GEKKOH〜虹の巻・章の五「其は真に独眼を閉ざす者」
投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 4/18)
どっちでもいい――それが犬飼の結論だった。
どちらにせよ、この鈍らで犬塚と戦わねばならなくなったのだ。
何もしないうちに形勢逆転である。
「畜生ッ!チクショオォォォーーーッ!!」
捨て鉢になって犬塚に向かって全身で突きを繰り出しに行く犬飼。
ズァッ
犬飼の周囲に、血の匂いにも似た異臭が過ぎった。いや、異臭を帯びた実体無き何か、だ。
「うぬ…!?」
犬塚もそのただならぬ『何か』に気づいたらしく、鋭く刀を振るった。
ギャンギィィィン、ザスズパァッ
犬塚の手に、二度ほど痛烈な手応えが迫り、腹、肩に刀剣で刺突された傷が生まれた。
「これは…本物のカツマサとやらだったみたいデスね…しかもエクセレント!
このくたびれたステディ、その妖力が健在らしいデスよ………犬飼サン?」
「ッ!?こ…これは...」
犬飼のほうも、四肢から血を流してくず折れた。
「…即席で使いこなせるほど……八房は大人しい妖刀ではなかったらしいな、犬飼」
「どうしマス?追加料金出るなら、オレがこのショーブ預ってもいいデスよ」
――最強の妖刀にも勝つ最強の剣士が、ほどよく弱ってて美味しい仕事デスからね。
犬塚の言葉を受けて、ガルムが問い掛けた。
相手が負傷していただとか、妖刀は使い手が自滅したんだとかは伏せておけば
ガルムの名にかなりのハクがつくことになる。
鴨ならぬ手負いの獣が、ネギならぬ金看板を背負っている。
「………貴様はどいていろ。拙者はずっと、コイツを超えたかったのだ…」
――一人の、侍として。
犬飼は凄絶な雰囲気を伴って痛々しく立ち上がる。
「…無理とは言わんが……この首をくれてやるほど、俺もお人好しじゃないな」
言って犬塚は、腰の脇差を新たに抜いて二刀を構えた。
「なんのマネだッ!?」
一般には、ニ刀流は極めても一刀流の極みには及ばないとされている。
ましてや犬塚がニ刀流などという話はきかない。
「お前の自爆を期待してたって八房の斬撃が来る時は来る。
そして俺には遠近感がつかめないから、飛来する斬撃をギリギリまでひきつけなきゃ
撃ち落せない。…そしてそれでは…一刀じゃどんなに急いでも五発が限度だからな」
とんでもないことをさらりと言う。普通なら斬撃を迎撃できる己の剣の間合い――
腕と刀の尺を合わせてせいぜい一メートル数十センチといったところか。
犬飼の剣捌きならこの領空にとどまる時間はコンマ1秒といったところであろう。
それを犬塚は、距離感を決して見紛いようのない一メートル未満の間合い――
時間にして0.05秒前後で二振りの刀を操って八発防御しようとしているのだ。
流石にそれを聞いた犬塚以外の二人はぞっとしてまともに顔を強張らせる。
「なるほどな…お前ならやるかも知れん……いいだろう。狼王の洗礼と思えば――」
――これほどこの勝負の決着に相応しい方法もない。
両者を襲う八房を堪えきる勝負。途中で犬飼が八房を支配すれば圧倒的有利だが
逆にそれまでは、斬撃を防ぐ手立てをもつ犬塚が完全な優位に立っている。
もっとも端で見ているガルムに言わせれば、これほど滑稽な泥仕合もなかったろうが。
――二人とも退けよ。ここにゃあギャラを払う客も、見とれてくれる美女もいないんダゼ?
理解が出来なかった。ガルムにとって戦いとは見返りを期待するものでしかない。
祖国に帰れば「魔犬」の二つ名で忌わしがられる彼よりも、「犬神」であるはずの
人狼達の方がよっぽど無意味に他者を傷つける、狂戦士という呼び名がぴったりだ。
「ウオォォォォッ!」
「ガァァァァァッ!」
ズガガガガガガガガッ
空気が爆ぜた。でたらめに「存在しない刃」が荒れ狂い、二人の修羅を襲う。
六発は犬塚に飛来し、そのことごとくが撃ち落される。
いや、左の刀が担当した一発だけは完全には捉えきれず浅く犬塚の腕を薙ぐ。
「ぬぐッ…!?」
一方犬飼は二発の斬撃を無防備に受け、鮮血をまい散らせる。
今宵は満月。
犬飼が狙ってこの日にしたのだから当然だが、人狼の生命力は最大限発揮されている。
「刃が錆びついてるお陰で…ハハ……拙者に分のいい勝負のようだな…」
互いの傷が時を戻すかのごとく閉じてゆくのを見て、犬飼は上機嫌に語った。
こうなってはもはや、首が落ちたりしないことには絶命には至るまい。
勿論、犬塚がこの回復効果に期待して自ら攻めれば戦況は逆転する。
それが解らない両者ではなかったが、犬塚は飛び出さなかった。
八発の攻撃が、ことごとく首を避けてくれる可能性はある。
しかし、その可能性に命を預けられない。それこそが、今の犬塚の限界だった。
そしてそれは、戦士としては致命的な欠陥だった。
ガキンガキキィィンッ
幾度目か、八房の攻撃で二人が血まみれになり
犬塚は霊力がいつの間にやら底を尽いてたことに気づかされた。
五感は白濁し、指には力が入らない。
立っているのも足の筋肉でというよりも、感覚的には倒れる力もないイメージだった。
月が無尽蔵とも思える魔力を人狼達に与えているのに、それすらが追いついていない。
こんなことは未だかつて、どんな過酷な戦いでも起こりえなかった。
「犬飼……俺の負けだ…勝ったしるしを、持ってゆけ………」
言って犬塚は、両手の刀を取り落とした。真剣勝負を汚すことになるが、もうどうでもいい。
不用意に近づいた犬飼に、若い頃習得しそこなった霊波刀をぶち込む。
不整な刃だが、頭に叩き込めば昏倒ぐらいはさせられるだろう。
死にたくない。シロともう一度会いたい。話がしたい。
たとえ友の信頼や、先祖の誇りを踏み躙ってでも。
「犬塚………何故諦める!?貴様は里の英雄なんだぞッ!!命ある限り剣を取れ!!」
「犬……飼…?英雄?お前は俺を、そんな勿体つけた目で見てたって言うのか!?」
「拙者を責めるか!?貴様の力に憧れ、妬む。里の誰しもがそうだ。剣客ならば絶対にな。
なのに、拙者相手に簡単に諦めやがって!拙者をガッカリ…させやがって……ッ!!」
血塗れの顔を憤怒で染め直し、犬飼が絞り出すように言う。
「冗談じゃない!誰が憧れてくれと頼んだ!?勝手に失望すればいいだろう!!?
俺は無敵じゃないんだ!!お前ならちょっと考えれば解るはずだッ!!」
「もういいッ!貴様はなんの価値もない塵に成り下がった!!」
猛り、犬飼が突撃する。稚拙な罠を見抜くこともなく。
犬塚が勝利を確信した時、視界の端で黒い蟠りが跳ねた。
ザムッ
『なッ……!?』
二人の人狼はほとんど同時にうめく。まったく予想の外から、犬塚が斬られていた。
ガルムである。刃物らしいものを持っているとは到底見えなかったが、他にいない。
「短気起こしちゃあいけマセンや、犬飼サン。よっく観察すりゃ、相手諦めてないデショ?
何故ウソをつく?罠を仕掛けたからです。因みに、横槍入れた苦情なら受けつけマセン。
オレへの報酬の支払いが滞ってるのに死にそうになるアナタが無責任デス」
「まさか貴様……霊波…」
犬塚が声をもらすのを聞いて、犬飼が戦慄した。丸腰で相手を斬る方法――
自らの内から刃を生めば良い。そしてそれは、犬塚も同じことを考えていたということ。
「この……武士の勝負にアヤつけやがって………」
「ま、いーんじゃないデスか?月の魔力もガス欠ってとこにヘルフレイム喰らわしたし」
ガルムは犬塚の死を確信していた。それほどこの技に自信があったのだ。
月の魔力の供給が追いつかないという現象は自然には起こりえないのだが
不自然でも勝ちは勝ちだ。
「へる…?霊波刀とは違うのか?」
「ヤダナー犬飼サン、オレは狼じゃなくて魔犬ですよ?地獄の業火を召喚して
使役できるんデス。今のはたまたま白兵戦用のブレード型を使ったダケ」
――たまたま、か。まったく我ながら惚れ惚れするゼ。
ガルムはせせら笑いながら、腰の高さで右手を出した。手の平を上に、である。
「カネなら森の中に隠してきた。いつもお前と打ち合わせをする、あそこだ」
「そーデス…か!」
ゴァッ
ガルムの周囲に、赫い粒が薄らと浮かんだ直後にそれらがすべて叩き落される。
「………二番煎じで騙し討ち?随分見くびってくれるな……」
「いやぁ解っちゃいたんデスが、八房の確保が仕事ならこいつもおシゴトでして」
「ふん……二重スパイ…長老の差し金、というわけか」
「ハッ、落ち着いてる時はほんとやりづれぇナー。オレに説明させて欲しかったノニ。
両軍立ち回って報酬二重取り……アンタの依頼は終了したって事で、死んでモライマス」
つまりそれが、二つ目の依頼項目であるらしい。
「……解せんな。長老とお前がつながっているなら、事がこうなる前に拙者を
制止させられたはずだ。もっと穏便なかたちで。貴様が、そう仕向けたのでなければ」
そこでガルムの口の端が、ニィっと歪む。
悪戯が見つかったというのとも違う、もっと原始的な悪意を秘めた笑みのカタチに。
「だってアンタからの報酬もらうまでは、アンタの計画が順調じゃなきゃネ」
「そこで貴様は言ったのだろう?暗殺なら請け負おう、機はこちらで伺う…と」
「ウソにはなりませんよね?現にアンタは今、オレと会ってからははじめて
万策尽きてる状況じゃありマセンカ。これこそまさに暗殺の好機デショ」
「ほざけよ?貴様が手を出さなきゃ、拙者はとっくに死んでいたんだ。犬塚は単純な
敵であると同時に、獲物を横取りしかねない競争相手でもあったというわけか」
どうりで最初に、犬塚で八房の試し斬りを提案するわけである。
また、犬飼にやらせたがったのも自分が犬塚に邪魔立てしたのが知れたら
長老の払いも渋くなると考えてだろう。だからガルムは、死因を刀傷にしようとしたのだ。
「……と同時に、死んだグランパに似てて気に入らなかったってとこデスね」
月並みな台詞を吐くガルム。付き合いは短いが、こういう嘘が出てくる時のガルムは
自信に満ちていることを、犬飼は知っていた。
同巻・終章へ続く
今までの
コメント:
- うーっガルムのばかあああっ(それだけかい自分 (hazuki)
- しまったあッ、つい涙がッッ!!(泣)
でもガルムのキャラって結構好きかも〜ッッ!!?(泣)
次ッ、次行きますッッ!! (みっちー)
- 武士同士の勝負なハズなのに、犬塚が騙まし討ち作戦に出るとは思えませんが...(汗←すいません、いらぬツッコミですね)。徐々に事件の背後関係が明らかになってきました。ガルム&長老コンビの作戦(作戦?)は結果として成功してしまうのでしょうか? 次回が楽しみです。 (kitchensink)
- ↑いいンですッ。あなたも子を持つ親の身になれば彼の選択が正しかったと思うようになりますよ。
喩えその後に待つのが激しい自己嫌悪とやるせなさだったとしても、それを耐え忍んで責務を果たすのが親の強さです。
って、そーゆう私は何者ッ!?
長老もガルムも、とんだ喰わせモンですね。
彼らの前では、修羅に徹した犬飼も、親に徹した犬塚も、同じく一途で純真な若輩者に過ぎぬわけですか……。
でも、その事に異を唱える者は誰もいない。みな、自分の生き方とは違う他人の生き方があることを認めている。
あとは、どれだけ自分の生き方を貫く意志があるか……でしょうか。 (斑駒)
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