ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!(13)


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 4/21)

「ほら、どうしたい! そんなもんかい?」
「ぐっ……」
 サルタヒコvsメドーサ。
 メドーサが押していた。
「な、何故だ……! 何故、『空跳瞬歩』を持つ私が押されている!?」
 サルタヒコとメドーサ、両者ともに超加速を使用している。条件は、互角の筈だ。……が、実際にはメドーサが優位に戦局を進めている。
「鍛え方の差さね。慣れない事は、しない方がいいよ?」
「くそ……!」
 サルタヒコの『空跳瞬歩』(超加速)は、生まれ持っての能力ではなく、ニニギから服従と引き換えに授かったものである。無論、それを使った戦闘訓練やシュミレーションは何度もこなしているが、血反吐が出るような修行の末に自力で超加速を習得したメドーサと比べると、その立ち回りにはどうしても粗が出てしまう。経験値が、絶対的に不足しているのだ。メドーサから見れば、サルタヒコはまだ超加速を使いこなしているとは言えなかった。
「おのれ、馬鹿にしおって!」
「怒るな、怒るな。集中力を乱すと、超加速が切れちまうよ!」
 こうしてサルタヒコが曲がりなりにもメドーサとやりあえているのは、超加速があるからに他ならない。超加速が解けてしまえば、その瞬間メドーサの刺股に貫かれてしまうだろう。
「ちっ……、止むを得んか」
 劣勢に焦ったサルタヒコは、体勢を立て直そうと距離を取る。体力も精神力も消耗の激しい超加速を、そんなに長い時間使ってもいられない。
 メドーサもそれは同じなので、敢えて見逃して様子を見た。『横島を護ってくれ』と言うケイの依頼を忘れた訳ではないが、実のところもう付き合っていられないと言うのがメドーサの本音だ。
 “横島に襲い掛かってくる魔族”の排除なら、他ならぬケイの頼みだ、張り切って遂行もしよう。だが今、横島は自ら敵陣に乗り込んでいった。
ならば、自分の仕事はこれまでだ。降り掛かる火の粉なら払ってやろうと言う気になるが、自分から火の海に飛び込んでいくと言うのなら、それはもうメドーサの責任の範囲外だ。そもそも、メドーサは基本的に横島が嫌いなのだ。彼が(勢いで、だけど)命を賭してまで救おうとしている、美神についてもそれは然りだ。屑同然の人間の中では相当できた部類に入るとは思うが、それ故にこそ腹が立つ。毎回毎回、端金の為に自分の任務の邪魔ばかりして、挙句の果てにこのメドーサ様を殺しおったのだ。油断が過ぎたと言うのは自分のミスだと言うにせよ、これで好印象を抱けと言う方が無理だ。ましてや、蛇は執念深い生き物である。
 だから、今は暫し仕事を忘れ、この戦いを目一杯楽しもう。嘗て仮初めの師弟関係を結んだ白竜会の連中ではないが、決闘とか真剣勝負とか言う単語が嫌いな訳ではないのだ。ただ、それに拘って状況を悪くするのは、愚かしいと思っているだけである。
「そう言う意味では、あんたは小竜姫よりあたしの方に近い性格だろう、《サルタヒコ》とやら。ちょっとは期待してたんだが……、自分の術も使いこなせないってんじゃあ、こりゃあ期待外れかな?」
 少女のように残酷な笑みを浮かべ、メドーサは跳び退ったまま沈黙しているサルタヒコを挑発する。
 今まで勘九郎ですら見た事が無いような、本当に嬉しそうな顔で。
「ふ……ふふふ……」
 それを受けて、サルタヒコは突然笑い出した。含み笑いの筈だが、気の所為かよく響いて聞こえる。
「? どうしたい、恐怖でおかしくなったか」
「馬鹿を言え……」
 取り敢えずお約束の挑発で嘲ってみたメドーサだったが、徐々に上がっていくサルタヒコの霊圧に身構えるのは忘れない。
 そして、サルタヒコの掌から炎が燃え上がった。
「くくく、確かに少々貴様を侮り過ぎていたかも知れんな。ボスから頂いた、『空跳瞬歩』だけで勝とうなどと」
「……やめときなよ。何を隠してるか知らないけど、それ、思いっ切し雑魚キャラのセリフだよ」
 絶頂期のメドーサであったならば、魔力も戦闘技術も決してサルタヒコに劣っている訳ではなかった。だのに「実は、まだ本気じゃなかったんだよー」とか言われれば、メドーサの額に青筋が浮かぶのも致し方ない事だろう。
「そう言うのは、優位に立ってる方が言うセリフだと思うけどね……」
 これだけ刃を交し合って、相手の実力を見切れないと言う時点でサルタヒコの実力などたかが知れている。油断もお遊びもする気は無いが、既にメドーサはサルタヒコを“どう殺すか”を考え始めていた。
「貴様には、炎魔たる私の真の力を見せてやろう!」
 サルタヒコが叫ぶと、彼の腕から発していた炎が更に燃え上がる。凄まじいまでの火力は、炎魔なら誰でも出せると言うレベルのものではない。だが、メドーサは平然と言ってのけた。
「魔力も能力も、持ってるだけじゃ意味が無い。重要なのは、どう使うかさ。あんたに、それが充分に出来てるとは思えないけどねぇ」
「ほざけ!」
 挑発に乗って、サルタヒコが咆哮と共に腕をメドーサに向ける。途切れの無い炎の渦が、メドーサへ覆い被さっていった。
「炎の龍……ってかい? また陳腐な、底が知れるよ」
 メドーサは、慌てずに超加速を発動し難を逃れる。どんな凄まじい火力でも、当たらなければ意味が無い。そして、強い攻撃を放った時ほど、外した時の隙も多くなると言うものだ。一瞬にして距離を詰めると、メドーサはサルタヒコに刺股を突きたてた。
 が……
「何!?」
 次の瞬間、サルタヒコの小柄な体躯は跡形も無く掻き消えていた。後に残るは、虚しく空を切った刺股だけ。
「ちっ、幻……蜃気楼か!」
 そう、炎の龍は目眩まし。サルタヒコの狙いは、その火力によって場の温度を急激に上昇させ、メドーサの感覚を狂わせる事だったのだ。室外とは言え、効果は覿面だったと言っていいだろう。
 歯噛みするメドーサに、側面から迫る今度は本物のサルタヒコ。炎を纏わせた拳を、メドーサの脇腹に叩き込んだ。
「ちっ……!」
 攻撃を受けた勢いを利用して自ら地面を蹴ったメドーサは、脇腹を押さえながら距離を取る。
 幸い、ダメージはそう大きくない。サルタヒコは大して腕力のある方ではないし、炎それ自体の殺傷能力はそう高くない。熱と煙を伴ってこその炎の恐怖なのだ、殴られた時に相手の拳が燃えていたからと言って、そんな一瞬熱くてもだからなんだと言うレベルの話である。
「と言うか……、霊体(神族・魔族)にダメージを与えるんだったら、普通にそのまま霊波を叩き込めんだ方がよかったんじゃないか?」
 などと言っても、そこはそれ、サルタヒコにも炎魔としての拘りやら何やらがあるのだろう。敵の立場に立って、戦局をシュミレーションしてみる。勘は鈍っていても、死なない為に肝心なところは押さえているメドーサである。
 さて、そこで。せっかく距離を取ったのだから、遠距離から攻撃できる手段を考えるべきだ。
「お行き、ビック・イーター!」
 メドーサの髪の毛から、無限に発する眷族・ビック・イーター。……無限の髪の毛、唐巣神父が羨ましがりそうである。
 それは兎も角、メドーサが自らの身を削って呼び出した三匹の蛇は、そのまま一斉にサルタヒコに襲い掛かった。
「ぼーっとしてんじゃな! ビック・イーターに噛まれると、石になっちまうよッ」
「ちっ……!」
 耐久力はそれ程でもないが、ビック・イーターのスピードはかなり速い。考え込んでいる時間も無いし、逃げると言う選択肢は不毛だ。迎撃――隙を作らず三匹同時に葬り去るしかない。
「嘗めるな!」
 霊波砲を放ち、三匹を消し飛ばしたサルタヒコ。しかし、勿論サルタヒコとてそうくるだろうと予想はしていたが、霊波砲射出後の隙を突かれて攻撃されるのには、どうにも対処のしようが無かった。
 それでも、サルタヒコはむりやり超加速を発動させ、難を逃れた。外してしまっては逆に危ない奇襲攻撃だったからか、メドーサが隙の大きい(が、殺傷能力の高い)刺股を使用しなかった事が幸いした。決して無視できない手傷を負わされたものの、これでゲームセットとはいかせなった。
「はん、やるね。セコいだけの男かと思ってたが、そうでもないようだね」
「虚仮にしおって、このアマ……!」
 メドーサに馬鹿にされていると感じ、憤るサルタヒコ。だが、メドーサの余裕は全く根拠の無いものではない。
 むりやり発動させた超加速、集中力を要するこの技において、不完全な状態での使用は危険である。無理に使えば、色々なところに粗が出る。
 例えば、超加速モード終了時の隙――いきなり体感速度が変化するのだから、超加速終了時は当然少なからず隙が出来るものだが、その隙が通常に比べてかなり大きくなる、とか。メドーサは、そこを突いた。
「火角結界!」
「!」
 サルタヒコの四方に、上空から漢数字の刻まれた石版が突き刺さる。火角結界、石版で囲んだ空間を爆破する、強力な攻撃結界である。
「ちっ……!」
 火角結界を止めるには、中の配線を組み換えるしかない。それが出来ないのならば、自分の霊波を注いで発動までのカウント(石盤に書かれた漢数字)を遅らせるくらいしか取れる手立ては無い。
 取り敢えず、サルタヒコは後者を選んだ。
 が……
「火角結界は、囲む範囲が広いほど破壊力が高くなる。けど、狭い範囲の結界でも悪い事ばかりじゃないんだよ。術に消費する魔力は少なくて済むし、それに何より――爆発までのリミットが短い」
 と言うセリフをメドーサが言い終わらない内に、サルタヒコを囲んだ火角結界は発動し、その位置からは黒煙が立ち上っていた。
「……そうか、お前さん炎魔だったね。これは不覚、火の結界じゃノーダメージか」
「ふん……!」
 だが、煙の向こうから現れたのは、無傷のサルタヒコ。炎魔である彼には、この程度の火の攻撃は無効だった。
「ならば、属性を変えるまでだよ。土角結界!」
 メドーサが叫ぶと共に、サルタヒコの足元の土が彼を飲み込もうと盛り上がる。だが、先ほどの結界破りで既に落ち着きを取り戻していたサルタヒコは、超加速でそれから逃れた。
「そう何度も、同じ手に乗るか!」
 サルタヒコが移動したのは、結界作動後で硬直していたメドーサの背後。先ほどの教訓からか、今度は確実に狙えるようにナイフを握っている。
「!」
 僅かに身動ぎするメドーサだったが、それまでだった。彼女が振り返るより早く、サルタヒコはその背中にナイフを突き立てた。
 その凶刃は、乙女の柔肌を貫き心臓にまで達する。そして少女に、確実な死が訪れる……筈だった。
「何……!?」
 だが、実際は刃が肌に触れたところでナイフは止まってしまった。何か硬いものに阻まれているかのように、刃は肌に突き立てられない。
「言ったろう、超加速使いとしての年季が違うのさ。始めから“これ”が狙いさ。あんたを誘導して、“そこ”に攻撃を当てさせたんだ」
「――? 何を言って……」


「触れたね? ……逆鱗に」


 発光したメドーサの姿は掻き消え、替わりに現れたのはサルタヒコの十何倍もある巨大なワイバーン。
 蛇竜の、降臨だった。
 ――さあ、ねんねの時間だよ、良い子のぼーや?
 サルタヒコが最後に見たのは、圧倒的な力で自分を切り裂いていく、巨大で凶悪な爪と牙。
「そんな……、私はまだ……こんなところで死ぬ訳には――」
 でんでん太鼓の音が、聞こえたような気がした。




「何を思い、何を背負って生きてきたかなんて、問題じゃない。仕事ってな、結果が全てなんだよ」
 一暴れして竜から元に戻ったメドーサは、すっきりした顔で誰にともなくそう言った。サルタヒコの冴えない辞世の句に対するコメントらしい。
「さぁーて、これからどうすっかね」
 コキコキと首を回しながら、嘯くメドーサ。竜化したまま城に突っ込んで壊してやっても良かったが、横島や美神の為にそこまでしてやる義理も無いし、それ以前にそれでは城内に居る二人のも身が危ない。本末転倒だ。
周りを見渡してみれば、他の連中もそれぞれ立ち塞がった復活怪人たちを倒したらしい。
 犬が何やら叫んでいる。連中、門番を倒してこれから意気揚々と城内へ入るようだ。
「……ま、他にする事も無いしね」
 仮にも指名手配犯であるメドーサには、この後どこか行く当ても無い。大手を振って歩く事も出来ない身であるし、ならば暫くは成り行きに任せてみるのも悪くないだろう。
 自分でも不思議な程に気楽な気持ちで、メドーサはGSチームの後を追った。






「ほう……、この俺とやる気なのか、《アマテラス》。貴様のようなか弱い人間が、そのぼろぼろの身体で」
 シーツとカーテンを巻いただけに白衣を羽織っていると言う、何とも助平な格好の美神令子。お得意の啖呵を切ってタケミカヅチを睨み据える美神だが、タケミカヅチは冷たい目で鼻で笑った。
「はっ! 魔族なんてのはね、人間を嘗めてっから足元掬われるのよ。この美神令子にこんな事をして、ただで済むと思うんじゃないわよ」
「タヂカラオ如き下級魔族に敗れたお前が、この俺を倒すと……? 馬鹿も休み休み言え」
「ばっ……!? っさいわね、あん時ゃちょっとメンタル面の調子が悪かっただけよ。今はやる気まんまんだからね、五秒でぶっ飛ばしてあげるわ!」
 ビッ!と指を立てて、ノリノリの美神。完全に“大丈夫、ああなった時の美神さんは無敵だ!”状態である。
 だが、タケミカヅチは動じない。美神には全く興味を示せないとでも言うように、見下すような目で不敵にも彼女に背を向けながら言い放った。
「……煩いぞ、女。俺はこれから、文珠使いと戦いに行くのだ。貴様などの相手をしていやっている暇は無い」
 勿論、彼の望んでいる通りにそれで終わりと言う訳には行かない。これでは、美神の怒りに油を注ぐだけである。
 今の美神は、異常にハイな状態だった。色々とぼろぼろだった精神状態で、ぶっ飛ばされて連れ去られ、気合で起きてみたら魔界でした。無事に俗界に帰れるかどころか、この城を出られるかどうかさえ怪しい。人間、追い詰められると破れかぶれになってしまうものである。そして、そんな打算も保身も捨てた時の行動の結果は、往々にして凄まじいものとなる。取り敢えず玉砕覚悟の美神は、身体はぼろぼろだったが気力と戦意はいつに無く昂っていた。尤も、オモヒカネに注入されたクスリの影響が残っていると言うのもあるが。
 霊能力を使う者にとって、メンタルのコンディションは重要だ。これ以上に損する事など、何も無い。詭弁も逃走も無意味、故に無し。どこまでも好戦的な今の美神は、正に獲物を見つけた女豹のように猛々しく美しい。
「……ふ……ふふふ……ふふ……」
「……?」
 ――と言うか、先のタケミカヅチのセリフは地雷だった。
「ほぉ……、文珠使い……横島くんと……ねぇ……」
 不意に黙り込んだかと思えば、暗い含み笑いと共に肩を震わせる美神。かなり怖いが、楽しみにしていた横島との戦いを目の前にしたタケミカヅチには感知できなかった。バカ……もとい一途な者は、時として凄い事をするものである。無く子も黙る美神のプレッシャーを受け流すとは。
 それが、いい事かは別として。
「何だ、自分の男が心配か? そうだな、確かに文珠使いとは言え所詮は人間。この俺と戦って、ただで済むと――」
「誰が私の男よッ! って、そうじゃなくて……」
「?」
 つっこみ(照れ隠し)の勢いで、美神が伏せていた顔を上げる。その目は、殆ど狂気のような怒りが支配していた。
「あんた、自分が何言ったか分かってる? この私を差し置いて、よりにもよって横島くんと戦いたいだぁ!? ざけてんじゃないわよ!」
 烈火の勢いで怒鳴る美神。しかし、事情を知らないタケミカヅチには何を怒っているのか分からない。
「……? 言っている意味が分からないな。俺は、三度の飯より強敵との殺し合いが好きなんでな。貴様より、文珠使いの方が強いだろう。だから、今は貴様に構っている暇など無いと、俺はそう言っているんだよ」
 親切にも滔々と説明してくれたが、当然逆効果だ。
「横島くんは、私の丁稚なのよ。横島くんが私を超えるなんて、そんな怪奇現象認められないわ。いや、確かに都庁の地下で戦った時は負けちゃったけど、ほら、あの時は酔っ払ってたし。う、でもそれは横島くんが頼りにならないって訳じゃなくてね。あれでも最近は……じゃなくて、ああもう!」
「???」
「取り敢えず、あんたむかつくッ!」
「何だ、それ!?」
 真っ向から指を差して、全ての不満をタケミカヅチにぶつける美神。武器も体力も無い状況であったが、退くとか見逃してもらうなどと言った選択肢は、もはや通常の状態ではない彼女の思考回路からは跡形も無く消え去っていた。
「極楽に行かせてあげるわ!」
「俺とやる気か? 馬鹿め、その身体で何が出来る!」
 決め台詞と共に、素手でタケミカヅチに突進していく美神。無論、素手とは言っても霊力は込めているのだが。それでも、普段武器の使用を主に攻撃手段としている美神にとっては、いい条件とは言えない。
「ち……、弱いくせに出しゃばるなよ。これだから、女なんてのは……」
 面倒臭そうにそう言い捨てながら、タケミカヅチは右手を翳した。瞬間、その掌から火花が散ったかと思うと、美神に向けて強力な電流が放出される。
「ふん……」
 タケミカヅチは雷魔だった。彼がニニギの配下に入ったのは、(形としては)反政府運動をしているニニギの元に居れば、戦いには困らないだろうと思ったからである。自分の力量に絶対の自信を持つタケミカヅチは、ニニギから“力”を貰ったりはしていない。彼が頼るのは、ただ己の雷のみ……。
 青白い電気の奔流に飲み込まれた美神は、そのまま吹っ飛ばされて後方の壁に激突した。
「ちっ、つまらん。これではウォーミングアップにもならんわ」
 心底不愉快そうに、タケミカヅチは言う。だが、それは油断であった。焼け死んだ筈の美神から依然変わらぬ、いや寧ろ増幅した霊力を感じ、タケミカヅチは目を見開いた。
「私が横島くんの前座……? 馬鹿言うんじゃないわよ、逆でしょう。それは、正しい形じゃないわ……」
 タケミカヅチには訳の分からない事を呟きながら、美神は悠然と起き上がる。その瞳には、いつの間にか少しばかり理性が戻っていた。それでもなお逃げないのは、即ち、勝てると。自分が優勢に立ったと判断したからこそ、幾分の余裕が戻ってきたのだ。
 何しろ、相手は雷使いなのだから。
「何……? 今の雷は、人間が受けて生きていられるレベルの電圧では無かった筈だぞ。それを受けてぴんぴんしているとは、貴様いったい――」
「あらあら、リサーチ不足ね。あんた達、私の魂が欲しかったんじゃないの? なら、私の家系くらいきちんと調べときなさいよ」
「それは、どう言う……?」
「美神家の者はね、電気を体内で霊力に変換できるのよ。そう、こんな風にねッ!」
 美神の右手から、電撃が迸る。
かの「あんまりそわそわしないで〜」の元ネタとなった(と言う設定の)霊力で電気を操る能力だ。霊力を逆コースで電気に変換し、それを以て敵を討つ。母・美智恵と違い、今まではこの能力を使いこなせていなかった美神だったが、何やらオモヒカネに弄られたのがいい方向に影響したらしい。それとも、人間とは窮地にこそ隠されていた牙を剥くものか。
 何にしても、疲弊していた美神の霊力はタケミカヅチの攻撃(電気)を吸収する事で補われた。更に、元よりゴーストスイーパーを志していた為、除霊術ばかりを学んでいた美神は本格的に霊的格闘の訓練を積んだ訳ではないが、霊力を体力に変換する方法くらいは心得ている。これで、美神のコンディションは万全。更にタケミカヅチの攻撃の要である電気攻撃も、美神にとっては霊力を供給してくれているのも同然となる。
 この状況で、美神が負ける筈が無い。
「ぐっ……!?」
 美神が霊力で操る電気は、容赦なくタケミカヅチに降り注ぐ。タケミカヅチのものにも劣らない、強力な電撃だ。と言っても、雷魔であるタケミカヅチには大した効果は見込めないが。矢張り、こう言う場合は普通に霊波を叩き込んだ方が効果的だ。
「ちっ……、思ったよりやるじゃないか、人間。先程まではあんなに弱々しかったと言うに、とんだ食わせ者だな」
 美智恵に比べれば出力に劣る美神令子だが、魔族メフィスト・フェレスの転生であるその魂のキャパシティは底なしだ。故に、タケミカヅチの力では、雷を打ち込み続けて、霊力を飽和状態にしパンクさせると言う手法は取れない。手詰まりだ、が……
「……だが、知っているぞ、《アマテラス》。それこそ、貴様の資料には一通り目を通したのだ。貴様は主に、霊具を媒介とする事で霊力を発する。そして、媒介なしで霊波を発し攻撃の手とする事は苦手としていた筈だ。霊波砲のような簡単なものでも、実用レベルに達するまでの破壊力は無いのだろう?」
「っさいわね。別にいーのよ、人には得手不得手っつーもんがあるんだから。才能の方向がどうあれ、知識と判断力があって結果が出せれゃ儲けは出んのよ」
「ふん……、だが、それは今、貴様には俺が倒せないと言う事を示しているだろう? だが俺には、貴様を殺す術がある」
 そう言うと、タケミカヅチは腰に佩いた剣を抜いた。
 建御雷命。経津主命と共に出雲国に大国主命を攻め、国土を奉還させた剣と雷の神。勿論、タケミカヅチは鹿島神宮に祀られている本物の建御雷命とは縁も所縁も無い一魔族だが、電気を操り剣を嗜む彼はニニギをしてその名を想起させた。
 そして彼は、それだけの力を持っている。と言うと、少々大袈裟に過ぎるが。
 しかし、彼の放った抜き打ちの一撃は、美神を見事に真っ二つにした。
「こんなものか……」
 いや、お前の仲間たちは美神を欲していたんだろう、殺してどうするよなどと言うつっこみは野暮だ。アドレナリンが多量分泌しているタケミカヅチは戦いの事しか頭に無い、そんな事を気を回している余裕は無いのだ。
 だから、血飛沫を上げ、上半身と下半身に分かたれながら崩れ落ちていく美神を見て、彼が「やっちまった!」と思うのは、まだ先の……彼が頭を冷やして落ち着いた後の事だ。
 ――この時空では、その時は永遠に来なかったが。
「な……ん……!?」
 気付いたら、目の前の美神の死体が無かった。そして、自分の背中に生えているのは短刀――そうだこれは、確かサルタヒコの私物で、何だか魔を払う呪法を掛けてあるとか言う俗界の代物。それが、刺さっている、俺に。俺の、心臓に……!?
「が、は……っ!」
 自分が殺されたと認識する間も無く、タケミカヅチは紫の血の海に沈んだ。その背後で彼の死体から短刀を抜いたのは、誰あろう我らが美神令子だった。
「ふぅ、危ない……。上手くいってよかったわ、こいつが雷魔だって事も幸いしたのかしら。どの道、あんま頼る事も出来ないし、使い道の無いチカラよね」
 誰にとも無くそう言って、溜息をついてみせる美神。ここに来るまでの間に、途中の部屋に入って武器をくすね……調達してきて良かった。手癖が悪いのも、時には役立つものである。
 さて、“使い道の無いチカラ”。つまりは美神家に代々顕現すると言う、時間移動能力の事だ。本来は雷の大量の電気を霊力に変換する事によってのみ使用できる、因果律さえも支配する最高の超能力。結果ですら書き換えるこのチカラを前には、運命以外のどんな攻撃も無意味だ。
 場に充満する電気、満タンの霊力と彼我に帯電する静かじゃない電気。これだけ条件が揃っていても雷のエネルギーに足りるか、そして能力が発動するかは不明瞭だったが、結果として美神は賭けに勝った。いざと言う時の悪運では、彼女に勝る者は居ない。運を呼び寄せるのも、ゴーストスイーパーの実力である。
「――てとっ、これからどうしようかな」
 伸びをしながら、美神は独り言の続きを呟く。ここは魔界(香港で元始風水盤が動いた時と、同じような感覚がする事からそう推測した)、そして敵陣のど真ん中。本来ならば逃げ場も無いし、逃げられたとしても帰る当てすら無いと絶望するべき状況だが……
「奴の言ってた事を信じるのなら……、来てるのよね……横島くんが……」
 どうやってこんなとこまできたのだろう。危険もあっただろうに、あの根性なしが魔界まで自分を助けに来てくれたのか。
「全く……、横島くんがそんな事までする必要なんて無いのに……」
 あの不肖の弟子に、助けてもらう事になろうとは。……思い返せば、そんな局面も今まで何度かあった気もするが、まさか魔界に乗り込んでまで。悔しいと感じる反面、知らず知らずの内に口元が綻んできてしまう。
「ったく、無理しちゃってさ。ほんと、変なとこで見栄っ張りよね、あいつ」
 何でだろう、こんなにも嬉しいのは。単純に、手塩に掛けた(!?)一番弟子の成長が喜ばしいと言う事だけではないだろう。本当に、何が嬉しいのだろう。私は、
 ――何を、求めているのだろう。
 その問いの答えなど、とっくの昔に出ているような気もするが、それを簡単に認めてしまうには、自分は少し意地っ張り過ぎる。と言うか、こちらの落ち度ばかりとも言えないだろう。向こうの態度と言うのも……
「……て、誰に言い訳してるのよ、私」
 自分に。
「ふぅ……でも、ちょっと頭冷えたかな。て言うか、何かすっきりした気分ね」
 今頃、みんなどうしているのだろうか。
 おキヌちゃんは、きっと私を心配してくれているだろう。優しい子だもの。
 人工幽霊一号は、ちゃんと事務所を護ってくれているだろうか。まあ、彼の事だ、心配は要らないか。
 鈴女は、またぞろ騒いでいるかも知れない。そう言えばあの子、ルシパピやシロタマが来た時は何故だか無反応だったな。どちらかと言うと可愛い系だけど、みんな一般的に見てかなり上玉な部類に入ると思うんだけど。人外は守備範囲外なのだろうか。それとも、グラマーなのが好みなのかな。
 ま、いいか。それで、そのシロタマはどうしてるだろう。借りもあるし、それなりに懐かれてる自信はあるんだけど、心配してくれてるかしら。うー、でも私って人望ないって言われるのよね。冷たい女だとか。そうなのかなー、凹むわ。
「……ふふっ」
 そして、“あいつ”だ。
 こんな格好の私と出会ったら、あいつの事だ、理性をすっ飛ばして飛び掛ってくる事だろう。そしたら、私は思いっきり迎撃してやろう。あいつは、情けなく泣いて許しを乞うだろう。謝るくらいなら、初めからしなければいいのに。全く、懲りない男だ。
 そうだ、私達はやっぱりこうでなくては。
 私は、彼らのリーダーなのだ。私が落ち込んでいては、みな困ってしまう。危険な目に遭うかも知れない。だから、うじうじ悩むのはこれで終いだ。そんなの、私には似合わない。戦闘能力? それがどうした。それが、何の物差しになる。
 傲岸不遜、唯我独尊、現世利益最優先。それが私だ、美神令子だ。


「――よしっ、行こ!」
 気持ちのいい笑顔と共に、美神は慎重に駆け出した。
 彼女の、居るべき場所へ。

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