ザ・グレート・展開予測ショー

危険な追いかけっこ(3)


投稿者名:アストラ
投稿日時:(02/ 2/18)

完結編です。暴走度は過去最高になっていますので、お気をつけ下さい。

「ふふふ・・・この部屋にいるのは分かっているぞぉー!」
 山村医師はメスをびゅんびゅんと振り回しながら中へ一歩一歩踏みしめるように上がりこんでくる。そして玄関から居間へ入ろうとした時、不意に背後から黒い影が現われて山村医師の右手、つまりメスをかざしている方の手を乱暴に掴んだ。
「む・・・?」
 山村医師が振り向く間もなく、黒い影は右手で掴んだ手首をぐっと自分に引き寄せて、左の手の平を山村医師の右肘にあて、遠心力と腰の回転を生かして床に倒れこませた。
 よくテレビでやる、警察のドキュメント物に登場しそうな関節技である。もっとも、実際に、逮捕術の中に入っている技の一つらしいが。
「ぐはっ・・・」
 山村医師は顔をしたたかに打ち、悶絶している。
「さすが先生! すごいでござるな!」
 居間の襖からそんな声が発せられた。すると中からシロが飛び出してきて、山村医師を踏んづけながら黒い影、いや、横島に抱きつく。
「ま、ざっとこんなモンだな。あとはこいつを外に放り出しときゃ、そのうち発見されて捕まるだろ。じゃ、早いとこ片付けてお前が作ってくれたメシにありつくか」
 その時、青天の霹靂とも言うべき事が起きた。
「わ・・・私は理想の実現のために・・・ここで死ぬわけにはいかないのだ・・・」
「げげっ!?」
「何で? こいつ不死身でござるか?」
「私は昔・・・小動物を飼っていた。そいつがプルートォと言ったが・・・そのプルートォがある時車に轢かれた。私は急いで病院へ連れて行ったが・・・医者は・・・私が子供と言う理由だけで・・・門前払いをしたのだ・・・。あの時診療されていればきっとプルートォは助かっていたはずだ・・・。それ以来私は、みかまる(死ぬ)思いで医学を学び、そして今に至る。しかし、これは私の想定図のほんの一部に過ぎない・・・。私は動物医学界のトップになって、あの時の医者のような堕落した者どもを払拭したいのだ・・・。そのためには、君のような稀な犬種・・・いや、狼と言ったか・・・とにかく、学会に衝撃を与えるためには唐変木(トウヘンボク:融通の利かない人間を罵る言葉)である重鎮達を驚かすような題材が必要なんだ・・・。苦節二十数余年、十七の時に母に死なれ、二十のときに父を無くす。世知辛い世に揉まれ辛酸なめて辿り着いたこの境地、生かさなくば意味が無い・・・!」
 最後はもはや、京劇や能風の独特なセリフ回しである。横島は呆れているが、なぜかシロは考えこむような表情を顔に浮かべ、下をむいている。
「ううむ・・・気持ちは良く分かるが、"俺のシロ"をあんたに渡すわけにはいかねぇな」
「ちなみに補足しておこう。プルートォとはローマ神話の下界の王だ。下界と外科医。今思えば実にマッチしている」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
横島の言葉を無視したような親父ギャグでの応酬。極寒の地、シベリアをも凌ぐ寒さが二人を襲う。
「なっ、なぜ黙る!? それより、その"シロ"という"犬狼"はどうしても私に預けようとは考えていないのだな?」
「当然だ。俺の"かわいい"弟子に指一本でも触れてみろ・・・その時は・・・」
「先生・・・」
 シロが思いつめた顔で、重い口を開く。
「拙者、少しだけなら行ってもいいでござる・・・」
「な、何!? もう一度言ってみろ!!」
「拙者、話を聞いているとこの獣医殿の気持ちがわからなくないでござる。大切な者のために頑張ってるのでござったら、自分の欲のためでないのなら、少し位・・・」
 そこには、『自分が犠牲になれば』と言う、子供向けの漫画にありがちな自己犠牲精神があった。だが、この状況においてそれは、あまり誉められる事ではない。
「馬鹿野郎! そんなことしたらお前、それこそ獲って喰われはしないだろうが、サンポにも行けなくなるんだぞ! それでも良いのかよ!?」
「散歩は毎日行かせる。同行者もそちらで決めてかまわない。私はシロ君を監禁する訳ではないのだよ」
「どうせ、データ採取のためとか言って酷いことも色々するんだろ! シロ、絶対に行くんじゃない! 行くんだったら俺を殺してからいけ!」
 シロに対する独占欲の現われか、はたまた純粋にシロのことを心配しているのか・・・。どちらにせよ、この言葉がシロをますます悩ませる事になるとは、頭に血が昇っている横島には考えつかないだろう。せめて殺してでなく、倒してのほうが若干聞こえは良かったのだが。
「・・・・・・拙者は―――」
 シロが言いかけたその時、いわゆるスタングレードと呼ばれる音響手榴弾が『ひゅるるるる』と陳腐な音を立てて開け放したままの扉の向こうから飛んできた。
「くそう、警察め、邪魔をするな!」
 山村医師は短く叫ぶと、素早くそれを拾い上げ、向こう側へ投げ返した。『うわぁ』だの『ぎゃあ』などと警官が騒いだ声が、無遠慮な爆発音によってかき消された。
「邪魔をするな邪魔をするな邪魔をするな・・・・・・」
 ガイナックスが製作した、某アニメの主人公の様に、山村医師は同じ言葉を繰り返し呟いている。
『君達に告ぐ! ただちに武器を捨て、大人しく投降しなさい! 五分たっても出てこなければただちに突入して取り押さえる!』
 音響手榴弾を投げ込んでおいてよくそんな事が言えるなと思う。
「・・・と言うわけだ、シロ! このままこのおっちゃんと留置場までついて行きたいか?」
「おっちゃんとは失礼な! 私はまだ三十代(作者の推測)だ!」
 ―――がっしゃん。
「動くな! 手を上げろ!」
 冷静に考えれば、ここまで矛盾したセリフも珍しい。窓を叩き割って入ってきた機動隊員のうち、一人が短機関銃を手に命令する。さっきの投降を促すアナウンスから一分も立っていないのに、だ。当の本人はよっぽどの武器マニアなのか、異常者なのか、短機関銃を手でいじくり回している。人に銃を向けて、絶対勝利を確信するような卑怯な奴である。
「黙れ! たかだか警察官が!」
 山村医師が怒号を発し、いきなりの事で驚いたもう一人が、『うっかりして』では済まされない事をした。
 フルオートの短機関銃の引き金を引いたのだ。
 無機質な音と一緒に銃弾が飛び散る。瞬く間に壁には穴があき、床に当たって跳ね返った銃弾が山村医師の右肩を貫通し、――テーブルはひっくり返った。
「この腐れポリ公――!!」
 いつそんな汚い言葉を憶えたのか、シロはキレて、撃った本人(矛盾セリフを吐いた方ではない)を窓の外に殴り飛ばした。ハンター退治の時の要領である。
「動くんじゃねぇ!」
 残ったもう一人がシロに銃を突きつける。警官はやはり異常で、丸腰のシロを射殺する気で一杯だった。過剰防衛に問われる事など頭から吹き飛んでしまったようであった。
「シロっ!」
 その言葉にほんのわすがだけ、警官が気を取られたその瞬間に、シロが眉間に突きつけられた銃口を右手の裏拳で焦点をずらすと、素早く腰を捻って反対方向、すなわち横島がいるほうに身を投げ出した。
「テメェ! 何しやがるこのアマぁ! 腐れ×××!(公序良俗に著しく反しますので自主規制させていただきます)」
「まて、手を出すなぁ!」
  山村医師が傷を負った右手でメスを投げる。警官が怯む。が、体に傷一つ無い。さては狙いを外したか、と思った彼は優越感を誇示するために、天井に銃を向けて威嚇射撃をしようとした。が―――。
―――どかん。
「あれ? 暴発でござるか!?」
「ぐはっ! なぜ銃口にメスが刺さっているのだ・・・!?」
 そう山村医師は銃口にメスを指したのだ。まるで某侍漫画に出てきた暗器使い。シロはうろたえる警官に掴みかかった。
「覚悟は良いでござるな、この阿呆め・・・」


 山村医師はわざと外に出て再び逃走した。『いつか納得したら来てくれ』という嫌な言葉を残して。シロに"憑"いてこられる彼なら、きっと警察からも逃げきれるに違いない。仮に捕まっても、彼のスキン・ヘッズに対する行為は、正当防衛か緊急避難、あるいは故意(刑法三十六、三十七、三十八条)で合法か、不起訴処分に終るであろう。
「・・・ったく、部屋こんなにしやがって。あの警官、本当に賠償してくれるんだろうな・・・。上司は『これがマスコミに知れたら、俺やお前の首が飛ぶだけじゃ済まないぞ!』とか言ってたし、きっと払うだろ。それにしたって・・・」
 部屋の中が凄惨な状況である事はすでに述べた。テーブルがひっくり返った事も述べた。警官や、山村医師が去った後に残った物は、この状況と、窓際でずっと座ったままのシロだけだった。
「な、なあ、シロ。えっとさ、ええと・・・」
 慰める言葉が出てこない。沈黙が訪れる。いや、正確には余程耳を澄まさなければ聞こえないほどの音が聞こえた。それは―――シロのすすり泣き。
「シロ・・・」
 横島には何も言えなかった。自分よりも辛い思いをしているのはシロなのに。シロの気持ちを、気遣ってやる事は自分がしなくてはならないのに。
 横島は膝をついて、そっと後ろから、シロの心と体の両方を庇うように両腕で包み込んだ。
「先生・・・」
 シロが涙をせきあえない(止める事のできない)状態を恥入るかの如く顔を伏せた。
「料理はまた・・・作ればいいさ。俺はお前のその・・・気持ちだけで十分だよ・・・」
「先生・・・あれは自信作でござった・・・。もう、同じ物は二度と作れないでござるよ・・・」
 シロは手の甲で涙を拭き、横島の胸に飛び込んで悲しさを紛らわせるためにこう告げた。
「同じ物は作れないけど、次に作るときはきっと、今よりおいしいものを作るでござる。だから、今度は絶対に食べて欲しいでござるよ、横島先生」
 ――先生、約束でござるよ――声に出さずともこの言葉は伝わる。
シロの唇が横島の唇を求めた。そして彼はそれに答えた。
暗闇の中、二人の唇は、ついに一つに重なり合った。


暴走作品・完。

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