ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と』 第29話 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 5/ 7)



――――――分かっていることは、決して少なくはなかった。


頭上にそびえるセントラルビルを見上げながら、横島はぼんやりと、そう考える。
街をひしめく、彫像のような灰色の蟲たち…。もはや完全に活動を停止している彼らのもとにも、ゆっくりと死の影は這いより始めていた。

『ゲームを始めよう…』
そう言って笑った女の声。
目の前の光景はその ”ゲーム ”のお膳立てなのか…、それとも偶然から生まれた産物にすぎないのか…。

(少なくともあの女は…オレと話す随分前から、オレのことを知っていた。
  美神さんやおキヌちゃん…ルシオラのことも、その関係さえ……知っていた。)

物語、登場人物……意味が全く不明瞭な、脈絡のない幾つかの単語。
そして…

――――ドゥルジも眠っていることだし、退屈しのぎには丁度いい…――――――

ドゥルジ…。自分はその名を、以前西条から聞かされたことはなかっただろうか?
Gメンや神魔両界から追われる、聖痕・スズノ……一連の事件の首謀者と目される魔神。
しかし、今回のケースの引き金が、すなわちその魔神の手によるものであると……そんな単純な図式はどんな推測からも見えてはこない。
……代わりに浮上してきたものは……。

―――――詮索しないことをお勧めするわ…。それに分かるでしょう?私は、アナタが…――――


「…裏で動いたのは大勢、か……。…ったく、何をどこまで信用すりゃいいんだか…」

半壊したビルの壁面を叩きつけ、横島は吐き捨てるようにつぶやいたのだった。





〜 『キツネと羽根と混沌と 第29話』 〜



《死を選ぶってのも一つの選択だとは思うけど…だけどそれじゃあ、ちょっと惜しいような気がしないか?》

少し前、誰かが私に、そう言ってくれたことがある――――――――


――――――…。


(…どうしよう…)

目の前に広がる光景を見つめ…その時、スズノはただただ足をすくませることしか出来なかった。
闇の奥から迫る、殺意と爪牙。なぎ払われるフェンリルの腕から、爆発的な霊波砲がほとばしる。

「あぅぅ…っ!」

凄まじい空圧が大気を震わせ、少女の体が弾き飛んだ。
理性を失う魔狼の動きは、それを前になお止まることを知らず―――――――

『グォァアアアアアアアアアアアッ!!』

「!?」

音速を超える巨体が、スズノの背後に回り込む。とっさに両腕を交差させたが、ガードの間に合うスピードではない。

「!!!あっ…くッ…」
フェンリルの双腕が、スズノの肩を深く穿った。骨がきしむ。意識がかすれる。
…しかし、その力に任せた攻撃は、同時に、がら空きとなった懐をスズノの前へと曝け出し…。

(…!)
鋭く目を細め、反射的にスズノは跳躍する。それは、絶好と言っていいほどのタイミング。
超加速をも遥かに凌ぐ、彼女の速さの前では、ほぼゼロに等しい極小の間合い。  
生命の危機を感じ取り、本能が体を突き動かす。

そう…今なら確実に……。

確実に―――――――――――…


「―――――――!?!」

瞬間、弾かれるように、スズノの腕から力抜ける。掌に渦巻く灼熱の炎が、集中を解かれ霧散した。
困惑の表情を浮かべる少女の体を、刹那、フェンリルの爪撃が切り刻み……

(………)

ぶれた視界の中、スズノはようやく全てを理解した。さきほどから、自分が一体、何をそれほど焦っていたのか…。
フェンリルが強敵であるということは置いても、何ゆえここまで耐え難い悪寒を感じるのか…。
…そのワケを。

(…何も…ない…)

敵をまえに抗じるべき手段が、何も浮かんでこないのだ。
敵の霊波防御を突き破ることは……容易い。背後を取ることも、反撃を見切ることも、容易い。
しかしその後は………?

(……助け…なきゃ…)
数秒前…あと数センチ、この腕が前に突き出されていれば……。自分は、目前の人狼を確実に絶命させていただろう。
その事実に、スズノの体は震え上がる。

「…どう…しよう…どうすれば…」

ヨロヨロと立ち上がり、途方に暮れるように繰り返す。叫んでも自分の声は届いてくれない。
手加減したところで、半端な攻撃は全てフェンリルの霊壁に阻まれてしまう…。

…助けるというなら、しかし、どうやって…――――――?


『ガァアアアアアアアアアッ――――――!!!』

(―――――ねーさま……っ!)

轟く魔狼の咆哮に、スズノは思わず瞳を閉じていた。

《殺すか、それとも殺されるか?》
そんな選択肢が頭をかすめて…。

《選ぶことが出来ない》
そう言って笑ったフェンリルの、あの表情が頭をかすめて…。

「………。」
スズノは、その場にへたり込む…。いつも隣で微笑んでくれる、大好きな姉の姿も、今はどこにも見当たらなかった。
代わりに鎌首をもたげたものは…――――――――

(―――――――…っ……ひっ…!)

骨肉を引き裂く、あの吐き気がするような感覚と…炎が逆巻く、苦痛に満ちたあの断末魔…。
その中心で、狂ったように笑うモノ…。

(い、いやっ……!違う…!私……違うっ!)

吐き気がする。眩暈がする…。

嫌だ。嫌だ…。こんなのは…嫌だ。


「……ぁ……」

遠くから、何かが近づいてくる。獰猛に開け放たれるフェンリルの大口を、スズノは呆然としたまま見つめ続けていた。
…考えることが、ひどく億劫だ。


《殺すか、それとも殺されるか…》


そのどちらかだというのなら、自分の選べる選択肢は―――――――――――――――…




 





――――――――だ〜〜!!どうしてそこで発想がネガティブな方向に飛ぶんだよ!!




(……?)


一瞬…。

声が聞こえた。耳元をくすぐる、いつかどこかで聴いた、記憶の内に沈む声が。


そういえば、少し前にも…一度だけこんなことがあったような気がする。これは、その時の声…。

何も出来ず、ただうずくまっているだけだった自分を…誰かが必死に抱き起こしてくれた。 
明かりも何もない道を、ただ、がむしゃら駆け抜けて―――――そしていつの間にか、どんな絶望だって跳ねのけてしまう。

その光に……自分は…


「――――――――っ!!」

瞬間、スズノが目を見開く。
すぐ鼻先まで迫っていたフェンリルの牙を、彼女は間一髪で回避した。水晶の大地がヒビ割れ、裂ける。魔狼の慟哭が、空に轟く。

「……っ!」

大丈夫、まだ大丈夫…。荒い息を押さえ、スズノは願うように自分の胸へと言い聞かせた。
こんな時、タマモねーさまならどうするだろう?私を助けてくれた、あの蒼い髪の男の子なら……
…横島なら、どうするだろう?

「…横島なら、あきらめない。絶対……あきらめたりしない!」

口に出して、声が震えた。全身を覆う悪寒は、まだ収まらない。
それでも、その言葉は、彼女の最後の意地だった。
そうだ…。
だって自分は、これぐらいの逆境なんて簡単に乗り越えてしまう………そんな人間を、ずっと間近で見てきたんだから。


「……?」

パチリ、と……。手元で弾けるわずかな痛みと…そして、閃光。
とっさに顔をしかめながら、スズノは周囲を見回した。視線の先には虚空が広がり……さらにその手前には……。

「え?」
巨大にして壮麗。妖狐の証たる、六又に分かれた白銀の尾。
混乱のせいで、未熟な人化の一部が解けたのか……恐怖によって、無意識のうちに体が震えたためなのか…
結果、そこには――――――――…。

「…!」

上空を飛翔するスズノの側を、幾本もの紫電が舞い狂う。
スズノは自らの身に起こった現象を、すでに、完全に近い形で理解していた。
生き物のように蠢き、逆立つ銀の体毛…。
摩擦電荷による帯電……霊波による増幅を経て………ゆらめく少女の尾を包み、空気が沸き立つように雷を帯びる――――

《ソレ》は…生物学的見地から、あらゆる生命に最も多大なダメージを与える衝撃の一つ。
体表にとって耐性の高いと言われる、直接の熱……とりわけ、炎とは別種の――――ごく微量で、身体機能を麻痺へと至らしめる力。
―――例え、フェンリルの霊体には及ばない…弾き返される程度の出力であろうと、その肉体そのものに、痛烈な打撃を伝播させる…。

『グ…?ォォ…ッ』

あたりに、静寂が影を落とす。空から大地を貫いた、全ての大気がざわめき立つ。
驚愕を表すフェンリルの獣毛までもが、孔雀のごとく天を突き………

「……あなたは、本当に、強かったと思う」

澄んだ空間が身に纏う、この独特の感覚…。呼応する霊子の水晶の中、スズノがつぶやく。

「だけど……一つだけどこかで間違った…。あなたが本当に、自分を捨てた人たちを見返したいと思っていたなら……
 復讐したいって、思っていたなら……。あなたはただ、その人たちより幸せになれば良かったのに……」
 
刹那―――――!

怒りの絶叫を震わせて、フェンリルが少女に襲いかかる。
自らの筋肉を引き千切らんばかりの、異常な加速。その痛々しい姿に、スズノは小さく歯噛みする。


『グォァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

「だから…まだ大丈夫だから……今は…休んで!」

白い指先が大気を振るう。スズノの絶大な霊気に増幅され……巨大な稲妻が大地を穿った。
それはまさに、青天の霹靂――――――――!


『――――――――――――ッ』


そして世界は閃光に包まれ……白い光の中………


全てが砕け、崩れ去った。――――――――…。






パピリオが『そこに』辿り着いたのは、すでに全てが終わった後のことだった。

闇に浮かぶ水晶宮と、輝く月の下、眠るように横たわる伝承の魔狼…。
その幻想的な景色の傍には、これだけがひどく場違いな……子供の姿に戻った一匹の妖狐。
無表情で空を見上げるその顔が、パピリオの前で止まり…そして、花が咲いたようにほころんだ。

「ぁ……パピリオ…」
「なんだか…どっちが勝ったか分からないぐらい、ボロンボロンでちね…」

引きつった表情で言った後、そのまま、パピリオはスズノのすぐそばに降り立って…
彼女は、それに頷いた。

「思いつきで、行き当たりばったりな上、かなり無茶なことをしたから…。でも、案外上手くいくものなのだな…」

手のひらをグーパーさせながら、感慨深げにスズノがつぶやく。すると、何故かパピリオは胸をはり……

「何だ、そんなことでちか!パピリオはいつも思いつきかつ、行き当たりばったりで行動してまちけど、
 今までなんとか為らなかったことなんてないでち!」

「……そこは全然、威張るところじゃないと思う……」

「うるさいでち!」

「い、いたい……」

すこーん、と…。虚空の空に小気味よい効果音が反響して…
…叩かれた頭をさすりながらも、スズノは安堵の息を吐く。

目を閉じたまま、静かに呼吸を繰り返す魔狼――――数瞬だけ脳裏に甦った……あのおぞましい過去の記憶。
自分が考えているよりも、ずっと問題は山積みなのかもしれない…。

だけど。

…それでも、今は……

「終わった…でちね…」
「うん…もうきっと…心配ないと思う」

そう言ってスズノは微笑んだのだった。



                            ◇




〜appendix.29 『永い夢の終わりに……』




「嫌い…」


                
      彼女はつぶやいた―――――――――――…







―――――――――…。


闇の中、聖母像が血の涙を流し、奇声を発する。

視るモノに嫌悪を呼び起こす、エメラルド色のアルカイックスマイル。凶悪な気配を張り付かせ、赤紫の瞳が光を放つ。
その口からは、陰々と歌が紡がれて……


「……っくそっ…!この…」

講堂に敷かれたリノリウムの床が、共鳴と供に爆砕した。
歌声は、霊呪のこもる破壊衝撃波へと姿を変え、メドーサを、小竜姫を…一息のもとに吹き飛ばす。
信じられない光景に、思わず美神が息を呑んだ。

「ちょ…ちょっと…。こいつメチャクチャ強いじゃない…!単なる雑魚キャラじゃなかったわけ…?」

おキヌも、シロも、美智恵も…そして自分も。これでは到底、役立てそうもない。
走り回って何度か攻撃を試みたものの…敵の体表にかすり傷一つ負わせることが出来なかった。
今でも4人が生き延びているその最たる理由は……一重にガーディアンがこちらを敵とすら認識していない、という一点に尽きるのだが…

…それにしてもこの劣勢。原因は主力の龍族2神にある。

――――「いたっ!な…メドーサ…!あなた今、わざと私の足をふんづけましたね!?」

「…はぁ?何のことやら……被害妄想も甚だし…って、痛っ!?あ、あの化け物地蔵…!あたしの頭に石、投げつけやがった…!」

「ふふん!ざまーみろです!」



((((…………。))))


ある程度予想はしていたが……ひでえものだった。チームワークのチの字も無いとは、まさにこのことだ。

「あ、あのー……お2人とも。その、なんというか、わだかまりは確かにあると思うんですが…こんな時ぐらいは仲良くしても…」
『出来ませんっ(ないねっ)!!』
「そ、そうですか…ごめんなさい…」

おキヌが妥協案を提示するものの、あっさり跳ね除けられたりして…
そこで美智恵が、

「お2人とも!いい加減にしてください!仲間割れなんてしている場合じゃないでしょう!?」
『仲間じゃありませんっ(じゃないよっ)!!』
「そ、そんな身も蓋もない…」

叱咤してみたものの、即刻、切り返されたりして……

そうこうしている間にも、柱に埋め込まれた文字盤は、容赦なく時を刻んでいく。
セントラルビルそのものを核とした、巨大な爆弾の破裂まで……あと2分。
こんな馬鹿げた規模の力が一瞬で開放されれば…その被害域がどうなるかは、想像もつかない。

「ちっ…こいつはちょっと…マズイか…」

焦燥にメドーサが舌打ちし、小竜姫が小さく歯噛みする。聖母の口元から、さらなる唄声が紡がれようとした……
しかし、その時―――――――

『…?……U…rrr……!…?』

……不意に、エメラルドの巨像が、苦しげに天井をかきむしる。

『!…?A………u………Rrrrrrrrrrrrrrrrrr!?』

苦痛ととも狂声ともつかない、いびつな悲鳴を張り上げて……そして……
――――飛び出さんばかりに目を剥き出したのも束の間、像は、床に落とされたガラス細工のように…あまりにも呆気なく砕け散った。

「…なっ!?」

唖然とする一同の様子をよそに、ガーディアンの欠片はサラサラと崩れ、消失する。
後には、起動を停止した文字盤と、沈黙だけが残された。

チクタク………チクタク………
ただの振り子へと姿を移した起爆装置が、広いステージに鳴動する。


「…止まった…?故障でござろうか?」

目をパチクリさせながら、シロがポツリと一人ごち……
同時に、立ち込めていた、魔狼の気配までもが薄れ始める。美智恵は小さく顔を上げた。

(…呪力の供給が、途絶えた…?まさか、スズノ―――――――)




「―――――――――みんな…!」

その時、講堂に駆け込んでくる一つの影と、部屋中に響く高い声。
振り向いた6人の視界のすみで…9つに束ねた、金色のポニーテールがフワリと揺れる。
全身に傷をつくったタマモの姿に、美神たちは、一瞬、顔を見合わせて……

「お、おい!お前…たしかドゥル……か、神薙…とかいう女と一緒に居た妖狐じゃないのか?アイツは一体…」
「……誰?気安く話しかけないで」
「…な!?こ、このガキ……」

つめ寄るメドーサを、露骨に怪しむタマモの視線。
ピキィッッ!…とこめかみに青筋を浮かべるメドーサを置いて、彼女は何かを探すように部屋の内部を見回している。

「ちょっとタマモ…。あんたそのケガ…大丈夫なの?」
「…私は平気…。それより、横島は来てない?施設には居なかったから、ココだと思ったのに…」

尋ねる美神に、タマモがかすかに顔をしかめる。
見渡す先には…くず折れた柱の数々と残された壁の巨大な空洞。人の気配は感じられない。

…気付いたことはたった一つ……それは、自分たちのすべきこと・やるべきことが、もう何一つ残されていない、という拍子抜けのような状況だけ。

「…終った……の?」

全てが…
本当に?

今や変わり果てた、高層ビルの屋上で…
7人はただ街を見下ろし、無言のままその場にたたずんでいた。
崩れた壁の亀裂から、雨上がりの生ぬるい風が吹き込んでくる。天井に吊られた照明が…無意味に彼女たちの影を映し出していた。

1つ、2つ、3つ……。

強いスポットライトに照らされた、希薄な陰影。

4つ、5つ、6つ、7つ――――――“8つ”…

「―――――タマモちゃん!!」

美智恵が叫んだ。同時に、タマモの瞳で巨大な混沌の光が明滅する。
轟音――――!
そして、一帯を包む空間が、おぞましい瘴気に覆われて……

「う…うそ…」

震える声でタマモがつぶやく。
髪を揺らし、服をかすった光弾が、後方の壁を溶解させ……さらにその先、奥へとそびえる三本のビルを、地図の上から完全に消失させていた。
ヒザを突くタマモの視線いっぱいに、セントラルビルの瓦礫が浮遊してゆく。

重力を失ったかのように舞い上がる体。
セピア色に染まった周囲の情景。深緑に輝く、原色の太陽…。
その中心には、腐食の羽根を持つ、灰色の堕天使。

「…っ…ユミールっ!?」

タマモの顔を一瞥し、警戒を露にする美神たちの表情を睨みつけ……
ユミールは忌々しげに口を開いた。世界を呪う凶悪な声音で…。

「……許さない。我ら混沌に仇なす愚か者ども…!この世界を動かしているのが、自分たちだとでも思ってるの?」

異界とさえ表することの出来る、まるで絵画のような風景に…7人の肌が栗毛立つ。
その中で、おキヌがただ一人――――

「……泣いてる?」

「…おキヌちゃん?」

「タマモちゃん…あの子、泣いてるよね…?」

熱を帯びた問いかけ。悲しげに細められた彼女の瞳に、タマモはかすかに空を見上げた。

「うん……そうね…。そうなのかもしれない…」

怒りと殺意……ユミールの表層を彩る負の感情。しかし、そんなものは本心を押し込めたフェイクにすぎない。
彼女の心に横たわるものは…深い悲しみと、どうしようもないほどの孤独…。
その姿にかつての自分の面影を重ね、タマモは強く唇を噛む。


「―――あいつの…全部、あいつのせいだ…、あいつさえ居なければ…こんなことには…!」
「ユミール…っ!」

暴走を続けるユミールに、気付けば、タマモはそう叫んでいた。その呼びかけに硬直し、一瞬、天使の顔に怯えが宿る。
だが、それもほんの一瞬のこと……。

「お前も…」
「?」
「お前も、私のものにならないなら…死んじゃえ!」

激情に任せ、驚異的な速さでユミールはタマモ間合いへと侵入する。
先の戦闘とは、まるで違う。反応がとても間に合わない。
タマモは大きく目を見開いた。振り上げられた翼がまとうものは……紛れもない、不可避の死だ。

(――――――。)

時が、止まる。仲間の誰かが、自分の名を呼ぶ。迫り来る凶爪に、目が釘突けになった。

これ以上、横島に近づけば…。それは、皮肉にもユミールが発した台詞…。

これ以上、横島に近づけば……

(死――――――?)






「――――させねぇよ。お前もいい加減、自分の心を騙るのはよせ」

…瞬間だった。

霊波刀の放つ閃光が、2人の境を分断する。
不器用にもこちらの腕を引いてくる、その何かへ……タマモは無意識のうちにしがみついていた。

「おぉおぉ…今日はいつになく素直だな…。そのまま大人しくしてろよ………っと!」
「よ、横島……?っきゃあああっ!?」

ユミールが呼んだ風の刃が、大気をねじ曲げ、横島とタマモに切りかかった。
タマモを抱え、浮遊するガレキを飛び移ると、横島は小さく肩をすくめる。

「…もう毎度毎度で聞く気も失せるんだけど…相変わらずワケ分かんねぇ状況だなぁ…。
オレが居ない間、一体なにがどうなったんだよ…?」

原色模様のうずまく、広大異様な空間を見つめ…横島は言葉かぎりの軽口をたたいた。
灰の天使が顔を歪める。

「…横島……忠夫ぉ……!」

「…さっき言っただろ。本物の絶望なんざありゃしないって…」

…腐食の羽根が空を舞う―――!

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