ザ・グレート・展開予測ショー

寄生乳(前編)


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/ 9/ 9)

『寄生乳(前編)』






「横島さん明日お暇ですか?」

いつもの通りおキヌの作った夕餉を堪能し、アパートに帰ろうとする横島を玄関まで見送りに出たおキヌが突然話しかけた。
その頬を桜色に染め、組み合わせた手をギュッと握り締める様子は彼女がこの一言を発するのに相当の精神力を動員したことが見て取れる。
そりゃあもう幼稚園児だって解りそうなぐらいあからさまである。
もっともおキヌの料理で腹が膨れ、睡魔の第一陣が偵察部隊を送ってよこしている横島はそれに気づかないのだから鈍感もここに極まれりといったところだろう。

「うーん。明日は特に予定無いなぁ…」

「だったら!私とプール行きませんか!!」

「プールって…ごめん…」

今度は力なく俯く横島のほうが恥ずかしげだったりする。
しかしそれはおキヌの予測のうちだった。明日はちょうど給料日の一日前。横島の財布の重量がもっとも少なくなる日なのである。

「あの…実は一文字さんからプールのチケット貰ったんです。だからタダで行けるんですよ。」

「タダ」ここがポイントだ。しかし焦ってはいけない。
迂闊にここを強調すると「お前は金もっとらんだろ」と揶揄していると思われるかも知れない。
横島がそんなネガティブな思考をする可能性はほとんどないが、今回のミッションの成功のために不安な要素は1%でも排除したいのだ。

案の定「タダ」という言葉に横島がピクリと反応する。
よし!ジャブはヒットした。もう一度彼の心理的な距離を確認するための一発を軽めに放ってみる。

「明日も暑いそうですし…」

また横島が反応した。ゆっくりと顔を上げ始める。
確かに今日の暑さは殺人的だった。
クーラーの効いている事務所でさえ残暑を感じたのだ。
休日にボロアパートで一人過ごすなど考えたくも無いのだろう。横島の視線が揺れる。
そんな少年の表情に内心のガッツポーズを隠しつつここで追い討ち。

「…今日はとても暑かったですものねぇ…」とニッコリ。

「うん…そうだね…」

横島の目がますます揺らぎ始める。
ここまで来れば自分の勝利はゆるぎないとは思うが、古来、詰めを誤って敗走した軍は数知れない。まだまだ気は抜けないとばかりにここで切り札を切ってみることにする。

「私もおニューの水着を着てみたいし…」

顔には出さないが心の中で「どうだ!」と叫ぶおキヌ。
さらにちょっとだけ恥じらいを乗せた上目遣いでお伺いを立てるというフォローも忘れない。
これは流石に効いたのか横島の動揺はますます激しくなる。
おキヌの計算ではここで彼は「行く」というはずだった。
それがまだ悩んでいるということは…。

「うーん…でも俺、金無いし…」

「しまった…」と思わず出そうになった言葉をかろうじて口中でかみ殺す。
自分が思っていたより横島の財布は危機的な状況らしい。
実際、女の子からのデートの誘いを躊躇する横島なんて横島じゃない。
もしかしたら彼の財布の中身は二桁台なのかもしれない。
だが考えるのもほんの一瞬。こういう時の対処方も検討済みである。

「あ、だったらお弁当持って行きませんか?」

「え?」

「プールでお弁当ってのもいいと思いますよ。」

そう。ここが肝心。
何度も検討してたどり着いた答え。「私が奢ります」ではいけない。それは男の子のプライドを傷つける。横島にプライドがあるのか?と言われれば、西条あたりは鼻で笑うだろうが長く彼を見続けているおキヌはちゃんと知っている。
彼は飾らないだけでちゃんとプライドは持っている。
ただ有り余る煩悩の方が目立ってしまっているから、美人と見れば這い蹲ってででも口説こうとするだけなのだと思う。

それはプライドが無いっていうんじゃないの?という突っ込みは彼女の中では無視されている。乙女回路はノイズを自動的に排除するものだ。

「んじゃ行こうか。」

「よし!」

「え?」

「あ、いえ…なんでもないです!」

危ない危ない。思わず口が滑った。幸い横島は気にしてないようだ。
「横島さんが鈍感でよかった」とこっそり胸を撫で下ろし、おキヌは彼の手にチケットを渡した。

「じゃあ明日の9時に駅で待ってますね。」

「え?でもチケットはおキヌちゃんが…「それは横島さんが持っていてください。」…え?」

「ふふふ…それがあれば遅刻できないでしょ♪」

「そっか」

横島は納得したのか頭を掻いて笑った。
彼は気づいていない。二枚ともチケットを渡された以上、遅刻はおろかキャンセルは効かないのだということに。
これで万が一にも横島の隣に住む小鳩がおキヌの知らないところでリアクションを起こしたとしても横島はこちらを優先してくれるはずである。
いい加減に見えてそういうところは義理堅いのだ。

「んじゃ明日」と笑顔で帰って行く横島を見送り、姿が見えなくなったことを見届けておキヌは「おっしゃぁ!」と言わんばかりにガッツポーズを決めた。
かくしておキヌの作戦の第一段階は完璧な成功を収めたのである。

緩む顔を引き締めつつ部屋に戻ろうとするおキヌに屋根裏から降りてきたシロが話しかけてきた。

「おキヌ殿、先生はもう帰られたんでござるか?」

「ええ。今ね。」

おキヌの返事を聞いたシロの顔に後悔の色が浮かんだ。
少しだけ顔を伏せてポツリと呟くシロ。

「お見送りできなかったでござる。」

「この次でも出来ると思うわよ。」

「そうでござるな…それはそうと先程のアイスクリームは美味でござった。」

笑顔で言われてあっさりと気を取り直したシロはおキヌにペコリと頭を下げた。
食後にこっそりとおキヌに「タマモちゃんと一緒に食べて」と渡されたアイスクリームは確かに美味かった。
なぜか屋根裏部屋で食べるようにと言われたのが不思議だったが、「あんまり量がないから他の人には内緒でね」と言われてそういうものかと納得したのである。
1リットルのアイスが「あんまり量がない」かどうかという新しい疑問も出来たのだが基本的にシロは食べ物に関しては深く考えない。
今回もそうである。
とにかく屋根裏部屋でタマモとアイスをかっくらっているうちに横島が帰ってしまったため、シロはお見送りが出来なかったし、当然、玄関でのおキヌと横島の会話も聞いていない。
師匠にはすまないと思いながらも、別に毎回お見送りしているとは限らないのでシロはあっさりとおキヌの言に従って風呂へと向かった。

自室に戻っておキヌは最大のお邪魔要素を秘密兵器「ラムレーズン・アイスクリーム」の力で沈黙させたことにホーッと胸を撫で下ろす。
小遣いを使った甲斐があったと言うものだ。

「うふふ〜♪」

一人になり後ろ手にドアを閉めたおキヌの口から抑えきれない笑い声が漏れる。
これほど完璧な成功なのだから無理もない。

「明日は横島さんとデート〜♪」

怪しげなメロディで即興の歌を歌いながら彼女は明日の準備を始めた。
おニューの水着はすでにバッグに仕込んである。
自分の体型では悩殺はちと無理かも知れないけど、それでもアピールは出来るはずだ。
それに横島はああ見えて泳ぎはうまい。
令子に無理矢理叩き落されたとはいえ素潜りの世界新を出しかけたこともあるぐらいだ。

(あれ?おキヌちゃん泳げなかったっけ?)

(ええ。あんまり得意じゃないんです。横島さん、教えてくれますか?)

(いいよ。じゃあ掴まって)

(キャッ!足が…)

(大丈夫?!)

(ええ…大丈夫です…忠夫さん…)

「えへへ〜♪」

笑いながらベッドにダイビングするおキヌ。
しばらくそのまま布団に顔を埋めていたかと思うといきなりクロールが始まった。
彼女の脳内では「待ってくれ〜。おキヌちゃーん」と平泳ぎで追いかけてくる横島と「うふふふ。捕まえてみてください〜」と泳ぐ自分というお約束のシーンが展開しているらしい。
さっきの妄想というか想像とは矛盾する気もするが、まあそれは些細なことであろう。
想像とは自由であるべきだ。

ベッドの上の200m個人メドレーを制してやっとおキヌは我に返る。

「こんなことしてられないんだっけ!」

慌てて風呂場へと向かう。女の子は色々と事前の準備が大変らしい。
入念に体を洗い、お手入れをし、カミソリをしまうと台所へ行き弁当の下準備などを終わらせておキヌは自室に戻った。
寝る前にもう一度鏡を見て、ベッドの横に置かれた写真立てにキスという日課を済ますと、おキヌは明日の期待に震える胸を押さえつつ微笑みながら眠りについた。




翌朝、夜明けと同時に飛び起きて弁当を作り、ついでに事務所のメンバーの朝食と昼食を用意し、さらにまたシャワーを浴び、軽い化粧をしておキヌは出かけていった。

約束の時間まではまだ随分とあるが皆が起きる前に出かけなくてはならない。
いかにもデートですと言った服装で出かけるのをシロにでも見られたら大変なことになるのである。
幸いと言うかいつもは朝早いシロも今日はまだ起きてこない。
ラム酒のたっぷり入ったアイスクリームの効果だろう。

それに念のためにと朝食はシロだけステーキにした。
仮に早く目覚めても朝からステーキを食べれば横島と散歩どころではなくなるはずだ。
そのためにたっぷりとニンニク利かせたのだ。匂いが抜けるまで数時間はかかるだろう時間稼ぎには充分である。

目覚め始めた街を横島のアパートまでこの時間を楽しむようにゆっくりと歩く。
ジョギングしている人たちを何気にごぼう抜きしている気もするが、あくまでも本人の主観ではゆっくりと歩いているのだ。第三者が口を挟むことではない。
おキヌの手には昼のお弁当のバスケットと水着などの入ったバッグの他に横島の朝食の入った籠が握られている。

横島はまだ寝ているだろうか?
多分寝ているだろう。約束は9時なのだ。
自分が訪ねていけばきっと驚くだろう。
その時はこう言ってやるつもりだ。

「待ちきれなくて…だから朝ごはんつくりにきちゃいました♪」

横島はどう言うだろう。
きっと顔を赤くして「ありがとう」と言ってくれるに違いない。
ウキウキした足取りはいまや完全にスキップに変わり、いかにも大和撫子といった感じの少女に追いつこうと必死にピッチを上げていた素人アスリートたちを完璧に引き離した。

ついに少女の姿が見えなくった道路には、オーバーペースで倒れこんだアスリートたちが死屍累々と転がっていた。


横島のアパートについたおキヌは安っぽい木製の玄関ドアを軽くノックする。
返事は無い。どうやら横島はまだ夢の世界をさ迷っているらしい。
ここは横島の寝顔を拝むチャンスと、そーっとドアノブに手をかけて回そうとすると鍵がかかっている。
勿論、幽霊時代からたびたび遊びに来ていたおキヌは鍵の隠し場所を知っているから慌てることはない。

「えーと…確かこの電気メーターの上に…」

よっこいせと背伸びしてメーターの上をまさぐるが鍵はない。
そりゃ当人が部屋にいるのに置き鍵をしておくこともないだろう。

「むー」

不満そうに頬を膨らませたものの、すぐにニッコリと天使の笑顔をみせてヘアピンを抜くと鍵のあたりに差し込んでみる。

カチリと音がして玄関の鍵はあっさりと降伏した。

音を立てずにドアを開け、足音を忍ばせて部屋に潜入する。
横島の様子を伺うと彼はだらしない姿で大イビキをかいていておキヌが部屋に入ってきたことに気づいていない。
潜入ミッションの成功に胸を撫で下ろして微笑むと持ってきた朝食の材料を台所に並べた。

なるべく静かに調理し、さあ。あとは目玉焼きだけと思ったとき後ろから横島が彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

「うーん…おキヌちゃん…」

起こしてしまったかと首をすくめながら朝の挨拶をしようと振り返ってみても横島は寝たままだった。どうやら寝言だったらしい。

「そんな…横島さん。寝言で私の名前を呼んでくれるなんて…」

菜ばしを持ったまま嬉しさに身をくねらせるおキヌの前で横島の寝言はエスカレートしていく。

「ああっ…おキヌちゃん…駄目だってそんなに舐めちゃ…」

「へ?」

どんな夢を見ているのかしら?と首を傾げるおキヌに寝言の第三波がやってくる。

「ああっ…そんなに擦っちゃヤバイって!」

「な?!」

ボンと音を立てて赤くなるおキヌの顔。横島はなんだか微妙な夢を見ているようだ。
男の子がそういう夢を見ることは雑誌とか悪友とかの話題で知っていたが、その中身が自分となるとなかなか複雑である。
かと言って不潔だと嫌らしいとは思わない。どちらかと言えば嬉しいのかも知れない。
ではやっぱり恥ずかしい…と全身赤く染めて戸惑うおキヌ。

「ほら…切手が破れた…」

「ってそっちですかっ!!」

「みんえいかっ!!」

脳天に菜ばしの直撃を受けて意味不明の言葉とともに飛び起きる横島。
キョロキョロと辺りを見回して、なんだか背筋に冷たいものを感じて振り返ってみれば、にこやかに笑っているエプロン姿のおキヌが居た。

「あ、あれ?おキヌちゃんどうして?」

「…待ちきれなくて御飯つくりに来ちゃいました…」

うん。用意していた台詞は自然に言えた。
多少棒読み臭かったかも知れないけど問題は無いだろう。
だって自分は今ちゃんと笑えているし。でもどうして横島さんそんな追い詰められたネズミさんみたいな目をしているんだろうか?となんとなく腑に落ちないものを感じたが今は詮索しても仕方ない。

「あ、ありがと…」

「いいえ。どういたしまして。」

ニッコリと微笑むとまた横島がピクッと震えたのが気になるものの、とりあえず料理の続きをしてしまおうとおキヌは台所に戻った。

後ろで衣擦れの音がする。
横島はパジャマを着る習慣が無いから、今は下着姿なんだろうと思うと自然と頬が赤くなる。
少しだけ振り返って見たいという気持ちもあるが、今は料理に集中すべきと気を取り直しておキヌは調理を続けようとしてふと気がついた。
目玉焼きにしようと思って持ってきた卵はまだ後ろの食材の入った籠の中である。

(卵をとるために振り向くのは自然ですよね。)

あっさり正当化を完了して振り向くおキヌ。
なるべく自然な様子を心がけながら期待を込めて振り向けば、横島はとっくに着替え終わっていたりする。
男の着替えの簡単さを知らなかったおキヌ痛恨のミスだった。

(ううっ…もう少し早く決断していれば…)

なんだか今日の予定に一滴の染みのように不穏な影がちらついた気がする。
そもそも今回の計画だって今までの奥手な、常に一歩引いてしまうような自分から脱皮するために綿密な計画を立てたのだ。

「今日の私は一味違うんです!」

「へ?」

声に出た。まずいまずいまずいマズイ…なんとか誤魔化さなければ。

「き、今日の目玉焼きは一味違うんですよ。」

「ああ、そうなんだ。楽しみだな。」

あっさりと納得する横島にホッと胸を撫で下ろす。
こういう時は彼の単純さがありがたい。
なんとか調理を済ませ二人は朝食をとり始めた。

朝だと言うのに気温は高い。どうやら絶好のプルー日和になりそうな按配である。
天はおキヌの味方のらしい。

自分の作った朝食をいつものように美味そうに食べてもらえておキヌは微笑んだ。

「いやー。美味かった。流石はおキヌちゃんの御飯だ。」

「うふっ。なんだったら毎日作りましょうか?」

「え?でも学校があるからまずいだろ?」

ちょっとだけカチンときた。
「作りに来ましょうか?」ではなく「作りましょうか?」と言ったのに…あっさりとスルーされた。
横島にそんな細かい機微を求めるのは無駄なんだなぁとつくづく思う。

しかし、だからこそ今日は一世一代、清水の舞台からムーンサルトするぐらいの覚悟で望んでいるのだと決意を新たにする。
そう。勝負はプールである。
興国の一戦これにあり。見よ!東方は赤く萌えている。!!
グワシと心の中でガッツポーズをするおキヌの背に湧き上がる炎を見て横島が多少ビビっていたが、幸か不幸かおキヌがそれに気づくことは無かった。






朝食の後片付けも済ませ一休みすると、散歩がてらと早めにプールに向かうことにする。
今日の決戦場所であるプールは電車で一駅程度の距離にあるのだから歩いていっても不都合は無い。
ゆっくりと朝の町並みを眺めながら歩けばちょうどいい時間だろう。

「それにしても朝なのに暑いなぁ」と隣を歩く横島がぼやく。

「そのほうがプールは気持ちいいと思いますよ。」

「そだね。」

それ以降は特に会話らしい会話はなかった。
それでもおキヌにとっては横島と二人っきりで歩くと言うのは至福の時である。
願わくばこの時間がずっと続けば…と思いかけて慌てて首を振った。
忘れてはならない…決戦場所はあくまでもプールである。

やがて二人の前にそのプールが現れた。
入り口でチケットを渡し、それぞれの更衣室へと向かう二人。
朝だと言うのに更衣室は結構混んでいる。
やはり人気のデートスポットなのだろう、若い女性が多いことに多少の危機感を感じる。特に胸とか。
最近の女性は栄養がいいせいか発育がいい。特に胸とか。
成長期を江戸時代に過ごした自分にとってはかなり不利である。

だが今回は新兵器を用意したのだ。
その名も「必殺!おニューの補正水着」
様々なカタログ、そしてデパートを吟味して選びぬいたまさに珠玉の一品。
自分のカラーである白と赤を基調としたシンプルなデザインのワンピース。
しかしハイレグではない。
さすがにハイレグはちょっと恥ずかしい。
思い返せば幽霊時代、操られていたとはいえよくハイレグ水着で空を飛びまわっていたもんだと赤面する。

だが今回の水着には人間工学、心理学、色彩学の粋をこらした仕掛けがあるのだ。
白のワンピースの胸の部分は横に赤いラインが入っている。
そう…膨張色たる赤を胸部に配置することにより、内蔵された補正カップ以上の量感を感じさせる…それがおキヌの勝算であった。

慎重に水着に足を通し、前傾するとカップの中にお肉を集めてみる。
もともと贅肉が豊富ではないからちょっと痛かったけど、なんとか元の位置に戻ろうとする脇のお肉を宥めすかせて中央部に集合させることに成功した。

肩紐を通して鏡を見てみれば「なんということでしょう」とピアノ曲をBGMに女性の声でアナウンスが入りそうなぐらい以前の自分と違う膨らみがそこにある。
さすが匠のリフォーム技といった感じだろうか。

令子のそれをチョモランマとするなら今の自分は富士山だろうか?と考えて資源少なさに少しだけ落ち込むものの浅間山よりはマシなんだい!と気を取り直すとニッコリと笑ってみせた。

「横島さん喜んでくれるかな?」

そんな問いかけに鏡の中の自分は顔を赤く染めたまま頷いてくれた。




着替えを終えて外に出てみれば横島はすでにプールサイドで所在なさげに佇んでいた。
まだ開園して間もないと言うのにプールにはそれなりに人がいる。
それでも混雑していると感じさせないのはこのプールが大きいせいだろう。

幼児用のプールには大勢の子供たちが浮き輪や魚の形をしたおもちゃで遊んでおり、それをプールサイドのイスに座った親達が楽しげに見やっている。

流れるプールや波の出るプールではアベックたちが思い思いの方法で冷たい水の感触を楽しんでいた。
さらに中央の競泳プールでは大学の水泳部だろうか?いかにもスイマーといった体格の浅黒く日焼けした青年がバタフライで泳いでいる。
ストイックに自分に課した時間と戦い続ける様はそこだけ別世界のように感じられた。

で、肝心の横島はと言えばプールサイドでやる気なさげに準備運動を始めたところである。
しかしその目は自分の前を流れて行く妙齢のお姉さんのタユンタユンと擬音を感じさせる豊な胸部をさり気無く追っている。

多少…いやかなりムカっと来たが今日の自分は一味違うのだともう一度確認するおキヌ。
その証拠に下を見ればいつもは見えちゃったりするつま先が今日は完全に死角になっていて…ああ、科学の進歩とは素晴らしい。ありがとう補正水着ってなもんである。

気を取り直してここが最大の山場と横島に近づくおキヌ。
なんども自分の部屋で試着してこの状況をシミュレーションしてきたのだ。
グラビアアイドルの写真集とやらも見て、どんなポーズが効果的かもちゃんと予習してきた。

さあ見てください横島さん!と心で叫んでおキヌは死角から彼の背後に立つと声をかけた。

「横島さんお待たせです♪」

「ああ、おキヌちゃん。別にそんなに待って…」

振り返った横島の言葉が途切れその顔が赤く染まり出す。
彼の視線は自分の足から頭の先まで一巡した後、再び胸元に戻って停止した。

来た…来ましたね横島さん…さあ誉めてください。
私はその一言のために頑張ってきたんです。
はやる気持ちを顔にも出さず、いや顔には恥じらいの表情を浮かべて手をおへその辺りで組んでみる。
これが必殺「さり気無い悩殺ポーズ」であることは予習済みだ。

突然プールサイドに沸き起こった初々しい世界に微笑ましい視線を送るギャラリーたちの目の前で今は茹でたタコのように顔を染めた横島が口を開いた。

「あ…あの…おキヌちゃん…」

「なんですか?横島さん…」

さあ。言ってください横島さん。「可愛いね」ですか?「綺麗だよ」ですか?どっちもリアクションは用意してあります。
だけど私としてはやっぱり今日は「セクシーだね」って言ってもらいたいんです。
さあ…言ってください横島さん。

いつの間にか固唾を飲んで見守るギャラリーたち。
ただ一人、バタフライ中の青年だけが豪快な水音とともに泳ぎ続ける中でついに横島の口から言葉が出た。

「な、なんていうか…おめでたいって感じがするね。」



時が凍りついた…。




                                                                       続く


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