ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と 』 第30話 後編 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 5/20)



「いっつつ……ったく、無茶しやがる」

吐き捨てながら、メドーサは安堵の息をつく。
大規模な岩場が分断され…浮遊する瓦礫ののみが残された、異界の空。転落しかけたタマモを引き寄せ、彼女はその場にヒザをついた。
激しい出血に眩暈がする。

「…あ、ありがと。大丈夫なの…?」

「アンタが気にすることじゃないよ…。それよりも横島の奴、思ったよりかは上手くやってるじゃないか。
 速さだけなら及第点ってところだろ…」

なぁ…?と問いかけ、メドーサはその場に降り立つ小竜姫を見上げた。
遠方で炎が巻き起こる。苦労して頷く小竜姫の、その火傷負った右肩が痛々しかった。

「超加速に必要な霊波量は、使用者が保有する霊力値に比例しますからね。必然的に、横島さんが消費する霊力は私たちより少ないものになりますし…
 加えて、彼には私たちにはない、特殊な能力が存在する…」

「文珠か…。霊力の方向を完全に操作する能力…」

苦々しげにメドーサがこぼした。
速さそのものは劣っても、横島のそれは自分たちのものに比べ、次動作に移るまでのエネルギーロスがきわめて少ない。
反応速度という点で見れば、向こうの方がはるかに上………ユミールの攻撃を避けることも、決して難しくはないはずだ。

(――――――とはいえ、依然、横島の圧倒的不利に変わりはない…)

視界の先で天使が笑う。狂気に歪んだ、美しい笑顔。翼から繰り出される衝撃は、空間さえも切り裂いて…
あの少女は、小竜姫とパピリオを相手取り、互角の戦いを演じて見せた。しかし、その直後タマモと出会い、あまりにも容易に敗れ去っている。
…それは、本来ならば有り得ないこと。先刻自分は遊びと言ったが……そんな一言で埋められどほど生半可な溝ではないはずだ。


何か、鍵となる要因が他にあるのか…。それとも問題は、ユミール自身が抱えているのか…。


「…慎重にもなる。あんな馬鹿げた霊力、人間の霊体では耐えられない…」
横島を目で追い、メドーサがつぶやく。

「…何?それって……どういうこと?」
背筋に冷たい悪寒が走る。顔を蒼くするタマモに向かって、メドーサは浅く嘆息し…

「ダメージを受けたら、その時点でジ・エンドってことさ。もしもあの小娘が掛け値なしの全力できたら――――例えそれが毛ほどかすリ傷であっても…。
 横島の体は流入する霊気を受け止めきれず、内側から破裂する。今の2人の戦力差は、それだけかけ離れてるってことだよ」


「―――――!」

タマモは言葉を失った。そして、異界の空が巨大な雷光に包まれたのは、それとほぼ同時のことだった。



―――――――――…。


「ちぃ…っ!ネズミみたいにチョコマカと……鬱陶しいよっ!」


竜巻をまとい、ユミールが横島へと突進する。急激に形成される大気の本流に、体のあちこちが擦り切られた。
激痛の顔を歪め…それでも横島は、敵の腕のみに注意を向ける。

(…やっぱ…当たったらふつーに死ぬよな。どう考えても…)

前髪の数本が焼き切れたにもかかわらず、意外にもドライな自分の反応に……苦笑してしまう。
頭に湧き上がるのは、何故かどうでもいいことばかり。
いっそ、煩悩でも働かせてみれば、少しは事態も好転するか…とは思ったが、残念なことに敵は、タマモと同年代の女の子なのである。
惜しいところで許容年齢範囲外だ。残念。

(…ってこんなこと考えてたら、マジで天国逝っちまうかな…オレ)

数ミリ先を薙ぎ払う、強烈な爪撃。間髪でそれらを回避しながら、横島は思う。

それでも…
この子は、まだ自分よりも年下で…背丈なんて自分が見下ろすぐらいにしかなくて……そして、やはり普通の女の子なのだ…と。

(…学校に通ったり、放課後にクラスメートと寄り道したり…。そっちの方が似合ってる思うんだけどな…)

あの女は言った。自分がユミールを殺せば勝ちを譲ると。
…上等だった。そこまで言うなら勝ってみせよう…。ただしユミールにではない……お前にだ。


「―――――――!?」

瓦礫へと着地したユミールが、驚愕とともに目を見開く。硬度を持つはずの岩肌が、つま先の重みにめり込んでいく。
その中央に配置された、1つの文珠。
「っ!?馬鹿な……。こんなもの、霊能の範囲を完全に越えて…!」

『柔』と記された光の珠と、沈み続ける体を見比べ…ユミールは初めて狼狽の色を露にした。異界の空に雷光が舞う―――――――!

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!このっ!なめるなぁあっ!!!」

巨大な雷流が、一撃のもとに薙ぎ飛ばされる。ユミールは猛然と激昂した。
弾かれた大気の収束…。同時に、少女の両掌へ混沌の光が渦を巻き………

(………っ!)

6日前と、まったく同じだ。横島の瞳に焦燥が宿る。
ハウリングというらしい、彼女の常軌を逸した能力と…そして威力。対象を容赦なく屠り去るその霊波砲は…シンプルだが、しかしそれ故、絶大な殺傷力を秘めている。

全身の肌が粟毛立った……。






――――――振動波の…干渉…ですか?


スズノが病院へと搬送された…その晩のこと。闇を歩く自分へと声をかける、神薙の顔を思い出す。
不意に彼女に呼び止められたこと。耳慣れない言葉のせいで、思わず間抜けな声を上げたこと。全てが鮮明な記憶となって甦る。


『…はい。霊波も含めた全ての振動波には、”干渉 ”と呼ばれる性質が存在します。
 同位相の波動が複数ぶつかれば、その分、振動のエネルギーは何倍にも増幅される……物理学の基礎理論ですね』

『え〜と…つまりそれって…』

『えぇ。横島くんと美神さんが、アシュタロスと闘う際に行った霊波同調も、基本的にはこの性質の延長上にある現象……ということになります』

くすり、と微笑む神薙の顔に、横島は瞼をしばたかせる。
突然振られた話題の意図が、まったくと言っていいほどつかめない。返答に窮する横島より先に、彼女は小さくうなづいて…

『…先ほど横島くんが話してくれた、灰色の少女と……少女が最後に放ったという強力な霊弾。この現象との関連性が無視できないとは思いませんか?』

『…関連性って…。あ!もしかしてアレですか?
 簡単に言っちゃうと、アイツは霊波同調と同じことを自分の霊波砲どうしでやらかして…んでもってソイツをオレに向かってブッ放した…と?』

『……ぶっぱなす……。は、はい…その通り…ですね。簡単に言ってしまうと…』

少々、困惑したような神薙の様子に気づくこともなく……横島は神妙な顔で腕を組む。
さすがは神薙先輩だ…。オレなんかとは頭の出来が根本から違う。ついでにあれも聞いちゃおうか?
美神さんとかタマモに言ったら、『なんでアンタはそういつもいつも人任せなのっ!ゴキャァッ!!』とかいう感じで殴られそうだけど…
おっけーおっけー。そこは神薙先輩だし…。優しく笑って許してくれるに違いない。

『…よ、横島くん…。その、全部声に出ているのですが…』

『………もしかして先輩、あんまり人に突っ込むの、得意じゃないですか?いや、まぁそれは良いんですけど……
 もしも、なんか具体的な対処法みたいなのがあるんなら教えてほしいかなぁ…なんて』

当然のごとく、横から鉄拳は飛んでこなかった。代わりに神薙は、かすかに複雑そうな表情を浮かべて……
キョトンとする横島に尋ねてくる。

『…話を聞く限りでは、その少女の力は私たち人間の手には負えないほど、強大なものです。それを知っても、やはりもう一度闘いますか?』

『う〜ん…そうですねぇ。まぁオレも…強い敵が出て来たら、地の果てまでも逃げてやるぜ!ハッハーッ!!って感じの主義なんですけど…。
 今回ばっかりはちょっと……。前にタマモと約束したんですよ。何かあったら絶対オレが守ってやるって……』


…勿論、このことはタマモ自身には伝えていない。知ってもきっと、彼女は守られることを望まないだろう。
自分が狙われている…。裏を返せば、自分一人が消えさえすれば、全てのカタがついてしまう…。
そう気づいた時…タマモが一体、どのような行動を出るのか……。それは、以前に関わったとある事件で痛いほど身に思い知らされていた。


『…………。』

『…?神薙先輩……?』

押し黙る神薙の瞳をのぞきこむ。その時、彼女の表情に浮かんだものが一体、どんな感情の色だったのか…。
暗闇のせいで横島はそれを知ることが出来なかった。

『……分かりました。お話します』

『うぉっ!?マジですか!?すげー!アレさえなんとかなれば、下手すると勝てんじゃねえのか、オレ!?』

『ですが…約束してください。絶対に無理はしない…と。そう言ってくれなければ、教えてあげません』

告げた後、神薙はひどく弱々しく微笑んだ。
驚く横島の姿を見つめ、霧に隠れた月影を見つめ……。貴方が傷つけば、悲しむ人が居る…。それを忘れないで、と……

…そう、つぶやきながら――――――――――――


――――――――…。


(無理するな…って言われても……この状況で無茶しない方が無茶ですよ、神薙先輩…)


頬をかき、横島は踏み込む足に力を込める。
膨れ上がった、ユミールの瘴気を感じ取り……彼はなお、留まることを知らなかった。
至近距離へと間合いが詰まる。チャンスは一度……コレを逃がせば、機会はもう無い。

――――――混沌の光が反響した。


「お前なんか……死んじゃぇえ―――――――っ!!」

「―――――――!」

閃光が、走った。未だかつて体験したことのない、巨大な衝撃が横島を揺さぶる。
ユミールの両腕を包む奇妙な霊波が……じょじょにじょじょに、一つの波動へと変化を始め……
瞬間を見極め、横島は少女の懐へと飛び込んだ。

「……っ…なっ!?」

「本当は、こういう小難しそうなことって苦手なんだけどな……」

侵入…そう刻まれた2対の文珠を開放し、横島はぼやくように声を漏らした。
目の前に集結しつつある、ユミールの霊弾の……その中央へ、無造作に腕を突き入れ、そして……

「く…な…っ…霊基の……配列が…これは…」

「よく分かんねーけど…。干渉ってのは位相がどうたらこうたらで、振れ幅が数倍になったり……それにゼロになったりもするんだろ?
 それをズラすぐらいなら、文珠の…人間の力だけでなんとかなるんだと……。!こんな感じかな…っと!」


瞬間。

耳に障る、不可思議な高音があたりに響く。その音色は、やがて可聴域を越え、超音の域へ…。
かき乱された空気とともに、ユミールの霊波がざわめき立つ。
光も、熱も起こりはしなかった。刹那の空白を経て……少女の創り出した霊弾は、あまりにも呆気なく、そして跡形も無く消滅した。

「う…うそ……こんな、うそ……」

信じられない。掌を凝視し、ユミール大きく目を剥いた。しかしそれは、自らの切り札が封じられた、そのことに対する怯え…………ではない。

「…?」

様子がおかしい。そう気づいたの数秒後のこと。
反撃に備え、身構えようとする横島の前で……ユミールが体を抱え込む。何かに恐怖し震え続ける彼女の力が…見る影もなく弱り始めていることを…
彼はようやく理解した。

…これは…?
6日前は手を抜いていて、今になってようやく本気を出した…。だから前者と後者の戦闘力に、雲泥の差が生じていたのではなかったのか…?
今のユミールの力量は…以前の彼女どころか、現在の横島にさえ及ばない。

「…お、おい。お前……」

「…っ!?う、うるさい!うるさいうるさいうるさいっ!!!」

襲いかかる爪に一撃を、横島はとっさに霊波刀で受け止める。青白い紫電がほとばしった。
衝突から生じる強烈な余波が、2人の体を焼き焦がし………

「よせ…っ!もう、勝負は……」
「勝負は……何よっ!?お前みたいな奴に…私は負けないっ!負けないんだからっ!!お前みたいな奴を殺すために、私は…私は…!」

刹那にして、斬撃が交錯した。跳ね飛ばされたユミールの長大な爪刃が…弧を描き、鈍色の虚空を飛翔する。
少女は、強く唇を噛んだ。

「殺す……殺してやる…っ!」

限界を越える力の解放。崩壊を起こす体を引きずり、ユミールは憑かれたように繰り返した。
わずかだが力を取り戻したその動きが、やがて横島を捉え始める。

「…くっ!やめろって……言ってんだろうがっ!!このままじゃお前、本当に死んじまうぞっ!」

「私は…死なない。死ぬのはお前だぁああああああああっ!!」

凄まじい脊力が、横島の体を弾き飛ばした。岩盤に叩きつけられる横島の眼前で、ユミールの指先が崩れてゆく。

「……ユミールっ!!」

「…私と……同じくせに…。何も、変わらないくせに……。”本物の絶望なんてない ”?…そんな言葉でごまかして……
 それで、アナタは幸せだったの?」

「……?」





「自分の一番大切な人を見殺しにして……それで世界を救ってっ…!アナタは本当に幸せだったのかって聞いてるのよっ!?」





「―――――――っ……。」


2つの光が激突する。

おそらくは最後になるであろう、白い閃光…。
拮抗する力が波紋を生み、熱風となって、さらに爆ぜる。少しずつ押し返される自らの力を……ユミールは呆然とした面持ちで見つめ続けた。


「……なんで…?私……負けるわけ、ない…。なんでお前が……。お前が……私を…倒すの…?」


「多分、まだオレには、失くしたく無いものがあるからだよ…」


蒼い光の刃に、ユミールの障壁が崩れ去る。
灰色の羽根が……季節はずれの雪のように………鉛色の空へと舞い散って………


「…………ぁ…………」


だが、その剣閃がユミールの体に届くことは、ついになかった。
その前に横島が刃を押しとどめ、そして少女は……まるで糸が切れてしまった人形のように…その場にグラリ、と崩れ落ちる――――――――…。





「…………。」


意識を失くした少女の頬を、一筋の涙が伝っていく。
彼女の浮かべる表情に、横島はワケもなく泣きたくなった。抱きかかえた彼女の肩は、まだとても小さい……。


灰色の雪が花弁のように空を舞う。
飽くことなどなく、いつまでも…………。






『あとがき』

横島VSユミール決着!とりあえず生き残れて良かったね、ユミール(笑
いやはや、ここまでお付き合いくださりありがとうございました〜
やっと終わった………。まだバトルもどきは1つ残ってますが、コレで完全に個人バトルは終了です。
バトルはもう…弾切れですね(汗)これからしばらくは平和なお話一本でいきたいと思います。

さてさて、結局ユミールのパワーはなんだったのかという秘密は次回明かされるわけなのですが…

それにしても、なんだか今回は神薙先輩がメインヒロインのようになってしまい反省してます…。
横島くん……女の子の前で他の女の子の名前を出すのはタブーだ…オレのようにフられてしまう・・(泣

それでは〜またお会いしましょう。次回、例のあのキャラの名前がようやく明かされます。

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