ザ・グレート・展開予測ショー

死者の館(La Follia_11)


投稿者名:アシル
投稿日時:(03/ 1/13)



「大阪、か」

 車窓から見える街並みに、横島はふぅっと溜息を漏らした。いつになく沈んで見える。
 瞬く間に後ろに流れていく風景に、始めはわぁっと歓声を上げて眺めていたタマモも、今はいつもの冷静さを取り戻していた。

「横島は来たことがあるって、言ってたわよね?」

 席の前の方にちょこんっと腰かけて、隣の席の横島を見る。
 横島はそのタマモ越しにジッと窓の外を眺めたまま、視線も逸らさずに答えた。

「ああ、昔住んでいたんだ……」

「そ〜なの〜〜? それなら〜、地図がなくても迷う心配は無いわね〜〜」

 一番廊下側に座っていた冥子が嬉しそうに笑う。

「どうかな。だいぶ、変わっちゃったみたいだし……」

 新幹線がゆっくりと速度を落としていく。
 到着を告げるアナウンスが流れて、横島は立ち上がった。

「そろそろ、行こうか……」



 ………



「横島君。冥子と大阪に行って来てくれる?」

 大阪、と聞いて横島は顔を上げた。
 最近久しぶりに学校に行って以来、妙に静かにしている――まるで何か悩んでいるようだった。
 ムード・メーカーの彼がいつもの調子でない為に、事務所の中もいつもより心持ち薄暗い。
 シロやおキヌがしきりにそのことを気にして訴えてくるので、令子がならばと幼少の頃彼が過ごした地からの依頼を受けたのである。

「大阪、ですか?」

「そう。私やおキヌちゃんは他に依頼が入ってるから一緒に行けないけど、冥子がいるから大丈夫でしょ?」

「どちらかというと余計不安要素が増してる気が……」

 横島は割とハッキリ口にした。令子自身も正直そう思う。幸いなことに、冥子は今実家に着替えの服を取りに行っていてこの場にいない。
 帰ってくるなと言いながら、自分のところに泊まると冥子が言い出した途端態度を軟化させた彼女の母に、令子は違和感を覚えつつもそれが何だか分からなかった。
 おそらくまた何か企んでいるのだろう。外見は娘に似て可愛らしいが、その手腕は実に悪辣である。令子自身何度と無く苦い目に遭わされた。
 ただ、令子の母である美智恵もその企みに加わっているらしいのは、薄々感づいていた。
 オカルトGメンの隊長である美知恵が加わっていると言うことは、神界、魔界がらみかもしれない。
 横島の妙に冷めた態度と言い、また何か一波乱有りそうな予感がして令子はニヤリと微笑んだ。――金の匂いがする。

「そうは言うけど、実力だけなら間違いなく冥子はゴースト・スイーパーの中でもトップクラスよ」

「実力だけっていうのが一番の問題なんじゃないですか……」

「うるさいわね! じゃあタマモも連れて行って良いわよ。それで良いでしょ? その代わり失敗したら給料半額よ」

「……」



 ………



 そんなわけで、是も非もないまま強引に支度させられ横島達は大阪にいた。
 令子もおキヌも、シロもいない。横島とタマモと冥子という珍妙なチームを組むのももちろん初めてである。

「くれぐれも街中で式神なんて出さないで下さいね」

「頑張るわ〜〜」

「……」

 再三注意はしたものの、覇気のない(あるのかもしれないが他人には感じられない)冥子に今一信用がおけない。
 なまじ、その身を持って式神の恐ろしさを味わったことがあるだけに、横島の不安も仕方がなかった。

「なんか政治家の言う『善処する』って言葉に通じるものがあるわね」

「俺、今のうちに新しい就職先捜して置いた方がいいかな……」

 ルールーと涙を流しながら、依頼先に向かう横島であった。



 ………



「この建物か……」

「如何にもって、感じね」

 錆び付いた鉄格子。ツタの蔓延る屋根や壁。広大な庭は乱雑に雑草が生えたまま、もう何年も手入れされた気配がない。
 幽霊屋敷と言われたら誰だって信じてしまいそうだ。

「冥子さん、袖掴まれたら動きにくいんすけど……」

「だって〜、恐いじゃな〜い〜〜」

「ゴースト・スイーパーの台詞じゃないわね」

 などとじゃれあいつつも、屋敷の敷地内に踏み入る。
 邪険にして暴走されるのも恐いので、冥子には袖を掴ませたままにした。動きにくいが仕方ない。
 ギィッと傾いだ音をたててドアを開ける。
 屋敷の中は、まだ真昼だというのに深い深い闇が広がっていた。

「明かりが必要ね……」

「分かった」

 攻撃系の道具を使える令子がいない為、横島のバッグはいつもよりずっと軽い。
 暗い中でもなんなく懐中電灯を取り出して、冥子とタマモに渡す。

「何か出てきそうだわ〜〜」

「出てこなかったら、仕事にならないじゃない」

 闇の中に照らし出されたお互いの顔を見て、いくらか安心したのだろう。急に口数が多くなる二人を余所に、横島はバッグを背負いなおして立ち上がった。

「……役割を確認しておこう。俺が前衛、タマモが援護だ。冥子さんは式神で索敵と回復を頼む」

「うん」

「分かったわ〜」

 横島が場を仕切ることには、二人とも異論ないようだった。
 立場的には見習いであっても、彼の実績は一流のゴースト・スイーパーに引けを取らないし、何よりこの面子では他にまとめ役を出来そうな人物に足りない。

(そうだ。ここには美神さんはいないんだ……)

 令子無しでの仕事は、さほど多いとは言わなくともこれまで何度か経験している。彼女が横島に任せたと言うことは、それほど危険ではないのだろう。
 元より式神使いの冥子と、文珠使いの横島である。戦力だけを見るなら生身でも充分、フル装備の令子と渡り合える二人だ。大抵の妖怪、悪霊には負けはしない。
 横島はグッと歯を食いしばった。そう、戦えば負けはしない……戦えば。
 闇の向こうに何かが見えた気がした。

「気を付けろ……」

 後ろの二人に忠告をしてジリッと一歩前に出る。
 左手を右手に添えて、いつでも動けるように両足を軽く沈ませて身構える。
 依頼人の話では悪霊という話だったが、彼は違うと思った。妖怪か、或いはもっと他のものかもしれない。

(いや……、そうじゃない)

 横島は自分の考えに頭を振った。霊ではないと思ったのではない。そう思い込みたかったのだ。
 花子の話を聞いて以来、彼は除霊をするのが恐かった。恐くてたまらなかった。

『やあ! これは珍しい。この屋敷に客が来るのは何年ぶりだろう!』

 ドキリ、と心臓が脈打つのが聞こえた。
 いつの間にかすぐ横手のドアが開いていた。
 貴族風の、初老の男性が安楽椅子に腰かけているのがその隙間から見える。――老人には足がなかった。おまけにちょっと向こうが見通せるぐらい色が薄かった。
 誰が見たって間違いようがないぐらい完璧に、彼は幽霊だった。

『だが、せっかく来ていただいて恐縮だが、ご覧の通りこの家には何もなくてな。残念ながら君たちを持てなすことなどできそうにない』

「いーえ〜、お構いなく〜〜」

『そうか。そう言ってくれると有り難い。狭い家だが、くつろいでくれ賜え』

 ニッコリと微笑む老人に、こちらも微笑み返す冥子。
 先程まで怖がっていたのはなんだったのだろうか。
 予想外の展開に、思わず顔を見合わせる横島とタマモ。
 とりあえず向こうに争う気は無さそうなので、こちらも腕を下ろす。

「どーするの? 無理矢理お祓いしちゃう?」

「馬鹿言え。美神さんじゃあるまいし……」

『おお、そうだ! 君たちにはやはり、明かりがないと辛いだろう。今付けよう』

 どんな仕掛けか、老人がパチリッと指をならした途端、電気の通らなくなって久しい家の明かりが灯る。
 電灯があるわけではなく、まるで家自体が発光しているようだった。

『3人とも見たところ随分と若いようだが、何処から来たのだね?』

「東京です〜〜」

『そうかそうか。それは遙々と……来たまえ。広間に案内しよう』

 上流階級同士話が合うのか、気がつけば老人の訊ねに冥子が答えるという図式がいつの間にか出来上がっていた。
 横島とタマモは、前をゆく二人の後ろを歩いていく。

「横島」

「ん?」

「何悩んでるんだか知らないけど、油断しないでよ。こっちまでとばっちりが来るんだから」

「……分かった」

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