ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 永遠編 幕


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/ 5)

昔よく通った道を歩き、懐かしい面影を残すドアを遠慮がちにノックする。
 ガチャッ キイィィィイ
半分腐ったようなドアが、軋んだ音を立てて開く。
ドアの内側から現れたのは、凡そこのボロアパートには似合わない飛び切り美人な女性。
 「ドクター・カオス! お客様です!」
女性は自分の姿を認めると奥の人物に呼びかけた。
返事は……無い。
女性に軽く会釈して上がりこみ、奥を覗く。
そこにはベッドに上半身を起こして放心したように窓の外を見据える老人がいた。


 「お久しぶりです」
声をかけると、老人はこちらを振り向いた。変わっていない……いや、多少皺は増えただろうか…だが昔よく見慣れたままの顔。
 「ナガシマです。あなたの一番にして唯一の弟子。あなたの知識を、技術を、意志を、人生を、全てを受け継いだ者です」
しかし老人はその言葉に反応することは無かった。ただ人好きのする微笑みを浮かべ続けるだけ。
 「ドクター・カオスはあなたのことを認識できないようです」
自分に続いて部屋に入って来た女性が見たままの判断を伝える。
 「わかってるよ………いや…わかってたさ……」
自分で確認するかのように小さく呟く。
そう、分かっていた。ドクターをこの状態にしたのは自分なのだから。



あの時……魂解析機のスイッチを自らの手で押してドクターの魂を消滅させた時……。
機械内のドクターの『肉体』はまだ生きていた。
ドクターは不老不死であったし、それ以前に幽体離脱の例からも分かるように魂が抜けても肉体がすぐに死に至るというわけではない。代謝機能などは止まるが医学的にはしばらく生きた状態が続くのだ。
自分は急いで機械内に残ったドクターの魂だったもの―幽素―をかき集めてそれを材料に、ドクターの魂の解析結果を設計図にしてドクターの肉体を魂製造機にかけた。マリアから『M-0』を創ったときと同じやり方だ。

うまくいかないであろうことは分かっていた。
ドクターの魂は衰弱が進んでおり、幽素は魂一つ分を作り出すのにはかなり危うい量しか残っていなかったし、肉体を持つ人間であるドクターに魂を封入するだけでよいはずもない。
それでも一縷の望みに賭けたかった。
マリアの例で同一人物にはならないことは間違いなかったが、魂が完全に消滅することだけは避けたかった。
魂には可能性がある。成長する可能性。自ら変異する可能性。そして、転生する可能性。
ドクターの魂だったものに何らかの可能性を残したかったのだ。
その点で賭けは成功と言えたのかもしれない。
『それ』は何も分からない状態ながらも、こうして生きているのだから。



 「どうしますか? これ以上の会話は無意味ですが……」
背後の女性が問いかけてくる。
 「いや、もう少し話させてくれ」
振り返って女性を見る。彼女も変わっていない。その容姿は自分が最後に見たときのままだ。
だが、そのことが却って自分の胸を締め付ける。
その顔は、体は、自分が愛した女性のものであるから。でもその女性はもうこの世のどこにも存在しないから。
 「………」
一瞬激しい悔恨の念に囚われるが、全てはもう過去のこと。
2度とやり直すことの出来ない、過ぎ去りし時空のできごと……。

気を取り直してドクターに向き直る。
 「今日は成果の報告に来ました。あなたの研究の……」
ドクターの目を見て話す…が、ドクターはにこやかに微笑む以外の反応を示してはくれない。
 「あなたのおかげでMシリーズの問題は解消しました。今やMシリーズは世界中どこでも活動できるようになったんですよ」
いや1体だけ例外がいる。背後で様子を見守っている女性―Mシリーズの試作第1号『M-0』―だ。
彼女だけはドクターから離れては活動できない。



いま、何も分からない状態のドクターの身の回りの世話は全て彼女がしている。
ドクターがこんな状態になってからしばらくの間は自分もここにいて試作第2号『M-1』製造を手掛けていた。
『M-1』には、マリアの魂のコピーとドクターの魂のコピーを同時に入れ、二つの魂が相補的に霊波放出による消耗を補填しあいながら、調和を保って一つのボディを制御していくようにした。ちょうど対極図のイメージだ。
これなら魂の消耗が人工魂であるが故のことであっても、マリアがドクターの存在を欲した上でのことであっても、問題なく作動するはずだ。ドクターの霊波の影響を受けてきたマリアの魂は、逆にドクターの魂の消耗を十分に補填しうるだろうから。

そして『M-1』の起動は成功した。
不安要素であった2つの魂も、完全に一つの人格として統合されているようだった。
しかしもう一つの問題。果たして本当に一切の霊波供給無しに独立動作できるのかを試さなければならなかった。
そこで自分は量産に向けての体制作りも兼ねて、住みなれたドクターの研究所―このボロアパート―を離れることにした。
それに際して『M-0』の魂にも同じ処理を施すことも考えたのだが、思い直して替わりにドクターの世話を頼んだ。
ずっとドクターの傍にいる分には何の問題も発生しない。
どちらも別人になってしまったけれど、それでもこの2人にはいつまでも相補的に、一緒にいて欲しかったのだ。



 「ドクターの名義で会社も創ったんです『CHAOS MAGICATORONICS』って言います。どうです? カッコいいでしょっ!? Mシリーズの製造と販売を一手に握って今や世界的大企業! ドクター念願の大金持ちです! もう研究費用に困ることもないんですよ!!」
ここまで来るのに相当の紆余曲折はあったが、ドクターとマリアの意志を無駄にしないためにも歯を食いしばって頑張ってきた。
そして今日という結果報告の日を迎えることができたのだ。
 「世界中の消費者……いや、Mシリーズに接した人々から感謝の手紙が毎日届くんです。命を助けられたとか、研究が進んだとか、新しい家族ができて…寂しく……なくなったとか………」


 「ナガシマさん。これを……」
『M-0』がハンカチを差し出してきた。
知らない間に涙が溢れていたようだ。
あれ以来、ドクターとの別れ以来、成功するまではと、ずっと堪えて来た涙。
 「ありがとう。マリア」
『M-0』ではあるのだが呼び名はマリアだ。しかし名前は同じでも目の前にいるのは―――!!??
 「ノー・プロブレムです。ナガシマさん」
そう言って元の位置に下がる『M-0』は、今かすかに微笑んだのではないだろうか……?

……そうだ! そうだよ! そうじゃないか!!

涙を拭いて、またドクターに向き直る。
 「Mシリーズはドクターとマリアの子供でもあるんです。2人が確かに生きたという証……」
子供は…魂は…成長する。親の…創造主の…予想も超えて。そして新たな可能性を生み出し続ける。

親は…創造主は…ドクターとマリアは………もう目の前の二人の中にも…この世のどこにもいないけれど………

 「ドクターとマリアはMシリーズの中で共に生き続けるんです。永遠に……」


 

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