ザ・グレート・展開予測ショー

見えざる縁(2)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 8/13)


 横島は、ともすれば自責の念に潰されそうな自分に鞭打ってシロを探し続けていた。純粋に元気付けようとしていたシロ。それを八つ当たりで返してしまった自分。不甲斐なくて情けなくて、涙が出そうだった。

「どこの世界に、弟子に当り散らす師匠がいるんだよ・・・」

 くそ、とばかりに転がっている空き缶を蹴り飛ばす横島。かあん、と軽い音を立ててスチール製の缶は宙を舞い・・・そして、黒いサングラスをかけたヤっちゃんのスキンヘッドに見事に直撃した。

「なにさらすんじゃいワレェ!!」

 タコのように真っ赤になり、横島の方を振り向くヤクザ。お約束通りの展開に横島は眩暈を起こしそうになったが、ここで卒倒しても行き先は病院のベッドの上でなく冷たい土の下である。

「わあぁっ!!スンマセン、スンマセン!!」

 謝罪の言葉と全く同時に、尻から煙を出す勢いで逃げだす横島。その俊足はゴキブリを軽く凌駕している。

「待たんかいこのガキャァ!!」

 とはいえ、後ろを向いた敵を見逃すようではこの稼業はやっていられない。サングラス越しにも分かるほど血走った目をしたヤクザが、追跡弾のようにその後を追う。
 壮絶な鬼ごっこが始まった。もっとも、横島にとっては「ごっこ」では済まされない状況ではあったが・・・




「さて・・・まずは、ヤツを探し出すのが先決ね」

 シロの体を乗っ取った香南は、歪んだ笑みを浮かべながらこれからの行動を検討していた。焦る必要はどこにもないが、標的の確認は早いほうがいい。香南は、精神を集中して特定の匂いを探し始めた。人狼の持つ超感覚により、手繰り寄せるかのように一つの匂いが鮮明になっていく。

「!!見つけた・・・って、こっちに向かってる!?」

 香南が確認した匂いは、猛烈なスピードで自分の元へと近づいてきていた。予想外の事態に、香南は体を硬くして身構えた。刺客を迎え撃つかのように、研ぎ澄まされた視線を彼方に向ける。

「ひいいー!!お助けえぇっ!!」
「このクソガキがあ!!いい加減に観念しろやぁ!!」

 やがて、バンダナを巻いた少年が砂埃と共に脱兎の如き勢いで姿を現した。よく見ると、その後ろにもう一人が小判鮫のように一定の間隔でぴたりとくっついている。だが、自分が嗅ぎ分けた匂いは後続のものではなかった。
 香南は少年とヤクザの間に体を割り込ませると、体を捻って裏拳をヤクザの顔面に叩き込んだ。岩をも砕く一撃にヤクザはゴムボールのように吹き飛び、派手な音を立てて公園に備え付けのゴミ箱へと身を投じた。
 ヤクザが動かなくなったのを確認し、香南は少年の方へと体を向ける。少年−−−横島は地面に両手をつき、ドイツ軍から逃げ切ったレジスタンスのように安堵の表情を浮かべていた。だが、自分を助けてくれた救世主がシロだと気付くと、途端にばつの悪そうな顔になった。

「!!シロ・・・えっと、その・・・」

 言うべき事は沢山ある筈なのに、言葉が喉の奥に絡み付いている。必死に構築した弁明も謝罪も、シロの顔を見た瞬間全てが意味のないもののように雲散霧消した。
 横島が言葉を探していると、シロが笑みを貼り付けてゆっくりと近づいてきた。だが、横島はその顔にどこか不自然さを感じていた。不自然といっても、無理に笑っているという意味ではない。獲物を見つけた蛇のような、歪んだ喜びに彩られた醜悪な笑顔という意味である。
 横島は無意識にシロから一歩離れると、飲まれそうになる意識を何とか保ちつつ言った。

「シロ・・・お前、一体どうしたんだ?」
「シロ、ね。成る程ぉ、それがこの体の持ち主の名前なわけだ」

 香南が楽しそうにクスクスと笑う。爬虫類のそれを思わす香南の顔に、横島の背筋に戦慄が走った。

「それにしても、まさかあなたとコイツが顔見知りだったとはね。因縁てやつかな?ま、シロ本人は無関係なんだけどね」
「・・・・・・・お前、何者だ!?」
「私の名は、香南。そして・・・お前の前世に恨みを持つ者だ!!」

 香南の顔から笑顔が消え、代わりに浮かんだのは全てを壊すが如き修羅の形相だった。あまりの殺気に体を竦ませた横島の首筋を、香南の手刀が一閃した。

ビュオッ!!

 反射的に身をよじってかわした横島の前髪が、生暖かい風圧にふわりと揺れる。横島はその場を飛び退き、右手に霊波刀を出現させた。頚動脈の数センチ手前の皮膚から、生乾きの赤ペンキのように血が滴り続けた。

「それでいいわよ。簡単に死んでもらったら面白くないしね」

 狩りを楽しむかのように言う香南。横島の脳味噌では状況の整理が今ひとつだったが、唯一つ確かなことがある。それは、自分がデッド・オア・アライブの事態に直面しているということだ。
 このままでは確実に殺される。仮に戦術的撤退(要するに逃走)を仕掛けようと、香南は地の果てまで追ってくるだろう。
 だが−−−果たして自分に、シロを斬ることが出来るのだろうか?自分を師匠と呼び慕い、尊敬してくれる者を。自分のために空元気を出し、身を削ってまで立ち直らせてくれようとした存在を。

「できねえ・・・俺には、できねえよ・・・」

 うめく様に呟く横島の全身から、蝋燭の灯が消えるように闘気が揺らめいていった。霊波刀の出力が衰え、自然体というよりも無防備に近い状態になっていく。香南はそれを葛藤でなく観念したものと捉え、やや不満げだが止めを刺すことにした。

「やれやれ・・・アイツの子孫がこんな腰抜けとはね。まあいいわ、今楽にしてあげるわよ」

 香南が霊力でコーティングした手刀を構え、処刑人のように横島の首を刎ねにかかった。
 だが−−−

ゴゴオオオォッ!!!

 大地を焼き払う程の業火が突如として香南に襲いかかり、香南は咄嗟に体を反転させてその炎をかわした。微かにルートを逸れた炎が木々に燃え移ったが、何者かが指をパチンと鳴らすと手品のように一瞬にして火が消えた。

「これは・・・狐火!!」
「ご名答よ。アンタ、あのバカ犬よりは腕が立つようね」

 横島の後方から、燃えるような怒りを全身に宿したタマモが姿を現した。先刻の狐火が普段の数倍の規模をもっていたことからも、憤怒のほどがよく分かる。

「シロの匂いがいきなり変化したから来てみたんだけど・・・アンタ、私の横島に手を出すとはいい度胸じゃない」

 タマモが臨戦態勢をとったのを見て、横島もまた覚悟を決めた。別にシロを殺めずとも、香南の霊体だけを消滅させればいいだけの話だ。どこぞの社会主義国じゃあるまいし、先祖の罪にこだわる過去の亡霊に殺されるのも御免である。
 とはいえ・・・

「タマモ・・・お前、ドサクサに紛れて凄いこと言わなかったか?」
「そう?気のせいじゃない?」

 香南の動向を窺いながら、タマモはジト目で自分を見る横島を軽く受け流した。


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