ザ・グレート・展開予測ショー

「独り〜」プロローグ


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 2/27)

ぬるぅっ
身じろぎする。それだけのことが、やけに億劫だった。
自分がひっかぶったこの紅い水はえらく粘度が高い。不快でたまらなかった。
だが、そんなことはものともしない胸騒ぎが広がってくる。
イヤな感じだ。自分は今、ひどいコンディション不良だ。
自慢のつややかな黒髪もべとべとになっているし、吐き気もする。
あまりのことに、自分が自分でないような感覚だ。
どこか上の方から、この自分を見下ろしている感覚が、頭の中にある。
だというのに、胸騒ぎは全身の細胞がちぎれそうな程に激しくなっていた。
(そうだ。この紅い水…これが……これが…解らない。なに、コレ?)
自分の右腕から這うように延びた赤黒い線。辿ってようやく合点がいった。
紅い水とは血のことだったし、辿った先に横たわる少年は恋人…だったと思う。
右腕側から血をかぶってるのはあたりまえだろう。利き腕なのだから。
ヒトを殺す時、利き手から返り血をかぶるのは必然…ではないが、よくあること。
重要なのはそこではなかった。

彼が死んだ!

失ってしまった!

もう手が届かない!
なにか言いたかった。しかしこの世界には音がなかった。


独りもがくとこしえの、歪んだ幻は。


ごぷんっ、チ、チキチキチキチキチ…
クリスタルケージ内で水泡が爆ぜた。
白衣の男がそちらには一瞥もくれず、部屋の隅でパソコン作業を済ませて言う。
「室長、我らがアイドルのお目覚めですよ」
反対側の隅でデスクの前にしゃがみ込み、大柄な男がドーナツをかじっている。
手を振って「解った」と合図する。この室長はいつもこんな具合だった。
任務に従事する時は砂糖と油が口につまってなきゃならない、とでも言うように。
椅子から降りてるのは、申し訳程度の気遣いだろうか?
まさかあの大雑把な軍属科学者は、バレずにつまみ食いしてるつもりだろうか?
今し方振り上げた手に、かじりかけのシナモンスティックを持っていたのに。
だがまぁ、自分も最初の頃は「アイドル」に見とれてへまばかりしていた。
「しっかし…こんな欠陥品の実験いつまで続くんです?」
「へっは…ん、んんっ!欠陥がなくなるまでだよ。あるいは彼女が死ぬまでか」
「自分は精神科医か心理学者と間違われてここに呼ばれたようですね」
「ケースから出してカウンセリングでもしてくれるのか?頼もしいことだな」
相手は化学兵鬼に分類されるうえに貞淑なレディーだ。誰もかなうまい。
最悪と言って差し支えないだろう。解放できない以上、悩みを聞いてはやれない。
「どのみちこのままじゃヤバいですよ。脳波は日に日に不安定になってますし」
「いざとなったらラッキーでなんとかなるさ。酸素供給装置の誤作動とか、な」
にやり、と室長の顔が邪悪に歪む。
「うげ!システム管理してんの自分ですよ。流石に溺れさすのは気の毒だなぁ」
「ラッキーだろ。予想しえなかった動作不りょ…」
バンッ
軽い音が響き、気がつくと、二人の研究者は並んで床に組み伏せられていた。
頬にあたっているのは、一方はフロアーでもう一方が、濡れた指。
「私を殺す話をしてたの?」
どこか弾んだ女性の声音で、それは尋ねた。
「君を殺す?まさか!わしは君のファンだよ」
相手はケージの中で無理矢理眠らされていた。頭は働かないはずだ。
そう踏んで、室長は子供にも笑われそうな取り繕いをした。
「ファン…?」
曇った声が返ってきた。まずい。
「好きってことさ。勿論、君のことをね」
「好き?へぇー、嬉しいな。もっと言って」
「好きだよ。大好きだ。愛してる」
この実験動物に、今喉元まできてる反吐を吐きかけてやりたかった。
「ありがと。私もよ」
ズギョウッ
一瞬。本当に瞬く間に、室長の頭は蒸発してなくなってしまった。
「わあああああああああああああああッ!?」
残った方の研究員が限界まで叫んだ。一縷の望みだった説得は役に立たなかった。
いや、ある一面においては最大の効果をあげたのかも知れない。
若い研究員に、ある重大なことを思い出させたのだから。
――この女は狂っていたんだった。話し合いに意味はない。
ならば自分に、こいつから逃れる術はあるか?答えは――No――。
パワーそのものが違い過ぎる。それにたしか、彼女の真の武器はスピードだった。
(死…!)
研究員がすべてを諦めた瞬間、彼を縛めていた彼女の手が離れた。
「……!?」
「みんなどこ…?私の大事な家族がいない…あの夢だって気になるのに…」
うろうろと狭い部屋の中を彷徨う彼女の視線の先に、電源の入ったモニター。
<実験・1982:通称シルエ>
文が終わっていたわけではない。スクロールの途中だったのだ。
「…シルエ…?名前…私の名前はそんなだったかしら?違うような…でも…」
自分の名前の記憶が曖昧なことに驚きもせず、彼女――シルエは考え込む。

つづく

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