ザ・グレート・展開予測ショー

狐少女の将来設計  第5話 「胎動」


投稿者名:とらいある
投稿日時:(06/ 8/29)

今回の除霊の依頼者はそのビルの所有者だった。

事業で大きく成功した為、個人でビルを所有できるまでの資産を手にすることが出来たらしい。

賃貸ビルでの会社経営から一国一城の主として君臨できるものと意気揚々としていたのも、そのビルに悪霊が憑いていると知るまでだった。

当初はオカルトGメン頼みだったのだが順番待ちの人数を聞いて速攻で諦めた。

以前の賃貸ビルの契約期間は切れ掛かっていたからだ。そんな状態で何百件待ちと聞かされたらそりゃあ誰だって諦めるものだろう。

そこで依頼金は法外だが依頼の達成率と信頼性は高く、そして迅速に仕事を終わらせる美神除霊事務所に駆け込んだのだった。

依頼金の方は前の所有者が出す事になった。法的に見ても悪霊がいると知っていながら何も知らせずにビルを売り払った罪は重い。立派な詐欺だ。

だが現所有者からすれば裁判沙汰まで持ち込むというのは面倒だった。

そこで前所有者が除霊金の支払うという事で示談が成立したというのであった。





何もかもが迅速に話が進んでいったが一つだけ問題があった。

事前調査も何もない状態だったので、今夜の祓うべき対象の”ビル内に潜む悪霊 ”がどんな特徴なのか全く解らなかったのだ。

それが怨念により生じたものなのか、地脈の影響なのか、外部から住み憑きだしたのか、説得に応じるものなのか、etc・・・(ノンストップ自動料金収受システムに非ず)





情報が乏しかった為、美神は事務所のクルー総出で当たることにした。

これなら何かあっても全員でかかれば対処できると判断したからだ。

因みに情報の少なさによる危険性の高さを口実にした依頼金の引き上げをしたのは言うまでも無い。





さて、横島の主な任務は重い荷物を背負いながら囮として、また時には盾として扱われるというものである。

非常にハード且つ、隣り合わせの灰と青春な役割であり見ている者の笑いや涙を誘う。

そんな横島が今夜は珍しく、悪霊を追い立てるという役についたのだった。





長らく続いた平成不況で倒産して、その後数年間放置されていたままだった古びたビルに潜んでいた悪霊達は意外に強かった。

おキヌのネクロマンサーの笛は雑魚悪霊には効果的だったが、そのリーダー格のような悪霊には影響を与えることができなかった。

雑魚悪霊はおキヌとシロに任せ、リーダー格の悪霊は美神・横島・タマモの三人で当たることとなった。

美神は先回りして奥へ向かい悪霊を待ち受ける。

残された横島とタマモの役目は悪霊を美神が待ち構えている地点まで追い込み、そして挟撃するというものだった。





横島はサイキックソーサー、タマモは狐火を駆使して徐々に悪霊を美神のいる所まで追い込んでいく。

機会を見計らっていた美神は柱の陰から飛び出して鞭状の神通棍を悪霊に振り下ろす。

普段ならその一撃で消滅するものなのだが、その悪霊は己の半身を砕かれてもなお、美神へと向かって行った。

そして勢いそのままに美神にタックルをしかけた。

美神は咄嗟のことに反応できなかった為、受身を取る事すら叶わずに地面に叩きつけられ、苦しげに呻き声をあげた。





その姿を目にした横島は、一瞬全身の血が沸騰したかのような感覚になった。

悪霊に対する怒りと憎しみの衝動が湧き上がる。なにかを考えるよりも前に体が先に動いていた。

無意識の内に発現された栄光の手は、収束されることなく鉤爪状のまま無造作に横薙ぎに払われる。

巨大なアイアンクロー状の霊波の刃は悪霊を容易く八つ裂きにして、悪霊は欠片一つ残さず完全に消滅した。

だがそれだけでなく悪霊の後方にあった美神が待ち構えていた柱も、更にその隣の外壁も、まるで紙のように切り裂いた。   





「・・・・・あれ?」





正気に返り栄光の手を収めて初めて現状を理解する。

無意識とはいえ我ながら凄い一撃を放ったみたいだ。だがやりすぎたような気がしていた。

今一度、依頼内容を思い返してみる。

確かこの依頼の条件として、建造物には極力傷を付けないでくれという項目がついていたような。              

それでもって傷つけた場合は、その補修費用を依頼金から天引きというものだったような・・・






「よ〜こ〜し〜ま〜(♯)」





やっちまった・・・という表情で佇んでいた横島は、地獄からの怨嗟の声もかくやと思える程の暗く澱んだ声で自分の名を呼ばれ身を堅くした。

依頼金が減るというのもあるが、それよりも立ち上がっていたら己自身も粉々に分割されていたかも知れないのだ。

助けてもらったことを棚に上げてはいるが、怒るなと言うほうに無理がある。





土下座モードで米搗きバッタの如く謝罪し始める横島と振り上げた神通棍を撲殺バット状に変化させて今まさに振り下ろさんとする羅刹モードの美神を尻目に、タマモは横島が傷をつけた建物の惨状をじっと見つめていた。

横島によって切り裂かれた外壁から月の光が差し込んでいたが、月が雲に隠れたのか消えてしまった。






余談だが、振り上げられた美神の神通棍は、駆けつけたおキヌとシロの説得によって振り下ろされることは無かった。

また補修費用の件も、あれは悪霊がやった事にしたので美神が支払う必要も無くなったのであった。

禍福は糾える縄の如し。このビル所有者に幸あれ。





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時は変わって、時刻は丑三つ時近く。

この時間帯ともなると大都市東京も一部を除いて今や完全に寝静まっている。

真円を描く月の光が、寝静まった街を白く静かに照らしだしていた。





そんな中、際立って古ぼけたアパートの一室、横島の住む部屋の窓は開け放たれていた。

その窓辺に寄りかかりながら横島は身じろせずに外を眺めている。

部屋の照明は点けられておらず、闇の中でその視線の先は空に浮かぶ月に向けられていた。





今でこそノンビリと月を鑑賞して寛いでいる横島だが、つい数時間前まで除霊を行っていた身だ。

いつもなら帰宅してすぐ泥のように眠るのが常なのだが今日はそんな気が湧かなかった。

仕方ないので面白くも何ともない深夜番組をボーッと見て眠くなるのを待っていた。

だが一向に眠気が感じられないので、明日に差し支えるから眠れなくても良いから横になろうと決めて布団を敷き始めたのが日付が変わる頃。

部屋の照明を落としカーテンを引こうと手を伸ばしたとき、それまで雲に隠れていた月が顔を覗かせた。

降り注ぐ月光を心地よく感じ、そしてもっと浴びていたいと欲し、窓とカーテンを全開にする。

それから窓枠に身を預け夜空に浮かぶ月をずっと眺め続けていた。





満月に魅せられるのは別に今日に限った事ではない。

いつ頃からなのか忘れてしまったが、満月が近くなると空に浮かぶ月を無意識のうちに探していた。

月を見ると心が満たされ、月光を浴びると心の奥底から湧き上がるような高揚感を感じる。

結局そのまま夜を明かすことも少なくなかった。

だが逆に眠っても取れない疲れなども取れ、そして言い知れぬ充実感を感じていた。










ギシッと天井の軋む音が来訪者の存在を告げる。だがそれが誰なのかは考えずとも分かる。

部屋の中に無造作に転がっている目覚まし時計を見ると、いつもより30分近く早い。

頭上の存在は窓際で歩みを止めて、やがてサンダルだけを履いたほっそりとした生足がぶら下がってきた。

屋根の淵に腰掛けているらしく足をぶらぶら揺らしている。

自然にその綺麗な生足に目が行ってしまった。





「今夜は早いのね」





屋根の上からタマモの声が掛かる。

慌てて生足から視線を逸らした横島は、白くほっそりとした生足に釘付けになりそうな衝動を押さえ、努めて平常心を装う。





「早いのはお互い様だぜタマモ。フライングだ」

「ふふっ。確かにそうかもね」





生足に目をとられていた事に気づいているのかいないのか、どちらにも取れるような反応をするタマモ。

全てを見透かされているような気分になり、なるべく生足を見ないように視線を部屋に向けた。






「もしかして私の為に早く起きていてくれたの?」

「単に眠れないから月を見ていただけだ。綺麗だったからな」

「ウソでも良いから待っていたって言っても良いじゃない。相変わらずデリカシーが無いわね。―――よっと」





掛け声と同時に、タマモは横島の部屋の窓枠に降り立つ

部屋に視線を向けていた横島は、その物音を耳にして再び窓の方に視線を向けた。

そこで横島の動きは止まり、そして息を呑んだ。

月光を背中から浴びて闇の中に浮かび上がったタマモの姿は神秘的で美しく、そして畏怖めいたなものを感じさせた。





「こんばんわヨコシマ。入っていい?」





『可愛い』というより『妖艶なほど美しい』タマモを前に、横島は首を縦に振ることで答えることしかできなかった。





―――――――――――――――――――――狐少女の将来設計  第5話 「胎動」―――――――――――――――――――――





「どうしたのよ、呆けた顔して」





部屋に入ったものの、いつもと違う横島の反応に怪訝な表情を浮かべる。

その言葉を受け横島はようやく我に返った





「いや、その・・・タマモがあんま色っぺーからオラびっくりしたぞ」





動揺を悟られないよう普通に答えようとしたのだが、なぜか穏やかな心を持つ地球育ちの戦闘民族な口調になっていた。





「アンタの場合、下級戦士じゃなくてエリート王子の方でしょうが」

「つーか、やけに詳しいな」

「・・・・・・・・・・・」





今や世界中で大人気の『どんな願いでも叶えてしまう不思議な玉を巡るバトルアニメ』の再放送版を同室の狼少女と食い入るように見ているなど言えない。





「ま、まぁそれはともかくとして・・・」





誤魔化したな・・・なんて思ったけど、口には出さないし勿論顔にも出さない。

食料を持ち込んでくれる女神様の御機嫌を損ねるわけにはいかないからだ。

最早タマモの持ち込む食料は、給料日前の飢餓を阻止するマジノ線となっていた。





「眠れないってのは、なんだか落ち着かないからなんじゃない?でも月を見ているとなぜか落ち着く。違う?」

「あぁ、理由はよく分からんがそうなんだ。これって月の影響を受けているって事だよな」

「そうでしょうね。でも、さっきみたいに人間に大きな影響与えるなんて聞いたこともないけどね」

「思い出させないでくれ・・・。でもあれだな。満月で強くなるなんてまるで全宇宙一の強戦士族みたいだよな」

「でもそれだと、美神の折檻を受けて復活するたびに強くなっていく事になるわよ」

「そのパワーアップもしまいには頭打ちになるけどな」





そんな他愛もない事を言い合いながら二人して夜空に浮かぶ満月に視線を向けた。





「シロも興奮して眠れないみたいで屋上で遠吠えしてたわ。あまりにも煩いからって、こないだ横島達が着ていた拘束具を美神につけられてたわよ」





横島はあの時のことを思い出し体に震えが走った。


御近所様のみならず、件の写真が掲載された雑誌の購読者であるご町内の奥様方からの好奇&白い目で見られ続ける日々。あんな体験はもうこりごりだった。





「シロが満月だから遠吠えするのはわかるぞ。あれでも『一応』狼だからな。」

「なにか勘違いしているかもしれないけど、狼だから満月に遠吠えしている訳じゃないわよ」

「そうなのか?」





人狼の遠い祖先は、月と狩りの女神アルテミスに従いその恩恵と支配を同時に享受してきた。

その一方でアルテミスの影響をモロに受ける事となった。

古の神々が姿を消した後も、彼らの子孫であるシロ達は今でもアルテミスの影響を月の満ち欠けという形で受け続けている。





「正確には月から放たれる魔力に反応しているといったところね」

「狼男が狼になるようなもんか」

「間違ってはいないわね。でも影響を受けるのは人狼に限らないわよ。悪霊や魔族、そして私たちのような妖怪にも。そして地球そのものにも大きく影響を与えるわ」





月が真円を描くとき、月光と共に魔力は月の周期の中で最も多く地球に降り注ぐ。

そしてそれは悪霊や魔族に力を与えるだけではなく、地球とその地球上に住まう生態系に大きな影響を与える。





「今日の・・・ってもう日付が変わってるから昨日か。除霊した悪霊も手強かったでしょう?」

「おキヌちゃんのネクロマンサーの笛もあまり効かなかったみたいだしな。美神さんも一撃で倒せなかったし」

「魔力で悪霊の自我が強化されたり、悪霊そのものが強くなっていたからよ。私達妖怪や魔族も幽体が皮を被っているようなものだから影響はすぐに出るのよ」

「じゃあタマモがいつもより・・・その、ちょっと綺麗に見えるのもなにか関係あるのか?」





『ちょっと』という表現がタマモには大変お気に召さなかったらしい。憮然とした表情から不満がありありと読み取れた。尤も横島は気づいちゃいないようだが。





「忘れちゃった?私は金毛白面九尾のタマモよ?今の姿は確かに幼いかもしれないけど、昔の力が戻れば伝説にも取り沙汰されるほどの美女に戻れるわけよ」

「え〜お前が?」





あからさまに疑いの眼差しを向ける横島。





「フンッ!その時になって、もっと優しくしておけばよかったなんて泣いて後悔して縋りついても遅いわよ。私はそうすぐには靡かないんだから」





そんなことないだろう。嬉しさの余り泣いてしまうかもしれない。

タマモは横島に軽口を叩きながら心の中ではそんな事を考えていた。





「あ〜心配するなって。つーかムダ」

「・・・・・なんでよ。さっきアンタは私に目を奪われていたクセに」

「ううっ」





図星だったのだが、横島にとってそのことを素直に認めるのは恥ずかしかった。





「い、いくら将来は美人って言われても正直想像できんて。今のお前の性格を良く知る奴は特にな」 

「アンタ私の事どんな風に見ているのよ」

「ん?単にグウタラな狐だと思っていたんだが。違うのか?」

「ムッ」





そこまで言われてタマモは流石にカチンときた。

だが何か思いついたのか、ニヤリと口の端を歪めて邪笑を浮かべる。

いつもだったら気づかない横島も、タマモから発せられた怪しげな雰囲気に感づいた。





「ねぇ〜え、ヨコシマ。」





にじり、と寄ってくる。横島はそこはかとなく身の危険を感じススッと身を引く。





「魔力が上がるからね、軽い興奮状態になるのよ。言うなれば魔力酔いってやつね」





それを追撃せんとタマモは追う。

横島は更に身を引こうとしたものの背中に壁がついた。最早逃げ道無し。

タマモの雰囲気に押され冷や汗をダラダラ流している。鏡に映った自らの姿に脂汗を流すガマの如く。





「だから・・・」





そういってタマモは横島を押し倒した。

正確には横島に覆いかぶさるように圧し掛かった。

そして・・・





カプッ♪   「ぎゃあ」 





首元に食いついた。

狩りにおいて、狩猟者はまず首元に喰らいつくのだ。

―――そして





ガジガジガジ   「やめれー!咀嚼しないでー!」





捕らえた獲物を動けなくするために、気道を押さえ窒息死させる・・・とタマモは流石にそこまではしないが。

自分の将来の為の獲物だ。殺してしまっては意味が無い。






一向にやめる気配の無いタマモを止めようと、横島は手でタマモ抑えようとする。

タマモの優先攻撃対象体が今度は手甲へと移った。 





ガプッ!   「NOOooooooo!!!」





歯が立っていた。





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「ゴメンね〜。コーフンしすぎてちょっと自分を抑えられなかったみたい。怒らないでね」

「いや俺も言いすぎたかもしれん」 





タマモに噛まれた手の甲からは、僅かに血が滲んでいた。

横島はタマモからちょっとだけ距離を置いて、傷口にフゥーフゥーと息を吹きかけて癒している。





『本当にごめんなさいね。でも、どうしても確かめたかった事なのよ』





心の中でタマモは横島に対して本気で謝罪していた。

横島とのやりとりの流れから、チャンスとばかりに横島にマヂ噛みしたのだ。

優しい横島の事だから怒りはしないだろうと踏んでいた。だが絶対にそうとは言い切れない。

ある程度の覚悟は持っていた。でもどうしても確認したかった事だったからだ。





『よく解らないけど、確かに何か混ざってる』





口の中に残る横島の血の匂いや成分を何度確認しても結果は変わらない。

それは針の先程の極僅かな異和感。それは血の中に混じっているというより血の霊的な組成そのものが変異しているという感じだった。

満月により身体的な成長以外に感覚器官も鋭敏になっている。

そんな状態で、更に感覚を尖らさなければ解らないほどの僅かな変異。

それが何によるものなのか、皆目見当もつかない。





ただ言える事はヨコシマは妖怪変化の類でも、またハーフでもクォーターでもないが、それでいて『純粋な人間でもない』という事だ。

いっそ妖怪変化の類の方があの美神の折檻後の驚異的な再生能力や、物の怪に好かれやすいという妙な体質も証明されたというものだったのだが。





もしかして、遠い祖先に妖怪と結ばれた祖先がいたのかもしれない。

それで先祖返りという形で現れているのかもしれない。





前から気になっていた。

満月の日に近づくにつれ、覗きや痴漢行為の際の動きがより一層エキセントリックになっていくという事実。

その後の折檻の再生速度が上がっていくという事実と、逆に新月に近づくにつれ瀕死度が上がっていくという不可解な事実。

そして除霊の際に自らが追い詰められたり、または仲間が危機に陥った際に、普段のヨコシマからは考えられないほどの身体能力及び霊能力を発揮する事実。

今日のような化け物じみた出力の栄光の手も感情が爆発したからなのだろう

あれには、少々の事には動揺しない私ですらも背筋が凍る程の威力と速度だった。

前に見た雪・・・。ええと、確か・・・そうそう雪御嬢って奴の魔装術もかなり堅そうだけど、あれすらもまるで半溶けのバターの如く切り裂けるだろう。





恐らくヨコシマの血の変異は満月によって活性化されたことで現れる一過性のものなのだろう。

そしてあの力は感情の高ぶりで爆発的に起こるものなのだろうと思える。

当の本人は自らも月の魔力の影響を受けているということに何の疑問も抱いていないようだが。





だが結果がどうであろうと、ヨコシマが何者であろうと私にとってなんの問題もない。

良く事情は解らないが明らかに人間とは異なる力を持ったヨコシマ。

人に知られれば、まず敬遠されるだろう。それどころか言われなき迫害を受ける事になるかも知れない。

そういった意味では、大妖として恐れられた自分とあまり変わらないだろう。





でもそれはヨコシマの事を深く知らない、知ろうともしない愚か者だけでしかない。

私達にとって、ヨコシマはヨコシマなのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

馬鹿でスケベで見境無しで、デリカシーもセンスも欠片ほども無い。

でも相手を種族で判別せず基本的に誰にでも優しい。女性限定ではあるが。

人であろうと無かろうと、それは些末な点でしかない。

仮にヨコシマが純粋な人間でない事が周囲に知られ迫害を受けても、皆がヨコシマを庇い立て守ってくれるだろう。

美神もおキヌちゃんも馬鹿犬も、ヨコシマの友人の雪御嬢にピットに・・・え〜と、パンター・・・だっけ?

その人達の師匠も、オカルトGメンのロンゲも美智恵も手助けをしてくれるだろう。

そんな事で彼を分け隔てる事などしないだろうからだ。

結局のところ、答えがどうでろうとそれが周囲に与える影響など少ないということだ。





『ま、分かっていた事だけどね』





もし、実際に世間に私とヨコシマの事がバレて、二人して人類に追われるというのなら追っ手が追いつけない場所まで二人して逃げればいいんだ。

そのぐらいの覚悟は出来てる。

私の願いの一つの、贅沢にセレブに生きることができなくても良い。





『お互いの背中を守りあう。そんな信頼をしあえる関係になりたいな』





最も同じ事を問うたら自分と同じ答えを言いそうなライヴァルは沢山いる。

そいつらを排除しつつ事を成さなければならない、なんとしてでも。ヨコシマとの愛の逃避行の為には。









終盤で半ば妄想が混じったような思考の海から還ったタマモの目に、傷口をペロペロと舐める横島が映った。 

そこで本日二度目のニヤリをうかべつつ、わざと甲高い声を上げた。





「あーーー!」

「なに何ナニ?今度は一体何でせうか?」





びくりと体を縮みこませて、おどおどし始めるヨコシマ。





「もう!駄目じゃない。そんな治療じゃ」

「いや。やったのお前じゃん」

「つべこべ言わないの。ほら手を出して。ちゃんとヒーリングしないと雑菌が入っちゃうでしょう」

「お、おう」





促されるままに手を出しそのまま患部を舐められる。

シロの激しい舐め舐めと違い、優しく丁寧に丹念に舐められる。

治療中のタマモは勿論だが横島も一言も喋らない。

ぺチャぺチャという水っぽい音だけが、シンと静まり返った室内に妙に響いた
 
やがて顔をあげたタマモが名残惜しげに手を離した。





「もういいわよ」

「さ、サンキューな」





傷つけられたのは横島なのになぜか恐縮している。

その姿を見て更に被虐心が増したタマモ。

そこで満員御礼、本日三度目のニヤリをうかべつつ爆弾を投下した。





「あ、でもこれって間接キッスになるのかしら」

「ぶふぅぅぅ!!!」 





頬を赤く染め、恥らうような素振りのタマモに横島は大きくうろたえる。

すぐにしてやったり、という表情全開でタマモは何処からともなく○ん兵衛のキツネうどんを取り出して横島に差し出した。





「怪我させた事は謝るわ。本当にごめんなさいね。お詫びにお揚げ半分・・・いえ、1/3あげるからさ。早くこれ食べよ」

「1/3かよ・・・ってちょっとマテ。今そいつはどこから出てきたんだ?」





魅惑的な素振りがタマモの悪戯と気づいて、立ち直った横島は取り出された○ん兵衛のキツネうどんを指差しつつ聞いた。

来た時は確かに手ぶらだった。家に入ったとき何かを置いた素振りも見られなかった。

いつもだったらスルーしているのだが、さっきの事もあったのでつい聞いてしまった。





「乙女の秘密よ」





簡潔明瞭に一言で、それも堂々と言い放つタマモ。

釈然としないまま横島はタマモから手渡されたカップ麺にお湯を注ぎにキッチンに向かう。

納得したわけじゃない。食欲に負けただけだ。

お湯を注いでタマモの元へ戻ってからはカップ麺が出来上がるまで、いつも通りに事務所での話題が中心となった。





「ところでよシロの奴、俺に出す紅茶にジャムを入れてるんだぜ。ありえないだろう?」

「あら知らないの?ロシアンティーって言うのよそれ」

「ロシアンティーってのは紅茶よりもジャムのほうが多いものなのか?」

「・・・・・さぁ?(ニヤリ)」





二人きりの夜は更けていく。







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”零 ”という数字を発明したその国は、持ち前の高い数学力を駆使して、IT及び情報産業に欠かせないソフトウェア開発を軸に発展をし続けている。

しかしインフラ整備などがまだ途上であり、また貧富の格差は凄まじく大きい。

古くから宗教にまつわる階級制度の名残がいまだに燻っており、それが発展の妨げになっていると言っても過言でない。

一つの街を見ればそれが良く解る。発展している地区と、発展から取り残された地区とでは、住んでる人間の地位も経済状態も雲泥の差であるからだ。

そんな町の中で、比較的高い建物の屋上から町を見下ろしている者がいた。





「薄汚い町」





そう言い放つ人物はつまらなさげに見下ろしていた。

発展している地区では、夜になった今でも煌々と明かりを灯しているが、そうでない地区は闇に覆われている。

共通している点は、どちらの道路沿いにもストリートチルドレンと呼ばれている子供たちが、昼は商売を、夜になった今では身を寄せ合って軒先や、木の下などを寝床としている。

彼らには元締めがいて、子供たちが観光客に買ってもらった花や新聞や水の代金を納金させている。

中には観光客の同情を買うために、非道な元締めに手首を切り落とされた子もいる。

まだ年端もいかぬ少女の中には客を取らされている子もいる。  





昼間からその様子を遠巻きに眺めていたが反吐が出る思いだった。

だがそれは子供に同情したからではない。

人間は己の利益のためならば、簡単なことで相手を犠牲にできる。そう感じただけだった。





生温い風に乗って、焦げ臭いような臭いを感じる。

臭いの流れてきた方向の先、富裕層が住む地区では大規模な火災が生じていた。

火は延焼を続けており、自宅に火が燃え移り茫然自失となっている者、半狂乱となっている者、消防隊員の制止を振り切り家財道具を運び出そうとした者が火達磨になったりするなど、浅ましい人間模様が映し出されていた。





「浅ましいこと・・・」





だがその浅ましさのせいで、自分にとって何物にも換えられない大切なものを失ってしまった。

強く噛んだ奥歯がギリッと音を立てる。

喩え血が繋がっていなかったとしても我が子同然に慈しみ愛してくれた。

貧しかったかった為に日々の食事にすら事欠いていた。

それでも二人は、私の為に自分達の分を削ってまで食べさせてくれた。

優しさに満ちたあの日々はもう戻らない。





怒りが、憎しみが、悲しみが芽生える。心の奥底から燃え上がるながら湧き上がる憎悪。

少女の周囲に、巨大な炎の塊が何個も現れる。

かなりの熱量を持っているのか白く輝いており、少女の立っている建物のコンクリートが煙を上げだした。





――――そう、いっそ何もかもが無くなってしまえば・・・





その炎の中で、自分を育ててくれた老夫婦の笑顔が浮かび上がった。

ハッとなって、集中が途切れ炎が急速に萎んでいく。





――――今ここでこの街を焼き尽くしても、あの楽しかった日々は還ってはこない。





それどころか人間の敵として追われることとなるだろう。

力が完全なら、いくら人間が束になって掛かって来ようと退けられるかもしれない。

だが力が完全でない今は、あまり表立った行動は控えたほうが良いだろう。

だからといってこの地に留まりたくはなかった。いるだけで苦痛でしかなかったからだ。



暫くの間炎のあった空間を見つめていたが、やがて空を見上げた。

火災の煙で星は見えなかったが、月を見つけることが出来た。





「あっちに行ってみよう。なにか有るかもしれない」





腕を広げ、屋上から飛び立ち月に向かって飛び立つ。

その姿は、闇夜の中に舞う、巨大な鳥を思わせた。





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「ングッ」

「どうした?ノドでも詰まらせたんか?」





そう言いつつ、横島は台所から水を持ってきた。

横島から受け取った、コップに入ったカルキ臭い水道水を一息に飲み干して、やっと人心地ついた。





「あせって喰うからそうなるんだ。取りゃしないからゆっくり喰えよ」





因みに、横島の油揚げの取り分は更に下がって1/4となっていた。





「そうじゃなくて。なんかね」

「?」

「いえ、たぶん気のせいよ」





―――――なんなんだろう、この不愉快な気分は。





折角美味しいお揚げを食べているのに、その昂揚感が全く湧かない。

それ以上に心の中を占めている不快感と。そして僅かに感じる、どこか懐かしいような感覚。

その胸の感じた違和感に、タマモは戸惑っていた。




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