ザ・グレート・展開予測ショー

東京ジャングル 7


投稿者名:居辺
投稿日時:(02/10/21)

13.蛍
 薄暗くなってきた。
 横島は相変わらず水の中、狼達は岸でうずくまったまま横島を見ている。
 他にすることも無いので、横島は狼達の観察を続けていた。
 まず水際の4頭、こいつらが群れの主力だろう。
 その後に一回り大きな体格の狼、銀灰色の毛並みのこいつはボスのようだ。
 ボスの後に居るのは雌達か?
 更にその後には子供らしいのが、数頭ちょろちょろしている。
 横島のリュックは、子供たちにとって、恰好のオモチャになったらしい。
 噛み破られ、中身を引きずり出し、振り回されたリュックは、ただのボロ布になってしまった。

 この森の中では、どうしてか霊力が回復しない。
 横島に残された文珠は、いまだに2個のまま。
 イノシシに使った文珠『驚』を使うべきか?
 なけなしの文珠を使うべきだろうか?
 横島は迷い続けていた。

 狼達は余裕を見せていた。時折あくびをして、鋭い牙を横島に見せつける。
 子狼達は互いにじゃれ合って、キャンキャンと元気に吠えている。
 ただ、ボス狼だけはじっと横島を見つめたまま、微動だにしない。
 その瞳は穏やかなもので、むしろ慈愛に満ちている、と言った方が良いかもしれない。
 だが彼が横島に与えてくれるのは、惨たらしい死だけに違いない。

 これ以上時間をかけていられない。
 突入しようと決心を固め、水をかき分け、岸に向かって歩き出す。
 唐突に、目の前を緑色の光が透りすぎた。
 緑の光は横島の周りを一周すると、横島の胸に止まった。
 柔らかい光りが水面に反射して、ゆらゆらと横島を照らしている。
 蛍だ。

 そっと手のひらに載せて、持ち上げてみる。
「季節外れだな、お前」
 蛍は初夏から夏にかけて羽化する。秋にさしかかった、今の時期ではかなり遅い。
 蛍の種類は何だろうと、胸部の模様を確かめた横島が、目を見張った。
 赤い胸に黒い三角。ゲンジボタルとも、ヘイケボタルとも違うその模様。
「これ、ルシオラと同じ?」
 不意に、蛍は横島の手から飛び立って行った。

 蛍は明滅を繰り返しながら、ゆっくりと狼達に近づいて行く。
 狼達は別に気にしていないようで、何の動きも見せていない。
 狼達の頭上をゆっくりと飛び回る蛍。何事かささやくように。
 横島は蛍を見失わないよう、目で追った。
 子狼が不安そうに啼いた。

 ボス狼が立ち上がったのをきっかけに、狼達が立ち上がる。
 狼達が一斉に遠吠えを始めた。
 優しげに、悲しげに、狼達の啼き声は複雑に絡まり合う。
 大気が震えだすかのようだ。
 横島は森がざわめき出すのを感じた。
 森の中へ消えて行く、その声に合わせるかのように、狼達は姿を消して行った。

 森の奥に歩み去る狼達に、気を取られた横島は、蛍を一瞬見失ってしまった。
 蛍はすでに遠くに飛び去っており、沼を回り込んだ樹の間で明滅している。
 慌てて沼から這い出した横島は、蛍を追いかけて走り出した。
 森の中はもう真っ暗になっており、横島は何度もつまずいて転んだ。
 下草やシダが足下にまとわりつく。木の枝、時には幹にぶつかる。
 ジーンズの中で、膝を擦りむいてヌルヌルするのを感じる。
 転んだ拍子に手首を挫いて、ズキズキするのを構わずに横島は走り続けた。
 すでに、荷物のことは忘れてしまっていた。

 ねじれた木の枝を払いながら、踏み出した足の先には地面が無かった。
 必死につかんだ草は、乾いた音を立ててちぎれた。
 落ちる横島が最後に見たものは、蛍の緑の光と、その光に微かに照らされた仮面だった。

14.西条の屈辱
 西条は屈辱に耐えていた。
 受話器を握る手が、震えているのが自分でも分かる。
 一瞬、受話器ごと電話を、壁に叩き付けそうになったが、必死に自制して美神の携帯電話へダイアルした。

「……やあ、令子ちゃん。今どこだい?」
「事務所に居ないみたいだから、携帯にかけてみたんだけど」
「……防衛庁から、君に内部の調査を、お願いしたいと言ってきたんだ」
「……いや、君があれから、何をしたかなんて聞きたくない」
「明日の朝から調査するそうだが、どういう手はずになってるか、聞かせてくれないか」
「……Gメンが君らのこと知らない、と言うわけには行かないんだよ」
「我々のメンツを立ててくれる気があるなら、それくらいの情報はくれないか」

「……また、あそこから入るって事か。僕もそうするしかないと思ってたよ」
「自衛隊のヘリが、3機消えたって話しだよ。空からは危険だろうね」
「それと、あの森の木は再生スピードが異常に速いんだ」
「チェンソーで切るより早く再生しちまう」
「森の中に無理に入ろうとすると、いつの間にか外に出てきてしまう」
「空間がねじ曲げられているみたいだな」
「情報の不足している現状では、実績のある方法をとるのが、一番懸命だろうね」

「だけど、応援は必要ないのかい? 声を掛ければ何人かはすぐに集まってくれるだろ?」
「……分かったよ。事情を説明するわけにも行かないってことだね」
「いいさ、分け前が減るなんて言い訳しなくても」
「……で、何時に出発するつもりなんだい?」
「……人目につかないようにって訳か? なるほど」
「……謝らなくたっていいさ。まあ、気を付けて行って来たまえ」

 電話を切った西条は、今度は別の所にダイアルする。

「……隊長、令子ちゃんと連絡取れました」
「……はい。予定通りです」
「時間は明朝午前4時。場所はこの間の場所だそうです……」

 電話を終えた西条には、いつもの自信が蘇っていた。
「令子ちゃん、今回はいつもの調子には行かないからな。覚悟したまえ」

15.ことこ
「おにいちゃん」
 小さな手が横島の手の中に滑り込んでくる。
「だ、誰?」
 上ずった声で尋ねる横島。振り払おうにも怖くて身体が動かない。
「わすれちゃったの? ことこだよぅ」
「ことこ?」
 暗やみの底から、女の子の顔が浮かび上がった。
 サラサラのおかっぱ頭を横島の胸に押し付け、細い腕で横島の身体にしがみつく。

「あたしは忘れてないよ」
 女の子が顔を上げて、横島の目を覗き込む。
「ファーストキスの相手だもん」
 その顔には確かに見覚えがあった。横島の頭は忙しく記憶をたぐっていく。
 ファーストキス? えっと、確か小学校にあがるころ、隣に住んでいた……。
「ことこちゃん? いや、そんなはず……。こんなに大きいはずない」
「ことこはあの時病院で死んだはず。そう言いたいの?」
 ことこが悲しげに聞いてくる。

「そうだよ。ことこは病気で死んだの。お兄ちゃんをずっと待ってたのに」
「ことこのことお嫁さんに、してくれるって言ったのに、お見舞いにも来てくれなくて」
「来てくれないから、寂しくて。悲しくて。そうして死んだのよ」
 ことこが横島の胸に、頭をすり寄せる。
「あたしねえ、迎えに来たんだよ」
「お兄ちゃんはこれから、ずうっとあたしと暮らすんだから」
 ことこが指さす先には、ままごとの道具が広げてあった。

 昔のことだ。当時の横島の家の隣に、ことこと言う女の子がいた。
 ことこは身体が弱くて、幼稚園に行っていなかった。
 横島は一人っ子だったこともあって、妹のように、ことこを可愛がっていた。
 ことこも横島に懐いていて、どこに行くのもついて来たがる。
 小学校へ上がる前の横島は、幼稚園から帰るといつも、ことこと遊んでいた。
 そんな日々の終わりは、横島が小学校に通うようになって訪れる。

 新しい友達が増えた横島は、ことこと遊ぶ機会が次第に減って行った。
 ことこが病気で入院した時も、一度病院に行ったきりだ。
 ことこが死ぬなんて事は、まったく頭に無かったし、病気が治ったらまた遊ぼうとしか思ってなかった。
 少年の横島にとって、明日とは今日と同じ日、と言う意味しかなかったのだから。
 ことこのことを思い出すたび、横島は疼くような胸の痛みを覚えた。

 その朝、母が告げた言葉を横島は思い出す。
「ことこちゃん、夜中に急に具合が悪くなって、今朝がた息を引き取ったそうよ」
 ありのままに小学生の息子に話す母。
 その日から二三日、隣の家が騒がしかった。
 その意味を理解するまで数年かかった。
 それがことこに関する最後の記憶。
 ことこの家族は間も無く引っ越して行き、その後のことは何も分からない。
 それきり横島家で、ことこが話題になることは無かった。

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