ザ・グレート・展開予測ショー

雨と梅雨と伝える気持ち


投稿者名:never green
投稿日時:(05/ 5/29)


抜けるような青い空

視界を被わんばかりの真っ白な飛行機雲

降り注ぐ太陽光線

そして日陰でのんびりと涼む猫の寝姿

ある小さな季節を超え、もうすぐ夏がくる


町外れの小さな公園に二人の男性と女性が立っていた。
彼女はこの上ない最高の笑顔を彼に向けている。
彼は彼女の笑顔に同じく笑顔で受け取った。怖いくらいに。




――――――――――――――
雨と梅雨と伝える気持ち
――――――――――――――




氷室キヌは今とても不機嫌だった。
しかし怒りとは裏腹に悲しみや失望などもあったが総合的に換算すればやはり怒っている。原因はもちろん彼女の足元で所在なさげに小さくなって謝っている彼―――――横島忠夫だ。
彼にとっては欠かせない儀式、ほんの些細なことなのだが彼女にとっては些細どころではない。重大な問題である。問題ではあるが、反面それを彼らしさと認めつつある自分を感じていた。付き合いだして彼女にとって気分のいいわけがない。

「もう!」

時々、彼女は不安になる。本当に自分のことを好きでいてくれているかどうか。確かにナンパという儀式は、大きな傷跡を残したあの事件から立ち直りつつある証拠ではあるが、それにしても酷すぎる。真剣に想ってくれているのであれば、自分の気持ちを察してナンパなんかはしない筈だ。普段は明るくこれ以上ない元気でふざけているけど、肝心なときになったら真剣になってくれていつも救ってくれる。純粋にそんな彼を好きになったのだ。

―――じゃあ私と付き合ってるときは?真剣じゃないのかなぁ・・・


「あの〜おキヌちゃん?」

暫く考えていたようで、申し訳なさそうに小さくなっていた横島がおキヌの顔を覗き込んで一声かけた。びくっ、と一瞬身体が震えて思考モードから再起動を果たしたおキヌはまたもやギロヌと少し涙目で睨む。横島はその膨れたおキヌの顔が可愛いなぁ、という感情を抱きつつ睨みによって更に小さくなってしまった。

「知りません!」

ぷいっと彼から身をひるがえして彼女は帰っていく。その言葉で固まっていた横島は慌てておキヌの後を追った。しかし横島の懸命な謝罪も虚しく、事務所に帰ってもその状態は変わることはなかった。
二人の関係が悪くなっていくように、皮肉にも空も真似して次第に青空が灰色に埋め尽くされていった。





「あんたねぇ〜また怒らしたの?」

呆れた顔をして横島に声をかけたのは美神令子だった。腕を組み冷ややかな態度と目線を彼に浴びせる。その目線を現実逃避するように彼は俯いて彼女から目線を外した。
二人がデートから帰ってきたときは大きく分けても2パターンしかなかった。おキヌが幸せそうな顔をするか、拗ねた顔したおキヌに横島がペコペコと謝って帰ってくるか。

「あう・・・」

横島はその場で立ち尽くすしかなかった。何も弁解する理由もないし、あのネーちゃんが可愛いかったんや――――!!なんて叫んで弁解した日には食糧不足で死んでしまう。今や横島の命を繋いでいるものは食料―――つまりおキヌの存在だった。しかし食べ物という理由ではなく彼女を怒らせたり泣かせたくないという気持ちがどこか心の隅にあることを横島は感じている。思いつめたままの横島を見た美神は、ふぅと息を吐き捨て冷たい目線を元に戻した。

「まっ、私には関係ないけどね」

少し皮肉を込めて言ってみたが、軽く苦笑いをされて返された。美神はそのニブさに恨みを覚えながら部屋から出て行こうとした。自分に諦めという言葉を感じながら。

「あ、あの――」
「何よ?」

美神はぶすーとした顔をして振り向いてくる。横島はそれに少し怯え躊躇いながらも話を始めた。

「実は――――――――――」




そう言い残すと横島は自分のアパートへ向かった。


ふと窓を覗くと雨が降り始めていた。にわか雨であってほしいと思ったが、今日は止みそうにないことを直感的に悟った。いや、悟らされた。

「ほんとうに雨ねぇ・・・」

美神令子はドアノブを握ったまま誰も居ない部屋で呟いた。




「はぁ、雨かぁ・・・・・・。明日は晴れるかなぁ・・・」

誰も居ない部屋でおキヌはポツリと呟いた。窓越しに見える雨の風景もいつもより最悪に見える。雨は風をも交え更に強く町や物、人を濡らしていく。彼女の心も濡れてはないが雨模様だった。おキヌはそんな風景をとりとめもなくただ漠然と見つめていた。
ふと事務所のドアの音が微かに聞こえると、横島が自分の着慣れてるGジャンを盾に雨の中を走っているのが見えた。自分の傘を届けようと思ったが、どうもそういう気分にはなれない。もし、傘を持っていったらきっと彼を許してしまう。それに彼の背中は小さくなっていき、窓越しからでは見えなくなってしまったから。

「えぃっ!」

恨み節を込めながら自分の抱きしめている枕をベットに投げつける。そしてそのままベットに飛び込み枕に顔を埋めた。そうすると今日は何もする気が起こらずにそのまま目を瞑ってしまう。

氷室キヌは眠りについた。



雨は夜が明けるまで振り続け、彼女たちの心までも濡らしていった。



目が覚めると雨が地面を打つ音は聞こえなかった。ベットから上半身を起こし窓の外の風景を一応確認してみる。布団から身体を出すと梅雨独特のじめっとした空気を感じる。

「いやだなぁ・・・」

ぽふっ、とおキヌはまた枕に顔を埋めた。

「おキヌ殿〜。学校の時間ではござらぬか?」

何回かドアのノックが鳴った後にシロがおキヌを起こしにきた。また考え込んでいたのか起きてから時間がかなり経っている。

「あっ、いけな〜い!!」

がばっと布団を蹴り飛ばし目覚まし時計に目をやる。そして昨日目覚まし時計のタイマーをセットしてなかったことに気づく。既に遅刻ギリギリラインで部屋から飛び出し洗面所に向かった。

「あっ、おキヌ殿〜」

朝ごは――と続けて聞こえた気もしたが速攻で制服に着替えたおキヌは事務所から勢いよく飛び出していく。今日はシロが朝ごはん担当ということは学校に着いて気づいたふりをした。

この世界では全ての人達が誰かに対して愛情を持つことが出来る。しかしそれは証明できないもので、付き合っていても好きなフリをすることも可能だ。フリではないという証拠がなければ不安になることだってある。人は自分のフリに気づかないフリをして時々辛い現実から逃げ出しあたかも知らなかったフリをする。氷室キヌも自分のフリや他人のフリがフリなのかの確証がないから今不安なのかもしれない。

そう愛情という形無いものは証明できないのだ。





「と、言うことで何故ウチに来る?」
「タマモも食べてくれなかったでござる」

横島の目の前に置かれたもの―――食べ物(肉全般)――は折りたたみ式のちゃぶ台の上には乗り切れないほどあった。さすがに薄給で食料不足とはいえ朝っぱらに無理矢理起こされていきなり肉料理を出されれば横島でもさすがに酷である。

「おキヌちゃんもタマモも苦労してんなぁ・・・」

箸で少しづつ摘んで肉料理を食べながら、くしゃっと髪をかき上げ横島はポツリと呟いた。一方のシロは横島との久しぶりの朝ごはんで嬉しそうにばくばくとお肉を頬張っている。

「んで、おキヌちゃん怒ってた?」
「わからないでござる。けどおキヌ殿にしては珍しく寝坊したでござるな・・・」
「そっか・・・」

何となく寝坊は自分の責任だと感じた。いつもこうだ。もうこれで何度目というほどおキヌの前でナンパをしている。しかし後になってはものすごく後悔しているのにまたしてしまう。

「なぁ、シロ。俺さ本当におキヌちゃんに好かれてると思うか?」
「当たり前でござるよ。いつも先生とでーとするときはウキウキしてるでござるよ」
「そうか。じゃあ、散歩に行くか!」
「はいでござる♪」

横島とシロはアパートを飛び出し朝日が当たるアスファルトを駆け抜けた。鍵を掛けるのを忘れられたインターフォンのない扉はゆっくりと音を立てながら閉まっていった。

彼も氷室キヌと同様に証明されることのない愛情の証拠を探しているのかもしれない。



それから証拠を探すフリをして日めくりカレンダーが数枚捲られた。

相変わらず事務所には気まずい空気が流れた。事務所のメンバーは原因が分かっていたものの気づかないフリをしてその場をやりすごす。タマモにとってそれは気分のいいものではなかった。横島と二人きりになったのをチャンスにと遂にタマモが抗議の声を上げる。

「アンタねぇ、いいかげんにしてよ!」

もちろん怒りの対象になったのはもちろん横島。横島は横島なりに反省をして悩んでいて、だけどそれが逆に事務所の雰囲気を悪くしてした。

「う、すまん」

謝ることしか出来ない横島はおキヌ、美神同様所在なさげに小さくなるしたなかった。しかしどう見ても女々しい横島を更に追い立てる。

「私に謝らないでよ。おキヌちゃんに謝りなさいよ」
「い、いや、謝ったけど・・・あの、その・・・」

あうあうとした態度でタマモの問いに素直に答える。今の横島の身分は後から入ったタマモよりも低くなってしまった。

「あんたねぇ、おキヌちゃんのことすきじゃないの?」
「好きです・・・」

土下座して説教をくらう横島の頭の上にタマモが憤然と立ちはだかる。いつ狐火が発動してもおかしくはない。堪忍した横島はタマモに特別人生相談を受けることにした。受講料狐うどん五杯はかなりの痛手だったがこれ以上事務所の雰囲気を悪化してはならないと思い遭えなく承諾した。横島はぼろぼろと情けない声で今の心情を口々にする。本当はおキヌちゃんがスケベでドジな俺を何故好きなのか、もしかして同情して付き合ってないかとか。タマモはそんな弱気な発言に苛立ちを感じたが黙って最後まで聞いた。

「――――――ということです。先生、僕どうしたら・・・」

横島のノリには馬鹿らしく突っ込むことすらしなかった。タマモ先生は一たび息を吐き、キッとした目で横島を睨みつける。

「あんた本当にニブいのね・・・。けど、おキヌちゃんが好きじゃないにしてもアンタがまず気持ちを伝えないといけないんじゃない?」
「う、返す言葉がありません」
「何でそんな気持ち隠すのよ?自分一人で解決しようとするからこーなんの!誰にしろ最初から相談すればよかったのよ」
「お、おう。とりあえず勇気がでたよ」
「? 勇気?」
「あぁ、俺さ―――――」
「へ〜」





「またナンパしたの?」
「はい、もう困っちゃって・・・」
「氷室さん。やはり付き合う男性を考え直したらよろしいかと」

学校の友達との帰り道。やはり第三者から見た横島はこんなもんだった。弓と一文字は何故おキヌが好きなのか疑問が募るばかりだ。二人はおキヌが俯いたまま歩いているのを見て、アイコンタクトを取り強く頷いた。

「あのさ、おキヌちゃん。本当に言いにくいけどさ・・・。実は数日前にさ、横島見かけたんだ」
「はい。またナンパしてたんですか?」

おキヌにはもう怒る力すら残ってない。いつもの反応ならぷーっと怒って帰っていくのだが、今回はかなり凹んでいる。そんな反応に一文字は一度話をするのを躊躇したが弓が代弁した。

「違いますの。それがおねー様とデートしてらしたんです」
「え・・・」

それまで下を向いて自分の足元を見て歩いていたおキヌが顔を上げた。その顔はまるで信じられないと物語っている。

「やっぱりやめといた方がいいよ」
「うん・・・」

三人はおキヌと別れるまで会話一つ無かった。

通学路をとぼとぼと歩くおキヌに、間延びした夕焼けが照らしつけられる。しかし、おキヌが頭をたれているのは、夕日が眩しいからではないだろう。弓達の話は自分が思っていた以上の動揺を受けた。所詮自分と付き合っているのはおちゃらけでやっぱり本当は美神さんが好きなんだ、とおキヌは思う。今日は仕事がある。そう思うと家への足取りが重くなった。もう今日は誰とも話したくない、雨が降らないかなと思う。

おキヌの願いを叶えるように天気は急変し事務所に戻った頃には雨が降が降り始めた。



「こんな雨の中、私が仕事するとでも思った〜?」
「似てるでござる〜!」
「誰の真似のつもりかしら?」

タバコを吸うまねをして目を細め横島は美神の物真似をする。そんな光景をタマモはぎゃははと笑いシロは尻尾をぶんすか振ってみせた。真似された美神は怒っているものの、どこか笑っている。おキヌが帰ってきたときには数日間続いていた気まずい雰囲気はどっかに吹っ飛んでいるようだ。雨のおかげなのだろうか。

「「「「おかえり〜おキヌちゃん(殿)」」」」

扉の開く音に気づいて皆がおキヌに声をかける。横島の顔は吹っ切れていておキヌは胸の奥がずきんと痛んだ。

「ただいま」

皆に悟られぬようにおキヌは努めて明るく返事をした。

雨によって大名商売となった美神除霊事務所は今日の仕事を全てキャンセルし、各々は自由に事務所で過ごしている。おキヌは誰とも話す気がせず料理を食べ終わると自分の部屋に篭った。弓達の言葉が胸の中に残ったままで、布団の上でごろごろしては、窓の景色を見るだけだった。

コン コン

ふと、ドアのノックが小さく鳴った。まるで申し訳なさそうに。

「はい?」

おキヌは返事をした。扉の奥は誰なのか分かっている。微かな期待が胸に灯る。本当は声を聞きたかったかもしれない。話がしたかったかもしれない。

「俺だけど、いいかな?」
「・・・いいですよ」

ベットから立ち上がりドアを開けた。横島は神妙な顔をして、おキヌを見つめた。

「何の用ですか」
「えっと・・・その、・・・」

自分でも今の言葉がかなり冷たいのを感じた。横島は俯いたまま、必死に何かを伝えたそうにしているがおキヌの前で文にならない言葉を発するだけだった。

「用がないなら閉めますけど?」
「あっ、そのこの前はごめん!」
「・・・・・・」

おキヌは答えなかった。気を許したらもっと酷い事を言ってしまいそうで、そんな事をしてしまいたくなくて。何処かの営業マンみたいに横島は頭を下げている。

「で、お詫びってわけじゃないんだけど日曜空いてる?」
「空いてますけど?」
「えっと、大事な話があるんだ。いいかな?」






おキヌは部屋に戻りベットの上に身体を預けた。結局約束したけど、大事な話にどうも引っ掛かる。それに横島がデートに誘うのは滅多にないことだ。おキヌの頭の中には悪い予感しかなかった。弓達の話から想像すると別れ話に違いない。今日、偶然願ったとおりに雨が降ったのは、横島の願い―――美神と付き合うこと―――が叶ったことによって、代わりに自分の願いも叶ったからだろうか。どちらにしろおキヌには悪いイメージしか浮かばなかった。

弱音を言葉にして吐いてしまうのがたまらなく恐かった。
弱いなんて認めたくなかった 強いヒトでありたかった。
本音を隠していないと 2人の関係を繋いでいられないなんて そんなのは違う

答えのない問題を解こうとしている




デートはなんとくではなく、これまでで最悪なムードで行われた。大事な話が頭の中にぐるぐると回ってとても楽しめるものではなかった。特に気になったのは横島が明らかにおかしい。どこにいる時でも食事をするときでも、暗くなったり上の空だったり急に明るくなったりと、更におキヌの思考を追い詰めていった。
何一つ楽しい事がなくデートも終わりに入った。

「その、散歩に行かない?」
「はい・・・」

これから大事な話をされるんだろうなぁ、と思いつつおキヌは弱々しく答えた。暫く歩いた後に横島がやっと口を開いた。

「あのさ・・・」

躊躇いがちに横島が話を繋げようとする。

「なんとなくですけど、分かってます」
「え?」
「この前、美神さんと一緒に出かけてましたよね?」
「う、うん」

認めた。おキヌにはその言葉でけで、話の内容を悟ってしまった。

「ですから、私と別れようという話なんですよね?」
「え?ち、違うよおキヌちゃん!美神さんと出かけたの――――」

横島は弁解するようにおキヌに詰め寄ったが、もううんざりだった。

「言い訳しないで下さい!!」

おキヌは涙をぐっと堪えた表情で叫び、走り去っていった。

「ちょ、ちょっと!おキヌちゃん!」

横島は慌てておキヌを追いかけたが、最悪にも目の前には甲高く音の鳴る踏切が見えた。

――――ここで、諦めたら――――

横島はその場に立ち尽くして、叫んだ。周りには人がたくさんいたがもう気にならなかった。タマモから言われた自分の気持ちを伝えること。この先、成り行き任せでいかないと強く思った。相手の気持ちは分からない、証明できない。それでも伝えないといけないものがある。

「好きだ――――ッ!おキヌちゃん結婚してくれ―――!!」

おキヌは踏切の前で立ち止まった。電車が通り過ぎたころには横島は彼女に追いついていた。

「横島さん・・・」
「ご、ごめん。美神さんと出かけてたのはコレを買うためだったんだ」

横島はポケットから小さな小箱を取り出した。

「その、今すぐってわけじゃないけどさ、俺がもっと立派なGSになったら結婚してくれないかな」

おキヌは嬉しさで声が出ず、横島に飛びついた。
いざという肝心ときに必ず期待に応えてくれる。本当に本当のときしか真剣になってくれないのはちょっと悔しいけど、そんな彼だから大好き。
愛情は証明されないけど、それでも十分伝わった。

「もちろんですよ」

横島の胸の中でおキヌは小さく言った。横島にはその返事だけで十分だった。

そして二つの影が一つに重なった。





抜けるような青い空

視界を被わんばかりの真っ白な飛行機雲

降り注ぐ太陽光線

そして日陰でのんびりと涼む猫の寝姿

ある小さな季節を超え、夏が巡ってきた

氷室キヌは今とても御機嫌だった

いつかの公園の木の下で彼を待っている

ふと、夏の温かい風が彼女の頬を撫でた

振り向くと公園の入り口から慌てて駆けてくる彼

彼女は少し梅雨が好きになったかもしれない

髪を掻き分け彼女も彼の元へ駆けていく






そして今日、彼らは―――――――――







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