壊れた笛 1
投稿者名:居辺
投稿日時:(02/ 8/18)
序.
かばんの中から朱色の袴と白い着物を取り出して、おキヌは着替え始めた。
次の授業は霊能の実習、法円の中で霊能力を使って格闘戦をする予定だ。
だから、いつものように髪を後で縛って、足袋と草履に履き替える。
着物を着て、袴を身に着け、帯を締め、そして最後に……。
カバンの中に手を入れたおキヌに、不審そうな表情が浮かぶ。
あらためて、カバンの中を覗いたおキヌは愕然として叫んだ。
「笛が! ネクロマンサーの笛が無くなってる!!」
1.
隣で着替えていた一文字魔理は、今日の実習で当たる予定の、先週編入してきた岸田明日香との対戦に備えて、イメージトレーニングの真っ最中だった。
「……ん? パンツ盗られたって?」
「違います!! 私の笛が無いんです」
瞬間的に顔を赤らめたおキヌが言い返す。
「笛って、いつも使ってるあれかい?」
「朝、カバンに入れたのに」
言いながら、おキヌはカバンの中の物を、全て取り出して並べ始めた。
「氷室さん、どうなさいましたの?」
一文字とのやり取りを、聞きつけた弓かおりが、話しかけてきた。
「おキヌちゃんの笛が無くなっちゃったんだって」
魔理は屈んで辺りを見回しながら、おキヌの代わりに答えた。
「その辺に転がってるわけでもないか」
なんとは無しに更衣室の入り口を見た魔理は、編入生の明日香が出て行く所を見た。
その日本人形みたいな顔に笑みを浮かべているのが、はっきり見えた。
「ごめん。ちょっと用ができた」
魔理は明日香を追って更衣室を出る。後からかおりの非難する声が聞こえてくるが、今は無視する。後で説明すれば分かってくれるはずだから。
「一文字さんが、こんなに友達がいの無い人だとは、思いませんでしたわ」
憤然と一文字を見送ったかおりは振り返った。
「皆さん、ちょっと聞いて下さいな」
着替え中の皆に話しかける。
「氷室さんの笛が無くなりました。それで、皆さんに探すのを手伝ってもらいたいんですの」
階段の途中で、魔理は明日香に追いついた。
「おい、岸田。ちょっと待てよ」
明日香が振り返るとその顔にはまだ笑みを浮かべていた。
その笑みは微笑みではなかった。嘲笑うような薄笑い。その証拠に眼が笑ってない。
「おキヌちゃんの…、氷室さんのいつも使ってる笛が無くなったんだ。見かけなかったか?」
「知らないわ」
明日香はたった一言だけ残して、その場を立ち去ろうとした。
その腕を魔理が取る。
「本当に見てないんだな?」
「くどい!!」
明日香は魔理の手を振りほどいて立ち去った。
魔理は明日香を見送ってつぶやいた。
「本当に見てないなら、何で『見てない』って言わないんだよ」
「あーっ!!」
誰かの叫び声に、狭い更衣室の中の、皆の視線が集中する。
「ごみ箱の中にあった」
ほら、と言いながら彼女が取り出したのは、折れて所々欠けた笛。
おキヌが駆け寄って笛を手に取る。
胴の部分が真ん中から折れてしまっている。これでは今日の実習で使えない。
「どうしよう」
泣きたい気分だった。
2.
法円の中で対峙した魔理と明日香は、合図と同時に相手に襲いかかった。
魔理の衣装は昔の暴走族風、明日香は平安貴族の男の衣装だ。
共に相手の出方を探るような序盤の後に、魔理は木刀を捨てて仕掛ける。
明日香は魔理の右の拳を手に持った扇で受け流すと、そのまま腕の下を滑らせるようにして、魔理のわき腹に叩き付けた。
衝撃で跳ね飛んだ魔理だが、かろうじて立ち上がる。
明日香は何の構えも無しで、ただ自然体で立っている。
魔理は再び走りだした。
後1歩で明日香の攻撃半径に入ると言う所で左へ跳ぶ。
明日香の扇が魔理を追いかけて宙に弧を描く。
すかさず膝裏に蹴りを入れる。
バランスを崩した明日香のわき腹に両手を添えるようにして、突き出す。
今度は明日香が衝撃で飛ぶ番だ。
うずくまった明日香に、掛かってこいと人さし指で合図を送る。
立ち上がった明日香が薄く笑った。魔理の表情が一変する。
明日香に駆け寄り殴りかかる。
明日香が扇で受け流してくるのを更に1歩踏み込んで左腕で受け止める。
そのまま左肩を明日香に叩き付けようとさらに踏み込む。
勝ったと思った瞬間、魔理の顎を下からの衝撃が襲った。
明日香の左足が魔理の顎を、アッパーカットのように蹴り上げたのだ。
脳震盪を起こして膝から崩れ落ちる魔理。
先生が「そこまで!」と声を掛けた。
明日香は倒れた魔理を後にして、法円を出て行った。
入れ替わりに、おキヌとかおりが魔理を介抱する為に法円に駆け込む。
魔理は気を失っていた。
3.
一文字魔理が意識を取り戻したのは、保健室のベッドの上。消毒薬と湿布薬の匂いですぐに分かった。
「……負けちまったか」
「どこか痛い所ありませんか?」
おキヌが魔理の手を握る。その後でかおりが面白くないと言った表情で立っていた。
「罰が当たったんですわ」
「え?」
意外そうな顔を向けるおキヌ。
「みんなで氷室さんの笛を探しているのに、勝手に出て行ってしまって」
「あ、あの、気にしてませんから」
おキヌが口を挟む。
「だから、あんな人に負けるんですわ」
「しょうがないだろ。あそこで、あの体勢から蹴りが出せるなんて、思ってなかったんだから」
「でもあいつ、怪しいんだよな。更衣室で騒いでるあたしらを笑って見てたんだぜ」
「ありゃ絶対になんか知ってるって」
断言して起き上がる魔理だが、まだふらついている。慌てておキヌが身体を支える。
「あいつって岸田さん? 証拠も無しに先走るなんて貴方らしいですわね。もしかして、勝ったら白状させようとでもお思いになったの?」
かおりが呆れ果てた、と言う表情で言う。
「私(わたくし)が犯人なら、もっと目立たなく振る舞いますわ」
「それはつまり、一緒になって探すふりをすると言うことか?」
魔理は目を細めて、かおりをじっと見つめる。
「え? 私は違います! 第一そんなことをして何になるって言うの?」
「さあ? 好奇心から手に取ったものの、不注意で壊してしまい、慌ててごみ箱に隠したんじゃないのか?」
二人の間に冷たい空気が流れた。
「二人とも、いい加減にして下さい」
おキヌが止めに入った。泣きそうな顔をしている。
「そ、そうね、この件で辛い思いをしてるのは氷室さんだし」
「ああ、あたし等が言い争っても笛は直んないしな」
魔理とかおりは慌てて言い繕った。
「でも、岸田さんを怪しいと言うのは分かりますわ。あの方の氷室さんを見る目は、尋常ではありませんもの」
かおりが腕組みをして言う。
「え? そうなんですか?」
焦るようにおキヌが聞いた。
「気付いてないってのが、おキヌちゃんらしいよな」
魔理がこめかみを掻いた。
「こうなったら、次回、私が彼女と対戦して勝つ以外ありませんわね」
「確かに、あの足は厄介ですけど、私には通用しませんわ」
かおりは不敵に笑って、言い放った。
「何でこうなっちゃったんですか?」
おキヌが魔理にささやく。
「雪之丞の影響でないの?」
疲れたように魔理は言った。
今までの
コメント:
- いと怖し、女の戦い。 (トンプソン)
- ずいぶん時間がかかりましたけど、何とか書き上がりましたので発表させてもらいます。
今回の話は本編バッドガールズの続編、みたいな感じになっています。
おキヌちゃんの笛を壊したのは誰? 岸田明日香の正体は? てな感じでお付き合いください。
次回は明日の予定です。 (居辺)
- トンプソンさんのコメントが言い得て妙なり、という感じですね(笑)。クラスでも人気のある&人望もあると思われるおキヌちゃんによりによって悪質な悪戯をするとは...しかも同じ霊能力者ならおキヌちゃんの霊能力の生命線とも言えるネクロマンサーの笛を壊してしまうと言うのは尋常じゃないではない感じがします(汗)。そして尋常でないと言えば、岸田明日香の存在です;おまけに接近戦が得意な一文字にも勝ってしまうことからしてもかなりの実力者らしいですし。次回も楽しみにしております♪ (kitchensink)
- 笛を壊すとは…そんな手がありましたか!?(ぽんっ)これはナイスアイディアです!(本当か?)
どうでも良いのですが、足蹴りって霊能力でしょうか?…あ、霊力を篭めればそうなりますね(笑)。 (マサ)
- 居辺です。読んでくれてありがとうです。
トンプソンさん。
初めまして。コメントを考えてる間に先にコメントされてしまいましたか。
今回は女の戦いがメインになっております。
kitchensinkさん。
強い敵をいかに倒すか。と言うテーマの下、明日香の強さをアピールするのが狙いです。
マサさん。
はじめまして? でしたでしょうか。すいません分からなくなってしまいました。
最初のアイディアでは壊れちゃった後、変な笛を手に入れる話を考えたんですが、その先を思いつかずに断念。
どんなヤツが壊したのかと考えてできたのがこの作品です。 (居辺)
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