勇気の剣(6)
投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 2/23)
「紅蛇、貴様・・・生きていたのか?」
「おや、これはこれは。お久しぶりですなあ、長老」
亡霊でも見るかのような長老の視線に、紅蛇は妙に丁寧な応えをした。だが、それはご健勝で何より、というよりもじいさんまだ生きてたの、といった侮蔑的なニュアンスが多く含まれている感じがしたが。
長老は無言で一歩前に出ると、刀の柄をくんと持ち上げた。長老の放つ殺気が、目に見えて膨れ上がっている。
「今すぐここを去れ。さもなくば、斬る」
研ぎ澄まされた刃のような視線を送る長老。紅蛇は、暫くふうむと考える素振りをしていたが、既に答えは決まっていた。
「いいだろう、アンタに免じてここは退いといてやるよ」
長老一人なら馬耳東風とばかりに斬り捨てていただろうが、流石にシロ、横島もまとめて相手にするのは分が悪い。一応考える振りをして余裕を見せておく。
紅蛇は縦に大地を蹴って適当な木に飛び移ると、木から木へと跳躍しあっという間に姿を消した。シロは思った、忍者みたいな奴でござるな。横島は思った、猿かアイツは。
「まさかあやつが生きていたとは・・・」
紅蛇が飛び去った方向を凝視しつつ、長老はぼそりと呟いた。どうやら、紅蛇というのは元は里の者だったようだ。そして、何らかの理由で闇に葬られたらしい。
「長老、話してくださらんか。全てを」
シロが真剣な眼差しで長老を見る。強い光を湛えた、真っ直ぐな目だ。その目に促されるように、長老は厳かに頷いた。
「一旦ワシの小屋に来なさい。それに、体も拭いたほうがいい」
いわれて、シロは漸く自分が濡れ鼠になっていることに気が付いた。横島も間接的にそれに気付いたようだ、ジャケットやジーパンが所々に雨粒による暗い染みを落としている。
時が止まったかのようだったあの空間、それだけが時が流れていた証だった。
「それにしても、何故柊の小屋にあんな奴が・・・」
「柊?」
その名前に反応して、横島が思わず言葉を返した。シロが不思議そうに横島の方を向く。
「柊を知っているのでござるか?拙者、あいつに霞のことを聞く故此処に来たのでござるが」
横島の中で、ジグソーパズルがぴったりと噛み合った感じがした。偶然てあるもんだな、そんな事を思いつつ、横島は先刻柊から聞いた話を訥々と語りだした。
話が終わった後も、シロは暫くその場を動けないでいた。横島の今の話と紅蛇の存在。その二つが導き出される真実。それは−−−
「じゃあ・・・霞を殺したのは」
「紅蛇だろうな・・・十中八九」
シロの背筋に電流が走った。ついさっき刃を交わした相手。それが友の仇だとも知らずに、自分はむざむざと逃がしてしまった。シロは後を追うべく身構えたが、結局横島と長老に(力ずくで)止められ一旦長老の小屋に行くことにした。
ふとこちらにやってくる足音を察知して、シロと長老は反射的にそちらを向いた。そこに現れたのは、黒い喪服を着た少年、柊だった。
柊はそこにシロの姿を見て、驚いたようだった。
「シロ!お前、どうしてここに?」
言われてシロは漸く当初の目的を思い出した。問答無用で襲い掛かられたときから停止していた、脳の記憶が刺激される。
「そうだった!柊、お主に聞きたい事が−−−」
だが、シロの言葉を長老が手で遮った。静かに首を横に振る。何も聞くな、長老はそう言っているようだった。
シロは、尻すぼみに言を中断した。謎だったことは全て横島を通してはっきりした。今柊に聞いたとて新事実があるとも思えないし、これ以上柊の心を傷付けたくはなかった。
柊はきょとんとした顔をしていたが、シロの着物に刀で突いた様な後が残っているのを見て、愕然とした表情になった。
「シ・・・シロ、それは!?」
震える指でシロの腹部を指差す。指摘されてシロは着物に裂傷が出来ているのに気付き、同時にマズイと思った。流石にここで「紅蛇にやられた」などと言えよう筈もない。柊は紅蛇の名を知らないが、人狼の第六感には瞠目するものがある。
「え、えっと、ちょっとした諍いで・・・けど、先生に助けてもらったから心配ないでござるよ」
柊の耳がぴくりと動いた気がした。シロはそれを先生って誰だ?という意味だと勝手に解釈し、先生とは横島のことだと補足した。
重い空気を払拭するように長老が行くぞ、と促す。シロと横島は柊が気がかりだったが、近くに紅蛇の妖気は感じない。結局長老の後を付いて行く事にした。
シロ達が去った後も、柊は雨に打たれるのも構わずに呆然とその場に佇んでいた。
胸の中に渦巻くのは、あの時と同じ漆黒の闇に棲む感情。助けてやれなかった、守ってやれなかった。シロを、愛しい人を。
シロがあの時の侍にやられたことなどはすぐにぴんときた。先生と言うのが横島だろうと誰だろうと関係なかった。
ただ一つはっきりしていること。自分は、シロを助けられなかった。
ボクハナニモデキナカッタ
ボクハムリョクダ
柊の両目から涙が溢れ出た。一筋流れるごとに心の膿が滲み出し、自分を苛む感情が全身に浸透するかのように、その涙が止まることはなかった。
チカラガホシイカ?
地の底から響いてくるかのような、低く重い声。突然の呼びかけに、柊は驚いて周りを見た。だが、霧雨に霞んだ風景に見える人影はない。水を得た魚の様に飛び跳ねる蛙がちらほら見える程度だ。
ホシイノナラ、ワレノモトニコイ
またしても、先刻の声。鼓膜から届くのでなく、直接的に脳髄に響くかのようなおどろおどろしい声。まるで地獄の死神が鎌を持って手招きをしているかのようだ。
だが、柊はその声に導かれるままに歩き出した。霞を見殺しにしてしまったこと、シロの助けになってやれなかったこと、それを源泉とする黒い心。
脱却できるなら、全てを捨てていいと思った。大切な、愛しい人を守れるのなら、その力を得られるのなら、悪魔に魂を渡してもいいと思った。
声が聞こえてくる所。奇妙なことに、それは自分の小屋の中だった。不思議に思いながらも、室内へと歩を進める。はたしてそこには、黒光りする一本の太刀が床に突き刺さっていた。
刀身は闇を吸い込んだように黒い色合いで、柊が前に立つと待ちかねたかのように明滅を始めた。
サア・・・ワレヲトレ ウチナルチカラヲカイホウスルガイイ
暗いオーラを放ちつつ聳える太刀は、薄暗い室内に奇妙に色映えていた。まるで、闇こそが我が居場所、とでも言うように。
普段の柊ならば、絶対に近づいたりはしなかっただろう。いや、それ以前に脳に響いた声さえ相手にしなかったに違いない。だが、今は違った。力が欲しい、その思いだけが柊の精神を、全身を支配していた。
柊は、魅入られたかのようにその太刀に近づくと、柄の部分を固く握って一気に引き抜いた。
「う!?グ・・・おぉ、あああぁぁ・・・!!」
太刀の明滅は収まっていた。一筋の光もない小屋の中、柊は割れそうな頭を必死に押さえていた。暫くの後、波が引くように頭痛は収まった。
だが−−−柊の両目は赤く染まっていた。充血してるのでなく、魔性の輝きを秘めたどす黒い赤色に・・・
今までの
コメント:
- 紅蛇退場時に「しかし天井に頭をぶつけた」というイメージを抱いたのはみんなにはナイショです。
その直後や随所にある各人の心のつっこみが面白いですね。
妖刀は殖えたんでしょうか。 (斑駒@ソコツ者)
- しかしかの長老も、八房の斬撃を7つ迄も凌いだ使い手ですが……そうした慢心にこそ、付け入る隙が有るかも。
などと考えていたら、柊くんの方がジャバウォック(もしくはトガリ)に付け入られているし(双方間違い)。大事なものを失った者の狂気と、大切なものを失った者の強さの対決なりや? (Iholi)
- 柊にしてみたら、子供でありながら親の仇のを追い、しかもフェンリルと化した仇を(詳細はともかく)見事討ち取ってきた上にバージョン・アップまでしたシロが目の前に居るわけですから、自責の念はより一層だったのでしょうね。
このままプチ・フェンリル化なんてしなければいいけれど。 (黒犬)
- 当事者であるはずの柊クンは仲間外れですか?
そしてそのことが妖剣の虜にされてしまうきっかけになってしまうとは……。
長老の示したやさしさが、アダとなったということですね。
二本の妖剣がどのような意味を持つのか楽しみです。 (JIANG)
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