ザ・グレート・展開予測ショー

ヨコシマン・ショー


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(05/ 4/24)

悪霊や妖怪が跋扈する現代――――

退魔除霊を生業とするゴーストスイーパー・美神令子との出会いによって、彼・横島忠夫の運命は大きく変転する。
平凡な一介の高校生として、霊能と呼ばれる力など何一つ持たなかった彼は、突如としてその力に目覚め始めた。
それは、遥か古の世に交わされた約束、輪廻転生の果てに邂逅する魂の呼応によるものであろうか。
やがて彼は、神や魔、人ならざる者たちとの様々な出会いを通じて、次第に強く成長していった。


そして、不意に訪れる転機。

世界を滅ぼそうと企む魔神・アシュタロスとの壮絶な戦いの中、女魔族・ルシオラと出会い、恋に落ちた。
儚くも美しい、蛍火のような悲恋の末に迫られる残酷な選択。
愛と苦悩の果てに彼は決断を下し、魔神の野望を潰えて世界を救うこととなった。



そして、―――――






















そんなこと、起こるわけがないだろう?
















                  THE YOKOSHIMAN SHOW
















ある晴れた日の午後、横島は事務所に向かうべくアパートを出ていった。
花が散って若葉が芽吹く桜の枝が微かに揺れ、頬にあたる風が気持ちよかった。
ときおり残っていた花びらが一枚、また一枚と舞い落ちる様は、なんとも言えない穏やかな心持ちにされる。
立ち並ぶ家々では洗濯物を干している主婦や、庭の鉢植えに水をかける老人、ご自慢の車を丁寧に洗っている若い男の姿が見受けられた。
道行く人もまばらな静かな住宅街を、横島はとくに急ぐでもなくゆっくりと歩いていった。

突然、その静寂が脅かされた。
今し方通り過ぎた背後に、がしゃん、と大きな音を立てて何かが落ちた。
思わず背中をすくめ、あわてて振り返ると、道の真ん中にごく普通の、しかし場違いなものがガラスの破片をまき散らかして転がっていた。
それは一抱えもありそうな筒状の金属製の物体、そう、照明用のスポットライトのように見えた。

どこからこんなものが、そう思って上を仰ぎ見るが、空には雲が漂うだけで何も見えなかった。
あたりをぐるりと見渡すが、路上の灯りが外れたわけでも、道行くトラックの荷台から転がり落ちたわけでもなかった。
横島は訳がわからずにもう一度ライトに目を向けようとして、奇妙なことに気が付いた。
先程までいた住民や、前後をちらほらと歩いていたはずの歩行者の姿が全く見えないのだ。
干しかけられた洗濯物、中途半端に水をかけられた植木鉢、泡だらけのまま放り出された車―――――
急に得体の知れぬ不安感に襲われ、横島は逃げるようにして走り去っていった。


息を切らして美神除霊事務所の玄関をくぐり、応接室のドアを開くと、待ち構えていたかのように彼を出迎える者があった。

「よかった、無事だったんですね」

一緒に美神のアシスタントをしているおキヌが、幾分緊張しながらもほっとしたような顔を見せて言った。

「へ? 何が?」

会って早々にいきなり言われた横島には、おキヌの言うことが何かわからなかった。

「ついさっき、テレビで『故障した飛行機から部品が落下した』ってニュースで言ってまして、それがちょうど横島さんのアパートのあたりだったんですよ。それでもう私、心配で心配で・・・」

どこか説明的な台詞を言いつつおキヌがテレビをつけると、ちょうどタイミングよくそのニュースが流されている。
騒然とした現場からの中継映像が映し出され、不安げに語る住民がインタビューに答えていた。
手際の良いことに、落下したと見られるライトの映像まで差し込まれている。それは、まぎれもなく自分が見たライトに他ならなかった。
横島はなんとなく腑に落ちないものを感じながらも、そっか、と自分を納得させることにした。
そのタイミングを見計らったようにして、他の事務所のメンバーが現れたため、横島はぼんやりとした微かな疑問を頭の片隅へと追いやってしまった。

そして、今日もまた同じような非日常の日常が過ぎていく。




ある雨の日、いつものように事務所を出た横島は、何とはなしにぶらぶらと駅のほうへと歩いていった。
ここ数日の間、なんだか良くわからないままに頭の中がもやもやとしていて、少々気持ちがいらついている。
靴を濡らす水溜りにも悪態をついたとき、歩道の脇で目深に傘を差して立っていた女性が声を掛けた。

「ヨコシマ・・・」

その声を聞いたとたん、横島はぎくりとして足を止め、幽霊でも見たかのようにゆっくりと振り向いた。
まだ、その女性の顔は傘に隠れて見えない。それでも、その姿には見覚えがあった。
そして、その女性がもう一度声を掛けた。

「ヨコシマ・・・」

「ルシオラ!?」

横島が傘を跳ね上げて絶叫した瞬間、まわりにいた全ての人がその動きを止め、一斉に彼のほうへと向き直った。
その異様な光景に横島は一瞬怯んでしまう。あろうことか雨すらも止んでしまっていた。
それでも彼が女性のほうへと近寄ると、どこからか現れた黒ずくめの男女が彼女を抱き抱えて走り去っていく。

「ま、待て! 待ってくれ!!」

慌てて横島は後を追いかけようとするが、偶然にもジョギング中の一団が前を塞ぎ、偶然にも脇から出てきたサラリーマンにぶつかり、偶然にも走る新聞配達の自転車にぶつかってしまった。
それにもめげずに後を追いかけるが、黒ずくめの男女は彼女を路線バスへと押し込み、他の乗客を待たずにバスは走り出していく。

「止めろ! そのバスを止めろ!!」

加速のつかないバスに追いついた横島は、必死になってドアを叩いてバスを止めようとするが、運転手は一向に構うことなくアクセルを踏み込んでいく。
やがて横島を振り切ったバスは、信号すらも無視して走り去っていった。
そして、交差点の真ん中で途方にくれる彼を残し、周りの者全てが何も無かったかのように振舞っていた。



「あれは確かにルシオラだった」

「見間違いではござらぬか?」

混乱する頭を抱えて事務所に戻った横島は、たまたま残っていたシロを相手に自分の見たことを話す。
この時間はスケジュールの都合が悪く、他に適当なメンバーは残っていなかった。
だが、シロにはこのような役回りは些か荷が重く、どうしても拙い反応となってしまっていた。

「見間違えたりなんかするもんか!」

横島は声を荒げてテーブルをドン、と叩く。
これが美神やおキヌであればもう少し上手くあしらえたりも出来るのだろうが、それをシロに望むのは酷と言うものだった。
それでも、シロはなんとかしようと頑張っていた。

「大事な人のことを思って見間違えしまうことはよくあることでござるよ。拙者だって、未だに父上のことを夢に見るでござる。惚れたルシオラどののことならなおさらでござろう」

そこまでは良かった。だが、馴れぬ場に焦るあまり、その後がいけなかった。

「そ、それよりもおやつでも食べて気を落ち着かせるでござる。ワンちゃん大好き 栄養満点 トップ・ブリーダー推薦の『Dog's Sunday』でござるよ!」

そういってドッグフードの缶を、通販番組で商品を紹介するように持ってみせる。もちろん、製品ラベルはぴったりと前を向かせてだ。

「ま、まて、シロ、お前何を言っている?」

話の脈絡を無視して話し出すシロを凝視して、横島は疑惑の眼差しを向ける。
少しずつではあるが、彼の頭の中にある思いが膨らんでいった。

「それに、何でお前がルシオラのことを知っているんだ? お前に話したことなんか一度も無いのに?」

「え、えっと、それは・・・」

「くそっ! お前も奴らの仲間か!? そうなんだなっ!?」

シロはなおも引きつった笑顔を浮かばせながら、にじり寄る横島から逃げるように後ずさっていく。
いつもは広く思えた事務所も、このときばかりは絶望的に狭く感じられた。
部屋の片隅に追いやられて逃げ場を失ったとき、偶然にもタイミングよく救いの主が現れた。

「よう、横島」

横島のライバルにして親友と言って憚らない、伊達雪之丞その人であった。



その日の夕刻、二人は街を見下ろす高台の公園に座っていた。
二人の目の前には、絵に書いたように見事な夕焼けが広がっていた。
そう、彼女のことを話すときは、必ずと言ってよいほどに夕焼けが必要だった。

「俺、おかしくなっちまったのかな」

沈んだ気持ちで横島が口を開く。

「世界が俺の周りを回っているような気がするんだ。みんなが俺を見ているような・・・」

「そんなバカな」

雪之丞は精一杯、一笑に伏して言った。

「お前の妄想だよ」

ここで雪之丞は缶コーヒーを一口飲む。いつも彼が口にしているやつだ。そのラベルがはっきりと見えた。

「美神のダンナやおキヌ、その他の連中がみんなぐるだと?」

「―――――」

「そして、俺もその一人か?」

「―――――」

「俺はお前のなんだ? ダチだろ?」

そう言って雪之丞は横島のほうに向き直る。

「ダチだと思うのなら」

「―――――」

「俺を信じろ」

いつしか日は暮れて、夜の帳が足早に降りていった。



取り留めのない会話を交わして横島の気持ちが落ち着いた頃、不意に雪之丞が言葉を切って思わせぶりに言った。

「一つだけ、事実が」

「何が?」

「お前が見たやつさ」

そう言って雪之丞はゆっくりと後ろに視線を向けた。
内心の動揺を隠せずに横島がつられて後ろを振り向くと、暗闇に一人の人物の姿が見えた。
横島は信じられない、という表情を浮かべながら、身体を震わせてふらふらと立ち上がる。

「俺が見つけて呼んだ」

そう囁く雪之丞に頷きながらも、視線はその人物に注がれたままだった。
暗くて顔は全然見えなかったが、後ろのライトに浮かぶシルエットは紛れもなく彼女に他ならなかった。

「行けよ」

そう言って肩に手を置く雪之丞に促されて、横島はたよりない足取りで歩み寄る。
一歩、また一歩と近づく二人を、月明かりがスポットライトのように照らし出していた。

「やっぱり生きてた・・・」

「ヨコシマ・・・」

そう呟いた二人は、しばし言葉も忘れて二度と離さぬように抱き合った。
横島は空に輝く月を見上げ、愛する彼女を抱きしめて涙を浮かべた。
やがて、泣きそうな声で愛しい彼女の名前を呼んだ。

「ルシオラ・・・」







『ルシオラ・・・』

モニターに映る横島の口からその呟きが聞こえた瞬間、オペレーション・ルームには歓喜の拍手が巻き起こった。
背後に流れる叙情的な音楽は最高潮に達し、見ている者全てを感動の渦へと巻き込んでいった。
いつもは気難しげなプロデューサーも感極まってスタッフと抱き合い、互いに握手を交わした。

「やれやれ、これでなんとか一件落着やな」

「あそこで彼女が出てきた時にはどうなるかと思いましたけど、いや、さすがですね」

「彼女もなぁ、おいしい役どころがのうなって不満やったのはわかるんやけどな、わやになってしもたらどないしてくれんねん」

「しかし、その彼女をここで復活させるとは意外でした」

「まあな、視聴者からも『復活させえ』ちゅー声が多かったさかいに、ちょうどよかったんとちゃうか?」

「なんにせよ、お見事でした」

「おおきに。ほな、わしはちょいと休んでくるさかい、あとはあんじょうたのんまっせ」

「お疲れさまでした」

そう言ってプロデューサーはインカムを置くと、ふう、と息を吐いて肩の力を抜いた。
傍らのモニターには、うなぎのぼりに上がる視聴率が表示されている。これで、今年の賞も確実だった。
部屋を出る前にプロデューサーはもう一度振り返り、ルームの大画面に大写しになる横島の顔を満足そうに眺め、ゆっくりと歩いていった。

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