ザ・グレート・展開予測ショー

ふたつの幸せ


投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/ 5/16)


 あれからもう…何年経ったのだろうか




 この場所に来るのは本当に久しぶりの事だった
 朱の光と、深く染みわたる夜の青が入り交じった空はどこまでも深く、美しかった
 細かくちぎれた雲に空の色がにじんで、まるで儚い幻をみているような…
 そんな想いがふと、胸の奥をかすめて吹き抜けていった





 昼と夜の一瞬のすきま…
 
 短時間しか見れないからよけい美しいのね





 お前は『美しさ』を知っていた
 そして自分もそうありたいと…きっと願っていたんだろうな


 だから…


 大切なもののために…自分が望んだもののために…
 まぶしいほどにその命を輝かせて、そして消えてしまった



「久しぶり、って言えばいいのかな…なぁ、ルシオラ。」



 空を見上げて、少しだけ微笑みながらそう呟いた
 雲はゆるやかに流れ、西日は優しく横島の横顔を照らしていた






 〜ふたつの幸せ〜





 お前がいなくなってすぐの頃は、何かとよくここへ来ていた
 頭でわかっていても、胸にぽっかりと穴が空いてしまったような気持ちがずっと続いていた

 あるいは、悪い夢を見ているんじゃないのか…と
 目が覚めて、いつもと同じ1日が始まって、そしてお前も変わらずに笑っているはずだろう?
 そう思って何度もここへ来た
 でも、やっぱりお前はいなくなってたんだよな…


 そして、涙を流し続けた


 自分の愚かさに

 何もしてやれなかった不甲斐なさに

 辿り着けなかった2人の未来に

 どこまでも真っ直ぐに生きたその命の尊さに…










 それから何年も経って、ようやく俺も一人前と呼ばれるようになってきた
 まだまだ自分じゃ発展途上だと思ってるけどな








 そして…







 俺は結婚したんだ




 彼女とは色々あって、遠回りやすれ違いもしたけれど
 俺を真剣に愛してくれた
 だから…というわけじゃないけど、俺も彼女を愛している
 この気持ちにウソはない
 誰よりも、何よりも愛している





 ただ…それでも悩んでしまう事があった
 彼女を愛するのも、お前に対する罪滅ぼしという意識からだったんじゃないかと…
 お前にしてやれなかった事を、代わりにしてやろうというおこがましい思いがあったんじゃないのかと…
 一度その思いに囚われてしまうと、簡単には抜け出せなかった


 正直言って苦しかった
 俺はどこまでもこの思いに囚われていかなければならないのか…
 メシが喉を通らず、吐いた日もあった
 そんな時でさえ、彼女は俺を気遣い励ましてくれた
 それが…俺にとっては耐え難い苦痛だった
 いっそ俺を軽蔑し、冷たく当たってくれた方がマシだった
 なぜなら俺は、そんな彼女にさえ本当の気持ちを話す事ができなかったから
 そしてまた、すれ違う日々が始まったんだ


 俺は…自分がひどく矮小で意気地のない人間なのだとさえ思うようになってしまった
 辛い事を忘れようと仕事に没頭し、何日も帰らないこともしょっちゅうだった
 そしてこの宙ぶらりんな気持ちを隠したまま、月日は流れた…





「俺はバカだよな…結局自分の事ばかりで、大事なことをすっかり忘れちまってたんだから…」




 横島は鉄の柱に背を預け、腰を下ろして遙かなる夕焼けの空を見つめていた
 かつてルシオラがそうしていた姿を、無意識のうちにたどっていたのかもしれない 

 そして横島は目を伏せる


 目を閉じれば今でも思い出せる
 ここでキスをしたことも
 ルシオラと共に何を話し、何を見、何を感じたのかも


 ただ…その顔も声も、今ではだんだん朧になってきた
 絶対に忘れたくないのに忘れてしまう
 それは心をえぐりたくなるようなもどかしさ


 それでも、その思い出だけはいつまでも胸の中で熱を失わなかった
 決して色あせる事のない想いは、今も輝き続けている




「今日ここに来たのは、最後のお別れをするためなんだ…」




 ゆっくりと開かれた横島の瞳に、憂いや迷いはなかった
 そして、ゆっくりと続きの言葉を紡いでいった






「子供が…できたんだ」





「俺の…子供なんだぜ…」






 その日も俺は長丁場の仕事を終えて、数日ぶりに帰ってきたところだった
 家に帰ると彼女は温かい食事を作り、いつものように迎えてくれた
 俺は彼女と、目を合わす事ができないでいた
 これもまた、いつものことになってしまっていた


 けれど、その日は違った


 妻は俺の手を取り、自分のお腹にそっとあてがった
 その時はそれがどういう意味なのか全くわからず、俺はとまどっていた


 そして…


 彼女は涙ぐむ笑顔の中でそっと呟いた
 2人の新しい命が宿り、生まれてくる事を…




 そしてようやく思い出す
 俺の命の半分はルシオラのものだ
 だから、お前は俺の子供として転生できるということを



 そうだ、お前は死んだわけじゃなかった。それなのに俺は悩んでいるうちに、そして毎日に追われているうちに忘れてしまってた
 失ったという事にばかり気を取られて、未来を見る事ができなかった


 
 そのせいで彼女を傷つけ、苦しめてしまった





 俺は泣いた…
 彼女をおもいきり抱きしめて泣いた
 今まで胸の奥にため込んできた感情が堰を切ってあふれだした
 ただ…
 ただ彼女が愛おしいと、心からそう思った…





「…もう俺はここへ来ない。だってそうだろ?もうすぐ会えるんだからさ」




 
 だが、これから生まれてくる子供はルシオラであってルシオラではない
 同じ魂を持つ全く新しい命として、その人生を歩み始めるだろう
 ならば俺は、ルシオラから受け取った全てのものをその子に捧げよう




 ルシオラが俺にそうしたように…
 
 縛られることなく、真っ直ぐに生きていけるように…

 大切なもののために…自分の望んだもののために…





 ふと見上げれば太陽は完全に沈み、静かに夜の闇が広がっていた





「もう行くよ…日が沈んじまった」





 柔らかな笑顔を浮かべ、横島は静かにその場を立ち去っていった 








 やがて俺は家にたどり着き、玄関を開ける
 そしていつものように奥から彼女が出迎えてくれる
 彼女の手を取ると、とても温かく柔らかかった





 俺の手には今、幸せがつながっている


 このぬくもりが
 生きている証が


 そしてその幸せは、もう一つ増えることになるだろう


 俺は願う


 どこまでもその手を離さず…ふたつの幸せと共にありたいと…

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