勇気の剣(5)
投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 2/20)
ポツ・・ポツ
いつの間にか雲が太陽を覆い隠した空からは、冷たい雨が降り始めていた。それは小雨程度のものだったが、柊の心情を投影するかのようだった。
柊の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。おそらくその時のことを思い出したのだろう。それが示すのは己が無力感か霞への愛情なのか、おそらくはその両方であろう。
「それで・・・」
腫れ物に触れるように、横島は言葉を選んで話し掛けた。下手なことは言えない、今の柊はそれほど打ちひしがれていた。
「どうして事故として片付けられたんだ?一突きされたなら、傷だって残るはずだろ」
今の柊の話からすると、霞の身体にはその時の突出傷がある筈だ。殺害だとすれば、里の連中も黙っていないはずである。
だが、柊は寂しげに頭を振った。そして、ゆっくりとした口調で横島に言った。
「ないんだよ、傷跡が。どこにもなかったんだ」
「!?」
横島が驚いたように柊を見た。貫かれたのに傷跡がない?そんな矛盾した話があるだろうか。
だが、柊は納得しろとばかりに苦い表情をしている。どうやら、彼も事の次第が分かりかねているようである。そして、悔しさや歯がゆさも横島の比ではないのであろう。
「・・・・・・」
その顔を見て、横島はそのことについての詮索はこれ以上は無理だと思った。代わりに、その時のことを詳しく聞くことにする。何だか刑事ドラマの主人公のようである。
柊は少し考え、何かを思い出したような仕草をした。彼はちょっとしたことだけど、と前置きしてから横島に言った。
「そういえば、一度奴の太刀を受けたとき霞が大きくよろめいたんだ。まるで刀が急に重くなったみたいに。けど、それまでだって普通に捌けていたのに・・・」
横島は増々訳が分からなくなった。聞けば聞くほど思考が泥沼に嵌っていくような感じがした。
クエスチョンマークを貼り付けた間抜け顔をしていた横島だったが、彼方から不意に感じた霊気の弾ける感じに、やおら表情を固くした。
「!?今のは・・・」
横島は柊を意識の隅に追いやり、彼方の方へ視界を向けた。そして、大体の方向が掴めると、横島は柊を置いて一目散にそこへと駆けていった。
(何か嫌な予感がする・・・まさか、シロが!?)
横島は、不吉な予感を払拭するように頭を振った。だが、頭とは裏腹に足に入る力には段々と力が篭っていた。
怖い顔をしたかと思うとあっという間に視界から消えた横島に、柊は戸惑いを隠せなかった。だが、暫くして、自分も横島の後を追うことにした。横島がどうのというのでなく、狼の持つ野生の勘が柊の内で働いたからである。
「よくわからないけど、何か・・・何か大変なことがありそうだ」
柊は、横島の匂いを辿りつつゆっくりと走っていった。
ガギィン!!
霊波刀と紫苑の重なる音が、重々しい旋律を奏でた。シロは軽く舌打ちすると、バックステップして距離を置いた。
シロの体からは大量の汗が流れ落ち、肩で息をしなければならないほどだ。これで何度刃を交えたかわからないほど、紅蛇は手強かった。
喪服用の黒い着物を着ていたので、動きにくいこと甚だしい。かといって、脱ぐわけにはいかないし第一そんな隙を紅蛇が見逃すわけがない。
シロが攻めあぐねていると、紅蛇は悪気を遣ってかチャンスと見てか、一気に間を詰めて突きを放ってきた。
シロは何かきな臭さを感じた。突きは確かに威力は大きいが、かわされでもしたら甚大な隙が生まれてしまう。それとも、それを単発で出すほどに、自分は見くびられているのだろうか。
(だったら、かわした隙にカウンターを打ち込んでやるでござる!!)
そう思ったシロは、できるだけ引きつけて突きを回避しようとした。その方が相手とより接近できるし、同時にカウンターもよけにくくなる。
(来る!!)
シロが回避の姿勢を取った。繰り出される突きを、皮の差一枚でかわそうとする。そして、回避しようとしたその瞬間。紅蛇の唇が、今までにないほど吊り上がった。
ドス・・・
シロの胸元に、深々と凶刃が突き刺さった。
次の瞬間、シロは激しく咳き込んだ。酸素と同時に、鮮血が口から溢れ出る。紅蛇が紫苑を引き抜くと、シロはがくりと膝をついた。
幾重にも着込んだ喪服が、辛うじてシロの命をつないだ。だが、致命傷であることには変わりない。
紅蛇は膝をついたまま立てないでいるシロを、見下すようにしてにやりと笑った。そして、止めをさすべくゆっくりと紫苑を振り上げた。
「そういえば、あの時もこんな雨だったなあ」
紅蛇は呟くようにしてそう言うと、道端の花を摘み取るかのように、何気なく太刀を振り下ろした。
風切り音が鼓膜に届く。シロは、反射的に目を瞑った。
だが、神がシロの死を許しても、美神達はそれを許さなかったようである。
ビュオッ!!
「何っ!?」
黄金色をした正六角形型の物体が、突如として紅蛇の顔目掛けて飛んできた。紅蛇は思わず両手で顔を庇った。タイミングからして、かわしきれるものではない。
だが、防いだと思った瞬間、それは派手な音を響かせて爆発した。その衝撃で、紅蛇は十メートルほど後ろに吹き飛ばされた。
「シロ!!大丈夫か!?」
「せ・・・先生?」
間一髪横島の放ったサイキック・ソーサーがクリーンヒットしたのが幸いした。いつもは照準が狂った銃のように命中率が悪いはずだが、仲間を守るときは考えられない力を発揮するのが横島である。
横島はシロの元に駆け寄ると、「治」「療」の文字を込めて文殊を発動した。全身を淡い光に包まれたシロの傷口が、逆回しのビデオのように治っていく。
「先生・・・かたじけないでござる」
光が止むと、シロはすっと立ち上がった。紅蛇は少し驚いたが、あまり動揺はしていない。また殺せばいいだけのこと、とでも考えているのだろう。
「無理しないで休んでろ。後は俺がやる」
気合充分、とばかりに右手に霊波刀を出したシロを手で制すと、横島はずいと一歩前にでた。シロは勿論納得しなかったが、「足手まといだ」と言われて渋々霊波刀を消した。
確かに、体力は底をついていたし傷も完治したとは言い難い。その上機動力も常時の半分以下なのだから、いるだけ邪魔なだけである。
横島は霊波刀を出すと、凄まじい目つきで紅蛇を睨み付けた。殺る気満々、といった風情である。右手の霊波刀にも、今までにない程の霊力が篭っている上、それをバチバチと紫電が取り巻いていた。
「シロを可愛がって貰った分、たっぷりとお礼させてもらうぜ・・・極楽行きの利子付きでな!!」
横島が気炎を吐きながら歩を進める。シロは、そんな横島の背中に声をかけかねたが、これだけは言っておかねばならなかった。
「先生!あの刀、気を付けて下され。よけたと思った刃が、なぜか命中してしまうのでござる」
シロの助言に、横島は先刻の柊との会話を思い出した。刀が重くなる、よけた刀が命中する・・・
やはり横島の頭では理解不能だった。いきなり阿呆みたいな顔になった横島にさしもの紅蛇も戸惑ったが、作戦だろうと割り切る事にした。
紅蛇が刀を構える。横島も気を張り詰め、紅蛇と対峙する。
息が詰まるほどの、重苦しい静寂が流れた。緩やかな雨音が、空間を裂くように低く重く聞こえてくる。最早、どちらから仕掛けてもおかしくない。正に一触即発である。
「そこまでじゃ」
だが、戦闘の火蓋が落とされることはなかった。足払いを食らわすような絶妙のタイミングで割って入ってきた声に、二人は思わずそちらを見た。
そこには・・・
今までの
コメント:
- あう、いいところで・・・
迫力ありますね、戦闘シーン。「神がシロの死を許しても、美神達はそれを許さなかったようである」このフレーズ、なんだか好きです♪ (けい)
- おぉ、偉いぞ横島。
流石は、やる時はやるがそれ以外の時はとことんアレな男。
シロ「先生がカッコいいでござる! くぅ〜ん(はぁと)」
良かったなぁ、シロ。
柊「どっかの黒い犬とは、えらい違いだね(にやそ)」
うわぁぁぁぁぁぁぁん…(激泣+逃走) (黒犬)
- ↑黒犬さん。ちょっと遅かったですかね。まあ、そんなにご自分を責めないで。
それにしても今回の横島くんは異常にアツいなぁ。 (斑駒)
- ↑↑ああ、お兄ちゃん、どこ行くのー?
横島君が凄くカッコいいですね!♪
シロちゃんも、敵に適わなくて悔しい反面、先生に助けてもらえてちょっとだけ嬉しかったんじゃないかなって思います。 (猫姫)
- どんな修羅場でも「阿呆みたいな顔」に成れる横島が、らしくて好いです。 (Iholi)
- やはり、この横島だけは違うような気がするなあ。
普段の彼ならまず逃げる算段を考えると思う。それが無理なら死んだふり(笑)
物語の展開は好きなので中立にさせてもらいます。 (JIANG)
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