依頼人
投稿者名:偽バルタン
投稿日時:(05/ 5/21)
宿敵モリアーティ教授と共にライヘンバッハの滝壷に落ち、死んだ僕…シャーロック・ホームズを“同族”として甦らせ助けてくれた(…と言っても良いのか?)吸血鬼の少女…エリス。
「お願い、あの人を助けて。ホームズさん。」
涙を流すその少女は、美しくそして可愛らしく…しかしまるで人形の様に、表情の無い顔をしていた。
依頼人
狭い棺の中、僕の隣には寄り添うようにして目麗しい銀髪の少女が寝ている。
…無論、僕には幼い少女を愛でるなんてイカれた趣味は持ち合わせちゃいない…ただ、涙を流す小さな淑女をそのまま捨置く等、騎士道精神の風上にも置けぬ様な真似が出来なかっただけだ。
それに、いまだ碌に身体を動かせない僕にはこれ位しか彼女を慰める術が無いのだから。
「君は…本当に何も覚えてはいないのかい?」
「…覚えてる事は全部話したわ。」
ピートという名の吸血鬼…正確にはバンパイア・ハーフだそうだが…の救出。
それが、エリスから僕への依頼。
エリスはある組織に囚われていた。
彼女を助け出そうとしてくれたピート君は、彼女を逃がす事には成功する物の、替わりにその連中に囚われてしまったというワケだ。
…恐らく、エリスを餌とした罠だったのではないだろうか?
そして、別れ際のピート君の言に従い、彼女は僕を探し出し…現在に至るという訳だ。
エリスを監禁していたその組織の連中…いや…恐らくはその裏にいる“彼” の狙いも理解できた。
限りなく不死に近い闇の種族“バンパイア”…
生半な事では死ぬ事無く、致命傷ですら完璧に治癒し、死者ですらも蘇らせる…
今僕自身身を持って体験している、その凄まじいまでのパワー、その能力こそが連中の狙いなのだろう。
全く…“人類の天敵“である吸血鬼を利用してまで”彼“は…
「…連中に誇りは無いのか?まったく…同じ人間として嘆かわしい限りだよ!」
「今は貴方も吸血鬼よ…」
「何を…僕は人間だ!…確かに今は化け物かもしれないが…だが…」
「…『吸血鬼は化け物』…やっぱり…ホームズもそう思うの?私の事…バケモノだって思うの…?」
「…あ…いや…」
僕の台詞に彼女の顔が強張った…
哀しげな色を含む彼女の視線に、その問い掛けに…僕は自らの過ちを悟った。
不覚…失言だった。
僕とした事が、少々熱くなっていた様だ…そして…
「ホームズ…私ね、脳の一部を壊されたんだって…だからあまり詳しく覚えてないの…昔の事、自分の事、仲間の事、家族の事…そして…捕まってた時の事…」
「…あぁ…それは聞いた」
「でもね?…覚えてる事もある…忘れられない事もある…」
「……エリス?」
「…私は……私は…あいつ等の実験動物だった……」
「…!!!」
エリスのその告白に…僕は心底自らの迂闊さを呪った…
自身の事が腹立たしくてしょうがない。
こんな事、本来なら推理するまでも無い事だ。
エリスが…囚われ、その脳を弄くられ、碌な反抗すら出来ぬあの状況で、あの糞ったれなケダモノ達に…
吸血鬼を狩の獲物としてしか見ておらず、彼等と人間との種族間抗争ですらビジネスチャンス位にしか考えない様な、あの下衆な連中に…
一体どれ程、酷く惨い事をされたのか……そんなのは、考えるまでも無い事じゃないのか!
「…酷い事されたの…いい様に玩ばれたの」
「……」
抑揚の無い声…それが微かに震えている。
紅い瞳は涙で潤み、元から白磁器の如き肌はより一層精彩を欠いて…
「私は…吸血鬼だから…化け物だから…」
「…エリス…」
その感情は、恐怖だろうか?…悔しさだろうか?…怒りだろうか?…哀しみだろうか?
連中から受けた仕打ちへの、記憶が無い事への、全てを奪われた事への…
…エリスは、その表情の無い…いや表情を出せないその顔に精一杯の“感情”を浮かべて、精一杯の“想い“を込めて、僕に訴えかけているのだ。
「何しても死なないからって…簡単には壊れないからって…」
「…やめ給え…」
『助けて』と。
「…色々手術されて…色々実験されて…色々…色々…」
「もういい!」
それ以上は聞きたくなかった…僕はエリスを抱きしめた。
一度死んだ所為か…吸血鬼化した身体に戸惑っているのか…
いや、そんな事は言訳にならない。
全く…なんて失態だ。らしくない、とんでも無い、飛びっきりのミスだ。
無思慮な台詞で、頑なな態度で、僕はエリスを傷つけてしまった。
彼女の、心の傷を抉ってしまった。
…紳士失格だな…
「……………」
「本当に…すまない…嫌な事を思い出させた…」
僕の胸の中、エリスは肩を震わせ静かに泣いていた…
その儚く弱々しい姿は、エリスが“吸血鬼”である前に歳相応の幼い“少女”出るある事を実感させるに足るものだった。
全く…人間だとか、吸血鬼だとか…僕は何を“下らない事”に拘っていたのだろうか。
僕は探偵。エリスは依頼人。
そんな基本的な、そして何よりも大事な事を何故僕は忘れていたのだ。
彼女は、ただ唯一の希望として、僕を頼って来たんじゃないのか。
救いを求めてきたんじゃないのか。
そして何よりも、死んだ僕を救ってくれた、彼女は僕の恩人なのだ。
僕は、彼女に報いなければならない。
彼女の想いに応えなければならない。
…ならば…
「エリス…僕は…
ピートなんて吸血鬼は知らんし、オカルトは大嫌いだ!
だが、」
「………?」
ならば、僕がする事、すべき事は、たった一つしかない。
「君の以来は引き受けよう…!!」
「………!」
エリスの顔に浮ぶ驚愕…そして…
ほんの微かに…でも確実に…エリスは華が綻ぶ様な可愛らしい微笑を浮かべた。
…終…
お久しぶりです。
5/19発売のサンデーGX掲載の『GSホームズ極楽大作戦!!〜血を吸う探偵〜』のSSです。
スイマセン…エリス嬢苛めてしまいました(汗)…でも、『手術で脳の一部を壊されて』だなんて…きっと連中に相当酷い事されていたと思うのです。
そして、ホームズとエリス嬢…2人の間にもきっと色々あった筈で…例えばあの棺でのシーン…原作の流れとは違っちゃってますが、こんなやり取りが有ったらイイなとゆう妄想…それが今回のお話ですw
こんなんですが、突っ込み・御指摘等して頂けたら幸いです。
今までの
コメント:
- ある意味でセバスチャン・モラン大佐はモリアーティ教授以上の危険人物ですから、こういった事は多分にありえたでしょうね。
でも、さすがに賛成は入れたくないかなぁ(笑) (赤蛇)
- 偽バルタン様、初めまして、よりみちと申します。
>原作の流れとは違っちゃってますが、
いえいえ、十分に流れに沿っていると思います。ページと掲載誌の関係で省略された部分(実際、椎名先生がこういうのを想定したとは思いませんが)を読ませていただいた感じで、得な気分になることが出来ました。
というわけで、十分にあり得た展開ということで賛成を入れさせていただきます。 (よりみち)
- レスありがとうございます。
>赤蛇様…
きっとピートの方はもっと酷い事されてそうな気が…
>よりみち様…
ホームズ曰く『あの子が笑顔を見せるまで』にかかった数ヶ月・・・その間のふたりのお話が読みたいです。 (偽バルタン)
- 同じ失言をすぐに2度繰り返してしまうホームズは(ろくにシャーロキアンでも非いのじゃが)ぼくの描くホームズ像とちょっとそぐいませんので、その一点で断腸の中立です。ここで彼の口からもう一度「化け物」を出さなくても、会話は先へ続けられるかと想いますし。
マンガの方はセンセおん自ら「『チルドレン』への習作」と語る通り「大儀と倫理の相克・共存」「虐げられる児童(異能者)たち」「(家族の)絆」といった主題が反映されていましたが、前一者を軽く済ませたのはやはり『サンデー』本誌が念頭にあったのでしょうか。この件を『ポケット・ナイト』や『ゼロ式といっしょ。』ほどポズィティヴに無視する事は本作ではやや難しいでしょうし。
と、色々な事情で掘り下げられない部分にメスを入れられるのは二次創作の醍醐味の一つです。その点ではいろいろな接し方ができるかと想います。うーん、おもしろい。 (Iholi)
- Iholi様…
何時如何なる状況においても、徹底して冷静沈着…
というのが自分のなかの彼のイメージなのですが…確かにそんなホームズならば、そんな失敗はしないかも…ですねぇ。
>「化け物」を出さなくても、会話は先へ
台詞とかも注意しなきゃですね…気をつけます。 (偽バルタン)
- ふぉろう(笑)。
小難しい事ばかり言っていて言い忘れていましたが(おい)、作品の趣旨や全体の雰囲気、表現などは激しくぼくのツボを刺激する所でして……あ、いや虐待そのものを肯定しているワケでは別に(なぜドモる)。
それだけにあの一点がまさにテンセイを欠くってヤツでして、とにかく楽しませていただきましたですよー。ではでは。 (Iholi)
- ホームズのSSはレアですね〜
自分はどうにも一人称の小説を書くのが苦手で…(汗)血反吐はきながら、偽バルタンさんに教えを乞いたいです(爆
ホームズがカッコいい+優しいですね・・・最後のエリスの笑顔にハートを打ち抜かれました。
>>「ピートなんて吸血鬼は知らんし、オカルトは大嫌いだ!だが、
「君の以来は引き受けよう…!!」
凄くホームズっぽい台詞ですね。やっぱりカッコいい…。
色々な意味でご馳走様でした〜次回作もぜひぜひがんばってください〜 (かぜあめ)
- >かぜあめ様…
一人称の時は、大抵書いてる時、キャラのほうが動いて自分を引っ張っていってくれてる時だったりします。
…それだけに話が自分の思惑から外れて暴走したりなんて事もあるのですがw (偽バルタン)
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