ザ・グレート・展開予測ショー

吟詠公爵と文珠使い0 改訂版 『彼が堕ちた夜』 (ほんのちょっとダーク風味です)


投稿者名:アース
投稿日時:(05/ 5/ 1)

注意 以下の話はほんのちょっと暗い要素が含まれています。ダークな展開が嫌いな方はそれを踏まえた上でお読みください。



美神の事務所から自分のボロアパートへ帰る途中の夜道。
「今日もきつかったなあ・・・まあ、飯を食わせて貰えたからいいけど・・・・」
満たされた腹をさすりながら、横島は呟く。

仕事のきつさは自覚しているが、それでもきついものはきつい。加えて、横島のセクハラの回数は徐々に減ってきていた。
横島のセクハラについて、制裁を加えながらもそれをコミュニケーションの一環としていた節のある天邪鬼の美神は不満のようだったが。


ふと、空を見上げてみると、広がっているのは無限の闇。その闇に縫いとめられたようにいくつもの星々や月が輝いていた。

(綺麗な夜空だな・・・・)


柄にも無いことを心の中に思い浮かべながら、家路を急ぐ。
アパートまであと半分といったところまで来ただろうか。
そして、その先に立っている見知らぬ人影が視界に入った。鳶色の長い髪が美しい長身の美女だった。

(美人だな・・・・でも、誰だろう、俺の知り合いじゃないし・・・)
少なくとも横島の記憶には無い。だが、何処かで会ったことがあるような不思議な感覚がした。昔の横島ならば奇声を上げて、襲い掛かっていたかもしれない。というよりも間違いなくそうしていただろう。

だが、先の戦いで『彼女』を喪ってしまうまでは。


「念のために聞いておくが・・・・・お前は横島忠夫か?」
そんなことを考えていると、彼女のほうから近寄ってきて、声をかけて来た。男っぽい口調だが、音楽的で心地よい声だった。

「ああ、そうだけど・・・・・お前は誰だ?」
「私か?・・・・そうだな、私は・・・・魔族だ。ソロモン七十二柱の一人で『吟詠公爵』の異名を持つゴモリーという。お前に用があって人界にやって来た」
横島の声に何処か嬉しそうな声で彼女―――ゴモリーは自らの正体と名前を明かした。
魔族、しかも相手が魔神級の相手と聞いても、横島に恐怖の感情は湧いて来なかった。
相手が力を抑えているということもあるが、口調や雰囲気から判断すると嘘を言っているようには見えないし、敵意も感じない。過去ワルキューレの一件があったので慣れていたというのも理由の一つだったが。
ちなみに今のゴモリーの服装は黒で統一されたスーツとスカート。見た目は敏腕秘書といっても通じそうだ。

「俺に何の用だ?」
「実は私と一緒に魔界に来て欲しい・・・・お前に会わせたい人物が居る」
「え、俺に会わせたい人物・・・・・一体、誰だ?」
警戒しながらも、疑問の声を上げる横島に対し
「ああ、名前は言えないが、お前の最愛の女ルシオラ復活の可能性を握る者だ」
ゴモリーが文字通り悪魔の誘惑を口にした。

その声に何処か寂しげな色が混じる。

「ルシオラの・・・・・・あいつの復活!?」
「そうだ。だから・・・・」
そう言って、彼女は横島の腕を掴む手に力を込めた。何処か縋るような口調と共に。

数分の沈黙の後・・・・・

「解った。連れて行ってくれ」
横島の返事に頷くとゴモリーは微笑み、異界への『門』を開いた。

その『門』に二人が入り、『門』そのものも姿を消した後――――――

ポツポツと雨が降り注ぎ、間も無く土砂降りの豪雨と化し時折、雷鳴が響き、稲妻が暗い夜の町並みを浮かび上がらせた。



魔界の東方にある地下宮殿。
「それで、あんたがここの主か?」
横島は宮殿の奥の部屋に腰掛けている銀髪赤眼の男に話しかけた。
「ああ、私のことはゴモリーから聞いていたかな?」
「いや、まだだ」
屋敷内は瘴気が締め出してあるらしく、まだ『人間』である横島でも呼吸するのに支障は無かった。

「そうか、私の名はバエル。魔界の東方を治める七十二柱の一柱だ。君に用があってね。まあ、楽にしてくれ」
そういうとバエルは横島にくつろぐように促した。口調から言って敵意は無さそうだった。そもそも自分を殺すつもりならば、もっと手っ取りはやい方法があるだろう。


「前置きはいい。あんたがルシオラ復活の鍵を握っているといった話だ。それが聞きたいんだ」

「ふむ・・・ルシオラ君のことに夢中になるのはいいが、ゴモリー君の気持ちも考えてあげたまえ」
落ち着いた――諭すような言葉の後に『東の王』の異名を持つ男は彼女―-壁に寄りかかっているゴモリーのほうへ視線を向けた。

「え・・・・」
横島もつられて、彼女のほうを見やる。

魔族の姿に戻った彼女は「何でもない」という風に視線を逸らした。だが、その表情に浮かぶ寂しさは隠しきれない。

(何で、彼女の顔を見ると罪悪感が湧くんだ・・・・それに何故寂しげな顔をするんだ?)

「彼女が何故寂しげな表情を浮かべるのかはまあ後でわかる・・・・君の望みどおり、本題に入ろう」

本題―-ルシオラの復活。それを感じ横島の表情も引き締まる。


「ルシオラ君の復活だが、本題の導入部として、この映像を見てもらおう」
バエルが左手を一振りすると、大型のスクリーンに見覚えのある数名の顔が映し出された。中には見知った顔もチラホラと見えた。それと同時に会話の内容も耳に入ってくる。

どうやらアシュタロス戦役の事後処理の話らしい。

『ルシオラの復活・・・・霊基構造は足りていますが、この事実は伏せておきましょう。上層部のほうの意向では復活されても困るとのことですし・・・・横島さんには悪いですが・・・・・』
『ああ、そうだな。アシュタロス陣営の中でも飛び抜けた技術力・・・・・・・万一、悪用されてはたまらん。不測の事態を防ぐために復活させるなというのが「上」の方針だ』
聞き覚えがある声の主は小竜姫とワルキューレだ。だが、その内容は余りにも残酷なものだった。会話に参加している者の中には西条や美智恵、美神の姿も在る。



「な、何故だ。ルシオラの霊基構造は足りなかったって・・・・」
「それが嘘だったとしたら、どうかね? ルシオラ君に復活して欲しくないがために嘘をついたとしたら?」
呆然し、掠れた声の横島にバエルが追い討ちをかける。動揺した彼の心に楔を打ち込むかのように。

望みが全く無いなら諦めもついた。だが、希望が残されているのに奪われた・・・・・しかも人為的に。信じていた者達の手によって。


「一味の中で、アシュタロスに次ぐ技術力を持ち、おまけに彼女は反逆者。生き残ったべスパ、パピリオ両名ならいざ知らず、そんな者を復活させる義理など無いというのが、彼らの本音なのさ」
「どうやって、こんな映像を入手したんだ?」
「私の使い魔からの情報だよ。趣味と実益を兼ねて三界に網を張って、情報収集をしている。その彼らから送られてきた情報がこれさ」
震える声で尋ねる横島の様子から確かな手ごたえを感じたバエルはもっともらしい事を言いながら、横島に視線を向けた。

(もう一押しだな・・・・)
楔は打ち終えた。次は壊した心を自分が都合がいいように持っていけばいい。



「加えて、彼女の復活は上級魔族ならば誰にでも可能というわけじゃない。アシュタロスのように、力と技術力を兼ね備えた者でなければ不可能だ。わかりやすく言えば育む力を持つ者――-堕天以前は豊穣神だった者だ」
「あんたはそれが出来ると?」
「無論、その通りだ。だが、純粋な善意だけが君を呼んだ理由じゃない」
バエルはそこで一旦言葉を切ると横島に視線を向けた。

「だろうな・・・・・流石悪魔だ」
「酷い物言いだが、褒め言葉と受け取っておこう。私の計画に協力して欲しい。偽善で塗り固めたお題目を言う『連中』に比べれば、ずっとマシな取引だと思うが?」

言葉を交わしあった後、二人の視線が鋭く交差した。先の映像を見た横島にとっては『連中』が誰を指すのかは考えるまでも無かった。



「わかった。その代わり間違いなく、あいつを・・・・復活させてくれよ。俺の為に命を落として、理不尽に踏みにじられたあいつを」

「解っているとも、契約は果たすさ。まあ、任せておきたまえ。それと彼女の復活の方法だが、彼女の霊基構造で極秘に保管してあったものを事前に偽物と摩り替えておいた」

そう言って、バエルは懐から黒い小箱を取り出し、蓋を開けた。

「これがルシオラの欠片・・・・・本物なんだよな?」
「ああ、そうだとも。君が大事に保管している蛍の欠片と組み合わせて培養すれば彼女は復活出来る」
箱の中身―-蛍の羽とバエルの言葉に横島は一筋の光明を見出した。その光の本質が何であろうとも横島は最早止まらない。



「それと・・・・ゴモリー君も君と並々ならぬ縁がある。君の前世は高島という陰陽師だっだが、その前は何者だったかわかるかね?」
「いいや、考えたことも無い。それとゴモリーが関係あるのか?」

横島の言葉に「そうだ」とばかりにバエルは頷くと、部屋の隅に立てかけてあった剣を持ち出してきた。どうやらバエル自身しか知らない転生した魂の追跡秘術があるらしい。その術を用い、横島の魂の変遷を辿ったのだろう。

「この魔剣は、君にとって非常に重要な代物だ。今からこの剣が記憶している映像を壁に投影する。よく見ておくことだ」

「・・・・・・!?」
怪訝な面持ちでスクリーンに眼を向ける横島。そんな彼の側に七十二柱の女公爵が寄り添う。彼女の顔は何処か心細げだった。

(俺と彼女に面識が無い筈なのに・・・・でも・・・・懐かしさを感じるのは何故だろう)

そんなことを考えながら、映し出される映像に眼を向ける。平静を保っていられたのはほんの数分だった。映像の内容に驚愕する。『彼』――『剣の公爵』が左腕を切り飛ばされた時の映像に差し掛かると、自分の同じ箇所にも痛みが走り、血が滲んでいた。

(俺は昔、こいつだったのか・・・・!? こんな・・・・)

魔剣や魔術で並み居る敵を葬り、その中で様々な者達と出会い・・・・・そして、『彼女』と出会い、別れた。
自分は今、側に居る『彼女』をどの位待たせてしまったのか。驚きと申し訳なさ、そして愛おしさが込み上げてくる。
思わず『彼女』の顔を見ると今にも泣きそうだった。


「やっと・・・・・・思い出したのか。馬鹿・・・・・」
その言葉と同時に『彼女』――ゴモリーは横島の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。そこには初対面での凛々しい雰囲気は微塵も無く、不器用な一人の女性が居た。

「御免な・・・・待たせて」
そんな彼女の柔らかな髪を優しく梳いた。








「そういうわけで・・・・・ルシオラ君の復活だが、二週間程かかる。君の『覚醒』もその時に合わせておこう」
「ああ、解った。俺が保管していた分は明日持ってくるからな」
「解っているとも。君こそ、ルシオラ君だけじゃなく、ゴモリー君も幸せにしてあげることだ。何せ彼女は二千年も待ったのだから」

バエルのからかうような声に横島は答えず、照れ隠しの為か、そっぽを向いた。
一方、ゴモリーは頬を染めて俯いている。それでも横島の手をしっかりと握り、彼に魔剣を手渡した。



ルシオラ復活までの二週間、横島は今までのように美神の事務所に通い、仕事をこなすだろう。だが、最早彼は以前の彼ではない。

心の中に冷たい氷雨と霧を宿した者。そんな彼の心を癒し、支えるために二人の女性が寄り添うことになる。



――――壊れた歯車はもう戻らない、もう二度と。



横島とゴモリーが宮殿を去った後―――――
「あらあら、あの愚妹は私の存在に気付かなかったわね、嫌でも気付くと思ったのに」
「それだけ彼女にとっては喜ばしく、我を忘れる程の出来事だったのさ。初恋の、今も想いを寄せていた相手との『再会』は・・・・・」

虚空から抜け出てきたゴモリーの姉である『夜魔の女王』リリスの声に『東の王』は淡々とした口調で答えた。別次元から今までのやり取りを覗き見していたらしい。無論、バエルは完全にお見通しである。

彼女の覗き癖には最早、慣れっこになってしまう程の長い付き合いだからだ。

「趣味の悪いことだ」と言いたげなバエルに対し、夜の女王は心外だとばかりに、長い黒髪をかき上げた。


「まあ、それにしても・・・・・貴方もあくどいわよね。その蛍の羽、偽物でしょう。確かに霊波もよく似た妖蛍のものではあるけど、それにルシオラ復活が不可能云々の映像も出鱈目だし・・・・・本当によくやるわよ」

「おー、怖い」とばかりに肩を竦めるリリスに対し
「そうでも無いさ。あながち、あり得ない展開じゃない。ルシオラ君は横島君に好意を寄せる女性達にとっては最大の恋敵だ。彼女の復活を快く思わない可能性だって、十分ある。だからこそ・・・・・」

「もっともらしい詭弁を用いて、ルシオラを葬り去った。確かに不可能な話じゃないような気もするわ。神魔上層部も進んでルシオラを復活させるのは面倒だろうし・・・・・」

(ご丁寧に結ばれる望みの薄い転生という手段まで引っ張り出したのかしら・・・・・)
とリリスは内心付け加えたが、あくまでこれは推論の域を出ない。

どの道、リリスには関係の無いことだった。
良くも悪くも恋は人格や精神に影響を与え、時には歪めてしまうという真理に基づいた仮説なのだから。


「何にしても、彼ら二人が加われば実に心強い。他に面倒な手駒を集める手間が省けた。我々は少数精鋭主義だからね。万一、彼が断ったら『別の手段』を取らねばならない所だったよ」

『別の手段』――――洗脳、記憶操作に暗殺といったところだろうか。どれも物騒なこと極まりなく、まだ「少年」といってもいい風貌のこの男は平然とそれらを実行に移すだろうことは想像に難くなかった。

「でも、横島忠夫はかつて、貴方と戦った記憶も思い出したんじゃない。そんな素振りは見せなかったけど、この先思い出すっていう可能性も・・・・・・」
「その点について、心配は無用。仮に思い出していたとしても、彼の性格からして、過去のことにこだわると思えない。ルシオラ君のことでこちらに借りがあることだし・・・・」

(裏切ることに負い目を抱かせ、それによってアドバンテージはこちらにあり、か・・・・・・)


リリスの心中など気にも留めず椅子に腰掛け、膝に置いた書物――[君主論]を紐解きながら、バエルは薄く笑った。その笑みは自らの企みが成功したことを喜ぶ類のものだ。



哀れな生贄は誰?

『彼』の狂気の刃に倒れるのは何人だろう?

消えた恋敵によって、『彼』の心を奪われた者達の絶望はいかほどか?

知らない女が『彼』の側に居ることでどんな反応を示すだろう?

怒り? 困惑? 悲しみ? 失望? 

ありとあらゆる負の感情が無い混ぜになり、惨劇を招くのか。その先にあるものは-―
―――――

「ああ、実に愉快だ。事が思い通りに運ぶのは・・・・・」

「黒幕」の凶笑が闇に木霊する。




決別と惨劇が起こるのは二週間後――――――――重苦しく、冷たい雨の夜だった。





「あの時、『ということで、ハッピーエンドって事にしない?』と言いましたね。俺は貴方のあの時の言葉に少なからず、吐き気がしましたよ。一応、馬鹿を言って、誤魔化しましたけどね・・・・少なくとも貴方にとってはhappy endだったでしょうね。さようなら―――さん」



ビュン!! ザス!!



激しい雨が降りしきる中、魔剣が空気を切り裂き、さらに[彼女]を朱に染め上げた。




後書き 本編が煮詰まっています。追い詰められるとダーク物を見るか、書くかするというのがストレス解消法になりつつあります。(陰気だなあ、自分)
おまけに家庭の問題や某所でごたごたを起こしてしまい、精神的にかなり沈んでいます。よって以前投稿した『吟詠公爵と文珠使い0』を書き直して、投稿してみました(バエルとゴモリーの導入部を省いてしまいましたが)この話はこれでも完結しそうですが、続きは余裕があれば、書くかも・・・・・(書かないといっていたくせに・・・・)
リリスは覗きが趣味らしいです(悪趣味だ) 妹であるゴモリーとの仲が悪いのはこれが原因の一つかも・・・・・・

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