ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(10)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 5/21)

「――――やはり、お前は……消してやるぞ、“エビス”!」

 “ヒルコ”の叫びが、空気を振るわせる。

 同時に、周囲に満ちた霊気が“ヒルコ”に向けて引き寄せられ……黒崎が作動させたクレイモアの質量を伴った嵐によって引き千切られ、失われた右腕の大部分を補うかのように、肉が溢れ返る。

 が、再生のために棒立ちになっていた一秒を見逃す人間は、誰一人としていなかった。



 最初に3mの間合いを詰めたのは、黒崎だった。



 恵比寿神の独白は聞いてはいたものの、黒崎には雪乃状やファルコーニ、賢一のような精神の揺らぎは一切なかった。

 ナルニアに放逐されたかつての上司によってヘッドハンティングされるまで、とある企業の暗部を司る部署の腕利きエージェントとして世界の表裏を問わずに駆け巡っていた黒崎にとって、『生まれた子供に愛情を与えることなく棄てる』ということなど、大して珍しい話でもなかった。


 その程度のことならば、人間もやっている。いや、人間の方が余程性質が悪い。


 日本の始原神二柱は、恵比寿神と“ヒルコ”の前身である“日子神”を『穢れ』として忌み嫌い、葦の船で流したというが、双子として生まれただけで『畜生腹』として片方を殺す風習や、口減らしの一環として、生まれた時から土地神に生贄として捧げられることを運命付ける伝統はかつては世界中に数多く存在していた。


 それどころか、信仰というエクスキューズを捨て去った現代などは、信仰の名のもとに行ってきた同族殺しを、エクスキューズなしで……純粋に私欲のために行っているのだ。




 その『人間の世界』を戦いの場として生き抜いてきた男は……やはり感情を乗せることなく、呟く。




「――恨みはありませんが……仕事ですから」


 クリスチャンを前にすればキリスト教徒になり、仏教徒を前にしては仏道を語り、アラビアではムスリムとして違和感なく振舞い、傅いて礼拝する……変幻自在な精神を持つ自分の意識にあるスイッチを、戦場向けに切り替える。


 魔の前に立てば魔を穿ち、神の前に立てば神を斬る――『仕事』を前にした黒崎の心は、一個の鋭利な剣と化していた。


「……邪魔をするな、人間!」

 眼前に立ちはだかった黒髪の男に強い苛立ちを覗かせ、“ヒルコ”は肘から先を一本の錐状に変成させた左腕を振るう!

 あまりに大振りの一撃を悠々と躱す黒崎だが、躱すと同時にその目標が自分にないことを悟った。

 “ヒルコ”の左腕は直線的に伸び、黒崎の胴の脇を通り過ぎたが……その延長線上にあるのは、黒崎が膝を屈する数少ない人間の一人である村枝商事代表取締役社長・村枝賢一であり、その手元に宿る黒檀の恵比寿神の像――そう判断した黒崎は、右手に持ったシグの銃口を自分の右脇腹の横を通り抜けている“ヒルコ”の左腕に添え、銃爪を立て続けに三度引く。



 金属質の鈍い輝きを見せている“ヒルコ”の腕を零距離で撃つことは、跳弾の危険が伴うが、躊躇いは持たなかった。

 たとえ跳弾を受けたとしても、痛覚ならば遮断できる。左腕で顔面をガードしながらの連射であるため、余程当たり所が悪くない限り致命傷を受けることもない。


 だが、心得を持っていない賢一や賢一が持つ恵比寿神の像はそうはいかない。


 取捨選択に要した時間は、0秒――――瞬間の判断から行動に移した黒崎は、流れるような動きで、鈍色の長槍と化した“ヒルコ”の腕に添えた銃口から銀弾を撃ち出す。



 至近距離からの衝撃に、槍の動きが逸れた。

 角度をある程度計算していたからだろう。幸運にも、跳弾は全て前方に逸れている。

 僥倖を感じる暇はない――次は攻撃のための『道』を作り上げる。

 己の出来ることを完全に把握し、その判断に忠実に動く眼鏡の企業戦士は、次はヒルコの右肩口に掌を軽く合わせた。


 霊力を殆ど感じさせることのないその掌の感触に、侮蔑にも似た表情を覗かせる“ヒルコ”

「ただの人間が……そんな力で私を――」



「最初から、倒せるとは思っていませんよ。霊力など持っていない私では、ね」


 『私を倒せると思っているのか?』怒りと共にそう言い放つより早く、“ヒルコ”の言葉を読み切った黒崎が返答する。


 言葉と共に、肩口に添えた左の掌が……弾けた。



 左足で踏み込みながらの震脚から発生した力が“氣”を生み出す。震脚の<一歩>から生み出された“氣”が螺旋を描いて駆け上がり、丹田を経て剄となる。剄は正中線を通ることで増幅し……肩を経由して左腕に集中した剄は、左の掌―――中指の腹一点に集中するようにイメージされ、練り上げられる。

 体内で弾ける炸裂弾――そう表現するに相応しい、拳から繰り出される剣呑な凶器を打ち込んだ黒崎は、思わぬ衝撃に体勢を崩してしまった“ヒルコ”に向けて、言葉を続けた。


「だから、倒せる相手を有利にする――これが貴方の言うただの人間の……戦略ですよ」

 霊力を帯びていない打撃だったが、肉体を持っている以上、動いてしまうことは避けられない。


 黒崎の言葉と共に、体勢を崩してしまった“ヒルコ”に向けて飛び込む影が一つ……霊気を収束した魔の装束を纏った、黒髪の少年―――雪之丞だった。






 『ただの人間』――この言葉が示す通り、“ヒルコ”は雪之丞達を侮っていたことには違いない。

 だが、外見通りの間合いを無視するかのように伸び、その構成要素も形状も自在に変化する腕を操る“ヒルコ”を前にして恐れを見せることなく、至近距離で互角以上に渡り合う黒崎の姿に、雪之丞は戦慄と憧憬を覚えた。



 『人間は……ここまで強くなれるのか?』

 霊力を有さない『人間』でありながら、曲がりなりにも“神”と呼ばれる存在をその体術で圧倒し、確実に先を取り、体をぐらつかせる……雪之丞も体術には自信を持っていたが、“神”を相手にしてこれほどまでの戦いを繰り広げることは到底出来ない。


 ――――少なくとも、今までの自分にならば。


 『とりあえずの目標は……この域に達することだ!』


 達人をも大きく凌駕する域……それを第一の目標に据えた雪之丞は、地中深くでありながらも、晴れやかな気持ちを抱きながら、拳を握り締めた。





 ただでさえ拳の部分に棘のような装甲を持つ魔装の鎧である上、圧縮された霊気を込められ、岩をも砕く威力を有するにまで至った剣呑な拳が、“ヒルコ”の顔面――鼻と上唇との間に位置する、人体急所の中でも最悪の一点に分類される人中――に入った。



 威力もタイミングも完璧……相手が人間であろうとなかろうと、一撃で死に至らしめる必殺の一点を、雪之丞の右拳が痛打した。









 ……が、それも、相手に骨があれば、の話だが―――。









 振り抜いた腕には、硬質のゴムを叩いたかのような感触が……一瞬だけ残った。


 手ごたえらしい手ごたえはその一度だけ……打撃に対して一切抵抗することなく、首から上をそのまま逸らすことによって、衝撃の大半を逃がしたのだ。


 人間相手ならば間違いなく即死という、半ばシュールなその光景に、思わず驚きに目を見開いてしまった雪之丞は、その殺気に対しての反応が一瞬だけ遅れた。


 殺気の出所は……背後!


 黒崎の零距離からの射撃によって、目標を捕らえることなく流された、錐状に姿を変えている左腕の先――その手首に当たる部分だろうか――これを折り返し、“ヒルコ”は目の前の人間目掛けて突き込もうとする。







 一瞬とはいえ、気を逸らしてしまった雪之丞に、躱す術はなかった。











 ―――連続して同一個所にぶつかる白銀の牙がなければ、雪之丞に待っていたものは、確実なる死のみだったろう。

「気を抜くな……日本人!」

 足に受けた傷を霊的治癒で強引に塞いだファルコーニが、年若いパートナーに向けて呟くように叱責する。

 叱責とほぼ同時に、着弾点と全く同一のポイントに五本の光の線が突き立つ。

 『主は光を見て、良しといわれた』――その<創世記>の一節によって力を与えられた言葉によって集約され、位相を変えて高い破壊力を有する収点レーザーと化した周囲の光だった。

 この廃坑のかつての主だった黒蛇の尻尾を斬り裂いた光の帯を五本集められ、ヒルコの左腕もまた斬り飛ばされる。

「ああ、すまねぇ!」

 骨のない相手への衝撃の、意外な感触に呆気に取られたことで隙を生じてしまった失態を引き摺ることなく、また、一瞬の安堵を感じることもなく素直に詫びた雪之丞は、知らず知らずのうちに熱くなっていた意識を切り替える。


「ですが、厄介ですよ?」“ヒルコ”から目線を切ることなく黒崎が言う。「打撃の感触は殆どありませんでした……ということは、普通に打撃でダメージを与えることは出来ない――少なくとも、私は接近戦で撹乱以外に役立つことはない、ということですからね」


 黒崎の接近戦における手札の一つである剄は、端的に言えば波紋のようなものだ。人体を水の詰まった袋に見立て、反響させることによって体内で衝撃を乱反射させる『浸透剄』と呼ばれる技法に代表される剄の打撃というものは、逆を言えば反響するものがあってこその殺傷能力をもつ技術であるともいえる。


 その『反響』を生み出す骨を持たない“ヒルコ”に対して、黒崎の打撃が通用しないというのも、当然の道理である、といえた。

 それならば、出来ることに徹する―――言外にその言葉を滲ませつつ、眼鏡の人間コンピューターは再び神相手に接近戦を挑む。



 クールに己の役割に徹しているその姿に、雪之丞は呟いた。

「素人のあんた一人に……任せてられねぇよ!」




 冷静に行く――ママに認められるだけの強さを得るために、雪之丞が自らに課した課題を思い出し、黒崎との連携を活かして戦い始めたその時、法王庁指折りの武装執行官・エンツォ=ファルコーニは援護のために放った銃弾をさらに的中させる。




 ファルコーニの射撃には一切の無駄がない。



 それはミクロン単位の誤差という異常なほどの射撃技術の高さに裏打ちされている事実でもあるのだが、使用銃器が拳銃でありながらイレギュラーを一切発することなく、動く目標に対してもまったく無駄弾を使わないとなると勝手が違う。


 認知できる範囲を大きく超えた、1km以上離れた位置からのたった一発の狙撃なら兎に角、乱戦で複数の弾丸を必中させることは、ほぼ無理に等しい。特に、敵味方入り乱れた乱戦になれば味方を撃ってしまう危険性も高まり、通常の神経の持ち主ならば無駄弾を撃つどころか、撃つタイミングを見逃したまま、銃爪に指を掛けたまま固まってしまうこともあるほどだ。


 その失態を行うことなく、尚且つ、揺らぎも曇りもないままに必殺の弾丸を人外の存在に撃ち込んできた技術、そして、ファルコーニの精神力は……彼の生まれに由来する秘密があった。




 その秘密はファルコーニだけのものではない……ヴァチカン直属の武装執行官という者達は、何らかの形で異系の血が混じっている者や、突然変異的に人外の力に目覚めてしまった者を世界中から集め、構成されている。

 あるものは神族……あるものは人狼……そして、またあるものは魔族といった、人外の力を有する者を使役し、そういった類の人間を教化した、という事実を見せつけることで神の威容をより高く見せるため……そして、人外であるが故に暴走、という危険をも孕んだ存在をいざという時に即座に消去出来るよう、監視下に置くために――。



 とはいえ、『武装執行官』という組織にそういった成り立ちがあるとはいえ、代々続く執行官の家系であり、それ以前に一人の敬虔なカトリックの使徒であるファルコーニ自身はさほど気にしてはいない。



 可視光線のみならず、赤外線や紫外線といった目に捕らえることも出来ない光を自在に操り、跳弾を起こす銃弾の軌跡をも完全に“観る”ことが出来るだけでなく、戦闘という極限状態においてのみ発動する、限局された予知能力――<戦>里眼とでも言おうか……およそ四秒というごく短い時間を映像として認識する能力によって、この十年で幾千もの人間を助け、幾万もの人間を救って来た。


 己が持って生まれた力を使い、疑いなき神の剣となって害悪を打ち払い、偽りなき神の盾となることによってキリスト教徒を護ることに、誇りと喜びを感じてもいる。


 だが、誇りや喜びを上回る感情が、常にファルコーニの精神を覆っている。

 その感情の名は――恐怖。

 力を使うたび、銀髪の執行官の耳の奥で鳴り響く、みし、みし……という軋みにも似た異音――自分が織り直され、人間とは異質の存在に組み替えられていく感覚……そして、『死の後に神の使徒として即座に転生を果たす』というある種の呪縛は、歓喜や名誉といった表面的な感情を大きく凌駕する、自己の存在を保護するために生み出される根源的な恐怖をファルコーニに与えていた。

 そして、それに加えて『堕天』への恐怖もある。

 死と共に、首尾よく天使になれればまだましだ。

 それだけの恐怖に向かい合い、克服するだけの精神を持っている人間は稀である。10年前、堕天使と化した敬愛する父・ルッカを殺したという過去を持つファルコーニには、さらにその恐怖は深い。

 その恐怖を振り払うため、執行官は第一に自己に強烈な暗示を掛けることを学ぶ――その副次的な効果として、一切動じることなく判断を下し、実行に移すだけの揺らぎなき心を得ているのだ。言うなれば、恐怖に苛まれる精神を分厚い氷の鎧で覆うことで保護しているようなもの……力には違いないが、決して強靭というわけではない。

 力を使い続ければ、いつかは融けてなくなってしまう、そのような儚い鎧に頼らざるを得ない――だからこそ、力の発揮を最小限で済ませるために無駄弾を押さえ込み、必中にして必殺の弾丸を叩き込む。


 常に纏った『揺らぎなき心』となるべく抑えている『神族の力』……それこそが、ファルコーニの力の根源であった。



 しかし、ファルコーニは知らない。その恐怖を克服するために施した暗示こそが、自らの内に巣食う天使の“侵食”の恐怖への克服を妨げ、結果として脆さを残した魂を堕天へと進ませる最大の要因になるということを……。



 真の恐怖を知らぬまま、かつて、ヴァチカン宮殿の地下に秘匿された、『地下666階』の名を冠する牢獄に<全知魔>の名を持つ高位魔族を封じることに多大な功績を残したある天使……その血を受け継ぐ銀髪の男は、一歩、また一歩と破滅に向けて歩を進めながら、硝煙を纏った。















「邪魔だ、貴様ら!」

 明らかな苛立ちを見せながら、“ヒルコ”はだらりと垂らした両腕を鞭のように振るう。

 先端に刃をつけた肉の鞭……だが、殺気に満ち溢れたその武器も、黒崎と雪之丞に躱され、流され、軌道を逸らされた。

 柔軟な筋肉のバネをから来るスピードと、岩肌を楽に砕いている点からも、威力そのものは高いことがうかがえるが、あまりに殺気に溢れすぎているため、冷静になれば、雪之丞にも躱せないものではない。


 また、目の前の二人を邪魔に思いながらも、第一に狙うのは憎い仇敵の影を宿す銀髪の男と“エビス”であるため、どうしても精度に欠けている。

 つまるところ、“ヒルコ”は戦い慣れていないのだ。


 武神として生まれた訳ではなく、比較的平穏な国で神と崇められていたためだろう……国家の興亡というものにも慣れていないため、そういった経験を得ることもない。“ヒルコ”が姿を借りている最後の祭司が一族の中でいかに優れた戦士であったとはいえ、“彼”が経験してきた戦い以上の数の実戦を生き抜いてきた黒崎や雪之丞に敵うはずもなかった。


「あまり、人間というものを嘗めてもらっては困りますよ……“ヒルコ”さん?」嘲笑とも侮蔑ともとれる口調で黒崎が述べる。「貴方が安穏としている間にも、人間は研鑚を続けている――ましてや、450年以上もの間、世界から背を向けて引きこもり続けていた間にも、確実に人間は進化しているんですからね」

 『450年以上前に感じた絶望』『南米・ブラジルで発見された黄金の恵比寿像』……この二つのキーワード、そして、執拗にファルコーニを狙うさまから黒崎が導き出したものは、1533年のスペイン人総督・フランシスコ=ピサロ率いる軍勢によるインカ帝国の滅亡――。

 キリスト教の……いや、人類の歴史の中でも指折りの虐殺であり、恥ずべき汚点というより他にない事件でもある。

 だが、黒崎は“ヒルコ”に対して同情する心算は、最初からない。

 栄枯盛衰は人の世の必定――何時までも栄華を究める国はないのだ。


 ――時代は人の時代であり、神の出る幕ではない。

 その思いを込めた挑発だった。

 認識不足の“神”を挑発し、相手の怒りを誘うことで意識を誘導し、戦局をさらに有利に展開する――相手の心理を操る誘導術の使い手としてはその行動は正しいが……その所業はまさに『神をも恐れぬ男』と呼ぶに相応しかった。





 『神をも恐れぬ男』――目の前に対峙する二人のうちの一人に対してのその認識は、“ヒルコ”も持っていた。

 幾度かの打撃の瞬間にその体に触れることで心理を読み取っては見たものの、心の底から恐れているものは一切感じられなかった……上司や政敵、死すらに対しても、この男にとっての『恐怖』からはほど遠い。

 交戦する直前に行ったマインドセットからきた、完全なる感情コントロールの賜物なのだが、かつて信者の望みを叶えるために、自らに触れた者の思考を読み取る術を覚えていた“ヒルコ”には、黒崎が人間の形をしたある種の怪物であるように思えて仕方なかった。

 また、初撃を当てたファルコーニの恐怖は読み取ることは出来たが、その姿は父を殺した自分自身……衝撃だけは大きくなるかもしれないが、そのことで自分に出来てくることは、当然、相手にも出来てしまう。対応も容易くなるため、『変形』する訳にもいかない。

 となれば、もう一人の霊気による赤い鎧を着た男だ。

 血を吸えば完全だろうが、汗でも充分思考を読むことは出来ている。

 一番実力で劣るこの男に恐怖を刻み込んだということから、その姿をとることには多少躊躇いを覚えた。

 霊力の総量そのものは元の“ヒルコ”のままだが、身体的な特徴はほぼ『変形』した相手に準じてしまう……ここで弱い相手に『変形』してしまっては、どうしようもないのだ。

 かといって、最後の祭司でもある青年……トゥパク=アマルという名の戦士の姿のままでは到底望みは叶わないことだけは確かだ。

 愛すべき青年の姿を捨てるということに対しての身を切る思いを胸に、“ヒルコ”は、賭けに出た。


 幾度目かのことだろうか……“ヒルコ”の懐に飛び込んだ黒崎が至近距離からヒルコの眉間目掛けて銀弾を叩き込む。


 致命的な効果は一切なく、所詮目眩ましに過ぎない三発の弾丸を撃ち込んだ黒崎は、後に目があるかのような絶妙のタイミングで体を入れ替え、雪之丞に道を譲る。



 目標は、常に中心線の上――ファルコーニや黒崎の射撃の目標、そして、自身の実戦経験からも見極めた、霊的中枢という名の急所――これさえ的確に打てば、倒せない相手はいない。

『いくら相手が強大であろうとも――これで倒れなくても、何度でも繰り返して……絶対に倒してみせる!』

 その強い意思を込めた雪之丞の一撃が、“ヒルコ”の壇中を打ち抜いた。



 吹き飛ばされる“ヒルコ”。

「やったか?」

「……いや、まだです」思わず快哉の声を上げたファルコーニに、企業戦士が立ち上がろうとする気配を察して否定する。



「……アカン!“ヒルコ”の奴、何する心算や?!」

 賢一と共に離れた位置でそのさまを見ていた恵比寿神が、ただならない気配に声を上げた。



 雪之丞の打撃をあえて受けることで、足りない情報を補完した“ヒルコ”はその姿を形作る。




 原色の入り混じった戦装束から、赤黒いボディスーツに変わった服装。

 赤茶けた肌から白一色に染め上げられた肌。

 丹精といっても良い青年の顔から、美貌ではあるのだが、どこか蛇を思わせるまがまがしい印象をも与える顔に変化している。



 そして、何より違うのはその体型。長身痩躯の……しかし、鍛えられた男の身体から、引き締まってはいるが、出る所は出ている――日本最高のGSには、『たれちち』と呼ばれていたが――明確に女性を思わせる身体にその体型を変化させていた。



「め……メドーサ、だと!!」


 その姿を深く知る雪之丞が……驚きの声を上げた。

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