壊れた笛 3
投稿者名:居辺
投稿日時:(02/ 8/21)
7.
「大きな口を叩いておいてこのざまですわ」
弓かおりが悔し涙を流している。
実力学年1位を誇ってきた、彼女のプライドは粉々になっていた。
かおりの黒目がちの瞳から、涙がこぼれて枕にしみる。
脳震盪を起こしていたかおりは、保健室で静養を命じられていた。
彼女を心配したおキヌと一文字魔理は、彼女に付き添って保健室までやって来ていた。
「確かにあいつ、スゲエ動きだったよな」
魔理がわざとらしく明るい口調で言った。
おキヌが魔理を引っ張って耳元でささやく。
「今はそっとしといた方が……」
「こいつにはこれくらいの方がいいんだよ。任しときなって」
魔理がささやき返した。
その時、保健室の扉を開けてのぞき込んだのは、岸田明日香だった。
「仲良し三人組のお揃いのようね」
明日香は敵意のこもった笑みを見せている。
「何の用だ」
魔理が立ちはだかるのを、意に介さずおキヌを見る。
「氷室さんに話があって来ただけよ」
「あたし、ですか?」
おキヌは明日香の意図を警戒して言いよどんだ。
「そ。ちょっと付き合ってくれない?」
明日香が何でもないことのように言う。
「だめよ、氷室さん」
起き上がったかおりがおキヌの手を掴む。
「お前、おキヌちゃんに何するつもりだ」
魔理が構えを取ろうとするのを、明日香が氷の笑みで迎える。
「人聞きの悪いこと言わないでよね。私は氷室さんに話があって来ただけ」
「それとも、今すぐあんたもベッド送りになりたい?」
魔理の肩に手を置いて、おキヌは答えた。
「分かりました、行きます」
おキヌは保健室のドアの所まで行くと、振り返り笑顔を見せて言った。
「弓さん、後でお家まで送りますから、待っていて下さいね」
後には魔理とかおりだけが残された。
「氷室さんって、意外に度胸座ってますわね」
かおりは苦笑しながら言った。頭痛に顔をしかめながら、枕に頭を落ち着かせる。
「そうなんだよな、時々驚かされるよ」
魔理も苦笑いしながら、おキヌの出て行ったドアを見ている。
「あれで結構、修羅場くぐってるのかも知れませんわね」
「でも、本当は分かってない方に、コーラ1本」
「馬鹿なこと言ってないで、早く後をつけて下さいな」
「あいよ、任しときな」
魔理はおキヌの後を追って、保健室を出て行った。
8.
六道女学院の広い敷地内には、人目に付かない場所がいくつかある。
その内の一つ、体育用具室の裏側に、おキヌと明日香は立っていた。
「あの、話って何ですか?」
明日香がにんまりと笑って口を開いた。
「私を美神令子に紹介してくれないかしら?」
「はあ?」
「私の強さは見ての通りよ。そして、もっと強くなるつもり」
「でも、その為には経験が必要だわ。美神令子のところなら、必ず私は強くなれる」
「強くなりたいんですか?」
「当たり前でしょ!?」
「強くなって何がしたいんですか?」
「何を言ってるの? 何だってしたい放題じゃない?」
「私は役に立つわ。あなたなんかよりもね」
「私ほどの才能と実力を持った霊能者を、美神令子が手放すわけないわ」
おキヌは違和感を感じていた。話が噛み合わないのだ。
話してる言葉の意味は分かる。だが、目的が分からない。
何の為に明日香は強くなりたいのか?
明日香の言う強さとは何か?
おキヌは、霊能力は勝つ為ではなく、生き残る為にあるのだと思ってきた。
生き残る為なら、それなりに強くなりたい、とは思う。
でも、誰よりも強くなりたいとは思わない。強くなる必要も感じない。
おキヌは美神のことを思い浮かべていた。
彼女が業界1の実力者になれたのは、明日香のように考えたからなのだろうか。
「あなた、なに黙ってるの?」
明日香の声がおキヌを夢想から引き戻す。
「どうなの? 紹介してくれるの? くれないの?」
おキヌは決めた。美神に会わせて、美神が何を言うか聞きたい。
「分かりました、一応紹介はしますが、美神さんに何を言われても知りませんよ」
「美神令子が何を言うって? 下手な脅しは止めておきなさい」
「脅しかどうかは、行けば分かりますよ」
「え?」
初めて明日香が戸惑いを見せた。
おキヌを言いなりにしているつもりが、思い掛けない言葉を聞かされたからだ。
「それじゃ、校門の所で待ってて下さい。私は弓さんに用がありますから」
おキヌは言い置いてその場を後にした。
明日香が満足げと言うか、卵を丸飲みした蛇のような笑みを浮かべている。
全身が総毛立つ感覚を味わいながら、おキヌは駆け出した。
そう。彼女は魔族に似ている。
9.
「だから、うちで働かせて欲しい。そう言いたいのね」
美神は明日香の自己アピールを延々と聞かされた後、ようやく話す機会をつかんで言った。
「そうです。必ずお役に立って見せます」
明日香が胸を張った。
その様子を横島が興味津々、と言った様子で見ている。
シロとタマモは不快そうな表情だが、我慢して聞いているようだ。
「結論から言うわね。無理ね、うちでは働かせられないわ」
明日香の顔が朱に染まる。
「見ての通り、うちにいるのは半人前ばかり。これ以上面倒見切れないのよ」
美神が横島達を指で示すが、明日香は振り向きもしない。
「一番能力の劣る者を、辞めさせれば良いじゃないですか?」
明日香が怒りを吐き出すように言う。
「誰の事言ってるか知らないけど、うちの連中であんたに劣る者は居ないわ」
美神の表情が険しくなっていく。
「美神殿ォ、拙者に、その女子(おなご)と、勝負、させて下されェ」
既に臨戦態勢のシロを、横島が必死で押さえている。
「バカ、早まるな、ここで切り掛かるつもりか?」
「良いじゃない、身の程知らずに実力の差を教えてやるだけよ」
タマモの指先に、早くも火の玉が浮かんでいる。
「シロ、タマモ、素人(しろうと)に手を出したら承知しないからね」
美神が静かに言った。
「私は素人じゃ…」
明日香は言い返そうとするが、美神は詰まらなそうに遮った。
「あたしから見れば一緒よ」
「とにかくあんたを雇うつもりは無いわ。帰りなさい」
「そうやって逃げるつもりか?」
明日香がせせら笑うように言った。
「私の実力を試しもせず、ただぬくぬくとままごと遊びがしていたい。そう言うことか?」
身悶えして怒っているシロを、横島とタマモが二人掛かりで押さえている。
その様子をちらっと横目で見て、美神は言った。
「はっきり言われないと分からないみたいね。うちにバトルマニアは要らないのよ」
「あんたみたいなタイプは現場で先走って、勝手に窮地に陥って、あたし達の足引っ張るに違いないわ」
「学年1位の実力だって言ったわね? それがどうしたって言うの? 世の中にあんたより強いヤツは、それこそごまんといるわよ」
「才能を鼻に掛けるのは止めなさい。いい加減気分悪いわ」
それまで黙っていたおキヌが明日香に声をかけた。
「岸田さん、今日はもう帰った方が……」
明日香はおキヌの姿を初めて見るかのように見た。
「この事務所に、私に劣る者は居ない。そう言ったな?」
「では、氷室きぬと勝負させてもらいたい」
唖然とする一同を目前に、明日香は嘲笑うように言った。
「ちょっと待つでゴザル。勝負なら拙者が受けて立つでゴザル」
シロが叫ぶが、明日香は何も聞こえないかのようにおキヌを見つめていた。
「いいわよ。その勝負受けるわ」
美神の一言が事務所の一同を驚愕させた。
今までの
コメント:
- 第3回です。
いかにして明日香とおキヌちゃんを対決させるか、と言う問題を解決する為、美神さんに勝手に受けてもらいました。
次回は明日の予定です。 (居辺)
- 一文字、弓と倒した明日香が今度は本格的におキヌちゃんに接近してきましたが、彼女の目的は直接はおキヌちゃんとはつながってないのかもしれませんね。望みどおり美神令子に会うことの出来た明日香が今度はおキヌちゃんと勝負したいと言い出しましたが、果たして平気なのでしょうか?(汗) おキヌちゃん自体はタイマンバトルは不得意ですし;直ぐに勝負をOKした令子の考えが気にかかります。次回も楽しみにしてます♪ (kitchensink)
- こういう場合の美神さんの姿勢は冷静で良いですね。そこはやはり大人なんでしょう。怒りを募らせると男口調になってしまうらしい岸田明日香はかなり余裕のようですが、果たして美神さんの悪知恵に勝てるのでしょうか?(既に現状のおキヌちゃんのポテンシャルでは無理と判断←爆)。 (マサ)
- 俺も経験がありますが、確かにこう云うヤツは、現場では使えませんね。自分の理屈だけで動く人間は必ず周りの足を引っ張りますし、その理屈を外れた事態に対し、往々にして全く対処出来ないものですから。『闘技場の猛者は、毒の一滴に敵わじ』の原理ですね。
バトルマニアと言えば雪之丞ですが、彼も好戦的性格ではありながら、香港編では敵だった者に協力を求めたり、パピリオを人海戦術でイワしたりもしています。そういった柔軟性こそが、彼がプロのGSとして通用する所以であり、明日香嬢が美神の鼻にも引っ掛けられない所以なのでしょう。現に、職分役割の違う直接戦闘が能ではないおキヌを、単純な腕力で圧倒して自分の力を誇示しようとする辺り、狭窄視野を起こしているとしか思えません。 (黒犬)
- そういった部分を一目で見抜いた美神(つーか、居辺さん?)は、流石は業界NO1と云う所でしょうか。
そんな美神があっさりと受けた勝負。いったいどんな思惑があるのかと、大きく期待を持っています。 (黒犬)
- もっと良いタイトル付けとけば、良かったと思う今日この頃。居辺です。
kitchensinkさん。
おキヌちゃんを強化せずに、いかに戦わせるか。それがこの話の山場です。
マサさん。
美神さんが大人じゃないと、横島達がノビノビできないんですよね。
黒犬さん。
雪之丞もバトルマニアと言われそうな人ですね。苦労してる分、明日香より遥に上なんでしょうね。
これから第4回をアップします。 (居辺)
- まだ本人(美神)が腰をあげただけあってやさしいかな? (トンプソン)
- トンプソンさん。
明日香には負けを経験することが必要、と言う意味で全くその通りです。 (居辺)
- 美神さんが明日香に対しての言葉を読んでいてなるほどと思いました。
おキヌちゃんが明日香と対決することになりましたが、美神さんは勝算があって承知したんでしょうね。 (3A)
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