ザ・グレート・展開予測ショー

まあ、こういう日もあるわ 完結編


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 1/ 8)

 地図の一点でいくつものラインが交差している。
 それを睨むように見ている三人の男。
 一人は老人で。
 一人は青年で。
 一人は少年だった。
 少年はその一点に指先を置いた。

「――この辺か」
「まあ、マリアでもこの精度が限度じゃな」
 カオスの言葉に、横島は頷き、「そんなっ」と西条は声を荒げた。
「彼女が最後の頼みだったんだ……!」
「それでも、なんとか一キロ四方に特定できたじゃねーか?」
 冷静に――聞こえる声に、西条は「そうだな」と無理やりに心を落ち着かせた。
「状況は、確かに前進してる……すまないな、取り乱して」
「――まあ、しゃあないし」
(成長したな……)
 感情の激化を抑え、どうにか冷静に判断しようとしている少年を見ていて、彼は思う。
 ……無論、西条は、「美神令子遭難す」の報を受けて取り乱しまくった横島の姿は見ていないのだが。
「まあ、俺らがいくら心配しても、全部無駄になると思うぜ」
「そうじゃな」
 カオスも同意し、西条もまた頷いた。
「あの人は、GS美神だし」


「……まあ、あんたが夢なのか幻なのか、さもなくば幽霊なのかは、そんなことはどうでもいいわ」
《……相変わらずね》
 ルシオラの姿をした何かはそう言って、また微笑む。
《今日は、お別れをいいにきたの》
「――何それ?」
 唐突な言葉に、令子は目を丸くする。
《来世で会えると思ったんだけど、私ってとことん運命に嫌われてるみたいで……結局会えそうにないわ》
「あんたは、横島クンの子供として生まれ変われないの?」
 かつてそういう可能性を出したのは、自分だ。
《――あなたには、解ってるんでしょ?》
「……なんのこと?」
《とことん素直じゃないのねぇ》
 苦笑したようだった。
 ビク、と令子は頬を引きつらせる。幻みたいなものに腹を立てるなどという馬鹿馬鹿しさを脳みその片隅で自覚しながらも、彼女はつっかかる。
「私の何がどういう風に素直でないなんて、どうしてあんたに解るのよ!?」
《その辺が》
「……幻相手にあれこれ言っても仕方ないわね」
《――まあ、こっちも独り言として言わせてもらうけど、私が生まれるにはいくつかの条件が必要なのよ》
「横島くんの中にあるあんたの魂の残骸……霊基構造じゃだめなの?」
 独り言とルシオラはことわったのに、つい令子は言葉を挟んでしまう。
《あと、相手の問題――“袖刷りあうも他生の縁”って言うでしょ?》
「それは――つまり、あんたとかかわりがある相手じゃなきゃ、だめってこと?」
《端的に言えば》
「じゃあ、パビリオかベスパが母親じゃなきゃ……」
《それとあと一人》
「…………………」
《人間の子を産むのなら、人間の母が望ましいじゃない? その母が魂レベルでは私たちと関わりがあっていたなら、そして父になる人と相思相愛の間柄であるなら……》
「………あんた」
《あなたが――私のお母さんにならないと、私は生まれても魂のないままで死産して、それでおしまい。二度と転生の機会は得られないわ》
「………私――死ぬんだ」
《やっと認めてくれた? ママ》
 令子は何かを言いかけたが、そのまま口を閉じ、そうしてから深いため息を吐いた。
「……あんたが私の娘になったかも、か。そりゃあね、考えなくはなかったわよ」
《……娘に溺愛する父親とかを想像して、一人で腹を立てたりとかしてね?》
「……大体、あんたが何なのかは予想がついたわ」
《さすがね。――何?》
 どこか揶揄するような声に、令子はいつもどおりの不敵な笑みをもって返した。
「人に限らず、何かの思いは、この世に残るわ。それが強すぎてある種の歪みを生むことがある。それを幽霊と呼ぶ場合もあるけど、違う。あんたは“残留思念”ね……人間でも実体を持つ場合もあるのに、ましてやあんたは魔物だもの」
《……それが正解かどうかは、まだ言わないでおくわ》
「ふん」
《それに、もっとロマンチックな言い方はないのかしら? あなたの中に集まりつつある、私を生み出そうとする【縁】が、こんな姿をとってあなたを励まそうとしているとか》
「――似たようなものじゃない。まあ、まだまだ私の中の妄想が霊力によって形を作った幻ってセンも残ってるしね」
《ひどいわねぇ……まあ、私の正体はこの際いいわ。問題になるのは、私は多分、横島の娘として、生まれることはないということ》
「……本当に、だめなの?」
 寂しそうに問う令子に、ルシオラもまた俯いた。
《優しいのね、美神サン……自分が死ぬ間際に、わたしのことを心配してくるなんて》
「ママ……って、そう呼ばれちゃったもの」
《もう一度、言っていい?》
「――もうだめよ」
《意地悪ね》
 彼女は顔を上げた。
《だめなの。私、運命にとことん嫌われたみたいだから》
「なによ、それ?」
《なんとか、この世界に残ろうかとあがいてみたけど、だめだったわ》
「何よそれ!? あんたなんであきらめちゃってるのよ!」
 言いながら、令子は自分が理不尽なことを言っていると思った。
 彼女を産むことができる条件を備えたのは自分ひとりだけで、その自分もここでこうして命が尽きようとしている。ルシオラには、もうどうすることもできないはずだった。
 それなのに。
 ルシオラは首を振り、令子を見た。

《諦めたのは、あなた》

「え―――」
《あなたの心が、どこかでここでの死を受け入れ始めたから》
「――――」
《だからわたしは……》
「あんたは、まだ諦めていないのね」
 ぽつりとだした言葉に、ルシオラは涙をこぼして応えた。
《けど、私が今泣いているのは、わたしが生まれられないことにじゃない。それもあるけど、あなたが諦めてしまったから……アシュさまの想いを受け継ぎ、運命に反逆し続ける、わたし達姉妹の一番の姉が、運命に屈したしまったから――》
「そっか――」
 令子は、今になってそのことにようやく気づいた。
「私はあんたの母になりえる女で」
《ええ》
「私はあんたの恋敵で」
《ええ》
「私はあんたらの姉でもあった……のね」
《ええ》
 令子は目を閉じた。
 誰かの顔が浮かんだ。
 いや、誰かなどという必要もない。
 それはあの馬鹿でスケベなガキの顔だ。

『待ち人来たらず』

 どこからかその文字が浮かんだ。
(あいつは、こない……これないかも知れない)
 それは仕方のない。
 あんな貧弱な坊やにここまで来いというのは酷な話だ。
 令子は無理やりに、そう思う。
 しかし。
(わたしなら)
 拳を握り締める。
「そうね、待ち人がこないなら……仕方ないわね」
《………………》

「自分で、会いに行かなきゃ」

 ルシオラは笑った。
 それはどこか令子に似ていて――。
 そして、そのまま消えた。

「精霊石よ!」

 令子はそれに気づかなかったように。ハンドルを片手に持って握り締めた精霊石を発動させた。


「この辺か……」
「こっちから美神殿の匂いが――」
 横島を先導していたシロは、ふっと何かに気づいたように顔を上げた。
「この気配は――」
「……美神さん?」
 横島は目の前を光る何かが通り過ぎたような気がした。
(蛍?)
 思わず、そちらの向かった方向に目を向けて――。

 それは、弾けた。

「どはぁ!?」
「ああああああっ! 雪崩でござる先生ぇ!」
「んなもん、言われんでも解っとるわ!」
 ……馬鹿なことを言い合ってる間に、二人は雪の波涛に飲み込まれた。
 かに見えた。


「――大丈夫?」
「あ」
「美神さん!?」
 会いたかった――と抱きつく横島の顔面に軽く拳を入れ、令子はハンドルを操作して雪崩の中をつきすすむ。
「こ、これは――」
「一時的なエンチャントよ! 馴染んだ道具なら霊能者は力を付与できるの」
 ――土壇場になって思いついたのだけど。
 令子はそれは言わなかった。
「ただ」
「ただ?」
「ちょーと力加減を間違えたかしらね……」
「って、まさかこれも美神さんのせい!?」
「自然破壊でござる……これはどれだけの被害がでるか……」
 想像して、体を震わせるシロ。
「気にしない!」
 令子は相変わらずだ。
「ああ、追いつかれる! もー、だめだ! 死ぬぅ!」
 騒ぐ横島。
「うるさいわねぇ……横島クン!」
「――はい?」
 横島は令子に言われて、一瞬正気に返った。
 そして。
 襟元を捕まれ、引き寄せられる。
「――落ち着いて」
「あ」
 そして、頬に口付け。
 瞬間的に硬直してしまった横島と、シロを見て、令子は微笑んだ。

(……ちゃんと、探しにきてくれたものね)

 令子は自分の頬が緩むのを抑えられなかった。
 今日くらいは、帰ったら優しくしてやろう。
 そう思う。
 いつもならさっさと抑えてしまうその心が、抑えられない。
 沸き立ちつづける。
 こんなことが明日も続くというわけでもないだろう。
 だけど、今日くらいなら。

(いいじゃない――)

 令子は、そう気持ちにけりをつけた。

(まあ、こういう日もあるわ)




 おしまい。

今までの コメント:
[ 前の展開予想へ ] [ 次の展開予想へ ] [ 戻る ]
管理運営:GTY有志
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa