ザ・グレート・展開予測ショー

聖誕祭の夜に!


投稿者名:とおり
投稿日時:(05/12/24)



美神さんと横島さん、そして私。
今日は隊長から呼び出しがあってGメンに出向いたのだけれど、なんと言う事は無い事務手続きだけで。
すっかり時間が空いてしまった私達は、街の喫茶店でお茶していた。



「ママも電話で済ませてくれればいいのに、なんだってわざわざ呼び出したんだか…」

「俺も、あれだけ簡単なら別に当人がいなくともって思いますけど」

「でも確か、本人の確認が必要だって言ってませんでしたっけ?
 それなら、どれだけ簡単でも仕方ないんじゃないんですか」

「まあそうなんだけどさあ…。こんなクリスマスの人込みの中で呼び出す事ないじゃない。
 あたしは人込みが一番嫌いなのよ」



美神さんはほとほと呆れたように大きいガラスの向こう側で行き来する人たちを見つめながら、つぶやいた。
小さい子の手を引く母親、寄り添うカップル、年配の夫婦、年の瀬に働くお父さん。
往来に溢れる人たちはそれぞれの時間で今日を過ごしている。
でも今日は心なしか、笑顔が多い様に思えた。
年の瀬は不思議と浮き立つ気持ちと物寂しい気持ちが同居して、そわそわと落ち着かないものだけれど。
今日という日は、特別なのだろうか。
クリスマス、という日は。





―聖誕祭の夜に!―





「はぁ、確かに人で一杯ですねえ。
 なんだってこんなに人が出てるんでしょう?」

「3連休の最終日でクリスマス、会社によっては休みに入ってるし、学校もとうに休み。
 正月の買出しに来る人もいるだろうし、もちろん年末年始がかきいれ時っていう人達もいるでしょうけど。
 あれね、普段は学校とか会社とかに押し込まれてる人間がどっと街にあふれるのよ。うっとおしいったら」

「雨降ったら仕事休むくらいのお大名やからなー、美神さんは」

「あん?!何か言った、横島君」

「いえいえ、何でもありませんってば」



美神さんが一睨みすると、脂汗を浮かべて黙り込む横島さん。
すかさず飛ぶ、美神さんのゲンコツ。
年末ではなくて一年中見られる美神事務所の風物詩、あたしの幽霊時代からもずっと変わらないやり取りが、なぜだろうか飽きない。
横島さんの一言に手を出し足も出す美神さんだけど、少し笑顔を見せたりするのを私は知っている。
いつか美神さんは言っていた、こいつらといると退屈しないって。
決して素直には出さないけれど、お母さんに呼ばれたのだって、こうして馬鹿な会話が出来るのだって、きっと嬉しいに違いない。



「ふふ、もう止めてくださいよ」



丸めた人差し指を口元に当てながら、私は二人に笑いかける。
美神さんは横島さんの頭をぐりぐりとしながら、残念そうに手を離し言う。



「しゃあないわね。横島くん、口の利き方には気をつけなさいよ」

「…へい」



さめざめと涙を流し、ようやく横島さんは美神さんの折檻から開放される。
全くお調子者なんだから、もう。



「でも美神さん、前から思ってたんですけど。
 なんでクリスマスってこう人出が多いんですか?」

「なんでって…。
 さっきも言ったけど、歳末で普段は色んな所に収まってる人たちがわっと街に繰り出すからでしょうね。
 まあ後はお祭り騒ぎを楽しみたいってだけなんじゃない?」

「お祭り騒ぎ、ですかあ。
 確かクリスマスってキリスト様のお誕生日ですよね」

「そうだわね。日本語で言えば聖誕祭だし」

「お釈迦様の誕生日には大騒ぎしないのに、変ですよね」

「…それは尺度が違うと言うか…」

「あれだよおキヌちゃん、クリスマスには色んな美味しい物があるだろ?
 お釈迦様の誕生日、お彼岸だけど。
 おはぎだけだと対抗できないんだよ」

「こら、おキヌちゃんに変な事吹き込まないのよ」

「おはぎも美味しいのに…」



二人とも苦笑いをしてる。
生き返ってからそういう物だと思い込んでいたクリスマス、考えると少しだけ釈然としない。



「食べ物の事は置いといて、日本人ってお祭り好きだし。
 楽しめればなんでもいいんでしょ。
 深く考えたら矛盾する事なんて、世の中一杯あるわよ。
 気にしない気にしない」

「そういうものですかね」

「そっ。そういうもの」



はぁ、とうなずく私に美神さんはやっぱり苦笑いしてる。
あんまり気にする事でもないのだろうけど、ケーキとおはぎなら皆ケーキを取りそうだしなあ…と思うとちょっと寂しい。
よし、今度のお彼岸は飛び切り美味しいおはぎを作って、二人を驚かせてやろう。



「おキヌちゃん、今おはぎ作ろうとか考えてなかった?」

「えっ、なんで分かるんですか横島さん」

「そりゃ、手をにぎにぎさせて上目遣いで考えこんでれば」

「おキヌちゃんらしいわ」



二人とも今度は苦笑いじゃなくて大笑いしてる。
もう、あたしの事になるとすぐこれなんだから。



「さ、休憩はこれまで。
 あたしは街に来たついでに厄珍堂に寄ってくから、あなた達は事務所の片付けをしててくれない?」

「そうですか、わかりました。
 じゃあ先に帰って片付けしてますよ。
 じゃ行こうか、おキヌちゃん」

「はい、わかりました」

「って横島くん、なにお金も払わずに出て行こうとしてんの」

「っち、気付かれたか…」

「美神さんも横島さんも、本当にもう…」



どうしてこう、この二人は漫才が好きなんだろうか。
たまに頭を抱えたい時もある。
美神さんの言うように、退屈はしないけど、ね。





結局美神さんが奢ってくれて、私達は先に事務所に帰ってきた。
応接間、玄関、私の部屋、お風呂場、倉庫、居間、廊下、食堂、そして最後に事務部屋。
事務部屋と言ってもいくつかあって、どの部屋も資料をたくさん書棚に置いてあるから結構埃がたつ。
でも、そんな埃っぽい作業も私には大切な時間。
大きな声では言えないけれど、彼と、横島さんと二人きりでいられる時間なんてあまりあるものじゃないから。
美神さんが気を使ってくれたのかもしれないけど、きっとそうではないだろうし。
人から見れば滑稽なのだろうけど、ぱたぱたとホコリ取りの動きが浮ついているのはどうしようもない。



「きゃ……」 



うずたかく積まれた荷物の移動も一段落。
休憩のためのお茶を入れようと足を出すと、ちょうどカーペットの端に引っかかって倒れそうになる。
気付いた横島さんが、すっと手を伸ばして支えようとしてくれたのだけど、勢いがついていたのか二人とも倒れてしまって。 

バシャン。

目を開ければソファーに二人、横になっている。
下に横島さん、上に私。 
数瞬、私はじっと横島さんの顔を見つめて。 



「あ……」 



言葉が口をついて出た時、初めて自分がどのような事をしているか理解した。 
息遣いどころか、心臓の音まで横島さんに聞こえそうな距離。 
私はどうしようも出来ずに彼の肩に手を置いて、身を硬くしてじっと、見ていた。
沈黙に耐えかねた様に、横島さんが言う。



「あ、あのさ、大丈夫だった?」

「あ、はい……」

「じゃあ、そろそろなんというかその……。」

「ご、ごめんなさい、私つい……!」



慌てて体を離した。
その瞬間、髪が彼の頬を撫でる。
香りがふわっと広がって、早まる動悸。
私は顔を肩に隠して、一生懸命冷静なフリをして、呼吸を必死に整えていた。



「ご、ごめんなさい横島さん」



固まってしまった自分。
体を離すよう言ってくれて初めて、動く事が出来た。
…頭が真っ白になることって、本当にあるんだ。
変な感慨にふけりながら、戻した視線で横島さんを見つめて。
ホコリを出すために開け放していた窓から、少し強い風が入り部屋を駆け回る。
そこにあったのは、ちょっと汗臭い横島さんの男の人の匂いと、私の髪の香り。 
やだ、そういえば今日はまだお風呂に入ってない。
横島さんに汗のにおいをかがれたりしなかったかな・・・。 



「横島さん、あたしお風呂入ってきますね」



そうだ、お風呂に入って、汗と埃を流して気持ちを落ち着かせよう。
その後で、横島さんに謝ろう。
せかす気をなだめるように、私は横島さんに背を向け、足早にその場を離れようとした。
彼の方へと顔を向けられない。
赤らんだ頬を見られれば、きっとその朱は更に深まるから。
そうして、立ち去ろうと一歩足を進めようとする。



「おキヌちゃん!」 



進めたのはその一歩だけ。
足を止めさせたのは彼の声。
何かを期待するような想いを胸に抱きながら、更に高鳴る胸に手を当てて振り返る。 



「な、ナンデスカ? 横島サン」 



何でもない風を装おうとして大失敗。
また別の赤に染まる頬を実感しながら、私の瞳は苦笑する横島さんを見ていた。
あれ、苦笑? 



「おキヌちゃん・・・・・・・・体、忘れてる」 



すっと視線を下ろすと、彼の足下には私自身の体がイイ笑顔を浮べて転がっていた



「きゃー、死んじゃだめー」



私は慌てて体に戻ると、少し力の抜けた体を横島さんが右手を私の手に、左手で背中を支えながらゆっくりとおこしてくれた。
さらに頬が染まっていくのが自分でもわかる。
どうしてこう、ドジなんだろう。
たまにこんな自分が嫌になる。
でも、でも。
大丈夫? って。 
横島さんに抱きかかえてもらって、ちょっと優しくしてもらえたし。
こんなのも、いいのかな。
吹き込む風は冷たかったけれど、横島さんの手の暖かさを背中に感じて。
私は微笑んでいたのだろう。
すぐ近くには彼の顔。
思わずまた見つめてしまって、不意にまぶたが降りようとした時―――。



「なにやっとんじゃぁ、この変態はー!」



どんがらがっしゃん、どさ。
かくや、という音を立てて横島さんが視界から消える。
いつの間に帰ってきたのか、仁王立ちの美神さんが毛を逆立てて、じりじりと横島さんに近づいていく。



「おキヌちゃんにセクハラすんなとあれほど言っとるだろうが、このボケ茄子!」

「ち、ちがっ…」



横島さんが何か言おうにも美神さんの手が早くて、あれよと言う間にぐったりとして、白いYシャツは赤くサンタの衣装みたいになって、鼻は真っ赤にはれ上がって。



「よ、横島さはーん?!」



誤解を解いて、美神さんをなだめるのに苦労したけれど。
クリスマスの夜、ちょっとだけ出来た思い出。
なんで皆がクリスマスを楽しみにしてるのか、少しだけ分かったから。
聖誕祭のこの夜に生まれた気持ち。
誰の物でもない、あたしの気持ち。
胸にしまっていてもいいですよね、横島さん。



―美神さんにはちょっと悪い気がするけど、ね。



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