式姫の願い-10- 嘘と剣と真実と
投稿者名:いすか
投稿日時:(05/ 6/ 2)
『さあ、第5コート第一試合。小笠原除霊オフィス所属、タイガー寅吉選手 対 白龍会
所属、陰念選手。矢継ぎ早に霊気の刃を繰り出す陰念選手ですが、タイガー選手うまく間
合いをとって攻撃から逃れております』
『昨日の試合をしっかりみていたようアルな。タイガーはしっかり対策を立ててきたよう
アル』
(熾恵さんには感謝せんとノー!)
胸中で熾恵に感謝し、昨日言われたアドバイスを反芻する。
『相手の攻撃は体の傷口から伸びてくる霊波よ〜。でも〜伸びてくる距離は一定だったわ
〜』
(だからギリギリ届くくらいの距離を維持して、伸びてきたところを後ろに下がって交わ
す!)
何度目かわからない無数の刃の突進を、タイガーはほんの少し後ろに下がることで避け
る。伸びきったのを確認して、牽制程度に軽く霊波を放ち、また少し前に出る。
「チィッ! チマチマチマチマ……」
『イライラして攻撃が単調になりだしたらチャンスよ〜。むき出しの霊波に少しずつ精神
感応するの。もちろん、気づかれないようにね〜』
「文句があるんなら黙らせてみるんジャノー」
「上等じゃねえかー!!」
逆上し、一直線にタイガーへと距離を詰めようとする陰念だが、タイガーも軽く霊波を
放ちながら、コート内をサークリングするよう移動して常に一定の距離を保つ。陰念が立
ち止まったところで、挑発を入れるのも忘れない。
「息があがっとるノー。煙草は身体に悪いんジャ」
「うるせぇ! ちょこまか逃げやがって! てめぇやる気あんのか!? あぁ!?」
「やる気がなくても、体力ゼロの健康不良児の攻撃を避けるのは簡単ジャー」
「ぶっ殺す!!」
怒り任せの攻撃はより雑に、より単調なものになる。いたずらに霊力と体力を消費する
だけの攻撃は、タイガーには願ってもないことだ。雑になった霊波を通して、タイガーは
少しずつ自分に対しての恐怖心を陰念に植え込んでいった。
(パワー全開でやるとこっちが暴走してしまうからノー。アイツも気づいてないようジャ
し、一石二鳥ジャ)
試合の最中だというのも忘れて、タイガーは歓喜に打ち震えていた。度重なる暴走を何
とかしようと、多くのGSの間を転々としたが、エミ以外の者にはことごとく匙を投げら
れた。今でも、エミの笛がなければまともに力を振るうこともできない彼にとって、自分
の力だけで能力を有効に扱えることが嬉しくて仕方なかったのだ。
「うう……」
幾度かそういったやり取りをするうちに、陰念の表情に変化が現れ始めた。苛立ちの中
に、何かを恐れるようなものが混ざり始めたのだ。断続的とはいえ、直接、陰念の精神に
接触していたタイガーには、まさに手に取るように陰念の精神状態が見て取れた。
(降参するくらい怖いはずなんじゃがノー。隠し技もあるみたいジャから、それにすがっ
とるんジャのう)
熾恵がいうには、白龍会が魔族とつながっていれば、なんらかの特別な力を与えられて
いるであろうということ。陰念の思念に触れていたタイガーは、白龍会がクロであると確
信していた。
「くっそぉおお! コイツが俺の切り札だー!!」
「いまジャ!」
恐怖心を振り払うように叫びをあげ、霊力を全開にして放出する陰念。それを待ち構え
ていたように、すかさずタイガーは精神感応攻撃をくりだす。
「な、ち、力が抜ける!? これじゃあ……」
『恐怖心を植えつけられた相手は、大技に出るときは絶対スキだらけになるわ。その瞬間
に、全力で攻撃するのよ』
地面に抑えられるように膝をつき、諦めに支配された両目を力なく向けてくる陰念に、
タイガーは最後通告を言い渡す。
「アンタの霊力はもう空ジャ。まだやるかいノー」
もちろん陰念の霊力はなくなってはいない。タイガーは陰念に『自分の霊力がタイガー
に吸収されるような幻覚』を見せたのだ。通常時であるなら陰念も気づくことができたで
あろうが、事前にタイガーへの恐怖心を植えつけられている今の状態の彼に、冷静な判断
力も、タイガーの言葉を否定する気力もなかった。
「お、俺の負けだ! 許してくれ!」
タイガー寅吉。GS免許獲得。
◇◆◇
「おおおおお! エミさん勝ちましたジャー!!」
「ちゃんと見てたワケ。なかなかどうして、まともな戦い方ができるようになったじゃな
い」
「実はですジャー……」
「ふぅん、小竜姫様の妹ねー」
自分でも満足できる試合運びだったのか、興奮冷めやらぬ様子でタイガーはエミに熾恵
のことを報告する。
「ワッシの前の試合で勝った人ですジャ」
「ああ、新記録の……だから苗字が妙神山ってワケね」
「呼びました〜?」
「!?」
「おお、熾恵さん! おかげで勝てましたですジャ。ありがとうですジャー。エミさん、
こちらが熾恵さんですジャー」
「はじめまして。妙神山熾恵です〜」
「一応、こいつの師匠の小笠原エミよ」
「姉様に聞いてるわ〜。人間としては最高レベルの呪術師だって。タイガーさんの先生だ
ったのね〜」
「ですジャ」
あくまで初対面を装う熾恵だが、もう慣れたもので違和感などはまるでない。ポーカー
フェイスというか、何を考えているのかわからないような表情は母譲りであろう。
「で、タイガーさんどうだった? 何かわかったかしら?」
「精神に触った感じでは、限りなくクロじゃと思うんですがノー。なんか大技を隠しもっ
とるのは間違いないですケー」
「? 何の話なワケ?」
「ん〜、ここじゃあちょっと話せないわ。この際、小笠原さんにも協力してもらいまし
ょー」
「そうですノ。エミさんも手伝ってくれですジャー」
「え? ちょ、ちょっと!?」
小笠原エミ―――強制連行。
◇◆◇
「……なるほどねぇ」
ところ変わって警備員室。熾恵とタイガーに無理矢理ここにつれてこられたエミは、令
子と小竜姫がいることに驚き、食って掛かったりしたものの、小竜姫から事情の説明を受
けて多少は納得してくれたようだ。ちなみにタイガーは試合会場に帰還。
「ま、手伝ってあげるワケ。馬鹿弟子にアドバイスもしてもらったみたいだしね」
「ありがとうございます、小笠原さん」
「でも1つ」
「は?」
感謝の意を述べる小竜姫をさえぎるようにエミは人差し指を立て、一拍おいてそれを小
竜姫の隣にいる熾恵へと向ける。
「アナタ」
「私がなにか〜?」
ビシっと指差された熾恵は跳ね上がった鼓動を押し隠し、のほほんと受け答える。
「小竜姫様の義妹、斉天大聖の直弟子っていうことであの強さも納得なワケ。でも、あの
剣はなんなワケ? 霊剣でも霊波刀でもない。神聖な気も闇の気も感じなかったワケ」
「え〜と〜……小笠原さんはどう見えました〜〜?」
「知り合いに鬼を使うコがいるんだけどね。そのコの鬼の気と良く似てたわ」
(エミちゃん鋭すぎ〜〜!! いいわけ考えておいてよかった〜)
場合によっては人を相手取る呪術師であるエミは、自然と人持つ能力や霊具に対しての
関心が強い。古今東西の霊具の知識を持つ自分が判別しかねる熾恵の黒刀に、強い興味を
持ったのだろう。影の中から黒刀を呼び出し、熾恵はあらかじめ準備しておいた説明を始
めた。
「お察しの通り、この子は霊刀じゃないのよ〜。先生からいただいた式神なの〜」
「式神……って、円ちゃんとか冥子さんが使ってる子たちのことですよね、美神さん?」
「式神っていうのはね、作った人のイメージで能力も形も、有り様も違うものなのよ。な
るほど、式神なら鬼の気配がするはずよね」
「でも、剣の姿を模した式神なんて聞いたこと無いワケ。斉天大聖からもらったものなら
弱い式神ってワケでも無いだろうし……」
「そうよねー、私もわからないわ」
「姉様は知ってましたよね? この子のこと」
「ええ。老師から聞いていましたから」
「んー、私も気になります〜。熾恵さん、教えてくださいよ〜」
令子とおキヌも興味を持って、熾恵の持つ黒刀の正体を知りたがる。そんな視線の中、
熾恵はふっとその右手から黒刀を手放した。
「えっ?」
「み、美神さん!? 浮いてますよ!?」
「そ、そりゃ、式神なんだから剣とはいえひとりでに……って、もしかしてそれ!」
「式神っていっても〜、東洋の専売特許じゃなかったってことよ〜」
熾恵の言葉に、自分の考えが的中していると確信した令子は、信じられないものを見る
ように、目を見開いてその飛び回る黒刀を凝視した。
「北欧神話にもある豊饒の神フレイの“ひとりでに戦う剣”よ〜」
「「ええええ!!?」」
熾恵からもたらされた答えに、予想が付いていた令子も、そうでなかったエミも声を合
わせて驚きを露にしていた。言葉通り、神話級の武器が目の前にあることももちろんだが
、それがまさか式神だったという事実が彼女らのオカルト常識をぶち壊したことによるも
のの方が大きいだろう。
(二人とも驚いてくれたみたいね〜。うまく騙されてくれたかしら〜?)
驚いている二人の様子に、内心ほっと胸をなでおろしている熾恵。賢明なる読者の皆様
はお気づきだろうが、これはもちろん“ひとりでに戦う剣”などではない。十二神将の兎
、アンチラの形状変化体である。十二神将のうち、このアンチラだけはどのように扱って
も現出してしまうため、正体がばれないように斉天大聖と話し合い、言い訳を準備してお
いたのだ。
「びっくりした〜?」
「……びっくりしたわよ……」
「……さすが斉天大聖ってワケね……」
「私も老師に聞かされたときは驚きました。まさか北欧で式神を扱う神族がいるとは夢に
も思いませんでしたよ」
「ふえ〜。よくわかりませんけど、神様が使ってた式神を使えるなんて熾恵さんって、や
っぱりすごいんですね〜〜」
「それほどでもないわよ〜〜」
((いや、それほどでもあるでしょう……))
北欧神話時代の式神。おそらく世界最古の式神であり、しかも神様御用達の式神と聞か
されては、驚きを通り越して呆れるしかない。それを扱う熾恵に対してもそうであろう。
令子とエミは、おキヌと和やかに談笑する熾恵をみて、深々とため息をつくのだった。
(後書き)
まず約5ヶ月の間があいたことを深くお詫び申し上げます。私自身の不注意と不運によ
り、右腕切断を招く事故に合い、それに伴う手術&リハビリを行っていたため、連絡さえ
できなかったことを申し訳なく思います。リハビリと私自身の気持ちのため、遅筆ながら
もこの連載は続けていこうと思っております。お目汚し、且つ未熟な文章ですが、これか
らもどうかお付き合いいただきますようよろしくお願いします。
今までの
コメント:
- リハビリは大変でしょうがこれからも執筆のほう頑張ってください (幽鬼)
- いきなり後書きで壮絶な体験談を聞かされて、思わず作中での美神さんたちの「いや、それほどでもあるでしょう」が頭に浮かびました。すごいことになっていたんですね。リハビリがんばってください。
タイガーがきちんと戦って勝ててるのははじめて見たのでびっくりしました。陰念も人間のままでいられましたし。このあと横島が誰と対戦することになるのかわかりませんが、二人とも成長してほしいものです。もちろんピートや雪之丞も。 (九尾)
- 執筆再開の喜びも最後の後書きで吹っ飛んでしまいましたよ。
慣れてない状況ではタイピングも大変でしょうが
リハビリ代わりだと思って今後もがんばってください。 (ほげぷー)
- いすかさん、はじめまして。SS読者の鴨と申します。
「式姫の願い」シリーズ、楽しませて頂いておりました。
難事を乗り越えてのご帰還、心よりお祝い申し上げます。
…お帰りなさい、お疲れ様でした。
(*^-^) Wellcome home,Iska. (鴨)
- 5ヶ月の空白にもかかわらず、好意的なコメントを多数いただき、
心より嬉しく思います。これからは皆様の期待を裏切らないよう、
執筆に力を傾けていこうと思います。
>幽鬼様
がんばります。専用キーボード&マウスと共に!
>九尾様
さまざまなキャラクターが熾恵に関わることで、何らかの成長や
変化ができればなぁと思っております。
>ほげぷー様
長らくお待たせして申し訳ありませんでした><
纏まった時間が取れるときにがんばって書いていこうと思います。
>鴨様
あああ、こちらもお待たせしてごめんなさい><;;
ご期待に
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