ザ・グレート・展開予測ショー

横島借金返済日記 6


投稿者名:純米酒
投稿日時:(05/ 4/11)


休日とその前日には誰もが浮かれた経験があるだろう。何をして過ごすのか考えるだけでも日ごろの嫌な事を忘れる事ができる。
夜更かしをして昼まで寝ていようがお咎めなしという実に素晴らしい日なのだ。

そんな休日前の夜更け、横島はレンタルビデオ屋にいた。理由は勿論、煩悩の発散の為の「お子様はダメよ」なビデオを借りる為だ。
最近はシリアス続きだったし、何より女ッ気がゼロだった。若い男ならば悶々としないほうがおかしい。

今ではバレるのを恐れてサングラスをかけてみたり、必要以上に辺りを気にして挙動不審にならなくてもいいので、ジックリとおかず選びに時間をかけることができる。パッケージを眺めて興奮したり、宣伝文を読み比べて内容を想像したりするのも楽しいが、それだけでは満足できない。目星をつけていた一本のタイトルを借り受けると、ニヤニヤ笑いながら帰路に着く。久しぶりだという事もあいまって、足取りも自然と軽くなった。


帰宅するや否や、古ぼけたテレビの前にたっぷりのテッシュと屑籠を用意。遅滞なくなくデッキにセットされるビデオに胸が高鳴るのを抑えられない。画像が一瞬乱れた後に「18歳未満の閲覧は〜」という警告文が現れると思わず音を立てて涎を飲み込んでしまう。

充血した目で睨みつけるように凝視した先には、


















「おはよう、横島君!」

見慣れた魔族の男が画面いっぱいに映っていた。

こける横島の側には『ボディコンVS女子校生 パート2 今夜はまけない♪』と書かれたビデオケースが転がっていた。


――――――――


「人界研修!?」

テレビの中のジークの言葉に思わず疑問系になる。

「あ、いえ……名目上は人界研修なんて謳ってますが、パピリオが退屈だと言っていまして……」

要するに「つまんないから遊びに行きたいでちゅ」との申し出だったわけだ。
いきなり画面いっぱいに映った男のお陰でいつも通りに取り乱していた横島だが、義妹の性格を思い出してしょうがないと苦笑いを浮かべる。

「……で、いつごろこっちに来るんだ?」

「今すぐにでも行きたいと言ってるのですが……」

「今すぐ? こんな夜中に何して遊ぶんだ? ゲームなら猿が居るじゃねーか」

「横島さん、老師を『猿』とは酷いですよ! 仮にも私の上司なんですから! 
 そりゃぁゲーム三昧で修行に来た人とかの相手はしてくれませんけどっ!」

「おわぁっ!」

上司に対する本音か、はたまた嫌味なのか。さらっと爆弾発言っぽい事を口にしながら小竜姫がいきなり話に参加する。
画面に映っていたのがジークだけだったので横島は彼女が居ないものだとばっかり思っていた。

ジークを押しのけて画面を占領した小竜姫は、横島の部屋を見回すと顔をしかめた。

「前のようなヘンな臭いはありませんが、散らかっていますね……これでは別の宿泊場所を検討しなければ……」

「今すぐ片付けます!!」

小竜姫の言葉に反応するとすぐに掃除を始める横島。ゴミが勝手に分別されてまとまっていったり、独りでに動く箒や雑巾を見ると、どうやら文珠を使ったようだ。こんな事に文珠を使う横島に軽い頭痛を覚えた小竜姫だが、余計な手間を省けたということで強く言えなかった。それになにより、パピリオが希望していた「ヨコシマとお泊り」という願いが叶えられるのだから、文句を言う気もなくなっていた。

綺麗になり、布団が敷かれた部屋を見ると満足そうに頷く小竜姫。

「では今からそちらにお伺いします。パピリオとジークさんをよろしくお願いしますね」

「ハッハッハ、まかせてくだ……小竜姫さまは来ないんですか!?」

小竜姫の言葉に驚愕する。てっきり彼女も来るものだと思っていたからだ。その証拠に一つだけ枕が二つ並んだ布団がある。六畳一間ではそんなに布団を敷くスペースは無いので、そうなる事は仕方ないかもしれないが、横島には「もしかして…」という下心があったのだ。

「ええ、そちらにお伺いするのはパピリオとジークさんのお二人です」

「なんでですか? こーいう場合は小竜姫さまが来るのが当たり前でしょう?」

「……何を持って当たり前と判断してるのか解りませんが……私は管理人ですので、よほどの事が無い限り妙神山を留守には出来ません」

返って来た答えには一分のスキも無く、膝をついてうなだれるしかなかった。


――――


「ひゃほ〜い♪」

ひるがえるスカートにお構いなく、パピリオが大はしゃぎしている。
快晴の上野公園は大量の人と鳩で混雑していた。

「す、すごい数の鳩ですね」

人に化けたジークの額にでっかい汗が貼り付く。はしゃぐパピリオに追いかけ回される鳩の数は尋常な数ではなかった。

「昔は知らないけどな、餌付けのせいでこんなにも増えちまったんじゃないのか?」

唯一公園の歴史を知る横島がジークの疑問に答える。しかし、横島自身も詳しくは知ってる訳がない。

辺りには大量の鳩が羽音と共に我が物顔で闊歩しまっくている。小さい子供を連れた母親には脅威に違いない。見ると我が子を抱えるようにして鳩の居る区画を小走りに通り過ぎている。

「鳩さんがいっぱいでちゅねぇ」

「糞も一杯だけどな」

パピリオはいつの間にか横島の隣に陣取り、ズボンのポケットに入れらている手を握りながら横島の顔を覗き込んでいた。
義妹の突然の行動にうろたえて視線をさまよわせると、餌売りの露店と餌を撒く人影が存在していて、何と言うか観光地の微妙な軋轢を見ることが出来た。

(……っと。俺たちは鳩を見に来たんじゃなくて)

三人が上野公園までやってきて見に来たものとは――


エプロン姿のジークが用意した朝食を食べながら「どっか行きたい所はあるか?」と蜂蜜かけご飯を掻き込むパピリオに尋ねてみた。
頬に食べカスをつけていたパピリオがえへへとはにかむと「見たいものがあるんでちゅ」と告げた。それは……


――「ぱんだ〜〜〜〜♪」

「叫ばんでいいっ!」

何事かと此方を振り返る通行人に肝を冷やしながらパピリオの口を塞ぐ。

「ふぐぅごぉ〜!」

「落ち着けって…」

軽く頭を叩く。

「まぁまぁ……パピリオも初めての事なので少々浮かれてるんでしょう」

常識人ということが災いして、自然となだめ役になるジーク。
それでもはしゃぐ子供は大人しくなることもなく、束縛から解放されればまたしても走り回ることになるのだ。

差し込む太陽の光を一身に受けて走り回るパピリオの姿は微笑ましいものだった。
横島も「ま、しょうがないか…」とはしゃぐ義妹に甘くなる。どうも子供には甘いようだ。
折角の休日だし、自分も楽しむ事にした。

「そういやぁ、俺もパンダは初めてなんだよなぁ」

「初体験ってやつでちゅね♪ そういえばヨコシマと一緒に寝るのは昨日がハジメテでちたねー♪
 これで私も一つオトナになったって言えまちゅ」

パピリオの言葉に一瞬で周りの空気が冷え込んだ。

「奥様聞きまして? 何と言う恥知らずな…」
「は、破廉恥極まりませんわね…」
「まま〜『ねる』と『オトナ』になるってどういうこと〜?」
「しっ! そういうのは大人になってからです。こっちにきなさい」

周囲の人達は一斉に横島達から遠ざかる。パピリオの言葉が真実ならば人として当然の行為と言えよう。
贔屓目に見てもパピリオを『女』と見ることは出来ない。

周囲の視線に耐え切れずその場を後にした横島。
だが、その方法はパピリオを小脇に抱えて猛ダッシュという、墓穴を更に深くしているような格好だ。

「誤解されそーなこと言ってるんじゃねぇ! 『オレの家に泊まるのが初めて』だって言う事だろーがっ!」

「そーでちゅねー♪ 一人でお泊りに出かけられるのってオトナな証拠でちゅよねー♪」

実際にはジークという監視役が居るが、無視することにしたようだ。もしかしたら初めから存在を認識していないのかもしれない。

脇に抱えられているパピリオはとても楽しそうにしている。どうやら狙って誤解されるような言葉を選んだようだ。
小悪魔のように笑うパピリオを放り投げたいという衝動を「これも仕事…これも仕事…」と心の中で繰り返す事によって、何とか抑えていた。

一方、惨劇の現場(?)に取り残されたジークは事後処理をしていた。
横島とパピリオのやり取りを見ていたと思われる人達を一堂に集め、何もない空間からマッチョな男の上半身にタイヤのついたものを取り出す。そしてその奇妙なモノは周囲を走り回り「記憶マッチョー!」と叫ぶのだった。

「あなた方はなにも見なかった、何も聞かなかった。
 今日は天気もいい絶好のレジャー日和です。家族、恋人と楽しく時を過ごしていた。よいですね?」

記憶を消去された人々にそう言い聞かせ、きびすを返して爆走する横島の後を追うのだった。



とにかくその場を後にしたかった横島は適当に走った。その為、自分たちが今どこに居るのか見当もつかなくなっていた。
横島の肩の上に陣取っているパピリオが、手をかざして辺りを眺めて案内板を探している。

「あっ!」

「どした? 見つかったか?」

上を向いてみると、パピリオは何かを指差していた。指し示す方向をみると矢印のついた標識があった。

「なんだ、反対方向に来ちゃったのか……まぁ慌ててたからなぁ……」

仕方がなかったとは言え、ため息の一つもつきたくなる。

「さぁ早く行くでちゅよ!」

パンダが見たい一心のパピリオは横島の頭をペシペシと叩いてハッパをかけようとする。

「おりる気は無いのか?」

「ヤでちゅ!」

言葉だけでなく身体でも拒否を示す。小さな手は頭を抱え込み、細い足は首に絡みつく。

「わかった! わかったからしがみ付くのはやめろ〜!」

結果的に、目隠しをされて首を絞められる形になった横島には勝ち目がなかった。

「えへへ〜。ぱんだ楽しみでちゅ」

相変わらず横島に肩車されたままのパピリオは上機嫌だ。
並木が日差しを遮っているので遊歩道は涼しく感じられる。肩車していてもそんなにつらくは感じられなかった。
なんだか前に別れたたときより甘えん坊になったような気がする義妹だが、よくよく考えてみれば彼女が生まれてから、まだ5〜6年ほどしか経っていないのだ。

(そういや、天竜の奴どうしてるのかな?)

かつてもワガママを言われた事があるのを思い出す。あの頃は自分の事しか考えておらず、表面上は受け入れるふりをして、どうやって金をせしめようか頭が一杯だった。

(あいつもこんな風に遊んで欲しかったんだろうなぁ)

そう考えているうちに動物園に着いた。
運良く入場制限はかけられていないようだ。あまり大きくはない入場門の所にはまばらに人が並んでいる。その中には、はぐれてしまったジークもいて無事に合流できた。



「わーい!」

喜び勇んで動物園に駆け込む。

――五分後。

パンダ檻の前でパピリオは振り返る。

「どういうことでちゅか?」

指差す先にはカラの檻。

「どういうことって言われてもなぁ…」

「純粋にタイミングが悪かったのでしょう」

コンクリ造りの意外にシンプル…というより殺風景な空間が広がっていて、パンダのパの字も存在していなかった。

「なんか人生の全てを否定された気分でちゅ!」

全部は言いすぎだろうと思ったが、今にも泣きそうな表情で主の居ない檻を見つめるパピリオをみると何もいえなかった。

「なぁ……ちょっと別のを見に行かないか?」

「ぱんだが出てくるまで待ってるでちゅ!
 ここで会えなかったら海を越えて本場に行くしかないんでちゅ!」

ここでパンダをみる、という決意は固かった。それは無理のない話しなのかもしれない。今や妙神山に括られた存在になってしまったパピリオには海を越えるということは、かなりの大仕事になってしまうのだ。

主の居ない檻を眺めていても仕方がないのでモニターの方へ視線を移してみる。檻の奥の様子が画像で送られてきていたのだが、

「動かないな…まさか静止画像じゃないよな?」

パンダの姿は見えども、全く動きがなかった。
パピリオを見ると空の檻を一生懸命に祈るように見つめている。

(何とかしてやりたいけど、こればっかりはなぁ)

激しく期待していたパピリオには申し訳ないが、相手はケモノだ。

「しかし…こうも動きがないと手持ち無沙汰ではありますね」

ジークのぼやきも最もだった。
パピリオはというと窓に張り付いたまま動かない。決意の固いパピリオをここに置いていく訳にもいかない。どうしたものかと考えていると、部屋の隅に何か白黒いものが動いたのが見えた。

「あっ……!」

パピリオも気が付き大声を上げる。その場に居た全員がその物体に注目した。

「「「………………」」」

(羽が生えてますね……)

(……どうみても損保ジャ○ンダの着ぐるみやんか)

長いようで短い沈黙。

「姉上、何をしてるのですか?」

「今の私はパンダであってワルキューレではない!」

「ぱんだがしゃべったでちゅ!?」

「いや……パンダじゃなくてワルキューレな」

「しかしなんだってこんな所に姉上が……」

当然の疑問だろう。しかし、答えられるものはこの場には居なかった。

「魔界軍の任務さ……」

答えは意外なことに檻の中から返って来た。もう一匹、恥かしそうに顔を真っ赤にしたパンダが現れた。

「何やってんだ、ベスパ!」

すかさず突っ込む横島。突っ込まずには居れなかった。

「はぁ〜…ぱんだって喋るんでちゅねぇ、しかもベスパちゃんそっくりな声でちゅ」

彼女はパンダは喋れるものと認識してしまったようだ。この辺りはケルベロスと人間を同列に「ペット」と扱っていた経験から来るものなのだろうか。

「あ……」

何かに気付いたジークが指を差した瞬間、ワルキューレの肩に力強い手が置かれた。

「なっ…! 私の後ろを取るとは、何者だ!?」

その手は黒、身体は白。騒がしさに興味を持った檻の主が出てきた。

「………結果オーライ?」
「人間万事塞翁が馬…というやつでしょうか?」

呆れて顔を見合わせる横島とジークだった。


――――


「もうちょっとゆっくり見たかったでちゅ」

「いくら記憶の改ざんをしてあるとは言え、騒動の直後に現場に戻るのは危険だ」

「騒動を起こしたオマエが言うなっ、ワルキューレッ!」

あの後大騒ぎになったのは当然の事だろう。飼育員からお客、更にはパンダにまで「記憶マッチョー」をかけて逃げてきたのだ。記憶消去の対象がおおすぎて文珠にも出番が回ってきた。

「しかし……パンダにまで記憶操作する必要はなかったんじゃないでしょうか、姉上?」

「任務の為には少々の犠牲は仕方あるまい」

「でも、ぱんだに危害を加えるとワシントン条約違反でちゅよ?」

「それは、各国の保有艦艇数と基準排水量の制限を決めた条約だな」

「パンダって巡洋艦だったのか…」

「ちがうだろーがっ! ワルキューレが言ってるのは海軍軍縮条約で、パピリオの言ってるのは希少動物保護を定めた方だ!
 ベスパ! オマエもワザとボケてるだろっ!」

当たり前の様に横島一行に合流するワルキューレとベスパ。その姿は今では人と変わらない。
一気に膨れ上がったグループの中で、ツッコミに忙しい横島だった。

公園内で散策をしつつ「監視の任務でパンダの着ぐるみを着る必要があったのか」とか「そもそもワルキューレとベスパが監視に着いた理由はなんなのか?」等々、賑やかに議論に華を咲かせる。



気付けば結構な時間が経っていた。



朝から元気一杯だったパピリオも今では横島の背中で舟をこいでいる。

「まったく……ポチの背中だからって気持ちよさそうにしやがって……」

パピリオを背負った横島のすぐ隣を歩くベスパが背中に顔を埋めている妹の頬をつつく。
つつかれた反応なのか、それとも夢の中で何かを見ているのか、身じろぎすると「ヨコシマ……」と呟く。

「こんなに懐いてるんなら大丈夫だろ。ワルキューレ、任務完了だね」

「そうだな、では私たちはこれより帰還する」

「……もう帰るのか?」

名残惜しそうに声を掛ける。が、返って来た答えは「任務だからな」というなんとも素っ気無い答えだ。

「そっか……仕方ないな。ま……何時でも来てくれよ、お前も俺の妹なんだから、遠慮しないでさ」

残念そうな笑顔でベスパに笑いかける。ジークとワルキューレは敬礼で別れの挨拶を交わす。

「では、また会おう…」

そう言うとワルキューレの姿が一瞬にして消える。

「またな、ポチ…いや、義兄さん」

そして少し遅れて消えるベスパ。


――――


別れの余韻もそこそこに、ジークも妙神山に帰る旨を横島に申し出た。だが背中のパピリオは熟睡してしまい、起こすのが躊躇われた。
そこでもう一泊して早朝に帰る事にしたのだが、

「……もしかして、僕はまた押入れの中で寝るんですか?」

「当たり前だっ! 昔から居候の寝床は押入れと決まっとるんじゃ!」

家路につく二人は幸せそうな笑顔を浮かべるパピリオに気を使いつつ言い争いをつづけるのだった。


帰宅してパピリオを布団に寝かしつけると、自分もすぐさま床に就く。横島も彼女に振り回されつつ全力で休日を満喫したとあって、少々疲労が溜まっていたようだ。目をつぶろうとすると、僅かに開いたふすまの間からジークが声をかけた。

「横島さん、今回の人界研修では本当にお世話になりました、報酬の方は……」

改まった態度で今回の一件について話すジークを途中で遮った。

「いいよ金なんて。家族と一緒に休日を過ごすのは仕事じゃないからな」

「そうか……そうですよね……」






後に報酬が小判五百枚ということを聞いて、横島が金は要らないと言った事を悔やむのは、ちょっと後の話。

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