ザ・グレート・展開予測ショー

おこたでみかん!


投稿者名:とおり
投稿日時:(06/ 2/26)

「ふはははははははははっ!!
 人生っていいなあっ!!
 青春っていいなあっ!!」


2月15日。
まだまだ寒さが体に染み入るほどの朝。
この季節には珍しく太陽のさんさんとした光が、忙しく動き出した街を照らす中、横島が叫ぶ。
犬を散歩させる少女や通学途中であろう女子高生、会社で頑張るのだろうお父さん達がびくついていたのは、見間違えではないだろう。


「…思えば今までの俺って飢えてってゆーか…、
 追い詰められてたってゆーか、
 気持ちに余裕が無かったよな――――」


さめざめと涙を流しながら、なおも語る横島。


「貰えたチョコの枚数が全てって訳じゃ無いけどさ。
 あなたの事が気になってますよ?みたいな存在がいてくれると、なんて気持ちが軽いんだろー!?
 ああ、世界って美しい!!」





「で、住所は?
 朝っぱらからなにを道端で大騒ぎしていた?」

「…だからこんな目にあってもそんなに(当社比0.99倍)、ムカつかないのさっ」


気がつけば、仕事熱心なおまわりさん5人ほどに取り囲まれ、がっつりと職務質問をされていた。
当然と言えば、言えなくも無いが。


「えー、ただいま不審な人物を尋問中。
 手配中の変質者の可能性あり…」


とりあえず、遅刻確定な横島であった。










―――――おこたでみかん!―――――










「ばっかねー、横島君。
 そりゃ、そんな事してればおまわりさんだって離してくれないわよ」

「…横島さんらしいと言えば、らしいですけどね」


昼休み。
日の差し込む窓辺で、珍しくパンと牛乳と言う横島にしては豪勢な昼食を取りつつ、席を囲んでいる除霊委員の面子と遅刻の原因が話題になっていた。
愛子とピートにどこか遠回りにバカにされている気がしなくもないが、それでも『心に余裕のある』横島の対応は、わずかばかりに大人だった。


「ふん、昨日までの俺とは違うんだぜ?
 愛子、ピート。
 なんたって、俺は去年みたいにチョコ1枚で大騒ぎになったりしない身分になったんだからな」

「…ったく、チョコあげた女の子の前で、よくもまあ大層な御自慢が出来ます事」


愛子は本体である机の上に腰掛けながら、呆れた視線を横島に送る。
彼女は妖怪なので食事の必要は無いため、3人の側で話すだけなので、どうしても彼女が話の進行役になっていた。


「いいじゃねえかよ、去年の事忘れた訳じゃねえだろう」


そう、誰かが下駄箱に入れたチョコが元で、横島は『自作自演』のレッテルを貼られ、クラス全員から同情の視線に晒された事があった。
あの時の情けなさを、横島は忘れたわけではなかった。


「…あー、まあ…。
 そんな事もあったわねー」


なぜだか目を泳がせて、視線を合わせようとしない愛子。


「でも横島さん、誰から貰ったんですか?」


話をそらす様に、ピートが言う。
生気を吸い上げた薔薇がはらはらと散って、待ってました、とばかりに横島が答える。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれたピート。
 俺に愛を捧げた女の子達はだな…」

「チョコはあげたけど、愛を捧げてなんかいないわよ」


右ひざに組んだ手を乗せながらジト目で愛子が言うが、横島は聞こえなかった様に続ける。


「愛子だろ、小鳩ちゃん、おキヌちゃん、後美神さん、あ、魔鈴さんもか」

「「美神さんがっ!?」」


身を乗り出して驚く二人。


「なんだよ、そんなに驚く事ないだろ」

「いや、だって」

「あの美神さんが、ねえ」


去年のどたばた騒ぎの時にも、横島にチョコをくれるようなそぶりなどなかった、あの美神がである。
二人が驚くのも無理も無いのだが。


「…まあ、ちんまーい、チロルチョコみたいなんだったけどな…」


聞き取れないくらいに小さく囁く。
普段あれだけ尽くして貰えるのはチロル並みの一個。
どことなく横島の頬はきらきらと輝いている様に見える。


「まーでも、横島くんも随分とランクアップしたもんね。
 成長して貰えるチョコの数も増える!
 これが青春よねっ!!」

「そうですよ、大きさとか数とかじゃなくて、誰にもらえたか考えれば嬉しいじゃないですか」


愛子とピートが慰めの言葉をかけるが、横島から返ってきたのは、持てる者へのうらみ節。


「じゃかあしいわいっ!
 このブルジョワめっっ…!!!」


因縁としか思えないが、昨日の大騒ぎを知っている者は少なからず同じ思いを抱くだろう。


「ピート君はそれこそ100個くらい貰ってたからねー。
 数だけなら、横島君の敵じゃ無いし」

「くそっ、社会主義の理想は潰えたと言うのかっ…」

「あはははは…」


血の涙を流す横島に、冷や汗を流すピート。
怨念渦巻く昼下がり。
ちなみに、ワッシは一個も貰えんかったですんジャーと最初から相手にされていないタイガーもその席にいたりした。
憎しみで人が殺せたら、と去年と同じ事を考えていたらしい。










「ふう、よいせっと」


どさりと鞄を放り出すと、舞い散るほこりが西日で浮かび上がる。
万年床の隣には、クラスメイトから奪った読みかけの漫画が何冊か置いてある。


「しっかし、我ながら汚い部屋だよなあ」


横島の部屋は男の一人身であるせいか、あまり掃除は行き届いていないのが常だった。
カップラーメンの容器やジュースの空き缶、割り箸なども畳の上に置いてあった。


「安全地帯は、このコタツの上だけか…っと」


制服を脱いで着替え、よっこらとばかりに文字通り布団を折りたたむと、コタツに入って横になれるスペースを確保する。


「ふう、やっぱりコタツがあるといいよなあ。
 すぐに暖まるし。
 これでみかんでもあれば、ちょうどいいんだけど」

「みかんならありますよ?」

「お、そりゃどうも…って。
 …え!?」


跳ね上がって声のした方に振り向くと、買い物袋を下げたおキヌが、申し訳程度についている玄関口に立っていた。


「ドアを叩いたんですけど、返事が無かったから、つい開けちゃったんですけど。
 驚かせちゃってごめんなさい」


ちょこんと頭を下げるおキヌに、横島は思い出す。


「あれ…。
 あ、そういえば今日はご飯作りに来てくれるって言ってたっけ」

「もう、忘れてたんですか?
 ひどいですね」


じーっとふてくされて、口を尖らせるおキヌ。
幽霊時代からの習い性みたいになっていて、いつ行くかも軽く伝えるだけなので、つい横島も忘れてしまっていた。


「ごめん!」


ぱんと音が出るくらいに手を合わせて、拝む様に謝る。


「もう、しょうがないですね。
 お掃除もしてないみたいですし、じゃあちゃっちゃかと、やっちゃいますか」


言うが早いか、買い物袋をキッチンに置くと、腕まくりをして雑巾の用意などを始めるおキヌ。


「あ、おキヌちゃん、ちょっと待ってっ…!!」


急いでコタツから抜け出すと、慌てて狭い部屋の端に積んである本を隠そうとする横島。
が、おキヌから冷ややかな声がかかる。


「もう、まだ捨てて無いんですか、これ?」


いつのまにか、おキヌの手には洋物の結構ハードな写真集があった。


「今までいっくら言っても処分してくれないんですから。
 今日来る事だって忘れてたし、罰として思い切って捨てちゃいましょう、ね?」

「え、いやさ、これがないと煩悩が出せないしー」


言い訳がましく抵抗していると、先ほどの横島の様におキヌがパンと手を叩く。
にっこり微笑んだ彼女は、こう言った。


「あ、今日は美味しいお夕食作ろうと思ってたんですよ」

「え?」

「それで、シメサバ丸を一生懸命磨いで、持ってきたんですよね。
 元が妖刀ですけど、今日は一層切れ味がいいでしょうねー」


ね、とばかりにもう一度微笑むおキヌに、横島は口をパクパクさせつつ言葉にはならず。
なんとか、はい、と言うのが精一杯だった。


「…っぷ、あははは…」

「え、えっ?」

「やだもう、冗談ですよ。
 ほら、押入れの奥にでも隠してくださいな」


洋物本を横島にポンと渡すと、自分は雑巾とほうきを持って、部屋の掃除に手をつける。


「早くお掃除終えて、お食事にしましょう」

「あ、そ、そうだね」


まだ膝の震えが止まらなかったりするが、なんとか窓を開けて換気の為に空気を呼び込む。
日が翳ってきた時間、さすがに冷たい風が入り込む。


「じゃ、体が冷えないうちにやりますか」


横島も、本を隠すと布団を持ち上げて押入れにしまって、散らばった本やらごみやらを片付ける。
おキヌは空いたところからホコリをはわいていって、それが終わると雑巾がけをしていく。
元が狭い部屋のせいか、二人でやればものの10分程で終わってしまった。


「ふう、お掃除終了、っと…」

「いつも悪いね、おキヌちゃん」


おキヌから受け取った雑巾を洗いつつ、横島がキッチンから礼を言う。
ゴミ袋を纏めていたおキヌは、どういたしまして返事をすると、きゅっと袋の頭を締める。


「さ、じゃあ窓を閉めてお料理しましょうか。
 横島さんは、休んでて下さい」


まるでここは私の職場です、とでも言う様におキヌが横島をほらほらと追い出す。
雑巾を端に干すと、手を洗って、夕食の準備を改めて始める。


「横島さん、今日は美味しいですよー」


すぐにまな板の上でたんとんと、包丁の音が踊る。
横島は邪魔をしないようにと、綺麗になった部屋でこたつに入って、ゆっくりと待つ事にした。





「ご馳走様」

「はい、お粗末様でした」


かちゃかちゃと皿を片付けるおキヌに、美味しかったよと横島。
おキヌは毎回この言葉が聞きたくてわざわざ通ってきているのだが、そのあたりは横島らしい鈍さで気がついていない。
いつも手伝わせないで、なぜおキヌ一人で作っているのか、ちょっと考えれば分かりそうなものだけれど。


「じゃ、今お茶いれますね」

「うん、お願いするよ」


茶葉を少しだけ蒸らしてから、二つの湯飲みに交互に入れる。
最後の一滴は横島の湯飲みにやっと湯を切るようにして入れているのも、横島は気がついていないだろう。


「はい、どうぞ」


おキヌちゃんがみかんと一緒に差し出してくれ、おこたを囲んで、ふたりでゆっくりお茶とみかんを楽しんで。


「お、ありがとう」

「お茶も美味しいですねえ」

「昨日は、チョコレートありがとうね」

「あ、美味しかったですか?」

「そりゃ、もちろん。
 昔からずっと美味しいよ」

「そう、ですか」


ふふふ、とみかんをむきながらにっこりと笑うおキヌに横島も思わず照れくさくなって、つい笑ってごまかしてしまう。
色気がないなあって思うけれど。


「ん?なんですか、横島さん」


あ、ほらって小さい粒が見つかって喜んでる彼女を見ると、こういうのもいいかなあって思っちゃって。


「いや、なんでもないよ。みかん、美味しいよね」


ふたりでいるからね、と柄にも無いその言葉をみかんと一緒に飲み込むと、口の中がふわっと甘く、ちょっとだけ酸っぱかった。


「おこたでみかんって、いいですよね。
 バレンタインみたいなお祭りも好きですけど、私はこっちの方が…」


好きです、と。
ぽそっとつぶやくおキヌの声が、果たして届いたのかどうか。
おこたがとても暖かかったのは、きっと気のせいではなかったろう。
そんな、2月15日の夜。

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