ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 永遠編 後


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/ 5)

 「小僧! 遂に見つかったぞ! まだ使えるCPU(演算装置)じゃ!」
いつも通りドクターは『M-0』がバイトに出た頃を見計らってやってきたが、『M-0』も自分も動けないままキッチンにいた。
 「お? 小僧。どうした!? …『M-0』…がどうかしたのか?」
ドクターが横たわる『M-0』と立ち竦む自分を交互に見ながら聞いてくる。
 「……『M-0』の魂が消失しました。原因はまだ不明ですが…Mシリーズ試作1号は失敗だったことになります」
マリアを犠牲にしてまで造ったアンドロイドが失敗。口に出した途端、その重みに押しつぶされそうになる。
 「失敗……じゃと……!?」
ドクターも愕然としている。
やはり自分と同じような気持ちを味わっているのだろう。

しかし原因はなんだろう?
何せマリアは1000年近く異常無く活動し続けてきたのだ。
魂が変わっただけで、こんなにも急激に変調するとは思えない。
何か見落としているのだ。以前のマリアとの僅かな差異を。
『M-0』が動作を始めてから今までの記憶を辿ろうとした…その時…
 ピコッ ピコッ ピコッ
なんとも間の抜けた音で手に握り締めた『見鬼君』が反応を始めた。指はしっかりと『M-0』の方を指している。
ドクターと自分は顔を見合わせた。
霊波が復活してきている?
理由は分からないが、それだけは確かだった。そして『M-0』の魂はまだ消失していない事も。

とりあえずホッとしながらも思考の続きに戻る。マリアと『M-0』の違い…。
 「!!」
頭に閃く事があった。
いま目の前で起こった『M-0』の復調。そしてマリアと『M-0』の置かれた環境の違い。それは……
『ドクター・カオスの存在』
今までマリアはドクターと長期間離れることはなかったのではないだろうか。
いま得られる事実からはそれ以外に原因となりそうな差異は考えつかない。
 「ドクター!!」
ドクターに自分の考えを話す。
ドクターはそれを聞いて少し驚いたような顔をしたが、暫く考えるような仕草をして、食卓の椅子に座った。
自分も促されるままに反対側に腰掛けた。
 「さすがにそれはわしも気付かんかった。自身のことが故の盲点と言ったところか…いや、認めよう。おぬしの柔軟な発想は既に衰えたわしをとっくに超えておる。今やわしがおぬしに与えられるものは知識…経験からくる知識ぐらいのものじゃ…」
そう前置きしてドクターは語り始めた。久しぶりの講義を……



実はわしはマリア以外にも人工魂の成功例に会った事がある。
あの横島の所属していた事務所の建物を管理していた人工幽霊壱号というやつなのじゃがな。
そやつはその事務所の所長―あの時代随一の霊能力者―の強力な霊波を受けないと消耗するするということじゃった。
実際この前久しぶりにその建物を見に行ってみたがあやつの存在は微塵も感じられんかったよ。
持ち主がいなくなったために消耗、消失してしまったようじゃな。
代わりに他の何かが住み憑いておったようだったが、そんな事は関係なかろう。
実は人工魂というわけでもないが、ツクモガミでも同じような現象が報告されておってな。
ツクモガミが発生した後、その原因となった思念を発していた人物が転居や死亡などの理由で離れると、元の只の道具に戻ってしまうというのじゃ。

やはり仮説に過ぎんのじゃが『自分の肉体を持たずに発生した霊魂が、無機物に乗り移ったもの』というのは肉体と魂の結びつきが弱いために湧出する意志の力―自身の霊波―をおのれの内に留めておくことができず、魂を削って霊波を放射した分の消耗を十分には補填しきれんのではないじゃろうか。

それを補うために、自分を構成したのと同じ志向性を持つ霊波を外部から補充しなければならない。

……なぜ同じものでなければならないのか?
誰の霊波でも良いと言う事であれば人工幽霊壱号が滅びたりはせんかったじゃろう。
いつの時代でも強力な霊能力者の1人や2人は必ずおるものなのに、人工幽霊はそれらをオーナーとして自らを維持することをしなかった。
その事実が霊波の供給源は非常に限定されるという事を示しておる。

そしてわしが創ったマリアの魂も御多分に漏れず、わしの霊波のみを供給源としていたわけじゃ。
仮説に仮説を重ねる事になるが、マリアの魂の元となったかも知れぬわしの思念から生じたツクモガミの要素が、構成元であるわしの霊波を必要としたのかも知れん。

マリアも人工幽霊壱号も無機物を管理する霊魂じゃ。
必要に応じてメモリだけにとか、他の物体に乗り移ったりする事ができる。
肉体の縛り付けを受けぬ分、人間より自由な魂の運用ができるのじゃろうな。
それゆえ、受けた霊波を幽素に変換して魂に取り込むなどという芸当も可能なのじゃろう。

いずれにしろこの『M-0』の例でハッキリしたわけじゃな。
無機物に宿る人工魂は特定の人物からの霊力供給無しには消耗してしまうということが……。



 「まだ仮説とは言え、いつになっても世の中の謎が一つ解けるというのは気分のいいものじゃな」
ドクターはそう言うが、自分はドクターの仮説とは違った理由を考えていた。
マリアはドクターの最初の命令にして約束『常にドクターの傍にいる事』を魂の底から望むが故に、自らの魂をドクター無しにはありえない存在に変異させたのではないか……と。
長きに連れ合った夫婦は片方が死ぬともう一方も釣られるように死ぬことがあるという話を聞いたことがある。これも同じような作用が起こっての事ではないだろうか。
それに今のドクターの仮説は人工魂が自らの意志により変異することを否定しているようで嫌だった。
自らの霊波が魂に十分に補填されないということは、意志の力が魂に十分に還元されないことを示す。
世の中の謎が一つ謎のまま残ってしまったってかまわない。
自分が接したマリアは確かに人間の魂を有していた。そしてそれはマリアが強く望んだ結果だった……そう、思いたかった。

だが敢えてそれをドクターに言おうとも思わなかった。
さっきからドクターの目は自分ではなく、開け放してあった仕切り戸を通して研究室に置いてある魂分析器を見つめていたのだ。
 「これは…わしの最後の講義じゃ。わしの長い人生経験から知った事は大体全ておぬしに伝えた。そしてわしがおぬしに残してやれるものは、あと僅かに一つじゃ」
ドクターが何を考えているのか自分に分からないはずが無い。
 「ダメです! ドクター! あなたが死んだらマリアが悲しみます! 俺はマリアからあなたの事も任されているんです!!」
ドクターはいきなり立ち上がって怒鳴りだした自分に驚く風でもなく、落ち着いたまなざしを向けてきた。
 「そして後の研究の事も……じゃろ?」
一瞬二の句が告げなかった。確かにマリアは彼女のデータを用いた研究のことも自分に託していった。
 「それにわしの事を考えるのなら、わしにとってこのまま何も残せずに細々と消えていく事の方が遥かに辛いわい。わしの子供としての研究成果を後世に残すことがマリアの望みではなかったのか?」
ドクターは次々と捲し立てる。
 「これが問題解決の唯一の手段であることはおぬしにも分かっておろう。それに若しそうでなくとも研究者として全ての可能性の検証は必要じゃろ?」
研究者としての心得すらもドクターから学んできた自分には、反論の余地が見つからなかった。
だが、理屈じゃない。マリアを失って、今これ以上ドクターまで失ってしまったら自分は……
 「でも…でも……!!」
その後の言葉が用意できていたわけでもない。
でも、反論したかった。反論しなければドクターは自分の目の前からいなくなってしまう。
 「ナガシマぁ!!」
……ナガシマ!! ドクターが自分を名前で呼んだのは初めてだった。出遭った時からずっと『小僧』と呼ばれていたのに…。
 「頼む!!」
ドクターは卓に手をついて自分に頭を下げた。
この人のこんなところは…いや少なくとも自分に頼みごとをするところは初めて見た。
自分は暫しの沈黙の後、黙って頷いた。
……そう、理屈じゃない。



ドクターが魂解析機の台の上に横たわる。
 「マリアがおぬしに全てを任せたように、わしもおぬしに全て任す。あとは頼んだぞ!!」
ドクターが台の傍に立つ自分の目をしっかりと見据えて話し掛けてくる。
自分はその目をまっすぐ見返して、台に載せられたドクターの手を力強く握り、頷いてみせる。
ドクターは満足そうに頷いて自分の手を離し、自らの手で蓋の開閉スイッチを押した。
透明な蓋がドクターの載る台を蔽ってゆく。
 「ああ、そうじゃ。わしが本当に人間であったかどうかもこの解析で分かるかのう?」
ドクターの最後の言葉は、なんとも飄々として楽しげだった。
蓋が台を完全に密封する。

機械内でもドクターは笑顔だった。準備ができた合図としてウインクを一つしてみせる。
そのドクターの笑顔が急に歪む…いや、自分の視野全体が歪んでいる。機械の輪郭すらハッキリと掴めない。
何一つまともに見えないが、自分の手は既に実行ボタンの上にある。
見えなくても、押せば、済む。
しかし、自分がこれを押せばドクターは…ドクターにはもう2度と会えなくなる。
目を閉じる。
ドクターと出会ってから今までのことが脳裏に去来する。
本当に色々な事を教わった。知識、技術、心得……信頼や…愛情…そして、自分の人生……。
それなのに自分はドクターに何も与える事ができぬまま、ドクターを見殺しにしようとしているのではないか……。
自分はマリアにも何かしてやれたのだろうか? マリアは自分を信頼して全てを託してくれたというのに……。

……そうだ。自分は2人に約束した。『あとは任せろ』と。
ここで自分がやらなければ、その約束を守ることすらしてやれなくなってしまう。
せめて…それだけは……。

目を開く。もう視野は翳んでいない。透明な蓋を通してドクターの顔が見える。
ドクターは目を瞑ったまま自分が決心をつけるのを待っていてくれたらしい。
……もう迷わない。
自分の手で、実行ボタンを、押す。

淡い燐光を放つ光輪が走る。
ドクターの顔が苦しそうに歪み、やがてガックリと力が抜け、そのまま動かなくなる。
その全てをしっかりと目を見開いて見届ける。
自分にはその義務があると思ったから……。

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