ザ・グレート・展開予測ショー

横島借金返済日記 9 エピローグ?


投稿者名:純米酒
投稿日時:(05/ 6/ 1)

「もしもし? あたしあたし!」

電話とは声のやり取りだけのものが普通だ。TV電話なんかも世に出てきてはいるものの、普及率は高くは無い。
横島も普通の電話しか持っていないので、冒頭のような電話が掛かってきた時には、人並みに逡巡してしまう。

(……おかしい俺の知り合いにこんな若い子は居ない! つーか若いを通り越して子供っぽい。もしやコレがいま流行りの詐欺か?
 ……こーいう時は落ち着いて……)

「――……狐に?」
「……あぶらあげ!」

「犬は?」
「おーかみでござるっ!」

「屋敷の幽霊には?」
「おねぇちゃん!」

「なんだひのめちゃんか。すごいなー、一人で電話かけられるようになったんだ」

「すごいでしょー。ね、お兄ちゃん褒めて褒めて♪」

「うん。偉い偉い! で何の用事かな?」

「あ、そうだ! ママがね、お兄ちゃんになにかお話があるって……今変わるねー」

間違って回線を切る事は無かった。五歳児にしてはヤケに物覚えがいいようだが「まぁ美神さんの妹だし……」などと訳のわからない納得の仕方をしていた。

保留を知らせる音楽が途切れる。

「もしもし? あたしあたし♪」

「……なにやってんすか? 美智恵さん」

「あら? 私には合言葉は無いのかしら?」

「いや……だって……」

年に似合わない美智恵のお茶目さに一瞬視界がゆがむ。

「まぁそれはいいわ。世間話は後日ゆっくりとしましょう……」

明るい声色が一転して、声に妙な鋭さが含まれる。

「オカルトGメンを代表して、GS横島忠夫に協力を要請します」

(……!? これは!)

横島が顔をしかめる。美智恵にも、令子同様に様々な無茶を要求されてきたのだ。









「────で……今度はどこの幼稚園で漫才モドキですか? それとも小学校でショートコントでも……」

「そんなにツンケンしてたら女の子に嫌われるわよ♪」

先ほどのシリアスな声とはうってかわって、今時の女子高生のようなノリの美知恵に頭を抱える横島だった。




ゴーストスイーパーという職業が認知され、国際的にオカルトに関する組織が出来上がっていても、
一般人には『オカルト』とはやはり『なんだか訳のわからないもの』と言う認識だ。
ICPO付きの組織であるオカルトGメンとしては広報活動も立派な仕事なのだ。
そんな中で、遊びの達人であり子供の世話が意外と上手い横島は、子供向けの広報活動には欠かせない人材だった。

「ごめんなさいねぇ。ひのめがどうしても「お兄ちゃんじゃなきゃヤダ!」って言うもんだから……」

言葉で謝っていても、申し訳無さそうな響きは全然感じ取れない。むしろ娘の我侭に喜んでいる感じが声色ににじみ出ている。常識的に考えても公私混同も甚だしいが、それも『今更』である。長年『美神の女』と付き合ってきた横島には、この状況で文句を言おうが何しようがムダなことは解りきっていた。

「で、何日に行けば良いんですか?」

わざとらしくため息をついて返答するが、そんなものは『美神の女』には効くはずも無い。

「ありがとう、引き受けてくれるのね。横島君みたいな子が居れば私も楽なんだけど……」

「それはムリですね。今からオカGなら西条の部下でピートの後輩じゃないですか。そんなのはゴメンですよ」

「えぇそうね……「GS横島」の名前も売れてきてるから申し分ないわよねぇ♪」

「…………何の話ですか?」

「いーの、こっちの話よ。それじゃぁ三日後にお願いね」

「へいへい……」

あまりやる気の出ない横島とは対象的に、受話器の向こうでは嬉しそうな美智恵がひのめにVサインを見せていた。







「はーい、みんなこっちむいてー。今日はね、ゴーストスイーパーのお兄さんが、みんなにお話しにきてくれましたよー」

保母さんの声に元気一杯の返事を返す園児たちの前で、横島はいちおうキメていた。
エプロン姿がかわいらしい先生が何人かいるのに口説きもせずに居るのは、普段の横島を知る者にとってはではありえないだろう。

横島は何度も同じ仕事をしているうちに気が付いたのだ。

(ふっふっふ、こういうときのナンパはきちんと仕事をこなして、「おつかれさまでした」と声をかけられたときに
 さり気な〜く切り出して……)

独立してから身につけたもう一つのスキル「営業スマイル」で園児たちを眺めながらそんなことを考えていた。


「お兄ちゃん、今日はせんせーに『なんぱ』しないの?」

「いや、ホラ……まずはきちんと仕事して『出来る男』って印象付けてからさりげな〜く切り出すのが……
  
 ……ってしまったぁぁぁあ! つい答えて声にだしちまった!」

しかし、今日の訪問先には横島の事を知っている人物が居る。
そしてその人物は余りにも身近すぎて、横島の「素」をさらけ出させるのには充分だった。

ベテランっぽい保母さんは笑いをかみ殺すのに必死だ。横島にちょっと気があっただろう若い人達は顔を赤らめたり、あるいは幻滅していたり。

情けない姿をみせて落ちこんでいたが、園児たちには『おもしろい人』と受けとってもらえた様だ。が、今の横島には何の慰めにもならないだろう。

(もーマジメに仕事してもナンパはムリっぽいなぁ……)

ヤケになった横島はオカルトGメンから渡されたプログラムを無視することに決めた。
ホワイトボードに書かれていたいくつかの園児向けの質問を書き換える。


「いーか!? 『幽霊に会ったら目を合わせちゃいけない』なんて事だと、折角の出会いがなくなってしまうぞ!
 幽霊にだってかわいい子はいる! 妖怪や魔族なんかさらに美人ぞろいだ!」



そして勝手に話し始めるのだった。しかもかなりの熱を込めて。


「──おにーさんが高校の頃の同級生に愛子っていう机の妖怪が居たんだけど、「一人で寂しい、皆と一緒に勉強したい」って言ってな。
 それで自分の身体の中……まぁ机の中にいっぱい人を飲み込んでたんだけど、きちんと話せばわかるやつでさ──」

「──悪い科学者に捕まった妖怪を助けたらチューされたりなぁ……
 あん? その妖怪は人食い鬼のネーちゃんでこれまた美人でな──」

「月に行ってかぐや姫とも会ってきたこともあるんだぞ! お話にでてくるよりも綺麗で──」

「おにーさんの彼女は魔族だったんだぞー!」


園児たちの輪の中にまざり、腰を下ろして自分の体験を面白おかしく一部大幅な歪曲を交え、文珠でその光景を『映』しながら話して聞かせる。

予定されていた『幽霊からのみのまもりかた』とは大幅に内容が違う事に同行したオカルトGメンの職員は焦ったりもしたが、園児達の楽しそうな表情にホッとしてもいた。



「──と、まぁそういう訳でだ、幽霊にも妖怪にも悪魔にも、いい奴と悪い奴がいるんだ。いい奴となら一緒に遊んだって良い。
 でも、悪い奴見かけたらおにーさんかオカルトGメンに知らせるんだぞ。すぐにやっつけてあげるからな!」

見本のお札を大仰に構えてそう締めくくり、今回の広報活動は幕を下ろした。

語りに熱が入ったのか予定の時間を大幅にオーバーし、一部の園児には保護者の迎えが来ていたが、園児も幼稚園の職員も途中から話を聞いていた保護者にも受けが良かったようだ。

その場でお開きとなったものの、すっかり懐かれた横島は園児に取り囲まれて玩具にされている。
既に親に迎えに来てもらっている子の中にも、まだゴーストスイーパーのお兄ちゃんと遊びたいとワガママを言う子が居る位だ。

同行していたオカルトGメンの職員は、仕事の終了の報告と活動内容が変更になった事により発生する仕事の為に、すでに横島に挨拶を済ませて先に帰路につい居ていた。

(……今日は特にやる事もないし、ひのめちゃんも居るしなぁ)

いの一番に飛びついてきた女の子に顔を向けると、こちらが照れくさくなるような笑顔を返される。

(まぁいいか)

そんな軽いノリで園児達と本気になって遊び始める。保母さんも呆れるほどに。



殆どの園児達が母親に手を引かれて帰る頃、横島はあることに気が付いた。
この幼稚園は送迎のバス等が無く、園児達は保護者に手を引かれて通園を繰り返しているようだった。
とすると、家庭環境がいささか特殊なひのめは誰が送り迎えをしているのか?

美智恵にどうしても手が離せない用事があった場合には令子が、そうでなければ最後まで、美智恵が迎えに来るのを一人遊びをしながら待っているのだ。

保母さんが相手をしてくれると言っても、やはり母親に手を引かれる他の子を見ると寂しい気持ちになるという事は容易に想像できた。
子供特有の高い体温を感じつつ、ひのめにせがまれるままに折り紙と格闘する横島。
暇な時は自分が迎えに行こうか等と考えてみても、単なる知り合いがそこまでするのも何だか違うような気がした。



「ひのめちゃーん、お姉ちゃんが迎えに来てくれたわよー」

二つ目の鶴が完成した所で呼び出しがかかる。
てっきり美智恵が迎えに来るものだとばかり思っていたひのめも横島も一瞬顔を見合わせた。

「お母さんじゃない?」

「どうしたんだろうね?」

会話しつつ玩具を片付けてその場を後にした。

母親から急に妹の迎えを押し付けられた令子は少々不機嫌だったが、荷物を片手にひのめと手を繋いで現れた横島に驚いた。

「横島君? なんであんたがここに……しかもひのめと一緒に出てくるのよ?」

「あ〜、それはまぁ……一応仕事でして」

「お兄ちゃんがお話しに来てくれたの♪」

園の掲示板に目をやると、そこの予定表にはオカルトGメン訪問の予定が確りと書き込まれていた。
一応自身にも経験のある子供向け広報活動だと判ると、脳裏に浮かぶ笑顔の母親に文句も言いたくなった。

「ま、いいわ。じゃぁ帰りましょ。それでは、さようなら」

令子はひのめの手をとり、保母さんに挨拶をして歩き出す。
もちろんひのめのもう片方の手は横島が繋いでいる訳で……

「なんかさ、ひのめちゃんのお姉さんと横島さんって夫婦みたいじゃない?」

「そうよねぇ。横島さんの事『お兄ちゃん』って呼んでたし……」

「っていうかひのめちゃんがあの二人の子供でも違和感ないわよねぇ」

なんていう話題に流れるのも当然だったかもしれない。




夕日に照らされて伸びる影が三つ並んでいる事に気が付いた令子も似た様な事を考えていた。
きちんと歩幅も合わせてくれるし、時折ひのめと何か話して笑顔になる横島に違和感を感じることが出来なかった。
むしろ当たり前の、当然といった雰囲気さえかもし出している。

気が付くと何だか照れくさかったが、何ぜか嫌な気持ちは沸いてこず、自然と頬が緩んだ。心なしか顔も赤くなっている。

そんな令子の状況に気付いたのはひのめだった。

「おねえちゃん、どうしたの? なんか変だよ」

「……な、なんでもないわよ」

動揺してさらに顔が赤くなる。

「大丈夫ですか? 仕事が忙しかったとか……」

「そんなんじゃないわよ!」

横島に心配されると何故か虚勢を張りたくなる。実際たいして忙しくなかったし、納得の行くギャラの仕事も無かったので今日は休みにしようと思っていたくらいだ。

「じゃぁ風邪ですか? もうトシなんだし」

「トシのことはゆーなっ!」

殴るが力が入っていない。殴られて安心した横島とは違い、何かを目ざとく感じ取ったひのめ。

「でもやっぱりおねえちゃんおかしいよ。いつもならお兄ちゃんの事い〜っぱい話してくれるのに」

令子の顔が真っ赤に染まる。横島も照れ隠しに軽口を叩いてもう一発殴られようと思い、情けない笑顔を作って令子に顔を向けるが、令子は益々顔を赤らめ視線を外すだけだ。

「ナンパしまくっては殴られてバカみたいだとか、もうちょっとお上品にご飯食べられないのか〜!とか
 寝顔がだらしないとか涎たらして汚いとか、いびきも歯軋りもうるさいとか
 寝相だって良くないし、寝てるんだか起きてるんだかわかんない寝言言ったりしてるって聞いたよ?」

得意げな顔で横島を覗き込むひのめ。対照的に視線を合わせようとしない二人。
姉との帰り道は姉の独演状態だった。それが別に嫌なわけではないが、今日はお兄ちゃんもいるとあって、令子は静かでひのめは饒舌だった。


「あ〜あ……お兄ちゃんがひのめの本当のお兄ちゃんなら良いなのになぁ」

ひのめがぽつりと洩らした言葉に、令子と横島は過敏に反応した。

(ひのめのお兄ちゃんになるって事は養子よね!? 私に弟ができるのかしら? そうよね? そうに決まってるわよね!?)

慌てる令子を余所に、横島は真剣ば表情になって自分の気持ちを確かめていた。
一人頷きながら何かを決心した横島はひのめの言葉に応える。

「うん、そうだなぁ。俺もひのめちゃんみたいな妹がいたら良かったなぁって思ってた。
 だからひのめちゃんのお兄ちゃんになれるように頑張ってみるよ」

「ちょっ……横島君それって……」
「お兄ちゃん本当!?」

驚く令子と嬉しそうなひのめ。
まっすぐに令子を見詰めると「もう少し待っててください」と呟く。
三人の足音が流れていた。









二人を送り届け、アパートに戻った横島は──


「なぁにカッコつけとんじゃオレはぁぁぁぁっ!! まだ借金抱えたまんまだっつーのにぃぃ!!
 …………絶対美神さん怒ってるよな。あの後何にも話しかけてくれなかったし…………
 ぜってー呆れられた! 俺の阿呆ー!!」


一人で転がっていた。

元々の借金(と横島が思い込んでる物)の返済の目途はまだ立っていない。それどころかようやく半分を越えた辺りなのだ。「もう少し」と見栄を切るには少々早かったかもしれない。そこに思考が行き着くと、転がるしかなかった。転がってどうにかなると思えなくても。






一方遊びつかれたひのめを寝かしつけた令子は一人で強めの酒を飲んでいた。

<そのような飲み方をされてはお体に障りますよ、オーナー>

晩酌は何時もの事だが、様子がおかしい事に気付いた人工幽霊一号がやんわりと止めようとする。

「うっさいわねぇ……私が飲むのはいつものことでしょう?」

<しかし……普段と様子が違いますので……>

人工幽霊一号も世俗に通じている。酒の力で嫌な事を忘れたりする人が居る事は知っているが、令子がそんな飲み方をするのが珍しく、且つ精神状況の乱れが霊波に現れているのがわかる。

それでも令子のピッチは止まらない。むしろ上がったかのように思える。
三本目のボトルが空になった所で、令子は注いだ酒を見つめながら人口幽霊一号に話しかける。

「ねぇ人工幽霊一号。あんたは横島君のことどう思う?」

らしくない言葉だった。自分でも信じられなかった。

<横島さんのことですか? ……煩悩が凄まじくて見境なしで、すぐに泣き言を言う情けない人で……>

「言うわね」

グラスの氷に映る自分の顔は不機嫌な酔っ払いそのものだ。

<それでも、明るくて何度でも立ち上がる不屈の闘志と不死身の肉体を兼ね備え、文珠もつかえるゴーストスイーパー。
 それでいて経営能力も並以上の物がある──言ってしまえば非常識な人です>

解けた氷の音が続きを促す。

<私個人の意見ですが、美神オーナーともお似合いな方だとおもいますよ>

もう一度自分の顔を見てみる。何故か笑っていたのを確認すると、グラスを煽って酒で喉を焼く。
そして令子はおもむろにシーツにくるまり目を閉じる。

「私もう寝るわ。電気消しておいてね」

程なくして規則正しい寝息が聞こえると、部屋の明かりは落とされた。













翌日、オカルトGメンから呼び出された横島はその召喚に素直に応じていた。勝手に内容を変更し、あまつさえ子供相手に幽霊と友達になろうなんて事を言ってしまったのだ。
怒られるのは目に見えていたが、報酬の話もあると言うので無視するわけにはいかなかった。

すでに顔パスな横島も受付嬢にナンパ代わりの挨拶は欠かさない。
そして受付嬢も何時もの事とマニュアル通りに対応し美智恵のオフィスに連絡を入れる。


今日は10分ほどロビーで時間を潰してきてくれとの事だった。
何時もならすぐに招き入れるので、何か問題でもあったのかと考えてみるが、受付嬢と差し出されたコーヒーを目の前にすると思考を切ってしまう。

美智恵は美智恵で準備に忙しかった。
部下からの報告で急に仕事が増えたのだ。お陰でひのめを迎えにいけなくなり、遅くまで仕事をする事になっていた。
昨夜は遅く帰宅して充分な睡眠が取れなかったので、あまり忙しくは無い午前中の雑務を西条に押し付け、今まで仮眠室にいたのだ。
一部のオバサンの様に羞恥心というものを欠いてないので、身支度に時間が必要なのは仕方の無い事だろう。



薄い化粧を施し、隈の浮き出た目元を眼鏡で誤魔化した美智恵と対面した横島は起こられるのを覚悟していた。
だが、横島の予想に反して美智恵は終始笑顔で話を進めるのだった。

「昨日の広報活動は評判がよかったようで嬉しいわ。子供たちにもオカルトに興味を持ってもらえたようで言うこと無しね」

「……え? いいんすかあんな適当な話で?」

「現役GSの体験談は貴重なものなのよ。
 それに『幽霊にも妖怪にも悪魔にも、いい奴と悪い奴がいるんだ。いい奴となら一緒に遊んだって良い。
 でも、悪い奴見かけたらおにーさんかオカルトGメンに知らせるんだぞ。』だったかしら?
 これってオカルトGメンの最終目標でもあるのよ」

日本政府が目の敵にしていたタマモを保護しようとしたのもオカルトGメンだ。
科学が基盤の現代社会とはいえど、幽霊や妖怪は確かに存在し何らかの形で関わってくるのだ。
お互いが理解できればこの上ない。そういう意味ではオカルトGメンが人と人外との仲立ちとして、そういう目標を掲げるのも頷ける。

(よかった……怒られないで済んだようだな)

美智恵の口から自分のセリフが発せられた時は居心地が悪くなったが、お咎めなしという事実に安堵していた。

「仕事内容の話はこれで終わりなんだけど、報酬についてちょっと……」

報酬の話になると横島は露骨に嫌な顔をする。
オカルトGメンの広報活動に乗り気になれない理由の一つだからだ。

あくまで一介のGSである横島は、オカルトGメンに『善意で協力』している事になっていたのだ。
故に、一日喋ってもらえる報酬は『食事代』という位置づけで決して報酬などと呼べるレベルでは無かった。

いつもなら、喋り終わったあとに同行している職員から封筒に入った『食事代』を受け取って現地で解散という流れだった。

「横島君……貴方昨日の件で文珠を使ったわよね?」

「えぇ、使いましたけど……それが何か?」

横島は、無言で差し出された封筒の封を切り中身を確かめる。今回は食事代として何時もの報酬のほかに一枚の明細書が入っていた。
そこに書かれていたものを見て横島は目を丸くした。


『諸手当 霊具代 ¥500,000,000』


「あ、あの……これってなんすか?」

「あら? 一番最初にこの仕事のことを説明した時に言ったじゃない。
 交通費とかこっちが用意した以外のお札使ったりしたら経費で落としてあげるわよ。って」

「でも俺、昨日何も使ってないですけど……」

「文珠は使ったんでしょう?」

「ええまぁ…………ま、まさか文珠代っすか?」

「そうよ。今日本支部にそれだけのお金が無くって……パリからお金回してもらうのに苦労したわよ♪」

美智恵は寝不足の原因を笑顔で告げると、肩をほぐすような仕草をする。

「これは貴方への正当な報酬だから、気にしないで受け取って頂戴ね」

明細書を手にしたまま呆けている横島にフォローしたつもりだったが彼は別の事に気をとられていた。

(文珠1個が五億円!? つーことはあの120万のギャラの仕事に4個も文珠使ったって事は19億の赤字なのか?
 そんでもって200万の仕事で3個、1000万の奴に2個、20万の奴に6個も使ってたって事は……
 いや待てそれよりもだ! はじめっから文珠売ってりゃ借金返済なんかそれこそ『アッ』という間だったんじゃねーかぁぁあっ!!」

横島らしい雄叫びだ。もう声が出ていることには誰も気にしない。

「文珠を売ってお金を稼ぐのはお勧めできないわねぇ。
 文珠って何でも出来ちゃうから、霊能犯罪なんかに使われたら横島君まで捕まっちゃうわよ♪」

美智恵の言葉に現実に引き戻される。
そういえば何年か前に大学入試の時に不正を働きお縄になった中国人(?)がいたような気がした。
ザンスの王様が来日した時に、自分自身がオカルトGメンに(誤認とはいえ)しょっぴかれたことを思い出した。

犯罪は割に合わない。あんな思いをするのは二度とゴメンだった。
思い出し落ち込みをしてブルーになる横島を見て美智恵が苦笑する。

「まーまー良いじゃないの。これでめでたく借金返済完了なんでしょう?
 令子も寂しがってると思うから今夜辺り事務所に顔を出してあげてね♪」

「あ、そーか。もう借金は無くなったんだ。これで堂々と美神さん達に会えるんだ」

落ち込んでいたと思ったら直ぐに元気になる。

「そんじゃぁ俺急いで帰って準備しますね!」

埃を巻き上げて走り去る横島を見送った後美智恵は受話器に手を伸ばす。

「もしもし? おキヌちゃん私よ、美智恵。……うん、……うん。あらそぉ、良かったわね。
 じゃぁ今夜は暇なのね? だったら私が奢るから一緒に晩御飯食べない? シロちゃんとタマモちゃんも誘ってね。
 ……令子? いいのよ、アノ子にはお仕置きよ。まったく何時までたってもガメツイんだから……ちょっと位悔しい思いさせないとね」





急に一人になった令子の気分は最悪だった。
どこかよそよそしい雰囲気で出て行ったおキヌ達を見れば「弓さん達に呼ばれた」というのが嘘だとわかる。そして自分一人が呼び出されない事を考えてみると、呼び出したのは間違いなく母親だという事にたどり着く。
大方晩御飯を奢ってやるとでも言ったんだろう。その証拠にタマモがだらしない顔をしていたし、シロのしっぽは横島と散歩に向う時並に元気が良かった。私を誘わない理由は「お仕置き」とかだろうということも容易に想像が付いた。

窓の向こうにみえるオカルトGメンの文字が憎くたらしくてしかたない。
いっそバズーカでも撃ち込んでやろうかとも思うが、美智恵相手に全てをもみ消す自信が無かった。

また昨日の様に酒の力でも借りようかとグラスに手を掛けた時に声が掛かる。

<オーナー、お客様です>

(こんな時間に誰が? まぁいい。依頼だったら足もと見てふっかけてやろう。慌てて駆け込んでくる位ならかなり切羽詰ってるはずだ。
 西条さんなら酒を奢ってもらおう。あの馬鹿が近くに居ないときのストレス発散は酒ばかりだから出費もかさむのよね)

パシッ! と頬を叩いて気分を入れ換える。精々可愛く笑って出迎えて、ひっかけてやろうじゃない。一瞬作ったそんな笑顔をすぐさま引っ込める。

「いいわ、上がってもらって」

しかし、入ってきた客は美神の予想を大きく裏切る者だった。

「不肖横島忠夫、本日借金返済完了しました! ……ってあれ? 美神さんしかいない……」

アイロンの効いたスーツを着こなし、洒落た髪型の彼が目の前に現れた。しかも大量の花束を抱えて。

まっすぐに見詰められて「もう少し待っててください」と言った彼が急に現れたのだ。

(本っ当に馬鹿ね。花は迎える人が渡すのが普通でしょう?)

魂に導かれるままに立ち上がる。何も言わずに横島に歩み寄る。
「10億稼いでこい」と放り出してから今日までの日々は千年の歳月よりも長かった。


自分の視界を覆う美神の顔にうろたえる。瞳の中にはお互いしか映っていない。


「美神さん?」



夢の中でも、想像の中でも見た事の無い光景が。

千年越しの恋がついに実る。










「奥様は守銭奴」へ続く!?

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