ザ・グレート・展開予測ショー

魂刃の錬丹術師 [2]


投稿者名:夢酔
投稿日時:(06/ 7/14)

−1−


「太古、天に戦あり。『光を掲げる者』と詩われ、対六枚の光翼を持つ最高位天使ルシファー、天使の三分の一を率い神に弓引かん。永遠ともいえる長き戦の末、ミカエルに討たれしルシファー、堕天使と共に地獄の奥底に堕とされん」――ミルトン「失楽園」――


 そこは何処とも知れぬ狭間の虚。それぞれが創造と破壊を司る、対極に位置する二柱の存在が邂逅する会見の場。両者が存在するだけで漏れ出る超越的な霊圧によって空間すらもが歪み、彼らの姿は朧に霞んで見えない。彼らにその気は全くなくとも、上級神魔族ですら、その場に居るだけで存在そのものが削られかねないほどの重圧が支配していた。
 しかし、その場に臨んでいるもう一つの存在は、臆する様子も見せず、何処か投げ遣り気味な雰囲気を湛えながら、淡々と報告を続けていた。人民服を着込んだゲーム猿、もとい『最強の武神』とも称される斉天大聖老師である。
「…以上が、今までの経緯です。ここまでで何か質問は御座いますか、お二方?」
「では、彼の霊核は全く変質していないということですね?」
「然様ですな。疲労による一時的な消耗以外は、何ら問題ありません。懸念されていた魔族因子の暴走や侵食も一切見られませんでしたな」
 言葉を選びつつ、老師が客観的な事実だけを述べる。
「た〜、何ちゅう規格外や。仮にも上級魔族の霊基やで? 瀕死状態で輸霊されてんのに、欠片も影響を受け取らんやと?」
「おまけに、人界最高の錬金術師による術支援があったとはいえ、複雑に絡み合った霊基の一方だけを選別して抽出・分離というのは、とても人間業とは思えないですね。『人界唯一の文珠使い』であることを差し引いたとしても…」
 だが、その異常さを見逃すほど、二柱は愚かではなかった。その普段の言動や趣味嗜好はともかく、彼らとて、伊達で各陣営の最高責任者をやっている訳ではないということだろう。  
無言で先を促す二柱に、老師は観念したように溜息をついた。
「恐らく、『元神』が目覚めかけているのでしょうな。邪道に近い方法とはいえ『煉薬』を行い、不完全ながら『小薬』すら具現させましたし…」
「ほう!」
「そらまた…」
 苦々しく述べる老師とは対照的に、二柱の感嘆には喜色が含まれていた。ただ、その喜びようが、優秀な人材を見出したことによるものというよりは、世にも珍しい玩具を見つけたことによるもののようにしか、老師には感じられなかった。
「とは言え、現時点では何とも言えぬでしょうな。普段の行き過ぎた煩悩にしろ、人外じみた不死身ぶりにしろ、『先天の気』が発現しやすい体質によるものと考える方が自然ですからな」
 事務的な口調で意見を述べながら、老師はやんわりと釘を刺す。今でこそ落ち着いた彼であっても、可愛い弟子の為ならば、かつての「魔猿」に戻ることも辞さぬという不退転の決意を言外に篭めて。
「分かりました。そういうことならば、当面は監視に留めるとしましょう。彼らの処遇については、あなたに一任します」
「せやな。まあ、今のところ目だった動きもあらへんし、それが妥当なとこやろ」
 老師の決意を知ってか知らぬか、神魔の最高責任者の下した判断は、問題の本質と潜在的な危険性を考えれば、極めて穏当なものだった。
「しかと承りました。それでは、これにて失礼します」
 不審の念も安堵の想いも飲み込んで、老師は慇懃無礼に一礼すると、その場を辞した。

 老師が姿を消した後、何とも言えぬ沈黙が充ちた。やんちゃ坊主達が、悪戯の成功を無言で称え合うかのような、阿吽の呼吸に裏打ちされたそれが。
「役者やな、キーやん。」
「サっちゃん、あなたこそ」
 二柱が意味ありげな視線を交わしながら、実に「イイ」笑顔を浮かべた。
「まあ、気づかん方がおかしいわな。韋駄天の憑依に、竜神の祝福に、魔竜の寄生に、極め付きは上級魔族との共生や。普通なら、正気を保つどころか、人であり続けることすらできひん」
「人界有数の霊能者や幽霊の霊気を浴びても影響されず、神魔双方の力を受けても変質せず、人狼や妖狐の妖気に晒されても平然としている。これだけの事実を並べられれば、自ずと結論は導かれますね」
 指折り数えるサっちゃんに、キーやんが大きく頷く。
「けど、下手な手出しは禁物やで? まあ、あんだけの『大騒ぎ』でも静観を決め込んでた連中や。あっちから動きを見せることはないやろうけど…」
「人界への残留を望んだ『物好き』たちを唆すくらいのことはするかもしれませんね…」
 サっちゃんの指摘に、キーやんが考え込む素振りを見せた。
「そう言えば、例の『引継ぎ』はどうなりました?」
暫しの黙考の後、キーやんがさり気なく話題を変えた。
「ああ、それやったらベルっちが『快く』引き受けてくれたで?」
 当然のように答えを返すサっちゃんにも不自然な様子はない。『快く』が異様なまでに強調されていたのは、気のせいに違いない。
「そうですか。では、ルーちゃんのアレも『引継ぎ』作業の一環なんですよね?」
「ぐは! そう来たか。アレは『保険』や。幾らなんでも、これ以上の『身内の不始末』を晒す訳にはいかんのやから…」
 微笑に刃を隠して、あっさりと核心を突くキーやんに対して、冷や汗を掻きながら、サっちゃんが言い訳を零す。
「それで首尾はどうなんですか? 『結晶』の破片回収作業は順調だったそうですし、『南米の施設』の管轄はそちらですし、あなた達の方が『古き方々』とのコネは豊富ですしね?」
「そこまで分かってて、そない言うんか? ホンマ、やってられんわ…」
 慈愛に満ちた表情を湛えつつ、痛いところを精確に抉って来るキーやんの言葉に、苦りきった声音でサっちゃんが肩をすくめる。
「まあまあ、私とあなたの仲じゃないですか。それで、言い訳はどうするんです?」
「『親子が会うたらアカン』いう決まりはないで?」
「成る程。単なる『親子の交流』ならば、反デタント派も、『隠遁者の方達』も文句は言えないと?」
「ま、そういうこっちゃ。一応、道案内を兼ねた監視はつけるけど、『里帰り』そのものは文句言う訳にもいかへんしな〜」
「分かりました。そういうことであれば、問題はありませんね」
 こうして当面の懸念材料がなくなった神魔の最高指導者たちは、そのまま和やかに談笑しあうのだった。


−2−


「では、こうしませんか? この世では、貴方の奉公人として私がお仕えしますから、お好きなように使って頂いて構いません。そして、来世で再びお目に掛かった際には、貴方が私の奉公人ということで」――ゲーテ「ファウスト」――


「ルシオラちゃん!」
 一目散に駆け寄ってきた蝶の化身は、人形サイズに縮んだ姉の体を優しく握りしめ、そっと頬で触れる。感極まったパピリオは嗚咽を零しながら、姉の名を繰り返し呼び続ける。
 人造精霊として復活した蛍の化身は、そんな妹の盛大な歓迎を受け入れ、その小さな手でそっと妹の頬に触れる。全身で再会の喜びを表現する妹をあやすように、優しく頬を撫でながら、
「ただいま、パピリオ」
短く再会の言葉を告げる。
 純真無垢な幼い少女が、満面の笑みを浮かべて小さな妖精の女性に頬ずりする。慈母のような優しい表情を湛えた妖精の女性が、幼い少女を祝福するように頬を撫でる。その情景は、美しい絵画のような荘厳さと神聖さに充ち、無粋な干渉を拒んでいるようだった。
 死に別れた筈の「姉妹の再会」に水を指すこともないだろうと、横島は美しさに魂を奪われたように、無言で彼女たちを見守っていた。
だから、背後に迫る圧倒的な脅威の気配に気づかなかった。いや、気づきたくなかったのだろう。例え、それが現実逃避と呼ばれるものだとしても、彼を責めるのは酷な話だといえる。
 だが、やせ我慢にも限界は存在する。無言のプレッシャーに耐え切れなくなった横島は、錆付いたブリキ人形のように首を軋らせながら、ゆっくりと振り向いた。 
 それはとても爽やかな笑顔だった。
輝くようなという形容をつけても、誰も文句を言わないに違いない。だが、とても可愛らしい筈のその微笑みに対して、横島の本能は最大級の警告を発していた。
「あの、小竜姫様? ひょっとして怒ってます?」
「いいえ、私はちっとも怒ってませんよ、横島さん」
 動きやすい作務衣のような着物を纏った竜神の姫君は、溢れんばかりの笑顔を湛えて、ゆっくりとにじり寄って来る。その表情とは裏腹に、もはや物理的な圧力にまで高まった殺気が周囲を圧倒し、横島は戦略的撤退どころか、指一本すら動かすことができない。
「やっぱり怒ってるやんか〜」
「怒ってませんよ」
 鼻水を垂れ流し、涙声で行われる横島の抗議を意に介することなく、小竜姫の左手が横島の肩に置かれる。掴んでいる訳でも押し付けられている訳でもないのに、それだけで横島の動きを封じているのは、さすがは「神剣」と称えられる武神だからだろう。
「じゃ、じゃあ、わしらはこれで…」
「失礼します・ミス小竜姫・横島さん…」
 ドサクサ紛れに、横島を生贄にして逃亡を図ろうとする錬金術師と自動人形の主従を、無言で突きつけられた「神剣」が封じた。刀身全体から溢れんばかりの剣気が迸り、圧力に負けた周囲の空間が陽炎のように揺らめいている。
「私にも分かるように、きちんと説明してくださいね」
 小首を傾げながら、可愛らしく『お願い』する竜神の姫君。それに逆らうだけの気概を持つ勇者は、残念ながらその場には一人も居なかった。

「事情は分かりました。しかし、事はそう単純ではありませんよ?」
 これまでの経緯と事情の説明を受けた小竜姫は、眉をしかめながら、横島を射るように見据えた。その視線が、目にしたものを石に変える邪眼に匹敵するほど厳しいものだったのは、本当に幸せそうな表情で最愛の少年の左肩に座り、彼の頬に全身を委ねている人造精霊の少女とは無関係だと思われる。
「って、それはどういうことっすか、小竜姫様!」
 立ち上がった横島が、彼にしては珍しく強い語調で問い返す。無意識に右肩を前にする半身となり、ごく自然な形で左肩の少女を庇う姿勢となっているのはさすがと言えなくもない。
「それだけあなたが注目されているということです、横島さん。あなたが未成年であることを考慮して、人界に関しては情報統制が行われました。しかし、あくまでも表向きの話す。人界でも、詳しい情報はともかくとして、GS業界や裏の世界では、あなたの噂は公然の秘密として語られています。また、神魔両陣営もあなたの動向には注目しています」
 自分の無力さを悔やむような、何処か苦々しい口調で小竜姫は説明を続ける。
「へ? 俺って、そんなに有名なんすか?」
「当然じゃろう? 『ゲーティア』に記された七十二柱の一柱にして、四十の悪霊の軍団を率い、魔界の四大実力者に名を連ねる公爵。その強大なる存在を滅ぼした『魔神殺し』にして、『人界唯一の文珠使い』。それが、おぬしじゃ。注目されん訳がなかろうが…」
 劣等感に蝕まれ、自己評価が暴落しきっている少年を、やや呆れながらも、年長者の威厳を見せてカオスが諭した。
「その通りです。そんなあなたが、アシュタロス直属の眷属を復活させたとなると、様々な憶測が飛び交い、反デタント派などがよからぬ動きを見せないとも限りません…」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺は、ルシオラと再会したかっただけです。娘としてじゃなく、一人の女性として。それだけなんすよ? それが、どうしてそんな大事になるんすか!」
「それは…」
 横島の悲痛な叫びに、小竜姫が言い淀む。彼の『姉弟子』を自任する彼女にとって、彼の最愛の少女が孕む危険性を、彼に面と向かって口にするのは躊躇われたからだ。
「『転生』したのではなく、『復活』したからじゃ。仮に、娘として人間に転生しておったなら、問題はなくならないにせよ、影響は少なかったじゃろうがな」
 突然現れた斉天大聖が、言葉を選びながらも、端的に問題の本質を述べた。
「ど、どういうことっすか、老師!」
「落ち着け、小僧」
 掴み掛からんばかりの横島の頭を、苦笑を浮かべた老師が煙管で軽く小突く。それだけで、ささくれ立っていた横島の感情が、不思議と静まっていく。
「あやつの空位は、魔界の最高指導者の直接指名でベルフェゴール殿が引き継いだものの、混乱は避けられぬし、未だに火種は燻ったままじゃ。そこへ、記憶を保ったままの直属の眷属が、誰の保護下にもない状態で復活したとなったらどうなる?」
「取り入ろうとする者、力づくで言うことを聞かせようとする者、復讐や見せしめに殺そうとする者。動機や目的はともかく、諸勢力から狙われることになるじゃろうな」
 老師の問いに、カオスが淡々と答える。
「だったら、俺はどうすりゃ良いんすか!」
 だが、横島の瞳は絶望していなかった。過酷な現実を受け入れながら、状況に屈することなく、事態を打開する方法を探そうという決意が宿っている。
 その真摯な輝きを見て、老師は満足そうに頷き、老錬金術師は唇を歪めるだけの笑みを浮かべた。ちなみに、人造精霊の少女、魔族の幼女、竜神の姫君、自動人形の少女達は、不意打ち気味に見せられた彼の凛々しい姿に心を奪われ、四人(?)仲良く赤面したまま硬直していた。
「簡単じゃ。『なかったこと』にすれば良い」
「へ?」
「成る程。ここに居るのは、小僧が『召喚』し『契約』した『ただの精霊』。GSが『使い魔』を連れておっても何も不自然ではない、と?」
「察しが良いな、『ヨーロッパの魔王』」
「小僧が鈍すぎるだけじゃ。じゃが、そうなると、『偽装』を『契約』の呪に紛れ込ませる必要があるぞい」
「何、幸いなことに、小僧の前世は陰陽師じゃ。修行の弾みで『役鬼法』を無意識に発動したことにすれば、誰も文句は言えまい?」
「確かに、陰陽道のルーツは仙術じゃからのう。術系統が一致する以上、そう簡単に偽装は見抜けんじゃろうて」  
 早すぎる展開についていけない横島を置き去りにし、『最強の武神』と『ヨーロッパの魔王』が両者だけで盛り上がる。
「え〜と、結局、俺は何をすれば良いんすか?」
 おずおずと挙手しながら質問をする横島。微妙に腰が引けている辺り、普段の彼らしいと言えなくもない。
「うむ。そこの嬢ちゃんと、契って貰う」
 老師の爆弾発言が炸裂した。
「ち、契る? そ、それって、つまり……ヤ…」
 だが、彼の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
 魔族の幼女は、満面の笑みを浮かべて、大量の眷属を召喚し、一斉攻撃を命じた。
竜神の姫君は、華やかな微笑を湛えて、老師すら反応できない神速で抜刀し、斬撃を繰り出した。
自動人形の少女は、不自然なまでに凍りついた表情で、内臓武器の安全装置を解除し、一斉射撃を実行した。
 結果として、横島は、僅か1ミリ秒で真紅に染まったのだった。
「いや、嬢ちゃんを『使い魔』に『偽装』するため、『主従契約を結ぶ』だけじゃ。って、誰も聞いておらんのか?」
 当然の如く、老師の言葉に耳を貸すものは誰も居なかった。人造精霊の少女は、真っ赤になりながら空中で身悶えていたし、老錬金術師は、とばっちりを恐れて、既に退散していたからである。


−3−


「この清明は、家の中に誰もいないときは、式神を使っていたそうである。人もいないのに、蔀が上げ下げされたりすることがあった。また、門を閉じる人もいないのに、門が閉じたりすることがあったという。」――「今昔物語集」巻第二十四『安倍晴明、忠行に随いて道を習うこと』語第十六――


「横島忠夫の名において命ずる。出でよ、『飛光』(fei-guang)!」
 少年の叫びと共に、空中に光の五芒星が浮かび上がる。空中に生じた『晴明桔梗』とも呼ばれるそれを簡易魔方陣として、彼の式神が顕現する。
 鬼火よりも朧で、月光よりも淡い、柔らかな灯火。
光源が霞んで輪郭がはっきりしないため、「静かに輝くハンドボール大の光球」としか表現できない存在だ。その蛍火のような儚い煌きが、嬉しそうに主の周りを乱舞する。
「嘘! 横島クンが!」
「凄いです、横島さん! この霊圧ってことは、結構高位の精霊じゃないですか!」
「流石は先生でござる! よもや式神まで使役なさるようになられるとは!」
「へ〜、横島にしてはやるじゃないの」
「ふ。これが俺の実力っすよ」
 四者四様の反応に気を良くした横島は、鼻息を荒げながら、偉そうにふんぞり返る。
「で、このコって、何が出来るのかしら?」
 弟子の技能が向上したことに素直に感心するよりも、そのことで削減されるかもしれないコストの額が気に掛かる美神は、瞳を輝かせて横島に尋ねる。おキヌもシロタマも期待に満ちた眼差しを彼に向ける。
「へ? 何が出来る?」
 だが、横島はそんな質問をされるとは考えてもいなかったらしい。冷や汗を流しながら、小声で自分の式神と相談を始めた。そんな彼を見る他の面々の期待度が、検察の捜査開始を報じられた某企業の株価並に急降下していく。
「え〜と、まずは、空が飛べます」
「見れば分かるわ」
 横島の説明を、美神があっさりと斬り捨てる。
「他にできるのは、簡単なヒーリングと光を利用した幻術。あと、出力は低いけど霊波砲が撃てるらしいっす」
 耳元で何かを囁いているらしい式神の言葉を聞きながら、横島が説明を続ける。
「使えるのか使えないのか、微妙なところね」
「ま、まあ、横島さんも、能力に目覚めたばかりですし…」
 容赦ない美神のコメントに、すかさずおキヌがフォローを入れる。
「これから修行すれば良いのでござる!」
「ま、所詮、横島よね」
 楽観的なシロのコメントに、辛辣なタマモの酷評が重なる。
「ぬ! 女狐の分際で、先生を侮辱するでござるか!」
「あら? 私は『所詮、横島よね』としか言ってないわよ? それを侮辱と言うことは、あんたがそう思ったということかしら?」
「ぬが〜! 今度は、拙者を侮辱するでござるか? そこへ直れ、女狐!」
「何よ? 私とやろうっての、馬鹿犬?」
 勝手に喧嘩し始めるシロタマ。そんな二匹を宥めようとして、人外の喧嘩に巻き込まれる横島。
「おぶっ!」
 サイキック・ソーサーで攻撃を受け止めたはいいが、衝撃までは殺しきれずに壁に叩きつけられ、あっさりと気絶する。
「食らうでござる!」
「甘い!」
人間には視認すらできない霊波刀の斬撃を、未来予知じみた直観で回避。カウンターで叩き込まれた複数の狐火を、肉体の強靭さだけで強引に軌道を変えた霊波刀で迎撃。
 最初の目的を忘れてヒートアップするシロタマには、もはや周囲が見えていなかった。
「いい加減にしなさい!」
霊波刀と狐火の余波が事務所にまで波及しようとしたところで、神通棍を構えた美神が一喝する。高出力によって鞭の形に変形した神通棍が大気を切り裂き、その唸りだけで人狼と妖狐の少女たちを屈服させる。
「キャン!」
「クーン…」
「まあまあ、美神さん。ほら、シロちゃんも、タマモちゃんも悪気はないんですから…」
 美神の剣幕に脅える二匹を、苦笑いしながらもおキヌが庇う。
 そんな「いつも通りの光景」を一瞥した後、「飛光」と呼ばれた式神は、ふわふわと宙を漂うように進みながら、主の治療に向かうのだった。

「ふい〜、何とか誤魔化せたかな?」
 大仰な溜息をついて、横島は自室の床に腰を下ろした。そのまま胡坐をかいた状態で、全身から軽い霊波を放出。その反射波で部屋の『結界』に異常がないことを確認する。
「拘束術式1番・2番限定解除。霊波迷彩・光学迷彩を待機モードへ移行」
 横島の『宣言』と同時に、横島の左肩に人形大の少女が顕現する。
「お帰りなさい、ヨコシマ」
「ただいま、ルシオラ」
 触れるか触れないかのぎりぎりで、人造精霊の少女が少年の頬に軽いキスをする。擽ったそうにしながらも、横島は大人しくしていた。少女のサイズさえ気にしなければ、「新妻のお出迎え」と言えなくもない光景だ。
「やっぱり美神さんたちには正直に話した方が良かったんじゃない?」
 ルシオラが心配そうに呟いた。
 言うまでもなく、先ほどの式神の正体は、霊波・光学迷彩を施したルシオラである。横島が行った「召喚」にしても、彼女の幻術で召喚陣らしきものを作り出し、そこに注意を集めておいた隙にこっそり移動し、霊波・光学迷彩を上手く調節して『突然出現した』ように錯覚させるというものである。勿論、実際の施術・演出の考案・演技指導などは、日本のサブカルチャーにどっぷりと浸かった斉天大聖老師であることは言うまでもない。
「まあ、事情を話したら、黙っててくれるとは思うけど…」
「けど?」
「何を交換条件に出されるか分からんのやぞ? 仕事量が増えるくらいなら構わんが、口止め料代わりに時給を減らせとか言われたりした日には、餓死してしまうわい!」
 ルシオラの提案に対して、横島がリスクの高さを必死に主張する。
「そこまで無茶は言わないと思うけど…」
「い〜や、あの人を甘くみたらアカン! 自分の利益のためならモラルも常識も超越するんや!」
「ま、まあ、それは否定できないけど…」
 横島の言葉は、思い当たる節が多すぎて、ルシオラにも反論の余地がなかった。
「ま、あんまり心配すんな。バレるにしろ、バレないにしろ、俺が何とかするって」
 少年は、不安を抱えた人造精霊の少女を左手で優しく握り、彼女の目線を自分の目線に合わせ、その頭を右手の人差し指の腹でゆっくりと撫でる。
「ヨコシマ…」
 不器用ながらも、精一杯の優しさを篭めて不安を和らげようとする少年に、少女は感動を覚えた。
 少女の熱く潤んだ瞳がゆっくりと閉じられ、顔をほんの少しだけ上に向ける。そのまま、何かに祈るように、胸の前で腕を組んだ姿勢で動きを止める。
「……!」
 少女の無言の要求に、少年の動きも止まる。何かに魅入られたかのように、緩慢な動きで少年が少女に近づいていく。
 二つの影が重なろうとした、正にその時だった。
「悪い。取り込み中だったか…」
 黒尽くめの小柄な男が、扉を半開きのままで固まっていた。
驚きに見開かれた目には、「強敵」と書いて「とも」と呼んだ相手が、「人形趣味に走るまでに追い詰められた」ことに対する深い衝撃と、そんなになるまで相談にすら乗ってやることのできなかった重い自責の念などが、複雑に絡み合って浮かんでいた。
「俺のことは気にするな。日を改めるぜ」
「待て! 誤解だ!」
 背中に哀愁を漂わせて立ち去ろうとする悪友を、横島が必死で呼び止める。
「ああ、分かってるさ。犯罪に走るよりゃあ、百倍マシだ…」
「人の話を聞け、このバトル・ジャンキー!」
「うるせ〜! 『生涯のライバル』と認めた男が、『人形趣味のド変態』だと知らされた俺の気持ちが分かってたまるか〜!」
「だから、人聞きの悪い誤解を大声で叫ぶんじゃね〜!」
 雪乃丞の絶叫に、切れた横島が霊波刀で袈裟懸けに斬り掛かる。
「おお? やろうってのか? 上等だ! 表へ出ろ!」
 だが、雪乃丞は、瞬時に掌に纏わせた霊気で霊波刀を受け止め、先程とは打って変わったご機嫌さで戦闘モードを発動。
「こっちの台詞じゃ、ボケ〜!」
 売り言葉に買い言葉と、状況も忘れ、なし崩しに二人の大喧嘩が始まった。互いに罵り合う声と盛大な破壊音が急速に遠ざかっていく。
 折角のいい雰囲気を台無しにされたあげく、展開の早さについていけなかった人造精霊の少女は、部屋の隅で独り寂しく「の」の字を描くことしかできなかった。

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