ザ・グレート・展開予測ショー

幸福の泥


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/ 6/ 4)

『幸福の泥』



澱んだ水の中で永く眠っていたソレの上に落ちて来るのは、首に青い蛇のような模様をつけたお人形。
ユラリユラリと水草のように長い髪の毛を揺らしながら落ちてくる人形にソレは興味を示した。
やがて水底についた人形は濁ったガラスの目を見開いたまま、澱みにわずかに存在する流れに操られ、その白い陶器で出来たような手をユラユラ振ってソレを招く。

招かれるままにソレは人形に近づくとその体の中にそっと包み込んだ。
完全に包み込まれる前に人形の口からポカリと溢れた泡がユラユラとシャボン玉のように水面に向けて昇っていく。

そして人形とソレは一つになった。







まったく!あの愚図はいつまで遊んでいるのよ!

久しぶりに作った晩御飯がすっかり冷めちゃったじゃない。
私は離婚してからずっと働きづめだったのに、あの娘ときたらもう七つになるというのに何一つ家の手伝いをしないわ。
いつも部屋の隅に置かれたダンボールの中から暗い目をしてこっちを見ているだけ。
パートに疲れて帰ってもあんなものが同じ家に居ると考えるだけで気が狂いそうになる。
だってそうじゃない?
どんなに叩こうが蹴ろうが泣かないのよ?
無表情にこっちを見て「ごめんなさいママ…」って言うだけ。
絶対におかしいわ。いいえ気持ち悪い。私なら狂っちゃうわよ。

あら?そういえばあの子が遊びに行ったのは何時からかしら?
今朝の気もするしずっと前の気もする。
まあどうでもいいわ。腹が減ったら帰ってくるでしょ。
今はとりあえずビールでも飲みましょ。
そろそろ彼も来るし…。

ネットで知り合った男だけどいい人よ。
こぶつきの私でもかまわないって言ってくれるし、結婚しようとも言ってくれたわ。
ええ…今度は大丈夫よ。
きっと幸せになってみせるわ。

どんな犠牲を払ってもでも…。





ユラリユラリとソレの前にまた人形が落ちてくる。
最初ソレは紅い筋を引いて落ちてくるものが人形だとは気がつかなかった。
全ての部品が水底に沈んだとき、ソレは始めて落ちてきたのが一つの人形だったことに気がついた。
悪戯っ子がバラバラにしたのだろう。
一際大きな部品の真ん中からユラユラと揺らめく肉色の蛇が面白くて、ソレはクスクスと笑った。
また近寄ってみて部品の一つに顔を寄せてみるとかすかにママの匂いがした。




どういうことよ!なんで私が警察に居るわけ?私が何をしたっていうの?
娘?知らないわよ!
居なくなったの。私が知っているわけないじゃない。

男?
そりゃ喧嘩したわよ。だって娘はどこに行った?って聞くのよ。
そんなこと聞かれたって困るわよね。でも凄く真剣な顔で聞くから答えてあげたわ。
そしたら彼も居なくなったの。
きっと前の亭主のように私を捨てる気なのよ。

血痕が出た?知らないわ。私が壊したのはお人形よ。
邪魔臭い古びたマネキンをバラバラにしただけ。
馬鹿じゃないの?マネキンが血を流すわけないでしょ。

どこに捨てたかって?
私の実家の裏山にある沼よ。
子供の頃におばあちゃんが言っていたわ。
お化けがでるから近寄ったら駄目だってね。でもね。私はそこに要らないものをずっと捨ててきたの。
お巡りさんにもあるでしょ。0点のテストとかさ。邪魔なものを捨てたり隠したりしたことが。
私は今まで見つかったことなかったわ。

だから今度も大丈夫よ…。




沼の底で少女は身を震わせる。
昼間からずっと怖い顔をして青い服を着たおじさんたちが鍵のついた棒を持って沼をかき回すのだ。

コワイ…コワイ…。

震える少女の頭に優しく手が置かれる。
それは新しいパパの手。

アイニイコウカ…




誰よ貴方は?は?霊能課の西条ですって?知らないわ。
あなたも警察なの?オカルトGメン?何よそれ。
それより何で私が病院に居るのよ!

しかもここは病院じゃない。わたしが病気だとでも言うの?!
子供?知らないわ。確か旅行に行ったのよ。
え?沼?何よそれ。
見つからなかったって…知らないわよ。旅行に行ったって言っているでしょ!

妖気が残っていた?

あんた馬鹿じゃない?妖怪なんか居るわけ無いでしょ!

護衛する?!

いい加減にして!どうして私の邪魔をするのよ!
私は幸せになりたいだけよ!!
家族みんなで幸せに暮らしたいの!!
護衛とか言って私を監視する気でしょ!
出て行って!!

いいえ!早く私を家に帰してよ!子供と彼が待っているのよ!!



「どうでしたか西条捜査官?」

病院の外に出た西条に部下が声をかけてきた。
西条は無言のまま頭を振って胸ポケットから取り出した煙草に火をつけ、夜空に向けて大きく紫煙を吐き出す。

「鑑定留置ということだが…現状では霊障という確証がない。彼女の周りにも妖気は感じられない。Gメンが護衛することは無理だな。」

「ですが…もし妖怪ということであれば一般の警官では…」

部下の危惧に西条も頷いて火をつけたばかりの煙草を携帯灰皿にねじ込む。

「とにかく一度本部に戻って警察さんの上と掛け合ってみよう。」

また先生に面倒をかけてしまうな…。

西条は自嘲気味に笑った。





水の流れる暗いトンネルの中をズリズリと進む少女たち。
時折現れる小さなネズミや流れの中に浮かぶ壊れた犬を拾い集めて少女たちは歩き続ける。

ママガマッテル…




警察官にはデリカシーってものがない。
いくら婦警とはいえトイレの中までついて来ようとするなんてあいつら絶対におかしいわ。
逃げる?どうやってよ!どこもかしこも鉄の柵がはまっているじゃない。
ちょっと考えればわかることなのにね。

そう思ったらなんだが可笑しくなって私はクスリと笑った。

用を済ませて個室を出て手を洗っているとき、後ろから私を呼ぶ声がする。

変ね?他に誰も入っていなかったわ。
いいえ…呼ぶ声は私の入っていた個室から聞こえるわ。

ママ…

あ、なんだ…娘が迎えに来たんだ。本当にしょうがない子ね。
ちゃんとお留守番してなさいって言ったでしょ。

オマエ…

あら?彼も一緒なの?待っていてって言ったでしょ。
うふふ…本当に子供みたいなんだから…。



あれ?どうしたの?なんでみんなドロの塊の中に埋まっているの?

あらあら…また犬拾ってきたの?
でも駄目よ。アパートで犬は飼えないの。
それにその犬、半分腐っているじゃない。

あら?あなたどうしたの?
頭の横から手と足が生えているわよ。
うふふふ…私を驚かせようとしても駄目よ。

いやねぇ…そんなドロだらけで抱きつかないでよ。
ほら…服が汚れちゃう…。
それに臭いわ…あなたたち……

でも………これで…これからは家族一緒に……。

ねえ…私たちきっと……幸せになれるわよね…




後書き
ども。犬雀です。
一言…雨の馬鹿ぁぁぁ。ぐっすん。

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