ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦5−6 『崩壊』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 8/16)

「デミアンですって!?」

ジークから今回の首謀者の正体を聞いた美智恵は驚きを隠せなかった。
何故ならアシュタロスの残党は全て殲滅されたと昨日も確認したのだから。

ピートから原始風水盤の可能性を聞く前からすでに、あれだけ力のある魔族が野放しになっている事から
もしかしたらアシュタロスの残党なのではないかと思い、コスモプロセッサで生き返った魔族の追跡調査を行っていたのだ。

その結果、
メドーサは日本で横島忠夫の手によって消滅。
ベルゼブルはパリでヨーロッパ支部が魔界軍の残党狩りの協力を受け殲滅。
デミアンもベルゼブルと共に殲滅。
という事がわかっていた。

「僕達は一度デミアンと戦っているのですが、奴はまともにやりあって倒せる相手ではありません。
魔界軍の記録でも奴は死亡した事になっているのですが、僕と姉上は独自に目を光らせていたのです。」

「それで今回の事件だ。形態を自在に変えることが出来る奴の事だ。
既存の魔族の姿を借りる事で自分の素性を隠しているのではないかと思ってな。」

確かに資料によるとデミアンを滅ぼすには肉体に隠された本体を叩かなければいけないらしい。
一度油断して本体を潰されたなら、次からは巧妙に隠しているのが普通だろう。
しかも聞けば相手は狡猾な性格をしているらしい。そんな奴が二度も同じ手でやられるとは思えない。

「確かに、言われてみればこれほど厄介な相手もいないわね。」

肉体を自在に変化させる事が出来るという事は、本体そっくりの『身代わり』を造る事もできるということ。
それなら『身代わり』を囮にして自分は戦線を離脱する事も出来るのではないか。
しかもその時現場には上級魔族のベルゼブルもいたのだ。混乱に乗じて身を隠す事など容易い事だろう。

「ええ、僕達も同じことを考えました。」

美智恵の考えを聞き、ジークとワルキューレも同意する。
一度死んだ事にしておけば、もう追われる事は無い。しかも自在に姿を変えることが出来るのだ。
捕らえる事はおろか居場所を突き止める事すら不可能だろう。

デミアンが自分から何か行動を起こさない限りは。

「もしも奴が何かを企んでいるのなら、我らが叩き潰す。
奴は人間が勝てる相手ではないからな。前回の勝利も文珠の不意討ちだったから勝てたようなものだ。
二度目は通じないだろう。」

下手をすれば復讐の為に美神令子や横島忠夫を暗殺しようとするかもしれない。
もしもスキュラの正体がデミアンなら一刻も早く捕らえる必要があった。
いくらあの二人でも変幻自在の上級魔族に狙われて命があるとはとても思えなかった。

「そうね……とりあえずこれが今の時点で調査できてる事なんだけど、何かわかるかしら。」

美智恵から捜査資料を受け取りジークとワルキューレが目を通す。
読み進めるうちに二人の表情が険しくなる。

「姉上、これは。」

「ああ、不味いな。」

深刻な表情で目配せしている。

「何かわかったの?」

不穏な空気を感じ、美智恵が声を掛けた。


「……原始風水盤が設置されようとしている。」


ワルキューレが静かに断言した。










「まさか!?
あれはそう簡単に作り出せるものじゃ無い筈よ!?」

思わず美智恵が声をあげていた。
ジークが美智恵の言葉に頷きながら続ける。

「ええ、確かに原始風水盤は魔界でも既に失われた遺物です。
ですがデミアンはアシュタロスの部下でした。
格で言うとメドーサ、デミアン、ベルゼブルは同格の筈なので、
この三体はかなりの知識を与えられていたと予想されます。
まあ、その辺はドグラに確認すればすぐにわかると思いますが……」

「でも知識があれば造れるというものじゃないでしょう?
それを造り出す技術がないと―――」

そこまで口にして思い出す、昨日自分が西条たちに投げかけた言葉。

――恐らくもう一体、技術系の魔族か妖怪が関わってる筈よ――

「……そう言えば技術者の魔族の存在が感じ取れたけど、まさかそっちの方も目星がついてるの?」

もしもそちらの方も目星がついているのなら、かなりマズイ状況になる。
知識があり、造り出す技術もある。これで原始風水盤を造らないのはむしろ不自然だ。

ジークは頷くと一枚の写真を美智恵に手渡した。
写真には蛸のような魔族が写っている。

ワルキューレがその魔族について解説する。

「そいつの名はヌルといって、以前人間界に無断で地獄炉を建造した罪で手配された事があるのだ。
もっとも何百年も昔の話だから貴様は知らんだろうが。
あの事件の後、ドグラからアシュタロスの一派の構成を聞き出したのだが、その中にヌルも含まれていたのだ。」

「ヌルは力は下級魔族程度ですが頭でそれを補うタイプの魔族なのです。
地獄炉の魔力を使えばそれなりの力を発揮するでしょうが、
この時代に地獄炉の建造は不可能ですからその心配は無いでしょう。
コスモプロセッサで生き返った後、現地のGSの手で殲滅されたようなのですが
死体が溶解してしまい跡形も残らなかったそうです。
ですが、跡形も残らないというのはいくらなんでも不自然です。」

念のためジークが細かい点を補足した。

「なるほど、それでデミアンがヌルの身代わりを造って誤魔化したと考えてるのね?」

ジークが頷いている。

「それで、そのヌルはどの程度の技術の持ち主なの?」

美智恵が肝心な点を質問する。

「そうですね……貴方の知り合いで例えるなら……
ヌルはあのドクター・カオスと同等の技術を持っていると考えるべきでしょう。」

それを聞いた美智恵が溜め息をつき、こめかみを押さえる。

「条件は全て揃ってる訳ね……。
わかったわ、どこまで完成しているのかはわからないけど、次の満月は三日後よ。
それまでに奴らを捕まえましょう。」

「うむ。原始風水盤が関わっている証拠が見つかり次第、ヒャクメの遠視を使う事が出来る。
原始風水盤は既に神界魔界両方で規制されているからな。神界も協力的なのだ。
二年前と違い今回はバックアップの体制は万全だ。安心してくれ。」

























―――という事があったんです。」

ピートが西条にこれまでの経緯をかいつまんで説明している。
ちなみに今はミスト化して移動している際中だった。

火角結界を抜けた所で実体化する。

「そうか……僕達の予想以上に重大事件だったんだね。」

西条がポツリと洩らす。

「西条さん。」

静かにピートが声を掛けた。
西条が振り返る。


その瞬間、樹海に鈍い音が響き渡った。



「ピ、ピート君……?」

突然殴り倒され、訳がわからず呆然としながらピートに目をやる。
驚きながら少年の顔を見上げると、少年の頬に一筋の涙が流れていた。

「どうして……」

ピートの肩が細かく震えている。

「どうしてこんな事したんですか!!」

倒れている西条に馬乗りになり、破れたシャツの胸倉を掴んで激しく揺さぶる。

その姿は普段の礼儀正しい彼からは考えられないものだった。

「香上さんが死んでしまって……僕だって辛いんですよ……悲しいんですよ!!
それなのに……それなのに貴方も僕を置いていくんですか!?」

西条は呆気に取られ言葉を紡ぐ事が出来なかった。
涙を流しながら叫ぶこの少年に声をかけることが出来なかった。

「僕は人間じゃないですよ……そんな事自分が一番わかってますよ……
そんな僕が、死んだ人を悲しんだらおかしいですか!?
仇を討ちたいと思っちゃ駄目ですか!?
どうせいつかは皆、僕を置いていっちゃうんでしょうけど……それでも……!」

整った顔が泣き顔にかわっていた。
歯を食いしばり、身を切るように叫ぶ。

「それでも今は仲間じゃないんですか!!」

「ッ……!!」

これほど飾らない率直な言葉をぶつけられたのは何時以来だろうか。
ピートの真摯な言葉は西条の心に突き刺さり、西条の胸に熱いものが込み上げていた。

そして気が付けば自然と言葉が出ていた。

「……すまなかった、ピート君……僕が間違ってたよ。」

「…………」

ピートは無言で西条を見つめている。

「香上を殺された憎しみで目が曇っていたようだ……君の言葉で目が覚めたよ。
そうだったな……僕は一人じゃない……君や先生……他にもたくさん仲間がいるんだ……」

自嘲気味に微かに笑みを浮かべる。

「一人で背負い込む必要なんか、きっと無かったのさ。
僕のエゴを満足させるために一人で何もかも終わらせようとしただけだったんだよ。」

ゆっくりと立ち上がるとピートに振り返り、少し恥ずかしそうに頭を下げた。

「もう僕はGメンの人間じゃないけど、良かったら連れて行ってくれないかい?
今さら身勝手な事を言ってると自分でも思うけど、どうかこの事件の最後を見届けさせて欲しい。」

「……なら、これを受け取る事が出来ますか?」

そっと布袋に包まれた細長い物を差し出し、中身を取り出した。
布袋に入っていたのは西条が美智恵のデスクに置いてきた『正義』の名を持つ愛剣だった。

「ああ……もちろんだとも。」

力強く頷くと、ジャスティスを受け取った。
ピートは顔を袖でゴシゴシこすると、ようやく笑顔を浮かべた。

「急ぎましょう!ジークさんが時間を稼いでくれてる間に早く原始風水盤を破壊しなければ!!」

二人は頷き合うと、原始風水盤が設置されている洞窟に向け走り出した。



だがピートは気が付いていなかった。



剣を握る西条の手が細かく震え、額には脂汗が浮かんでいた事を。
























雲一つ無い天には星が満ち、月が穏やかに光を放っている。
だが地上はそれとは対照的だった。

結界兵器で造り上げた簡易リングの中はまるで地獄絵図だった。
ジークのバルムンクから暴力的な魔力が吹き荒れ、周囲にはデミアンの肉片が焼ける臭いが充満していた。
デミアンは肉体を幾つも分裂させジークの隙を見ては襲いかかっていた。
しかし命を削りながら闘うジークのバルムンクの前に全て蒸発していた。

戦いはどちらの魔力が先に尽きるかのチキンレースの様相を呈し始めていた。
デミアンの魔力が先に尽きれば再生が不可能になりバルムンクで消滅させられるだろう。
ジークの魔力が先に尽きればバルムンクが消滅し、デミアンの攻撃を防ぐ事が出来ず即座に命を落とすだろう。

周囲を囲む火角結界の表示は『二十二』になっていた。

『どうした、その程度か?』

デミアンが嘲るように話し掛ける。
常に分裂を繰り返し、ジークの周囲は既に何十体ものデミアンの複製が取り囲んでいた。
どれも同じ姿のものはなく、デザインにも統一性は皆無だった。
だがどれも様々な種族の魔族や妖怪を混ぜ合わせたような姿で、禍々しかった。
あえて共通点を挙げるなら、どの個体も戦闘に適した姿をとっているぐらいだろうか。

「貴様こそ、かかってこないのか?
複製を造る事しか出来ない臆病者め。」

ジークも皮肉で返しているが、両者ともどちらが不利か理解していた。

デミアンは複製を製造したり、複製を再生させる時にのみ魔力を消費するが、ジークは違う。
ジークの構える青い光を放つ大剣型の霊波刀、―バルムンク―は発動させるだけで凄まじい量の魔力を持っていかれる。
魔力の回復しない人間界で長時間発動させ続けるなら、その魔力の消費量は命に関わるのだ。
現に魔力の失われつつあるジークの体は崩壊への道を辿っていた。

両腕の至る所に皹が入り、今もそれは増え続けていた。
本来ならそのまま放っておくだけでもデミアンの勝利は確定するだろう。
だが火角結界に囲まれた現状ではそうも言っていられない。
もしも時間いっぱいまでジークの体が耐え切れれば、デミアンとジークは火角結界で吹き飛ぶ事になるだろう。

しかし残り時間はまだ22分ある。焦って攻撃して自分の魔力を消耗する必要は無い。
洞窟に残っているヌルも無能ではない。数十分程度の時間は充分稼げる筈だ。
火角結界の時間表示を見ながらデミアンはそう結論していた。

土角結界の力で更地のようになった樹海を、デミアンの複製が埋め尽くし始めていた。

両腕から始まったジークの崩壊は既に胴体部分にまで到達しつつあった。
薄氷が砕けるような音を立てながら、確実にジークの肉体は崩壊し始めていた。

























こんな筈では無かった。
今の自分はただの技術者なのだ。
700年前、地獄炉の魔力を使い、無敵を誇っていた頃とは違う。

今の自分の力でデミアンの分身を倒すほどのスイーパーや、吸血鬼と闘って勝てるとは思えなかった。
そもそも、こういう事態になった時はデミアンが何とかするのではなかったのか。

ヌルはモニターに映る状況を見ながら、焦りを覚えていた。

一つのモニターには半径一キロを囲む火角結界が映っていた。
デミアンがそこで足止めされていることはわかっている。

もう一つのモニターには、二人の男が自分の隠れている洞窟へと近付く姿が映っていた。
足取りに迷いが感じられないので既にこの場所がバレていると考えた方が良さそうだ。

手持ちの兵はデミアンが殺した人間の死体で作ったゾンビ達のみ。
時間稼ぎ程度ならともかく、手練れのスイーパーの相手をするにはあまりに頼りなかった。
このままでは自分が滅ぼされるのは間違いなかった。

(冗談ではありません!何故この私が滅ぼされねばならないのですか!?)

自分が行ったのは、資金を調達するために錬金術を応用した銃器を製造しただけなのだ。
それで稼いだ資金をどう使うかを決めたのはデミアンだったし、殺しもデミアンが全てこなしていたのだ。

デミアンは銃器を裏社会の人間に流し、その資金で人身売買で霊能の素質がある人間を買い取っていた。
そしてその人間を原始風水盤の鍵の生贄にしていたのだ。
既に才能が開花した人間が消えたならともかく、蕾の時点で刈り取っているのだから誰も不審に思わなかった。

また裏社会の人間から殺しの仕事を請け負い、人間同士のトラブルに見せかけ霊能者を襲っていた。
魔族が人を襲えば騒ぎになるが、裏社会の人間が襲わせたのなら騒ぎの規模はそれほど大きくならない。
真っ先に疑われるのは殺しを依頼した人間で、擬態しているデミアンまで捜査の手が伸びる事は無かった。

前回メドーサが失敗した理由は、効率を重視するあまり、高い霊能を持つ人間を襲ったのが原因だった。
そこから神族の目に引っ掛かってしまったのだ。だがこの案なら目立つ心配は無かった。

含まれる霊力が薄いため、発動させるために必要とする血液の量は多くなるが、目立たないならそれに越した事は無い。
なんせ自分達はすでに死んだ事になっているのだ。時間ならたっぷりとあった。

人間の世界とは面白いもので、表向きは平和な社会に見えても裏には魔族も舌を巻く程の非道な世界が広がっていた。
それこそ金さえあれば人の命すら買う事が出来るのだ。そして自分の命を金で売り渡す者さえいた。
ある者は親のため。ある者は子のため。そしてある者は己の負債を贖うため。
理由はどうあれ、デミアンは目立つ事無く順調に生贄を手に入れていた。

そして三日後の満月で遂に目的が叶う所まで来ていたのだ。
このタイミングで邪魔が入るなど誰が想像できようか。



――原始風水盤を使って何をするか?簡単な事だ。魔界と繋ぎ反デタント派の魔族を呼び込むのだ――

以前デミアンの目的を聞いた事があったが、あっさりと答えられてしまった。
デタント反対派の魔族を呼び込む?冗談じゃない。そんな事をすれば最終戦争へ一直線だ。
殺しが好きで、しかも不死身に近い肉体を持つデミアンならともかく、自分は只の研究者なのだ。
戦争に巻き込まれるのは御免だった。

デタントも神族も、それこそ魔族ですらどうでも良いのだ。
研究さえ出来ればそれが全てなのだから。
そして満足に研究ができない人間界などさっさとおさらばしたかった。
そのために原始風水盤の製造に協力したのだ。

広大な魔界なら自分の研究を売り込む相手には困らない筈だ。
全ては自分が魔界に戻り、存分に研究をするため。

(原始風水盤が完成した今、デミアンが私を生かしておく理由も無くなってしまいましたね。
あの悪魔の事です……私の利用価値が無くなればあっさりと処分しようとしてもおかしくない……
それに、どうせこのままだと人間達に消されてしまうのです……それならいっそ……)

追い詰められたヌルは覚悟を決めた。
完成した鍵―赤い杭―を取り出し、原始風水盤の中央に向かっていった。

























地響きを立てながら大地を埋め尽くしたデミアンの分身がジークに襲いかかる。
すでにジークの周囲は完全に取り囲まれ、全方位からデミアンの分身が押し寄せていた。

「オオオオオオオオ!!!!」

バルムンクを肩に担ぎ、腰を落として力を溜める。

迫り来るデミアンの分身に押し潰される瞬間、体を回転させながら周囲を一閃した。


辺り一面が光に包まれたかと思うと、分身達の上半身が消滅していた。


だが残された下半身の断面から霊波砲の発射器官が盛り上がり、ジークに狙いをつける。

器官が光を放ち始め、霊波砲が発射される寸前、下段に構えられたジークのバルムンクが足下を薙ぎ払った。

土角結界で覆われた地表は魔力や霊力を反射させる。
バルムンクから放出されたジークの魔力は、地面を反射しながら津波のようにデミアンの分身達を飲み込んだ。



(チッ……私の分身では奴の攻撃に耐えるのは不可能か……
それにしても、あれだけの分身を一気に消滅させるとは……そろそろ時間が無くなりそうだな……)

増殖させた分身の半数を失ったデミアンが火角結界の表示に目をやる。

(分身を造るのに掛かった時間が約5分……そろそろ15分を切る頃か?)

だが表示されている時間は十九だった。

(ほう……まだ時間はあるようだな……ならば次は『あの手』でいくか……)







荒い息を吐きながら、ジークはデミアンの出方を窺っていた。
急激に魔力を放出している影響で、魔力が枯渇した身体の表面が剥がれ始めていた。

(そうだ……分身を増やせ……俺の目的は出来るだけ時間を引き延ばすこと……
貴様の本体を叩くのは俺の役目じゃない……あいつらが到着するまでの時間……
この命をかけて稼いでみせる!!)

身体から魔力が失われ、思うように動かなくなり始めている身体に喝を入れる。
既に胴体の何箇所かに皹ではなく、亀裂が入り始めている。

(この身体に残された魔力が一滴残らず枯れ果てるまで、バルムンクを維持するのみ!!)

バルムンクを発動させた時点で既に命は捨てていた。

























「ここですね。」

大きく口を開けた洞窟の入り口で、ピートと西条が頷き合った。
ここに来るまでは樹海に漂う負の気配が強くてわからなかったが、辺りには異様な気配が漂っていた。

ピートは以前にもこの感覚を味わっていた。
二年前の香港で原始風水盤を目の当たりにした時に味わった感覚だった。

二人が洞窟に足を踏み入れようとした瞬間、地鳴りを上げながら洞窟が揺れ始めた。
そして洞窟から漂う気配がさらに強力になる。

「そんな、まさか……!」

何が起こっているかを察知したピートの顔色が変わる。

(まだ満月じゃないのに原始風水盤を発動させたのか!?)

予定ではまだ発動しない筈なのに、何故か発動しようとしている。

西条もピートの表情から何が起こっているか読み取っていた。

「どうやら時間が無いようだね。急いだ方が良さそうだ。」

急いで洞窟の奥に向かおうとするが、こちらに近付いて来る気配を察知する。

「……とは言っても、どうやら相手も時間を稼ぐつもりらしいね。」

洞窟の奥からぞろぞろと土気色をした人間が現れていた。
目は虚ろで、胸の中央に大きな穴がぽっかりと空いていた。
間違いなくゾンビだろう。

ゾンビ達はピートと西条に気付くと歯を剥き出して襲いかかって来た。

「遅い!!」

ピートの霊力を纏った手刀がゾンビの首を切り落し、西条の刃が別のゾンビの胴体を斬り離していた。

メドーサが造った強化ゾンビと比べると、このゾンビ達は明らかに弱かった。
恐らくこのゾンビを作り出したのはメドーサよりも格下の魔族なのだろう。

特に武器も持たず、動きも一般人とさほど変わらぬゾンビが相手になる訳も無い。
どうやら完全に時間稼ぎのためだけにゾンビを送り出しているようだ。

十体ほどのゾンビを始末すると西条が息を整えながらピートに指示する。

「ピート君……ミスト化して洞窟の奥に先行してくれないか?
このままじゃ、下手したら時間切れになりかねない……」

ピートは頷き、西条の手を取り共にミスト化しようとしたが、西条はすっと手を引いた。

「西条さん、もしかして身体が……!?」

西条の手に触れたピートが動揺する。

「……二人で奥に向かえば、奥にいる魔族とゾンビに挟撃される事になる。
魔族の力が未知数な以上、囲まれるような危険は冒すべきじゃない。
僕がゾンビを引き受けるから、君は奥にいる魔族を頼む……!」

ピートは何か言おうとしたが、その間もこちらにゾンビ達の気配が近付いていた。

「行け、ピート君!!原始風水盤を破壊しろ!!」

右手にジャスティスを、左手にジャジメントを握りゾンビの群れに飛び込んだ。

「僕の事は気にするな!!この程度の相手に遅れを取りはしない!!」

襲いかかるゾンビを次々と斬り捨てながら、西条が叫んだ。

「ッ…………!!」

ピートは歯を食いしばり体を震わせていたが、西条に一度頭を下げると無言で霧へと姿を変えた。




西条は震える腕でゾンビ達を斬り倒しながら心の中で呟いた。

(やれやれ……どうやら気付かれちゃったみたいだな……そうとも、僕の身体はもう限界さ……
痛み止めの効果も切れてしまったし、薬物の副作用で身体の感覚が無くなりつつある……
動かない身体でこの大事な時に君の足手纏いになる訳にはいかないんでね……)

ゾンビの一団を切り捨てたが、さらに気配がこちらに近付いて来ていた。
激痛のあまり額に脂汗が浮かぶ。汗を拭うと、ふらりと壁にもたれかかった。
西条の顔色はゾンビ達と同じように土気色に変わりつつあった。

シャツを歯で噛み、包帯状に破ると刀を手に縛り付ける。
すでに西条の指は握力を失い、自分の力で刀を握る事すら出来なくなっていた。

ガクガクと笑う膝を殴り付け、気合を入れる。

洞窟の奥から今までの倍以上の数のゾンビ達が姿を現した。


(この身体でどこまで闘えるか……後は頼んだよ、ピート君……)

























『そうら、どうした?ジークフリード。
動きが鈍くなってきているぞ?』

またも分身を増殖させたデミアンがニヤニヤと馬鹿にした笑みを浮かべる。

さっきまでの一斉攻撃と違い、今度は少数ずつ攻撃を仕掛ける時間差攻撃に変わっていた。
この攻め方だとジークは何度もバルムンクを振るわなければならず、振れば振るほど肉体は崩壊していった。

肉体の崩壊が足にまで到達し、ジークの動きはかなり制限されつつあった。

バルムンクを振るうたびに体の表面が剥がれ落ちていたが、それでもジークは闘いを続けていた。

(まだだ……足が使えなくても構わない!この腕さえ動くなら、俺はまだ闘える……!!)

すでに足の感覚は無くなり、まともに動くことすら出来なくなっていたがジークの目は光を失っていなかった。





(フン……粘るな……だが、これならどうだ?)

またもデミアンの分身が3体、ジークに襲いかかる。
もはや気力だけで剣を振るうジーク。

腕に亀裂が走りながらも3体の分身を一撃の下に斬り捨てる。

3体の分身が消滅した瞬間、その後ろに隠れていた1体が飛び出した。

返す刃でその1体も切り捨てようとした瞬間、その分身の姿がジークの目に映った。


(姉上―――!?)


自分に飛び掛かってくる、良く知った姿に剣を振るのが僅かに遅れる。


――ニヤリ――


それはほんの一瞬の出来事だった。
僅かに剣を振るうのを躊躇ったその瞬間、デミアンが勝利の笑みを浮かべた。

ワルキューレが光に包まれる。


(しまっ―――――――)


―――ドゴォォォォォンン!!!!―――

結界内に爆音が轟き、ジークが宙を舞う。

ワルキューレの姿を模したデミアンの分身がその身を爆ぜていた。


火角結界の表示は『十五』を示していた。

























(後少し、後少しです……!!)

洞窟の最奥部でヌルが原始風水盤を稼動させようとしていた。
天に月の光が満ちていないため本稼動は無理だが、
余計な機能は省いて魔界へのゲートを開くくらいなら出来そうだった。

世界の理を支配する事が出来ると言われる原始風水盤だったが、
この状態では魔界へのゲートを開くのが精一杯だった。

ヌルとしては魔界へ戻る事が出来ればそれで充分なのだが、
ゲートを開く以上、反デタント派の魔族がなだれ込む可能性は高かった。

追い詰められたヌルは既に冷静な判断が出来なくなっていた。
自らの手でハルマゲドンの扉を開こうとしている事にすら気が付いていなかった

徐々に出力が高まっていく原始風水盤を見つめるヌルの瞳には狂気の色が宿っていた。

























吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたジークにデミアンが近付いていく。
恐らく近付いていくデミアンも分身の一つなのだろうが、その個体はいつもの少年の姿をしていた。

「グゥ……」

ジークが呻き声を上げ立ち上がろうとするが、すでに立ちあがる魔力すら無くなっていた。
魔力が枯渇して脆くなった身体は、すでに崩壊する寸前だった。
左手の肘から先は砕け散り、右足も大きな亀裂が入り千切れかけていた。

切り札のバルムンクも、両手で発動しなければならない為、すでに消滅していた。

『ククク……相変わらず、貴様は甘いなぁ?』

嘲るように笑いながら倒れているジークを見下ろす。

「貴……様……」

動けなくなっても、それでも光を失わないジークの瞳を見て、デミアンの顔に冷酷な笑みが浮かぶ。
ニヤリと笑うと、ジークの千切れかけた右足を思いきり蹴り飛ばした。

――カシャッ――

既に魔力が枯渇した右足は脆く、デミアンの一撃で簡単に砕けてしまう。
軽い、乾いた音を立て、ジークの右足は宙を舞った。
魔力が枯れてしまったジークの右足は出血すらしなかった。

「ク…………!」

歯を食いしばり、痛みに耐えながら、デミアンを睨みつける。

『ハハハハハハハ!!
良いザマだなァ、ジークフリート!?
貴様如きがいくら命をかけても、この私に勝てるわけが無いだろうが!!』

なす術なく倒れる相手を踏みつけながら、デミアンが勝利の笑みを浮かべる。
すでに勝敗は決まったにも関わらず反抗的な目をする相手に、デミアンの嗜虐的な性格に火がついた。

『さあて、まだ時間はたっぷりあるからなぁ?
どこまでその目が折れないか楽しませてもらおうか。』

満面の笑みで、肘までしか残っていない左腕に足を掛けた。

――肘を踏み潰す――

「ウッ……!」

――二の腕を踏み潰す――

「グァ……!」

――肩を踏み潰す――

「グァァァァァァァァ!!!!」


とうとう叫び声を上げたジークを満足そうに見下ろす。

『ハハハハ!!良い声で鳴くじゃないか!!
名残惜しいが時間が無いのでな、そろそろ終わりにしてやろう……!』

さっと腕を挙げると、何十体という分身たちがジークを取り囲んだ。


「…………」


『……ん、どうした、何か言ったか?』

足元のジークが何か言ったような気がし、デミアンがジークの顔を踏みにじる。

「……時間が無い、って?……まだ、気が付いて……いないのか……?」

ジークがボソボソと囁いている。
それを聞いたデミアンが火角結界を振り返る。
火角結界の表示は『十五』を示していた。

『フン、後まだ15分あるな。結局貴様は自爆する事すら出来なか―――』

ジークの方に視線を戻したが、すぐに異変に気付き、慌ててもう一度火角結界を振り返る。

『十五だと!?』

まだ火角結界の表示は『十五』を示している。

(どういう事だ!?さっきから全く進んでいないだと!?
そういえば妙に時間が進むのが遅いと思っていたが……)

さっきも自分の時間の感覚と火角結界がズレていた事を思い出す。


「ク……クク……ハハハハ……」

『貴様、何を企んでいる!!』

足元のジークの胸倉を掴むと、強引に吊り上げる、


「気付かな……かったのか……?
俺は……貴様を、倒すつもりなど……無かったんだよ……」


『どういう事だ……』

それはデミアンも薄々感付いていた。
ジークは積極的に攻めようとはせず、ひたすら専守防衛を貫いていたのだ。

デミアンはジークが攻めて来ないのは火角結界の発動まで時間を稼ぐためだと思っていた。
だが火角結界の時間が進んでいない以上、根底からデミアンの推測は覆された。

デミアンがジークを問い詰めようとした瞬間、辺りの雰囲気が変わった。

驚いたデミアンが周囲を見渡すと、火角結界が解除されていた。



『貴様、どういうつもりだ!!言え、何を企んでいる!!』


「フ……フフ……わからない……か……?
何もかも、只の……時間稼ぎだ……空を……見てみるんだな……」

空を指差すジークにつられ、視線を空に向けるが何もない。
ただただ暗闇が広がっているだけだった。

一瞬気が付かなかったが、違和感を覚える。

そしてそれはすぐにわかった。

空には星も無ければ、月すら出ていないのだ。
さっきまでは両方輝いていた筈なのに。


デミアンの第六感は、猛烈に嫌な予感を覚えていた。

(何かはわからんが、危険だ……!
ここに居ては危険な気がする……!)

遊ぶのはやめて即座にジークの命を奪おうとしたその瞬間、身体がいうことを聞かない事に気が付いた。
それは他の分身も同様だった。気が付けば全ての肉体の自由が封じられていた。

(……身体が動かん!?どういう事だ!?)

身体の表面を良く見てみると、黒い粉が付着している事に気が付いた。


『これは……鱗粉、か……?』


空を、今度は注意深く観察すると、数え切れない程の黒い蝶の大群に埋め尽くされている事に気が付いた。
そして静かに降り注ぐ闇色の鱗粉はデミアンの肉体を麻痺させていた。

「……デミアン……貴様の……負け……だ……」




空を埋め尽くす漆黒の蝶の群れが二つに割れ、輝く月を背に一人の少女が現れた。

























―後書き―

今回で終わらす予定だったのですが、もう一話続きます。

ちょっと予想以上に字数が多くなってしまいましたので……。

では。

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