ザ・グレート・展開予測ショー

livelymotion【プログラム:1「生きるって」】


投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 7/10)

公園のベンチにもたれかかって、男がぼんやりと呟いた。
「不景気だ……」
朦朧とする意識の中で、せめてもう一言、この世に恨み言をこぼす。
「腹減った……」
ぢゃり
靴底で砂がひき潰される音。靴を履いた誰かの来訪、ということになるのか。
しかも音からして、かなり高価な革靴だ。ずいぶん羽振りのよい男なのだろう。
よく来た。歓迎しよう。また、心底同情しよう。そんなことを、座っていた男は思った。
――テメーは俺の八つ当たりで、おそらく三日三晩は生死の境を彷徨うだろう。
そんな言葉を唇に載せる、まさに直前だった。声は来訪者の方が先に発していた。
「モグリのGS――ひょっとしてあなたですか?」
座っていた男はにべもなく答えた。
「いいや。人違いだぜ」

工具箱を探す手を止めて、やはり男が――ミイラのような老人だったが――呟いた。
「不景気じゃのぉ……」
「イエス、ドクター・カオス」
部屋の中央に座り込んだソレが、律儀に相槌を打った。
その一方で、手元では自分の右腕を盛んに捻ったり捩ったりしている。
ガリガリガリガリ
砂と、酸化鉄が混じった粉末がぱらぱらと、重力に従ってくずかごの中へ落ちてゆく。
ここ数週間分の汚れである。
こんな原始的な手入れしかできないほど、彼らの財政事情は限界だった。
「お。ようやっと見つかったわい。マリア、こっち来い」
ぴくんと、いつもより鋭敏な動作で顔をあるじに向けて、彼女は言われるままに
歩み寄る。分解掃除さえできれば充分。ではないが、少なくとも現状の307%はマシだ。
まぁ、分解といってもコードは繋げっ放しでないともう一度組めないのだが。
「これを大至急質屋にて換金後、帰りに肉屋で余りモノを安く買い叩いて来い」
ぴしり
絶対たるあるじから、命令を賜る。この時間帯を逃すと、肉屋は閉まってしまう。
そうなると、多少割高のスーパーに出向くことになり
彼らの財政はいよいよ致命的なことになるのだ。
無論のこと、分解掃除は一時間やそこらでは終わらない。
動くことをしばし、放棄する。しかし、いつまでもそうしてもいられない。
「…………イエス、ドクター・カオス」
(……なんだったんじゃ、今の間は?)
声に出して尋ねてもよかったのだが、天才の閃きがこれを拒絶していた。
ガチャリ
ドアを開けると、こざっぱりした男が立っていた。唐突に口を開く。
「ご高名なドクター・カオスさん、除霊もできるとうかがっております。つきまして…ぇ!?」
ガンッ
心ここに非ずのマリア。痛覚なんぞないマリア。彼女は、ただ前へ進んだだけだった。
センサも不調気味マリア。しかし彼女の額は鉄鋼板。
見知らぬ男が鼻を折ってもがくのを、彼女はとうとう気づかなかった。

夜空を疾り、爆ぜて融ける――夏祭りにはわずかに早い。
職人達は今から秋にそなえ、試行錯誤しては試し打ちしているのであろう。
それ――花火に追い縋るように天を昇りゆく自由人達を眺め、少女も呟いた。
「景気いいですねぇ……」
ッパァァァァァァン
乾いた小気味良い音が広がり、最後の悪霊は四散した。輝く帯に飲み込まれて。
「ちゅうちゅうたこかいな……うーん、マイナ四千万で不景気ね」
「そーゆー額が右から左へ流れるのを、世間では好景気というはずなんですけどね」
汗ジトになりながらも少年――横島忠夫がツッコむ。
まぁ、自分が儲けてるか否か。そこのところが彼女にとっての懸念なのであるからして
景気の話題を振った時点で誤りだったとしか言いようがない。
金に執着しすぎるあまり、ある意味人類中最も景気に疎い女というのは皮肉であった。
結論から言えば、美神除霊事務所の経済状況は台所を圧迫していないのは疑いない。
ボロッ
ふいに、朽ち欠けの石垣が崩れ落ちてきた。しかしまぁ、軽く避ければ済むはなし。が。
「キャアァァァァァァァァァーーーーーーッ!?」
「み…美神さんッ!?」
入り混じる悲鳴。視界を埋める噴塵。そしてそれが晴れた先に呆然と座り込む美神。
「美神さん!無事スか?」
横島が問いかける。
見た感じ、石くれが直撃した様子ではないのだが、先程の悲鳴は尋常ではなかった。
そして、問われた美神が、力無く、しかし大きくかぶりを――振った。
「どっか痛むんスか?全然どこ怪我したか判んないんですけど……」
そこで、少し離れた位置で黙し続けていたタマモが歩み寄ってきた。
「違うわよ。バカね」
「違う?怪我じゃないんなら、装備でも壊したとか……」
「まぁ、似たようなもんでしょうけど。…ストッキングが伝線したのよね、美神さん?」
はらはらと涙しながら、美神は軽く首肯した。路面に額をこすりつける横島。
「甘かった……油断してたわ。気づいてたのよ。車を出した時に。替えを忘れた、って。
でも、今日の相手はことごとく楽だし、動く時に気をつければ平気…なハズだったわ」
腐った眼差しになっている横島をまるっきり無視して、美神は切々と語る。
「とにかく、あと一件残ってるし、こんな格好じゃあ仕事どころじゃないわ」
「別にいいじゃないですか生足だって。むしろ男の客なら喜ばれ…ブッ!」
ハイヒールキックを顎に受け、横島は台詞を中断せざる得なくなる。
「誰が男喜ばすために着飾るってぇのよッ!
いいこと?女の美しさってのは自分のためのものなのよ!
美しさによって世間の醜い女どもに劣等感を植えつけた時の恍惚感……
あれを覚えてしまったら…化粧の手を抜くのは女としての死よ!!
断じてバカを増長させるためじゃないの!!!解った!?」
「とりあえず…美神さんの根性が納豆よりも腐れてることが解りました……」
「オノレが言うかーッ!!?」
ズグシャッ
今までで一番耳障りな音を聞きながら、顔面に肘を埋め込まれた横島は地に沈む。
「そういうわけで、シロ!替えが必要だから事務所までひとっ走り頼むわ。
タマモ!シロが帰ってくるまで私の隣に座って。パーテーション代わりに。
そんで、おキヌちゃんは次の現場に先行、お客さんを待たせてちょうだい。
横島君を引きずってけばなんとでもなるわよ。書類上はプロのスイーパーなんだし」
たったストッキング一枚のために事務所メンバー全員に役割があるとは――
実に恐ろしきは女性の虚栄心ということだろうか。
…いや、女を鑑賞して愉しむのが当然という男の思考もそれはそれで歪んでいるが。
なんにせよ、このくだらなすぎるエピソードの影響力は我々の想像を超越していた。
横島忠夫、氷室キヌ両名にほんの少しばかりの転機が訪れることになるのだから。

次の現場。そこはちょっと気の利いた程度、敷地が広大な寺だった。
住職は頭を丸めるどころか、脱色した髪は肩まで伸びている。
彼は、責任者到着遅延を謝罪する二人に愛想よく笑いかけて言ったものだった。
「そうですか。いえ、構いませんとも。
どこの業界だって大物は相手を待たせるものです。
なにしろオ…えっと、私は親父の道楽に付き合ってるだけで霊能は素人ですから。
そんで供養の段取りどっかで間違ったらしくて……まったくトホホですよ。
あぁ、そうそう間違ったといえばこの前、御徳井さん家の法事にいったんですけど
この家がまた狭いのに自宅でやろうってもんだから棺桶入らなくってですね、
棺桶の外側を鋸で削って小さくしようとしたら怒鳴られちゃって。
やっぱあれなんですかね棺桶削んないで表で法事すべきでした?」
「あ、その、えぇっと……」
淀みなく次々話題を持ってくる相手にしどろもどろになるキヌ。
一方横島のほうは、いわゆるこうゆうチーマーっぽいのは苦手なのだろう、
ハナから話など聞いていない。
その横島がぼんやり辺りを見回していると、ふとあるものを見つけた。

人間としての尊厳が危うくなる状態だった。しかし彼は、構わず続けた。
彼は、誇り高い男である。だがそれは、自分も同じ事――。
およそ、争う二人の考えは同じであったと言っていい。
彼らには、他者を寄せつけない強烈にして絶大な自尊心がある。
あるいは筋力にモノを言わせた荒事に。
あるいは悪魔的な頭脳を駆使した技術に。
彼らは絶対無敗の――まぁ、事実はどうあれ主観の上では――王者だった。
しかし、言ってしまえば個人の、原始的な腕力だの、閃きだのといったものは、
ある、絶対で残酷なまでに正確に数値化できる強大な力に対してあまりに無力だ。
生物は糧の上になりたっている。
彼らが糧を得る為には、例えば致命的な打撃――それはあるいは鍛えぬかれた拳で
与えるのかもしれないし、また知略や奸計によるものかもしれない――で
他者を屈服させて得るという手段が考えられる。
しかし、そんな原始的な作法は、社会的に許容されていない。
彼らが生きるには、不本意この上ないことだとはいえ、彼らより脆弱で、彼らに
『ある力』を与えるだけの余裕を備えたものに取り入るより方策は無かった。
だから彼らは、魂から振り絞るような声で懇願するのだ。
元来弱者であるはずの、自分よりも強大な存在に。
「頼む!さっきのことは水に流して、報酬いやさ仕事はこの俺に!!」
「後生じゃ!ワシを薙刀地獄から救うと思って!!…お前もお詫びするんじゃ!!」
「申し訳ありません。マリア・不注意でした」
「怒ってませんけどね。別に僕は。ただ、二組に支払えるほど裕福じゃあないんですよ」
なんというか、まぁ、生きるというのは奇麗事ではないのである。
「くぉらボーズ!ここは年配を立てて、引き下がらんかい」
「ジジィこそ!金がほしけりゃロボットねーちゃん解体して売っぱらったらいーんだ」
「…………」
ちなみに、彼らは普段、とりわけ仲が良い、とまではいかないものの、
ともに死線をくぐりぬけた戦友である。まかり間違ってもここまで不仲ではない。
実に忌むべきは彼ら自身ではなく、彼らの焦げつきまくった財布である。
まぁ、その責任の所在は経済観念に疎い本人達にあるという説もあるのだが。

つづく

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