美神SOS!(12)
投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 4/16)
ブラドー伯爵。
伝説の串刺し公ドラキュラの妹の夫の従兄弟に当たる、最も古く最も強力な吸血鬼の一人。中世ヨーロッパで流行した、ペストによる人口激減。しかし、そのうち少なくとも二回は、ペスト菌の蔓延ではなくブラドー伯爵の仕業と言われている。
さて、そんな彼だが、数百年前に全盛期のドクターカオスにより討伐され、故郷であるイタリアはその名もブラドー島まで逃げ帰り、魔力で島ごと姿を隠して再起の為の力を蓄えていた。
やがて最近になり、力を取り戻し深い眠りから目覚めたブラドー伯爵だが、彼が人間に生ませた息子のピエトロが離反、ピエトロやピエトロの連れて来た日本のゴーストスイーパー達によって、その野望は敢え無く潰えてしまったのであった。
そう言う訳で、彼は今、変わらずイタリアの孤島・ブラドー島の古城で、見果てぬ夢を追い、野望に燃えている。
そう、彼は生きているのだ。
だから。
今、ニニギの居城の正門前でシロと勘九郎に立ち塞がっているコスモ・プロセッサの劣化コピーは、例えば既に一度没しているメドーサや勘九郎のような他の連中と違い、ブラドー伯爵“本人”とは言えないのである。
例え、ブラドーの記憶と能力が全て彼自身に備わっているとしても、本物のブラドーがイタリアで生存している限り、彼はブラドー伯爵を名乗る事は出来ない。彼は、何者でもないのである。
しかし、まあ、だからと言って、彼が己のアイデンティティを得る為に旅に出るとか、存在を賭けて本物のブラドー伯爵に戦いを挑むとか、そう言う話では別に無い。そんな事に考えが及ぶ前に、オモヒカネに捕らえられて、洗脳を施されてしまったのだから。
或いは、根っからの王者であり、また王であろうとしたブラドー伯爵が、こうして今、サルタヒコに従い露払いとして動いていると言うこと自体が、洗脳されているとは言え、彼が本物のブラドーとは違うと言う事の証明なのかも知れないが。
――そんな事は、今はちっとも問題ではないのだけれど。
と言う訳で、ニニギ達のアジトである城の正門前。
横島とおキヌちゃんを突破させる事に成功したGS助っ人隊は、自らも横島たちに続いて城内に突入すべく、彼らを行かせる為に足止めを買って出た復活怪人たちを、今度は完膚なきまでにぶちのめす必要に迫られた。
なので、シロと勘九郎は、目の前に立ち塞がる偽ブラドー伯爵を斃さなければならない。
「なかなか見事な剣筋でござるな、鎌田殿。何れ、一度お手合わせ願いたいものでござる」
「ふふ、喜んで。けれど、それは俗界に還れたらの話ね。まずは、今、目の前の敵を倒さなくちゃ」
「……で、ござるな」
ブラドー伯爵vsシロ・勘九郎。
この対戦カードになったのに、特に必然的な理由がある訳ではない。単に近くに居たと、それだけの事である。
しかし、だ。シロも勘九郎も、同じく刀を使う。しかも、その太刀筋は、類似しているとまでは言わずとも、似たような方向性を有している。加えて、魔族である勘九郎なれば、人狼の超人的な動きにも付いていける。
だからか、彼らの即興のコンビネーションは、存外に上手いこと機能していた。結果として、この組み合わせで十全だったと言えよう。
……だからと言って、簡単に勝たせてもらえる相手ではないが。
「かあぁッ!」
勘九郎がその大きな口から発した極太の霊波砲は、しかし、ブラドーのダンピール・フラッシュによって相殺され、消滅してしまった。
「くはははは! 吸血鬼の王たるこのブラドーに、そんな豆鉄砲が効くと思うか!」
そう言って、ブラドーは美形台無しな馬鹿面で高笑いをする。
近視的なプライドの塊であるブラドーはそう言っているが、勘九郎は魔力だけならメドーサに匹敵する魔力を誇る強力な魔族である。少なくとも、一般に日本では“妖怪”と呼ばれる俗界土着の魔物たちと比べれば、その行為に意味など見出せない程の力を有している。
だが、ブラドーは今、勘九郎が殺す気で放った魔力の塊に、己の魔力をぶち当てて掻き消した。それは取りも直さず、彼が勘九郎と同等以上の魔力を持っている事を示している。
「隙ありでござる!」
それだけではない、ブラドーは、千年を優に超える寿命の中で、自分の能力を完全に把握し、完璧に使いこなしている。魔族になってまだ日が浅く、しかも対ゴーストスイーパー用の訓練に血道を上げていた勘九郎とも、まだまだ子供で修行中のシロとも遠く及ばないところだ。
「ふん……」
バンパイア・ミスト。
最強の吸血鬼の血筋のみに許された秘術。自らを霧と化すこの術の前では、如何な攻撃も無意味となる。霊波を叩き込もうと魔力をぶつけようと、物質も結界すらも擦り抜ける反則気味な防御法。
勿論、それはシロの霊波刀による不意打ちにおいても、例外ではない。
「おのれ……ッ!」
背後を取られダンピール・フラッシュに狙われるも、その運動能力を活かし、辛くも回避に成功したシロ。しかし、状況はどう見ても彼らに劣勢だ。
「くっ……、こんなところで足踏みしている暇は無いと言うに!」
シロにしてみれば、こんなところで梃子摺っている余裕など、全く無い。彼女の望みは、横島先生のお役に立つ事。自分の保護者である、美神の救出を手伝う事だ。こんな馬鹿と遊ぶ為に、魔界くんだりまで来た訳ではない。
とは言っても、実際問題としてブラドーを排除しなければ、彼女は先に進めない。物事を段取りから外れたルートで解決すると言うのは、真面目一徹なシロには出来ない相談だ。
「ふはははは! 頂いたッ」
「!」
と、シロが歯噛みして唸っている間に、ブラドーは勘九郎の背後に移動していた。バンパイア・ミスト。ブラドーのそれは、ピートの同じ術と比べても速く正確だ。
勘九郎の後ろを取ったブラドーは、大きく口を開ける。吸血鬼に噛まれた者は、その僕として吸血鬼となり蘇る――敵は、殲滅するより傘下に加えた方がいいと言うのが、彼の持論である。決して、血を見るのが嫌いな訳ではないが。
「くっ……!」
咄嗟に、勘九郎は刀を握っていた右手を差し出した。ブラドーは、それでも構わず顎を振り下ろす。
――馬鹿め、服従させる為に噛み付くのは、首筋でなくても良いのだ!
ガキン!
鈍い音がした。
「は……はにゃ?」
ブラドーが勘九郎の右手に突き立てた牙は、しかし肉に突き刺さる事が出来なかった。
「せ、セーフ……!」
「ぬ、おのれ、造り物か――!」
そう、彼がまだ人間だった頃、勘九郎の右腕は美神に切り落とされた。その時より彼は、鋼鉄製の義手を使っている。
愛刀ごと右手を切り離し、間合いを取る勘九郎。空かさず、追撃を加えようとその間合いを詰めに掛かるブラドー。
その時。
「ワンワンワンッ!」
犬の、もとい狼の吠え声がした。言うまでも無く、シロである。犬神族の退魔の咆哮、マーロウのものとまでは行かないが、人狼の里で修行を積んだ彼女の吠え声も相当なものである。
が、ブラドーは平然としていた。文化の違いでヨーロッパの妖怪には効かないなどと言う事はない筈だが。
「なっ……、効いてないでござるか! 何故!?」
「ふふふ、甘いな。貴様が犬神である事は、見て分かった。故に、ちと対策を講じさせてもらったまでの話よ」
そう言って、ブラドーはその“対策”の種を明かす。
「て、耳栓でござるか!」
「こう言うのは、単純なものほど効果を示すものよ。そんな事より――」
勝ち誇ったブラドーが悠然と指差す方向、シロが目をやると、そこでは勘九郎が倒れ伏して痙攣を起こしていた。
「ああっ! どうしたでござるか、鎌田殿!」
「いや、お前の吠え声に当てられたのだろう」
「!」
……まあ、急造のコンビネーションではこんなものだろう。今の勘九郎は、念願の魔族となっている。夢が叶って思い残す事も無いだろうが、味方の犬の鳴き声で祓われては浮かばれない。
何にしても、これで状況は更にシロに悪くなった。
「呆けている暇は無いぞ?」
次の瞬間には、ブラドーはバンパイア・ミストでシロの背後に回っていた。そこから、ダンピール・フラッシュ。邪悪な光の奔流が、シロを飲み込んだ。
「がぁあ!」
吹っ飛ばされたシロは、近くの岩にぶつかり、そこで一切の動きを止めた。
「くくく、同じ間違いを繰り返すほど馬鹿ではないでな。まずは動きを止めてから、ゆっくりと我が僕としてやろう。……ん?」
笑いながら倒れたシロに歩み寄るブラドー、だが、何かに気付いてその足を止めた。
「何だ、この小娘、もう死んでおるではないか。やれやれ、軟弱な事よ。まあ、良い。向こうの鬼で――」
既に息絶えていたシロを一瞥し、ブラドーは勘九郎に標的を変えて彼女の死体に背を向けた。
――この詰めの甘さと、自らへの過信からくる油断が、ブラドーの最大の弱点である。
「……な……に……!?」
倒れている勘九郎の方に振り向いたブラドーの腹を刺し貫いたのは、先ほど斃れた筈のシロの霊波刀だった。
「馬鹿なぁ……っ」
無論、シロの霊波刀の一刺しだけで斃せる程、ブラドーは弱くは無い。だが、シロが彼に霊波刀を突き立てた瞬間、どこからか飛んで来た勘九郎の義手の爪が、動きを止めた彼の胸に突き刺さっていた。勘九郎の右手の義手は、武器として使えるように設計されている。
「今だ!」
シロの咆哮の余波から立ち直った勘九郎が、刀を左手に持ち替えてブラドーに突進する。その刀が袈裟懸けに振り下ろされると同時に、シロの霊波刀も逆袈裟に振り上げられ、ブラドーの身体を斬り裂いた。
「ぬおぉッ!」
二人の性格を示すような、力任せの二閃。
断末魔の悲鳴を上げ、偽ブラドーの仮初めの肉体は、塵となって消え失せた。
「やれやれ……、何とか斃せたわね」
「強い御仁でござったな……。拙者が言うのもなんだが、阿呆でござったが」
「……そんなもんかもね」
勘九郎は思う。生まれながらにして“力”を持っている者は、きっとそれを使い切る事が出来ない。力なき故にこそ、人は足掻き求めるのだと。
自分のように。
「……ふう」
何故に死んだ筈のシロが生きているかと言えば、擬死していただけの事である。追い詰められた獣は、一時的に代謝機能を低下させて死んだ振りをするのだ。直情的な性格の持ち主だが、こう見えてシロは結構な役者である。嘘泣きでもすれば、横島辺りならコロッと騙されてくれる。
「さ、邪魔者も排除した事でござるし。お待ち下され、先生! 貴方の一番弟子の犬塚シロが、すぐさま助太刀に参りまするぞッ!」
今度こその思いを込めて宣言すると、シロは元気良く城の中へと飛び込んで言った。大好きな先生の、お役に立つ為に。
大切なものの為に、死力を尽くし刀を振るう。
――それが、彼女の武士道。
「狐火ッ!」
「クレイモア・キック!
炎が渦巻き、吹雪の中へと吸い込まれる。水が蒸発する音がし、辺りに水蒸気が立ち込めた。
「ほほほほほ、そんな炎では私の雪は溶かせぬよ」
極寒の氷雪を纏い、着物姿の美女が妖しく微笑う。
「く……、この金毛白面九尾の妖狐サマが、たかが雪女如きに負けてなるもんですか!」
「イエス、ミス・タマモ」
雪女vsタマモ・マリア。
矢張り、組み合わせに理由は無い。完全な成り行きである。
「ふふ、私の雪は何物をも凍らせる。情熱や信仰心、魂までも……」
恍惚の表情で雪女は語る。完全な自画自賛だが、自惚れるだけの力が彼女にはある。何せ、正攻法ではあの唐巣神父でさえも叶わなかったのだ。
人や妖怪から、生きる気力を奪って食す氷と雪のプロ。犠牲者たちを元に戻すには、彼女を斃すしかない。
そう、彼女を斃すしかないのだ。以前はお約束通り美神の裏技に敗れた雪女だが、コスモ・プロセッサで蘇って以来、オーストラリアでコンプレックスと暴れたりしていた。犠牲者は居るのだ。雪女の死を以てしか、彼らを救う事は出来ない。
まあ、そんな事はタマモやマリアには知る由も無いし、関係も無い遠い話だが、彼女を破らなければ先に進めないのは確かだ。
「くぅっ、さ、寒い……! いくら私が犬神族だからって、この寒さは耐えられないわ……。キタキツネじゃないんだから」
雪女に勝たないと、先には進めない。美神を助ける事は出来ない。そうは分かっていても、元々が気紛れな性格のタマモだ。耐え切れない程の苦行をこなしてまで、超えようとは思えなかった。
「くぅ〜ん……」
遂に、狐モードになって丸くなってしまった。
「私って、薄情なのかなぁ……」
がたがたと震えて、悔しそうに呟く。自覚していた事ではあるし、自分はそう言う性分なのだから仕方無いとは思っていたが。元来、妖狐は群れるのを好まない性格である。勢いで啖呵を切ってみたが、実を言えば金毛白面九尾の誇りなど彼女には全く無いのだし、積極的に争いたいとも思わない。
まあ、だからと言って、こんなところで殺されてしまうのは御免だが。
「でも、この寒いのには耐えられないよ〜〜……。ごめんね、美神さん、横島ぁ〜〜」
「いけません、ミス・タマモ。寝たら、死んで・しまいます」
「うう〜、マリアは寒くないのぉ〜〜……?」
「イエス、ミス・タマモ。マリアの・システムは、そんなに・柔では・ありません」
「ああ、そうなんだ……。ちょっと羨ましいな……、ちょっとだけね」
別にロボットになりたいなどと言うつもりはないが、宇宙空間に放り出されてもびくともしない頑丈さは少し羨ましい。
「……ちょっと・だけ、ですか」
「えっと……、ごめんね?」
「ノー・プロブレム、ミス・タマモ。マリア、気に・してません。ドクター・カオスに造られた事、誇りに・思っています」
「そう……」
造られた命。鋼鉄の肉体に宿された、擬似魂魄。
どんな気持ちなのだろうか? 物事を感じるココロさえも偽りの、機械の中に棲まうと言うのは。
――タマモには、想像もつかなかった。
「っくしゅん」
想像もつかない以上、幾ら考えても仕方が無い。どれだけ同情しようとも、結局その気持ちはマリア本人にしか分からないし、解決する事も出来ないのだから。
そして、マリアが現状に満足していると言うのなら、それに越した事はないのだろう。あのボケ老人の介護の何が楽しいのか分からないが、彼女が(プログラムに、そう書かれているからとは言え)望んでやっている事ならば、異を唱える隙間もありはしない。
「そんな事より〜……、寒くないんだったら、あの“えんとろぴー”女を何とかしてよ、マリア」
「イエス、ミス・タマモ」
雪女が如何に魂をも凍らせる能力の持ち主だとは言え、雪国でもなければ特に気温が低い訳でもないこの場所では、発揮できる力もたかが知れている。ついでに言えば、しつこいようだが彼女はコスモ・プロセッサの“劣化コピー”なのだ。その実力は、生前と比べてかなり劣る。
「以上の・インフォメーションから・導き出される・判断、力押しで・クリア出来る確立・82.3パーセント」
マリアの人工知能が、データを処理し、自らの取るべき行動を導き出す。
金属の摺り合わされる無骨な音が響き、マリアの二の腕からランチャーが取り出された。
「アタックを・開始・します」
言うが早いが、銃弾の雨が雪女に降り注ぐ。
「うわわわわわ!?」
「エルボー・バズーカ!」
更に、マリアの肘に取り付けられたバズーカ砲が、雪女めがけ容赦なく火を噴く。
「きゃあっ!」
通常、雪女が跋扈するのは、強い吹雪の日のみである。地の利天の利、そして獲物の恐怖心を最大限に利用し、自らの力を増大させて人を襲うのが、彼女たちの本来のやり方なのだ。
故に、今この場に存在する雪女は、正に陸に上がった魚も同然。魔界に行くと言う事で香港編以上の重装備で臨むマリアにとって、脅威に値する敵ではない。
「……これで、ジ・エンド・です」
轟音。
マリアの戦闘能力は、そこらの妖怪などでは太刀打ち出来ないレベルの、武器とそのマニュアルを装備しているのだ。
「終わりましたよ、ミス・タマモ」
「ふにゃ?」
「グッ・モーニング」
「ほーーっほほほほほほほ、貴様らのような鼻っ柱の強い女を虐げるのが、私の最大の愉しみなのですよ。我が血、我が肉、我が脳となれ! 恐怖なさい、我がおぞましき姿に恐れ戦くがいい!」
僧服を纏ったでかい蛸。嘗て美神たちが、タイムスリップした中世ヨーロッパで戦ったプロフェッサー・ヌルである。自分でおぞましいとか言っていれば、世話は無い。
「はっ! おたくなんか、刺身にして酒の肴にしてやるワケ!」
「たこ焼きもいいですよねっ!」
「と、東洋人の感覚って……」
ヌルvsエミ・魔鈴。
「我が八本の足には、八つの力が宿っている。魔族一魔術に長けた私の前に、平伏して許しを請いなさい!」
よく喋る蛸である。
「ほお……、それは興味深いですね」
その蛸の言葉に、目を光らせたのは魔鈴めぐみだ。
魔法の研究と復活をライフワークとしている彼女にとって、魔法・魔術に関する知識は、どんな些事でも仕入れておきたいところだ。そう、彼女にとって、それは何にも優先される。そう言う意味で、彼女は研究者であるヌルやカオスに似ているところがあるかも知れない。主に、他人に対する気遣いが欠けるところとか。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! 実戦知らずにも、程があるわ。ボーッとした子なワケ」
「……仮にも年上に向かって、その口の利き方はないでしょう。やっぱり呪い屋さんは、礼儀を知りませんね」
我を忘れかけた魔鈴にエミが注意を促すが、言い方が気に障ったのか魔鈴は喧嘩腰で言い返した。
元々、素直だが発言の際の配慮に足りない魔鈴だ。魔女にとって、呪術師は天敵である。真面目な性格の彼女は、魔女であろうとするばかりに潜在意識でエミを敵対視していた。ここにきて、それが表面化したらしい。
最悪のタイミングで。
「敵の目の前で口論とは、油断が過ぎますね、人間! 喰らいなさい、火炎の足!」
「わ……」
ヌルの足の一本から、炎が発せられる。危ういところで、魔鈴が防御魔法を纏わせた箒で炎を防いだ。
「霊体撃滅波!」
その隙にダンスを終えたエミが、ヌルに向かって霊体撃滅波を放つ。しかし、それなりに強い魔族であるヌルには、直撃しても大して効果的なダメージを与えられたとは言い難かった。
「そんなものが、私に効くとお思いですか! ほほほ、所詮は女の浅知恵ですね」
「ちっ……」
嘲笑するヌルに、エミは歯噛みする。落ち着きを失ってはいけないと思いつつも、あんな変な蛸に笑われては、どうしたってむかつく気持ちを抑えられない。
「もう! 何をやってるんですか、エミさん。もういいです、ここは私に任せて下さい!」
「なっ……!」
魔鈴が、エミを叱責する。
魔鈴は、普段滅多に他人を責めたりしない人間である。思った事をよく考えずにズバリと言ってしまう悪癖はあるが、基本的にお人好しな性格なのだ。そんな彼女が口汚く罵るのは、戦闘中の非常時だと言う事よりも、矢張りエミが呪術師である事が大きいだろうか。ブードゥーからエジプトまで、何でも御座れで手を染めるエミは、魔鈴からしてみれば完璧な“異端”だ。
「雷の足!」
言い争っている暇も無く、ヌルの足から迅雷が閃く。箒を振ってそれを辛くも受け止めた魔鈴は、そのまま箒を振り切って攻撃に転じた。
「えいっ!」
「ぬぅっ!」
滑っこい音がして、ヌルの足が一本切り取られる。これで、あと七本……などと息をつく暇もあればこそ、傷口からはすぐに新しい足が生え、ヌルから切り取られた足は、甲冑姿の大男へと姿を変じた。
「ふはははは! プロフェッサー・ヌル様が親衛隊長、ゲソバルスキー参上!」
足を切れば、敵が増えるだけ。足を切り落としていくのでは、攻め手にはならないと言う事だ。とすれば、矢張り本体を攻めるしかないが、足を切り落として無力化していくのに比べて、手間も難度も跳ね上がるだろう。
「ですが……、やるしかありませんね!」
弱音を吐いてばかりはいられない。毅然とした表情で魔鈴が呪文を唱えると、膨大な破壊力を秘めた攻撃魔法が、ヌルに標的を定め一直線に飛んでいった。
快心の一撃だった。魔鈴においてはこれで決まったとまで思った凄まじい魔法弾だったが、当たったのはヌルを庇ったゲソバルスキーだった。
「なっ!? しまっ……!」
「ほほほ、死になさい! 氷の足ッ」
ヌルに攻撃が当たらなかった事で、攻撃後の隙を突かれる形になった魔鈴に、ヌルの足から氷の散弾が発射される。
「くっ……!」
嘗て、あの不死身の横島を死に追いやった凶弾。寸でのところで箒を振り、文字通り氷を掃き払った魔鈴だが、それでまた隙が出来た。
追撃が出る。次は避けられない。
「……っ!」
来るべき攻撃に魔鈴が身を強張らせた瞬間、鋭い霊波の穿孔がヌルを貫いた。
「ガ……ガァ……!?」
「え……?」
そのまま、ヌルは倒れて動かなくなってしまった。唖然とする魔鈴に聞こえてきたのは、誇らしげなエミの声。
「ふん……、間に合ったね。感謝して欲しいワケ」
「小笠原さん……」
魔鈴がそちらの方向を見ると、全身に汗をかいたエミが居た。
霊体貫通波。浄霊効果の一切を捨て、霊体に対する傷害効果にのみ特化したエミの切り札である。上級悪魔のべリアルさえも倒したこの呪術に、ヌルは一溜まりも無かった。
「あ、ありがとうございます……、エミさん。一応、お礼を言っておきますね」
「ふん、いいのよ。私だって、あのままじゃ危なかったワケ」
大きな口を利いたくせに、結局は助けてもらってしまった事を恥じたのか、魔鈴はエミにばつの悪そうな様子で頭を下げた。
「……つまりは、どんな術でも使う者次第と言う事でしょうか」
「そう言う事なワケ」
一つのやり方とその正当性に必要以上に拘ってしまうところはあるものの、自分の失敗を素直に認める事が出来るのは、魔鈴のいいところだ。
「邪悪で悪辣で奸悪で陋劣な呪術でも、役に立つ事があるんですね!」
「って、どうしておたくは、そういちいち一言多いワケ!?」
「シンダラちゃん〜〜、サンチラちゃん〜〜!」
「うおおおお!」
魔装術を纏った雪之丞が、冥子のサンチラ(巳の式神)を腕に巻き、シンダラ(酉の式神)の背に乗ってデミアンに突進する。
「らあっ!」
サンチラの強力な電撃も、研ぎ澄まされた霊力(魔装術)を纏う雪之丞には届かない。電気で火花を発するサンチラを巻いた腕で、シンダラの亜音速のスピードを乗せたストレートパンチを放つ。
パンチと言うより、殆どタックルだ。猛スピードの突進に、デミアンの子供のような身体は紙のように吹っ飛んでいく。が、デミアンはまるで堪えていないような様子で、悠然と立ち上がった。
「くくく、効かないな。そのような攻撃、私には通用しないと言う事は知っているだろう……?」
デミアンvs冥子・雪之丞。
「どうした、ここには美神令子も文珠使いも居ないぞ。攻略法は分かっていても、手も足も出んか」
デミアン、魔界でも有名な殺し屋だった男だ。嘗てアシュタロスに与し、ベルゼブルやネイターの兄と共に美神暗殺を請け負ったが、美神と横島に返り討ちにあってしまった。
そうして彼は敢え無い最後を遂げてしまった訳だが、雪之丞やワルキューレ・ジークフリートの姉弟が寄って集っても勝てなかった相手だ。コスモ・プロセッサでの復元時にパワーは落ちているとは言え、冥子と雪之丞の二人掛かりでも、少々厳しいかもしれない。
「それで打ち止めか。攻めて来ないなら、こちらから行くぞ!」
デミアンの童顔が醜悪に笑うと、その身体が頭から裂け、中から魔獣を模した肉塊が現れる。質量保存の法則なんざ糞食らえと言う勢いで、それは見る見る大きくなる。
「ちっ、出やがったな!」
「きゃ〜〜、気持ち悪い〜〜」
どよめく二人に、肉塊から高密度の霊波砲が発射される。
「へっ、そんなもん!」
しかしそれは、雪之丞が魔装術の装甲で受け止め、そのまま跳ね返した。霊波の反射によるカウンターは、彼の得意とするところである。
「ぐっ……、そうか、貴様には私の霊波砲は効かないのだったな」
下半身から肉塊を生やした子供姿のデミアンは、忌々しげに雪之丞を睨むと、標的を冥子に移した。
「だが、貴様一人では到底私には敵うまい? まずは、こちらの女から始末してくれる!」
連れている式神は強いが、冥子本人は霊力の扱いに長けているようには見えない。そう考えたデミアンは、冥子に霊波砲を放った。
「メキラちゃん〜〜!」
寅の式神・メキラ、能力は短距離の瞬間移動。デミアンの霊波砲は、虚しく空を切った。
「ちっ……、あの女。見たとこ馬鹿のようだが、式神の扱いには慣れているようだな」
物心ついた頃から共に過ごし、四六時中行動を共にしている冥子と十二神将だ。その絆は固く、息は要らないところまでぴったり合っている。雪之丞と冥子、デミアンとしても、ただの人間と侮ってばかりはいられない相手だ。
「六道の旦那、霊視だ! あの化け物は、奴が念で操ってるだけの肉塊。奴の弱点は無防備な本体なんだ!」
以前、デミアンと戦った事のある雪之丞が、冥子に指示を飛ばす。今までに組んで戦った事が無い訳ではないので、彼女の扱い方も心得ている。尤も、一応は年上なのでそれなりに頼りにしてはいるらしく、曰く、式神たちへの態度から感じられる母性が『ママに似ている』らしい。
「分かったわ〜〜、雪之丞くん。クビラちゃん〜〜!」
霊視能力を持つ子の式神・クビラが、デミアンの本体が隠れている場所を照らし出す。
「あのトレーナーの、ポケットの中よ〜〜」
「けっ、あの時から変えてねぇのか。無用心な奴だぜ!」
狙うべき箇所は分かった。すぐさま、メキラに乗った雪之丞がデミアンに向かって飛び出していく。
「おのれッ!」
焦ったデミアンが肉塊の触手で雪之丞を襲うが、雪之丞を乗せたメキラは瞬間移動で人型の目の前にまで回り込んだ。
「もらった!」
「くそ!」
肉塊を隆起させ、何とか雪之丞を振り払うデミアン。しかし、落下していく雪之丞の口元に浮かんでいた笑みに、デミアンは薄ら寒いものを感じた。
何だ、と思う間も無く、背後から忍び寄っていた卯の式神・アンチラが、その鋭い耳でデミアンの人型を切り裂いた。
「あの男は囮か!? ちっ、私に触るんじゃない!」
切り裂かれたポケットから零れた本体を、肉塊の触手で拾おうとするデミアン。だが、体勢を立て直した雪之丞が放った霊波砲に、その動きを阻まれる。
「おら、どうした!」
「おのれ、目障りな……ッ!」
尚も本体のカプセルを拾おうと奮闘するデミアンだが、雪之丞の他にサンチラ・ハイラ・アジラ(辰の式神)らの妨害も受け、なかなか確保する事が出来ない。逆に言えば、雪之丞と十二神将もデミアンに阻まれてカプセルを壊す事が出来ていないのだから、デミアンも然るもの……と言うところだが、幾らこのカプセル拾いの結果が勝敗を分けると言っても、傍目には何とも程度の低い争いに見える。
「おのれ、おのれ、おのれぇぇェーーーーっっっ! 調子に乗るなよ、人間どもがぁあっ!」
デミアンが咆哮し、霊波砲を四方八方無茶苦茶に発する。光の雨が、無差別に辺りに降り注いだ。
「いやぁ〜〜〜〜〜〜!」
その光景に、冥子が恐怖のあまりパニックに陥る。これは、何と言う分かり易い展開か。
「ちょ、待て。落ち着け、旦那――」
「冥子、怖いの〜〜〜〜〜!」
雪之丞の制止の言葉は、冥子の耳に入ったのかどうか……。六道冥子の切り札、自ら式神の操作を放棄し、霊力供給だけをフル稼働で行うと言う究極の自爆技“ぷっつん”が――炸裂した。
「んな……っ!?」
デミアンが驚愕に人型の顔を歪ませたのも束の間、暴走し、好き勝手に破壊活動に勤しむ十二神将の内、霊体を吸い込む力を持つ丑の式神・バサラが、地面に転がっていたデミアンの本体を飲み込んでしまった。
「な……何だ、これは……っ! 非常識だーーー! 納得いかーーーーーーん!」
横島が時給255円だと聞いた時と同じ断末魔の悲鳴と共に、デミアンの操っていた肉塊は爆発した。確かにぷっつんはあまりにハイリスクローリターンで非常識な技(?)だろうが、デミアンの敗因は、矢張り彼が真面目すぎたと言う点にもありそうだ。
ぷっつんで霊力を使い果たし、幸せそうに眠りこける冥子を眺め、雪之丞は思う。強いとは、どう言う事なのだろうか。
メドーサに師事したのは、命惜しさでも金欲しさでもない。ただ、力が欲しかった。自分の意識の根底に常に在る天国の母に、胸を張って生きていけるように。強く、美しく。
だから今、自分が苦戦したデミアンを、苦も無く屠った冥子を見て思う。
その力は、何の為に。自分の求める“強さ”とは、一体なんなのだろう――。
今までの
コメント:
- さて、何かもうグダグダになってきた気もしますが、12話目です。GSメンバーピックアップの雑魚戦闘と言えばそうなのですが、矢張り敵さんも原作キャラの方が書いてて楽しいですね。一人だけ真面目にシリアスで頑張ってたのに、今ひとつキメられないままやられちゃったデミアンが好きです。
しかし、戦闘を介してのキャラの分析や掘り下げと言うのには、やっぱりちょっと限界がありますな。この辺のキャラは今まで書いた事ない奴も多いので、いつか掘り下げてみたい気もします(一応、補足しておきますと、雪之丞の問いの答えは保留しっぱなしにします。そんな簡単に答えが出ると言うのも嘘臭いですし)。
p,s,メドーサを倒した文珠は、『消』でなくて『滅』だと言う事に今更気付きました。各自、脳内修正&補完をお願い致します。 (竹)
- 偶然ふりわけられたはずでありながら絶妙な組み合わせでした。お見事です。
言われてみれば勘九朗って剣の使い手でしたね。何故だかイメージに残ってなかった。
タマモは寒いのもダメですか。原作で熱中症になったりと、お前はほんとに獣か?ってくらい都会のもやしっ子ですね〜。
魔鈴さんって前から思ってましたけど、結構考えなしですよね。ケーキの異空間やら毛虫のごとく嫌われる薬やら。
そもそも魔女じたいがキリスト教から見て異端な存在なのに人にケチつけるのも変な理屈。ほんとに年上なのかこの人。
対デミアンは意外に冥子ちゃん大活躍ですね。本体はあっさり見つけれるしパワーで押し切れるくらい強いし。さすが横島と同じ才能『だけ』ならトップクラス。
こうして見ると、GSメンバーってほんとにあきない面子ばかりですね。 (九尾)
- そんな…12話目でグダグダなんて言われたら私なんてssから身を退くしかなくなってしまふ…(TT)
まぁそれはさておき、今回一番のツボは勘九朗でした。
シロの馬鹿っぷりに巻き込まれて誠にお気の毒です。
微妙に次は勘九朗と雪之丞のタッグが見てみたかったり… (ぽんた)
- いーかげんなタマモと、天然で喧嘩売ってる魔鈴が素敵でした。
やっぱこいつらこーでないと、うんうん・・などと一人でうなずいていました。(笑) (キリュウ)
- 原作で出てきたネタの反復は結構好きです(挨拶)。
基本設定や解釈の根本を頑ななまでに原作にすえおかれつつも、しかしながら原作では描かれなかった意外な人物の組み合わせによる戦闘などを通して彼らの新たな可能性を模索・提示している、そんな本作の硬派な姿勢に強い共感を覚えます。
……そう、ブラドーだって「はにゃ」と言うだろーし、勘九郎も吠え声にあてられるだろーし、タマモも狐で丸くなるだろーさ(笑)。ほんと、強さって何なんでしょーね。とりあえずエミはめぐみの毛髪を確保しておくべし(笑)。 (Iholi)
- 勘九郎……おもしろいヤツを亡くしてしまった。むぅ、南無三南無三。迷わず成「死んでないわよっ!」……こりゃ失礼。(前フリ)
というわけで、前フリの長いすがたけです。
弱点改善されてない劣化コピー、万歳〜(地獄大使か?!)!横島の言う通り、再生怪人って、やっぱり弱いものですね。でも、原作では間抜けな倒され方しか出来なかったブラドーが真面目に倒されてるって、なんか新鮮です。
さて、次回はVSルシオラか……楽しみに待ってます。 (すがたけ)
- 皆様、ありがとうございます〜。レス返しです。
>九尾さん
や、偶然て言うか偶然じゃないんですけどね?(笑) 勘九郎にしろ魔鈴さんにしろ、原作でももっとスポットの当たった話があればなと思いますよね。いいキャラなのに。
>ぽんたさん
や、グダグダってのは、そう言う意味じゃないんです。変なプレッシャー掛けてしまったとしたら、申し訳ない。色々大変そうですが、めげずに頑張って下さい。
シロは、馬鹿犬と演技派の境目が難しいキャラですね。 (竹)
- >キリュウさん
タマモや魔鈴は、冷たい奴と感じないように苦労しました。キャラ観を妥協する気はありませんが、読者様に不快感を与えないキャラ立てを心掛けたいです。
>Iholiさん
硬派な姿勢が〜とか言われると、この後の展開を進めるのが怖いなぁ(笑)。強さって何ぞやとかは、あんま気にしないどいて下さい。どうせ答えは出さないので。サクヤの過去話くらいどうでもいい事です(ぇ
>すがたけさん
ルシオラ戦は、また今度〜って事で……ゴメンナサイ。ルシオラも、本来なら敵幹部としてもっと活躍して欲しかったんですけどね。話を短めに組み替えた結果、これだけの登場に。むぅ……。すがたけさん、いつか新しいバトルものを書く機会があったら、ぜひルシ敵ネタを!(こら) (竹)
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