ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 永遠編 中


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/ 5)

目が覚めると、マリアが心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。期せずして目が合う。
 「………」
暫く無言で見詰め合う。なんとなく間が持たなくて辺りを見回そうとするが、首が動かせない。
別に痛いとかいうわけではないのだ。なんか自分の意志が伝わっていないような感じ。
首だけではない。全身、殆んどの部位の感覚が無い。痺れているとかいうのではない。その存在すら感じられないのだ。
自分が生首にでもなってしまったような感覚。まさか本当に体がついていないということも無いのだろうが…。
 「ドクター・カオス! ナガシマさんが・目覚めました!」
とりあえず視線だけは外せたので、呪縛から解けたようにマリアがドクターを呼んだ。


 「おお、どうじゃ? 苦しかったか?」
 「………」
反応のしようが無いが、できても同じことだろう。ある程度予想はしていたが、魂を引きずり出して解析するというのがあそこまで苦しいものとは思わなかった。ドクターはそれを知っていたのだろうか?
 「まあ、そんな顔をするな。今は全身の霊的中枢(チャクラ)がズタズタになっておるから動けんが、肉体との強い結びつきのおかげで霊基構造は無事だし、幽素も魂の修復には十分なだけ体内に繋ぎ止められておる。休んでおればそのうち自分の発する霊波で完全回復できるじゃろ」
もしも自分の魂と肉体の結びつきが弱かったら霊基構造は肉体から剥離してバラバラになり、魂が消えてしまっていたということだろうか。こいつはおっ魂消た……いや、冗談じゃない。
 「………!!」
 「心配するな。前にも言ったじゃろう。人間の肉体は魂に、魂は肉体に強い影響を受けると。普通の人間であれば、その関係が弱くて魂が消滅してしまうなんて事はありえんよ」
…なんだ。大丈夫だったのか。考えてみればドクターが自分を犠牲にするようなマネをするはずが無い。
ドクターを疑った自分を恥じると同時に安心すると、疑問が生じた。
今ドクターは『普通』の人間であればと言った。
 「………??」
 「そう不思議がることもない。肉体と魂の結びつきが弱い者もいるということじゃよ。魂の活動が弱まっている者…例えば生への意志を失った者や、今にもその生を終わらせんとする魂を持つ者とかな」
……ドクター! 彼自身が実験台になることを勧めたときの複雑な表情は、なりたくてもなれない理由があったから……。
 「人間以外にもおるぞ。無機物に魂を乗り移らせたものとかな」
……マリア! そう言えば今、視野の中にマリアはいない。首を動かせないので分からないが室内にもいない様子だ。
 「他にもツクモガミや悪霊と言った手合いは殆んど魂だけの存在だからひとたまりもないじゃろうな。人間とは違った肉体を持つ神族や魔族、その他の妖怪についてはどんな影響があるか試してみなければ分からん。いずれの場合でも一応の解析結果は得ることができるじゃろうがな」
まさかドクターは……。
また良からぬ考えが頭をよぎる。
 「………」
 「バカモン! わしが誰かを犠牲にしてまで実験するとでも思ったか? 自分の自由にして良い命など本人のものだけじゃわい!」
そうだった。ドクターはこういう人なのだ。一見マッド・サイエンティストのような顔をして、実際には虫も殺さないような…。
ドクターは動物実験などというものをしない。自らの不死の体で試せるので必要ないと言ってしまえばそれまでだが、神(キリスト教のヤツだ)の意志をも超えて自ら魂まで創り出してしまうような人が、他の生物の魂をむやみに奪ったりしないというのは、なんとなく皮肉を感じさせる。
ドクターは憤慨遣る方無しと言った感じで腕を組んで自分を見下ろしていたのだが、その相好が緩む。
どうやら自分は苦笑いしていたらしい。顔の筋肉は動かせるのだろうか?
 「けっか…おれの…けっか…は…?」
何とか声は出るようだ。
 「おお、バッチリじゃ! 人間の魂の霊基構造の貴重なサンプルじゃぞ! 苦労した甲斐があったのう!」
自分が感じたのは苦労と言うより苦痛だったが…そんなことより…
 「おれ…の…ぜん…せ…は…?」
 「あ〜〜〜。あれはな。あれは――。ホレ、同じかどうかというのは比較対象が無いとわからんものであってだな――」
……言われてみればその通りだ。自分の魂が人類で初めて解析されたものであるならば、横島なる人物の魂の解析結果が存在しうるはずも無い。
それに気付くと同時に、実は自分も前世のことを気にしていたことに気付き、少し恥ずかしくなる。
自分でも気付かぬうちにマリアとの縁のようなものを期待していたのかもしれない。
 「まあ、それ以外は望んだ結果が出ておるから心配するな。わしはまだ結果の分析をするからおぬしは休んでおれ」
それを聞くと急に眠たくなってきた。そういえば昨日は徹夜だったし、寝不足も続いていたのだ。
魂の底から湧きあがるような眠気に意識が溶け込んでいった。



次に目が覚めたのは夜だった。
魂解析機の台の上に寝ていたはずが、いつの間にかベッド替わりのソファに横になっている。
うす暗い研究室内を見渡し、自然にその動作ができたことに軽い驚きを覚える。
意識してみると首から上の感覚は殆んど元に戻っているようだ。聴覚が傍らに寄りかかって寝ているらしいドクターの寝息を捉える。
やはりまだ首から上以外は動かせないのだが、体の各部位も切れ切れながらもその存在は意識できる。
 「………!!」
暗闇に目が慣れてくると、部屋の隅のデスクの所にいる人影に気付いた。
棒立ちの姿勢で、少し顔を俯かせて、何かの書類に目を通しているようだ。
…マリアだ。そもそも暗闇の中で書類が読める者など他にいるまいが、そんなことに頭をめぐらす前に自分は断定していた。
しかしマリアにしては妙な点がある。さっきから書類が1ページも進んでいないのだ。
いつものマリアであれば、どんな内容でも1秒もあれば読み終わって次のページに進んでいる。
なんとなく気になって眺めていると、突然その人影が振り向いた。

やっぱりマリアだ。また、目が合う。
しかしさっきとは印象が違う。普段のマリアが見せない目…いや、一度見たことがあったような…。
 「あなたが・目を覚ますのを・待っていました」
…あなた? マリアが自分を名前以外で呼ぶのは初めてだった。
混乱している自分をよそにマリアはソファの横、自分の傍らに歩み寄ってきた。
 「やっぱり…あなたは…」
マリアが屈み込んで自分の顔を覗き込んでくる。
目を合せるのがためらわれて視線を横に流すと、マリアの手にした書類が目に入った。
暗くてよく見えないが、紙面にビッシリと記号が羅列されている。あれは…自分の霊基構造のデータ…。
マリアは『やっぱり』と言った。マリアには自分が横島とかいうやつの生まれ変わりであることが分かったのだろうか。
嬉しいような、悔しいような気分。自分とマリアの縁が運命付けられていたと考えるか、予定されていたと考えるか。
 「やっぱり・あなたは・ナガシマさん。他の・誰でもない」
 「………!!」
唇に、柔らかく、暖かい感触…これは…キス…!?
気がつくと、目の前には瞼を閉じたマリアの目。しかし自分の目は驚きで見開いたままだ。
マリアが目を開けてそっと唇を離す。
 「マリア・あなたが・ずっと・好きでした」
自分をまっすぐに見据えて…これは…愛の告白…?
あまりのことに、どう反応したら良いのか分からない。しかし……
 「ありがとう。俺も初めて会ったときから君の事が好きだった」
唯一まともに動く口が勝手に反応していた。これは…自分の本心。表に出すのがためらわれていた、自分の魂の希望。

目を瞑る。
自分の意図を察して、マリアの顔が近づく気配。
…2度目の…キス…。
今度は自分もしっかり目を閉じて、唇だけでマリアを感じる。柔らかく、暖かい、マリアの性格そのもののような感触。
そして、一寸しょっぱい味……
 「………!?」
驚いて目を開くと、マリアは涙を流していた。しょっぱい…人間の流すものと、同じ涙。
自分の知る限りでは、マリアの生涯で2度目の涙。
マリアは余韻を残すかのように今度は目を閉じまま唇を離し、立ち上がってからゆっくりと目を開いた。
窓から入るほのかな星明りに映る両目の下のふた筋の線。マリアは気付いているのだろうか。
 「マ……」
 「ナガシマさん!!」
自分が口を開こうとするのを、マリアが遮った。
 「ドクター・カオスのこと。お願いします」
そう言って、1歩あとずさる。目はまっすぐに自分を捉えたままだ。
マリアが何を言っているのか理解できない。
……いや、本当はなんとなく分かっている。マリアがこんなことを言う理由も、いま自分に告白した理由も…。
 「マリア・ドクター・カオスも・ずっと・好きでした」
そう言ってドクターの顔に目を移す。それは長きを共にしてきた連合いへの別れと、約束を破ることへの謝罪の一瞥。
ダメだ! そんなことさせられない! いくらドクターの余命が短いからと言って! いくらドクターの役に立ちたいからと言って!!
 「だから・ナガシマさん。あとのことは・お願いします」
 「バ……!!」
『バカなことを言うな!』罵ろうと思った。喚いて、叫んで、駄々をこねて、思い留まらせようと思った。
だが、それを声に出すことはできなかった。

マリアの微笑みが自分にそれを許さなかった。涙を流しながらも、慈愛と決意に満ちた微笑み。
 「………任せろ!」
気がつくと自分も微笑みを返していた。自信に満ちた微笑みを。
もはやマリアの決意が覆らないことは理解できてしまった。
あと自分にできるのはマリアの意志を成し遂げることのみ。
だから自分の決心をハッキリ示そうと思った。ここで自分が泣いてはいけない。

マリアはニッコリと微笑んだ。愛する者への信頼と、永遠の別れへの決意を示す表情。
マリアは振り向いて歩き出した。1歩、1歩。決して振り返ることなく。
自分は全てを目に焼き付けようと、瞬きも忘れてマリアを視線で追った。
やがて機械に辿り着いたマリアは、台に横たわり、蓋を閉じ、そして……
光輪が発する淡い燐光が部屋を照らし出す。それはマリアの魂の最後の輝きのようだった。

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