ザ・グレート・展開予測ショー

くろ


投稿者名:MAGIふぁ
投稿日時:(05/ 6/ 3)


「あ〜…もう入梅(つゆいり)ですね〜」
「そうね〜…」

 ソファーと机と、場所こそ違えど同じような体勢でダルそうにしている美神と横島。
 美神所霊事務所の美人所長は、雨が嫌いで、雨が降ったら依頼はキャンセルか後日に回す。それでも報酬が高ければ、その魅力が辣腕所長を駆り立てるのだが…大抵はこのように、パスいち状態になる。殿様商売バンザイ。

「今日はもう、仕事しないんだからアンタもう帰っていいわよ」
「え〜〜?もうちょっと、いさせて下さいよ〜」

 事務所にいる以上は待機という事で拘束時間となり、時給が発生する。つまり給料が出る。
 それプラスおキヌちゃんの夕飯を目当てに、横島は帰らそうとする美神相手にネバる。

「………………時給は出ないからね」
「う……へ〜い」

 それを読みきって、メシ食ってってもいいけどカネは出さん。と言葉少なに断言する美神と、読まれたことを察知して、妥協する横島。お互い良いコンビだ。

 そして2人の間に妥協が成立したその時、人工幽霊壱号が焦った様子で警告した。

「オーナー!高出力の霊波が現在急速に接近中!」
「なんですって!!」

 即座に立ち上がり、神通棍を取り出し、机からお札を出して武装する美神。さっきまでのダレきった姿はもうどこにもない。
 横島も文珠を握り締め、それぞれに文字を込めていく。油断なく辺りを見回しながらも、若干腰が引けているのがチャームポイント。

「この反応は……魔族です!!早い!?結界に接触……来ます!!」

 いくつもの事件を経て、潤沢な資金に物を言わせた設備投資と、中世に時間移動した時や、Gメンに出張した時、アシュタロス事件の時にカッパら……もとい、借り受けたままの装備を流用して、強化された人工幽霊壱号。
 その霊体レーダーは、相手の種族を見破ったが、結界は若干の時間稼ぎにしかならずに、たちまち突破されてしまう。

「チッ!!悪魔祓い用の札は高いのに…!!」

 結界が稼いだわずかな時間に、相手に合わせて札を選択し、身に纏う精霊石を追加する美神。横島も文珠の文字を一つ“滅”に、一つを“模”に書き換える。
 色々と身に覚えがあり、心当たりもありすぎる。何かの事件で関わった魔族や、その知り合いやらが問答無用で仕掛けてきたとしても不思議はない。
 意識を対中級から上級魔族との戦闘に切り替えた、彼らの目に飛び込んできたのは…


「頼む!!助けてくれ!!後生だから…報酬は何でもいいからっ!助けてくれっ!!」


 かつて見た事も想像した事もない、涙目で懇願するワルキューレの姿だった……



「なに!?何をすればいいの!?なんでもやったげるわよ!」
「美神さん!?」

 報酬は何でもいい。つまり白紙手形と耳にした美神が、ワルキューレから受けた衝撃から瞬時に立ち直って、鼻息荒く承諾する。横島のツッコミなど、耳に届かない勢いだ。
 過去、何度か報酬に釣られて詳しい話を聞かずに痛い目を見たのだが……しょせんは彼女も横島の上司。何度セクハラをして痛い目を見ても懲りない、彼と似た者同士なのだ…
 そう指摘されたら、指摘した人物を亡き者にする勢いで認めないだろうが。

「本当か!?本当だな?信じたぞ!信じたからな!?裏切るなよ!?」

 冷静な軍人という己のキャラをどこかに置き忘れたかの如く、かなりテンパった様子で美神にすがりつくワルキューレ。
 それを見て、さすがに何があったのか心配になった横島がワルキューレに聞いた。

「何があったんだ?ワルキューレ」

 ていうか、ホントにワルキューレか?
 そうも聞きたかったが、横島は自重した。実は妹のビリュンヒルデです。とか言われても困るし。
 そして、しばしの沈黙の後にワルキューレは一言、呟いた。

「………………出たんだ」
「「は?」」

 ハモって聞き返す横島と美神に、ワルキューレはぽつりぽつりと、一見関係ないような話を始める。

「だから出たんだよ……そうだな。何から話したものか……そのな?魔界にも、人界の生き物というのは、意外といるのだ」
「それがどうしたのよ?」

 魔界の様子。それはそれで興味深いが、今は報酬の事が気になっている美神が話を急かす。
 腕を組み、片足のつま先でとんとんと床をノックしているあたり、本当に焦れているらしい。

「こっちに紛れ込んだり、持ち込まれるヤツは大抵が魔界の空気になじめずに死ぬ。人間の霊能者でも、霊力を使いきったら回復できずにそのまま衰弱死する。が、稀に……生き残るやつがいる。魔界の空気を呼吸し、己の力に変えられるようになるヤツが。あのアシュタロスの逆天号やベスパ、ルシオラたちの素材はそういったものだったらしい」
「………………」
「……あ、あのっ!それ!それがどうしたんだ!?」

 横島としては結構気になる話題だったのだが、髪がざわっとうねり始めた美神のプレッシャーを感じて、代わりに話の先を急がせる。
 今、美神の心は『早く依頼に取り掛からせて!そして私に報酬をたっぷり渡しなさい!』という想いで一杯だ。

「つまりは、そうやって変異した生物の駆除を頼みたいのだ」

 ワルキューレもそれを感じたのか、ようやっと依頼内容を口にした。まだ怯えの色は残っているが、説明している間に大分落ち着いたらしい。目尻から涙をふき、キリッとした表情に戻っている。

「私達に魔界へ行って、そういうヤツらを始末しろって事?さすがにムチャよ、それは」

 どれだけの広さがあるのかも解らない魔界の、どこにどれだけいるのか解らない、どれだけ強いのかも解らない生物を狩ってまわれ。
 さすがの美神も、そんな依頼はゴメンだ。

「いや。始末して欲しいのは、魔界からたまたま人界へと戻ってしまったヤツだ。それも、おそらくは1匹だけ…」
「ふ〜〜ん、1匹だけ、ね……どんなヤツなの?」

 これは多分、ワルキューレに任された仕事ね。でも、彼女は自分が敵わないと判断した…。それで私達を頼ってきた。ワルキューレほどの魔族が。……久しぶりの大物ね、面白そうじゃない。
 どこぞのバトルジャンキーにも似た思考を隠して、ワルキューレから情報を引き出しにかかる美神。
 ワルキューレはうつむき、再び怯えの色を濃くして言った。

「………………聞きたいのか?」
「ええ」
「………………どう、しても?」
「当然」
「これを聞いても、仕事を受けてくれると約束してくれるか?」
「それは聞いてから考えるわ」

 途中で、あの〜…やっぱこの仕事…と恐る恐る横から口を挟もうとした丁稚を無言の裏拳で沈黙させ、美神はキッパリと答える。
 躍動感と生命力に溢れ、理不尽をねじ伏せ、従わせる。こうした時の美神は無敵だ。

 しかしその輝きも、ワルキューレの詳しい説明を聞くや、即座に失われてしまった。


「後悔するなよ?今回のヤーゲットは平べったく、触覚を持っていて黒光りする六本足の…」
「いやぁぁっぁぁあああ!!!それ以上は言わないでぇぇぇぇぇ!!!」



 そして。
 かつて美神と横島が月へ行く時にロケットに乗った、某国。その昔、原子力の発電所のあった地方。
 その地で、「びがみざぁぁぁ〜ん!!」と叫びながら、たった一人で巨大な黒い怪物と戦う、バンダナをした少年がいるという都市伝説が生まれたりしたが……

 それは、余談である。

 ………多分、きっと。



 <『くろ(びかりするにくいやつ)』 完>

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