ザ・グレート・展開予測ショー

GEKKOH〜紅の巻・シーン2「ザッツ・ワンダー、ザッツ・ノー・マム」


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 4/27)

「質問があるんだが」
「なに?」
一方は無感情、一方は苛立たしげに言葉を紡ぐ。電車賃をケチって線路沿いに歩く二人。
「急ぎの用ではない、と言った筈だが。だいたい我々はどこへ向かっているんだ?」
「あたしは家に篭ってるのが嫌だったのよ。因みに向かってる場所は○×デパートよ」
前半はウソだった。
日々、ゴロゴロと惰眠を貪って安逸を愉しむのが彼女――タマモの日常だ。
無駄は嫌い。退廃的で自堕落だの、凡人があまりいい顔をしない言葉が好きなひねくれ者。
「よく解らん心理だ。すごしやすくない巣穴など、早急に破棄する事を提案する」
「えぇ、そのうちにね」
こちらの気も知らないで(本当に気づいてないのか、疑わしいが)言う人狼に
冗談半分にタマモが答える。(つまり、半分は「それもアリか」と思ったわけだ)
現在は相互に利用する、即ち共生する価値があるがそれも近い将来なくなる。
自分が一般常識を身につけたら、今のままの生活ではメリットが極端に少なくなる。
狐は孤高の獣。一人旅など、性に合ってるかも知れない。
「思い立ったが吉日。などという先達の戯言を鵜呑みにせよ、とは言わん。
だが、最低限心が休まらない巣など、その機能を果たしてるとは言い難い。
それを理解していながら、なぜ現状を許容する?私ならしないし、事実しなかった」
「へぇ?どうでもいいけど、訊いた事ははぐらかしといて話したい事はよく喋るわね」
「当然だ。尋ねられたからと、答える義務はない。私の口だ。私の意志があれば、喋る」
相変わらず口の減らない女だった。
タマモの立場は、少なからず不快であろうはずだが彼女はおくびにも出さない。
「それで?」
「それ、とはなんのことだ?」
「巣が気に入らなくて、それを我慢しなかったんでしょ?それからどうしたのよ」
「あぁ、渡り鳥とか根無し草とか呼ばれるたぐいの生活だな」
タマモはそれを聞いて口を開けずに舌打ちした。相手に悟られないためである。
まさか一人旅のプランには先客がいたとは。別にそれが悪いわけではない。
単に先に思いつかれてたのが、他人にも思いつけるレベルの発想を
自分がしたというのが気に入らないのだ。理屈ではなく、ひどく癇に障る。
「ハッ!結局、わがまま娘の家出じゃない」
「嫁の責務は果たしてからだぞ」
「え?」
「亭主が、誰かに逆らうということを知らん男でな。そのくせ、狭い社会では顔役だ」
「へー」
そうとしか言えずに、次の言葉を待つ。女は、まさか既婚者とは思いもよらない若さだ。
というか、自分よりは幾分大人びているといった程度か。
もっと厳密に言えば「同い年の中の、多少大人びた知り合い」ほどの印象である。
美神と並べてしまえば、多くの者は彼女を少女と呼ぶだろう。
「寄り合いで「子を成せ」と言われて家にとって返し、私に土下座する男だ。
それで、私に「これっきりだ」と言われて納得したらしい。だから、『それっきりにした』」
ビッ、と赤い髪の女が自らの左手首を右の人差し指で真一文字になぞった。
手を切る仕種――つまり縁を切ったわけである。
それまでは浮かなかったタマモも、彼女の女性的なカッコよさに魅せられ、明るくなる。
「おー!ってか、かなりへなちょこな旦那ね。そんで家出したわけか……」
「厳密には、腹のものをスッキリさせるまでは出るに出れなかったわけだがな」
「なるほど。それが嫁の責務なのね」
「もとより母などやりたくなかったので、それについても亭主には事前に納得させた。
『貴様には子供でも、私には肉塊だ。肉塊の世話も含めて、これっきりだ』と」
「あんたって昔っからそんなえげつないこと言ってたのね……」
冷ややかな眼差しを相手に送るタマモ。
「子供の人格を認めてしまえば、俺はともかく子に罪はない、などと切り返されるからな。
交渉というのは、徹底的に相手の攻めの糸口を潰すのが基本だ。
この場合は、私とて流石に躊躇ったが、必要な措置として本音を言ったまでだ」
「それでも本音なのか、オイ」
「間違った認識とは思わん。私の中で生成された肉の人形なのだから。
同族でさえなかったら、寄生虫とどこが違う?悪いが私は、種の存続など興味がもてない」
なにが悪いのかよく解らなかったので、曖昧に頷いておく。
「考えた事なかったけど、あんましいい感じじゃなさそうね…」
考えないのが当り前だ。そもそも九尾の狐に生殖機能があるかどうかすら判然としない。
「最悪だ。もっとも、周囲の結論では問題があるのは私の感情のほうとのことだったが…」
そのわりには相変わらずの無頓着そうな声音で、狼女は言う。
「んじゃ、飛び出して正解だったでしょうね。理解しあえない連中なんて鬱陶しいし」
「同感だ。そして逆も然り。向こうも精神を患った者の相手は疲れただろう、気の毒に」
言って、赤い女の顔、下半分がゆったりと動く。笑ったらしかった。ぎこちなさすぎるが。
「ひょっとすると、シロにも煙たがられるんじゃないの?」
「承知している。別に会ってどうしようというつもりもない。近くを寄っただけだ」
「アイツお人好しだからなぁ。その赤ん坊が今どうなってるかにもよるわね、態度」
「少なくとも、他人の心配ができる程度には健康らしいな。気の利く保護者もいる」
他人の心配、と言われてタマモは眉をひそめた。
出産経験があること自体脅威の若さなのに、その子は既に赤子ではないのだろうか?
何年前の話なのか尋ねたい気も起きたが、人狼の成長ペースなどそもそも知らないから
意味がない。(人間にしたって美神ひのめを見た限りからの推察しか出来ないのだが)
ひょっとするとシロや目の前の相手は、自分の想像より余程高齢なのか?
「あのさ……一人旅、長いの?」
「旅は…時間が働いているようで働いていない。忘れたな。世界を四周ぐらいしたか」
「そんなロマンチックなキャラか、あんたは?…体力の無駄遣いの話はどこへ消えたのよ」
「失敬な。私が行動の根幹に合理性をおくのは、未婚時代に意図して身につけた知恵だ。
私とて幻想的な想像に耽ることもある。
それに、旅は散歩のような非生産的な娯楽とは一線を画す」
全然怒った風には見えない表情で、女が遺憾の意を唱える。
「どう生産的なのよ?」
「知識や経験が得られるだろう。荷物と違って、これ以上持てないということもない。
朽ちる事も、自分がしっかりしている内は心配無い。他のどんなモノよりも不滅な財産だ」
「ありがちねぇ」
「それだけに、信頼もおけると思うがな」
ぐったりと呟くタマモに、諭すように聞かせる人狼。
「お揚げを食わないと妖力なくなっちゃうんだけど?ロマンじゃお腹は膨れないわ」
「生きるために生きるわけじゃない。かといって死ぬためでもないが。
ようするに、なるようにしかならんのだな。人生というやつは、究極的にはそれが本質だ」
「まぁそれは、あんたの事なんだからあたしが水注したのは悪いと思うけど…」
「いや、この話の大元は貴様が現在の巣を捨てるにあたっての参考意見だ」
そういえばそんな話だったか。
「あたしはいいよ。思い立ったが吉日?いい言葉じゃん。旅したくなったらその時考える」
やや疲れた面持ちにも見える、微笑。
「つまり、意欲が低いわけだな。他人に影響が出ない範囲で納得するが……」
無表情の女が、精一杯渋い顔を作ろうとしたような無表情で、言う。
「あんたを連れまわしてるのは、別にいーでしょ。目的はあるんだから」
「私は待機を推奨したが……」
「近所なんだから出向きゃすぐなのよ」
「以前言った事と矛盾していないだろうか?」
「後に言ったことのほうが正しいの」
人狼は息を吐いて黙り込んだ。「もっともだ」と感じた様子だ。
納得がいかなければ、彼女が黙る理由がなかった。
自分の身体でブラインドをして、小さくガッツポーズを作るタマモ。勝利の余韻である。
「目的地が比較的至近という情報は、とりあえず信じよう。それでどうなるわけもないが」
と、あっさりくつがえされる。タマモは危うく呻き声が漏れそうになる。
――こ、この女ァ……!このあたしに挑戦しようってか!?
一人熱くなってみる。が。
相手の人狼はなにやら視線をそらし、小さな公園を見つめていた。
公園ではボールが飛び交い、自転車やミニ四駆が走り回り、
ベンチすらTCGで遊ぶ子供が陣取っている。
「そっか……子供が…」
タマモの呟きに耳も貸さず、公園に歩を進める。
ここでタマモが感動しなければ、彼女の足取りの異様な確かさを見抜いただろうか。
それはコロシアムに赴く剣闘士を彷彿とさせた。
「ガキども!私もそのカードゲーム参加を希望するぞ!!」
彼女は確かに無表情だった。無表情であった筈だった。
しかし、今も無表情…しかし………纏う空気が俄然、輝いていた。
そういえば、と、タマモは彼女を初見で懐かしく感じていたのを思い出した。
「ありゃあ…誰かに似てるわ……シロじゃないのよ…誰か………」
紅い髪の人狼は、口の減らない女で更に――。
身体を動かさない遊びが大好きだったのである。

少なくともシロと同郷とは思えなかった。


つづく

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