勇気の剣(7)
投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 2/23)
「雨が・・・止んだようじゃな」
窓外から外を見ていた長老が、一息つくように言う。長老の後ろで、横島は長老から渡された大き目の布で体を拭いていた。
柊とシロの心の雨も、早く止み上がればいいのじゃがな・・・長老のセンチメンタルな気分は、横島の大きなくしゃみのもと雲散霧消した。
別室から、着替えを済ませたシロが襖を開けて入ってきた。重苦しい喪服は脱いで、いつものTシャツにジーパン姿になっている。未だ湿り気を帯びた髪が妙に艶っぽい。
横島が服を乾かしている火鉢の縁にシロが座ると、長老も火鉢を囲むようにしてゆっくりと腰を落とした。
長老が軽く咳払いをする。横島が髪を拭いていた布を床に置くと、長老は静かに口を開いた。
「さて・・・何から話せばいいかの」
話す内容を構築している長老を、固唾を飲んで見守るシロ。傍らでは横島が退屈そうに欠伸なんぞをしている。長老は横島を軽く睨んでから、朗々とした口調で話し始めた。
「紅蛇は、元は随一と謳われた鍛冶職人じゃった。そして、剣の腕もかなりのものじゃった。太刀打ちできたのは、お主の父親ぐらいじゃったよ」
しばし遠い目をしていた長老だったが、やがてすっと目を閉じると続きを話し出した。その時の情景を思い出すかのように。
「だが・・・奴は心に病んだものを持っていた。自分の力を過信したあやつは、人間界に攻め込むから力を貸せ、と言ってきたのだ」
シロと横島の目が大きく見開かれた。人類の滅亡。それはかつてフェンリルが目論んだ事だが、まさか先駆者がいたとは。
「わしらはこぞって反対したよ。自分達から平和を乱すことはない、とな。武闘派の連中も、陣頭指揮が奴というのが不安だったのじゃろう。結局、賛同者は一人もいなかった」
確かにあんな狂気を宿した男に命を預けろと言われれば、誰だってしり込みするだろう。もっとも、自分らとて金に取り憑かれた美神に命預けているのだから、あまり人のことは言えないが。
「奴はわしらを腰抜けと罵り、自らが鍛えた妖刀を手に独り人間界に攻め込もうとした。本当は放っておいてもよかったのじゃが・・・奴の妖刀が世に出れば、どんなことになるやもわからんのでな。犬塚も健在だった故、里の者総出で奴を排除することにした」
「そして死んだと思われていた紅蛇は、実は生きていた・・・そういうわけでござるな?」
「その通り。崖から落ちたはずなのに、悪運の強い奴じゃ。わしらは奴の住処に行き、残っていた妖刀を全て処分した。それでその話は終いのはずだった。じゃが・・・」
そこまで言ってから、長老は苦しげに目を伏せた。おそらく霞のことを思い出したのだろう。あの時、奴の生死を確かめておけば。長老の顔には慙愧の念が浮かんでいた。
炉の中で、火鉢がぱちぱちと音を立てている。粉雪のように火の粉が軽く舞う中、シロが口を開いた。
「長老、紫苑という刀を知っているでござるか?あの刀には、どんな秘密があるのでござる?」
紫苑の名を聞いたとき、長老の眉がぴくりと動いた。長老がこの反応を示すときは、何かを知っている証拠だ。
「紫苑か・・・あの刀は厄介じゃな。「見えざる刃」を見切るのは並大抵ではない」
「見えざる刃?」
鸚鵡返しに聞き返すシロに、長老は重々しく「うむ」と頷くと再び言葉を紡ぎ始めた。
「そうじゃな、「夢幻」とでも言っておくか。言うなれば神通棍の刀版じゃが、媒介にするのはどうやら奴自身の「狂気」であるらしい。相手を壊したい、ずたずたにしたいという、な。霊気のように簡単に見えるものでもない上、形はおろか質量までも無限に変化する代物じゃ」
長老の説明に、シロはようやく合点が行った。
霞が決定的な隙を生んだのは、夢幻の太さを変えて重量を増したからだ。突然受け止める重みが変われば、衝撃力だって変わってくる。
霞の体に傷が残らなかったというのは、おそらく紅蛇が夢幻を針の先程の太さにして霞を貫いたからだろう。その後は、霞の体に埋まる刃を部分的に太くすれば内部破壊を引き起こし致命傷にいたる。体には、蜂に刺された程度の傷しか残らない。
自分がやられたのも、まず夢幻のほうだろう。自分も霞と同じ様に、目に見えるほうの刃をすんでのところでかわそうとした。
だが、それよりも長く伸ばされた夢幻のほうにやられた、そして型に当てはめるように傷口に可視できる刃を打ち込んだ。
いうなれば、紅蛇は一本の刀に二筋の刃を以て戦っていたのだ。可視できる刃と、不可視の刃。なまじ片方が見える分、始末が悪い。
「でも・・・それで、どうして柊が狙われなければならないんでござるか?」
それでも、シロには合点の合わないことがあった。自分を追い込んだ里の連中ならともかく、柊は紅蛇とは無関係のはずだ。少なくとも、恨みを買うようなことをしでかしたとは思えない。
「それがわからんのじゃ。何故奴が柊を襲ったか、そこのところがよくわからん」
「ま、関係ないさ。アイツをぶっ飛ばして拷問すりゃいいだけだ」
乾いた服を着込みつつ、いささか過激な言を吐いたのは横島だった。シロが殺されかけたことを未だ憤っているのだろう、いつものへっぴり腰な様子が見当たらない。
隣に座るシロの顔が仄かに赤くなっているのは、未だ音を立てる火鉢の熱気だろうか。それとも・・・?
ドオォォォォン・・・
横島がジャケットを着終えた時、突如彼方から凄まじい破壊音と同時に、身も凍るほどの妖気が三人の全身を走りぬけた。
「! 今のは!?」
緊張した面持ちでそちらを見やるシロ。だが、些か遠い場所で異変が起きている様だ。ここからは何も見えなかった。
シロは身を翻すと、予め出されていたスニーカーの踵を踏みながら小屋を駆け出て行った。横島と長老が、慌ててその後を追った。
やがてシロがついた場所。そこは、先刻まで自分が紅蛇と死闘を行った所、柊の小屋の前だった。だが、ただ一つ違うところがあった。それは、その場には紅蛇でなく黒光りする太刀を握り締めた柊が立っていることだった。
「柊?お主、一体何を!?」
シロの声に反応して・・・というより、鼓膜に入った振動に反応して柊がゆっくりと顔を上げる。赤く彩られたその瞳には、既に狂気が映っていた。
凄惨ささえ思わすその様子に、シロは思わず息を飲んだ。だが、柊はそんなシロを見ても何一つ言葉を掛けず、かわりに手に持った太刀を勢いよく振り払った。すると、太刀から青白い真空波が弾丸のように放たれた。
「!!」
咄嗟に横に飛び、それをかわすシロ。ざん、という鋭い音を立てて、背後にあった大木が倒れてくる。掠めた頬に、一筋の鋭利な切り傷が浮かんだ。
「柊!!貴様、何のつもりでござる!!」
激昂してシロが叫ぶ。だが、柊は無言のまま太刀を構えた。問答無用、といわんばかりだ。ここにきて、シロは確信した。こやつ、何かに取り憑かれておる、と。
だとすれば、押し問答などは時間の無駄だ。シロが霊波刀を構えると同時に、柊は赤い目を光らせて突っ込んできた。
「柊・・・!!」
シロがその名を呟いた。悲しげに、寂しげに。
今までの
コメント:
- ムム。戦闘以外の描写にもカッコよさを感じます。
紅蛇はもう反則的な強さですね。妖刀殖やすし。
でも柊くんはそうヒドイことにもならないでしょう。
「シロは横島くんの弟子」→「弟子は師匠に似る」→「シロは横島くんに似る」
うむ。見事な3段論法。「横島くんはブチ切れ中」!!…あわわ。 (斑駒@あさはかなる)
- 狂気を源とした刀と云う設定が、如何にもながら今回の件に相応しいですね。シロにはとにかく、そんな友の狂乱を救ってやって欲しいです。 (Iholi)
- クール・ワイルドな横島。よかやねぇ。(いいねぇ)
普段はとことんアレでも、こういう所があるから彼は魅力的なんですよねぇ。
最も、いくらシロのためとは言え、あまり残酷にはなって欲しくはありませんけど。(まぁ、大丈夫でしょうけど) (黒犬)
- まじめな横島も確かに格好良くていいのだけれども、もう少しおちゃらけてくれたほうが自分としては安心します。
あと、彼の霊力の源は煩悩だということをお忘れなく。
今更言っても遅いけど(笑) (JIANG)
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