Other model cases(GS「ある日どこかで その7より」)
投稿者名:ししぃ
投稿日時:(05/ 9/ 7)
「あ…れ……?」
いつのまにか体が動いていた。
もしかすると不要な行動だったのかも知れない。
……なにしろ彼女は美神令子なのだから。
体に突き刺さる氷の弾。
動きは見えていた。見えていたからこそ避けられなかった。
真後ろに彼女が居たから。
熱い。
痺れる。
……そして空白。
名前が呼ばれている事を感じながら。
俺は死んだ、らしい。
「気の毒だが……死んどる」
脈を取り、瞳孔の動きを調べたカオスのジジィは、頭を掻きつつ飄々と吐かす。
「死…?」
俺の体を抱えた美神さんは、呆然とカオスの言葉を繰り返した後、明確な怒りと共に
俺の死を作り出した魔族へと駆け出した。
どす、と床に投げ捨てられる俺の死体。
あんまりな扱いでないかい?
「ヌルゥウウッ!!」
らしくない、ヤバイ。
俺が身を挺して庇ったのが無意味になる。
「よくも…!!」
『ほほほほ、そう怒らなくても、すぐにあなたも殺してあげます!』
ろくな武器もなく、突っ込む美神さんを止めようにも俺には成す術もなく。
「まて、ミカミ…!!」
「いかんっ!!頭に血がのぼって…!」
マリア姫の声もカオスの声も彼女を止める事は出来なかった。
『くらえ!!雷の足!!』
「ミ…ミカミ!?
雷は彼女を直撃して、爆煙の中にその姿は消えていった。
……これで連載終わり?
打ち切りか?
アニメも終わっちまったし。
いやしかし、これは半端すぎねーか?
『ほほほほ、次はお前の番です。カオス』
炎・氷・雷、と多芸ぶりを見せ付けたヌルは、新たな足を構えてカオスとマリア姫を
睨み付ける。
「くっ!」
地獄炉の操作をしていたカオスは咄嗟にマリア姫を突き飛ばし、その身を地獄炉との
直線上に置いた。
「今、ここに地獄を展開するのはお前にも本意では無いだろう?プロフェッサーヌル」
……不敵な笑みは数百年後と変り無く。
香港の風水盤の時のような強い意志を見せていた。
『ククク、脅しているつもりですか?魔族たるわたしにとって地獄を呼ぶことになど
なんのためらいもありません』
冷ややかな言葉にカオスの額に汗が流れる。
……脅しは効いている。
だが、絶対ではない。
地獄を展開するデメリットとカオスをここで倒すメリットを計りにかけている。
……そんな感じだった。
『死になさい!!』
結論が出るのに時間はかからなかった。
言葉と共に炎はカオスに向い放たれ、ない。
『ぶべらくっ』
いきなり現われた美神さんが、手に持った杖でヌルを全力で殴ったのだった。
「なに?え?どーなったのよっ!」
辺りを見回しながらヌルをぶっ叩く手を休めない辺り、さすがっちゅーかなんちゅーか。
『ナ、ナゼ……おまえは……?』
訳も判らずズタボロになっていくヌル。
……というか、誰一人状況を理解できている者はいないだろう。
「カオス、いいから地獄炉を!」
「わかったまかせろ!」
得体の知れない事態に対しての美神さんの決断はめっぽう早い。
それに応じるカオスもさすがまだ耄碌していないというところか。
『させるかー!!』
ヌルがその動きを止めるべく魔力を足に集中させていたが美神さんの攻撃がそれを止め
ていた。
カオスがスイッチを押した瞬間、崩壊していく地獄炉。
『地獄炉を逆操作したのか…!?な…なんてことを……!!』
「吸いこまれる──!!」
「炉に落ちたら最後だぞ!!こらえろ!!」
地獄の力が全てを吸いこもうとしていた。
腕を広げてみんなを守るマリア。
……で、俺がやばかった。
いや、死体は美神さんに踏み付けられてるお陰で安定しているが、俺自身というか、
多分幽霊である俺が体から抜け出て、地獄炉に引き寄せられていた。
なんかかっこつけてヌルと語っているカオスは役に立ちそうもない。
美神さん……は、俺の死体踏み付けてる事にも気付かずに状況を判断しようとしている。
マリア姫は……まあ、過激な性格とはいえフツーの子だしな─。
『ぐぉあぁおー』
「横島さん?」
結果、叫びを上げた俺にいち早く気付いてくれたのはマリアだった。
霊力を展開したロケットパンチがむんずと俺を捕まえる?
「マリア?なにを?え?」
混乱から醒めた美神さんが幽霊の俺を見つけて、ヌルにトドメを差したカオスが地獄炉の
穴を塞ぐのが大体同時ぐらい。
「よ、こ……しまくん?」
足元の死体と。
とりあえず手を振ってる幽霊の俺を見比べて。
美神さんが崩れ落ちたのはその直後だった。
「ふむ。ではミカミ、お前はヨコシマの死を見たミカミではないというわけだな?」
「ええ、ヌルから逃れて台所に逃げたところまでは覚えているんだけど……」
とりあえず、俺の死体を冷凍して。
事情を聞き始めたのは夜半を過ぎてからだった。
「時間跳躍……か。しかも特殊な例のようだ」
したり顔で頷くのはカオス一人。
俺も美神さんもマリア姫もマリアも、訳が判らずとりあえず詰め寄っておく。
「時間移動は強力だが不安定な能力だ。原因があり、結果がある。という、極当たり前な
この世の因果律を崩壊させてしまう能力なのだ」
推論に過ぎないが、と勿体つけてカオスは長い解説をはじめる。
「結果を知り、それが意思にそぐわなければ原因へ戻って修正すればいいのだから。能力者は
望みさえすれば世界を支配することも容易だろう。……それも回りからすれば瞬時に」
悲痛な表情でそれに頷く美神さん。
……いつもの彼女とのあまりの違いに、ちょっと絶句した。
じゃあ世界中の宝もあたしの物ね、ぐらい言いそうなものなのだが。
「だが、世界は未だに誰か一人に支配されているわけではない。これは逆説的には時間
移動能力が万能ではない事を示している」
……ちょっと混乱した。
時間移動能力と呼ばれる能力は確かにある。
そして、その能力によって『美神さんの過去』を救った事もある。
さっき言ったように結果の後に原因に対処すれば、何でも出来るのではないだろうか?
「つまり原因を取り除けば、結果が変る。変った結果を受けて過去に戻ることは無くなり
原因は変らなくなる。……結果は変らない。と、そういう矛盾が起きるのだ」
「タイムパラドックス?」
思いついたように告げる美神さん。
その呼び方は俺も何か聞いたことがある。
「ふむ。それは良い命名だな」
ニヤリと笑ったカオスは言葉を続けた。
「矛盾が生じる以上、そんなことは出来ないことになる。論理上有り得ない事はこの世界
には無い事なのだからな」
不老不死という存在自体が有り得ないカオスがそんな事を口にするのは異常な気もするのだが。
「だが時間移動能力者は居る。今回お前らがここに来た事は対した問題ではない。
遠い過去であり、この世界を原因とする事柄が未来、もとからお前が居た時代の結果と
して組み込まれているようだしな。……すなわち、ヌルは地獄炉に失敗し、私が
M−666号を完成させる、という事柄が原因となり、結果お前たちがこの時代に来る
という結果が組み込まれているわけだ。矛盾はない」
本当か?と、考えようとしてやめた。
正直わけわかん。
「問題は、小僧の死だな」
カオスは幽霊の俺と俺の死体を一瞥する。
「ここに小僧の死という結果がある、この結果を不満とするミカミが時間移動して小僧の
死を阻止したら……どうなる?」
問い掛けは美神さんに対してだった。
悲痛な面持ちを隠さない彼女は、小さく、本当に小さく。
「パラドクスが生じる……わね」
「ああ、小僧の死を回避する為に過去に戻ったミカミは小僧の死を体験する事なく全てを
丸く収める。故に小僧は死ぬこともなく……世界は『有り得ない事』を内包する」
訳がわからなかった。
現実に俺は死んだ。
「つまり美神さんが失敗したって事か」
美神さんが消えた瞬間、彼女は過去に戻り失敗して戻ってきた?
「いや、違うな。……おそらく、ミカミは成功した。故に小僧の死を知り、死を阻止した
ミカミはここに居られなくなり、小僧の死を知らず過去に戻ることのなかったミカミが
ここに現われる事になったのだ」
正直に言おう。わけわからん。
だが、少なくとも美神さんは理解しているようだった。
「パラレルワールドってわけ?」
「ふむ。中々秀逸なネーミングセンスだなミカミ。おそらくはそうだろう。時間移動という
能力が行使される時、世界は矛盾を回避するのだろう。唯一の方法……時を越える意思を
入れ替えてしまうことによって」
「えーと?つまり?」
口を挟んだのはマリア姫だった。
「つまり、このミカミは我々が会ったミカミとは異る世界のミカミという事だ。今まで
いたミカミは、小僧を救うために過去に戻り小僧を助けた未来を作り出した。だが、
矛盾を避ける世界の力がこの世界に、小僧の死を知る前の……原因を持たないミカミを
送り込んだという事じゃろう」
俺で。美神さんで。
死んで、助けに行って、助かって、でも俺死んでて?
「……つまり、……わたしはどうあがいても横島クンを助け、られないの?」
「いや、それは違うぞ。お前が小僧を助けた世界もある」
「それはあたしじゃないっ!!」
美神さんは泣いていた。
カオスの襟首を掴み、唇を噛み締めて。
「いや。お前だミカミ。お前が助けに行って小僧が助かった世界が生まれた」
カオスの言葉は慰めになるんだろうか?
変った過去。……そのツケを払っているような現在。
「えーと、美神さん?泣かんでください、ほら俺ここにいますし」
泣き顔を見たくなかった。
だからわざとふざけた口調で笑ってみる。
「横島クン……」
……びっくりした。
こちらを向いた美神さんの視線に。
子供のような。
無防備な視線。
「大丈夫っすよ。死んでも生きられますってのがこのマンガの売りじゃないすか」
手を差し伸べる。
ベテラン幽霊ではない俺はまだ彼女に触れる事もできないのだけれど。
「よこしま、くん……」
「美神さんが無事で良かったですよ。せっかく庇ったのに雷に打たれちまって、マジで
ビビったんすから」
笑ったつもりだったのだけど、うまくいかなかったのかもしれない。
大声を上げて泣き崩れた彼女は、今まで俺をこき使っていた冷血漢ではなく。
俺を……どんなに大切に思っていてくれたのか。
痛いほどに伝わってきた。
死んでみるモンだな─なとどいう感想はあまりにも不謹慎だろう。
三日後。
カオスの作り出した雷の札とマリアの中の時間座標を元に美神さんは元の時代……
もしかすると少し変ってしまった元の時代に戻っていった。
死んでも生きれる。
というのは、未来に生まれるおキヌちゃんの言葉。
死によって失われるのは肉体と魂のつながりだから、魂魄の消滅ではない。
魂が肉体から分かたれてもその存在を個として保ち続けられる霊力があれば、人は仏と
成る事なく、幽霊として地に留まる事ができる。
彼女が証明している通りに。
では、どれぐらい死んだままで生きられるのか。
「ま、前例がないからわからんな」
カオスの言葉は無責任すぎる。
ボロボロと涙を零す美神さんを説得して、ここに残ったのはこいつの言う賭けに乗った
からだというのに。
「ま、やってみるしかねーか」
損傷した肉体を再生して、乗り移る。
それが、世界の矛盾を排して生き返る唯一の方法だとカオスは言った。
「理論は出来ておる。新鮮な死体もある。活きのいい霊魂もな」
新たなる実験材料を得たカオスは嬉しそうだった。
生き返らせたら、その時代に起きるように肉体を保存してやると、豪快に笑うマッド
サイエンティストに一抹の不安を覚えつつ。
俺は700年後に、彼女の涙を止める日を夢に見る。
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結局、書き手は作品で語るしかないのでしょう。
なんて言葉も蛇足なんですけどね。
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今までの
コメント:
- パラレルワールドを題材に持ってくるとは……ある意味SS自体もパラレルワールドなんでしょうが、目から鱗です。
まぁ、原作中でも「そのままでも大丈夫だったかも」という言葉もありますし、適切な処置(例えば、現代医学にあるような人工呼吸や心臓マッサージ、カウンターショックなど)をすれば死ななかった、ただ単に、若カオスの常識にもそういった延命・蘇生処置がなかったので、あっさり諦めただけ―――そう解釈すれば、今回のような『世界が矛盾を回避する』という話もアリかな、と。
なので、賛成です (すがたけ)
- 原作の処理の仕方はいまいちに感じていたので、はたと膝を打ちました。うまいショートショートのような読後感が心地よいです。
しかし、美神さんは、良く帰ったなぁと思います。うまく行くにせよ行かないにせよ、とたんに結果を突き付けられるわけですよねぇ…。
…とか考えていたらふと連想したので、話のついでに。J.ティプトリー・Jr.の「スイミングプールが干上がる頃、待ってるぜ」という“時間旅行もの”短編はお薦めです。未読の向きはぜひ。 (disraff)
- あーなんだか納得、といった感じです。
なんかカオスの説明がはまりますね。
しかしどんな横島君になることやら、「マリアにならぶカオスの最高傑作のひとつ」になったんでしょうかね。 (橋本心臓)
- まず一言。ありがとうございます。
今までず〜っと納得いかなかったあの時間移動がようやくすっきりしました。
一方的に美神令子だけがあの時点に戻って、短時間とはいえさっきまでの事象が全て「なかったこと」になるってのがどうしても納得いかなかったんですよ。
戻った原作の美神はいいとしても、いきなり入れ替えられた美神令子はたまったもんじゃないですね。ひょっとしたら別の展開にもなってたかもしれないのに過程すっとばして先送りされちゃったわけですし。まあほっとけば同じ流れになったかもしれないんですが。
最終的に「現代で生きてる横島」が一気に帰るかゆっくり帰るかだけですので結末は納得です。おキヌちゃんだって死人になった状態から復活できてますし。しかもその理屈からすれば幽霊になってた間のことは忘れるんですし。
まあひょっとしたら幽体離脱がクセになったり霊体でも物が触れたりネクロマンサーの才能に目覚めたりしそうなのが面白いですね。死津喪編終了後ではおキヌちゃんにアドバイスできる立場な先輩になりそうです。 (九尾)
- 友人のPCからこんにちはっ。
パラレルワールドを持ってきましたか〜。
これの顕著な例がドラえもんの映画でもありましたが。
いや、未来ってのはあっちとこっちの世界じゃ別に動いている訳で、
そこに目をつけたししぃさんには脱帽物です。
まぁ、のび太くんは両方の世界をハッピーエンドにしましたが
こっちではやっぱりこうなってしまいましたか…。
でも、これでも「きっと大丈夫だろう」と思えるのは
この作品がGS美神であるから、なんでしょうねぇ。。
〜蛇足〜
たしか小竜姫さまが、横島はあの状態でも蘇生可能だって言うてた気が… (Kureidoru)
- 巧い話と思いました。
原作では、あの時の美神さんは精神だけ逆行してたみたいでしたが、その裏(?)、横島クンが死ななかった世界の陰で、こんなパラレルワールドを生み出していたと…
哀しみにくれる美神さん、妙に落ち着いてる横島クン、説明役カオス…とキャラも良かったし…面白かったです。 (偽バルタン)
- レス返しっ!!レッツ蛇足(頭悪いなわたし)
すがたけさま
>パラレルワールドを題材に持ってくるとは……
SF者なのでっ!!
未来から横島クンが来たときの「その未来と繋がっていない」という話から
やってみました。
disraffさま
>うまいショートショートのような読後感が心地よいです。
ショートショートはある意味SFの基本にして究極なんですよね。
未熟ながらもその感じが出ているならよかったー。
J.ティプトリー・Jr.は「たった一つの冴えたやり方」で泣かされた
大尊敬する作家さんですよー、それは読まねばっ
橋本心臓さま
>「マリアにならぶカオスの最高傑作のひとつ」になったんでしょうかね。
横島忠夫は改造人間である。マリアにならぶカオスの最高傑作のひとつとなった彼は
日夜アパートの家賃を支払うために、悪と戦うのだ!!
……ごめん、嘘。
普通に生き返るといいなーと、おもいつつ。
そんなことは有り得ないんだろうなーとも思います。 (ししぃ)
- 九尾さま
>今までず〜っと納得いかなかったあの時間移動がようやくすっきりしました。
謎の多いイレギュラーな時間旅行なんですよね。
……まあ、原作がこういう隙を作ってくれるからこそネタが出るんですが。
全ては椎名先生の手の内みたいなものですよっ。
Kureidoruさま
>友人のPCからこんにちはっ。
はい、こんにちはっ、そうなんですよ。
パラレルワールド、都合の悪いことの説明の必殺技ですね。
(ラジオDJ風にお読み下さい……いや、意味はないんですが)
>〜蛇足〜
これもどうなんでしょうねー。
とりあえずこの話では現場で検死した、ボケて無い天才の言葉を信じておいて下さいっ。
偽バルタンさま
>横島クンが死ななかった世界の陰で、こんなパラレルワールドを生み出していたと…
消えたグレムリン、ビカラに齧られたままの横島クン、ゴキブリに占拠されたままの
アパート。
……世界はきっと、もっと沢山のパラレルワールドがあるかもしれません。
>キャラも良かったし…面白かったです。
暴走させるつもりの横島クン一人称だったのですが、美神さんの方が取り乱しちゃって
横島クン、妙に落ち着いちゃいましたね。 (ししぃ)
- あああ、SF的にきっちりしっかり…。
小学校時代のアシモフ、中学校時代のハインラインとチャペックでSF人生打ち止めなワタシにはマネ出来そうにないです。
そういえば原作も、オカルトネタでしかも少年誌連載なのに、しっかりSF要素が散りばめられてましたね。
そういう意味でも、非常にGSらしくて良かったです。 (APE_X)
- APE_Xさま
>小学校時代のアシモフ、中学校時代のハインラインとチャペックでSF人生打ち止め
なんか基本線をきっちりしっかり押さえてらっしゃるラインナップかと。
きちんとSF的でGS的に表現できていたようで嬉しいですねー (ししぃ)
- ティプトリー、お好きですか。すばらしい^^;;。自分の中のランキングでちょっと別格にある作家ですので、なんか嬉しいです。
ちなみに、「故郷から10000光年」という短編集所収です>「スイミングプールが〜」。この短編集がティプトリー初体験でしたが、読み終えるのに半年はかかった記憶が。読みごたえありすぎて…。 (disraff)
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