ザ・グレート・展開予測ショー

ブラッディー・トライアングル(9)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 5/ 1)


「あああああっ!!じゅ、十字架を落とした!?」

 悲鳴にも似たアンの絶叫が室内に激しく木霊する。防音加工の壁を揺るがす程に、その声色には驚愕と憔悴の色が滲んでいた。
 エミも又驚きを隠せなかった。ピートが封印された十字架が行方不明であれば、下手な行動はご法度である。何かの弾みで十字架を破損でもさせた日には、ピート自身がどんな被害を被るかわかったものではないからだ。
(どうする?今の感じからして、ブラフとは思えないワケ)
 視界が効いた状態ならば、悠々と十字架を拾い上げて大きなアドバンテージを得ることができた。だが、現在のエミはタイガーの暴走で一寸先は闇の状態である。
 アン、エミのどちらからとなく闘志と殺気が揺らいでいった。どうやら、一時休戦の暗黙の同盟が結ばれたようである。
 が、そんなことなぞお構いなしの奴が一人残っていた。

「女ああぁ!!女、女あぁ!!」

 今や横島を凌駕するほどのセクハラ野郎と化したタイガーが、エミのヒップを無遠慮に撫で上げた。素肌の上から嘗め回されたかのようなおぞましい感覚に、エミの全身が瞬時に総毛立つ。

「こん・・・の!!」

 言葉尻を震わせながら、エミが臨戦態勢をとる。だが、握り締めた拳を振り下ろすわけにはいかなかった。ピート(十字架)が喧騒の影響を喰らわないという保証はどこにもない。
 セクハラし放題、よけようとはするものの女性陣からの反撃はなし。後の制裁(つーか処刑)は置いといて、タイガーにとっては正に至福のひと時である。
 アンもエミも、まだ心のどこかに余裕があった。身体的嫌悪が頂点に達しない内は、いずれ何らかの打開策が見つかる筈だ。長期戦覚悟の構えである。

 だが・・・残されたリミットは、実際は少なかったのである。

「「!?」」

 ある異変を感じた二人は、同時に身体を強張らせた。声だけは届くので、アンがエミに呼びかける。お互い言葉を交わすのも癪な相手だと認識しているが、今は異変の確認が先だ。

「エミさん!!今・・・」
「ええ・・・ピートの身に、何か起こってるワケ」

 アンが焦りの声をエミに掛けたこと。そして、エミの返答。どうやら、話が噛み合ったようである。だが、それは決して芳しい結果ではなかった。
 二人が感じた異変。それはピートの生命力が大きく弾けた事だ。そして、今は風船から空気が抜けていくように、徐々にピートの命の灯火が力を失っているのである。まるでピート自身が十字架に取り込まれ、その身を溶解させているかのように・・・

「ちょっとアン!!あの十字架、ひょっとして封印・滅却型の退魔具じゃないでしょうね!!」

 挙動に細心の注意を配り、タイガーのセクハラにも応戦しなかったのに、何故か現状は悪化するばかりである。となれば、十字架自体に仕掛けがあったと考える方が妥当だ。即ち、閉じ込めた対象を内部から除霊する構造である。この場合封印されたものは、胃に吸収された食物の様に成す術なく消滅する。
 アンは心当たりがあるのか少し渋い顔をしたが、元から彼女がピートに対しそんな危ない代物を使うとも思えない。引っかかるものは確かにあるが、多分関係ないだろうといった感じである。

「確かにそうよ・・・けど、あれは退魔具の中でも一番効果の低いものよ?ピートさんレベルの霊力があれば、至極簡単に防げるはずよ」

 アンの説明に揺り動かされるように、エミの頭に間断的に思い出される過去の記憶。その中でも、自分がピートに紫色のブレスレットを嵌めたシーンが鮮烈に脳裏に甦り、エミは言葉を失った。
 
「ちょっと待ってよ・・・ピートは今、霊力ゼロの状態なのよ?・・・」

 呆然したエミの呟きが耳に届き、今度はアンが言葉を失った。

「なっ・・・!それ、一体どういう・・・」

 驚愕を通り越し自失するほどの事実に、アンが思わず声を荒げた。だが、暗闇の中事の経緯を糾したところで現状は何も変わらない。ピートの生命力がまたしても薄らいだ事で、アンもエミもそのことを骨身に味わった。
 今はピートの命を救うことが最優先である。とすれば、第一にあの腐れ虎を始末する必要がある。だが、この漆黒の闇の中ではそれは至難の業である。

「おんなあぁーーーっっ!!」

 背を焼くような焦燥感を逆撫でする無粋な雄叫び。同時に、エミは背後に悪霊宜しくの気配を感じていた。
 こうなれば形振りは構っていられない。どの道ジリ貧ならば、足掻く方を選択するのが人の性である。エミはブーメランを構えると、気配と勘だけでそれを横一線に振り抜いた。
(こいつさえ片付ければ、後は簡単なワケ!)


ビュオッ!!


 鋭い音が空気を振動させたが、鈍器が当たった様な鈍い音は聞こえなかった。どうやら、紙一重でかわされたらしい。眼前に広がる闇が拭われないことと、擦れ違いざまエミの胸におぞましい感覚が走ったことがいい証拠である。
 だが、かわりに「ぶげらっ!!」という奇妙な悲鳴が少し離れた場所から聞こえてきた。エミは物理的攻撃と同時に霊波も飛ばしていたので、図らずも彼方の物体に命中した様である。
 哀愁を誘うその悲鳴で、エミは漸くこの場に横島がいたことに気が付いた。文字通り闇の中に葬られていたのでカンペキに失念していたが、考えてみればこれを利用しない手は無かった。

「横島ぁ!!そこで令子がストリップやってるわよ!!見たかったら、文殊でここを明るくしなさい!!」
「何いい!?うおおおおぉぉぉっっ!!文殊、出ろー!!」
 
 エミの事務所で美神が売女のような真似をするなぞ、宇宙が崩壊しても有り得ないことである。だが、助平と単細胞を地で行く横島がそんなことを気に掛ける筈もなかった。
 体力も霊力もエンプティで殆ど死にかけていた筈なのに、がばっと起き上がった横島の右手には、程なくガラス球のような無色の文殊が作り出された。血走った目をしながら、瞬時にそれを発動する。

バシュン!!

 文殊が霊力を帯び、横島に送り込まれた意思によって解凍された。込められた文字は「光」だった。

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