ザ・グレート・展開予測ショー

見えない方が良いものもある


投稿者名:ねこがら
投稿日時:(03/ 1/11)

 世の中には、見えない方が良いものがある、
 その日横島はつくづくそう思った。

 昼休みが終わる5分前。
 横島がいつものように女子更衣室の前で悪事をはたらこうとすると、
 唐突に背中をなにかが撫でるような悪寒が走った。

 霊気だ、と思い反射的に目をこらしてしまったのが運の尽き。
 更衣室の扉の前には、年の頃12,3歳の少年……の幽霊が佇んでいた。
 事故で亡くなった霊なのか、右腕と右足が一寸無茶な方向に曲がっている。

 さらに耳をすませると、あろうことか
『覗いちゃダメ……』
 などと警告まで発しているものだから。

「覗くなっつっても、女子更衣室は覗くためにあるんであって、
 中にいる女子もそれを期待して、はらはらどきどきの着替えタイムをだな……」

 などと幽霊相手に真剣に反論しているところ。

『横島君、次の授業が始まるわよ』

 突然名前を呼ばれて振り返ると、机妖怪の愛子が廊下の向こう端から
 こちらを睨んでいた。

「あ、愛子。どうしてここが」
『1年A組は可愛い娘が多いものねぇ』
「やっぱりお前もそう思うか!その上胸が大きいコも多いしな!」
『……バカ。あら、有坂くん』

 愛子は、少年の霊をそう呼んだ。おそらく生前の名字だろう。
 『有坂』も愛子の方に向き直ったが、自分の名を呼ばれたことが
 分かっているのかいないのか、ただ虚ろな視線をかえしている。

「なんだ、こいつと知り合いなのか?
 じゃあさ、覗きの邪魔するなってお前から頼んでくれよ」
『そっか、有坂くんの妹さん1年A組だったわね。
 妹さんをこの害虫の魔の手から護ってたのね!青春だわ〜』

 愛子は両手を組み、ちょっぴり陶酔しながらいつもの決め台詞を言った。

「無視かよ……って、妹?じゃ、こいつは1−Aの有坂の……」
『そ。何年か前に亡くなったお兄さん。
 それにしても、よくこの子が見えるわね。また少し霊感強くなった?』
「あー……そうかも」

 霊力が上がったと言われても、実際どの程度のものなのか
 横島にはよく分からないのだが、霊感だけなら最近は微細な霊気にも
 ずいぶん敏感になったと思う。
 おかげでこういう余計なものまで見えてしまうのだが。

「それよりこいつ、いつもこーやって妹さんに憑いてるわけ?」
『ええ。妹さん、昔よく男の子にいじめられてたそうだから、
 自分が見守っていなきゃ心配なのよ。悪い霊じゃないわ。
 だけど、呪われたくなかったら覗きは控えることね』

 この見るからに儚い霊に人を呪う力があるようには見えないけど……と
 思ったが、先日子どもが仕掛けた呪いの自転車でひどい目に
 遭ったことを思い出し、横島はぷるぷると首を横に振った。

「そっか……有坂、おまえ偉いんだなぁ」
『そうね〜しかも女子更衣室までは入っていかない紳士ぶり!
 どこかの誰かに見習って欲しいわ』

 その時、がらりと更衣室の戸が開き、数人の女生徒が出てきた。

 『有坂』はいそいそと横島の前を去り、女生徒の中で一番活発そうな一人に
 何事かを話しかけ、そのまま彼女の後ろに付いて行った。
 だが、話しかけられた女子はそれに気が付いた様子もない。
 振り向くことなく、周りの友人たちとの会話を続けている。

 ……そっか、見えないんだ。気が付いた横島は急に胸が切なくなった。
 霊感が鍛えられている自分でさえ、こんなに微かにしか見えないのだから。
 いくら『有坂』が彼女に話しかけても、一緒にいても、護ってやっても、
 その存在さえ知ってもらえない。本当に、無償の愛ってやつだ。

(俺に見えたって仕方ねーじゃん)

 これならどついてくれるだけ、美神さんの方がマシかもとさえ思った。
 …………

「有坂ぁ!」

 思わず声をかけると、当然というかなんというか、有坂妹がこちらを振り返った。
 横島は一瞬ためらって、それから少年に声が届くよう精一杯霊力をこめて。

「頑張れよ」

 と声をかけた。

「なにあの人、知り合い?」「ううん、なんだろ」「惚れられてんじゃない」「やだー」

 有坂妹はすぐにほかの女生徒たちと歩き去ってしまったが、
 『有坂』はちらりとこちらを振り返り……少しだけ笑ったように見えた。
 右の頬がひきつっているので、よくは分からなかったけれど。

 キーンコーンカーンコーン。
 スピーカーからチャイムの音が鳴り響いた。

「あっ、やべぇ。次の授業なんだっけ」
『世界史よ、単位やばいんでしょ、急ぎなさい』

 二人は教室に向かって走り出した。
 いつもは規則に厳しい愛子も、授業のためなら廊下を走ることも
 大目に見てくれるようだ。
 そして机を担いだまま横島と同じ速度で走る不思議っぷり。

 道すがら、横島はぽそっとつぶやいた。

「あーあ。もう1−Aの体育は覗きができねーな。
 世の中、見えない方が良いってもんがあるよな」
『……それ、本気で言ってる?』
「本気本気」

(じゃあどうして、そんな顔をしているのかしら)

 愛子はそう意地悪に訊いてみたくなったが、どうせ照れてまともに返事など
 してくれないだろうと分かっていたので、なにも言わなかった。

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