ザ・グレート・展開予測ショー

Laughing dogs in a lamb's skin IV 前編


投稿者名:Alice
投稿日時:(05/ 5/19)

 前回更新分は 作者検索「Alice」にてお願い致します。お手数かけて申し訳ございません…。




「もううんざりよ! 人間も、アンタたちも!」

 タマモの叫びが朝焼けの公園に響き渡る。
 同時に横島の前面に浮かび上がる五芒(ごぼう)を象る紅蓮。
 無意識的につくった形はタマモがタマモ然としていた時の記憶の再現だった。
 横島は背筋に冷や汗を感じるまでもなく、ベンチから飛びのく。

「わあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 妖気を察してタマモが座るベンチから離れたものの、炎はひらひらと揺らめきながら、まるで意思を持ったがごとく自分自身へと向き直る。
 本能にそったそれは、親に認められなくて悔しがっている子供の叫びに似ている。同時に、それを受け止めるのは、タマモの爆発が向けられる矛先が今は自分しかいないと横島は現状を呪った。

 ―― あー、こりゃ避け切れんわ

 内心で肩を落としながら横島は受け止めるべく気を引き締める。
 避けるわけにはいかなかった。行き場を失った炎がどこを焼き尽くすかわかったものではないからだ。焼いてしまうを見過ごせば最後。妖狐の紅蓮は普通の炎とはわけが違う。一度付いて(憑いて)しまえば一般の防火設備で沈下させることは難しい。
 無論、焼いてしまえばタマモへの世間的なペナルティーもさることながら、自分自身が抱えてしまうだろう負債、培った信用の下落などを考えれば選択肢は一つ。どのように状況を凌ぐかを考え抜くしかなかった。
 自らの霊力が飽和している現状、文殊の精製は間に合わない。ストックもゼロ。先の除霊で用意してあった二つの文殊は使い果たした。一つ目は悪霊の攻撃を防ぐのに。もう一つはピートの治療に。
 ならばサイキックソーサーはどうか。しかし狐火はざっと見積もって五つ。ソーサーで相殺しきれなければアウト。霊的に無防備な部位を焼かれてはたまったものではない。
 もう時間はない。炎は間近に迫っていればもう考えている時間わずか。思いついた二、三の方法はでたとこ勝負も良い所だが予想される損害も似たり寄ったりで、結局のところやるしかないのだ。
 結論は出た。直撃を喰らう寸前まで炎を霊的に相殺する。いたってシンプルな方法。
 横島は左手に神通棍、右手に霊波刀をそれぞれ携えて出力を上げつつ、炎を迎え撃つ構えをとった。
 直撃する直前、二メートルの距離で目の前で炎が分裂して、倍となった炎が一斉に飛び掛ってきた。

「げっ! 冗談キツ過ぎっ!」

 直撃を少しでも遅らせようと、身を後ろに引きながら、神通棍を下段から上段に凪いで三つの炎をかき消す。
 横島のバックステップをトレースして、背後を狙った炎に対しては、神通棍の反動に乗せて、まるでふりこが揺れるような動作で霊波刀で引き裂いた。それで四つ。合わせて七つを相殺したが残りの三つが横島を襲う。
 神通棍を棄て、霊波刀を解き、空になった両腕で頭をかばうようにして身をかがめた横島が体内に霊気を溜め込む。刹那、直撃。
 
 
 
 
 
 Laughing dogs in a lamb’s skin IV 前編
 
 
 
 
 
 横島の着付けていたスーツとYシャツは両腕の裾が焼き尽くされており、素肌を晒している。安物のネクタイにいたっては、合成繊維製であることが災いして、根元の結び目までとはいかずとも、ほとんどが溶けている。
 一時はどうなることかと思っていたが、周りへの被害も与えることなく、五体無事でなんとか凌ぎ切ることができた。自分の身の安全については、問題というほどのことでもなかった。冷や汗はかかされたものの、横島個人でなんとかできるレベルでもあったからだ。
 それ以上に深刻な問題はタマモ自身。現時点、政府からは非公式であるものの、保護観察に近い状況にあるタマモが、どのような意図であれ人間を襲ってしまったことこそが問題になってしまう。
 周りには自分以外はいないから、外――政府に漏れることはないとしても、これが自分以外であったらどうのような事態になるのか、彼女は考えていたのだろうか。事と次第によっては、タマモにとって最悪の事態へと陥らせかねない。
 封印指定という、ぞっとさせられる単語が横島の心中に浮かぶ。

「冗談にしちゃ、ちょいと悪ふざけが過ぎる風に思うんだが?」

 狐火が一過して、焦げた服や煤を払いながら、横島は防御の姿勢を解いてタマモを睨みつけた。声色も普段、横島が発する気配からは程遠いほどに剣呑なもの。悪霊、敵と見なす相手に向けられるのと同じ。
 横島の放つ気配、殺気を真に受けてタマモは、本能的なそれで自分自身では意識できないままに後ずさった。

「それが…どうしたってのよ」

 反射的に行ってしまったとはいえ、咄嗟に上げてしまった腕の下ろし場所を見つけるには転生間もないタマモはできなかった。
 本来の聡明さで、自分のしてしまった事の重大さを理解はできても、呑み込めるほど老齢でもなければ、タマモは横島を睨み返した。

「どうした? 本気でいっているわけじゃないだろうな。自分がやったことをちゃんと解ってるのか? おまえは」
「わかってるわよ。あんたを燃やそうとした。ただそれだけよ」
「それだけ、だと…」

 反省の見られないタマモの言葉に、声色が低く唸ってしまう。それがまた、タマモを苛立たせる。
 タマモへの反省をうながそうと、諭すこともままならない。

「なんでもないくせに保護者面されてもこっちは良い迷惑なのよ!」

 胸中を晒して紡ぐ言葉は、ただの八つ当たりにもならない子供のわがままに過ぎない。横島もまた押さえきれないなにかが沸きあがってくる。はたしてタマモはここまで聞き分けがない娘だっただろうか。

「もう一度聞くぞ。おまえは理解していたのか?」
「いちいち、いちいち、煩いのよ。あんたなんて燃えちゃえば良かったのに!」
「……本当に、そう思っているのか?」

 我慢も限度があったが、怒声を堪え横島はなんとかしてタマモを諭そうとするが、逆にそれが逆鱗に触れる。

「あんたなんかに私のなにがわかるっていうのよっ!」

 馬鹿にされたと、激昂したタマモは、一つ、二つと増えていく情念染みた塊が再度五つの灼熱となって揺らめく。
 怒りに我を忘れたタマモの背後に浮かんだ炎塊が、まるで吸い込まれるがごとく横島に向かう。

「ヤバイよ…なぁ」

 今度は構えていた分、油断していたわけではなかったのだが、それ以上にタマモの乱心という突然過ぎる事態に横島は対応しきれなかった。
 先ほども回避することが事実上不可能(技量的にはできても、周辺を考慮した場合)とわかっている攻撃を受けきらなければならない現状は危険極まりない。下手に避けて無防備なところへ直撃すれば十割以上のダメージを受けるだろう。
 半ば本能的に左腕で顔を庇いつつ、右手にハンズ・オブ・グローリーを展開させる。霊波動でタマモの狐火の持つ霊力を少しでも効果のキャンセルを狙うなどして、少しでも炎から身を護ろうと勤める。
 先ほどのやり取りの最中で、何とか精製した文殊があるものの、数量は僅かに一個。当然、今回の攻撃を防げば、次弾では別の案を練りださなければならない。
 一発、二発と炎の直撃に耐える。体内に霊波を溜め込むという方法で身を護ったといえ、熱いものは熱い。同時に、霊力の消費も半端ではない。
 精製した文殊を変換しなければいけない可能性すらあったが、それだけはなんとしても防がなければならない。横島本人の我慢、それにも限界はあるが、どうしようもない。ただひたすらに通り過ぎるのを待つ。
 三発、四発の直撃に耐える。最後の五発目、これはハンズ・オブ・グローリーから切り替えたサイキック・ソーサーで叩き潰すことで、二度目の狐火を防ぎきった。
 ようやくにして、五つ目の炎が消えた時に僅かながら安堵するが、同時に苦慮も浮かび上がってきた。かなり面倒なことになってしまった、と。
 軽度の火傷を両腕に負ったのがわかった。だが、自分の身を案じている場合ではない。自分には今こそしなければならないことがあるのだ。
 そう、タマモには人間が住まう世界で生きるに背負うべき義務を教え込まなければならない。タマモがしでかしたこと、その責任を気づかせ、相応の対価を支払わせる必要がある。
 性に合わないことは重々承知だったが、本来の保護者である美神令子がここにいない以上、兄弟子である自分が道を示さねばならなかった。

「あんたなんかになにがわかるか…そう言ったよな?」

 とりあえず、心の奥底で美神令子に呪詛を浴びせて、横島は構えを解いてタマモを見据える。脂汗をかきつつ、タマモは息を上げていた。

「はぁ、はぁ…それがなんだってのよっ!?」

 不幸中の幸い、と横島は受け取った。当然横島と比べてタマモは妖(あやかし)であるため、基本的なスペックは高い。技術は差し置いても霊気の出力は軽く横島の倍のポテンシャルを有しているはずだった。
 当然、互いに除霊した後だったこともあるが、横島を焼いた二連の狐火は、タマモにとっては相当の霊力を消費させられたに違いない。
 恐らく、狐火を放ったとして残りは一回。横島が今まで培ってきた経験と勘による推測だった。三度目は文殊を使って防ぎきれば、あとは技量で押さえ込める。

「じゃあ言ってやろうか?」 

 タマモの視線に殺気が灯る。良くない傾向だった。
 少なくとも、GSとしての横島の勘は訴える。ここで抑えなければ、タマモは本当に人間の敵になりかねない、と。
 なんとしても、横島本人が抑えるしか、彼女に未来はない。

「俺はね、そんなのわかんねぇしわかりたくもないね!」
「くっ!」

 敢えて吐き捨てるように告げる。安っぽい挑発だったにせよ、今の、頭に血が上りきったタマモには充分な効果を与えた。
 再度彼女に霊気が集まる。次の狐火で終わらなければ負けるかもしれなかったが、残された手段はない。
 叩き潰すしかない。

「それから言っとくけどな、おまえの方こそ、俺のなにをわかるっていうんだ?」

 これは挑発でもあり、同時に本音だった。タマモがむしゃくしゃしているのは、横島もなんとなくは知っていた。想像もついた。
 だからといって、そこまで言われては、横島にも腹に据えるものがあった。
 俺のなにを知って、なにをわかっているのだ。おまえは、おまえこそは何様のつもりなのだ、と睨み突ける。

「来いよ。本気になったGSってのがどんだけ怖いかを、身を持って教えてやる」

 文殊『氷』を左手に備え、命を賭して研いだ刃を右手に携えて、横島は劣勢であるにも関わらず、タマモを圧倒した。
 ゆらりと、拍子を外した横島がタマモへと歩みを寄せる。瞳はタマモを睨みつけていた。同じように睨んでいたはずのタマモは射すくめられる。
 距離にしてわずか十数メートル。横島の踏みしめた土の音が、一抹の不安となってタマモの聴覚を突いた。妖狐が持つ能力でわからせられる。自分は既に囲まれている。横島忠夫、彼が発する霊気によって。
 今にして、タマモは横島を、自分が生きる上での脅威であり敵であるのだと認識させられた。殺生石の封印を解かれた時とは比べ物にならない恐怖。
 そう、封印される以前に感じた、絶望に似る久しく忘れていた感触をタマモは思い出す。
 祓われる、封印させられてしまうかもしれないというという恐怖以上に、殺されると、タマモは錯覚した。

「これ以上私を馬鹿にするなぁぁっ!」

 後ずさろうとする両脚を堪え、恐怖を吹き飛ばさんと、タマモは叫んだ。
 あらん限りの霊力を込めた狐火を創り上げる。ひとつ、ふたつ、みっつ。しかし、本能的なそれは恐怖による錯乱と霊気不足によって五芒を形造ることはなかった。

「私の目の前から消えろぉぉっ!」

 形振りかまっていられないのはタマモも同じ。
 不完全ながらも、一発そのものは先ほど以上の紅蓮が、タマモに歩み寄らんとする横島へと向かう。
 小さく、馬鹿野郎、と独りごちて研ぎ澄まされた刃を横一線に振るう。ひとつ、炎が殺された。
 ひとつめを凪いで、生まれた横島の隙をついて、ふたつとみっつが降り注ごうとするも『氷』の文殊が封を解かれて紅蓮の塊と殺し合う。
 狐火全てが消え去り、立ち塞がる全てをなぎ払った横島は、腕を伸ばせば触れられるほどまでにタマモへと近付いた。

「どうする?」

 明らかに強者の視線でタマモを見下す。
 無防備を晒したまま、足がすくんで声も出ない。逃げることも攻めることもできないままのタマモは立っていることがやっとだった。
 霊波刀は横島の右手で未だに存在を主張している。ほんの少し、横島が腕に力を入れれば、タマモは致命傷を負う。生命活動を停止しなければならないほどの痕が残るかもしれない。
 瞬間、目を瞑ることもできなかった。横島の大振りの左腕が霊波を帯びてタマモの腹部にめり込んだ。普段だったら、タマモからすれば十中八九避けることができる速度だったにも関わらず、真正面から受けた。
 それは勢いがあった。文字通り体をくの字に曲げて、タマモは真後ろへ吹き飛ばされる。少なくとも、常人のレベルではない勢い。八メートルは吹き飛ばされ、公園のベンチに激突した。
 もしも、これが人間、体を鍛えている者であれば骨折の四、五本で済んだかもしれないが、普通に暮らしている人間であれば、男女問わずに即死は免れないほどの一撃。だが、タマモはヒトに非ず。その身は紛れもない異形であるが故に、少しの傷で済む程度。
 吹き飛ばされた際、一緒になって巻き込まれ、倒れたベンチを支えにして、咳き込みながらタマモは体を立て直す。そこには、横島に立ち向かう気力は見えない。
 本当は、もう立ち上がれなかった。動かなければ殺される、本能、恐怖から逃げるために立ち上がろうとするが、言うことを聴いてくれなかった。

「その程度で殺されるのか? 九尾ノ狐もこれで終わりか?」

 余りに冷たい声だった。タマモの胸倉を掴み、無理矢理立ち上がらせたタマモの目の前に横島はいた。
 そこでタマモは気が付いた。はっきりと言えば、気が付かされた。先ほどの一撃、本来であれば霊波刀の一刀の下、斬り伏せられてもおかしくはなかったのだ。
 自分は、横島に情けをかけられた。この男は全く自分を恐れていない。相手が怖かったら、今も声かけるなどといった隙を見せるはずもなかった。
 そんな大きな隙を故意に見せ付けるような真似は、できるはずもなかった。相手が弱いと、見下していなければできないのだから。
 一気に付け込んで叩き潰すことだってできたにも関わらず、それをしなかった。自分にその機会があれば、恐らくはそうしていたはずだったのに。
 情けをかけられたのだ。お前なんか怖くないよ、といわれたのだ。お前になんかいつでも殺せるよ、と告げられるのに等しい。
 屈辱だった。悔しかった。なにも出来ない自分の無力が腹立しかった。故に、身を震わせて力のままに歯軋りをした。
 吹き飛ばされても零さなかった、血が流れた。八重歯によって傷つけられた自分の唇から。

「うぅっ、くぅっ! つぁ! はぁっ!!」

 声にならない声。それでも、涙だけは流すものかと、必至になっていた。涙腺の筋肉が震えるような感触さえあった。息が、体が、声が、魂が、全てが揺れる。
 体が脳を拒絶する。脳もまた、体を拒絶する。愚かで、呪わしい我が身を、タマモは嘆いた。心の底から、生きていることが悔しかった。
 それでも、まだ、折れてなどやるものか。体と心が負けを認めても、私の真ん中はまだ、負けてなんてやるものか。
 タマモは、自分の力で立ち上がろうと、横島の手を振り払った。とたんに体が崩れるが、なんとかして支える。

「まだやる気は残っているか? タマモ」

 横島は身を震わすタマモを見下ろしながら、思った。もし、今、タマモが狐火を放ったら死ぬかもしれない。肉体的にもピークはきているが、霊力については空になっているのだ。そこに霊的な属性を含む攻撃を食らえば、チャクラの崩壊より先に肉体が持たないと理解していた。
 だが、次にタマモが紅蓮を紡ぐのであれば、身に受けてやろうとも思えていた。馬鹿なやつだと、肩を竦めて。
 つまり、最初から勝負ではなかったのだ。少なくとも、横島にとっては。もちろん、タマモにとっても。
 これは勝負ではなかった。ただの、じゃれ合いのような、そんな程度のことだった。

「………ゃ……る」

 だから、待った。

「まだやるのか?」

 タマモの全てを受け止めるつもりで。

「…やる。私は、まだ負けたと思っていないから」

 タマモを待った。

「だったら、立ち上がれ」

 そうして、立ち上がれなくしれやれば良い。
 それから、受け止めてやれば良い。

「俺が今度こそ叩き潰してやる」

 両脚に、残された力の全てを注いで、立ち上がった。
 解けた髪の毛の揺れが、肉体の知覚する視界を広げる。
 口から喉を伝って肺へと入り込んだ息は、東京の空に排気ガスの塵が漂うことを身体中に知らせた。
 汚れた酸素が体内を走り回る。
 ヒトではない、物の怪の体はまだ動けることを、頭蓋の奥底へしっかと伝える。
 確認するようにして拳を固める。
 握り拳の中身は空のままだったが、それだけで確な形を掴んだような気持ちになれた。
 敗れた制服のスカートから差し出した腿は、刺すような朝の息吹を肌で感させる。
 見開いたまなこは、真っ青な空を映す。
 不思議と、体から震えという震えが消え去った。
 眼前を見据える。
 横島忠夫が、笑っているように見えた。

 タマモは、今、自分の全部をからっぽになりかかった体と心につめこんで、吼えた。

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