吟詠公爵と文珠使い51
投稿者名:アース
投稿日時:(05/ 5/ 8)
おキヌは目の前に迫る黒い刃に思わず、眼をつぶる。だが、不意に自分の体が重さを失うような感覚に陥り、次の瞬間にはその場所を離脱していた。
「大丈夫ですか? おキヌさん」
「ピートさん、あ・・・・もしかして、バンパイア・ミスト・・・・・!?」
先程の場所からはやや離れた場所で、おキヌの問いにピートは静かに頷いた。
先程の斬撃が彼女に迫る直前におキヌを霧に変え、ピートが救出したのだ。最古の吸血鬼の血を引く、彼だからこそ出来る芸当だ。
「正直言って、ギリギリでしたよ」
「でも・・・・サルガタナスさんは?」
自分の敵に対しても「さん」付けをする彼女に苦笑しながら、ピートは数メートル先――――即ち、おキヌが先程まで居た場所を指差した。ピートが指差したほうへ、視線を向けると黒い刃を片手に持った地獄の准将が辺りを見渡していた。
その隙を見逃さず、聖剣ケセドを正眼に構えた唐巣が切り込む。その動きはまさに疾風の如し。
ガキィィン・・・!!
サルガタナスもその迫り来る気配を察し、黒い刃で唐巣の聖剣を受け止める。
「どうやらあんたが一番厄介らしいな・・・・」
「ふ・・・生憎私は年でね。少しは労わって欲しいものだよ」
柔和な笑みの唐巣。だが対する地獄の准将はその笑顔に隠された底知れなさを見透かした。
数秒の沈黙の後、鍔迫り合いが終わり、さらに耳障りな金属音が響き、剣閃が閃いた。
一方、『終末の龍』の首を相手にする者達は-―――――
「ちょっと!! このデカ物はいつになったら、倒れるんだい!?」
「やかましい!! とにかく攻撃しろ!!」
ブツブツ愚痴をたれるメドーサの相手をしながら、ネビロスは大鎌をブーメランのように投げつける。投げつけられた大鎌は見事に『龍』の首の角を数本切断する。
「グガアア-―――――――――!!?」
怒り狂った首は攻撃を加えてきたネビロスを飲み込もうと口を開いて、怒りの咆哮をあげながら迫る。
「今だ、やれ。メドーサ!!」
「えーい、もうただ働きは御免だよ!!」
『龍』の首の攻撃をかわしたネビロスの合図と共に、メドーサは文句を言いながらも首の目を狙って、刺叉を構え、超加速をかけた。それによって、片方の目を潰され、怒り狂う首にネビロスは止めとばかりに配下の『死霊大隊』に号令をかけると、上海で起爆する筈だった大型の火角結界数本を再起動させるとその口中に放り込ませた。
ゴバガアアアアアン-――――――――!!!!
「全く・・・・容赦ないね。あんた」
始動した火角結界の大爆発で頭部を粉々に吹き飛ばされた首を見やりながら、メドーサは何ともいえない調子で呟いた。
「あの結界は他に使い道が無かったからな・・・・何にせよ、これで首は一本片付いた。残りはあと四本、いやあと二本か」
ネビロスの言葉通り、二本の首の一方はミカエルの剣やその相方である水の熾天使ガブリエルの起こした大津波で、もう一方は横島の『爆』の文珠数個やゴモリーの局所的な砂嵐でそれぞれボロボロにされていた。
全く容赦ない攻撃だが、これだけしなければこの怪物は止まりそうもない。
「成程ね・・・・・」
メドーサもこの光景には頷く他は無いが、同じ竜族として「哀れなもんだと」と心の中で密かに呟いた。
「あーあ、随分やられちゃったわねー。どうするの?」
「別にここまでは予定通りさ。初めからあの『終末の龍』が彼らを倒せるわけが無いからね・・・・」
スクリーンの一つに映し出された映像を見ながら、やれやれと言った調子でリリスは呟いた。
既に『龍』の首は残り二本にまで減ってしまっているが、「少年」に焦りの色は微塵も無い。まるで、こうなることは解っていたとでもいうようにその表情は平静そのものだった。
「ねえ、貴方の今回の目的は何? 人界の混乱だけが主目的じゃないと言っていたわよね・・・・」
「ああ、人界の混乱は二の次だというのは本当さ。真の目的のは二つあって、一つは彼らの最新の戦闘データが欲しかったんだ」
「最新の戦闘データ?」
「そう・・・彼らと私はこれから先に戦う事になるのは間違いない。それを見越した上で多くのデータを取っておきたいのさ」
リリスの問いに「少年」はスクリーンを眺めながら答えた。
確かに現在の三界で魔神や熾天使級の連中が全力を出して、戦うことはまず無い。何千年も前のことならば話は別だが、その頃のデータは余りにも古すぎて、参考にもならないのだ。
「こちらは彼らの戦闘における技や癖などを知っている。だが、向こうは私の戦闘スタイルを知らない。この差はとても大きいだろう」
「それで・・・・収穫はあったの?」
「ああ・・・・彼らの攻撃パターン、癖がわかったし、さらには弱点がいくつか垣間見えたよ。そういった意味で『終末の龍』は十分役目を果たしてくれた」
リリスの問いに「少年」は冷たく笑った。彼の言葉から推測すれば『終末の龍』はただその為だけに作られたといっても過言ではない。
もっとも出来損ないとはいっても、フェンリル狼など問題にならないくらいの怪物。あのメンバーとて、容易に倒せる代物ではない。その分、彼らは全力を出さざるを得ない。
後はこのデータを基にシュミレーションを繰り返せばいい。絶対の勝利は無いにしても、勝率を大幅に引き上げることは出来るだろう。
「それで・・・・もう一つは?」
「もう一つは後で話すよ。それよりもサルガタナスの戦いに動きがあるようだね」
サルガタナスと西条達の戦いを映したスクリーンを見据えながら、「少年」は言葉を紡いだ。
「ほらほら、どうしたよ? 神父さんよ。動きが鈍くなってきたぜ!!」
「く・・・」
サルガタナスの攻撃に神父は何とか持ちこたえているが、息が上がってきていた。
未だにクリーンヒットは無いものの徐々に押され、時間と共に手傷が増えていく。
美智恵や雪之丞の攻撃にも注意を払っているが、サルガタナスは神父を一番の危険人物と判断したらしく、他の連中の攻撃を無視して一気に潰しに掛っていた。
このままでは間違いなく直撃を喰らい、その後、疲労が溜まった残りのメンバーもやられてしまうだろう。
(くそ・・・・・後二十年若ければ、まだマシなのに・・・・・体力が続かないとは・・・・!)
とうとう剣を弾き飛ばされ、袈裟がけに斬りつけられる。
「ええい、これでも喰らえ!!」
だが、左肩を切り裂かれながらも、神父は迫り来る敵の顔に聖なる力を込めた聖書を叩きつけた。聖剣の力が余りに強かったので、聖書に込められた力には気づけなかったサルガタナスは完全に不意を突かれた形になった。
「ぐ・・・小細工を!!」
「小細工結構よ!! 唐巣先生囮役ご苦労様!!」
一瞬だが、それによって動きが止まったサルガタナスに、美智恵の竜の牙が必中のタイミングで迫る。
「ガハッ!?」
今度はかわしきれずにサルガタナスは、脇腹に竜の牙を突き立てられる。さらに美智恵が離脱すると同時に、精霊石の加護で威力を遥かに増したタマモの狐火が襲い掛かった。
「初めてクリーンヒットしたわね・・・・・」
「だが、油断は出来ない・・・・ロンドンの時と同じだ。奴の禍々しい気配が強まっていく・・・・・恐らく、奴は『真の姿』で襲い掛かってくる」
燃え盛る狐火を睨みながら西条と美神が緊張した面持ちで呟く。
彼らの言葉を裏付けるかのように炎の中のどす黒い気配は加速度的に強くなっていく。
「・・・・・・サルガタナスの『真の姿』か・・・・ロンドンの一件での君達の話からすると、相当おぞましい姿のようだね」
傷ついた左肩を押さえ、苦しげに息をしながら神父が尋ねる。百戦錬磨の彼でも流石に年には勝てないらしい。
「ええ・・・・取りあえず神父は休んでいてください。今度は僕達が奴の相手をしますので・・・・・」
ダメージから回復した西条の言葉に神父は頷き、聖剣を西条に手渡すと油断の無い動きのまま後方に下がった。
『くくく・・・・貴様ら如きがこの姿になった俺の相手になるとでも思っているのか? 自惚れるのも大概にしておけよ・・・・!!』
タマモの狐火を易々と吹き飛ばしながら、『真の姿』となったサルガタナスが悠然とした様子で姿を現した。
「散々もったいぶっておいて、ようやくその姿か・・・・・今までその姿にならなかったのは何故だ?」
『一々貴様らを相手にするのが面倒になっただけだ・・・・・それより遺言でも唱えたらどうだ?』
『真の姿』―――双頭の巨大なハイエナとなった地獄の准将は鋭い牙をガチガチと鳴らしながら、くぐもった笑い声を上げた。それぞれの頭に備わっている九つの赤い目がこの上ない狂気をたたえながら、西条達を地面を這う虫けらのように見下ろしていた。
『くくく・・・・貴様ら全員、生きたまま内臓を喰らってやる・・・・ありがたく思え。屑共・・・・・・!!』
その言葉と同時にサルガタナスは灰色の巨躯に似合わぬ俊敏な動きで、西条達に襲い掛かった。だが、上空から放たれた強力な霊波砲がサルガタナスの体を直撃し、その動きを中断させる。
『ぐ・・・・・誰だ? この俺にふざけた真似をする奴は・・・・!?』
かなり強い出力だが自分にとってはかすり傷程度。だが、こういった舐めた真似をしてくれた者を放っておくほど彼はお人好しではなかった。
「あたしだよ サルガタナス!! あんたには聞きたいことが山程あってね。こうして来たってわけさ」
霊波砲を放った女――――べスパは自らの眷属である多くの妖蜂を従えながら言い放った。
「アシュタロスを最も嘲った男とアシュタロスに最も忠実だった女・・・・・ある意味、対照的な二人ね・・・・」
「ああ、これは面白くなってきた・・・」
スクリーンの映像を見ながら、リリスと「少年」は愉快気に笑う。実力的にはサルガタナスが有利だろうが、べスパが何か思いがけない切り札を持っている可能性も捨てきれない。戦いに限らず、この世に絶対というものは無い。その為にサルガタナスが敗れる可能性も限りなく低いとはいえ無いとは言い切れない。
「それはそうと・・・・・・どうやらアンドラスとアムドシアスが戻って来たらしいね」
「少年」の言葉通り、七十二柱の二人が次なる一手に必要な駒を引き連れて、戻って来たらしい。
「あんたの言う通りこいつらを連れてきたが・・・・こいつらをどうするんだ?」
アンドラスが縄で縛り上げた新たな手駒の者達を「少年」の前に引きずり出しながら、彼らの使い道について尋ねた。
その中の一人が苦しげにもがくが、アムドシアスの一蹴りで静かになった。恐らくは抵抗すると酷い目に合わされると悟ったらしい。
「いや何、何かと目障りなザンス王家と六道家にこの世から消えて貰う手助けをしてもらおうかと思ってね・・・・」
まるで世間話でもするかのような口調で言い放ち、「少年」は連れてこられた者達に酷薄な視線を向けた。
連れてこられた者達――――プロフェッサー・ヌル、猫又の美衣とケイ親子を初めとする者達は「少年」が放つ底知れない恐怖に身を竦めたのだった。
後書き 横島達が『終末の龍』に梃子摺っている間に次なる一手の準備に入る敵陣営。
さて、ここで猫又親子登場。平和に暮らしていたこの親子に何をさせる気なのか? ろくなことじゃないのは確かですが。「少年」の非道さが益々エスカレートしています。
こいつならケイの体の中に爆弾仕込むなんてことも笑いながらやりそうですが。
攻撃パターンを見抜かれ、弱点も見破られそうな横島達。着々と「少年」の野望は進行中。もう一つの「少年」の狙いは次回明かされます。
あと・・・・べスパはかなりボロボロになります。
今までの
コメント:
- 見に回る……うむ、理屈ですね。策謀という面で拙作のクロサキ君と戦わせてみたい位です。陰謀という名のチェスボードでの一戦……案外いい勝負になると思うんですが(つか、クロサキ君……策略では魔神並?)。
猫又親子を道具に使い、何を狙うかも興味を引きますが、やっぱり神父の活躍はこれだけでしょうか?気になります。神父に髪と活躍を(やっぱりそこに行くか)!! (すがたけ)
- ぬおおおおお!!!ヌルならいくらでも使っていいからケイたちには手ぇ出さんといてえええ!!!
二つ目の目的がまだわからないからなんとも言えませんが、終末の龍はほんとにメドーサの言うとおり哀れですね。製造される時に犠牲になった竜たちのこと考えると余計に。
連れてこられた者たちは他にも数人いるようですが、自発的に協力してるやつは一人もいなさそうですね。むごい戦いになりそう。ザンスは狂信者なんかいるくらいだから特にかまわないけど、六道家は心配ですよ。あの人たちが強いのってあくまで人間に対してだけって感じだし。
大天使や魔王が味方にいてもちっとも安心できない敵も珍しいです。最凶の悪役だと思います。 (九尾)
- 黒幕の「少年」は色々な意味で最強です。魔界でサタンと唯一互角の実力を持つ男ですから・・・・・とにかく、こいつは非情です。本当に元豊穣神なのか。こんなのが宿敵の横島はかなり大変です。自分で書いといて、何ですがこいつに比べると、アシュタロスが凄く善い奴に見えてきます。(元からアシュは完全な悪役っだたわけでは無いですが・・・・・)
この「少年」(実はこれ、仮の姿です)
こいつのモデルになった奴を挙げると・・・・・ラプ○ィア・○ン、大○丸・・・・銀河皇帝にク○ードに・・・・志々雄真実、全部極悪な奴ばかりだよ。
とにかく、こいつの極悪さが表現できてたなら嬉しいです。 (アース)
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