ザ・グレート・展開予測ショー

娘と恋人と修正の余地ある境界線


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 1/12)

 何もない、ことが幸せなのです。そう、思いませんか?そう、何もなかったんです。何も。ええ、ありませんでしたとも(断言)


 湖面に映る揺らめく光の粒を見つめながら、ただ、佇む。何を思うわけでもない、そこに何を感じるわけでもない。ただ、見つめている、何かを探るように、何かを思い返すように。
 遠き日のことは何一つとして、思い出せなかった。不思議と、それで良いと思える自分がいる。分かるのは、ただ、自分の名前と、流浪の生活をする自分の持つただ一つしかない取り柄―――GSの能力だけだった。旅先で出会う人々は、自分のことをかなり上位に位置する実力のあるGSと評価する。彼らの目から見てそうなら、そうなんだろう。が、何故か彼らからその言葉を聞くたびに無力感に打ちひしがれる自分を思わずにはいられない。
―――結局は、そう言うことなんだろう。彼は思い返す。自分に媚びている様子の街の人々の姿を。結局、彼らにとって見れば、何だって構わないのだろう。偽ることさえ、問題ではないのだ。
 その度に傷つくことは分かっているのに、どうして自分は彼女らにていよくだまされてしまうのだろう。そして、いつも助けられる。旅の道連れである彼女に。


―――実際の所は、彼に付きまとう女性を彼女が突っぱねているだけなのだが、彼がそれを知る術はない。まぁ、分かりそうなものだが。

 「横島・・・ご飯、出来たわよ」
 
 「・・・あぁ、すぐ行くよ」

 思考を止め、彼女の下へ行く。そこにあったのは簡素なテント、焚き火の上に設置された飯盒で炊かれたご飯と、どうやって作ったのかまるで分からない不可解な外見をしたおかず―――初めて食べた時に感じた何かしらの違和感はもうない。人として大切なもの(主に味覚)を失った気がするが、それも最近では気にならなくなってきている―――を噛み締めながら―――感触はまるで木綿豆腐のよう―――、彼女に依存していることを少し申し訳なく思う。そうすることに喜びを感じていることもまた事実だったが。
 
 「さぁ、召し上がれ・・・って、もう食べてるわね」
 
 彼女は呆れ顔、彼はそんな彼女にばつの悪さを覚えつつ、食べるのをいったんやめる。口の中にまだ咀嚼している、食べ物であるかさえいささか疑問視せざるをえないものを含みつつ。
 
 「んぐ・・・(パチンッ)・・・いただきますっ」
 
 手を打つ響きに彼女は顔をしかめる、が、怒った様子はない。
 
 「・・・遅いわよ。今度からは食べる前に言ってよね」
 
 そう言うとにこりと笑い、自分も手を合わせ、「いただきます」と言った。そんな彼女の母性愛溢れる姿に、ぼんやりと浮かび上がる母親の面影を探しつつ、自然浮かぶ思いに、笑みを漏らす。
 
 「でへへへ・・・」
 
 思いもよらず、漏れたのはいやらしい笑み。
 
 「その笑みはやめて・・・」
 
 気味悪げに呟く彼女。何気にショックを受けつつも、その意見を取り入れてみる。
 
 「ははは」
 
 「・・・」
 
 肯定の意思を感じさせない冷たい視線。何故だろう?ご飯があまり美味しくは感じられなかった。味どうこうは置いといて。

 



 「ねえ、横島?」
 
 布団の中で、彼女が尋ねる。不安げに揺れる、その瞳をどこか遠い昔に見たような思いに駆られながら、彼は彼女に目線で先を促す。彼女は頷くと、意を決したように聞く。
 
 「・・・不安にならない?記憶がないことを・・・」
 
 その顔に浮かんだ複雑な表情が、彼には心苦しかった。確かに、このたびの初めは、彼女に対しいささかの警戒心を持っていた、そして、記憶のないことに深い苛立ちを覚え、彼女に当り散らしたことさえある。自分の婚約者、と名乗るこの女性に自分がしてきたことは決して許されざることではない。この表情の中に、若干、その意味を含めた恐れがあることも否定は出来ない。彼は答える。胸を刺す、後悔の念という刃による痛みを感じながら。
 
 「・・・不安になんてならないさ。君がいるから」
 
 それは本心だった。
 
 「君がいるから」
 
 彼女の顔にあった悲しげなものが晴れていく。そして、嬉しそうな笑みが代わりに浮かぶ。
 
 「・・・私も、初めは不安だった。いつも、そう。でも、思うの。あなたがいてくれるから、辛いことも悲しいことも乗り越えてこれた。間違いなく、私はあなたと生きてきたんだから・・・。私が愛したのは、あなた―――記憶を失う前のあなた、そして、今のあなた。―――ずっと、昔、あなたが言ってくれた言葉があるの・・・たとえどんなに短い時の中のことでも、心の中に留まる記憶はある、って。きっと、今この時の記憶は、私とあなたの中に残る、忘れる事無く留まり続ける・・・。思い出せなくても良い、ただ、心の片隅に置いておいてくれれば。私の事を、忘れずにいて・・・横島」
 
 ルシオラはそう言うと、枕を持って、俺の下に近づく・・・。そして・・・。

 

 夜も深く、まだ、あたりに光はない。早朝、とさえ言うには早すぎる真夜中、目覚めた時、彼女の姿はなかった。テントの中にいるのは俺だけ。見渡しても、狭いくらいな広さしかないテントの中に、彼女のいたであろう痕跡はない。全てが夢だったかのような思いに、切ない思いを覚える。そして、自分の中にある、見慣れぬ記憶に戸惑いを覚える。―――彼女の名はルシオラ・・・婚約者、と彼女は言っていた。
 しかし、彼の記憶の中にそんな事実はなかった。暗闇の中で思い出す、彼女の顔に浮かんだ悲しげな笑みを。
 時間がなかったのだ。彼女には。
 僅かに開いた隙間から青白い光がこぼれる、そこから見える光景は幻想的なものだった。
 湖面に映る光。月明かり、その中に、彼女の姿が浮かぶ。
 
 「ルシオラ・・・」
 
 彼女は何も言わない。
 
 「俺は、幸せだったよ。僅かな時間しか一緒にはいられなかったけど。俺は幸せだったんだ。不思議なくらい・・・いや、きっと」
 
 彼女は笑みを浮かべる。何も言わなくてもいい、そう言うかのように彼女は人差し指を立てながら、自分の唇を押さえる。そして、俺は何も言えなくなる。
 
 「私も、幸せだった。本当は、あのままいなくなるのが良かったのかもしれないけど、それじゃあ、勝手すぎると思ったから・・・」
 
 彼女の顔には笑みが浮かんでいた、泣いているのではないかと見間違えるほどに、悲しい笑みが。慰める術を知らないことに、深い憤りを覚えながら、彼はそこに佇むことしかできなかった。
 
 「・・・だから、ここであなたと最期に会いたかった。もう、会えることはないかもしれない・・・でも、変わらないものはきっとあるから・・・ここに、私とあなたはいたから」
 
 だから・・・彼女の体が薄れていき、やがて消える。そして、小さな少女が河川敷に倒れ伏す。彼はその少女に近づくと、抱き起こし、抱えてテントに歩いていく。
 
 「だから・・・私、忘れないから」
 
 口元がそう動いたのを彼が見ることはなかった。彼は、ただ、空を見上げていたから。

 「・・・ルシオラ・・・忘れないから」

 空は綺麗だった。幾億の星が煌き、大地に光を注ぐ。月よりも寧ろ、彼らが彼女を照らしていたではないかと思うほどに。思えば、こんなに星を意識したのは今日が初めてじゃあないだろうか。そんなことを思いながら、ぼやけた視界に映る星空を眺める。
 ―――ぼやけた?彼は気付いていたことに気付かぬフリをしていた。無意味なことであるということは分かっていた。それでも、認めてはいけない気がした、彼女がいなくなったこと、それを認めないわけじゃない。ただ、強くならなければ、いなければならない、そんな気がした。それでも。

 「お父さん・・・泣いてるの?」

 「・・・うんにゃ・・・泣いてないよ」

 「嘘っ・・・」

 「・・・ちょっと、目にゴミが入っただけだから・・・蛍子はおやすみ?」

 「・・・うん」

 テントの傍にそっと下ろすと、彼女はその中に歩いていった。彼はその彼女を見送ると、また空を見上げ出した。額に汗を浮かべながら。

 「ルシオラ・・・最期にしてしまった過ちを償う術を俺は知らないんだが・・・どうすれば良いんだろう」

 歩き方が妙だった愛娘にいささか―――いや、かなりの不安を感じながら、最早、自分の中で冬眠(狸寝入りか?)をしようとしている蛍に、答えを聞くことなど出来ないことを分かりつつも、彼はただ思いを馳せていた。恐らくは妻から半殺しの目に合わされること難くない・・・下手すれば命さえ取られかねない―――遠くない、近い未来に―――。



―――めでたくなし。全然、めでたくなし。

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