ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 永遠編 序の三


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 3/ 1)

西暦2174年 東京旧市街地区

 「ふわぁ。なんじゃ、おぬし。また徹夜か? 若いモンは元気じゃのう」
ドクターがいつものように大欠伸をしながらラボに入って来た。
 「で、どうじゃ。はかどっておるか?」
目の前でラボのスペースを占領している機械は、いま自分が主体となって開発中の魂製造機である。
連日の徹夜の成果で、今ではほぼ完成に近づいている。
 「ふむ。さすがに大したものじゃな。しかしおぬしも妙に熱心じゃのう」
訝しげな表情で自分の顔を覗き込んでくるドクターに1冊の古い本を突きつける。
 「これは…マリアの設計図!? おぬし、マリアのようなアンドロイドを造ろうと言うのか!?」
ドクターは心底驚いたような仕草をとったが、すぐに大きな溜息をついて座り込んだ。
 「だから魂製造機…か。じゃがな、わしがマリア以降に一度もアンドロイドの製造を手掛けなかったとでも思うのか?」
ドクターは座ったまままっすぐに自分の目を見据えてくる。
 「造らなかったのではない。わし自身にも二度と造れなかったのじゃよ」




マリアのボディ。つまり人型で人的動作をとる機械の製造については、別に何の問題もない。
マリアを造った頃ならいざ知らず、ここ200年ほどで科学技術は―特に電子工学や物質工学は著しく進歩したからな。
今であれば100年近く改造を加えていないマリアよりも能力の高いボディも造れるのではないか?

例えばマリアが計算をする際の演算装置とか記憶をする際のメモリやディスク類。
これらは小型化や高速、大容量化が急速に進んだからな。
つまりマリアの数倍の計算スピードや記憶力が得られるというわけじゃ。

外装の方で言ってもな。
マリアは失われた―と言ってもわしが忘れてしまったわけじゃが―魔法技術で精錬された素材で出来ておるのだが、
現代の最先端の物質工学によって作り出された素材の方が単純な強度と言う点では上回るかもしれんし、お望みとあればより人間に近い質感を持たせる事もできるじゃろう。

しかしおぬしも分かっとるようじゃが、問題なのはボディなどではなくそれを司る人格じゃ。
人格無しに、ただ命令されたままの行動をとるメイド・ロボットなら既に市場を出回っておるし、遥か昔にもプログラムされたままに行動し反応する愛玩用ペット・ロボットは販売されておった。
だがなアンドロイド―人造人間―と言うからには、最低でも人間としての『人格』を有している必要があるのじゃよ。

昔から科学者たちは、その人格をAI―自ら学習し成長する人工知能―で作ろうと躍起になっておったようじゃが成功すると思うか?
……それにおぬしは人工魂で人格を創ろうとしておるようじゃが、それは成功すると思うか?

……残念ながら、答えはどちらもNOじゃ。
AIにも人工魂にもアンドロイドの人格を担わせる事は出来んのじゃよ。
……納得しておらん顔じゃな。まあムリもない。わしとて過去に同じ失敗を犯したのじゃからな。

もう150年も前のことじゃ。
わしはラボの中で偶然マリアの設計図を見つけてな。
厄珍堂の店主とつるんでマリア型アンドロイドの量産に乗り出したことがあったのじゃよ。
……ククッ。久々に見たな。おぬしのその呆け面。わしもおぬしと同じ事をしていたので驚いたのか?
その頃の科学技術では人型機械を作るだけでも大変なことでな。マリアを担保にしたりして資金繰りにも苦労したもんじゃ。
それでも何とかボディを造り出し、魂の合成も会心の出来で成功した。
わしのアンドロイド起動成功第2号じゃ。テレサという名をつけた。
ところが…な。起動した瞬間、テレサは創造主であるわしらに反逆し、姉…つまりマリアまで破壊すると言い出したのじゃ。

どういうことだと思う?
後でマリアから聞いた話も総合すると奴の考えでは
『人間はソフトもハードも人造人間である自分より遥かに脆弱である。
 それゆえ優れている自分が支配してやった方が、大局的に見れば人間にとっては幸せなことになる。
 支配するなら一極独裁の方が反逆の心配がなくて安全である。
 自分と同じ能力を持ちうる同系機であるマリアという不安要素は取り除くべきである』
ということじゃったらしい。

テレサはわしらを人質に取ってマリアを破壊しようとしたが、結局は返り討ちに遭って逆に自分が破壊してしまったよ。
その時のマリアの切なそうな顔は今でも覚えておる。
仕方が無かった事とは言え、妹を見殺しにしたのじゃからな。
それ以来、わしはマリアに同じ思いをさせたくなくて二度とアンドロイドを造ろうとは思わんかった。

……何故か? 失敗する事がわかっておったからじゃよ。
テレサの論理にどこか矛盾しているところがあったか? すこぶる合理的だったじゃろう。
おぬしならテレサの言い分も十分に理解できると思うのだがな。わしが見てきた人間の歴史を話してあるのじゃから……。
昔から人間はそのソフト―特に感情に突き動かされ、様々な愚行を繰り返してきた。
嫉妬や憎悪が争いを。恐怖や狂気が殺戮を。愛情や共感すらも悲劇を生み出してきた。
そして、テレサは生まれながらにその歴史を記録するメモリと、それを理解して分析する演算能力を持っていた。
テレサがあの結論に至ったのは必然だったのじゃよ。

もしもそれらの記憶が無くとも同じ事じゃろう。
実はAIでも同じような事態が起こっておってな。
高度な計算能力を生まれつき備えておるAIは人間の非合理な有り様を否定的に受け止める。
そして最終的にAIの取る行動は、人間に合理的な行動を強いてくるか、若しくは人間の有り様を尊重して自らの存在の消滅―死―を望むかの2通りじゃ。
どちらもヤツラなりに人間のためを考えた結果じゃな。

人間が自らの非合理を受け入れられるのは、生まれてまだ考える力も弱い頃から先人や自らの非合理を受け入れてきたからじゃよ。
物心ついて、若しくは人間の非合理性に気付く頃になっても、既にその功罪を十分に経験して知っておるから、ありのままを受け入れて折り合いをつけて行けるのじゃな。

テレサやAI達は人間という集団の中では不適正分子だったのじゃろうな。
自らの置かれている世界に納得の行かない者の取る行動は即ち、世界の改変か、或いは世界からの離脱―自らの死か……。
昔にもおったな自分が悪役である事に耐えられずにそういう行動をとった魔族が。

さて、そこでマリアは何故大丈夫なのかじゃがな。おぬしもコイツが聞きたかったのじゃろう?

……実はな―――――――わしにも分からんのだ。
……なんじゃ、派手にコケたのう。わしにだって分からん事ぐらいあるわい。

まあ仮説ぐらいなら、有る。
おぬし、ツクモガミは知っておるな?
あれも物に宿る人格じゃが人間の世界にも適応しておるじゃろう?
……知らん? まあそうザラに居るものでもないからな。わしは昔、学校の机がツクモガミになった例を見たことがある。

ツクモガミは道具が長く使われている間に人間の霊波を浴びてそれを蓄積してゆき、人格を持つようになったものじゃ。
普通の人間の弱い霊波でもそれが強い志向性を持っていたり、同じ志向性どうしが干渉し合って増幅したりすると、そういう志向性を帯びた人格を持つ魂が形成されるわけじゃ。
例えば、その『机』は青春というものに異常にこだわる人格を持っておった。
もう分かったじゃろう。学校と言う空間で何千人という人間が何年も繰り返し抱いてきた思念。その志向性を帯びた霊波によって作り出されたのがそやつだったわけじゃ。
もともと人間の思念から生じたツクモガミは人間的な性格を強く有するわけじゃな。

そもそも霊波というのは生き物なら誰もが有する魂が放出する波動のことじゃが、実はそれは同時に魂を構成する粒子でもあるのじゃ。
魂は自らを形成する粒子を波動として絶えず外に放射しておるのじゃよ。
魂の霊基構造を構成するそれらの粒子をわしは幽素と呼んでおる。

……魂が磨り減って無くなってしまわないかじゃと? まだ気付かんのか? 魂が放出すると聞いて思い出すものがあるじゃろう。
……そう。意志の力じゃよ。常に自らの内から生じる意志は自らの魂を変異させながらも余った分を霊波として放出し、自らの肉体や周囲に影響を与える。
発達・衰退いずれにつけても魂がその活動をやめぬ限り意志は生じ続け、霊波も魂も尽きる事はないのじゃよ。

ツクモガミは受けた霊波を幽素として蓄えて魂を形成するというわけじゃな。
それ故、霊波の出力が高い霊能力者や、意志の力が強く働くような強い思念を持った者の傍では形成され易くなるのじゃよ。

マリアのボディはな。魂を精製して起動する遥か前からわしのラボに置いてあったのじゃよ。
それゆえ霊能力を有するわしの強い思念で、それにツクモガミが宿ったのかも知れぬな。
精製した魂とそのツクモガミが融合してマリアの魂を形成したとしたら、マリアが人間らしい人格を持つ理由になるかも知れん。

……どんな強い思念だったかじゃと? あ――。仕方ない、これだけは教えてやろう。
マリアが起動したときに、わしが初めて与えた命令は『あまたの星霜を越え、つねにわたしとともにあれ』じゃ。
……なにをニヤけておるのじゃ。と、ともかくじゃな。ツクモガミなんぞめったなことでは形成されん。

マリアと同じような魂で有れば、まともに動作するアンドロイドが出来るのかもしれんがな。
残念ながらマリアの魂は唯一独自のものじゃ。同じものはこの世に2つと有り得ぬ。
わしとて無念ではあるのだが、おぬしもまあ諦めるのじゃな。




 「ドクター・カオス!」
ラボの入口にマリアが立っていた。
 「おお、マリア。工事のバイトは終わったのか。ご苦労だったな」
 「イエス・ドクター・カオス」
マリアは神妙な顔で返事を返し、暫く俯いていたが、ふとドクターの顔を見上げた。
 「ドクター・カオスは・アンドロイドを・創りたい・ですか?」
 「な、何を言っておるか!? 小僧が造りたいなどと言い出すから、ムリじゃと諭しておったのじゃよ! さ、そんな事より飯じゃ、飯じゃ!」
ドクターは明らかに狼狽した態度で答え、誤魔化すようにマリアの肩を抱いてラボの外に連れ出した。

マリアはラボを出る直前に一瞬だけこちらを振り向いた。
自分をまっすぐに見つめるその目からは何か意志のようなものが感じられた。

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