ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 永遠編 間


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/ 5)

 「ドクター・カオス。こぼれてます!」
そう言って漆黒のローブ姿の女性が床の上に零れ落ちたご飯粒をひょいひょいと拾って空き皿に並べてゆく。指に粘りついて難儀するでもなく、実にそつのない手際だ。
 「す、すまんな。マリア」
注意された老人―ドクター―は怯みながらも釈然としない顔で答えた。
そんな様子を眺めていたら、ローブ姿の女性―マリア―が今度は自分の方を向く。
 「ナガシマさん。おかわりは、いかがですか?」
返答の替わりに卓に茶碗を置き、首を横に振る。マリアは少し考える仕草をして的確な指摘を導き出す。
 「朝のカロリー摂取量、平常の半分です。体調不良と予測!」
 「ん。あんまり食べると家計を圧迫しちゃうからね」
食欲が無いのは精神的なものであると思うが、口に出すことではない。
 「返答になっていません。原因の解明と分析が必要です。」
さらなる追及に溜息を一つついて答える。
 「疲れが出たんだと思うよ。何しろここんトコ、あれの完成のために根詰めてたから」


『あれ』とは魂分析機のことである。
ここ数日ドクターと徹夜のような生活を続け、やっと昨日完成したのだ。
おかげで今日は、ドクターは日が完全に昇りきるまで起きてこなかったし、自分もなかなか疲れが取れない。
いま食べているのは朝食ではあるのだが、時間的にはもう昼だ。
マリアだけはそんなことにはお構いなしにテキパキと動いていた。


 「おーい! マリア!」
ドクターの声。トイレからだ。
 「イエス・ドクター・カオス?」
マリアがトイレのドアの前で気をつけの姿勢で指令を待つ。
 「紙が無いんじゃ。すまんがそこらにあるのを渡してくれ!」
そう言えば以前なくなった時から補充していなかったから、無いのは当たり前だ。
苦笑してポケットからティッシュを取り出し、マリアに投げて渡す。
 「ありがとうございます。ナガシマさん」
マリアは自分に礼を言うと、トイレに向き直る。
 「ドクター・カオス。紙です」
マリアはおもむろにドアを開き、隙間からティッシュを持った手を差し入れる。
 ドジャア――
再び閉じたドアの向こうで水の流れる音がして、ドクターがベルトをずり上げながら出てくる。
目の前にはトイレの方を向いて待機していたマリア。
ドクターが動きを止めてマリアの目を覗き込む。
 「? どうかしましたか? ドクター・カオス?」
ドクターはマリアの肩に手を置き、すれ違いざまに呟く。
 「いや、なんでもない。すまんかったな、マリア」
マリアはドクターの方に向き直り、背中に声をかける。
 「ノー・プロブレム。ドクター・カオス!」
しかしそれには全く構わずに、ドクターの目はまっすぐ自分を見据えていた。



 「小僧! おぬし…何をした!?」
ドクターはマリアに部屋の片付けを命じると、自分をアパートの裏手に連れ出し、塀際に追い詰めて威圧的に聞いてきた。
 「え…? な、なんのことです?…ウッ」
ドクターが自分の襟首を掴んだ。
 「マリアに何をしたのかと聞いておるのじゃ!!」
目が据わっている。普段のドクターの飄々とした雰囲気は微塵も感じられない。
 「キスを……しました」
その返答にドクターは心底意外そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して手にさらに力を篭めてくる。
 「そんなことではない。おぬしも気付いておるだろう。マリアの様子が全然違うことにっ!」
ドクターは怒気を含んだ目でまっすぐに自分を見つめてくるが、自分は目を合わすまいとする。
緊迫した沈黙が走る。が、そのとき……
 「ドクター・カオス! 片付け、完了しました! 次の指示を!」
アパートの通路からマリアが顔を出し、声をかけてきた。
ドクターはそれには答えず、自分の顔を両手で掴んで彼の目をまっすぐ見る位置に持って来る。
 「おぬしにも分かるじゃろう。あれがマリアであるとは言わさんぞ!!」
顔は動かせないが、せめて目を伏せる。
……沈黙。
暫く思案した後、目を上げる。
 「話します……なにもかも…」
ドクターの目をまっすぐ見て、言った。もう誤魔化しきれない。



 「マリアは……もう、いません。ドクターや俺の知るマリアは……」
何から話そうか散々迷った末、一番重大なことから伝えることにした。
ドクターに、気が遠くなるほど長い時間をマリアと共に生きて来た人に、嘘はつけない。
彼女の死を受け止めた上で、その意志を理解してもらわなければならない。
 「…………」
ドクターは何も言わずに、湯飲みに手をかけた。バイトの出がけにマリア…であったもの…が淹れていってくれたものだ。
すっかり冷めてしまっているにも拘わらず、ドクターはゆっくりと、ゆっくりと、お茶を啜った。まるでさっきの自分の言葉の意味を飲み下してゆくかのように。
ドクターは意外に冷静だった。さっき自分を問いつめたときのような激しさは微塵も感じられなかった。
それどころか、その表情からはどんな感情も読み取ることができなかった。
 「で…どういうことなんじゃ……?」
ひとしきり茶を啜った後、ドクターは先を促した。
 「マリアはあなたの寿命のことを知っていました。自分がそれより遥かに永く生きるであろうことも……」
ドクターの表情に変化は無い。
 「マリアはあなたが寿命の尽きる前に、世に何らかの形で自分が生きた証を残したいと思っていたことを知っていました。俺も気付いてましたけどね。だから最近、妙に根詰めて研究してたんでしょう?」
ドクターは無言で頷いた。
 「マリアはあなたや俺がアンドロイドの量産を望んでいたことを知っていました。自分の魂の複製ならばそれが可能なことも……」
そこで胸がチクリと痛む。自分がアンドロイドを造りたいなどと言わなければマリアは…? …いや、止そう。
 「だからマリアはあなたに魂解析機の製造を願いました。マリアは嘘をつきませんから、ドクターに話した方の理由もあったのでしょう」
自分は横島の生まれ変わりなのか…? たぶん、そうであったのだと思う。マリアは昔から霊波センサーを有していたので横島の魂と自分のとをある程度、比較対照できたはずだ。
だがマリアは最後に、そんなことは関係無しに自分のことを好きだと言ってくれた。魂も含む、自分と言う存在全てを…。
 「そしてマリアは、あなたの研究成果を後世に残る形にするために…いわばあなたの子供を生み出すために…自らの身を魂解析機にかけたんです。それによって自分の魂が消えてしまうことを知りながら…」
マリアはドクターの死後に自分だけ生き続けるよりも、生きている間に研究に活かされ、その成果となって後世に残ることを望んだのだ。
 「マリアは…泣いていました。生涯2度目の涙はあなたのために…あなたとの別れと、あなたと交わした約束を守れないことへの悲しみのために流されたんです」
無論それだけではなかったろう。だが今となっては知る由もない。
 「マリアは俺に後の事を託していきました。ドクターには自分の死はなるべく知られたくなかったんだと思います」
ドクターが自らのためにマリアを犠牲にすることをどう思うか知っていたからだろう。
だが、やはりドクターに知らせぬわけにはいかなかった。

ここでしばしの沈黙。ドクターは空になった自分の湯飲みを見つめる。
 「で……アレは…なんなのだ?」
アレというのはドクターにお茶を淹れていった者のことを指すのだろう。
 「魂解析機に残っていたマリアの魂のカケラ…幽素を今朝大急ぎで魂製造機にかけて、マリアの霊基構造の解析結果どおりに組み上げたものを乗り移らせました。マリア型アンドロイドの試作第1号『M-0』です」
朝方までには何とか動けるくらいまでに回復した自分はマリアの死を悲しむ間もなく、以前に自分が造っていた魂製造機(これのこともマリアは考えに入れていたのだろう)を用いて、ドクターが起きる前にマリアのボディを動ける状態にしたのだ。
マリアの魂であったもの…機械に残った幽素…を使えば少しでも良い結果が得られるかと思ったのだが、甘かった。
『M-0』は記憶や見た目はマリアそのものだが、やはり完全な別人格だった。
 「そうか………」
ドクターはそれだけ言うと、あとは黙り込んでしまった。
自分はそっと席を外して自分がこれからすべきこと―まずは材料集め―のために動き出した。



それからは忙しい毎日が続いた。
主なタスクは『M-0』の動作チェックと、試作2号『M-1』用のボディの製作である。
ドクターは主に材料集めに走り回っていた。
『M-0』との接触を避けていたのではないかと思う。
なまじマリアと同じ姿をしているだけに、いたずらに彼女のことを思い出してしまう。それが何より辛い事だったのだろう。
その点は自分も同じだが、マリアに全てを託されたからには、逃げるわけにはいかない。
ドクターは『M-0』のバイトの予定が入っているときを見計らって帰ってくるので、あれ以来一度も彼女に会っていないことになる。
そう言えばドクターが研究所で寝ているところも見たことが無い。まさかずっと寝ていないのだろうか。
かく言う自分も、十分な睡眠を取っているとは言い難いが…。
そんなある日『M-0』に異変が起こった。



『M-0』の作った朝食を食べ終わった後の事だった。
キッチンで洗い物をしていた『M-0』が急に倒れたのだ。
 「どうした!? マリア!?」
識別は『M-0』だが呼び名はマリアのままだ。
 「マリア…体の…制御に…異常…」
そう言ったきり、完全に動作が停止した。

マリアのボディをそっくりそのまま転用した『M-0』に、機械部の異常と言うのは考えにくい。
なんせメンテナンス抜きに100年以上動作し続けた実績がある。
考え得るのはソフト面の問題しかない。
ボディが『M-0』の魂に拒絶反応を起こしたとか、『M-0』の魂の能力ではこのボディは制御しきれなかったとか…。

ともかく霊波計を使って調べてみることにした。精霊石の整流作用を利用して特定の霊波を検出し、その強度を測定する機械。
何故か珍妙な人形の形をしており、その反応の強さによって霊波の強さを知ることができる。…『見鬼君』とか言ったか?
『M-0』の霊波に合わせて『見鬼君』を向ける。が、全く反応しない。
 「まさか、これは…?」
『生ある限り霊波が消えることはない』ドクターの言葉が思い出される。
 「魂が…消えた…??」
倒れこんでピクリとも動かない『M-0』を前にして、自分はどうすることもできず立ちつくしていた。

今までの コメント:
[ 前の展開予想へ ] [ 次の展開予想へ ] [ 戻る ]

管理運営:GTY有志
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa