魂の機械 永遠編 前
投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/ 4)
「ドクター・カオス! こぼれてます!」
そう言ってロングのワンピースの上にエプロンをした女性が床の上に零れ落ちたご飯粒をひょいひょいと拾って空き皿に並べながら、零した張本人を柔らかい非難と赦しの混ざった上目遣いで見つめた。
「す、すまんな。マリア」
見つめられた老人―ドクター―は慌てた仕草で皿に並べられたご飯粒を口に放り込んでみせる。
そんな様子を眺めていたら、エプロン姿の女性―マリア―が今度は自分の方を向く。
「ナガシマさん。おかわり・いかがですか?」
返答の替わりに卓に茶碗を置き、首を横に振る。それだけでマリアは心配そうな顔になる。
「朝の・カロリー摂取量・平常の・半分です。体調不良と・予測。また徹夜・ですか?」
「ん。あんまり食べると家計を圧迫しちゃうからね」
「…………」
適当にはぐらかしたが、マリアはそれ以上追及しようとはしなかった。自分がそんな遠慮をする人間でないことは分かっているはずなのに。替わりに飛び切りの心配顔を自分に投げかけて…。
ドクター・カオスの研究所(ありていに言ってしまえばボロアパートの一室)の既に見慣れた一日の始まりである。
2年位前からちょくちょく訪ねて来てはドクターに昔話を聞いたり錬金術を教わったりはしていたのだが、1年位前(自分は16歳だった)の魂解析機の一件以来、住み込みでドクターの助手をするようになった。
あのとき自分は計算をしただけで、しかもその機械は失敗で爆発してしまったのだが、その後にマリアが自分の計算の正しさを保証してくれて、そのことで自信がついたからかもしれない。
それにドクターは見ず知らずの自分に、長すぎる生涯をかけて彼が得てきたものを惜しげもなく分けてくれたので、それに報いたいという気持ちもあった。
だから自分は今ドクターの研究の完全なサポート役に徹している。
「おーい! マリア!」
ドクターの声。トイレからだ。
「イエス・ドクター・カオス?」
マリアがトイレのドアの前に立って気をつけの姿勢で指示を待つ。
「紙が無いんじゃ。すまんがそこらにあるのを渡してくれ!」
またか。苦笑してポケットからティッシュを取り出し、マリアに投げて渡す。
「ありがとう。ナガシマさん」
マリアはこちらに微笑みを寄越すと、トイレに背を向けたままドアをノックする。
「ドクター・カオス。紙です」
トイレのドアが細く開き、ドクターの皺だらけの手が出てくると、マリアは横目で手だけを確認してその上にティッシュを載せる。
ドジャア――
再び閉じたドアの向こうで水の流れる音がして、ドクターがベルトをずり上げながら出てくる。
「いやー助かった。すまんな、マリア」
マリアはそこで初めて肩越しに振り向いて、ドクターの顔を見上げる。
「ノー・プロブレム。ドクター・カオス!」
こちらからでは見えないがドクターを見上げるマリアの顔は微笑んでいたのだと思う。
そもそも自分がここに来るようになった原因は彼女のこの微笑みだった。
その彼女との出会いも全くの偶然だった。
たまたまこの界隈を通りかかった時、道の向こう側から買い物カゴを提げた飛び切り美人な女性が歩いて来たのだ。
頭で何か考える前に自分は適当な理屈を並べて半ば強引に彼女の荷物持ちを買って出ていた。
自分でも驚いたが、自然とそんな行動が出てきたのだ。
彼女は無口だったが、隣を歩けるだけで自分は幸せだった。
こちらの話に微笑みを返してくれた時などは天にも昇るような気分になった。
「一目惚れってこんなんかな〜?」などと思ったりもした。
部屋に着いて「お礼がしたい」と中に招かれた時は期待に胸が膨らんだ。
だが自分を待っていたのは、彼女と同居していた老人から告げられた、彼女がアンドロイドであるという事実だった。
「ドクター! そろそろ始めましょう!」
研究室からキッチン(といってもガス台と流し、申し訳程度の食事スペースがあるだけだが)に声をかける。
「お? その前に、朝飯を食わんか?」
「………」
「ドクター・カオス。朝食は・さっき・とりました」
言葉に詰まっていると、マリアが押入れから出てきて助け舟を出してくれた。
マリアはさっきの服装から作業用の黒のローブに着替えていたらしい。
ドクターを見るマリアは笑顔ではあるけれど、どこか寂しげな印象があった。自分も同じ様な顔をしていたのだと思う。
「そう言えば、そうじゃったかのう…?」
ドクターは苦笑いを浮かべて立ち上がった。
マリアはそれを見届けると、玄関に向かった。
「マリア・アルバイトに・行って来ます!」
「いってらっしゃい」
「気をつけてな」
これも見慣れた朝の風景。
ドクターの研究は残念ながら具体的な収益を上げるには至っていない。
しかし自分もドクターも朝から晩まで研究に打ち込んでいて副業をしているヒマはない。
生活費はマリアのバイトによる収入に頼っているのが現状だ。
女性とは言え、アンドロイドであるマリアは当に100人力で、肉体労働系の仕事をバリバリこなす。
どんな時代にも肉体労働は必ずあるし、賃金も高い。
しかし半ば強引に転がり込んだ自分としては心苦しい状況でもある。それについて直接マリアに聞いてみたこともあった。
マリアは「ドクター・カオスが喜ぶことはマリア自身も嬉しいのだ」と言ってくれた。
自分が助手としてドクターを助けている事を言ったのだろう。
マリアは「それに…」と付け加えようとしていたが、自分と目が合った途端に続きを言うのをやめてしまった。
でも自分にはその前の言葉だけで十分だったので『それに…』の続きを追及しようとも思わなかった。
「小僧! 6番のボルトを締めてくれ! 反対側からわしが触媒を注入する!」
研究室でのドクターからはさっきまでのボケた雰囲気は微塵も感じられない。
生き生きとしていて、手際も自分なんかより遥かに良い。
「何をしておる! 小僧! 早くせんか!」
…と言うより。これは普段のドクターとは別人だ。
ドクターの指示通りの行動をこちらも出来る限りテキパキとこなしてゆく。
今は例の魂解析機を造り直しているところである。
なぜ急にこんなことを始めたのかドクターに聞いたことがあったのだが、マリアの希望であるとしか教えてくれなかった。
マリアが詳しい理由は自分には秘密にしておいて欲しいと言ったらしい。
ドクターがマリアとの約束を破る事はありえないし、第一マリアが嫌がることをしたくも無いので問いつめようとも思わなかった。
作業はもう仕上げの段階だったので、一気に完成させてしまおうということで、小休止を取りながらも夜を徹して進めた。
ドクターは見た目の年齢にも、1200歳という実年齢にも似合わずハイテンションで楽しそうに作業を進める。
これまで連日、徹夜に近い生活を行ってきたとは思えない。
若い自分の方がキツイくらいだ。
明け方近くにマリアが帰ってきた。つい心配してしまうが、彼女にとって日に20時間労働も3日連続徹夜も何の問題にもならない。
今朝…もう昨日か…のマリアの心配顔も納得がいく。
この中で徹夜が堪えるのは唯一普通の人間である自分だけなのだ。
しかし、だからといって…いや、だからこそ甘えて足を引っ張るわけにはいかない。
作業が終わったのは日も完全に昇った頃だった。
完成した機械を前にして、3人、お互いに顔を見合わす。
2人とも嬉しくて仕方が無いといった表情だ。自分も間違いなく同じ表情をしているだろう。
ひとしきり表情で喜びを確認しあったあと、ドクターが楽しそうに言い出した。
「よーし、んじゃ、小僧。おぬしが実験台1号行ってみようか♪」
「な…なんで俺?」
予想はしていたが、一応理由を聞いてみた。
「ン? 自分の作った機械に自信が無いのか?」
てっきり『か弱い年寄りを…』とか言うのかと思っていたので多少意表を突かれた。しかし…
「イイエ。コイツは完璧ですよ」
考える前に口が反応していた。
ドクターに教わった研究者としての心構えだ。常に自分だけは自分の能力を信じる事。自分の作品を信じる事。
「じゃ、問題なかろう」
「ドクターが入ればいいでしょう?」
今度こそ予想した回答を得るために問いつめる。
「………」
ドクターは少し複雑そうな顔をしたがすぐにニヤけ顔に戻った。
「マリア。もう話しても良いじゃろう?」
マリアが顔を伏せるように頷く。
ドクターはその反応を満足そうに見てから、自分に向き直った。
「実はおぬしの霊波がわしの話に出てきた例の煩悩小僧―横島に似ておるとマリアが言い出してな。もしかしたら生まれ変わりかもしれんということで、それを調べるためにこの機械を造ったわけじゃ」
横島…と言うのか。ドクターの昔話に出てきた、マリアが慕い、その死に際には生涯唯一の涙を流したという男。
しかし前世と言うのはどうもピンと来ない。
確率的にもありえなさそうだし、第一自分がその男の転生であったとしても、それがどうしたと言うのだろうか。
だがその点で解せなくともこの場の全員が実験を望み、誰かが実験台をせねばならぬ以上、自分がやるしかない。
反論はしてみせたが元々そのつもりだったのだ。
目の前の機械の寝台のような部分の上に横たわり、透明な樹脂の蓋で完全に密封する。
そんなに長時間このままと言うわけではないので窒息したりはしないと思うが、それでも息苦しさは感じる。
ドクターがスイッチを押すのが視野に入る。
それと同時に、頭の方から光の輪のようなものがスライドしてくる。
「…………!!!!!」
耳元で大音声が響き、全身を槍で貫かれて、火焙りにされ、ありとあらゆる責め苦を受けたような感覚。
もちろんそのどれも実在しない。五感を通さず意識に直接、苦痛や不快感を叩き込まれるような感じ。
ドクターは不死身になってから死ぬほどの苦しみを何度か味わったというが、それはこんな感じだったのだろうか。
自分の存在がバラバラになるような感覚とともに意識が急に途絶えてしまった。
今までの
コメント:
- 『マリア萌え』(いるのか!?)の方のためのサービスカット満載です。
人間らしく成長したマリアは何の気兼ねも無く女の子らしい描写ができます。(まさかこのシリーズ、これが目的だった!?)
ワンピにエプロンのマリア。恥じらいを含んだ笑みを浮かべるマリア。着替えを見られるのを恥ずかしがるマリア。ってゆーかそもそも着替える(ファッションに気を使う?)マリア!(←実は作者が一番アブない)
惜しむらくは作者は描写が苦手でして、マリアの魅力が十分に引き出せないであろう点です。ゴメンよ。マリア。
因みに部屋のイメージは横島くんトコ(7巻『飛び出せ貧困〜』のトビラ参照)より多少キッチンが広い程度です。 (斑駒)
- ところで作者の製作スタイルの都合上、これからけっこうハイペースで続きをアップするつもりなのですが、できればコメントは次の章を読む前に書いていただきたいのです。身勝手な話ですが、やはりそこまでの、先が分からない状態での感想を賜わりたいもので。ゼヒゼヒ御協力お願い申し上げまするぅぅぅ。 (斑駒@平伏)
- とにかく、マリアが人間らしくて、いいですね。 (トンプソン)
- カオスのボケに対してマリアの寂しげな表情が悲しい・・・
はたして彼は横島の生まれ変わりなのか? (NGK)
- お久しぶりです。まだテストは終わっていないのですが、↑×3に書いてあったので続き読む前に感想をば。
とにかくマリアの人間臭さが、ナガシマクン(でいいのかな?)視点から匂って来ますね。では続きを読みに行って来ます。 (ロックンロール@出戻り)
- トンプソンさん。
ありがとうございます♪ …って、お礼を言うのは私でよいのだろうか…。
でもこの章でのポイントは間違いなくそこですので、それが伝わったのは嬉しいです。
NGKさん。
永遠編のマリアは表情が豊かです。言葉がアレな分。表情で全てを表します。
問題はその表情の描写なのですが………。
ロックンロールさん。
ご協力ありがとうございます! しかもテスト中(汗) どうやら『序の三』もお読みになったようで…(恐縮)
『ナガシマ』という名前については敢えて識別記号的な扱いをさせてもらいました。より彼の視点にシンクロできるように、彼の存在における煩雑な要素をより疎外するように…。 (斑駒)
- なんかロックンロールさんのような被害者も出てしまうようですので、コメントの方は『なるべく〜』ということで。
……実は黒犬さんの、みにSSを誘発させるための布石だったりして……
イヤ、読んでいただけるのが一番うれしいんですよ。あくまで! (斑駒@自己嫌悪)
- 「この世界、自分の力を信じられなくなったら終わりなんだよ…」
えいど〜りあ〜〜〜ん…
マリアのエプロンよりも、ミスターよりも、
そっちが頭から離れない僕ってば以上?
いや、似てるだけなんですけどね…(心構えがね…) (魚高)
- 魚高さん。
フったね? フりましたね? 誰かフってくれると信じてたんですよ。長嶋茂雄!
まあ、ナガシマという名前の意図するところはご理解いただけていると思います。
敢えて漢字をあてるなら『永島』でしょうか。や、別に『長島』も悪くないんですけどね。
ところでいつもながらにネタが分かりませんねー。「えいどりあーん」は聞いた事があるんですけど。 (斑駒@寡知(造語))
- おや、みにみにマリアたち。お揃いのメイド服なんか着て、何処へおでかけだい?
「「「「「斑駒さんの・お家に・お手伝いに・行く・でち」」」」」
ははーん。本編でマリアが色々とカオスの世話をしてたから、マネしたくなったんだね?
「「「「「いってきます・でち」」」」」
はいはい、いってらっしゃ……って、ちょーっと待ったぁ!
キミたち、そんなもん持って何をしに行く気だい? (黒犬)
- 「おそうじ・する・でち」
1号…普通、掃除に空間粉砕兵器は使わないぞ(汗)
「お料理・作る・でち」『んにゃぁ〜ぉ』ガサゴソ
2号…いーから、その[食材袋]とやらの中身を見せてごらん?
「お風呂で・お背中・流す・でち」
3号…その洗車ブラシは置いて、こっちのスポンジを持っていこうね。あと、斑駒さんにシャンプーハットはどうかと思うよ?
「…………(すちゃっ)」(←耳掻き棒)
4号……は、耳掻きか。それなら、まぁ…。(別な意味で危険かも知れないけど…) でも、斑駒さん人形【通称・プチコマさん】は置いてった方がいいんじゃないかなぁ……本人のお宅なんだし(汗)
んで、5号が持ってるのは……歌詞集『よいこのうた』?
「斑駒さんが・寝る時に・子守唄・歌う・でち…」 (黒犬)
- …なんか色々大変だったけど、あの子達の気持ちだけでその百倍は嬉しかったなぁ(嵐の去ったあと)
黒犬さん。
1号は結局例のものを持ってきて私の部屋をスッキリさせてしまいました。でもPCは残ったので問題ないです。やんちゃな子ですね。
2号は結局ウチの冷蔵庫にある食材で料理(らしきもの)を作ってくれました。私は好き嫌いが無かったことを神に感謝しながら残さず食べましたよ。家庭的な子ですね。
3号は結局お風呂でのぼせてしまいました。私はあっついお風呂が好きで、あの子にとっては冷却とかの都合でマズイと思ったので遠慮したのですが、一緒に入ると言って聞かなくて…。実は甘えんぼさんですね。 (斑駒@至福の一時)
- ↓
4号は結局予想通り私の耳吐血(クセ?)を誘発してしまったのですが、一生懸命手当て(目隠し)してくれました。ちょっとオッチョコチョイですね…私も人のことは言えないソコツ者ですけど。
5号は結局出血多量で意識が朦朧として床に倒れていた私に子守唄を歌ってくれました。…まだ眠るわけにはいかなかったのですが、やはりやさしい子ですね。
そして黒犬さん。妹さんは無事救出されましたか? あ、人(猫)違いでしたか…? (斑駒@僥倖に感謝)
- ………(汗)
なんか、すごく不安になったので、一応書いておきたいのですが…。
『魂の機械 永遠編』の本編は『前・中・間・後・幕』の5部構成です。
元はと言えば、私のそそっかしさから来る投稿ペースの乱れが悪いのですが、やはり順序通り目を通していただきたいので……。 (天の斑駒←アメノフチコマ。みなさんが気付いてくださるよう祈りを篭めて。)
- 肉体労働から離れてひたすら研究開発に打ち込んでいるドクターが素敵です。往年の「ヨーロッパの魔王」全盛期もきっとこんな様子だったんでしょうか。
しかも今回の機械を製作する事となった切っ掛けが「例の煩悩小僧」の面影とは……マリアの、そしてカオスの永きに亘る人生の中においても、彼の存在はそれだけ大きな物だったのでしょうね。 (Iholi)
- Iholiさん。
ナガシマに会う前のカオスの生活については『彼』がいたころのようなものだったと想定しています。
即ち、家賃に追われてバイトに精を出すような…いや、肉体の衰えからそれすらマリアに頼りきってしまうような。
それが2〜3年前に想定されるナガシマとの出会いによって、プロローグのような時を経て、今の状態に至った。
彼(←どっち?)の存在がカオスの起爆剤になった事は間違いないでしょう。 (斑駒)
- ↑×4なんとか救い出してもらいました。お兄ちゃん、ありがとう♪(うるうる)
それにしても、羨ましいです〜。斑駒さん、せめて4号ちゃんとお風呂に入るのだけでも、代わって頂けませんか?(哀願) (猫姫)
- 猫姫さん。
怖い思いをされたようですが、ご無事でなによりです。さすが黒犬さんですね♪
たぶん私では舞い上がってしまっていて気付けなかったと思いますので。
あの子達は体(演算装置、機関部など)の都合上、冷たい水を浴びるのが好きみたいです。
3号はムリしてのぼせ(熱暴走)ちゃいましたけど、あの子達に合わせるのであればお風邪を召されませぬよう。 (斑駒)
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