ザ・グレート・展開予測ショー

髪の色


投稿者名:BOM
投稿日時:(05/ 6/14)

 予想通りの反応だった。

 「そ、染めるだってっ!?」

 「どうしてですのっ!? 氷室さんの髪は今のままでも十分に美しいですのにっ……」

 「あっ、いやそのっ……! 染めると言っても、少し茶色を入れてみようかなーとか思っただけで……」

 学校の昼休み。いつも通りに弓さんと魔理さんとご飯を食べている時に、ちょっと話してみたらこうだった。
 私としては髪を染めて 『やんきぃ』 だとか 『やまんば』 だとかになろうとしているわけじゃないんだけれども。
 ただ、染めたらどうなるのかなぁっていう興味が、つい最近沸いてきただけのことであって。

 「でも何で急に染めるとか考え出したんだ? もしかして、また昼メロの影響でも受けたの?」

 「そうじゃないですーっ! えーっと、実はですね……」


 きっかけはこの間の日曜日。
 その日はお仕事もなくて、皆でわいわいとお話ししていたときの事だったんです。


 「はい、美神さん。あいすこーひーです。横島さんはコーラでしたよね」

 「ありがと、おキヌちゃん」

 「おっ、サンキューおキヌちゃんっ」

 最初はみんなで飲み物を飲んで、とりとめもない話をしていて。
 そのうち上が少し騒がしくなったかと思うと、シロちゃんとタマモちゃんが屋根裏から一冊の本を持って下りてきたんです。

 「だからアンタはバカだって言ってるのよ、そんな事パッと分かるわけないでしょ?」

 「バカじゃないでござるっ! きっと先生は拙者の色の方が好みなんでござるよっ」

 私は見た事がない雑誌でしたけど、表紙にはいろんな髪の色をした女の子の写真がたくさん載ってて、見出しの所には『今年の夏は髪色を変えて! 気になるあの人の心を掴むヘアカラー!』 と書かれていました。
 多分、タマモちゃんが買ってきたんだと思います。この事務所の中だと結構オシャレには敏感なほうですから。

 「ん、何がだ?」

 「だーかーらー、拙者の髪の色でござるよ。こういう色、先生は好きじゃないんでござるか?」

 横島さんの後ろにまわって、自分の髪を横島さんの顔の前に差し出しながらシロちゃんが言いました。
 シロちゃんの髪の色はその名の通りに白くて――でもどちらかと言えば、銀色とも言えるでしょうか。普通はあまり見ない髪の色をしています。
 それでも、腰まで届く長い髪は透き通るように綺麗で、正直羨ましくあったりもしちゃいます。

 「んー……確かに嫌いじゃねーけど、そんな大好きってワケでもないかなぁ」

 「そんなー、せんせー、ひどいでござるよー」

 「だから言ったでしょ? 横島はそういう色には興味はないって」

 シロちゃんをからかうかのようにタマモちゃんが言いました。
 手に持つ本の一ページを開いて、そこにある記事を読んでいるみたいです。
 後ろから少し覗き込んでみるとそこには、『いまどきの小学生が選ぶ色はっ!』 とか 『瞳とコラボさせて効果を上げる!』 とかの見出しが並んでいます。
 多分、真友くんの事を意識して見てるんだと思います。
 でもタマモちゃんの髪って、綺麗な金色で、きっと瞳とも合うはずだから、このままでもいいんじゃないかなー、とか思うのは私だけでしょうか?

 「何よ、その話? ちょっと私も興味あるわね」

 「なっ、何なんすか美神さんまで?」

 デスクに肘をついて自分の顔を支えて、にやにやと笑いながら美神さんが言いました。
 美神さんの髪も長くて、亜麻色の綺麗な色をしています。
 何回か一緒に寝たときに気づいたんですけど、ちゃんと手入れしていて枝毛とかが一本もなかったんですよ?

 「アンタってさー、どんな髪の色が好きなわけ?」

 「へ? 俺っすか?」

 コーラを飲む手を止めて、考え込む横島さん。
 そういえば、横島さんはこういう話題はあまりしたことがなかったと思います。
 普段からジーパンにジージャンで、あまり格好には気を配ってないほうだと思いますし。

 あ! 今気づきましたけど、この事務所にいる人って、みんな違う髪の色をしてるんですよね。
 美神さんは亜麻色、シロちゃんは銀色、タマモちゃんは金色、横島さんは濃い茶色、私は黒色。
 横島さん、どんな色が好きなんでしょう?
 もしかして…………きゃーきゃー! もしそうだったらどうしよう!?

 「そっすねー。俺はどっちかって言うと……茶色っすかね?」

 え?

 「真っ黒ってわけでもなくて、だからって真っ茶色でもなくて、その真ん中みたいな感じが――でもっすね?」

 「何よ?」

 「髪の色は二の次として、美人であればもう俺はそれでオッケーなんでっ!!」

 「だからっていきなり飛び込んでくるんじゃないっ!!」

 美神さんに飛びつこうとして、コークスクリューパンチで撃沈された後、シロちゃんにぽかぽかと殴られて、タマモちゃんには笑われて。それを見て私は苦笑いするしかなくて。
 それはいつもどおりの風景だったんですけれど。

 ――黒じゃ、なかったんだ――



 「――というわけなんです。だから、少し染めてみようかなーとか思って……」

 事情を話した後、一文字さんと弓さんを見てみると二人ともすごい顔で私を見ていました。
 それこそ『今じゃ天然記念物なみに珍しいものが何でここにいるのか』というような、そんな目つきでした。
 わっ、私、そんなに珍しいんですかぁ?

 「おキヌちゃん、アンタって娘は……」

 「氷室さん……いくらなんでもそこまでとは、正直私とて驚きましたわ」

 「え、え? なんです? どーゆーことなんですか!?」

 その後も二人は何も教えてくれませんでした。
 目の幅涙を流しながら、『おキヌちゃん、いくら純でもそこまではできないよ……』 とか 『あの横島さんのためとは言え、流石にそれは……』 とか言うだけで、あとは何にも言ってくれませんでした。
 好きな人のために、少しだけ変わることがそんなに悪いのかなぁ……?



 事務所に帰って、部屋に戻って。

 
 鏡台の前に一人座って、じっと鏡を見つめてみる。
 そこに映る自分自身の顔。そして、真っ黒な髪。
 自分なりにちゃんと手入れはしているつもりだし、正直気に入ってもいる。
 でも、横島さんに今より少しでも見てもらえるなら……!

 「私だって、頑張っちゃいますもん……!」

 こんこんっ

 「はひっ!!?」

 突然のノックに思わず声が裏返った。
 もしかしたら、聞こえたのかもしれない。そう思うと恥ずかしさが増して来た。

 「おキヌちゃーん、俺だけど。入ってもいい?」

 「ふぇっ!? ど、どーぞっ!!」

 条件反射で答えちゃったけれども、なっ、何で横島さんが私の部屋にっ!?

 さっき急上昇した心拍数がさらに跳ね上がって、鼓動が外にまで聞こえるんじゃないかってぐらいに大きくなった。
 横島さんが部屋に入ってきた。よく見ると手に何かを持っている。
 私の鞄だ。そういえば、リビングに置きっぱなしにしたままで部屋には持ってこなかった気がする。
 そしてそれと一緒にしてあったはずの、今日買って来たヘアカラーもその中だ。

 「これ、下に置いてあったから美神さんが持っていけってさ。あと、もうすぐ風呂沸くって」

 「は、はいっ。ありがとうございま――」

 お約束っていうのはこの事だろうか、とその瞬間思った。
 横島さんから受け取ろうとした鞄を緊張のせいか落としてしまった。
 留め金が外れて中身が派手に床に散らばった。教科書やちょっとした小道具――もちろん、ヘアカラーも。

 「ああっ……!!」

 「げっ! やばっ、早く拾わないと……」

 私が素っ頓狂な声を上げてる間に、横島さんはどんどん物を拾っていく。
 そうしているうちにやっぱり気づいたようだ。自分の目の前にある、ヘアカラーの箱の存在に。

 「……お、おキヌちゃんもしかして……髪、染めるの?」

 「ひっ? い、いえ、染めるとは言っても、そう全部染めちゃうんじゃなくて! なんていうかこう、茶色がけてみようかなーとか思っただけで、まだ染めると完全に決めた訳じゃないんですけどもっ! でも確かにちょっとですけども興味があったのは事実でしてっ! それにこの間横島さんが黒よりは茶色の方がいいなぁとか何とか言ってたのがちょっと耳に入ったからで、でも、あのっ、その……」

 自分でもこんなに慌てているのがおかしかった。昼にはあんなに楽に言えたのに。
 何で横島さんの前だと、こうも上手く話せなくなるのだろうか。

 「そっかぁ……うーん、まぁ染める染めないはおキヌちゃんが決める事なんだけど、俺はちょっと残念……かな?」

 「え?」

 「だって……確かに俺、そう言ってたけどさ。実は結構好きなんだよね、おキヌちゃんの黒い髪って。綺麗だよね。」

 ――――え?

 思考が固まった。
 目に映るもの全てが、途端に色を失っていく。壁も、ドアも、鏡台も。
 ただ、それと対照的に、自分の頬がどんどんと紅くなっていくのがわかる。
 ついには頬だけじゃ足りなくて、顔全体にまでその紅は広がる。
 周りが色を失う度に、恥ずかしくて、でもすごく嬉しくて自分が真っ赤になっていく。

 「お、おキヌちゃん? どったの?」

 横島さんの声が聞こえる。この声はきっと、何で赤くなっているのかわからないといった――そんな声だ。
 返事をしなきゃ。
 『ありがとう』でも『嬉しいです』でもいい。何でもいいから言わないと。
 そう思うにも関わらず、口がぱくぱくと動くだけで声が出せない。横島さんの顔を見てたらいつまでたっても話せそうにないから、うつむいて、やっとの事で声が出た。

 「嬉しいです……ありがとうございます、横島さん」

 「へ?」

 聞こえたか、聞こえないかのすごく小さな声。そんな声しか出せなかった。
 もしかしたら、伝わってないかもしれない。それでも、今はいい。

 「横島ーっ! ちょっとアンタこっち来なさーいっ!!」

 「あっ、やべっ! じゃっ、じゃあおキヌちゃん、俺ちょっと行かなきゃ! ごめんっ!!」

 ドアも開けっ放しにしながら、どたどたと階段を下りていく横島さん。
 美神さんの怒鳴り声がドアを閉めると同時に聞こえてきました。
 きっと怒られてるんだろうなぁと思いながら、もう一度鏡台の前に座ります。

 「ふふふっ、そっかぁ」

 鏡の前に映る自分の髪を見て、ゆっくりと撫ぜてみて。
 自然と笑ってしまう。鏡に映る私の顔は、どうしてもにやけるのを止められない。
 だらしないなぁと思うけれども、止められない。

 『おキヌちゃんの髪、綺麗だよね』

 何回も、何回も何回も頭の中で繰り返して、その度に微笑んでしまって。
 まだ染めなくてよかったと、心から思った。

 「あ、そろそろお風呂いってこなきゃ!」

 足取りも軽く階段を下りると、いつもみたいに美神さんにしばかれている横島さんがいる。
 それを見て私は優しく微笑んで、そのまま足早にお風呂場へと向かう。


 今日はいつもよりもしっかりと、シャンプーしてあげないといけない。

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