ザ・グレート・展開予測ショー

GEKKOH〜紅の巻・シーン1「2dogs?」


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 4/24)

「タマモぉー、いないのー?」
それはまず、極端に稀有な可能性だと思う。だからこそ彼女は声を張り上げたわけだが。
タマモは普段決して、益のない運動はしない。上の部屋でくつろいでいるだろう。
「呼んだ?」
タマモが横手から顔を出した。
意図していない方から返事が返るということ、その程度のことはもう慣れた。
そのままで、普通に対応する。
「悪いんだけど、横島君を学校で拾ってこの仕事してきてよ。私は別件があるから」
差し出されたのは除霊依頼の書類一式。
「えー?なんでそんなのあたしにやらせんのよぉ!」
タマモにしてみれば、そんな遠出はまっぴらごめんこうむりたい。
彼女の他にも、平日の昼過ぎをゆったりと過ごすものは一人だけいる。
「なに言ってんの。うちの事務所が誇る二大バカが雁首揃えても物凄く頼りないじゃない」
「………」
反論できる筈もなかったので、とりあえずタマモはその場は引き下がった。
のろのろと自室に上がる途中、タマモは考えていた。なんとかしてサボる方法を。
今日はおキヌちゃんが帰ってきたら本格的なキツネうどんが食べられる筈だったのだ。
手順は多く、お揚げは水にさらして余分な油を抜いてから甘い下味をつけるetc。
想像しただけでよだれにとどまらず嬉し涙までこみ上げてくる。
だというのに、横島のお守などどうしてする気になれようか?
だが、そんな日だからこそ家主である美神の機嫌を損ねて叩き出されたくもない。
自分はいっさい美神の神経を逆撫でせずに、シロに仕事を押し付ける方法があれば――
いや、ある。結局のところ、自分が頼られたのは彼女が御し易いゆえなのだから。
部屋に入ると、ターゲットは骨をしゃぶりながら桃太郎を読んでいた。
相変わらず感性が計り知れない。タマモは柔らかい面持ちをつくり、声をかける。
「あのさぁシロ、横島と散歩に行くのって楽しいの?」
「あん?」
あまりに唐突だったので、問い返すシロ。タマモの思い描いた脚本どおりである。
「うんとね、ここにある依頼を、あたしと横島でやれって今言われてきたの」
「な…なんでお前が先生と!?」
絵本から顔を上げて、タマモを睨みつける。
一方のタマモは窓に自分の顔を映しこんで前髪を直す仕種をしつつ口を開く。
「あたしに訊かれてもなー。あ、あたしどこもおかしくない?」
両手でハの字を作って「見て見て」のポーズ。
「とりあえず……そうやって身嗜み整えてるとこがおかしいでござる…」
「そ、そっかなぁ……うふふ♪」
右手をそっと、自分の頬に添える。いつもなら怒り出すようなところで、笑う。
「………まさかとは思うがお前、先生に会うの楽しみでござるか…?」
「どうかなぁ♪」
シロの頭のほうから「みしり」という異音が聞こえ、なにやら気流のようなものが見える。
心の底から愉快になって、タマモは答える。なにしろ、相手が期待に応えてくれている。
「…拙者の先生でござるからな、あくまで」
「そうね。『ただの』先生よね」
今度は「ブツッ」という派手な音が聞こえる。殺意の視線も心地よい。
「拙者を怒らせたいんでござるか?」
実はそのとおりなのだが
「あら、あたしに怒るのは筋違いでしょ?だって仕方なぁく、行・く・ん・だ・か・ら〜♪」
「うああああああああん!美神殿ーーー!どーいうつもりでござるーーーーー!!?」
シロがダッシュで部屋を飛び出して、階下の美神に直訴をはじめたのを確かめて呟く。
「…やりぃ」
ああなったシロをなだめるのは簡単ではない。そう。だから彼女はここに居るのだ。


ソレが訪ねて来たのは、シロも美神も出発して間もない頃だった。
バキパキビキン
不快な音が響きまくる。
「ちょっと…なによ、これ?」
「結界が押し破られてる音です、タマモさん」
事務的な口調が告げる。招かれざる客が来た、ということでよいのだろうか?が。
コツコツ
扉を叩く音であるが、音で判断する限りでは破られた可能性は低い。
と、いうよりもこれはノックであろう。
結界を力任せに破る力を受ければ、再生能力を省けば単なる木の板である扉は塵と化す。
素直に推測すれば、相手が人外であることと害意がないらしいことは読みとれる。
ゴンゴン
苛立ったのか、かなり強めのノック。
「……どう思う?」
若干素直さに欠ける女は、空間に意見を求めた。
「これだけ圧倒的力なら、目的が我々の殲滅という可能性は有り得ません。
扉を吹き飛ばしてすぐに実行するのが最良の選択でしょうから」
概ね彼女と同意見らしい。
「こちらの実力が解ってないだけじゃないの?」
「それは、私の見立てではまずないと思います。結界に触れれば我々が気づくのですから。
万が一敵性体だったとして、我々からなんらかの利益を求めている可能性が高いでしょう」
騙して利用したり、脅迫して有利な取引をしたり。そんなところか。
ガンッ
更に強く叩いた音。いや、単発であるから蹴ったのだろうか?
「無視したほうがいいかしら?」
「相手に敵意があった場合、突破してくるでしょう。なければ、お引取りになるでしょう。
つまり、どちらにせよ我々にとって望ましくありません」
「チッ…しょーがないか……」
一応、ドアを開けると同時に致命的な攻撃が来る事だけはない。
それが保証されただけマシと覚悟を決める。が。
ガチガチ、チャッ、ギィィィィィ
蝶番の軋む音。どうやら「客」はピッキング対策まで施された錠を外せたらしい。
「意外な展開ね……」
「しかし空き巣でしたら、やはり強攻策に出れる実力をあえて使わない意図が不明です。
単に気が短い性分なだけかと推察しますが」
「堪え性のない奴に錠はずしなんて細かい作業できるかしら?」
「天才的に手先が器用か、さもなくば鍵開けの作業に面白味を見出していればあるいは」
どっちも有り得なさそうで有り得る。イロモノであることさえも共通している。
とりあえずこうなってしまってはしょうがないので、タマモは玄関に顔を出した。
そこには周囲を観察するように視線を這わせる、深紅の髪の女がいた。
顔を動かすたびにその前髪がひょこひょこと揺れる姿には、愛らしいものさえあったが
対照的に本人は、問答無用の威圧感をむやみやたらと撒き散らしている。
忙しなく玄関を見回しているが、そうかといって警戒してる様子は微塵も感じられない。
隙だらけといえば隙だらけである。ただ、その隙にはあまりいい匂いはしない。
もし今、誰かが彼女に奇襲をかけても彼女がかぶるのは返り血だけだろう。
つまり、彼女自身それを心得ているから隠せる隙を隠さない。そういう印象があった。
タマモは別に武術の心得があるわけはない。直感だけでそう断定できる。そんな相手だった。
これほど強烈なインパクトを持つ輩とは、勿論初見であったのだが
その「雰囲気の輪郭」とでも表現したらよいか、なぜやらよく見知っていた。
肩に引っ掛けたドラムバッグからはみ出ている、日本刀の黒鞘と真っ赤な尻尾――
「人…狼……シロの関係者か」
タマモの呟きに反応し、いや、それは反応といえただろうか。観察は止めずに、声を出す。
「話が早くて助かる。取り次いでくれ」
初対面の相手に愛想もそっけもない、こちらのあてずっぽうに対する肯定と自身の用件。
完結で明瞭なだけの、しかしそのことにおいては相当に優秀な一言。
相手に解り易いようには理想的だったが、相手を逡巡させてしまうのであまり意味がない。
「えぇっと……今、ちょっと空けてるから…」
さしものタマモも、相手のペースにはまってしまうと抜け出すのは容易でない。
「では待とう」
バッグを放り出しつつ、さらりと言う。
「げ」
「『げ』とは?」
「あ、えと……遠出してるから遅くなると思うんだけど…」
タマモは慌てて言い繕う。現在留守番は自分一人。
この客を上がらせれば、もてなすのは自分しかいない。自分を知るのは兵法の基本である。
………………………できるわけがない。
何度頭の中でシミュレートしても、自分が客をもてなすイメージは浮かばない。
ここはなんとしても相手を引き返させねば、待つのは恥という名の敗北である。
「問題無い。私のほうは、時間をもてあましているからな」
あっさり敗北コースに舵を取られる。それは落下している時の脱力感にも似ている。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー………。
ポーカーフェイスの裏側で、力の限り悲鳴を上げた。
「はっ!」
ふと、会心の策が思い当たる。失うものも決して小さくない捨て身の策であったが。
「……どうした?」
流石に狼狽するだろうと思っていたが、彼女は多少声をかけるのを躊躇った程度だった。
「いや、あたしもちょうど暇だったんで散歩がてらシロのとこまでこっちから行きましょ」
要は事務所に上げなければ、公共の道路なら立場は対等なわけである。
もてなすことも、もてなされることもない。それに人狼は散歩と聞けば飛びつくはずで…
「散歩という概念が理解できん。もう少し負荷の軽い遊びは思いつかんのか?」
「はぇ?」
「時間はともかくとしても、体力の無益な浪費には付き合えん」
タマモの本音としては大賛成なのだが、そうも言っていられない。
それにしても、散歩が好きなのは人狼ではなくシロ個人の習性だったのだろうか。
「ときに、あんたシロの友達かなんか?」
なんでここまでシロと性格が噛み合わないのに会いにきたのか、好奇心が擽られる。
「それを私に尋ねる貴様は?」
言われて、タマモは瞬間的に脳をフル回転させる。
(う…なんて答えればいいんだろう?ルームメイトなんて言ったらまた
誤解されかねないし、かといって喧嘩相手なんて言って大丈夫かしら……)
「あ…相棒……かな?」
「問い掛けるな」
「んと、仲間……」
「そうか」
「……………」
「……………」
「あの、それであんたとシロの関係は……?」
「それはさっきの質問と意味が似通っているな」
「うん……」
「…………」
「ちょっと?」
「なんだ?」
「答えないの?」
「答える必要、もしくは答えるメリットがあるか?」
タマモはこの時になってようやく気がついた。
この人狼はシロはおろか、自分よりも圧倒的に口が達者なのだった。

つづく

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