東京ジャングル 5
投稿者名:居辺
投稿日時:(02/10/21)
7.残された人々
「れ、よこひまふぁ、行方ふめえっれか?」
「口の中に物を入れて話すの、止めて頂けません?」
伊達雪之丞は箸に刺した豚カツを、きまり悪そうに降ろした。
弓かおりが恥ずかしそうに、アイスコーヒーのストローをくわえている。
「悪い。昨日から何も食ってなかったもんでな」
口の中の豚カツを飲み下して、雪之丞はニヤリと笑った。
「またですの? 食事と睡眠だけはきちんと取りなさいと言ったでしょう?」
「だいたいあなたは何時も何時も、心配させるようなことばかりして……」
「美神の大将はどうしてるって?」
雪之丞がかおりを遮って、話の先を促す。
かおりは少しむっとしながらも、話を元に戻した。
「空間転位について検索した、文献データベースからのプリントアウトできました」
おキヌが紙の束を抱えて、隣室から入ってきた。
「ん、そこに置いといて」
美神はクリップでまとめた紙束を、食い入るようにして読んでいた。
少しやつれたようだ。自慢の髪が乱れて、額にかかっている。
その隣のタマモは辞書を開いて、不明の単語を訳している。
「なんでちゃんとした日本語じゃないの?」
ねじり鉢巻きのタマモは、根性尽きたとばかりにぐったりしていた。
文献は奇妙な言い回しのオンパレードで、まともに読んでいると酷く疲れた。
「翻訳ソフトかましてあるだけ、ありがたいと思いなさい。特殊な単語を訳すだけですむんだから」
同じくねじり鉢巻きの美神が、紙束から顔を上げないまま答える。
美神の読んでいるのは、翻訳ソフトの対応していない言語の文献だ。
おキヌは紙束の山から1冊手に取ると、美神の隣に座って読み始めた。
オカルトGメン日本支部では、美神令子除霊事務所の一同が、資料を読みあさっていた。
ありとあらゆる文献の中から、今回の事件を解明するヒントを探していたのだ。
本当ならすぐにでも、森に入って横島を探したい。
だが、政府による封鎖が、あれ以来続いていた。
母や西条に止められていることもあって、美神達は森に近づくことさえできなくなっていた。
あらゆるつてを頼って交渉したが思わしくなく、Gメンのデータベースの閲覧許可が下りただけだった。
「こんなの何の解決にもならないわ!! どうして、あそこに行かないの!?」
机を叩いてタマモが叫んだ。
「心配じゃないの!? 横島やシロのことが」
「あいつらが? 死んだわけでも無いのに何を心配スンのよ」
美神が静かに言う。タマモの顔が蒼ざめる。
「……見損なったわ」
タマモは立ち上がると、そのまま出て行こうとする。
「タマモ? 勝手なことしたら、今度こそ退治してやるからね」
顔を上げた美神と、タマモの視線が交錯する。
おキヌがそっと美神にささやく。
「私に任せて下さい」
おキヌはタマモを連れ、部屋の外へ出て行った。
「美神さん、心配してないわけじゃ、ないんですよ」
おキヌはニッコリして言った。
二人は応接セットに、向かい合って座っている。
ジュースのコップが、テーブルの上で汗をかいていた。
「だけど、あんな冷たい言い方……」
「美神さん、さっきのタマモちゃんと同じような相談を、お母さんにしたんですって」
キョトンとするタマモに、おキヌは更に言葉を繋げて行く。
「お母さんに言われちゃったんですって。『身内を守れないGSに何ができるの?』って」
「だけどあれは、あいつらが自分で……」
「そうね。でも、お母さんは美神さんに責任があるって思ってるし、美神さんもそう思ってるの」
「美神さんがここでじっとしているのは、私たちを守る為なんじゃないかしら」
タマモが目を見張る。
「私たちを危険にさらさない為。そう言うのね? ……随分、見くびられたものね」
「違うわ。美神さんは万が一にも失敗できないのよ」
おキヌはきっぱりとタマモの言葉を否定する。
「私は怪我してるし……」
おキヌは、バンダナを巻き付けた右手を胸に抱いた。
「タマモちゃんは、今度政府に目を付けられたら美神さんでも、もう守ってあげられないもの」
はっとするタマモにおキヌが更に言葉をかける。
「だから、美神さんに謝ってあげて。美神さん今回は相当参ってるみたいだから」
タマモが小さくうなずくのを、微笑みを浮かべて見守るおキヌ。
空っぽのジュースのコップを、ごみ箱に投げ入れると、二人は部屋に戻って行った。
8.森の朝
猛烈な空腹を覚えながら、横島は目覚めた。
六日目の朝だった。無理な姿勢で寝ているせいで身体が痛い。
大きく伸びをしながら立ち上がると、ゆっくりと身体をほぐしていく。
時々感じるふらつきは、衰弱しているせいかもしれない。
消えかけたたき火に、集めておいた枝を突っ込んで、火の勢いが強くなるのを待つ。
最初の夜はたき火をしないで寝たせいで、夜露でびしょ濡れになってしまった。
お陰でいきなり風邪を引いてしまい、三日寝込んだ。
『視線』は気になるが、病気になるよりはマシだ。
いっそ、襲い掛かって来てくれた方が、都合がいいとさえ思う。
横島が求めているのは何らかの情報。ここから脱出する方法だから。
木の枝に掛けておいた、タオルを絞って水を確保する。
これも、びしょ濡れになった経験から学んだことだ。
数本のタオルを木の枝に掛けておいたので、魔法瓶はあっという間に水で満たされた。
余った分は上を向いて口の中に直接絞る。
その冷たさに、頭の後がキンと痛む。
非常食料を一欠け齧ると、あっという間に朝食は胃の中に落ちて行った。
それは突然だった。
誰かがこっちを見てる?
視線を感じた横島は振り向くと、そこに居たのは褐色の裸の男だった。
石を投げたら届きそうな距離に、灰色の奇妙な仮面をかぶって、うずくまっている。
仮面は泥をこねて作った物のようで、死を連想させる歪んだ表情をしていた。
呆気にとられたものの、素早く身構える横島。
男は立ち上がると、何事も無かったかのように、振り返って歩いて行く。
後を追う横島が男の居た場所に着いた時、男は倒木を乗り越え、巨木の後に隠れて見えなくなっていた。
慌てて巨木を回り込む横島。
そこに男の姿は無かった。
その代わりに在ったのは、野球グランドほどの大きさの沼。
沼の形どおりに切り抜かれた緑の隙間から、陽が差し込んでキラキラと水面を輝かせている。
どこからか水の流れる音が聞こえてくる。流れ込む川のせせらぎだろうか。
横島の姿に驚いたらしい水鳥が、羽音をたてて飛び去って行った。
横島は引き寄せられるように、岸に向かって降りて行った。
周りを見回しても、男の姿はどこにも無い。
近づいてみると水は意外に透明で、底に積もった木の枝や葉がはっきりと見えている。
両手で水をすくってみる。身を切るほどとは言わないまでも、気持ちの良い冷たさだ。
ほんの少し口に含む。嫌な味はしない。
遠くの方で、パシャリと跳ね音が聞こえた。魚がいるようだ。
横島はリュックの中に、釣り糸が入っていたのを思い出した。
なんとか釣り上げたい。まともな食事が摂れるかもしれない。
そんな思いが、帰りたいと言う願望に勝った。
荷物を取りに戻る途中、横島は一度振り向いた。
男がどこかにうずくまってこちらを見ている。そんな気がしたから。
しかし、沼の水面がキラキラと輝いているだけだった。
9.盗聴
「隊長、いらしてたんですか?」
Gメンの個室に戻った西条は、美神の母に声を掛けた。
美神美智恵は現在育児休暇中である。
代理を仰せつかった西条には、今まで以上の責任が負わされていた。
「買い物帰りに、ちょっと寄ってみたのよ」
ソファーの端に腰掛けた彼女の横には、ベビーカーに乗せられた、次女ひのめが眠っている。
美智恵の足下には、大量の食材を入れた買い物カゴが置いてあった。
東京の食糧事情は、日に日に悪くなってきていた。
交通の大動脈が、森によって失われた結果である。
物流は代替交通手段によって、細々と行われているが、充分な量が確保できないままになっている。
いきおい物価は急上昇し、食料品の値段は倍以上になっていた。
「今日はどうなさったんですか?」
内線でコーヒーを頼んだ西条は、美智恵と向かい合って腰を下ろした。
「令子がここに居るかと思ってたんだけど、居ないようね」
美智恵の口調は、美神達を探してるようには聞こえない。
「事務所に戻ったんじゃないですか?」
「それは返って都合がいいわ」
美智恵の目に厳しさが宿った。
「相変わらず自衛隊がでしゃばっているようね?」
「そうなんです。内部調査をやらせて欲しいと、何度も陳情してるんですが……」
実際、今日の外出も防衛庁や、内閣に出向いて交渉してきたのだ。
結果は思わしくなかった。
何か見えない壁ができていて、相手に自分の声が聞こえてないような感じ。
ここ数日の徒労が肩にのし掛かるようだ。
思わず、西条は肩を回し始めた。
その様子を眺めていた美智恵は、西条の年寄り臭さに苦笑する。
「ちょっと伝手(つて)を頼って、聞いてみたんだけど……」
美智恵はそこで口をつぐんだ。
「その前に。ここ、盗聴器の探知試験したのいつ?」
「え? 先週末ですが……」
「ここに出入りする人間に、対するセキュリティチェックは、考えられる限り最も厳重な……」
西条はここの安全性を力説するが、美智恵は納得しない。
「いるでしょう? 最も注意しなければならない人物が」
「令子がここ数日、オカルトGメン日本支部に入り浸っているのよ」
「あの娘が何かしない筈ないわ」
西条の顔が蒼ざめていった。
今までの
コメント:
- 一月ぶりの続きです。
今回も前回同様少々長いですが、よろしくお付き合い下さい。 (居辺)
- 居辺さん、お久しぶりです♪ こちらはkitchensinkでございます。令子たちにしろ、横島クンにしろ、事態を打開するための解決の糸口がつかめないことに段々と疲労が溜まっていくようですね(汗)。果たして本当にこの状況を改善することは出来るのでしょうか? そしてジャングルの正体は一体? 次回に移ります♪ (kitchensink)
- 毎回コメント遅れてますが(^^;、一ヶ月ぶりの続きですね^^まとめて読ませていただきます。さて次っと・・・ (けい)
- こんにちは、レスが遅れまして。りおんです。GSたちの状況は予言者カッサンドラーに似ていると言えなくもないですね。さて、今回何故中立なのか?理由はタマモです。彼女はあんな風なことは言わないんじゃないかということです。個人的におキヌちゃんとタマモが逆の立場なら良かったです。あくまで個人的な意見にすぎませんが。それ以外は美神たちの調査であったり、ジャングル内の様子であったり・・・とてもいい感じだと思います。好きです、こういう雰囲気は。というところで、また次回。 (りおん)
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