Ghost(T)――破壊――
投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 1/11)
そこに在ったのは、純粋な破壊。
わたしは、煌々と燃える炎の中でソレを眺めていた――決して意識して眺めていたわけではないと今ならば断言できる。可能ならば、あんなものは見たくはなかった――
数刻前までは、確かにわたしの屋敷であった場所――そこは、既に建築物と呼ぶのもおこがましいまでの状態にまでなっていた。……いや、その様なことは最早大したことではない。わたしが見ていたのは、もっと純粋な破壊だったのだ。
夜空を明々と照らす炎の爆炎の下、
ソコに、一体の……いや、ひとつの、『何か』が居た――いや、在った。
ソレは、数刻前、いきなりココに現れた。――わたしが、家族と共にディナーを楽しんでいた、ちょうどその時。家族全員がそろった食卓の真ん中に、ソレは突如として出現した。文字通り、空間から――何もない空間から、突如として!
わたしの娘たちは悲鳴をあげた――あの場では取り敢えず最も意味のある行動だっただろう。……だが、その後にあった事を思えば、そんなことに意味はなかった。何故ならば、その、わたしの最愛の愛娘たちは、潰れた顔面から盛大に血液を噴き出して、今、わたしの目の前に突っ伏しているのだから……
その後に起こったことは、これよりは幾分意味のある事だったかも知れない。……と言うよりも、これは単にわたしにとっての事なのかも知れないが。そして恐らく、妻や、娘たちにとっても。
屋敷が崩壊した。ぺしゃんこに潰れて、わたしはそこで一度意識を失った。
気付いてみれば、瓦礫の中でわたしは何とか生きていた。その時、わたしは娘たちがわたしの目の前で、瓦礫に胸と顔面を潰され、身体中の穴と言う穴から血液を垂れ流して絶命しているのを目の当たりにした……
わたしは叫んだ。絶叫した。手を伸ばそうにも、腕は瓦礫に挟まれているらしく、ピクリとも動かせなかった。――そう、その時、妻はまだ生きていたのだ。声がわたしに聞こえて来ていた。
だが、その声もすぐに消えた。
声が消えたと同時に、グシャリ……といった異音が当たりに響き渡った……
それが、妻の頭部が潰された音だと気付くのに、そう長い時間は要らなかった。わたしはその時、泣いたのかも知れない。もしくは、叫んだだろう。妻の頭を踏み潰したに違いない、アレに向かって――
そして今また、何かの音が聞こえる。恐らく、生き残った使用人が警官か何かを呼んだのだろう。ドン……と、轟音が響く。あれは応接間に飾ってあった狩猟用の散弾銃か? 馬鹿な。アレは銃などで滅せるモノではない……
そして、暫くドン……パンと、乾いた音が聞こえ続ける。警官が発砲しているのだろうか? ニューナンブでアレがどうにかなると、あの町外れの交番の、軽薄そうな若僧は本当に思っているのか?
そして、静かになった。
わたしはそのまま――圧迫され、眼球が半分とび出した、愛娘の亡骸を見つめながら――ひたすらに時を過ごした。もう、アレは去ったのだろうか。
不意に、周囲の炎の熱を感じる。……当然だ。使用人はまだあの時、火を使っていたはずだ。突然こんな事になって、火事にならないほうがおかしい――わたしは、辛うじて動かせる首を何とか動かし、炎が何処から迫ってくるのかを見ようとした…… しかし、結局それは叶わなかった。眼で確認する前に、下半身の感覚が、脚に炎が回った事を熱烈に訴えてくる……わたしは脚を動かそうとした。……が、動かす事が出来ない事も分かっていた。かつての屋敷のなれの果ては、今も執拗にわたしの身体の自由を奪いつづけている。
火で死ぬとはどのような感じだろうか……? わたしは考えた。
身体を炎に炙られ、苦痛の中で悶死するのか? それとも、その前に、発生した一酸化炭素によって脳をやられ、混濁と恍惚のなかで死を迎えるのか? それはどのような死なのだろうか。少なくとも、そうなれば最早妻や娘の死に悲しむ必要はなくなるのだろうか……
炎は相変わらず、わたしの身体を炙りつづけている。どうやら、脚に火が点いたらしい。『熱い』というより、『痛い』……苦痛と言うよりは、冷たすぎる氷に長時間触れていたときのような痺れが、焔により炭に変じようとしている両足から伝わってくる。
やはり死は恍惚なのだ。
わたしは苦痛と共に確信した。となれば、早く妻や娘の所に行けると言うのも、これは一つの幸福なのだろう。一瞬の静寂だけならば、早く通り過ぎてしまうのも良いだろう。
ただ……
そう、ただ……
アレは何故わたしを……
そう、この世のもの在らざるモノが、何故わたしを滅ぼすのだ? 現に、わたしは最早死に向かっている。アレは……
幽霊。一昔前までは、そう言われ、夏の夜の怪談などで語られてきた抽象の魔物――それが今、実際の脅威となってわたしを殺した。
動機などどうでもいい。だが、わたしは知りたいのだ。死に向かう者に答えを授ける位の事も、神には出来ないと言うのか? だとしたらお笑いだ……あの霊は確実にわたしを滅ぼした。ソレだけが……事実だ。それ以外のことは……もう、わたしにはどうでもいい。
むしろ、必然なのかも知れない。霊は人を滅するのだから。わたしが殺されたとて、霊にとっては何でもないのかも知れない――いや、わたしとてこのまま成仏出来るとは限らないのではないか? 自然、口が笑みの形に歪むのを感じる。――そう、わたしも最早、霊なのかも知れない。地縛霊は本人が霊である事を自覚していないそうではないか。
ただ、炎に灼かれる痛みだけは、辛うじてまだ感じる。最早それすら、曖昧なモノになって行くのがはっきりとわかったが――――もうすぐだ。もう、楽になる――――
「旦那様ッ!!」
不意に、わたしを押さえつけていたモノがなくなった。その後、耐えがたいほどの何か――これは水か?――が、わたしにぶちまけられる。その勢いで、完全に炭化していた私の左足がポッキリと折れてしまったようだが、彼らは気にしていないらしい。取り敢えずわたしの命を……使用人たちの忠誠には頭が下がるが、最早わたしに往く道など――――
――――いや、有る。
命があるのならば、わたしは滅しなければならない。
「早く……早く旦那様を運ぶんだ!」
瓦礫から掘り起こされ、その拍子に残った右足が崩れて折れるのをぼんやりと感じながら、わたしは心を決めた。
辺りは、既に明るくなっていた……
★ ☆ ★ ☆ ★
その日は、憎たらしくなるほどに良い天気だった。
わたしは目前にある門扉を叩いた。扉の横には、慎ましげな木製のプレートが、その建物自体の役割を控えめに主張している――そしてそれこそが、わたしがこうしてここへ足を運んだ唯一の目的なのだ。
扉が開かれる。
「ハイ……どなたですか――?」
応対に出てきたのは、黒髪の少女だった。この季節にしては少し厚めのトレーナーを着て、更に下にはジャージなぞ穿いている――見ると、玄関の脇に箒が立て掛けてある。……どうやら、大掃除の最中にでも来てしまったらしい。
そしてその少女は、わたしの姿を見て言葉を失ったようだった。
無理もない。いきなり、使用人に車椅子を押させている、脚のない――そして、醜い……男を見れば、誰であろうともこのような反応をする。そして、わたしはこのような態度には、この一ヶ月程ですっかり慣れてしまっていた。
「あ、あの……その、済みません……」
「いや、気にしないでください…… ここは、ゴーストスイーパー、美神令子さんの事務所ですかな?」
わたしは少女に訊ねた。
「ハイ……除霊の御依頼ですか?」
「…………はい」
「あ、少々お待ちください……今、美神さんを呼んで来ますので……」
少女はそう言って、足早に玄関から走り去っていった。
わたしは自らの顔に手を触れた。もう慣れたと思っていたが、やはり……辛いものだ。この、火傷の跡がありありと浮かび上がった顔を、人に見られ、そして……怖がられるのは――昔から使えてくれている使用人も、次々と辞めて行った。
空を眺める――蒼空は、あれがあった後も前も変わりなく、わたしの……全ての者の頭上に降り注いでいる。自然現象に、贔屓や差別などの高尚な事は……流石に出来まい。わたしは苦笑した。
「旦那様……旦那様はあの悪霊を討つつもりなのですか……?」
不意に、背後から声を掛けられる。
わたしは振り向いた。脚を失ってからずっと、わたしの車椅子を押してくれている、使用人頭の赤川――わたしとほぼ同い年のはずなのだが、その割には妙に老けていると以前から思っていた。あれが起こった後、変わらずに使えてくれた数少ない人間の一人だ。わたしは顔だけを振り向かせたまま、赤川に向け言い切った。
「仇は討たねばならないだろう?」
「……しかし……私には旦那様が冷静さを失っているように思われます。まだ、あの傷も癒え切っていないというのに……」
「だからだよ。赤川」
「――と、いいますと?」
「わたしはこの痛みを忘れるわけにはいかないのだ…… 妻や娘を失い、わたし自身も身体の大部分を炎に灼かれた――この痛みが、少しでも残っているうちに……わたしはけじめを付けたいのだよ……」
とうとうと語る。赤川はまだ納得しては居ないようだったが、それでも、引き下がってはくれた。
と、屋内から足音がこちらへと向かってくる。……程なく、栗色の髪を長く伸ばした美女が、わたし達の待つ玄関に現れた。
今までの
コメント:
- 受験中、溜め込んでたネタのひとつです。被害者の立場から幽霊っつーものとGSという連中を書いてみたいと。
コメントは、最後にお願いします。 (ロックンロール)
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