ザ・グレート・展開予測ショー

タマモ、尋ねてみる


投稿者名:APE_X
投稿日時:(05/ 4/10)



 「あんたなんでこんなトコにいるの?」
 「・・・顔あわせるなりそーゆー事言うか?」


 夕陽が差し込み始めた『美神令子除霊事務所』の応接室。
 特にすることもなく、小腹を空かせたタマモが『ごん兵衛』でも食べようと屋根裏から降りてきたそこに、先客がいた。

 着古したジーンズの上下に、トレードマークの赤いバンダナ。
 およそ金運と女運には縁遠そうなその身形を確認するまでもなく、その人物はこの事務所唯一の男性スタッフ、横島忠夫だった。
 応接用のソファーセットに腰を降ろし、参考書やらノートやらを広げている。


 「オレも、いちおーココで働いとるんだが?」
 「『このままじゃ進級できーん!』とか騒いでたのはどうしたのよ?」
 「イヤだから今こーして追試のための勉強をだな・・・」


 ふーん、と気のない素振りでキッチンに向かいながら、タマモは軽くかぶりを振った。
 特徴的な金色の九尾が、紅い夕陽を弾いて煌めく。

 彼女が降りてきた時、彼はテーブルに広げた参考書ではなく、窓の外を眺めやっていた。
 かの『核ジャック事件』こと『アシュタロス戦役』の事は、タマモも聞いて知っている。
 ―――当然、ルシオラの事も。

 このバカ丸出し男が、という意外の念が湧かなかったと言えば、ウソになる。
 が、同時に、納得できるものを妖狐の直感が嗅ぎ分けていたのも事実だ。

 この男は、強い。

 時折り見せる、異様なまでの集中力と身体能力。
 GSとしてのキャリアや知識でこそ師である美神に未だ遠く及ばないものの、霊的戦闘においては互角以上に渡り合える霊能。
 その上、まだ足りないとでも言うかのように、『文殊』などという反則気味な技まで使う。

 単純な『強さ』なら、この男は俗界屈指の存在だろう。
 如何せんムラっ気が強く、その実力を発揮できる条件が酷く限定されているのが難点ではあるが。

 そして、やっぱりバカだ。
 ついでに言えば底抜けのお人好し。

 普段の煩悩丸出しな様子から見るに、彼にとっては種族の差などないも同然だろう。
 相手が自分好みの『ないすばでぃー』な『ネーちゃん』であれば、神魔人妖を問わず飛びつくに違いない。
 たとえその相手に殺されそうになった過去があったとしても。

 しかもその相手が、ちらっとでも弱みをみせたなら、この男は間違いなくほだされる。
 横島が情に流されやすいのは、タマモも良く知っている。

 彼女自身、今ここにこうして安穏と暮らしていられるのは、その横島の人情脆さのおかげなのだから。

 そんな、非常に分かり易い長所と短所をあけすけにさらけ出しっぱなしの彼が、一つだけ、決して誰にも言わない事がある。
 別に隠し事という訳ではないようだが・・・同時に軽々しく訊く事を躊躇わせるような、それ。

 その存在にタマモが気付いたのは、ごく最近のことだ。

 やはり今日のような綺麗な夕焼けを眺めながら、いつになく神妙な、そして少し哀しげな顔をした横島を見かけたのだ。
 彼女がくだんの『アシュタロス戦役』について聞いたのも、彼のその表情の理由を美神に尋ねた時だった。

 その話自体は、タマモにとってはどうでも良い。
 横島がどんな失恋をしたところで、タマモに何か不都合や迷惑が掛かるわけでもない。
 物思いに耽る、彼らしくないその姿には少々戸惑わされるのも事実だが。

 ただ、今の場合その物思いは、横島自身の勉強の邪魔にはなっているようだった。


 「そんなの、自分ちでやれば?」
 「・・・いや、今月は懐も苦しくってさ」
 「・・・あんたの場合、いつもの事でしょ」
 「ひ、否定できん・・・!」


 要するに、勉強しないと進級できないが、時給も稼がなくては生きて行けない、という事らしい。
 ―――その時給が三〇〇円しかない、というのはいかがなものか。
 基本的に金銭をあまり必要とせず、現代の金銭感覚にさほど通じていないタマモですら、疑問に思うところではある。

 そんな無意味に厳しい現実(彼限定)に、チクショーッ!っと滝涙を流しながら掌の中のシャーペンを握りしめる。
 シリアスのかけらも見えない、いつも通りの様子を取り戻した横島を尻目に、タマモはキッチンの棚から買い置きの『ごん兵衛』を取り出した。


 「タマモー、オレにも一個くれ〜」
 「ん〜、おっけー」


 棚を開く音を聞きつけたらしい横島の台詞に軽く答えながら、ポットから湯を注いで蓋を戻し、割り箸を取り出す。
 ついでに七味も取ってから、つゆをこぼさないように慎重な手つきでカップを持ち、応接間に戻ってソファーに腰掛ける。
 両手が塞がっていたので、お尻で小突くようにしてソファーのど真ん中を占有していた横島を立ち退かせた。

 湯を注いでからここまでで、ちょうど四分。
 カップの中身は良い塩梅に食べ頃だ。


 「・・・で、オレのは?」
 「ココにあるじゃない」


 手にカップうどんを一つだけ持って戻ったタマモに、半眼の半笑いという、あまり見られたものではない表情で横島が聞いてくる。
 もっとも、横島の真価は顔ではない、というか、容姿に関してはせいぜい十人並といったところ。
 人によっては結構イイ男に見えたりもするようだが、少なくとも絶世の美男子とは言い難い。

 従って、彼がどんな表情をしていようが、目の前に好物が待ちかまえている今のタマモにとっては考慮外。
 それどころかくわしく説明する手間暇すら惜しんで、カップの蓋を引き剥がす。

 返された答えに、一瞬だけ目を白黒させた横島だったが。
 ―――そのままいきなりお揚げだけを摘み上げたタマモの行動に、何か考えついたらしい。

 後頭部に汗をかきつつ、まさか・・・などと呟いている。


 「はい。あとあげる」
 「やっぱりそーくるかーっ!」


 お揚げだけを平らげたカップうどんに箸を突っ込んで渡すと、何が不満なのか、横島は雄叫びを上げた。

 何が悲しゅーて素うどんになった『ごん兵衛』なんぞ、だの、どーせなら『すうど○でっせ』のがいい、だのと騒ぐ横島に、


 「どーせお腹がふくれれば良いんでしょ?」


 アタシ素うどんには用ないし、っとにこやかに告げながら七味を渡してやる。
 ヤケになったのか、横島はひったくるように七味を受け取ると、うどんの上に大量にぶちまけて啜りだした。

 しばらくの間、応接間にうどんを啜る音だけが響く。

 麺をあらかた掻っ込んだ横島が、妙に赤っぽく染まったつゆを飲み始めるのを、タマモは見るとも無しに見ていた。
 こうして見ていると、人類最強の霊能者の一人とはとても思えない。
 平々凡々とした高校生男子そのものだ。

 ―――バイトの待遇面ではむしろ、平凡を通り越して最低クラスだろう。

 そこまで考えたタマモの胸中に、ふと以前から気に掛かっていた疑問が浮き上がってきた。


 「ねえ、一つ聞いても良い?」
 「?、なんだ、急に?、――まあ、オレに答えられることなら・・・あ、でもスリーサイズと異性関係は事務所を通してねっ!」
 「・・・それは、美神さんに言って尋問してもらえってこと?」
 「シャレにならん事ゆーな・・・!」


 関西の血がそうさせるのか、すかさずベタベタなボケに走った横島に、毒混じりのボケで応戦する。
 応戦したまでは良かったのだが、顔に縦線を入れた横島と一緒になって、タマモまで少し気分が悪くなってしまった。

 所長である美神の折檻というかストレス解消というか・・・とにかく横島をしばくその手つきには、容赦や躊躇いの類は一切ない。
 並の悪霊なら一撃で消滅、それなりの妖怪や魔族でもけっこうイイ感じに死ねそうな、凶悪な攻撃の嵐である。
 そんなモノを日常的に喰らいながら元気一杯という頑丈さも、この男の特異な点なのだが。

 いくら当人が堪えないからといって、そんなバイオレンスでスプラッタな日常を見せつけられるのは、正直勘弁してほしかった。
 負けん気が強く、冷淡に振る舞うことの多いタマモではあるが、本質は平和主義者なのである。

 元々タマモに限らず、妖狐という存在自体があまり攻撃的な妖怪ではない。
 強大な妖力の大半は変化と幻惑に振り分けられていて、数少ない攻撃手段である狐火もあまり効果的とは言い難い。

 それはともかくとしても、現在の彼女は『事務所の良心』ことおキヌちゃんと双璧を成す、当事務所きっての穏健派である。
 血溜まりの中でひくひく痙攣する人間、などという物は、彼女としては『一生見ずに済ませたい物トップ10』にランク着けするシロモノ。
 そんな胸が悪くなるような絵面を思い浮かべてしまうと、せっかくキツネうどんの『キツネ』だけ食べて上向いていた気分も、急降下してしまう。


 「――・・・悪かったわ。」
 「いや、まあ、いーけど・・・それでオレに聞きたい事って?」


 こんなところで二人してヘコんでいてもしょうがない。
 それは横島も同意見のようで、タマモが謝るのに答えながらあっさりサッパリ話を切り替えてくれる。

 ここぞという局面では朴念仁そのもののクセに、こういう時にはそれなりに気遣いも働かせられるらしい。


 「ん、それなんだけどさ・・・あんたなんでこんなトコにいるの?」


 少し身を乗り出すようにして、上目遣いに隣の男の顔を覗き込む。

 覗き込まれた横島の方は、手に持ったままのカップを持ち上げ、つゆを飲むフリをして微妙な表情を隠そうとした。
 その目論見はあまり成功したとは言えず、タマモには彼の動揺がはっきりと伝わっていたが。


 「・・・なんかついさっきも同じ事言われたよーな・・・?」
 「いーから。真面目に答えて」
 「イヤ、ある意味マジメなんだが」


 軽口で時間を稼ぎつつ、なんと答えたものか思案する。
 そんな横島を観察しながら、タマモは辛抱強く答えを待っていた。
 横島には、真面目に尋ねられてウソをつき通すような根性も、話をはぐらかすような器用さもないことを、タマモは知っていたから。


 「やっぱ、職場の待遇かなー」
 「・・・時給三〇〇円、手当一切なしでも?」
 「・・・給料だけが待遇じゃないだろ。こんな美人に囲まれた職場なんてめったにねーぞ。
  フェロモン全開の美神さんに、清純派王道一直線のおキヌちゃん、シロとお前はまあ・・・将来に期待するとして。」


 ごはん三杯は軽いっ、と、よく判らないことを無闇にきっぱりと力一杯言い切る。
 相部屋のバカ犬と同列に扱われる事に関しては少々不満を覚えないでもないが、実に彼らしい理由ではある。
 だがタマモには、理解はできても(一部不適切な言い回しは別)納得はできない。


 「でも、それだったら美神さんじゃなくて、魔鈴さんでもエミさんでも、冥子さんでも良いんじゃないの?
  今のあんたなら、きっとココよりはずっとマシな待遇で雇って貰えると思うけど?」


 魔鈴以外の二人の所はすでに経験済みの上で論外、とは答えず、横島は苦笑してタマモを見返した。


 「お前な・・・、そんなにオレが邪魔か?」
 「そーいう事じゃないわよ!、アタシはただ・・・!!」
 「あー悪かった、ジョーダンだよ、わかってるってば。」


 下らないことを口走る横島に、タマモはつい語気を荒げてしまう。
 彼女のむっとした顔つきに気圧されたように、横島は慌ててヘコヘコと謝る。
 見た目中学生のタマモに、ほとんど平身低頭する勢いでご機嫌を取る姿は、情けないの一語に尽きる。

 だいたい、謝るくらいなら最初から言わなければ良さそうなものだが、それもまた彼らしさの一つである。


 「―――本当のところ、オレにもよくわからん。」


 しばらく謝り倒させてから、ようやく眉間の縦皺をゆるめたタマモに、何かエラく脱力した様子で横島はそう呟いた。


 「何でだろーな、ホントに。薄給で、キツくて、年中死にそーな目に遭って・・・そんでも何故かココなんだよな、オレには、さ」
 「ふーん・・・でも、美神さんはちょっとムリめじゃない?」
 「うっ・・・」


 ソファーの背もたれにひっくり返り、天井を仰ぎ見るように顔を隠した横島の台詞に、タマモは半眼で呟いてみる。

 予想通り、格好良くシメようとしていたらしい横島の体が、ギクッ、と固まる。
 所詮は人間―――それも平均よりはるかにウソの下手な横島が、妖狐を化かそうなど百年早い。
 そう耳元で囁いてやったタマモが席を立つのと入れ替わりで、横島が上体をがばっ、と起き上がらせた。

 あのカラダのためだけにオレがどんだけ苦労しとると思っとるんじゃー、とか。
 あのチチもシリもフトモモもぜーんぶオレのじゃー、とか。
 いざとなったら、おキヌちゃんでいこう!とか。

 なにやら不穏当極まりないことを叫び始めた馬鹿者を残して、タマモは応接間を後にした。

 何はともあれ、少なくともあのおバカ男は、この事務所をやめるつもりはないらしい。
 その事に何故か安心したタマモには、実は自分の疑問が解消されていない事など気にもならなかった。

 当然、応接間のすぐ外ですれ違った美神とおキヌの額に浮かんだ大きな井ゲタなど見えてもいない。

 ―――見えてないったら、見えてないのだ。絶対。


 「何がアンタのですって〜?!」
 「前にも聞きましたけど、『で』ってなんですか・・・?!、『で』って・・・!!」
 「うわっ?!い、いつの間に、って、ちょっと待って、話せばわかる・・・!!じ、神通棍は・・・シメサバ丸も・・・やめ・・・!!!」


 どげごげげげんっ!と応接間から響く、何かを念入りに粉砕するような物音も、聞こえない。

 聞こえないったら、聞こえない。

 どーせ夕ご飯までには復活してるんだし、っと自分を納得させて、仔狐サマは屋根裏に避難するのだった。



#はじめまして、APE_X、と申します。
#つい最近こちらにたどり着いたばかりの新参者です(まだ全作品を読めてもいないくらい)。
#元々GSは好きな漫画だったのですが、ネット環境持ってないので、こんな素敵なページがあることも知りませんでした(泣
#ネット喫茶からなので、顔を出せる頻度はあまり高くないかもしれませんが、皆様、よろしくお願いします。

#読みにくい、分かりにくいなど、色々ご指摘いただけると嬉しいです。
#それでは。

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