ザ・グレート・展開予測ショー

シロ、悩む。もしくは、雪之丞、大いに語る。


投稿者名:APE_X
投稿日時:(05/ 4/24)



 「―――そのままでは、風邪をひいてしまいますわよ?」


 年若い女性の声とともに、タオルが目の前に差し出される。
 道場の片隅、板張りの床にひっくり返っていたシロは、礼を言ってそれを受け取った。

 未だ整いきらない呼吸を、口元にあてがったタオルに吸い込ませながら顔を上げる。

 ここの道場主の娘だという、黒目がちの女性の背後、道場の中心では。
 袖無しの道着を着た雪之丞が、道場生に稽古を付けていた。

 先ほどシロと立ち会っていた時の、赤い甲冑姿を解いた生身は、ちょっと意外なほど小柄だ。
 だが、彼より一回り以上大柄な道場生たちは、彼の身体に指一本触れさせてもらえず、軽くあしらわれている。

 それもそのはず、彼らの相手は、まだ未熟ながら人狼の剣士であるシロにさえ有効打を許さなかった男だ。


 「・・・本当に、今までは全力ではなかったんですのね・・・」


 シロの視線を追った最前の女性、弓かおりが、良く冷えた麦茶のグラスを差し出しながら、口惜しげに呟いた。

 彼女自身、この『闘竜寺・弓式除霊術道場』の高弟であり、GSの卵である。
 そればかりか、名門の一粒種として英才教育を受け、高校生ながら奥義を授かる身なのだ。

 だが、その名門の誇りも実力あったればこそ。
 血統的には海の者とも山の者ともつかない、風来坊まがいの男一人に手も足も出ないようでは、多寡が知れている。

 少なくとも彼女はそう考えていたし、現当主である彼女の父もまた同様だろう。
 その上まだ手加減されているなどとは、先ほどの凄まじい立ち会いを見せられるまで、信じられるものではなかった。

 手渡されたグラスから麦茶を一口飲んで口を湿らせつつ、シロはかおりに少し気遣わしげな目つきを向ける。


 「・・・アレはまだ、本気ではござらん。よくてせいぜい五割、といったところでござろう。」
 「!――・・・あれで、まだ・・・?!」


 少しく考えたのち、残酷なのを承知で、シロは事実を口にした。
 聞かされたかおりは、予想通りかなりの衝撃を受けた様子を見せる。

 だが、事実は事実。
 それに、高みを目指す者にとっては、時にその頂きを確かめる事もまた必要だろう。

 かの男、伊達雪之丞は、その名も高い斉天大聖、猿神(ハヌマン)に拝師した正式な門弟である。

 猿神といえば、一度稽古をつけてもらうだけでも命がけの修行になる、天、魔、俗、三界最強の武神の一柱。
 こと戦闘力に関して言えば、七大魔神にも引けは取らない。

 そんな化け物に弟子入りを認められる時点で、すでに雪之丞も人外と言えるだろう。
 シロとて、人狼の優れた身体能力を全開にして、ようやく相手にして貰えるかどうか、といったところなのだ。

 その点、この道場で教えているのは『弓式除霊術』。
 シロや雪之丞が修めるような純粋な霊武術ではない。
 直接立ち会って張り合うには、最初から畑が違う。

 かおりが授かる奥義『水晶観音』と、雪之丞の魔装術を比べればその差は一目瞭然。

 方や霊的な力を持ち、穢れを祓うとされる、水晶の宝珠を媒介に『浄化』の呪を練り込まれた鎧。
 それに対して、魔族化する危険と隣り合わせに、霊力を物理的に現出させる魔装術。

 根本的に体系としての設計思想が異なっているのである。

 ―――それを抜きにしても、雪之丞の場合は少々度を超している訳だが。


 「オウ、起きたか。」


 その、ちょっと行き過ぎて人間からはみ出しかけている男が戻ってきた。

 背後から、かなりへたった様子の道場生たちが礼を言っている。
 二十人は下らないだろう彼らに、雪之丞は軽く手を挙げて見せながら、シロたちのすぐ脇に腰を降ろした。
 ろくに息を乱しもせず、軽く汗を浮かせただけのその様子は、「いやあ、良い運動したー」とでも言いたげだ。


 「麦茶か、いいな。オレにもよこせ。」
 「あー!」


 そう言うなり、かおりがシロに振る舞っていた麦茶の、汗をかいたグラスを取り上げて一気にあおる。


 「それは拙者の・・・!」
 「いーじゃねえか、ケチケチすんな。」
 「そういう問題じゃありません!、アナタのはこちらに用意してありましたのに・・・」


 雪之丞のその行動に、気を取り直した、というか無理やり現実に引き戻されたかおりが、責めるような視線を向けた。

 う〜っ、と唸るシロと二人がかりで睨まれて、さすがに決まり悪げに頬を掻いたりして見せる。


 「言っとくが、デリカシー云々てのは聞く耳持たんぞ・・・ヤツだってそんなモン持ち合わせちゃいねーだろ?」
 「それは・・・そうでござるが。」


 この面子、というかシロと雪之丞の間で『ヤツ』といえば、シロの師匠、横島忠夫の事を指す。

 『無敵』の『魔神殺し』横島忠夫、『最強』の伊達雪之丞、『聖魔』とも『不死』とも謳われるピエトロ=ド=ブラドー。
 GSとしての評価、そして総合的な実力の双方で拮抗し、また友誼を通じる彼らには、共通項も多い。

 その最たるものが、このデリカシーの欠如した行動だ。

 霊能に優れた分だけ、他の面に齟齬が生じているとでもいうのだろうか?
 普段からあまり思慮深いとは言えない横島や雪之丞は言うに及ばず。
 一見ソツのない優等生に見えるピートも、長く付き合っていると結構ボロを出す。

 要は揃いも揃って朴念仁、というだけの話なのだが。

 同世代の中で、GSとしては一歩出遅れた感のあるタイガー寅吉が、そう言った面では一番真っ当だったりする。
 見かけ上はむしろ、彼が一番ガサツで大味そうに見えるのがまた、面白い対比である。


 「―――ま、とりあえず、気晴らしぐらいにはなったみてえだな」


 年頃の女性に対する礼儀やら、常識やらについて説教していたかおりが、麦茶のおかわりを用意しに中座する。
 それを待っていたように、雪之丞はぶっきらぼうな口調でシロに水を向けてきた。


 「何か聞きてえ事があんだろ?、とっとと話しちまえ。」


 むすっ、と腕を組んだ姿勢のまま、照れたように顔を背けて訊く雪之丞。
 その横顔を見上げながら、ああ、やっぱり敵わないな、とシロは感じる。

 何事か、言い出しあぐねているシロの様子を、躊躇いと見て取ったのだろう。
 だから雪之丞は、敢えてつっけんどんな口調で押しつけがましく命じてみせたのだ。
 理由をつけてかおりが席を外しているのも、シロに対する気遣いに違いない。

 こう言う時シロは、素直に感謝する一方で、自身と幾つも違わない筈の彼らとの間に大きく埋めがたい隔たりを感じる。
 その事に微かな焦慮を覚えながら、シロは雪之丞の誘いに乗せてもらい、口を開いた。


 「・・・拙者、わからなくなってしまったでござる・・・」
 「判らなく『なった』?・・・なにがだ?」


 シロの微妙な言い回しに、雪之丞は怪訝そうに眉をしかめた。
 彼女本来の物言いには、そのような歯切れの悪さはなかったはずだ。


 「一体、どんな顔をして、先生と向き合えば良いのか・・・、拙者は・・・」
 「――・・・あの時の話を聞いた、か?・・・ヤツから、じゃねえな、その様子だと」


 こくり、とうなずいたシロが、美神からだと告げると、雪之丞はがしがしと髪の毛を掻き回した。
 また厄介な宿題を押しつけてくれたな、ダンナ・・・、っとぼやきつつ、シロを見やる。

 その視線の先で、膝を抱えて身を縮こまらせるように腰を降ろしたシロは、ひどく落ち込んでいる様子だった。
 いつもならぱたぱたと元気なしっぽも、銀色の毛並みに覆われた頭も、今はしょんぼりと項垂れている。

 ―――『あの時』とは、もう半年ほど前になるだろうか、世間を騒がせた『核ジャック事件』のことだろう。

 表向きの重大さをさらに上回る、冥界、俗界を跨いだ大事件。
 その渦中で、シロの師匠である横島と、そのまた師匠である美神令子は、きわめて重大な役割を担っていた。
 と、いうより、事件の中心人物そのものだった。

 そして横島は、彼らしくもない悲恋と別離を味わって深く傷つき。
 かわりに世界を救い、『魔神殺し』の称号を手にしたのだ。


 「オマエが気にするような事っちゃねえ、っても、納得できねぇだろーな・・・」


 ふたたびこくり、と頷いたシロを前に、雪之丞は嘆息した。

 元来口下手で、しかもここ数年は修行に明け暮れてきた彼である。
 こんな相談事というのは、正直魔族と殺し合いをするより苦手なのだ。


 「オイ、弓!、ちょっとこっちに来い。」
 「―――もうお話は終わったんですの?」
 「イヤ、オマエも一緒に聞いとけ。・・・多分、まるっきり無関係ってわけじゃねぇ」


 冷蔵用のティーポットごと麦茶のおかわりを持ってきたかおりが、腰を落ち着けるのを待つ。

 その間、気むずかしげな表情で考えていた雪之丞は、二杯目の飲料を受け取りながらおもむろに切り出した。


 「――・・・少し、昔の話をするか。多分オマエらも幾らかは知ってるだろうが・・・」


 そう前置きしてから、雪之丞が語って聞かせたのは、彼の視点での横島にまつわる過去のあらましだった。

 GS試験会場での出会いに始まり、香港での共闘、そして妙神山での死の修行。
 娑婆鬼退治やクリスマス・パーティー、その他の日常生活的な細々とした交流。

 そして、『あの事件』の時のこと。

 部分部分に関しては、彼女らの知っている事柄もあった。
 だが、横島との付き合いの深さや長さが違う分、彼の視点から語られる横島は、彼女らにとって新鮮な面も多い。


 「まったく、呆れた話だろ?
  最初にアイツとやった時のオレは・・・、まあ確かに今よりもっと未熟だったけどな。
  それでも弓、今のオマエとそう大した違いは無かったはずだ。

  ヤツは、霊能に目覚めてたった一日で、そのオレと引き分けに持ち込みやがった。」


 ハッタリだらけで、ちょっとインチキ臭かったけどな、と雪之丞は苦笑いする。
 だがその卑怯っぷりが、却って実に横島らしいリアリティを見せつけていた。

 ―――そんな所に真実味を感じられてしまう人格、というのもどうかと言う話もあるが。


 「それだけじゃねえ、香港のときも、妙神山でもだ。
  アイツはいつも事が起こってから、瀬戸際で次々と霊能を目覚めさせちゃあ、その場を凌いで来たんだ。」


 だが、そんな事が人間にできるのなら、修行することに何の意味があるというのだろう。
 たかだか十六年そこらとはいえ、自身の過去を否定されたようで、かおりは反発を感じずにはいられなかった。


 「オレに怒るなよ。
  そうだな・・・たとえば、『GSと霊能』を『兵隊と銃』に置き換えて考えてみろ。

  持ってるのが小銃か、軽機関銃か、対物狙撃銃か、それによって使い道も使い方も違う。
  修行ってのはその銃を整備したり、的を狙って撃つ訓練をしたりするようなもんだ。

  そこをすっ飛ばしたアイツは、チンケな拳銃しか持っちゃいなかった。
  ただそのかわり、こっそり敵の背後に忍び寄ったり、物陰に隠れて待ち伏せたりするのが得意だったんだ。
  ポイントさえしっかり押さえときゃ、あとは必要最低限の火力で充分敵は殺せる。

  だが確実性を求めるなら、それぞれ目的に応じた装備があった方が良いに決まってる、と、そういう事だ。」


 何とも物騒な例えである。
 如何にもバトルマニアの雪之丞らしいと言えばそれまでだが。


 「―――シロ、アイツぁいつも美神のダンナにドツキ回されてるだろ?
  今度、よーく気をつけて見ててみな。

  殴られた方向とは微妙に違う方にぶっ飛んだり、必要以上に派手に吹っ飛ばされたりしてやがるはずだ。

  オレも師匠に言われるまで気付かなかったんだがな。
  中国武術には『化頸』っつってな、打撃を吸収したり逸らしたりする技がある。
  ヤツは修行も無しに、反射レベルでそれとほぼ同じ事をやってのけていやがるんだ。」


 雪之丞の台詞に、そう言えば、とシロは腑に落ちるものを思い出す。

 美神に叩かれた時だけではない。
 横島はいつだって、攻撃を喰らうたびに派手に吹き飛び、そして何事もなかったように立ち上がってくる。

 (この人は本当に人間だろうか?)と、常々疑問に思っていたのだが・・・。
 最初からきっちり防御していたという事なら、確かにあのゾンビ紛いの不死身っぷりにも納得がゆく。


 「アイツは間違いなく天才だよ。
  霊能でも、もっと一般的な意味でもな。

  けど、その才能に頼りきって、泥縄でその場その場を凌ぐようなやり方がいつまでも通用する訳がねえ。

  ――・・・それで、ついに蹴躓いちまったのがよりにもよって『あの時』だった、ってのは、あんまりだとは思うが。

  だがあの『負け』は間違いなく、ヤツ自身の驕りと怠惰が招いたもんだ。
  そして多分、自分でもその事を理解してる。

  やる事なす事いい加減なのは相変わらずだが、それでも前よりは積極的にオレの鍛錬に付き合うようになった。
  シロも心当たりがあるんじゃねーか?」


 確かにそう言われてみれば、最近の横島は、シロの散歩にもブツブツ言いながらもまめに付き合ってくれる。
 時には、美神の蔵書を借り出して居間などで読み耽っている姿を見かけることもある。


 「アイツは元々、人一倍臆病なところがあったからな。
  そうでなくたって、あんな負け方、一生に一度味わえば充分だろうよ。

  もう誰一人、何一つたりとも、テメエの手の平からこぼしたくねえと思ってるハズだ。」


 他人の事なのに、きっぱりとそう言い切る雪之丞。

 彼もまたシロと同じように思い悩み、考えた末に導き出した推測なのだろう。
 その横島像は彼にとっての真実なのだろうし、また傍で聞かされた彼女らにとっても違和感が少なかった。

 無論、違和感の有無と、納得できるかどうかはまったく別の問題だ。

 雪之丞の語るそれは、よく考えるまでもなく、ひどく傲慢で身勝手な考え方だろう。
 要は自分の手の届く範囲の全てを背負い込んで、自分勝手な主観に合わせて『護る』という事なのだから。

 如何に当代屈指の霊能を誇るとはいえ、横島は所詮人間。
 神魔ですらも全能たりえないこの世界で、実際にそんな真似ができようはずもない。
 客観的に言えば、その望みは決して手の届かない夢、というか妄想でしかないのだ。

 だが・・・その願いは、反発するにはあまりに切なく、滑稽さを嘲笑うには真摯に過ぎた。


 「その中には、弓、多分オマエも入ってる。
  なんたっておキヌのダチだからな、アイツにとっちゃ大事な身内の一人に数えられてるはずだぜ?」


 そんな勝手な、とかおりは戸惑う。
 シロもだ。

 だがそれは、横島の主観、それもあくまで雪之丞の推論上の話だ。
 異議を申し立てる筋の事柄でもなく、横島が実際にそう考えているという保証もない。

 しかし、事実と突き合わせて考えるかぎり、その想像はかなり現実味を帯びていた。

 全てを護る、という発想は、すなわち主観的に世界の変化を拒む保守的な姿勢だろう。
 そして世界の変化を容認しかねる、というのなら、それを認識する自らもまた変化してはならないはずだ。
 目線が変われば、世界の見え方もまた変わるのだから。

 だからこそ、横島は以前と変わらず、何事もなかったかのように振る舞うのだろうか。
 その想像は、シロにとっては少なからぬ苦痛を伴う。

 バカで、スケベで、考え無しで―――けれど、底抜けに優しく、頼りになる『せんせい』。
 彼女を惹きつけてやまない横島のそんな姿が、ウソだと言われてしまったようで。
 なのに、自分はそれを否定も拒絶もできそうにない。

 ずずずっ、とハナをすするシロの肩を、かおりがそっとおさえてくれる。

 その同情に満ちた気遣いは、優しい。
 だが、雪之丞のお気には召さないようだった。


 「こら、バカ犬。なに勝手にヘコんでやがんだ。
  弓、オマエもあんまり甘やかすんじゃねえ。

  もし本当にあのアホがそんな考え違いをしでかしていやがるんなら、誰かが目を覚まさせてやりゃ良い。

  オレやピートじゃダメだ。
  何を言ったところで、どこまで行っても同格の仲間だからな。
  最終的には、アイツの味方をしちまうだろう。

  その意味じゃ、美神のダンナや西条、隊長サンも望み薄だな。
  ヘタすりゃ、却ってヤツの後押しをしかねねぇし。」


 じろり、とシロの涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を一瞥して、雪之丞は一息ついた。

 温くなった麦茶を一口ふくみ、喉を潤しながら、片眼をすがめてどこか遠くを見やる。


 「だから、な。
  シロ、オマエはやっぱり今まで通り、アイツに甘えて、我が儘言って、バカ弟子やってろ。

  そんで、強くなれ。
  何が来ても、起きても、ヤツのそばにいられるくらいに。
  ヤツに背負い込まれて、護られてばっかじゃねえって、そんな関係じゃイヤだって、はっきり言ってやれ。

  それが出来るのは―――オマエと、あの仔狐と・・・そうだな、後はおキヌぐらいか?

  オレとしちゃ、ここはひとつオマエと横島の師弟の絆ってやつに期待してェんだが・・・」


 そう言って、再びシロの顔に視線を戻す。

 いつもと変わらない仏頂面で、だが、その目つきは珍しく柔らかい。
 こんな表情をパピリオあたりが見たら、心底イヤそうな顔で「小竜姫にそっくりでちゅ」とか言いそうだ。

 結局、彼にとっても、シロは可愛い弟子のようなものなのだろう。


 「・・・拙者、犬じゃないし、バカでもないでござる!」


 ぐしぐしっ、と腕で顔をぬぐって、雪之丞を見返すシロ。
 まだ本調子にはほど遠い、というより空元気に近い声色ながら、吠えてみる。
 ちゃんと、声は出た。

 なら、大丈夫。

 自分は誇り高い人狼で、横島先生の弟子、犬塚シロだ。
 ヘコんで、いじけて、べそをかくような真似は、もうしない。

 そう密かに誓って立ち上がり、駆けだした。


 「雪之丞どのっ、ありがとうでござる!
  拙者、頑張ってみるでござるよっ!」


 だだだだーっ、と。
 道場にあるまじき騒がしさで、シロが退出した後には。

 ぼーぜんと、差し出しかけていたハンカチを片手に見送るかおりと、苦笑する雪之丞が残されていた。


 「――・・・それとな、弓。
  オマエは、オレの手が届かねえトコで、勝手に死んだりするなよ?
  オレはヤツほど慎ましくねえからな・・・そうなったら、何をしでかすか、自分でもわからん。」

 「―――雪之丞・・・」


 表情を改めて、かおりを見やる雪之丞。
 目を瞬かせてから、その台詞の意味に気付き、赤面したかおりには男の名前を呼ぶのが精一杯だった。

 至って真剣に、見つめ合う彼らの周囲では。

 「やってらんねーよ、ケッ!」と全身で表現する道場生たちが、板張りの床にふて寝していた。


 * * *


 「・・・なんっでこー毎回毎回、ムダにやる気満開なんだっ?!
  いーかっ、オレが止まれと言ったら止まれっ!
  言うこと聞けないよーならホントに薬殺するぞ?!」

 「キャウンッ!・・・でもでもっ、散歩は全力でしなきゃ意味ないでござるよう・・・」

 「やかましいっ!付き合わされるオレの身にもなれーっ!!」


 今日は東に向かったらしい。
 C県の山中で、いつも通りズタボロになった横島が、喚き散らしている。

 彼は知らない。
 健気な弟子の胸中の決意を。

 だから、今日も今日とて、彼は嘆くのだ。


 「こんな生活しとったら、本当に死んでしまうわ、ボケェーっ!!」



#こんにちは、懲りずに投稿第二弾のAPE_Xです。
#前回のタマモに引き続きシロ、って、雪之丞がしゃべりすぎですね。どっちが主役か書いててわからないくらい。(え
#一応これでシロタマの前置き(?)はお終いということで。
#次からはもっとお気楽な話でも書けたらなーっと、そんな事を考えてます。
#では、また。

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