あなたがあなたである理由
投稿者名:矢塚
投稿日時:(03/ 1/ 9)
300年間の幽霊生活が終わり、現世に人間として生き返ってからおよそ1年が経ちまし
た。幽霊をやっているとき、私は他の霊の方達よりずっと意識も感覚も鋭敏だと思ってい
ましたし、実際のところもそうでした。
でもこうして改めて生を受けてみれば、幽霊の感覚などはどこか薄ぼんやりとしたもの
でしかなかったことが良くわかります。
この感覚の新鮮さは今も褪せることなく、私に生きている充実感を与えてくれます。
そう、生き返ってからもう1年近く経ったんですね。この間に事務所の仲間も増えまし
た。
まずは妖精の、鈴女ちゃん。気まぐれで、いたずら好きで、男の子と女の子の区別がい
まいち判ってない様だけど、愛らしい子です。そういえば最近見ないけど、どこに行った
のかなあ。
次は、タマモちゃん。金毛白面、九尾の狐の生まれ変わり。とある事件以来、人間生活
に慣れるためにこの事務所に居候している子。少しクールで、いつも同室のシロちゃんと
けんかをしているけれど、それは愛情表現のひとつ。本当は人懐っこくて淋しがりやで、
友達想い。まだ1歳にもならないのに私より大人っぽいところがある、不思議な子。
最後はシロちゃん。いつも元気で、タマモちゃんとは正反対。見た目よりもずっと幼く
て甘えん坊さん。横島さんのことが大好きで、いつも一緒に散歩に出かけています。
さっきからも横島さんにべったりくっついて、顔中を嘗め回しています。なんでも、横
島さんが缶ジュースを一本当てたので、それをシロちゃんにあげたんですって。シロちゃ
んたら大感激で、横島さんを押し倒して両手を塞いで、顔中をよだれでべとべとにしてい
ます。
横島さんは横島さんで、嫌々言いながら本気で止めさせようとはしていません。実際の
ところ横島さんは、シロちゃんのことをどう思っているんだろう?弟子?妹?仲
間?・・・恋人?どうなんだろう?
そんなことを考えると、私の胸はちくりと痛みます。幽霊をやっていたときには無かっ
た、強く鮮烈な感情。自分でもどうしていいかわからないくらいの、想い。
見ている私が照れてしまう二人のスキンシップも、どうにか一区切りついたみたい。
タマモちゃんがシロちゃんのあまりの甘えっぷりにちゃちゃをいれ、それに怒るシロち
ゃんという、いつものけんかが始まりました。
横島さんはやっと解放されてよろよろと立ち上がり、顔中のよだれをふこうとポケット
を探っていますが、どうやらハンカチを忘れたみたい。バンダナで代用しようとする彼に
私がハンカチを差し出すと、少し照れたように手を伸ばしてきます。
私と横島さんの手と手がちょっとだけ、触れる。まるで、熱いものに触れたように私は
手を引っ込めてしまう。横島さんも照れたように、顔が赤くなっている。そんな彼を見る
と私の胸はまた、高鳴ってしまう。
私は動揺を必死で抑えようと、わざと命令口調で彼をソファーに座らせ、ハンカチでそ
の顔を拭いてあげる。シロちゃんがそんな私に気づき、じーっとこちらを見つめている。
さっきまで横島さんを独占していたから、今度は私の番。・・・たまにはいいよね?
ゆっくりと、横島さんの顔を優しく拭いてあげる。彼の顔は、真っ赤。きっと今の私の
顔と同じ。よく考えたら、こんなにも近くで彼の顔を見たことなんて、無かったよう
な・・・。
近畿さんや、ピートさんみたいに美形ではないけれど、すっきりとした顔をしている。
弓さんや一文字さんは、「煩悩に見合った造形だ」なんて言ってたけど・・・
でも彼の顔に、私はどこかしら心引かれている。顔だけでなく、その下にある彼の心も
知っているから?
スケベだけど芯は優しく、ほんとうは人一倍傷つきやすい人。
私が彼を好きな理由と『彼女』が彼を愛した理由は、一緒なのかな?
その答えがそこに隠されてるような気がして、横島さんの顔をじっくり見ながら拭きつ
づける。
少し薄い唇。ぼさぼさの髪と、バンダナ。男性らしいアゴのライン。低くも高くも無
い、普通の鼻。少し大きめで、一重の瞳。
そんなことを考えている私と彼の視線がぶつかり、お互いをしっかりと見つめあい、そ
の一瞬後には私も彼も視線をあわてて外して、俯いてしまう。
私の頭の中は今の出来事で真っ白になりながらも、彼のそれに気づく。
ああ、そうか。それは横島さんが、横島さんである答えの一つ。とても、横島さんらし
いこと。
でも、今それを言ってもいいのかな?何か場違いな気もするし、それにシロちゃんやタ
マモちゃんにも聞かれちゃうし・・・
少し迷ったけど、やはり今伝えたい。人生は短く、300年も無いのだから。
だからそっと彼の耳元に、私は顔を寄せる。彼の耳と私の口が、ほんの数センチまで近
づく。
横島さんは固まっちゃったし、シロちゃんはあっけにとられてる。私の顔は火を噴くほ
ど熱い。シロちゃんにも少しは、いつもの私の気持ちが分ってもらえたかな?
横島さんの匂いがする、嫌いな匂いじゃない。それが、私の言葉を後押しする。
他の子には聞かれないようにやさしく、静かに、息がかかる程度に、囁く。
『横島さん。ズボンのジッパー、全開ですよ。』
これは私だけが気づいた、二人の秘密。
みんなには、ナイショ。
Fin
今までの
コメント:
- 小ネタを一つ・・・おそまつさまでした。
ちなみに、おキヌの台詞と横島の名は妄想の赴くまま、御自分の好きなように変えてお楽しみください(笑) (矢塚)
- ・・・・・やられました。(挨拶)
とってもほのぼので
「おキヌちゃんの優しさが伝わってくる暖かいSSだなあ」
って思いながら読んでいて
「おお!!ラブもあるのか!さすが矢塚さん!!」
と思っていた矢先に『アレ』。
『アレ』ですよ?
・・・・・こんな作品が私は大好きです!! (ハルカ)
- 昔・・・大学の文化祭で。
女友達数人とつるんで歩いていた時のことです。
何故か女友達が携帯のメールで会話していました。
ええ、僅か1m以内にいる3人の女友達がです。
私は気になって問い掛けました。
『頼むからヒソヒソ話は見えないようにやってくれ』
すると女友達の一人が携帯のメールを見せてくれました。
『○○君のチャック全開(はぁと)』
・・・こんにちわ。NAVAです。そしてさようなら。感想じゃなくてごめんなさい。
字数制限の時間がやってまいりました(マテ (NAVA)
- ハルカさん同様に完全にラブ話だと思っていましたら、最後で見事に一杯食わされてしまいました(笑)。オチが全く予想できていなかった分、尚更に笑えました;チョット寂しいですけど(爆)。前半で事務所のメンバーを紹介している箇所で、おキヌちゃんがしっかりと各メンバーの特徴や内面を捉えている点が「らしい」感じでした。横島クンの近くに寄っただけで顔を赤らめているあたりもいいですね♪ 投稿お疲れ様でした♪ (kitchensink)
- >私が彼を好きな理由と『彼女』が彼を愛した理由は、一緒なのかな?
↑そうか……。でも、おキヌちゃんのその気持ちは「真実の愛」だよ!(自己満足的ダメ挨拶)
おキヌちゃんの一人称………いいですねぇ(爆)。シロの何時もの行動にちょっと嫉妬してしまうけれど、そこにタマモが止めを入れ、その後に「私の番」と言っているあたりで三人の間で絶妙なバランスが成り立っているように思えます。どうでも良いですが、シロに嘗め回される上にまともに顔を洗って無さそうな横島……(以下、自己規制)。 (マサ)
- 爆笑です!!!
思わず手を叩いて笑ってしまいました!! (小梅)
- むぅ・・・おキヌちゃんの幽霊として過ごしてきた三百年もの長い月日、横島くん達と過ごしてきた日々の中で気が付いたこと・・・言わなきゃいけないことは言うべき、と。どうせならもっと別の事を言ってくれっ!!と、思ったのは本当ですが。
あの台詞言うまでは桃色の柔らかな、温かな良い雰囲気だったのに、その後は何故か痛いくらいに爽やか(違う)なものになってしまったことに切なさを覚えますね・・・。
傷つきやすい彼には優しくしてやろうぜ、おキヌちゃん、などと思いつつ。 (veld)
- >ハルカさんへ。俺の辞書に、純愛はありません(爆)ハルカさんは、歪んだラブコメがお好きですか?俺は大好きです(ダメ)
>NAVAさんへ。嗚呼、この展開がトラウマを全開にしてしまったようですね(哀悼)ドンマイ!チャックが開いてても、生きられます!
>kitchensinkさんへ。伏線が何も無い展開からの、不条理極まりないオチでした。今回は起承転結がなーんも無い投稿でした(いつもです)
>マサさんへ。おキヌちゃんの一人称は、自分も書いていて大変に楽しゅうございました(狂)横島氏の顔の風味を、シロに聞いてみたいなあ。 (矢塚)
- >小梅さんへ。御笑読ありがとうございます。クスリとでも笑っていただければ、俺の勝ちです(笑)手まで叩いて頂けたら、完勝です(そうか?)
>veldさんへ。色で言えばベビーピンクからアイスブルーへの大変化でございました。彼女なりの優しさを、俺なりに表現してみたりして(出来てない) (矢塚)
- おキヌちゃんがおちゃめですね。こうして大人の階段をひとつひとつ登っていくんですね(謎爆) (アフロマシーン改)
- >アフロマシーン改さんへ。おキヌちゃんのギャグは、なぜか雰囲気がおちゃめーな感じになってしまうんですよねえ。彼女のキャラのせいかしら(笑) (矢塚)
- さ、最後のギャグに、どかーんとやられてしまいました(笑)
途中まではラブラブだったのに〜(笑)
でも、やっぱりシロちゃんの行動は、傍から見てると羨ましいんですね〜。
私もあんな風に積極的になってみたいです♪(笑) (猫姫)
- >猫姫さんへ。最後までラブを貫き通せませんでした。俺の右手がどーしてもギャグをと叫ぶのです(←病気だよ)でも、いつか必ず最後までラブをやり遂げます(できるのか?) (矢塚)
- なんつーか、こういう話の作りはピカ一ですね!
もう適わないというか、尊敬というか。
そのギャグセンスを分けてください、プリーズ(TT) (ユタ)
- おキヌちゃんによる事務所メンバーの説明描写、特に極端に近接した描写が為された横島くんとかがすごく上手いなぁ、と思いました。説明口調や目の付け所はいかにもおキヌちゃんの性格を反映していて、それでいて各キャラクターの特徴もしっかりと捉えられていました。
顔を舐めたり、凍りついたりと、コロコロと変わるシロの様子も可愛かったです。
いえ、まあ。一番インパクトがあったのは当然、チャ……(笑) (斑駒)
- >ユタさんへ。いやー、俺のギャグセンスは錆付いてます(情けなし)ユタさんみたく、ほっと温かなSSにこそ憧れます。
>斑駒さんへ。くっだらねーオチの為だけに、俺は全身全霊をかけて文章を書くのです(何か間違っている)さー次もくっだらねーぞー(爆) (矢塚)
- 良すぎる〜
おキヌちゃんの心の中を見ると
温まってくるようなそんな感じがします。
思わず笑みもこぼれてしまいました。
純情な子は良いですねぇ (K.H. Fan)
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