった。


解っているのは「少年」と横島が激突するまでに、三界で神魔人を問わず、多くの血が流されること、そして横島の剣が叩き折られ、一度は彼が敗北するということだけだった。



『で、答えはどうだね? 嫌なら答えなくても構わないが・・・・・・・・』
待ち受ける悲惨な未来については触れず、さらに彼の答えが『視』えているにも関わらず、ラプラスは敢えて問う。


「わからない・・・・・・・自分が何をするか・・・・・絶対にどの道を選ぶか自分でもわからない・・・・・」
数分間、考えて出した答えがそれだった。


『やれやれ・・・・・』
『視』えたことで解っていたとはいえ、横島のハッキリしな答えにラプラスは溜息をついた。

「そう溜息をつくなよ。これでも必死に考えたんだぜ」
横島は明るい調子――――少なくとも表面上は―――で答えた。
そして何を思ったか、横島はバンダナを外し、笑った。


あまりというよりも滅多に見せない冷たい笑みで。
壁に阻まれて、ラプラスからは横島の表情は窺い知れない。

だが、横島の放つ気配によって、牢獄の空気が、凍りついたかのようになった。牢獄内の悪魔達も何処か、怯えたように身を竦め、牢獄内は静寂に満たされる。
横島の側で寝息をたてていた美神も悪魔達と同じ反応をしたように見えた。

『まあ、いいんだがね・・・・それでは最後の質問、君は今、幸せかね?』
ラプラスも薄ら寒いものを感じたが、それを隠して、最後の問いを口にした。
「ああ、幸せだと思うぜ・・・・・・・・・多分な・・・・・」
『そうかね』


それきり、両者の会話はなく、横島も美神から離れたところで、壁に寄りかかったまま寝息をたて始めた。

どうやら、先程バンダナを外したのは寝る準備のためだったらしい。


『ふむ・・・・・おやすみといったところかね、『剣の公爵』殿・・・いや、横島忠夫君』
ラプラスの声は、当然、眠りの海に落ちた横島に届くわけもなく、闇へ吸い込まれていった。




翌朝・・・・・・
『くく・・・・それじゃあ、さようなら。お隣さん』
「ええ、とんだ迷惑だったわ!! 八つ裂きにしてやりたい気分だわ!!」
ラプラスの声に美神は過敏に反応して、喚き散らす。彼らを迎えに来た枢機卿も美神の剣幕に顔が引きつり気味だ。

どうみても、ヒステリー持ちの癇癪女そのものである。


(ふう・・・・・今、幸せかね、か・・・・・俺自身、わからないんだけどな・・・・)
そんな美神の喚き声をBGMにしながら、横島は昨日の問いかけを頭の中で繰り返していた。





『さてと・・・・・・・もうすぐ、あの坊やと『彼女』が再会するわけだな・・・・』
ラプラスは地下牢を辞していく美神達を見送りながら、呟く。



そんなことをラプラスが呟いたとは知るわけもなく、横島は真っ直ぐ、振り返りもせずに出口に向かっていった。




後書き 外伝でこんな話を・・・・・ラプラスと横島の牢獄越しでの会話。囚人同士の会話をイメージしてくれたらピッタリかも・・・・・ちなみに題名の意味は・・・・
ちなみに後編は明るい話ですよ。前編よりもかなり後(一年くらい?)で、砂川が学校へやって来ます。愛子対砂川(勝負は見えてますが)
横島が独立してから後の話です。(魔神に覚醒する前)

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY有志
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa