ザ・グレート・展開予測ショー

雨(終)


投稿者名:NATO
投稿日時:(05/ 4/28)

終幕(にわかの晴れ)

「日本GS連は、この件について一切関知しない。それが今回の元「霊獣保護法」改正についての表向きの見解ね」
ICPOの貸しビルオフィス。
西条と、美智絵。
目の前にある書類。
「霊、神魔、及びそれに類する種族への基本法」
ずいぶんとあいまいな、急ごしらえの法案。
それもそのはず、玖珂が死に、その悪事が数え上げられたドサクサに紛れて何時の間にか通っていた法案。
抜け道も多く、落ち度も少なくない。
「まあ、穴が多いっていうのは、別に悪いことばかりでもないし。これから、少しずつ改正していくことになるんでしょうけどね」
「……先生は、どの程度?」
「六道頭首が「個人的に」この件に関わっていたというのはあなたから聞いて知ったわ。ただ、日G連やICPOがタマモちゃん……「九尾討伐」についても、この法案についても情報が後手に回るのはおかしいと思ってた」
九尾討伐。政界よりはやく、オカルト部門が把握していてしかるべき問題。
だが。
「どうも、六道が情報を意図的に操作していたみたいね」
「ええ、そういうことらしいです」
玖珂と、六道頭首の間に交わされた「密約」
「神父は、最初から?」
「どうも、「例の」書類取り寄せるときには知っていたみたいですね。日G連に、とんでもないパイプを持っているのはどうやら間違いないみたいです」
「ああ、「例の」……それで、横島くんとタマモちゃんには?」
にやり。
不気味な笑い、二つ。
「ええ、これから呼びつけて、じっくりと。……どうやら、「何か」あったのは間違いないみたいですし、その辺も含めて」
「それにしても、これで決定かしら。……令子がだめなら、ひのめでもって思っていたのだけれど」
「……大変不本意ですが、それがそうでもないみたいです。確かに「超えた」のはタマモ君だけみたいですが、周囲も、やっと重い腰を上げたというか。――みんな、いろいろ必死みたいですよ」
「……道理で。最近ひのめ預けに行くと、帰りによってもずっと横島君にくっついてるのは、他の子に近づけないからなわけね」
「……修羅場、ってやつですね。まあ、自業自得ですが」
「彼のことだから、そうなれば全員に手を出しかねないわね」
「そんなことすれば、「彼女」に焼き殺されますよ。――元が元なのにやけに嫉妬深くてですね、横島君を仕事の話に連れ出すのも苦労しました」
「……一応、報告は聞いたけれど。まだ、やっているの?」
「これだけは、ね。罪滅ぼしなわけでもないでしょうが。――「彼女たち」には内密に」
「ええ、分かってるわ。……そのことを知ってるだけでも、タマモちゃんは有利よねぇ」
「……多分、いつか話すと思いますよ。彼自身の整理が付いたら」
「そのときまでに、あの二人がどうなってるか……離れてるってことはないでしょうけど、せめて、他の子もはいる隙間くらい開いてないかしら」
顔を見合わせ、笑う。
同じような笑い。
だが、西条の背中に冷や汗が伝っていることに、美智絵は気が付いていた。
「神父は?」
「昔の友達に会いに行くそうです。バチカンに渡りをつけてもらえたのは助かりましたが、彼もあれでずいぶん謎なかたですねぇ?どのくらいご存知ですか?」
「破門された理由もずいぶん曖昧だし。そもそも破門状の紛失なんて話初めて聞いたわよ。そのうえ今回の行き先はバチカン?……まったく。善人の振りして何十年私たち騙していたことやら。……そっちの調査もよろしくね?西条君の、「バイト」の件は、上に報告しないで置いてあげるから」
「え、ええ!もちろんですとも!」
冷や汗。
「まったく。イギリスから帰ってきたと思ったら……。ちゃんと送る書類は読ませてもらうからね」
「あ、あはは……」
当初、彼女を巻き込まないようにとした配慮はなんだったのだろうか。
すっかりおばさんになったと思っていたのは……。
自分はこの人には勝てない。
痛感した、西条だった。


横島と、タマモからの伝言。
「ベルク=“アマデウス”=シュドナイが、洗礼名をいただいた「父親」の訪問を、楽しみに待っています」
この言葉を聴いたとき、唐巣は即座にバチカン行きを決めた。
「ピート君、留守番を願えるかね?私の「義弟」が、会いたがっているようだ」
その言葉を放ったときの神父の様子は、想像を絶するものだったと、後にピートは語る。
「今まで出会ったどんな悪魔より、神父のほうがよっぽど怖かったです」
偵察に来た西条に、震えながら語ったそうだ。
ついていこうなど、とても言い出せる空気ではなかったらしい。
まあ、ダンピールに教会の本拠地が、居心地がいいということもなかろうが。
バアルとメドーサ。神魔界にも目立った動きは見られなかった。
仮にも地獄第二位の大悪魔だ。容易く左右されるような軽い存在ではない。
人間界に対する干渉も、裁くものがいなければどうにもならない。
部下に与えた不快とて、彼にとっては物の数にもならない。
さて、ここで。
「はあっ!?」
素っ頓狂な叫び。神父不在の協会は、ダンピールが責任もって管理していた。
ピンクのフリルエプロン。三角巾とはたき。
同級生の腐女子がいたら狂喜乱舞、濁涎ものである。
そしてその教会の席を占めるは信仰を鼻で笑い、神に平気で喧嘩を売るような人々。
美神親子、西条。そして言わずと知れた名コンビ。
「な、ど、どういうことよっ!」
「タマモが、俺のモノ!?」
ご主人様とペット。いや、言ってみただけである。
「そういうことだな。こうすればタマモ君の指名手配は外れる上、現行法がどのように変わっても手出しできなくなる。今が、最後のチャンスだ」
嫌味な笑い。
「ど、どういうことだよっ!」
「ど「そうよっ!どうしてそんな話になるわけ!?お兄ちゃんっ!」
口をぱくぱく。
タマモの言葉をかき消す怒声。
「なんで令子ちゃんがそんなに怒るんだい?」
ちょっと傷ついたような西条。
「な、ど、どうだっていいでしょ!それよりどういうことなのよっ!」
「……あ、ああ。つまり、六道の式神のようなものだ。あれは、都合上「霊具」として登録されているから行う行動はすべて六道の責任と名義のもとで行われている。つまり極端な話殺人や障害もその罪は「使用者」である六道に行くわけだ」
「……それで?」
「つまり、タマモ君が「横島忠男」の使用…いや、「所有物」になれば霊獣としての指名手配は外れるし、これからもすべて横島君を通して人と同じような権利が行使できる。まあ、もちろんこの契約は霊的にも試行されていることが条件だから、横島君に逆らうことに制約はかかるが、まあ、些細なことだろう?」
「ど「どこがよっ!」
びくり。タマモが震える。
「だから、どうして貴女がそんなに怒るのかしら?令子?」
「あ、あたりまえじゃない!こいつにそんな契約したら……「したら?」
したり顔の美知恵。やっぱり少々傷ついた西条。
「な、なんでもないわよっ!」
「そう……まあいいわ。ところで、そんな強引な話、大丈夫なの?西条君」
棒読み。わざとらしい演技だった。
「ええ、神父がGS協会に話を通してくれまして。法的にも今の段階なら滑り込みで登録してしまえば問題ないかと。書類一式もここに」
違和感。そそくさと仕舞い込もうとした西条の手を捕まえ、美知恵は書類を繰る。
「へぇ……。あれ?この誓約書の霊的施術、ずいぶん強力なのね。GS協会の一般とは別みたい」
「え、ええ。これは、まあ、その」
西条の顔が青ざめる。
「まあ、いいわ。まさか西条君が「タマモちゃんと横島君くっつけちゃえばなんとか」なんて思うわけもないし。へえ。これ精神系の制約なのね。……令子、これが発動するとどうなるか、わからないわけじゃないわよねぇ?どうするの?」
「な、なんで私に振るのよっ!関係ないじゃない!好きにすればいいのよっ!」
「……どうなるの?」
狐形態のタマモ。恐る恐る、美知恵を伺う。
「そうねぇ。横島君に逆らうと胸が締め付けられるような気持ちになって、切なくなって、涙まででちゃいそうになるかもねぇ。それどころか嫌われるんじゃないかって、悲しくなっちゃうかもしれないわ」
美知恵の笑い。何のことはない。制約そのものは強力でも、その効果はたいしたものではないのだ。
要するに。
「横島君に逆らうことがイコールで嫌われるかもしれない恐怖に変わるわけね」
びくうっ!
たいしたことではない。約束を破るときはたいてい多少でも相手に嫌われることは覚悟するものだ。だが。今のタマモにとってそれは。
「そ、そんなの嫌よっ!」
「でも、もう書類一式ここにそろっちゃってるしねえ。もう一度そろえなおすと、時間的に間に合わないわ。これでいくしかないわねぇ」
「だ、だからって!」
「……なあ、それって、別にぜんぜんたいしたことないんじゃねえか?」
デリカシーのない横島の一撃。
ため息をつく美知恵と西条。
そして。
「ほんとうに……そう思うの?」
タマモ。狐の潤んだ瞳。
「あ、ああ。何か問題あるの……か?」
飛びついてくるタマモ。ごしごし。服にふさふさの身体が押し付けられる。
「あらあら、まだ、制約は発動していないのにねぇ」
「これなら、発動してもたいした意味はない。横島君、早くこれに署名したまえ」
さあさあ。書類を押し付ける西条。
「あ、ああ。わかった」
タマモの態度は不信に思えども。その異様な西条の空気におされるように署名をする横島。
「タマモちゃん?」
美知恵の言葉。答えず、横島を見上げる。
潤んだ瞳。
「横島……責任、とってくれる?」
「なあっ!?」
「責任、とってくれる?」
なおも顔が近づく。
お、俺は欲情なんてしてないっ!自分に言い聞かせる横島。
「あ、ああ。そういう契約だし、わかってるけど……」
「けど?」
「わ、わかった!ちゃんと責任もつからっ!」
「……うん」
こくり。小さく頷くと肉球に朱を押し付け――。
ぺたり。
二つの署名欄。片方には横島の名前。そして。
霊力が、共有される感覚。
「――どうやら、終わったようだね。後の手続きは、僕が責任もって代行しよう」
「ああ、頼むって。どうしてそんなに膨れっ面なんです?美神さん」
「……な、なんでもないわよっ!」


「……以上です」
「そうですか……ご苦労様です。結局、最後は彼に任せることになってしまいましたね」
「……仕方が、なかったと思います」
「貴方がそう言うなら、そうなのでしょう。……ときに闇狼。あなた、横島という男、どう見ます?」
「……面白いと」
「それだけですか?あなたが?」
含み笑い。
「私に、陰陽連に売りたくないほど気に入ったか。それとも……?」
「俺の忠誠を疑うのは無理ないですけどね。姫さんに隠し事なんて、そんな馬鹿な真似はしませんよ。わからないんです。どうにもつかみ所のない」
「狩人。そう呼ばれ忌まわれているあなたが?……そうですか」
伊達に狼などという大仰な名が与えられているわけではない。
相手の癖、思考、果ては無意識のうちに出る自身でさえ知らないような反射さえ天性の嗅覚で読み取り、自身は動いたという事実さえ覚らせず、刈り取る。
それゆえについた名。闇狼。
それを知る少女が、「彼」に興味を抱くのも無理からぬことだろう。
「ちょうど天一神もお帰りになられたようです。……あまりこのような埃っぽいところにいるのは、身体に障ると思いませんか?」
「そのようなこと、聞かれれば侍従長が眼の色変えてきますよ?」
含み笑い、二つ。
「どうせどこかその辺で聞き耳を立てているに決まっています……。そうですね。彼女を連れて行くなら、どこからも諌言はないでしょう」
「諌言をあなたに伝える人がいなくなるだけでは?」
「同じことです」
言い切る少女。沈黙。
闇狼が、ため息をつく。珍しいことだった。
「……わかりましたよ。ただし、そのときは俺もついていきます。もちろん極秘裏に」
「……この組織で、一番信頼の置ける部下もついてきてくれるのなら、むしろ安全かもしれませんね」
「よくいいます」
「ふふっ……ほかの方々は従順すぎますもの。信用は出来ても、信頼は出来ません」
「やれやれ……」
恐ろしい言葉。世界の理を繰る術を心得た集団を、思うままに操る少女。
闇狼。彼のような外様、それも想像を絶する修羅場をくぐって来たような者さえ、この少女に逆らう気にはならないのだ。これが、血というものか。背筋を走る、汗。
「わかりましたよ……御意のままに」
だが、その感覚は決して悪いものではなかった。


「拙者も先生のものになるでござるっ!」
久々の事務所。第一声が、これだった。
女性と男性の比率が著しく悪い空間で出る言葉としては、最悪の部類に入るのではなかろうか。
だが、この横島は一味違う。
「あのなぁ……。あくまであれは便宜上のことで、そもそも俺はタマモに命令なんかしないっての」
頭などをなでながら。余裕の笑みさえ浮かべている。……ここまでは。どうやら何回も練習したのだろう。
この後、しぶしぶながら納得するシロにめったにないこちらからの散歩の誘いで――。
「……」
ジト目。なんとなく、教科書に出てきそうなほどに完璧な、ジト目。
「ど、どうした?」
「どのお口がいうんですかねぇ!「俺の目の届くところにいてくれ」なんていったって話は、なんなんでしょう!……あ、横島さん。お久しぶりです。ええ、本当に」
きぬの大きな独り言。その目は……。
「ちゃあんと横島さんが来るときのために包丁も研いで置きましたよ」
音符でもつきそうな話し方。だが、やたらに怖い。
「た、タマモ?」
唯一、助けになりそうな者。今は狐だが……に目を向ける。
が。
一瞬。視線が合った瞬間、ものすごい速さで目を逸らす。
「タマモ?」
「うっ……な、なによ」
なおも目を逸らす。
近寄る。前に出る。
目を逸らす。
回り込む。
また目を逸らす。
仕方ない。
横島は、タマモの顔を両手で押さえ、自分に向けた。
見つめあう。
相手が獣形態だから出来た。これが少女の格好だったら。想像し、あわてて打ち消す。
見つめあう。
「……」
「……だ」
「だ?」
「だって、しょうがないじゃない!嬉しかったんだからっ!」
ちょうど応接間に入ってきた美神も含めて。
事務所全体が、凍りつく。



その後、何があったのかは、書かないほうが賢明というものだろう。
ただ、言えることが有るとするなら。
たとえ、成り行きで集まったものでしかないとしても。彼らは皆で全てであり。
「なにしでかしたのよ!あんたあっ!!」
綻びが生じようと何がなんでも修復しようとするおせっかいな青年がいることであり。
「せんせいいいっ!」
そしてその行き過ぎな自己犠牲と実力でたいていのことは成し遂げてしまうことであり。
「よっこしっまさんっ。あそびましょっ♪」
これが、この空間こそが。
「よ、横島!?だ、大丈夫っ!?ち、ちょっとやりすぎよっ!特におきぬ!あ、あっ!その包丁、なんか妖気がっ!」
「美神除霊事務所」であるということである。
「あ、ああっ!横島っ!耳から、耳からあっ!……ってどこ触ってんのよっあんたあっ!」
――まあ、それが彼にとって幸福なのかどうかは別として。
「ひっ。よ、横島?……ご、ごめんっ。大丈夫?だ、だから許してえっ!こ、こんなのおっ!」
「あんた何やったのよおっ!」
「お、俺は何も……うぎゃあっ!」
――事務所は、今日も平和である。

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