ザ・グレート・展開予測ショー

学校へ行こう!_2(La Follia_10)


投稿者名:アシル
投稿日時:(03/ 1/12)


「それで今度は女子トイレ?」

「なんでワシらが手伝わせれるんですかノー?」

「まあ、いつものことですけどね……」

 放課後の廊下。夕陽の照らす人気のない校舎にペタペタという上履き特有の足音と、ガコンガコンッという机を運ぶ重たげな音が響き渡る。
 愛子、タイガー、ピート。3人ともに不満げなのは、前を歩く横島に強制的に連れてこられたからであった。
 振り返った横島は、至って真面目な顔で答える。

「なに言ってるんだ。ボクらは同じ除霊委員の仲間じゃないか。助け合うのは当然だろう!」

良い台詞に聞こえるが、状況からすると実はかなり理不尽な台詞であった。

「そういえば、そうだった気も……」

「忘れとった……」

 危うく騙されかかっているのは、割と素直なピート、タイガー。
 愛子は机に腰かけ冷静に訊ねる。

「それで、本音は?」

「いかに俺がゴースト・スイーパーとはいえ、相手は全国区の妖怪だぞ。恐いに決まってるだろうが!」

「全然威張れる話じゃないですノー。横島サン」

 あっさりとメッキを剥がす横島に、気の弱さでは彼とタメの張れるタイガーがおろおろと涙を流す。

「っていうか、そもそもなんで花子さんをお払いする必要あるの? 別に危害があるわけじゃないんだし」

「幽霊だ妖怪だって言っても、この学校のみんなは慣れてますからね」

 自身、ヴァンパイア・ハーフのピートである。700年生きている中で、こんなに大勢の人間――それも身内以外――から友好的扱いを受けた記憶はない。
 横島は、ああと肩を竦めた。

「なんでも、みんなが面白がって会いに行くもんだから、毎回返事するのに疲れていじけちゃってるのを励まして来いだってさ」

「「「なるほど……」」」



 ……



 トントントン……

「入ってますかぁ?」

 三つあるトイレの、一番奥の戸を叩く愛子。
 やはり女子トイレと言うことで抵抗があるのかピートはどことなくぎこちない。
 逆に、横島とタイガーは興味津々である。
 本当はもっと早い時間に潜入しようとも立案したのだが、愛子を始め周囲の女生徒の猛抗議にしぶしぶ放課後居残りとなったのだ。

『……別に、そんなことしなくても霊力のある相手とは普通に話せるわよ。わたしだって』

「「「おわっ」」」

 突然、ドアをすり抜けて現れた女性に思わず驚く愛子たち。
 長い前髪は黒く、背はスラリと長い。彼等の考えていた花子のイメージよりも遙かに大人びている。どう見ても大学生ぐらいだ。
 呆気にとられる一同。しかし、横島はパッと飛び出し花子の前に跪く。

「初めまして花子さん! ボク、横島って言います!! 一緒に愛を語りませんか!!」

『いいわよ』

「なに言ってるのよ横島くん! ――って、えぇ!?」

 ニッコリと微笑む花子に、思わず耳を疑う愛子。
 花子の手を取ろうとしていた横島自身も、驚いて動きを止める。
 ピートとタイガーはもっと深刻だった。

「横島サンが……」

「ナンパに成功するなんて……」

『あら、結構いい男じゃない。あなたもそう思うでしょ?』

「えっ――!」

 突然話を振られた愛子は、ガタンッと本体である机を揺らして後ろに下がった。しかし、頬が赤いのは誤魔化しようがない。
 タイガーは信じられない、と言った風に頭を振った。

「夢でも見てるんジャろーか……」

「……ジーザス。あなたは僕を見捨てたもうのか」

 ブツブツと虚ろな目をして呟くピートはちょっと恐い。
 それぞれの取り乱し様を堪能したのか、花子はもう一度ニコッと笑った。

『冗談よ。暇だったからからかっただけ。だからあなたも安心して良いわよ』

「横島くん?」

 呼びかけられて、ビクリと肩を振るわせる。

「あ、ああ。なんだ、冗談だったのか……」

『ガッカリした?』

「ナンパに成功したのなんて、GSになったばっかりに声かけた人妻人魚以来だぜ」

『そういうことにしておいてあげるわ。お友達の前だしね?』

 意味ありげな視線。

『これでも割と長生きなのよ。そんな見え透いた嘘も見破れないほど安くないわ』

「……」

 押し黙る横島。心なしか、顔が青ざめている。
 タイガーや愛子たちは、話に着いていけず首を傾げている。
 おかしな雰囲気になったのを誤魔化すように、ピートが慌てて口を開いた。

「そ、それにしても、聞いていた話では花子さんってもっと幼いと思っていたんだが……」

『それは日本人が勝手に創り上げたイメージ。私、これでも幽霊歴は1300年だし元人妻よ』

「それは意外な……」

「妖怪じゃなかったのか……」

『それで? あなたたち、見たところ霊能力者みたいだけど。わたしをお祓いに来たの?」

「え、あ。それは……」

 言葉に詰まる。
 予想外な展開にひそひそと円陣を組んで顔を寄せ合わせる横島たち。

「ちょっと横島君。落ち込んでるから励ましてこいって話じゃなかったの?」

「落ち込んでいると言うには、随分とくつろいでますね……」

「どういうことかノー?」

「俺に聞くなよ。ともかく、落ち込んでないなら別にいいだろう。仕事は果たしたってことさ」

 横島はにこやかに微笑むと、そのままドアの方へ歩いていった。

「なにやら手違いがあったようなので、ボクらはこれで失礼します」

『それで返すわけないでしょ』

「あう……」

『ちょっと演技して、あなたたちが来るように仕向けたのは私。さて、ここで問題です』

 いつの間にか一同を追い越し、ドアの前に立ちはだかる花子。

『なんで私がわざわざこんな学校に来たと思う?』

「さ、さあ。何故でしょう?」

『答えは――、あなたに会いに来たのよ。横島忠夫くん』

「へぇ……。こんな美人にご指名をうけるたぁ、俺も捨てたもんじゃないな」

 妖艶に微笑む花子。
 その気迫に押されて、横島は思わず身構えた。
 愛子を守るようにしてピート、タイガーも横島に並ぶ。

『大丈夫。あなた達と争う気はないわ。あのアシュタロスと争って打ち勝った連中を3人も相手にして勝てるとは思えないモノ』

「「「――!」」」

 思いがけない人物の名前に、心当たりのある3人は動いた。
 ザッと、もう一歩前に出たのはピートとタイガーだった。

「誰に聞いた。その話……」

「場合によっちゃあ、そっちにその気がなくてもヤることになりますけんノー」

 ちらりと横島の方に視線をやる二人。
 横島はアシュタロスの名前を聞いて、先程までより更に顔色を悪くしていた。
 愛子が慌てて支えなければ、そのまま倒れていたかも知れない。
 
『私達は幽霊。生命の残滓。その気になれば、どんな秘密だって暴けないものはないわ』

「オカルトGメンの美神隊長が直々に報道を取り締まったんだぞ!」

『その人がどんな人物であれ、所詮は人間。情報漏れをすべて防ぐことは出来ないわ』

 それに、と横島の方を見ながら、花子は面白そうに続けた。

『事件後唐突に、当時の関係者のうち横島くんの情報プロテクトだけが不必要な程に上げられれば、誰だって勘ぐるものでしょう?』

「横島さんに会いに来たと言ったな。要件は何だ」

 威圧するように告げるピート。興奮しているのか、長い犬歯が剥き出しになっていた。

『忠告よ。日本にいる幽霊たちの意見を代表として伝えに来たわ』

「忠告?」

 花子は薄く微笑みを浮かべると、朗々と歌い上げるように告げた。

『私達は幽霊。幽霊は死者。死者は甦らない。甦らせてはならない。ただ我々のことをその心に刻んでいてくれればそれで良い。……この言葉、忘れないでね』

「なんだと?」

 思わず聞き返す横島。何の事を言われたのかは、分からない。ただ、胸の中でズキッと何かが傷んだ気がした。

『私達幽霊とあなた達ゴースト・スイーパーは、所詮狩る狩られる者の関係なのよ。それを忘れないで』

「俺たちは、人間に害を及ぼす悪霊を祓うだけだ!」

『悪霊と呼ばれる者達だって、悪霊となった理由があるのよ』

「――っ!!」

 声を失う。
 それは考えてはいけないことだった。それを気にしてしまえば、ゴースト・スイーパーは勤まらない。
 自分が口にする牛や豚、米や野菜を親身になって哀れむことを人間が知らずのうちに自制するのは、それが直接自分の死に繋がるからだ。除霊という行為は、この世に心残りがあって昇天できなかった霊を強引に成仏させる方法だ。心残りを持ったまま無理に成仏させられることが、霊達にとって邪魔以外の何でもないことは考えるまでもない。
 横島は、自分がここにいる理由という者を根底から否定された気がした。
 ピート、タイガーもそれぞれ苦痛そうに顔を歪めている。
 花子は薄い笑みを浮かべたまま、スッとドアの前を離れた。

『それだけよ。もう会うこともないと思うけど。もしまた会ったときは――、……いえ。何でもないわ。それじゃあね』

「ま、待ってくれ!」

 スッと空気に混じるように姿を消す花子。
 追いすがる横島の手が彼女の体をすぅっとすり抜ける。何しろ相手は幽霊だ。
 花子の消えた後には、何もない空気だけが残っている。

「……なんだったの。いったい」



 気まずい空気の中、愛子の呟きだけがやけに響いた気がした。
 

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