ザ・グレート・展開予測ショー

吟詠公爵と文珠使い48


投稿者名:アース
投稿日時:(05/ 4/19)

ロンドンや上海での死闘がひとまずの決着を見たその後。

魔界の何処かにある地下宮殿の一室。完璧な隠蔽術を施されたその宮殿の部屋の主である「少年」――少なくとも見た目は-―見知った者の気配に、読書の手を休め、扉のほうへ視線を向けた。

「入りたまえ」
見かけに反したその声と同時に長い黒髪の女が優雅な動きで入ってきた。

「ここに居たのね、また魔術書を読んでいるの?」
そう言って、彼女――『夜魔の女王』リリスは「少年」の傍らまで、歩み寄ると彼が読んでいる本を覗き込んだ。

「いや・・・・今日はミルトンという人間の作家が書いた『失楽園』という本を読んでいた。中々、面白い。我々のことが良く描かれている。誤解も多いがね」
「少年」はその見た目とは全くそぐわない口調で言い放った後、本を閉じ、それを側のテーブルの上に置いた。




「アンドラス達はそれぞれこことは別の秘密のアジトで休んでるけど・・・・サルガタナスはどうしたの? えらく機嫌悪そうだったけど・・・・・」
「何・・・大したことじゃない。西条とかいう人間にかすり傷を負わされて、怒り狂っているだけさ」
「成程・・・・それじゃ彼に傷を負わせた人間は気の毒ね・・・絶対に惨たらしく殺されるわよ。同じ魔族の私達からみても、異常だもの、彼」リリスはさも気の毒だと言いたげに頭を振って、相槌を打った。

どうやらリリスの中で、その人間(西条)の死は確定事項らしい。

リリスにとってもサルガタナスの性格は異常だ。あのアシュタロスでさえも、手に負えずに追放した男だ。ある意味、もっと異常なのは、その狂気の塊みたいな男を平然と味方に引き入れる目の前の「少年」の神経だった。


「確かにそうだが・・・・彼のような狂犬を手元に置いておくのもまた一興・・・・もっとも彼が無能だというなら、話は別だ」言葉の前半は愉快げに、後半は冷徹に「少年」は告げた。

「少年」の言葉に嘘は無い。彼は非情ではあるが、部下の扱い方は心得ている。そのやり方は「恐怖」という呪文を相手の心に植えつけて、従わせるものではあったが。

ちなみにリリスとサルガタナスだけは心臓を人質に抜き取られる術を施されていない。それだけ、彼らが信頼されているということなのかは謎だった。

「それはそうと・・・・アンドラスのやり方はあれでよかったの? 人界のアジアとかいう地域を混乱に陥れるなら、もっと上手い方法があったと思うんだけど・・・・」
リリスの疑問はもっともだった。アジアを混乱させるなら、人間のテロリスト達が用いるような手段でも良かったはずだ。まして、以前メドーサ達がそうだったように原始風水盤を使うなど・・・・

「そうでもないさ・・・・ある程度、やり方は彼に任せておいたけど・・・あれで、神魔族、特にデタント派の連中は誤魔化すことが出来た。アジアの混乱は付録程度のものさ」
これから起こる事態に比べたらね、と「少年」は薄笑みと共に付け加えた。

確かに「陽動」としては、悪くない手段だ。何といっても以前と似たケースだ。注目せざるを得ないだろう。魔族の模倣犯の仕業にも思わせることが出来るし、場合によっては裏があると深読みさせて、混乱に陥れることも出来る。どの道、「少年」にとっては時間稼ぎと目晦まし以上の意味は無い。



「彼のおかげで、『本当の計画』の今回の主役である「あれ」の最終調整が滞りなく、終わったよ」
「あれって・・・ああ、あの「出来損ない」のこと?」リリスの脳裡にやかましく吼える巨大な怪物の姿が浮かぶ。彼女からすると、何処ぞの魔狼と同じくただ無軌道に暴れまわるだけの存在にしか思えない。

「出来損ないとはちょっと、酷いんじゃないかな。攻撃力だけなら『究極の魔体』に匹敵する代物なんだがね」

元々、「あれ」は90%完成していた。いよいよ最終調整に入ろうかという所で、アシュタロスが叛乱を起こすのが、予想外に早かったために「それ」の保存プラントを一時凍結せざるおえなくなったのだ。

「攻撃力だけでしょ、いくら七十二柱最強の貴方でもアシュタロス級の技術力は無いわ。大体、宇宙処理装置も造れないじゃない」
この上ない無理難題をまくし立てた後、リリスはそこで言葉を切って、「少年」の顔を見つめた。その表情に怒りの色は認められない。第一、こんな些細なことで怒るほど、彼は狭量では無い。もっとも殺すべき相手に対してはいくらでも非情になるのだが。

「無理を言わないでくれよ・・・・あれはアシュタロスの技術力が凄すぎたんだよ。私と得意分野は違えど、彼も恐るべき男だったよ・・・もっとも私の場合、造れても使う気にはなれないね、あれは私の趣味じゃない」滅多に見せない屈託無い笑みを見せながら、「少年」は亡き同胞のことを賞賛し、自分の意見を述べた。

その顔は外見年齢に分相応なものだ。

「アシュタロスのことを、魂の牢獄に怯えた軟弱者だとか言わないのね? 万魔殿の他の連中はしょっちゅう言っているのに」リリス自身にしても、実は内心そう思っていた。彼女の妹のゴモリーや彼と親友だったペイモンならば違うと言うかもしれないが。

「それとこれとは別問題さ、彼の技術力と知略には一目置くべきだ。それに宇宙を組み替えようなんて発想、彼以外、思いつく者は居ないだろうよ。私見だが、たとえ敵であっても「何か」を感じさせる相手には一定の敬意を払うものだ。そうしなければ、油断が生じ足元をすくわれる」
「少年」は椅子に腰掛け、再び先程の本を読みながら答えた。

まるで、実体験に基づいたかのような口ぶりだ。彼のいう相手には神魔族だけでなく、ソロモン王を初めとする極少数ではあるが人間も含まれている。これが数千年間に渡って、三界に謀略を張り巡らし、物事をほぼ思うままに運んで来た者の言葉だろうか? 

その「何か」とやらが、今一、リリスには掴みかねるのだが「少年」が心からそう信じているのは確かだった。ただ、非情なだけではない。この辺が彼の強さの一つかもしれない。

「何にしても、「あれ」を覚醒させるのは神魔人首脳会談の日だ。出来れば終了直後がいい。それによって、人界は大混乱に陥り、それだけでなく、さらに重要なものを私にもたらしてくれるだろう」明らかに含みのあることを「少年」は何気ない口調で漏らした。その視線は本から全く動いていない。


「もっと重要なもの?」
「そう・・・・とても素晴らしいプレゼントさ。贈り主は居ないがね」
本から視線を逸らさず、疑問符を浮かべたリリスの問いに「少年」は静かに答えた。どうやら、これ以上聞き出すのは無理らしい。当日を楽しみにするほか無さそうだ。


(まあ・・・こんな奴に惹かれた私はどうかしているわよね・・・・)
『夜魔の女王』の内心にお構いなく、刻一刻と「その時」は迫っていた。




東京都庁 地下心霊対策本部会議室。
一連の事件が神魔のデタントの流れに影響を与えかねないという、神族側からの強い申し入れによって、三界首脳会談が開催されていた。
この会議の様子は神魔界の最上層部、人界の各国政府首脳、バチカンを初めとする宗教界の中枢にホットラインで極秘に中継されている。
それぞれの参加者は以下の通り。
人界
オカルトGメン代表 美神美智恵及び西条輝彦。
キリスト教系GS代表 唐巣和宏。
その他、美神令子を初めとするアシュタロス戦役の功労者。(氷室キヌは欠席)

神界
熾天使長ミカエル及びガブリエル(キリスト教系神族代表)
応龍及び猿神(竜神族代表)

魔界
『吟詠公爵』ゴモリー。
『死霊公爵』ネビロス。
『剣の公爵』アスモデウスこと横島忠夫。
『西の王』ペイモン。
いずれもソロモン七十二柱。


「先のGS試験会場、さらにロンドン、上海における一連の事件・・・・これらのことに関わっていたのが、魔族としてはこの三名、サルガタナス、アンドラス、そしてアムドシアス・・・・・加えて、人間としては魔装術使いの砕破という男がいます」
緊張した面持ちながらも、よく通る声で司会役となった西条は資料を読み上げながら、手元のキーボードを操作した。

彼らの目の前の大型ディスプレイに先の四人の顔写真やパーソナルデーターが映し出された。

「ここで、一つ問題があるわね・・・・仮にこの連中を見つけたとして、誰が捕まえるのか・・・・・・並大抵の実力の奴じゃこの連中には歯が立たないわ」サルガタナス関連の情報を映し出したディスプレイを見据えながら、苦々しい口調で美智恵が呟く。



彼女の言葉はこの場の全員の胸中を代弁しているともいえる。人間ばかりか神魔族の中でもこの連中に太刀打ち出来る者は少ない。かといって、放っておいていい連中でも無い。




「確かにそうだが・・・・我々が堂々と人界に戦闘目的で、大挙して押しかけるわけにも行くまい。だが、こいつらを捕まえることが出来れば、背後関係についてかなりの情報が得られることも事実だ・・・・・」今まで、沈黙を保っていたミカエルが口を開いた。その口調には指名手配犯を出した魔族側の不手際を責める響きは全く無かった。

「その為には、神魔双方の武器や防具、人間の知恵とコンビネーションを結集させるしか無いでしょう?」かつて、南極でアシュタロスと相対した時とほぼ同じ台詞を美神は意気込んで言った。

その意見はもっともだが、後でそれらの武器を彼女が素直に返すという信頼に欠けるような気がするのは気のせいか。

「その通りですね、私達から貴方がたに相性のいい武器などを選んでもらい、それを使ってもらいましょう。但し、返すべき武器は後で返してくださいね?」
そんな力強い美神の言葉に、ガブリエルは柔らかな笑みと同時に釘をさしながら答えた。

「う・・・わかってるわよ」
過去に竜の牙やニーベルンゲンの指輪を返すのを散々渋った実績(?)のためか、美神の声は何処か弱々しい。ついでに言うと、母の美智恵の視線も痛い。

それでも、駄目だった場合は上位神魔の本格的な人界での武力介入だが、これはあくまで最終手段だ。

その後、会議が終わった後、神魔界から武器や防具の手配がされ、しかるべき面々に手渡されていく。西条は新しい剣をミカエルから直接手渡され、やや硬直気味だった。


そんな彼らを遠巻きに眺めながら、横島は壁に寄りかかり、溜息をついた。そんな彼に声をかける者が居た。
「取りあえず、久し振りだな。アスモデウス、いや横島忠夫といったほうがいいのか・・・・」
「好きな方で呼べばいい、お前とこうして話す日が来るとは思わなかったな、ミカエル。それと西条の剣を用意してくれて、ありがとう」
「何・・・・人間達に大きな負担を強いることになるからな、この位はどうという事は無いさ」
横島の言葉に金髪の若い男――神界のbQ熾天使長ミカエルは笑った。

「それにしてもペイモンは変わったな、いや、お前やネビロス、ゴモリーも・・・・・かつて、戦場で死闘を演じた相手だとは思えん」
「月日が経てば誰だって変わるさ。お前だって、以前戦った時に比べて、口調が随分柔らかくなったな」

ミカエルは横島の隣の壁に寄りかかりながら、天井を見上げた。

「そうかもしれん・・・・この二千年近くの間、色々考えさせられた・・・神族が全て正しいわけでは無いということも解ったからな」神族の中で、戦闘能力ならば最高指導者キリストを凌ぐと言われる男の声は何処か弱々しかった。
「以前、『俺』と剣を交えた時も同じことを言ったな・・・・それでも自分を慕う者のために戦うとも言ったな」
「ああ、戦う理由など、神や魔にとっても案外そんなものだろう。我々にも人格があるのだから、好き嫌いがあって当然だ」
「そうだな・・・」





「あいつらは何を黄昏れているんだ?」
「男同士にしかわからない事があるんじゃ無いでちゅか?」
そんな二人を眺めながら、何処か呆れたようなペイモンの呟きに、妙神山からハヌマンや小竜姫にくっ付いて来たパピリオが無邪気に言った。
「ああ、成程・・・・それなら、よくわかるな」
「でも、言っちゃ悪いでちゅけど・・・ペイモン様、とてもアシュ様の親友だったとは思えないでちゅ、まるで学者と不良でちゅ」
「余計なお世話だ。だが、ということは俺が不良か? 上手い例えだ、ちょうちょ娘」
パピリオの命知らずな物言いにもペイモンは心から愉快げに笑い、パピリオの頭をポンポンと叩いて、撫でた。


「ちょ、ちょっと、パピリオ!! 将軍閣下にそんな口を聞いたら・・・・」
「構わんさ、今は軍の仕事からは外れた時間だし、こいつは軍属では無いだろう。第一、プライベートにまで階級を持ち込むつもりはない」慌てて妹の振る舞いを諌めようとするべスパを当の彼は静かに制した。
二十四時間、彼も軍服を着ているわけではない。
その証拠とでもいうように会議が終わった今、ペイモンの上下の格好は、白いYシャツに黒いズボンである。どう考えても、魔界正規軍の将軍には見えない。むしろ繁華街をうろつくチンピラ、もとい若者といったほうがピッタリだ。

ちなみにネビロスの秘書官となったジークに変わり、べスパはワルキューレと共に神界と魔界の連絡員の一人となっていた。
その為に妙神山を訪れる機会が増えたおかげで、妹のパピリオと会う機会が増えるので彼女としては内心、嬉しかったりもする。

「そうですか・・・・それと気になったのですが、伊達雪之丞に手渡した武器、あれは一体・・・・」
「ああ、あれか? 俺が昔使っていた武器のお古さ。といってもチャチな代物じゃ無いし、当人の精神力がしっかりしていなきゃガラクタ同然だ」
未だに硬いべスパの口調に苦笑しながら、ペイモンは事も無げに言った。

「それに何処か奴は他人と思えなくてな、戦い方や気性が俺そっくりだ」
言葉通りペイモンの戦い方は徒手格闘が主だ。魔術も使えないことは無いが、それは補助程度のものに過ぎない。
「将軍閣下とあの男がですか・・・・」
べスパの呆然とした声に赤毛の将軍は「ああ」と呟き、ニヤリと笑う。



だが、彼女達から離れたところで、口を閉ざして考え込む。

(それにしても・・・・この一連の事件は陽動の可能性が高いな、先の会議の中でも指摘されたことだが・・・・)
だが、敵の本拠や黒幕が不明な以上、こちら側は後手に回った迎撃しか出来ない。
わからないことだらけだ。敵の狙いは? 黒幕は? 未だ表に出てきていない者も居るはずだ。




「やれやれ・・・・戦いとは常に攻めるほうが有利とはよく言ったものだな」
何処か疲れた将軍の呟きは虚空へ吸い込まれていった。




同施設の医務室。その中のベッドの一つで、長い黒髪の少女が寝息を立てていた。
「うーん、私、ネクロマンサーの特訓していたはずなのに・・・・・何でベッドで寝ているの?」
半ば寝ぼけた状態ながら、その眠っていた少女―――氷室キヌはベッドから上半身を起こしながら辺りを見渡した。二つ隣のベッドには未だ魔獣の姿の陰念が、やかましくいびきを掻いている。このいびきで目が覚めたらしい。



どうやら、悪意に満ちた声と向き合うというネクロマンサーの特訓中に
倒れたところを、美智恵か西条の指示でこの部屋に運ばれ、ベッドに寝かされたらしい。服も医療担当者が着替えさせたのか、質素で清潔な衣類だ。ちなみにこの特訓で彼女が倒れるのはこれで数回目。徐々に声に慣れてきていることから、成果は出てきてはいるらしいがやはり特訓はきつい。

「それにしても・・・・今、何時かな?」
「あ、おキヌ殿起きたでござるか!!」
「おキヌちゃん、林檎食べる?」
寝ぼけた頭で考えていると、心配げにタマモとシロが駆け寄ってくる。寝ている自分を看ていてくれたのだろう。


「うん、二人ともありがとう。それと、会議のほうは終わったの?」
側に置いてあった服に着替え、タマモから手渡された林檎を控えめに齧りながら、おキヌはお礼の言葉と共に現在の状況について尋ねた。特訓による疲労のために欠席してしまった会議のことが気にかかるのだ。

ちなみに陰念はまだ船を漕いでいる。

「えーと、多分もう終わった頃だと思うんだけど」
タマモが何気なく言ったのとほぼ同時に・・・・・・・・・


バシャン!! ゴガンッ!!! バキバキ・・・・・!! ザバアア・・・・!! ズシンズシン・・・・!!



彼女達の周辺、いやこの辺り一帯が激しく揺れた。同時に響く「何か」が水から上がるような音と地響き。かなり、音の大きさからいって、かなり遠い距離からのものだ。

だが、それにも関わらずここからでもハッキリと感じ取れるこの途方も無い霊圧――――――


「な、何が起こったの!?」
「わからない、けど大事になっているのは確かだわ・・・・早く横島達の所へ!!」
「うん!!」
「急ぐでござる!!」
言いだしっぺのタマモに続き、シロとおキヌも医務室を飛び出し、会議室のほうへ全力疾走する。起きたばかりな上、人狼と妖狐の身体能力についていけずに、おキヌはやや遅れ気味だったが。(陰念は余りの霊圧にビビッて失神した)





同時刻、太平洋上。
突如、海中から巨大な影が姿を現し、その影響からか海面が波立ち、激しく揺れる。その影の全長は優に数百メートルはあるだろうか。

それはクリスチャンならば、いや、ヨハネの黙示録を読んだことがある者ならば、大抵の者は知っているだろう怪物――――一時には魔王サタンの化身とも言われる――――――『七つの頭を持つ赤い龍』――――――



その世界の終末に出現するとも言われる怪物は、全世界に対する憎悪とも怒りとも取れぬ叫びをあげた。




後書き おキヌちゃん、再登場。それぞれ、西条はミカエル、雪之丞はペイモンから武器を受け取りました。他のメンバーも何らかの武器などを・・・・・使いこなせるかは彼ら次第ですが。次回はおキヌちゃんも活躍します。
さて、今までの騒ぎはこの怪物の最終調整のための時間稼ぎでした。この化け物をどうやって倒すのか。もっとも敵の企みはそれだけではないんですが。
ペイモンって案外、人格者だ。雪之丞と気が合いそうだな、こいつ。

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