ザ・グレート・展開予測ショー

香りの記憶


投稿者名:777
投稿日時:(03/ 1/13)

――――香りの記憶。

人間は外界を認識するとき、自身が思う以上に『嗅覚』を用いている。

それは例えば雨上がりの空気に満ちる、あの湿った土と植物の香りに既視感を覚え、それが子供のころ遊んだ祖父母の家の庭と同じ匂いであると気づくような……そう、そういった経験の持ち主なら極めて容易に理解できる感覚だろう。

いや、そこまで明確なものでなくとも、どこかで覚えのある匂いを場の空気から嗅ぎ取り、それは『一体どこでかいだ匂いだっただろうか』と首をかしげるようなことが生活の中でも往々にしてあるはずだ。

それと同じ。

幽霊にもそんな感覚はある。

今日の話は、そんな『香りの記憶』の物語。

紡ぎ手は不肖ながら私がつとめよう。

語り手は心優しきあの少年に任せよう。




さぁ、物語を紡ごう………。


――――――――――――――――――――――――


その少女と出会ったのは、いわば全くの偶然だった。

夕焼けを見終わった帰り道、ふと気まぐれで通った公園の中で、少女は寂しそうに佇んでいた。

誰もいない公園の中、一人寂しげに佇む6才くらいの少女…。一目で幽霊だと分かったが、俺はその儚い姿に思わず声をかけていた。

「ねぇ、君。どうしたの?」

少女は最初、声をかけられたことにひどく驚いた様子だったが…やがて寂しげに微笑んで、

「……匂いが…するの…」

一言だけそう言って、景色に溶けこむように消えてしまった。

「匂い?」

俺はあたりの空気を嗅いでみたが…特別な香りは何もないように感じた。

その日は、それだけだった。


次の日、あの少女のことが気になった俺は、また夕日の中で公園に足を向けた。

彼女は全く変わらない姿で、寂しげに佇んでいた。

「ねぇ、君はどうしてここにいるの?」

俺の問いに、少女は昨日と同じ笑みを浮かべてこう答えた。

「……匂いが…するから…」

そして彼女は、砂場の一点を指さした。

そこにあったのは、忘れ去られた子供の玩具。

「あれがどうしたの?」

けれど、砂場から視線を戻したときには、すでに少女の姿は虚空に消えていた。

その日も、何の匂いもしなかった。


次の日、また俺は公園へ足を向けた。

少女もまた、たった一人寂しげに、その場で佇んでいた。

「ねぇ、いったい何の匂いがするの?」

俺の問いに、彼女はまた同じ笑みを浮かべる。

「……わからないの…」

首を振り、微笑んだままベンチを眺めて、

「……でも…なんだか懐かしいの…」

そう言って、少女は消えてしまった。

その日から、俺は毎日公園に足を向けた。

少女とのたった一言二言の会話。それをするためだけに。


ある日、公園を尋ねた俺に、少女は自分から問いを向けてきた。

「……どうして…ここに来てくれるの?」

彼女の問いに、俺は笑って答えた。

「君に会いたいから」

「……そう…」

彼女の微笑みからほんの少し寂しさが消えたように思うのは…俺の自惚れだろうか?

その日も、結局それだけだった。


また別のある日。少し早めに公園を訪れた俺は、公園の入り口でひのめちゃんを抱いた美智恵さんに出会った。

「あら、横島クン。お散歩?」

「ええ、そんなとこです。美智恵さんは?」

「私はひのめを連れて遊びに来てたのよ。ほらひのめ、お兄ちゃんにバイバイって」

「にーに、ばい〜」

近頃、片言ながらしゃべれるようになったひのめちゃんは、美智恵さんに抱かれたままとびっきりの笑顔を俺に向けて手を振った。

「ああ、ひのめちゃんもバイバイな」

「だー!」

「じゃあね、横島クン」

美智恵さん達と別れた俺は、また少女へ会いに行った。

「……あの人と、知り合いなの?」

俺と美智恵さん達の会話を見ていたのだろう。少女はまた、自分から俺に問いかけてきた。

「ああ、俺のバイト先の知り合いだよ」

「……そう…」

彼女はしばし、美智恵さん達の帰っていった方向を見つめて。

「……あの人…よく私に笑いかけてくれるの」

ほんの少しだけ寂しげな、けれど澄んだ笑顔を見せてそういった。

「そっか。よかったな!」

「……うん…」

そのまま、俺と少女は無言の時を過ごした。

いつもならすぐに消えてしまう少女。だが、今日に限って彼女はなかなか消えようとしなかった。

「……ねぇ…」

「うん? 何だ?」

公園から沈む夕日を眺めていた俺に、少女は唐突に声をかけてきた。

「……私の世界に…来て欲しいの…」

少女の言う『世界』 それは思念体である幽霊だけが持つ、自身の願望を集めた精神世界。生きた人間の見る、夢の世界。

そこは幽霊が帰る場所。一人っきりの、孤独なおもちゃ箱。

「いいよ。行こう」

彼女が何故そんなことを言ったかは分からない。けれど、彼女の言う『匂い』が、そこなら分かるかも知れない。

『離』『脱』の文珠を使い、俺は幽体になって彼女に手をさしのべた。

少女が俺の手を掴む。そして


「ここが…君の世界?」

真っ白な空間。そこに、いくつか子供のおもちゃが転がっている。クレヨン、画用紙、お人形…。

それと、その空間に満ちるただ一つの『匂い』

どこか懐かしく、どこか温かいその匂いは、俺も昔、確かにどこかで嗅いだことのある香りだった。

「……この匂いが…わからないの…」

寂しそうに微笑む少女。この匂いの正体、この香りの記憶が分かれば、少女をこの寂しい世界から解放できるかも知れない。

しかし、俺にはその正体がつかめない。いつかどこかで嗅いだ記憶があるのに、思い出せない。

何か手がかりはないかと少女のおもちゃを眺めていた俺の目に留まったのは、絵の描かれた画用紙。

バンダナを巻いた男の似顔絵。脇に『おにいちゃん』と子供の字で書いてある。

「これは…俺?」

画用紙を持ち上げた俺に、少女が『うん』と頷いた。

次のページをめくる。そこには赤い髪の女性とピンク色の髪の女の子。

「これは…『あの人』だね?」

また少女が頷く。

次のページをめくる。また、女性と女の子の絵。次のページ。そこにも女性と女の子の絵。次のページ…次のページ…

そして最後のページ。そこに描かれていたのは、顔のない、髪の長い女の人。脇に書かれた子供の字。

その絵と字を見たとき、俺はようやく、香りの記憶を思い出した。

書かれていた文字は『おかあさん』

そう、この香りは『母親』の香り。

俺が昔おふくろに抱かれていたころに嗅いだ、おふくろの匂いだった…。

「ああ、やっとわかったよ…」

彼女は多分、『母親』の記憶がないのだろう。

幽霊は死んだとき、生前の記憶はほとんど無くしてしまうらしい。

彼女が覚えていたのはおそらく、ただ『母親の香り』だけだったのだろう。

「君は、おかあさんの匂いを探してたんだね・・・」

俺の言葉に、少女は初めて涙を見せた。


次の日の夕方、俺は美智恵さんに事情を告げ、二人で少女に会いに行った。

戸惑う少女に、美智恵さんが近づく。

そして美智恵さんは少女を抱きしめ…耳元で囁いた。

「私が、おかあさんよ」

唖然とする少女。そんな彼女を、美智恵さんは優しく抱きしめる。

やがて…おずおずと少女の両手が美智恵さんの背中に回され…

「……おかあさんの…においがする…」

少女の頬を一筋の涙が伝う。泣きながら、けれど嬉しそうに、少女は美智恵さんを抱きしめる。

やがて少女は美智恵さんに抱きしめられたまま、俺の方を向いて。

「……ありがとう…おにいちゃん」

そう言って、成仏した。

後に残ったものは、地面に落ちた一滴の涙と…俺の絵の描かれた、一枚の画用紙だけ。

少女は、あの寂しい世界から解放されたのだ。

「子供にとって…母親の匂いは、安心できる香りなのよ」

少女が消えた先を見守っていた俺に、美智恵さんの呟きが聞こえてきた。









俺の部屋に、インテリアが増えた。

バンダナを巻いた男が描かれた、一枚の画用紙。

それを描いた少女が思い出させてくれた、『香りの記憶』

久しぶりに、おふくろに電話しようと思う。



「あ、もしもし…おふくろか…?」




――――――――――――――――――――――――

どうも、一人短編強化月間中の777です。(勉強しろよ)

今日は成人式でしたね。

育ててくれた母親に、感謝を込めて。

美智恵さんとひのめちゃん。親子って良いですね。

しかし、シリアスは難しい…。

なんかこう、伝えたいことが上手く伝わらないというか。

あ、ちなみに序文の『香りの記憶〜〜〜』のくだりはある小説から取りました。

感想、お願いします。

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