ザ・グレート・展開予測ショー

優しい目をしてる (GS)


投稿者名:ししぃ
投稿日時:(05/ 8/17)

 古い歌をくちずさみながら、彼女は窓の外を見つめていた。
 すこしハスキーな声はメローな旋律を伴って途切れ途切れに、まるで泣いているように
聞こえた。
 今を……高校生活を……懐かしむ歌詞だったから、尚更にそう思ってしまったのかも
知れない。

「いい歌だよな」

 リフレインが終わり、俯いた彼女に間を置かず声をかけたのはたぶん、照れくさかったから。
 ……歌われた『あなた』が自分のことだ、と感じてしまったから。

「名曲よ」

 俺がいたという事に驚きもせず、彼女は振返る。
 長い髪がフワリと拡がった。

「この時期どっかで流れるよな」

 卒業写真に想いを馳せる。
 やさしいその歌は彼女の言う通り時を超えて歌い継がれる名曲だ。

「そうね。わたし初めて聞いた時に泣いちゃった」

 そっと机に手を伸ばし、指先で弧を描く。
 軽く俯いた微笑みはそのまま涙が零れ落ちそうだった。

「机の中じゃわからなかった。……夢見てた物が、焦がれていた物が、こんなに素晴らしい
 物だったなんて、ね」

 窓からの日差しが作り出すシルエット。
 二年間見慣れた、ありふれた教室の風景なのに、その美しさに息を飲んでしまうのは、
近づいている春のせいだ。

「学校ってのも悪くなかったよな」

 遅刻と欠席だらけの俺が言うのは気恥かしかったが、自然と言葉が出ていた。
 三年間。
 長かった気もする。
 短かった気もする。

 平凡に始まった高一。色々な事があって、悲しいこともあって、俺の未来を決めた高二。
日常が安らぎだと教えてくれた高三。
 来週には卒業式があって、それで悪くなかった三年間が終わる。

「卒業できた?」

 彼女がいたずらな笑みを浮かべるのは、自由登校のこの時期に俺が学校に来ている理由を
知っているからだろう。

「何とかセーフ。ま、三年は結構真面目に出たからな」

 雇用者に殴られつつ、がんばって出てきた甲斐あって今日、補習と最終試験が終わった。
 何とかセーフ、というのはその場で採点してくれた担任のありがたいお言葉だ。

「よかったわねー、……でも寂しいかな」

「お前は卒業、しないんだって?」

 俺が言葉を発した直後、窓の外を飛行機が音を立てて飛んでいった。
 一度、口を開いて。
 聞こえない、小さな言葉を発した後、彼女はちいさく頷いた。

「成績はokなんだろ?引き留めでもされたか?」

 もとより人間ではない彼女は、卒業と無縁の存在とも言えた。
 けれど去年、在校生代表の送辞を読んで卒業する先輩たちを涙の渦に叩き込んだ生徒が
卒業しないというのはなにかズルい気もするのだ。

「ううん、わたしが頼んだの」

「この学校好きが。青春はおわらない、かよ」

 羨望を込めて軽口を。

「そうよ、羨ましいでしょう?青春よっ!」

 微笑んで、返ってくる予想通りの言葉。
 予想と違う、涙声。
 拭うでもなく、隠すでもなく、零れ落ちる涙。
 手を伸ばしかけて、止める。

「横島君が次に来るのは卒業式よね?」

「ああ、たぶんな」

 もう三年は自由登校の扱いだから、補習が終わった今、俺が学校に来る理由もない。
 クラスメイト達は新しい生活の準備を始めている。
 俺も卒業式の日には美神除霊事務所の正式な所員としての契約を結ぶ。

「あのね。怒らないで。……笑わないでね」

 目をとじて。深呼吸。
 祈るように胸の前で手を組み、静かに降ろす。
 漆黒の視線が真っ直ぐに俺を射抜く。

「あなたが好き。あなたがわたしの一番大切な人だったの。わたしは……あなたに会う
 ために生まれて来たんだと、思ってた」

 深く。静かに。
 愛子の言葉は真剣で。

「愛子……俺」

 締め付けられた。
 視線と思いに。
 言葉は空回りしてしまいそうで、選べない。

「いいよ。答は知ってるから……ずっと、あなたを見ていたから……知ってるの」

「愛人としてっ!ってのは、まあだめだわな」

 彼女はやっと涙を拭い。
 俺は繰言に苦笑する。

「ダメよ。そんなの青春じゃないわ。……初恋は叶わなくていいの」

「なんか悔しいな〜、いつからだよ」

 出会った事件。
 過ぎた日々。
 心当たりがあったら、何度も飛び付いている気もするけれど。

「わかんない。はじめは寝顔かな」

 疑問の色を湛えて笑う視線は休み時間に何度となく交したバカ話のように。

「わたしにキスしてぐったりして」

 はう?

「いつ俺がお前とキスなどした?」

「わ・た・し」

 トントントン、と指で机を叩く。
 あー、そか。

「机か」

「そうよ、一番はじめは『あなたの机』だったもの」

 うん、した。
 キスというか顔面つっぷして何度も寝た。

「妖怪机って口では言いながら、無防備に体を預けてくれて」

 抱きしめるように、お腹の前で腕を組む。
 ……なんか、あかん。コーフンしてきた。

「わたし、ドキドキしたのよ?」

「や、ま、いや、妖怪に耐性があっただけだぜ?」

 とりあえず。手近な椅子に座る。
 事情はちょっとあれなので。割愛。

「わかってるわ、一方的に意識するの悔しかったから、机を変えて貰ったんだし」

 いや、今の姿で言われると俺もドキドキですよ?

「隣の席で新しい机にやっぱり無防備に眠る姿にやきもち焼いたりね」

「あー、うー、そりゃすまん」

 謝る所なんだろうか?
 まあ、愛子が笑ったから。良かった事にしよう。

「一緒に勉強して。修学旅行も一緒の班で。……除霊委員って言われたの嬉しかったし。
 休んでいる時の分のノート、一番始めにわたしに聞いてくれるのが幸せだった」

 生まじめに授業を受けている彼女のノート。
 あれがなければ俺の進級も卒業も有り得なかった。
 その点に感謝するのは俺の方だと思うけれど……

「大好きよ。横島君」

 ストレートに繰り返された言葉。
 じんわりと。
 胸に拡がる感情。

 俺もじゃー!と去年までの俺なら言っていたと思う。
 スタイル顔共に標準以上の女の子が俺に告白。
 これで応えずしてなんとする!

「ありがと、な」

 けれど……今の俺が応えられる言葉はそれぐらいだった。
 俺が変ったせいなのか。
 俺にとっての彼女が特別になりすぎたのか。
 両方だろう。

 彼女が楽しそうに過ごす姿は、俺が学校を辞める事なく通い続ける事が出来た大きな
理由のひとつだ。
 席替でもいつも近くで。
 クラスの風景の中にはいつもこいつがいる。

 ……もしも。
 有り得ない仮定を心に抱いて、勿体ないと吐息した。

 もしも、もっと早くに彼女の心に気付いていたら。
 もしも、俺も彼女も普通の学生で、普通の生活を過ごしていたら。
 きっと違う言葉を返していただろう。

「なにも俺じゃなくても良かったのにな」

「本当にね」

 彼女も楽しそうに吐息する。

「だけどあなたが良かった。あなたで良かった」

 泣きそうで。
 上を向いて。

「あなたがわたしの青春だった」

 青春。
 彼女が告げる言葉の輝きに包まれて。
 零れる涙が思い出を彩る。
 彼女と同じ窓で過ごした日々はもう二度と得られない。
 友達以上に近くて。
 一緒の時間を過ごした。
 恋に似てる。
 けれど違う。
 欲望も、愛情も、恋情も。
 全てを知った学生時代の大事な仲間。

「魔鈴さんのお店でデートしたよね。修学旅行でわたしの布団に忍び込んだし。
 ──シロちゃんと一緒だったけど。……バレンタインのチョコ。毎年食べてくれた。
 美術でわたしを描いてくれた」

 重なる記憶。
 沈黙が時計の針の音を際立たせて。
 時の流れを残酷に告げている。

「……だけどいつも求めてはくれなかった。応えてくれただけ」

 一歩だけ後ろに下がった彼女はいつものように机の上に腰掛ける。

「恋を失って傷付いたあなたを抱きしめるのは、わたしの役じゃない。
 ずっと、あなたを見てたから。わかってるの。……今は謝っちゃダメよ?
 わたし泣き叫ぶから」

 振り向いて窓を開ける。
 風が流れて拡がる長い髪。

 リフレインをもう一度。
 
「卒業、おめでとう。横島君」

 振り向かず告げた彼女はきっと。
 優しい目をしてる。

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