ジーク&ワルキューレ出向大作戦2−1 『夕日は沈む』
投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 6/27)
美神除霊事務所。世界でも最高クラスのGSが集う、純粋な戦闘力で言えば日本一であろう事務所である。
5月のまだ爽やかといえる陽気の中、事務所のメンバー達は平和に過ごしていた。
所長の美神令子は紅茶を飲みつつ、茶菓子をつついている。
高校卒業後、今年から正社員として働いている横島忠夫は何やら事務所に置いてある魔道書を広げている。
死霊使いのおキヌは所長と同じく紅茶を飲みながらテレビのワイドショーに耳を傾けている。
人狼の少女シロは狼形態でお腹を見せて転がっている。フローリングがひんやりして気持ち良いのだろう。
九尾の狐のタマモはおキヌと一緒にワイドショーを眺めている。欠伸をかみ殺しているので眠たいのだろう。
皆思い思いに過ごしながらも、何故か応接室に集まっている。
この二年間で彼らの絆は確かなものに成長していた。
「それにしても先月から楽になりましたねー。
前までは断らなきゃいけないくらい依頼があったのに」
横島が先月から感じていた疑問を口にする。
楽になったといってもそれでも充分な依頼は舞い込んできているのだが、確かにこの一ヶ月ほど
依頼の電話は少ないような気がする。そのおかげで適度な量の依頼を引き受けているので所員達は
疲れも溜まらず、すこぶる快調だった。
本来このような事態に真っ先に反応する所長の美神令子でさえ
『珍しいけどたまにはそういう事もあるでしょ。
ま、せっかく春なんだからのんびりするわよ。これから皆で花見でも行こっか?』
などと言って春の陽気を存分に満喫していたのだ。
とはいえ、そろそろ所長として動く事にしたようだ。
髪をかきあげながら呟く。
「さすがに一ヶ月もこれが続くとは思わなかったわ。
もしかしたら身の程知らずの新入りがダンピングかましてるのかもしれないわね……。」
事務所のメンバーは『そんな命知らずな……』といった様子で顔を見合わせるが、所長は本気で言ってるようだ。
少し思案すると電話を取り出しどこかに掛け始めた。
「もしもし厄珍?
美神だけど今大丈夫かしら?」
『やー!これはこれは令子ちゃんアルか!
もちろん大丈夫ヨ。何か必要なものでも出来たアルか?』
「この一ヶ月ほど仕事が減り気味なのよ。
もし新入りがダンピングかまして縄張り荒らしてるようなら礼儀を教えてやろうと思ってね♪」
寒気がするとびきりの笑顔を浮かべる所長。
それを見た所員達は引き気味だ。
『うーん、この一ヶ月アルか?とくに新しい事務所が開いたって事は無い筈アルよ。
もし事務所を開いたんなら私のとこで色々揃えるのが基本アルからネ。』
「そっか、あんたが知らないんじゃただの偶然かもね。
邪魔したわね。それじゃ――――――」
『ちょっと待つアルね!』
「な、何よ?」
電話を切ろうとした瞬間、相手が叫び声をあげたので驚いている。
『実は最近面白い話を耳にしたアルよ。
なんとあの唐巣神父がとびきりの美女と同棲してるらしいんアルよ!』
「え!?
ちょ、ちょっとその話マジなの!?」
『美神オーナー、宜しいで――――――』
「後にして!人工幽霊一号。
それで厄珍、その話ガセじゃないんでしょうね!?」
思いもよらぬところで特上のゴシップネタを見つけて興奮気味の美神。
所員達も周りで、何事かと固唾を飲んで見守っている。
『私も噂を聞いて神父の教会に行ってみたアルよ!
そしたら美女が買い物袋を抱えて教会に入っていくのを見たアル!
じっくり見れなかったけどアレは間違いなく美人さんアルよ!私が保証するネ!』
「へ〜♪あんたが言うんなら間違いないんでしょうね。
そっか〜、とうとうあのお堅い先生にも春が来たって訳ね♪」
『令子ちゃんからも確認して欲しいアルよ。
詳しい事が解かったら私にも教えて欲しいネ。』
「オッケ〜♪面白い話聞かせてもらったし私からも先生に聞いてみるわ。
それじゃ、また買い物にいくと思うからよろしくね♪」
いまだに余韻が冷めないのかニヤニヤしながら受話器を置く。
「何かわかったんですか、美神さん?」
「いやー、それがねおキヌちゃん。
何とあの唐巣先生が美女と同棲してるらしいのよ♪」
「えぇぇぇ!それ本当ですか美神さん!?」
おキヌも大興奮。女の子はこういう話題が大好きだ。
ちなみにシロとタマモは何がそんなに凄い話なのかが良く解かっていない。
横島は何やら無言で何かを作っている。
「ってコラ!横島君!その藁人形と釘を置きなさい!!」
「い、いややァァァァ!!なんであんな冴えないおっさんがそんな美味しい目にあうんじゃーーー!!
こうなったら神父を殺して俺も死ぬゥゥゥーーーーーーー!!!!」
釘を振りかぶるがそれより早く美神の神通棍が横島の脳天に突き刺さる。
そのまま追撃しようとするのをおキヌが宥め、シロが横島をかばう。タマモは楽しそうにそれを眺めている。
いつもの美神除霊事務所の風景であった。
「……やれやれ、相変わらず騒がしい奴らだな。」
突然誰かが呟いたので、皆の視線が集中する。
「久しぶりだな、美神令子。」
「お久しぶりです、皆さん。」
そこには人間形態のワルキューレとジークが立っていた。
『申し訳ありません、美神オーナー。来客を伝えようと思ったのですが。』
残念ながらさっきは美神に遮られてしまったので言えなかったのである。
「ワルキューレ!?」
「ワルキューレ!?」
「え、ワルキューレさんですか?」
「誰でござる?」
「誰?」
人間の姿の『春桐魔奈美』を知っているのは美神と横島だけなので、他の三人は良く解かっていない。
そもそもシロとタマモは初対面だ。
ジークの人間形態に至っては全員初対面なので全く誰も気がついてない。
肌の色が褐色になり、耳が縮んだだけなのだが、ホストの服装と相まって誰も気付けなかった。
「二年ぶりだな、こいつは皆も知っているが――――――」
「ちくしょォォォーーーーーー!!ワルキューレがホストを買うなんてェェ!!
いい男はみんな敵じゃァァァァーーーーーー!!!!」
「!?
グハッ!?ウグッ!?」
「やめんか、このバカ!!」
やけになって藁人形に釘を突き刺す横島に美神の踵落としが炸裂した。
「あんたねー、いい加減その行動パターン何とかしなさいよ。
ピートと銀一君の時と全く同じじゃない。」
「同じちゃうわァァァーーーーー!!
魔族のジークにも呪いをかけれるようになっとるわァァァァ!!」
「いらんところでレベルアップするんじゃない!!」
横島の煩悩(嫉妬?)パワーは健在のようだ。
畑違いの呪術も意に介していない。
「大丈夫かジーク?」
「え、ええ、姉上。
強烈なボディーブローを食らった気分ですが……」
命に関わるようなダメージではないが、地味に痛いという意味だろう。
「美神殿、紹介して欲しいでござるよ。」
「…………」
シロは自分の師匠と親しげに話している二人に興味があるようだ。ちなみに今は人間形態だ。
タマモは二人から人間以外の何かを感じ取ったのだろう。警戒しているようだ。
「そっか、あんた達は初対面だったっけ。
こっちがワルキューレでもう片方がジークよ。
二人とも魔族だけど敵じゃないから安心していいわよ。」
「魔、魔族でござるか……」
(やっぱりね……)
「それと、こっちの元気な方がシロで、冷めた方がタマモよ
シロは人狼族で、タマモは九尾の狐よ。うちの居候ってとこね。」
一通り紹介を終えると、気になっていた事を質問する。
「それにしても二人とも随分久しぶりじゃない。
この二年間全く音沙汰無かったのに何かあったの?」
「お二人だけなのも珍しいですよね。
今日は小竜姫様やヒャクメ様はおられないんですか?」
おキヌも感じていた事を聞いてみる。
たいてい彼らが事務所に来る時は、4人セットで来る事が多いのだ。
「うむ、実はな―――――」
「あ、ちょっと待って。
シロ、タマモ、あんた達は部屋に行ってなさい。」
「なんででござるか?拙者たちがいては駄目でござるか?」
「別に良いけど、除け者にされるのは気に入らないわね。」
「……い・い・か・ら、上で待ってなさい!」
睨みつけられて渋々屋根裏部屋に引っ込んでいった。
「あの二人はアシュタロスの事件を教えてないのよ。
関係ない話だったらいいんだけど、一応ね。」
「いや、アシュタロスの事件関連だ。」
ワルキューレはこの一ヶ月のことについて語りだした。
「――――という訳なのだ。
唐巣神父の資金難も当分の間なら問題無さそうなのでな。
ジークも帰って来たことだし次の任務に移る事にしたのだ。」
この一ヶ月の流れを説明する。
ジークがマグロ漁船に売り飛ばされたと聞いた時、横島がジークに親近感を覚えていた。
「なんかジーク、余計性格が丸くなってないか?また雪之丞に馬鹿にされるぞ。」
「もともと荒っぽいのは苦手なんですよ。
どっちかというとこれが地ですしね」
自分でも自覚しているのだろう。横島の言葉に苦笑いを浮かべる。
「……ちょっと待って。じゃあウチの事務所の依頼が減ってたのはアンタが一枚噛んでたの?」
結局唐巣神父に春が来た訳じゃない事がわかったのでがっかりした所に、営業妨害までされていたのだ。
美神所長の周囲の気温がどんどん低下していく。
それにいち早く気づいた横島がおキヌに目配せして注意を促す。
いざとなったらジークとワルキューレを置いて逃げるつもりなのだろう。
「まあそう怒るな。貴様とて神父が餓死するのは困るだろう?
それとも貴様は自分の師匠がどうなろうと構わないのか?」
正論である。神父に手を貸した結果美神除霊事務所が潰れるような事になれば話は別だが
その辺はワルキューレもお互いが上手くやれる辺りを見極めて営業活動をしていたのだ。
実際、今の美神除霊地味所に舞い込む依頼の数は多すぎず少なすぎず、適量と言えるだろう。
「まあ、確かに先生が餓死したりしたら後味悪いだろうけど……
先生が一人でもちゃんと報酬受け取って生活できるならそれが一番良いんだし。」
美神本人も以前に唐巣神父を気遣って色々やっていたので、一応納得したようだ。
弟子に生活の心配をされる師匠というのもなんだか哀しいものがある。
「うむ。神父の生活能力の向上に関しては私に任せてもらうとしてだ。
今日は貴様達のところに力を貸しに来たのだが、何か困ってる事は無いか?
あまり非合法な活動はできんが、たいていの事なら任せてもらって結構だぞ。」
「ワ、ワルキューレさん、あまり不用意にそういうことを言わない方が……」
所長がどんなに無茶な事を言い出すか心配して、おキヌが注意を呼びかける。
横島もなんちゅーことを言うんや、と呆れるような哀れむような目で見ている。
「…………………………」
当の美神は真面目な顔で何か考え込んでいる。
少なくとも邪気は感じられないので真面目な事を考えているようだ。
「二人とも悪いんだけどちょっと部屋を出ててくれない?
ジークとワルキューレと三人で話をしたいの……」
「美神さん?」
「横島君、お願い。」
有無を言わさぬ所長の態度に横島とおキヌも渋々部屋を出る。
「人工幽霊一号、外に音が漏れないようにしておいて。」
『了解です、美神オーナー。』
徹底したやり方にワルキューレ達も訝しむ。
「……先ず最初に言っとくけど、私はあの事件に関して一切の恩恵を受けるつもりは無いわ。」
あまりに衝撃的な発言に部屋の空気が凍りついた。
「……どういうことだ、美神令子?
貴様らしくも無い。何か裏があるのか?」
「そうですよ。それを本気にしろと言われても無理があります。」
二人は素直に受け止める気は無いようだ。
それもそうだろう。妙神山で小竜姫に恩を売って力を授かったエピソードは一部では有名なのだ。
しかも今回は魔界神界の両最高指導者に恩を売ったようなものなのだ。それを活用しないのは納得できない。
「なら聞くけど、あの事件で私が何の役に立ったの?」
「おい、正気か?貴様は人間の身でありながらアシュタロスを出し抜き、コスモプロセッサによる
宇宙の改竄を防いだ。そして究極の魔体すら打ち滅ぼしてみせたではないか。
いったい何が不満なのだ?」
「……それは少し違うわね。
正確にはルシオラを犠牲にしてまで横島君がコスモプロセッサを破壊し、
ルシオラを想って極限まで高まった彼の霊力で究極の魔体を破壊したのよ。」
ワルキューレの言葉を訂正する。
その表情は無表情でいつもの美神令子らしくない。
「…………」
「そしてあの事件の後、私のもとにはママが帰ってきてくれた。
それどころか新しい家族もできたわ……。
でも横島君は大切なものを失ってしまった……!
何も失っていない私が、どの面さげてアンタ達の世話になれるって言うの!?」
恐らくずっと心に突き刺さっていたのだろう。
己は何も失わず、少年にだけ犠牲を強いてしまった事を。
今の彼女はいつもの傲慢なまでの自信に満ちた美神令子ではなかった。
ただひたすらに過去を悔いる、一人の傷ついた女性だった。
「あの事件の後、横島君は以前と同じように振舞おうとしてたわ……
でもそんな事、無理に決まってるのよ!
いくら明るく振舞ってても、ふとした拍子に涙を流してたのよ!?
しかも、それを私達にはわからないようにしてた……!
あのバカは隠してるつもりだったんだろうけど、私達が気付かない訳無いじゃない……!
何も知らないシロやタマモならともかく、私達が気付かない訳無いじゃない……!!」
今まで誰にも言う事ができなかったのだろう。真情を吐露し、涙が頬を伝う。
自分は所長として常に毅然とした態度でいなければならないと思っていたのだろう。
これまでは実の親にも弱音を吐くことは無かったが
一度口にしたことで、とうとう心の堤防が決壊してしまったのだろう。
涙を拭う事もせず彼女は続ける。
「この一年くらいはやっと吹っ切れたみたいだけど、それもいつまで持つかはわからないのよ!?
またあの時みたいな横島君を見るのは、もうたくさんなのよ!
だから、私の事は放っておいて……私は感謝される資格なんて無いのよ……!」
もうこれ以上喋れないのだろう、俯いて肩を震わせている。
「……そうか。そうだな。
すまない邪魔したな。行くぞジーク。」
「……はい、姉上」
部屋を出る前にワルキューレが振り返らずに呟く。
「一時間ほど、連中を借りていくぞ。
……今だけは思う存分、泣くといい。」
彼女なりの精一杯の気遣いをし、部屋を後にした。
適当な理由をつけて事務所の他の4人を連れ出し、一時間ほど時間を潰してから解放する。
結局事務所で美神と何を話したか言わなかったので、4人とも首をかしげながら事務所に戻っていった。
「しかし驚きましたね、姉上。
まさか美神さんがあれほど気にしていたとは……。」
「うむ。こう言っては何だが、少々意外だったな。
きっと無理難題を押し付けられるのだろうと覚悟していたのだが。」
二人は先ほどの件について話し合っている。
「美神さんは必要ないと言ってましたが、これからどうしますか?
次は誰のところに行きましょうか。」
「待て、ジーク。我らの任務は『困っている人間達を助ける』というものだ。
あの美神はどう考えても『困っている人間』だろう?。
ここは我らが一肌脱いで奴を楽にしてやろうではないか。」
本人が拒否したとはいえ、あれを見過ごす事などワルキューレにはできなかった。
ジークも同感だったのだろう、ワルキューレの言葉に力強く頷いている。
「だが、どうすればいいと思う?
今回ばかりは何をすればいいのか全くわからん。」
美神が抱える問題が精神的なものである以上、力技で解決するのは不可能だ。
こういった微妙な問題を解決するのは苦手なのでワルキューレが頭を抱えている。
「どうも美神さんは『横島君が自分を恨んでいるのではないか?』
という自責の念に取り付かれているように見えました。
ならば、それを何とかしてあげれば問題解決に繋がるのではないでしょうか?」
ジークの提案を吟味するワルキューレ。
確かに口にこそ出さなかったが、そういう意味に受け取る事ができるような気がする。
口に出さなかったのも、恐らく口に出せばそれを認めてしまうようで怖かったのだろう。
『自分は大切な家族を取り戻し、彼は大切な存在を失ってしまった。
だから自分は彼から恨まれているのかもしれない。』
なるほど、言われてみれば有り得る話だ。
これは本人同士では解決できないだろう。
仮に美神が横島に直接聞いてみたとしても、横島は「自分は恨んでいない」と答えるだろう。
だがそれは横島の本心か、美神に気を遣って無理をしているのかは美神にはわからない。
それでは自責の念から解放されるのは難しいだろう。
それを解決するにはどうすれば良いか?
ワルキューレは考える。
「我々が奴に直接聞いてみるしかないだろうな。本心を語ってくれればそれでよし。
もし無理をしていたり、嘘をついていると感じた場合は……
気が進まんが、お前の情報端末で奴の記憶を探り本心を聞き取るしかないだろうな。」
「姉上、さすがにそれは―――」
「任務に私情を挟むな、ジークフリード少尉。
私とて出来ればやりたくないのだ。奴が素直に話してくれる事を願うとしよう……」
ジークには出来ないかもしれないが、その時は自分がするまでだ。
軍人としてワルキューレが覚悟を決めていた。
そろそろ日も暮れようかという頃、横島は家路に着こうとしていた。
「横島、話があるんだが少し付き合ってくれるか?」
背後から声をかけられ、驚く。
「なんだワルキューレか、ビックリさすなよ!
んで、話って何だ?もしかしてデートのお誘い?」
いつものように明るい横島。
「……ルシオラのことだ。」
あえて、横島の動揺を誘うワルキューレ。
相手の嘘を見破るためにも多少の揺さぶりは必要なのだろう。
「……なにかあったのか?」
表情は真剣になっているが、悲壮感は感じられない。
「場所を変えよう。」
一陣の風が舞い上がりワルキューレが魔族形態に変わる。
横島を連れて大空へとはばたいた。
「多分ここに来るんじゃないかと思ったよ。」
ワルキューレに連れて来られた場所を見て呟く。
沈みゆく夕陽を背にする東京タワーの屋上。横島とルシオラの思い出の場所。
ジークはアタッシュケースを用意して既に待機していた。ケースの中身は彼の情報端末なのだろう。
横島の傷を抉るようだが、彼の本音を引き出すならこれ以上の場所はない。
「さて、さっそくだが横島。我らの任務は既に話したので説明は不要だろう。
だから単刀直入に聞かせてもらう。」
「な、なんだよ」
ワルキューレに詰め寄られ横島が焦る。
「……美神令子を恨んでいるか?」
「………………」
「もしお前が美神令子を恨んでいて、亡き者にしたいということなら我らが力になるぞ。
魔界と神界の最高指導者も許可を出している。お前のあの事件の貢献度はそれ程のものなのだ。」
はったりを交えながらあえて横島が危険な考えを抱くように仕向ける。
もし恨んでいるのなら何らかの反応を見せるはずだ。
だがこれは大きな賭けだった。もしもここで美神令子を殺して欲しいなどと言われれば
ワルキューレ達は本当に美神令子を殺そうとするか、逆に美神令子に返り討ちにされるしかなくなるのだ。
少なくとも、『人間達の力になり願いをかなえる』という任務を全うするなら、他に方法はない。
「……もしかして、『ルシオラが死んだのは美神さんのせいだ』
って俺が恨んでると思ってるのか?」
「……違うのか?」
慎重に言葉を選ぶワルキューレ。ここは横島の本心を引き出さなければならないのだ。
下手に横島の答えを誘導するような結果になっては意味が無い。
「……この際だからハッキリ言っとくけど、んなこと考えた事も無い。
っつーか、どっからそんな無茶な推測を引っ張ってきたんだ?」
心底呆れたような顔だ。とても演技とは思えないがあえて手の内を明かしてみることにする。
「お前は大切なものを失ったが、美神令子はむしろ大切なものを手に入れているぞ?
その辺はどうなんだ?本当は納得できないんじゃないのか?」
ワルキューレとしては、この質問だけは何としても答えてもらわなければならなかった。
ここで本心から『自分は気にしていない』と言ってくれれば全て丸く収まるのだ。
少なくとも美神令子の気持ちに関しては。
「いや、それは偶然だろ?
そもそも隊長の妊娠は美神さんがどうこう出来るもんじゃないし。
それにこの際ハッキリさせとくけど――――――」
この時初めて横島の顔が歪んだ。
「―――ルシオラが犠牲になったのは俺が悪いんだよ。」
ワルキューレはこの瞬間、自分の取った行動を後悔した。
「横島君!あの時、魂の結晶を壊したのは他に取れる選択肢が無かったからだろう!?
アシュタロスが約束を守らない可能性もあった!それは君も考えたんじゃないか!?
そういう風に自分を責めるのはよすんだ!」
必死にジークが食い下がる。
今の横島の表情を見てジークは直感していた。
彼をこのままにしてはいけない、と。
だが横島は俯き力無く首を振る。
「違う……違うんだよ、ジーク。
そうじゃないんだ……。」
「何が違うというんだ!?」
朝の事務所でのやり取りを見て、立ち直ってくれたと判断したのだ。
それが自分の目の前で崩れていくのを見るのはジークには耐えられなかった。
「他にも……他にもあったんだ……!
ルシオラを助ける方法はあれだけじゃ無かったんだ……!!
コスモプロセッサの内部に侵入して、美神さんを復活させた後
ルシオラも同じように生き返らせることが出来たはずだったんだ……!
なのに俺がもたもたしてたせいでアシュタロスに見つかっちまったんだ……!」
「それは……!」
「アシュタロスは美神さんは見過ごしてやった、みたいな事を言ってたけど
それでもあの時俺が上手くやってたらルシオラは生き返ってたんだ……!
あの時俺が捕まったりしなかったら……ルシオラは生き返ってたんだよ!!」
「馬鹿な!アシュタロスほどの魔神を相手に逃げる事など不可能だ!
それを君が気に病む事は―――」
「でも俺だけがそれを出来たんだ!あの時俺だけが中枢にいたんだ!
俺がもっとしっかりしてれば…………!
それに……俺がルシオラの盾になるんじゃなくて、べスパの攻撃をそらす事が出来てたら……!
そもそもルシオラが死ぬ事も無かったんだよ!!」
横島の握り締めた拳から、血が流れる。
溢れた涙が頬を伝い地面に落ちる。
「それに……!どうしてルシオラがべスパに勝てなかったか知ってるか!?
べスパも強化されてたらしいけど……ルシオラなら幻術を駆使すれば逃げ切る事も出来た筈なんだ……!」
「だが、現にルシオラはべスパと相打ちを覚悟して戦ったのだろう!?
彼女が逃げ切る事を選ばなかったのは君のせいじゃ無いんだ!!」
「俺のせいなんだよ!!」
叫んだ横島の顔からは事務所で馬鹿をやっていたときの面影は完全に消えうせていた。
今朝の美神令子以上の闇を抱えた、自責の念に取り付かれた男がそこにいた。
「ルシオラは……!ルシオラはべスパと戦う前から既に傷ついてたんだよ!!
生き返ったメドーサに襲われた時に、俺を庇ってメドーサの攻撃を自分の体で受け止めたんだ!!
それなのに……傷付いてるのに俺を助けるために一人で囮になって……!
あの時俺が一人でメドーサを倒す事が出来てたら……!ルシオラが傷つかなかったら……!!
べスパから逃げ切る事も出来た筈なんだよ!!」
沈みゆく夕陽とともに横島の魂まで深い闇に沈んでいくようだった。
辺りを包む穏やかな光とは裏腹に、この空間は深い絶望に包まれていた。
「……だから、俺がルシオラの事で美神さんを恨んでる事なんて一つも無いんだ。
……ルシオラを救う事が出来たのは……俺だけなんだから。」
「……横島君」
何かを言わなければならない、だが何を言えばいいのかわからない。
ジークは横島の名を呼ぶくらいしか出来なかった。
「……それにさ、ルシオラの遺言でも言われちゃったんだよな。」
「遺言?」
ポツリと呟いた横島の言葉にジークが反応する。
ルシオラは東京タワーで死ぬ事を横島に告げなかったはずだ。
ならばいつ遺言を聞く事が出来たのか?
「そういえば、誰にも言ってなかったっけな……
ルシオラの霊気が体の中に残ってた時にさ、少し話が出来たんだよ……
最後にルシオラが消えちまう時に、言ってたんだ……
『美神さんを困らせないで
私は…十分満足してる
これでよかったのよ
ヨコシマ…ありがとう』
……ってさ。」
ジークには横島が微笑んだように見えた。
儚げだが、確かに微笑んだように見えたのだ。
「それに……俺はまだルシオラを諦めてなんか無いんだ……。」
何か決意を秘めたように横島が呟く。
「……君の子供に転生するという件だな?
君には辛いかもしれないが、それならルシオラが転生する事は可能だ」
「……いや、違うんだよジーク。
俺が言ってるのはルシオラ本人として復活させる話なんだ。」
「……?
何を言っているんだ?」
この時ジークも気がついた。
横島の瞳がさっきまでと違い、僅かに光を取り戻している事を。
その瞳は、深い絶望に沈みながらも一筋の光明を見出した者が持つものだった。
「今から話す事は一人を除いて、まだ美神さんたちも知らない事なんだ。
二人の意見も聞かせて欲しい……少し長くなるけど、いいか……?」
そして、横島は語りだした。
あの事件の後、彼が辿り着いた一つの希望の話を。
―後書き―
後編に続きます。
今までの
コメント:
- やべ・・・最近読んだSSの中で一番すっげえ続きが気になる・・・
ってかこれってギャグオンリーじゃなかったんっすね。
続き・・・本当に期待して待ってます♪ (義王)
- はじめまして、tomoといいます
やっちゃいました・・・
わたしもギャグオンリーだと思っちゃってましたよ _| ̄|○
ルシオラ大好きなわたしも続きがむちゃくちゃ気になります〜
横島が話した一人が誰なのかも気になるし、どういう方法なのかも気になります。
無理なお願いとは思いますが、後編早くプリーズ♪ (tomo)
- まず第一に……オチとみなしてごめん、横島(平伏)。
なんちゅーか、あの事件で受けた“傷”を感じさせる展開ですねぇ――もちろん、それだけではなく、その傷を癒す道を……未来につながる希望を見出してもいるし……ごちゃごちゃ言うのもなんなので、ストレートに言いましょう。すごく面白い!
続きが楽しみです。 (すがたけ)
- どうやるんだよーーーーー
すげー気になるじゃないか、早く続きを書いてくれ!!!!!
ギャグオンリーだと思っていた横叉です。
更新速度も速く作品のレベルも高いので期待しています。 (横叉)
- >義王さん
>ってかこれってギャグオンリーじゃなかったんっすね。
アイタタタ……(笑)
個人的にはギャグ風味の方が楽なんですけど、
やっぱりここは避けて通る訳にはいかないかな、と。
今後もギャグとシリアスを交えながら展開していくと思います。
……たまにはダークもあるかも。……いや、どうだろう(汗)
>tomoさん
>わたしもギャグオンリーだと思っちゃってましたよ
アイタタタ……part2(笑)
いえ、私としては真面目なのは疲れるので避けたいのですが……
今後もこういうのは有ると思いますので楽しんでもらえると嬉しいです。
後半は……きっとすぐにお届けできると思います。
多分24時間以内には……。
>すがたけさん
>あの事件で受けた“傷”を感じさせる展開ですねぇ――もちろん、それだけではなく、その傷を癒す道を……
傷は傷ですからね。受けた痛みは消える訳ではないですし……。
この結末をどう受け止めてもらえるかは人それぞれだと思いますが
出来ればこれも一つの救いだと思っていただければ嬉しいです。
>横叉さん
>ギャグオンリーだと思っていた横叉です。
アイタタタ……parもういいか(笑)
原作がギャグ主体のため真面目なものを書こうとするとどうしても
暗めな話になってしまうのが問題です。
流石に原作終了後の世界でルシオラを見て見ぬ振りをするのは……
どう考えても無理ですね。 (丸々)
- レス返しの返しです♪(これって、やっても良いのかな?)
現段階で、コメンター4人中3人が「ギャグオンリーと思ってる」!
これって、ある意味すごい事では?(丸々様の期待通りなのか、はたまた期待を裏切られてるのかは別として…)
丸々様のコメントも、律儀に「あいたたた……」がかかれてるし(^^;
>流石に原作終了後の世界でルシオラを見て見ぬ振りをするのは……
そうなんですよね〜
ルシオラ大好きなわたしとしては何とかルシオラを復活させたくて
日夜考えてるのですが、どうも導入がうまくできなくて(TT)
やりたいネタはいっぱいあるんですけどね〜
ルシオラがうまく復活してくれないと、先進めないんですよね(^^;
というわけで(何がというわけかわかりませんが)がんばってください♪
後半は24時間以内ですか・・・是非期待していますね(≒出なかったら…ニヤリ) (tomo)
- すいません、四人目の「ギャグオンリーだと思っていた」GAULOISES46です。
美神がここまで考えていたなんて・・・。てっきり無理難題を言い出すかと思ってしまった自分が恥ずかしい。
続きがめっさ気になります。 (GAULOISES46)
- >GAULOISES46さん
貴方もですか……(汗)
まあギャグばっか書いてましたからね(笑)
もしこれが「月を守ったお礼」だったら遠慮なく無茶言ってたでしょうけどね。
ルシオラの犠牲は美神さんにとって唯一の負い目ですからねえ…… (丸々)
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