東京ジャングル 6
投稿者名:居辺
投稿日時:(02/10/21)
10.スパイ大作戦
緊急で盗聴器の探知試験を命じた後、西条達はビルを出て近くの喫茶店にやって来た。
オープンカフェの一席に腰を落ち着ける。
夕刻とは言え、まだ暑い。
クーラーの効いた室内を求めたのか、屋外に客はほとんどいない。
ひのめをパラソルの影にいれてやる。
微風が頬を撫でてゆく。今夜は気持ち良く眠れるかもしれない。
ショートカットのウェイトレスが、注文を取りにやって来た。
西条のお気に入りの娘だ。
アイスティー二つと、三十分ほど周りの席まで含めて、貸し切りにするように頼んだ。
とりあえず、注文したアイスティーが来るまでは、することが無い。
煙草への渇望を覚えた西条は、胸ポケットに手をやって、ひのめが居ることを思いだし、その手を降ろした。
「ご、ご注文の、アイスティーで、ございます」
アイスティーを持ってきたのは、さっきのショートカットの娘ではなかった。
長い黒髪をお下げに編んで、腰まで垂らしている。
あからさまに怪しい。マスクとサングラスまでしている。
西条は頭痛を感じた。
「バイトなの? おキヌちゃん」
ひのめにジュースを飲ませながらの、美智恵の何気ない一言。
ウェイトレスが飛び上がる。
「バイトって!? あ、あの? 私おキヌじゃありません!!」
ウェイトレスは逃げるように帰って行った。
あまりに分かりやすいリアクションに、後に残された二人は苦笑いを浮かべていた。
「隊長、これ」
西条がコースターを指さす。この店のものとは違って少し厚くなっていた。
コースターを手に取って少し曲げてみる。何か堅いものが中に入っているようだ。
美智恵はコースターを口元に寄せると、スウッと息を吸い込んだ。
『令子!! いい加減にしなさい!!』
美神は慌ててヘッドセットを耳から引き剥がした。
目じりに涙を滲ませて、おキヌを見やる。
ウェイトレス姿のおキヌがそこに居た。
「すいません美神さん。でもこんなことしなくても……」
美神はシッと口元に人さし指を当てて、イヤーピースに耳を押し付ける。
ヘッドセットからは、まだ音声が出ている。
『あんたの気持ち、分からないわけじゃないけど、これ以上やったら承知しないからね』
その後、プツンと言う音がして、後は雑音だけになった。
美神はおキヌに向かって、肩をすくめて見せた。
「え? それが理由なんですか?」
西条は呆れて言った。
「そうらしいのよ」
美智恵はウンザリと言った様子で、アイスティーのストローをくわえた。
「だけど、あの人って長年結婚できなくて、やっと結婚したんじゃなかったですか?」
「知らないわよ。ともかく聞いたトコロによると、そう言うことなのよ」
「地位の高い人は好色だって説がありますけど、まんまじゃないですか」
西条が馬鹿馬鹿しいとばかりに言い捨てる。
「『英雄色を好む』? あれはただの世間知らずのボンボンでしょ」
美智恵が切って捨てた。
僕の、ここ数日の苦労は何だったんだ。西条は心中穏やかではなかった。
VIP一人が愛人宅に滞在中に、被害に遭ったらしいと言う。ただそれだけ。
それだけで、彼の試みはことごとく阻害され、発言は無視されてきたのだ。
急にやる気を無くしてしまった西条。
座席の背もたれに身体を預け、胸ポケットの煙草の箱に手をやる。
いや、赤ん坊が居るんだった。
西条がひのめに目をやると、彼女は何か面白い物を見つけたようだ。
空中に向かって手を伸ばし、何かを掴もうとしている。
やがて手を握り締め、口に運んで何かをしゃぶりはじめた。
「ヒッ!!」
微かだが、鋭い声がもれた。
異変に気付いて立ち上がる二人。
目の前に、乱れた映像が元に戻るかのようにして、タマモが現れた。
左手で葉っぱを頭上に掲げている。
ひのめはタマモの、右の人さし指をしゃぶっていた。
嬉しさと恥ずかしさの入り交じった顔で、そっとひのめの手から指を抜き取る。
「じゃ!」
照れ隠しの笑みを残して、タマモの姿は掻き消すように見えなくなった。
爆音が轟く。
振り返ると、美神とおキヌとタマモを乗せたコブラが走って行く。
法定速度を完全に無視している。
「すぐに手配を」
携帯電話をとり出す西条の手を、美智恵が押さえた。
「好きなようにさせて置きなさい。ここまで我慢したんだもの」
「何を言ってるんですか。彼女何をするか分かりませんよ?」
「元々あの娘に聞かせたくて、あなたに話したのよ」
呆気にとられる西条。
「あの娘がうまく立ち回れば、捜査権がこちらに返ってくるわ」
「もう少しだから、頑張りなさい」
「それじゃ、ごちそうさま」
そう言い残して美智恵は西条を残し、帰って行った。
その後、心配した店員が話しかけるまで、西条は呆然と座っていた。
11.狼
昼過ぎまでかかって、数匹の魚を釣り上げた横島。
釣れるはしから、たき火で焼いて食べていた。
マス科の魚アメマスに似た、その魚は意外に美味しい。
岩塩の粒(サバイバルキットにあった)を砕いてまぶしてやると、結構なご馳走だ。
夢中で食べる横島は、うしろでうなり声をあげる生き物に、なかなか気がつかなかった。
ようやく気がついた横島が振り返ると、目前に犬が数頭、牙をむき出して威嚇している。
「は、腹減ってるのか?」
びびりつつ、手に持った焼き魚を投げてやる。
犬達は飛びすさったものの、すぐにそれが危険なものではないと悟り、あらためて牙をむき出す。
ここに至って、犬達が食べたいのは魚ではなく、動物の肉だと言うことを悟った。
犬達が喰いたいのは横島なのだ。
いや、犬ではない。狼だ。
そっと、腰のサバイバルナイフに手をやる。
いきなり動いたりしない。相手を興奮させるだけだから。
ここで仰向けになって寝っ転がり、服従のポーズをしたら確実に食い殺される。
美神がいれば、そんな命がけのギャグもやって見せるのだが、今はそんな余裕は無い。
グリップに手を掛けたところで、横島はそれよりもおあつらえ向きのものが、目の前にあることを思い出した。
たき火の中から、程よく焼けた薪を選んで掴み上げる。
ジュウっと言う音が聞こえたと同時に、横島は声の限りに叫んでいた。
「アッチィ〜〜〜〜!!!!」
手のひらが焦げたかと思った。
薪が短かったせいで、手元まで熱くなってたようだ。
放り出した薪が、火花をまき散らして転がる。
狼達が驚いて飛びすさった隙に、横島は沼に飛び込んだ。
腰まで水に浸かった横島が振り返ると、狼達は恨めしそうに唸り声を上げている。
どうやら水の中までは、追いかける気は無いみたいだ。
このまま反対の岸まで行って、逃げようかと思ったが、岸に荷物を置きっぱなしだった。
狼達が諦めるまで、ここで待つしかない。
12.脅迫
「……とぼけても無駄ですわ。それに、メディアが騒ぎ出せば同じことでしょう?」
「国内は飼いならしてるでしょうけど、国外のメディアともなれば、容赦なく書き立てられますわね」
「……こちらはお願いしているだけですわ。脅迫だなんてとんでもない」
「国の恥ですもの。あたしは愛国者の一人として、この話が国外に漏れないように注意を払いますわ」
「その見返りとして、森の内部調査をさせてもらいたいんですの」
「うまく行けば、秘密裏に彼を保護することが、できるかもしれません……」
「……ただ、最近の通信技術の発達は、素晴らしいものがありますわね」
「もはや国の権限を持ってしても、情報の国外への漏洩を避ける手段は、無いんじゃありませんか?」
「ボタン一つで、地球上のありとあらゆる端末に、文書が送れる時代ですから」
「海底ケーブルはもちろん。通信衛星なんてのもありますし……」
「……保証? 何を保証しろとおっしゃいますの?」
「あたしの愛国心を保証しろとでも? 信じて頂くしか、ありませんわね」
「もし信じて頂けないなら、あたしは愛国者としての義務を放棄させて頂きます」
「たとえ、あの話が国外に漏れたとしても、なんら関知いたしません」
「……え? だったら彼の保護を優先しろ?」
「多くの国民があの森に飲み込まれているのに、彼だけを保護しろと?」
「……分かりました。努力いたしますわ」
「せっかくわがままを聞いて頂いたんですもの」
「そちらの言い分も、少しは聞かなくちゃいけませんわね」
「では、救出できたらボーナスとして、十億円頂くと言うことで、よろしいですわね?」
「……高くありませんわ。彼の命に比べれば。でしょう?」
「……で、面倒ですが、Gメンの顔も立てなくてはいけません」
「Gメンを通してあたしの事務所を指名、と言う形にして下さいな」
「……場所はそこで結構です。では、明朝4時と言うことでよろしいですわね」
「それでは。あ、そうそう。留守中に事務所を捜索しても何も有りませんので」
「……ええ。あまり引っかき回されると、こちらとしても気分が悪いので、止めて頂きたいんです」
「では、失礼しました」
ここは都内某所。美神の秘密の隠れ家の一つだ。
追ってから身を隠すため、三人はここに身を落ち着けていた。
おキヌとタマモが真っ青な顔をして、震えている。
携帯電話をパタンと閉じて、美神はニヤリと笑った。
「いったい誰を、脅迫してるんですか!?」
「何言ってんの? これはれっきとした取引、ビジネスよ」
美神は一仕事終わった、と言わんばかりに、缶ビールを開けている。
「彼の守りたがってる情報を秘匿するかわりに、あたし達の欲しいものを受け取っただけ」
「後は携帯が鳴るのを、待ってりゃ良いんだから、楽なもんよね」
「ね? 何でもないことでしょう?」
今までの
コメント:
- まるっきり「交渉」をした気配が電話の会話の内容からは判断出来ないのですが(笑)。マフィアも真っ青な脅迫テク(誉めてます)を駆使する令子の様子が「らしい」ですね。「令子が居ないとギャグはかまさない」と言いながら、しっかり「アッチィ〜!」とギャグ(?)をかましている横島クンが可笑しかったです(爆)。さて、これでジャングルを内部調査することが可能となってワケですが、今後美神除霊事務所の面々はどう行動するのでしょうか? 次回に移ります♪ (kitchensink)
- さすが美神さん、相手が誰でも言いますねえ・・・きっちりと(笑) (けい)
- 十億はちょっと安いかな(冗談です)。美神事務所のスパイ大作戦!やっぱりおキヌちゃんは正直者でしたね(微笑)。もちろんそこが彼女のいいところです。ピンチの横島君ですが、救援部隊も来てくれそうですし、これからの展開が楽しみです。ではまた次回。 (りおん)
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