ザ・グレート・展開予測ショー

Laughing dogs in a lamb's skin IV 後編


投稿者名:Alice
投稿日時:(05/ 5/19)

 むしゃくしゃしていたものとか、我慢していたこととか、あるものないものを全部をつめこんだ。
 最後の最期で、残っている力の全てを込めて思い切り殴りかかってみた。
 それで店仕舞い。売れる商品は全て出し切って、シャッターを下ろせば今日の商いはこれでお仕舞。
 例えボロボロであっても、全身全霊、渾身の、タマモにとって最良の一撃となった。
 が、タマモにとっての最良はあっさりとかわされる。勢いをつけたはずの拳はいとも簡単に裁かれて、完全に空白となった胸中に横島の背中が滑り込む。ふわりと勢い良く、重力から解き放たれて、体が浮いた、一瞬の無空。
 伸ばしきった腕を捕まれ、タマモの勢いそのままに、大きく、きれいな円弧を描くようにして、タマモは宙に落ちる。
 

 ――あぁ

 
 すでに、そこには、人間とか妖怪とか、そんな下らないしがらみなんていうものは皆無。
 刹那に過ぎないまでも、風を切る音を耳にした。

 
 ――青い

 
 空から、堕ちる。
 落ちて、地に還る。
 タマモの全身を激しい衝撃が襲う。

 
 ――空は青い


 砂埃を上げて、仰向けで地面に叩きつけられる。
 地面の感触。
 懐かしく、忌まわしい、土の香りが漂う。

  
 ――ただソコに、青くあるだけ

 
「空って、凄く、青かったんだ…」


 ――変わることなく、ただただ青く、遠く、そして冷たく…


 眼前に、一面に展開する風景。雲の欠片一つとない、深くて呑み込まれそうなくらいに遠い蒼天。
 手を伸ばしたって届かない。自分では、ソコへ辿り着くことなんてできるはずもない。それに辿り着いて良いものでもない。自分はまだ、終わってなどいないのだから。
 咄嗟に浮かんだ答え。漠然とした理解。わかっているようでなにもわかっていない風な、とんでもない良い加減さの癖に、霞み掛かった疑問やしがらみが霧散していく。
 とても心地良かった。
 
 
 
「そんなことも知らなかったのか?」
 
 
 
 自分ではない、別の声色。良く知っている声だ。今まで、今の今まで気がつかなかった、いや、当たり前すぎて忘れていたことを教えてくれた奴の声。
 自分でも気づいていないままに、タマモは笑みが浮かべる。
 現実なんていうものは、自分には届かないものばかりで、常にわからないことだらけだった。
 それが当たり前のことを、ただただ思い知る。
 気がつけば追ってくる前世があった。夢から醒める瞬間の既視感にも似た気だるさに襲われる日々。
 住む場所を追われ、次に傷つけられ、いつしか忌み嫌われ、最後には封印される寸前の絶望感に何度胸を締め付けられたことか。
 眠っているはずなのに、眠る寸前の、底が見えない落下のような永遠にも似た刹那。昔の自分自身が今を暗闇の底に引きずり込むようにして高らかに呪いを詠う。
 
 ――だったらどうした
 
 ――そんなものは呑み込んで、一気に昇華してしまえば良かったのだ
 
 ――つまらないことも一緒に、全部、全部、みんな
 
 そんな思いを乗せて、タマモは長い吐息を漏らした。
 
 
「空が青いなんていうのは当たり前だろうが」
 
 
 
 
 
 Laughing dogs in a lamb’s skin IV 後編
 
 
 
 
 
「…何故、助けたの? 私は、私は人間じゃないのに」

 仰向けで、息をするのも絶え々えにタマモは呟いた。

「別に助けたつもりなんてないがな。つーかさ、お前が妖怪だったとして、俺は、そうだな、自覚ある変態ってところか…」

 ケケケと、タマモを真似て笑う横島。わざとらしさが際立つ姿はどこかしら、自嘲的に。

「そんなの、詭弁じゃないのよ…」

 横島は人間だ。タマモとは魂の形から、なにからなにまでが根本的に違う。
 彼の言葉はタマモからしてみれば偽善以外のなにものでもない。少なくとも、今のタマモには嘘つきの下手な誤魔化しのようで煮え切らない。

「へぇ。詭弁、か。随分と難しい言葉知ってるな。偉いぞ」

 しかし、横島はタマモの皮肉を前にしたところで微動だに動じない。変わらない調子で嫌味を続ける。

「私が化け物だからって、哀れんでるの?」

 起き上がれないままの体。込み上げられる握り拳が震える。
 ただただ、屈辱だった。だから、タマモの声にも棘が篭る。

「哀れむ、か。……まさか、そんなつもり、ないよ」

 タマモの言葉が、横島のナニかに触れた。
 横島から、驚きが浮かんで、刹那、小馬鹿にした風だった微笑みが消える。

「……少なくとも、俺はおまえらを哀れんだりなんてしない」

 もし、タマモが彼の顔を見れば、きっと息をするのも忘れたかもしれない、そんな、無表情だった。
 哀れんだりなんてしない。横島の言葉は、誰に向けられたモノだったのか、タマモには知る由もなかった。

「今度は煽ててるのかしら? それとも、褒めてるつもり?」

 褒めているつもりもなければ、煽てたつもりなんていうのもなかった。
 妖(あやかし)が現在を生きるということ。横島は知ってる。息苦しさも、辛さも。それが、どれだけ大変なのかということを、横島は知り尽くしている。
 これから先の年月を、我慢して生きていくという選択。横島が、そんな彼らを馬鹿にするはずもなかった。

「へへ、どっちだと思う?」

 タマモの返答を、横島は誤魔化した。らしくないな、と、頭を振って。

「答えはどっちもハズレ。ま、自分で考えろや」
「……随分と、無責任ね」
「冗談! なんで俺がおまえの責任に付き合ってやらんといかのんだ。言っとくけど、俺は俺だけで手一杯だかんな…」

 横島のなにげに放った、それでいてタマモの核心を突いた一言は、彼女自身を攻めた。
 図星だったから。確かに、甘えはあったのだ。自分でもそれがわかりすぎるくらいに。

「っ、わ、私は…そんな…」

 けれど、自分の選択は間違ってはいなかった、と。それを認めるには、タマモはまだ子供すぎたし、認めてしまえるはずもなかった。
 純粋に、そんな自分が悔しくて。

「おいおい、お前まさか慰めて欲しいだけだっただけのか? ガキじゃあるまいし…」
「そんなこと私は言ってない!」
「じゃあ、なんて言えば気が済むんだ?」

 見透かすような態度が腹正しかった。純粋に、悔しかった。
 だから、言った。瑣末なプライドは捨てて。

「だったら、どうして! どうして最後に手加減したのよ!」

 ――横島には自分を滅ぼすつもりも最初からなかった
 ――もしも、私が最後に狐火を放つことができていれば、倒れていたのは、横島だったに違いない
 ――だからこいつは最低のペテン師で、最低で、最低な馬鹿でお人よしの…

「あー、うーん。あのさ、どっちも生きてるんだから相子で良いだろ。な?」

 ――嘘つき

 攻撃しなかったのではなく、しきれなかっただけだった。
 けれども、横島には自分を攻撃する、滅するだけの権利はあるし、あった。
 少なくとも、彼は人間で、彼女は妖怪だったから。
 それでも、彼はしなかった。どのような意図があったにせよ、タマモを滅ぼさなかった。

「このっ! 偽善者っ!」
「へっ、だったらどうした。そもそもな、生きるってーのは問答無用なの。結果が出ちまえばもう引き返すことなんて絶対にできないだよっ! 生きてるってのは、もうどーしようもないだろうが…」

 倒れたタマモの側、しゃがみ込み、覗きこむようにして、横島は開き直って言った。
 言葉と共に脳裏に浮かんだのは懐かしい、小さな光。

「都合が悪かった時とか、苦しい時ぐらいは、別に嘘吐きだって良いんだよ。生きるってのは、結局のところそんなもんなんだよ」

 人間の歴史、とりわけ対面をとりつくろった証拠が掲示された過去を俯瞰するようになってきてから、タマモは不快感を味わってきた。
 そこに、化け物である自分と、人間との差異を感じていた。

「だからって、吐いて良い嘘と悪い嘘があるんだからさ、ちったぁ見極めろよ。アホみたく突っ走りやがって…」

 人間の営みなんて流行という言葉と同じに、進化し、時に衰えながら流れる。人間とは刹那の快楽を抱いて溺れていく、そんな生き物だと思っていた。
 生きるということ、そこにはヒトでも化け物でも差異なんてなかったはずなのに、どこか、見下していたのかもしれない。わかりきっていたのに、辛くて、踏み外した。でも、彼はそれを許してくれない。決して、許そうとしない。
 無理矢理に、引きずり起こされる。もういやだと、声を上げて泣きそうになるのを必至に我慢しながら、彼の手を振り払う。

「俺だってこれからもずっと、嘘を吐き続けて生きていくんだよ。色んなもんに折り合いつけてな」

 けれど、手を振り払っても、振り払っても、じっと堪えて、彼は手を差し伸べる。
 ひたすらに、ただただ、手を差し伸べ続ける。
 これ以上振り払うことは、もう、できそうもなかった。

「溜め込んでんじゃねーよ、まったく…。でも、少しはさ、すっきりしたか?」

 この時、横島はタマモに言い聞かせているつもりで、自分もまた、似たようなものだったのだと、感じる。
 時に嘘を吐いて、これからも生きていく。ソレらを肯定することに、依存はない。保身でもあるのだ。ゆえに、嘘は、吐き続ける。いずれ、遠い将来、魂を宿す身を失うその日まで、ずっと。
 いつからか、自分をだましきれていないことにも気が付いてはいるが、それにすら強引に蓋を被せるようにして、嘘を吐くのだ。
 同時にソレは、願望のようなものだったから、告げる。純粋に横島忠夫の我侭として。
 彼が手に入れ損ねた、心から望んでいた日常。絶対に届かない、いずこも知れぬ最果てにたたずむもの。
 そこへと繋がる、希望と未来だった欠片だったものたちへの、責めてもの希望。
 もういない誰かが、一瞬、タマモに被る。

「確かに、化け物が生きていくにゃ、ちっとばっか世知辛い世の中かもしれん」

 かすかにくすぐる夜に浮かぶ蟲の光が、遠退いて、逝った。もう、彼女はいないのだ。改めて認識するのは、たかだか十年足らずでは、痛い。
 でも、自分は生きていて、生きて時が過ぎることを止めることも適わず、過去は揺るぎないままで遠ざかっていく。
 生きている者たちは、過去を置いていくのは必然。同時に、未来がやってくることを止められない。どんなに足掻いたところで、手立てもなければ受け入れざるを得ない。死んだところで、それは変わらない。死という事実が転がるだけで、それは誰かの過去になり、未来は自分通り過ぎていくだけなのだ。
 水が流れるのと同じに、石が転がるのと同じに、そこに在り続ける。
 確かに、タマモやシロは、横島と比べても遙かな悠久を越えていくのだろう。今までに出会った神属や魔属、そこにはピートも当てはまる。
 どうしようもないくらいに、人間である横島は、彼らを捨てて、いずれは進むことを止めるだろう。残さざるを得ない彼らの気持ちを考えれば、無責任ではある。
 でも、だからこそ生きるということは、どうしようもないくらいに、問答無用だ。止められない。止めて良いものではなかった。

「たまには負けたって良いが、自分の闇からは目を逸らすな。そんなもん飲み込んで、しっかりと立って前を見ろ。俺だってなんとかやれてるんだから」

 今、横島の目の前にはタマモがいる。生きて、存在している。
 たった、それだけのことだ。簡単な、本当に簡単すぎる答えがあった。
 十分すぎる答えだった。

「そーすりゃあ、いつか良いことあるって。多分だけど、な?」

 タマモは、両腕で顔を隠しながら、横島の言葉を聴いていた。
 一生懸命堪えていたソレが、雫となって瞳から零れる。

「だから、そこから逃げるな。踏ん張ってみろや」

 逃げることはいつだってできるのだと、横島は口にはしなかったが、言った。言ったつもりだった。
 シロとタマモを打ちのめした張本人が、横たわったタマモの額に、暖かな掌をおいて、乱暴になでつけながらいけしゃあしゃあとのたまった。

「この世界で、生きてみろ。おまえは一人じゃないんだから…」

 柔らかな陽光に負けて、タマモの瞼が、ゆるりと閉じられる。
 意識を捨てて、寝てしまおうと思った。
 今は、今だからこそ。
 これからを生きていくためにも、溜め込んだもの全てを放り出して。
 全部をからっぽにして、夢は見そうもない、まどろみに身を委ねて。



 そうして、今日もまた、面白可笑しい嘘に酔いしれる狐は、羊の中で眠っている。










 こんちゃ、遅くなりました。アリソタソです。
 前が古すぎるので忘れていたらそん時はそん時です。
 というか、これって本当にタマモ? みたいなぁ!(゚д゚)
 ま、それはいいとして、この後ちょろっとエピローグあっておしまいです。
 色々ありましたが、まぁ、どっこいどっこい。

 というか、やたら男らしいSSになっちゃったけど、こんなタマモもたまにはどうでつか?

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