ザ・グレート・展開予測ショー

Ghost(U)――衝動――


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 1/11)

「ゴーストスイーパー、美神令子です」

「……あなたが!」

 意外に……若い。日本最高のゴーストスイーパーだと聞いていたので、三十代の半ば位の女性を想像していたのだが、この姿は、声は、間違いなく二十代前半――多くてもせいぜい半ば位だろう。霊能力というモノに、若さと美貌を保つ効果がなければ……だが。

「ええと……取り敢えずお名前は……?」

「おお、申し遅れましたな」

 わたしの姿を見て、少なからぬ気後れを覚えているだろうその女性を気の毒に思いながらも、わたしは続けた。

「わたしは高橋……こちらは、使用人の赤川です」

「高橋……?……! 高橋昇っ!? あの『高橋コンツェルン』の若社長の!?」

「ええ、そうですが……」

「ああ、こんな散らかってる所で済みません。どうぞ億……じゃなかった奥へ――あ、シロ――ッ! このお客さんの車椅子応接間まで運んであげて――!!」

 ……いきなり態度が変わった。

 その女性は――断言できるが、最早わたしの火傷も、身体の欠損も、彼女にとっては微塵も関係ない事に成り下がっているだろう――きらきらと輝く瞳でこちらを見据え、更に嬉々として言った。

「……で、あのぉ、うちは料金ちょおっと高いんですが……?」

 わたしの顔を正面から見つめ、期待に満ちた瞳が、雄弁に彼女の真意を物語る。
 背後で、赤川が苦笑を懸命に堪えようとしているのが感じられる――わたしは、溜息と共に言葉を口蓋から押し出した。

「……残った全財産――わたしの個人資産だけになりますが――成功した暁にはあなたに差し上げます」

「え…………………………………………?」

 固まる、彼女。
 その間に、奥からやってきた、これまた長い白髪の少女が、こちらの車椅子を引きずって――ついでにわたしに無遠慮な、しかし嫌悪は含んでいない視線を投げながら――わたしを奥へと連れて行く。赤川が困った顔をしながら、わたしに着いて来るべきか、美神GSを待つべきか逡巡している――わたしは首を振って、彼女を待つように指示した。


   ★   ☆   ★   ☆   ★


 通された応接間は、流石に悪くはなかった。

 少し前までのわたしの屋敷の応接間には見劣りするものの、どの家具も、彼女のゴーストスイーパーとしての稼ぎが尋常なものではない事を、如実にわたしに教えてくれる。瀟洒な家具は、それだけで一財産にはなるだろう。

「ええと……失礼しました……」

 あれから五分ほどして、意識を回復したらしい美神GSが部屋へと入ってきた。それまでわたしに飽きることなく質問を繰り返していた白髪の少女を追っ払い――ビジネスを始めるという事か、何処か優越感を含んだ瞳で切り出してくる。

「一応、確認しますわ」

「ええ、どうぞ」

 霊の事を訊いて来るのかと思いきや、彼女は全く違う事を訊いて来た。

「あなた……個人資産は幾らくらい持っているんですの?」

「は……?」

「だから個人資産。仕事を請けるかどうかは、その額によって決めますが……」

「ええと…………」

 わたしは考え込んだ。そもそも、個人資産の額などいちいち覚えてはいない。更に、あれの所為でその個人資産も大分減っているだろうし……

「恐らく……大体五〜六百億位では……」

「請けますッ!! さぁ何でも言って!? 何がして欲しいんですかっ!? あ、タマモ! お客様にケーキを御出ししてっ!!」

「あの……」

 ……人選を誤ったかも知れない……
 絶望的なその一言は胸中にしまいこみ、わたしは彼女を見つめ、再び切り出した――
 あの、霊の事を――――


   ★   ☆   ★   ☆   ★


「除霊して頂きたいのは、三ヶ月程前、わたしの屋敷を壊滅させ、わたしの妻子を含む十数人を殺した霊です……」

「? 心当たりは?」

「……わたしは、事業を大きくする為に、多数のライバルを蹴落としてきました……それを思えば、心当たりは多すぎて、見当がつきません」

 実際、これまでにも命を狙われた事は何度かあったし、その為に数回死にかけたりもした。が、流石にあれ程大規模に命を狙われたのは初めてだし、その為に全てを失ったというのならば、それはかつてない事という事になるのだろう。美神GSが口を開く――

「呪い……もしくは、あなたに恨みを抱いて死んだ霊……ですね。それも、屋敷を潰すほど強力な…………」

「やはり……そうですか」

 背後で待機させている赤川が息を呑むのを気配で感じる。考えてみればこの部屋は室温が異様に高く、座っているだけで汗が滴り落ちるほどであった。――基本的に、全身の汗線が殆ど焼け潰れてしまっているわたしは汗をかけないので、室温の上昇はそのまま熱中症に繋がってしまう――だが。その様な事はどうでも良いほど、彼女の言葉はわたしに衝撃を与えた……
 驚愕ではない。衝撃。予想していない事ではなかった。ただ、わたしが考えたくなかっただけだ。霊ならば、まだ納得する事も出来る。あれらは人に害なす為に生じた自然現象……いわば、災害のようなものなのだから。……しかし人は違う。やった事に対する罪の意識もあれば、後悔もある。それらに耐えてまで、わたしを滅ぼしたいと思っていた人物……その様な人間が、この世に居るという事は――

「ま、いいですわ。お引き受けします。報酬ヨロシクお願いしますね♪」

 沈んだわたしを元気付けようというのか、妙に明るく承諾の意を述べる彼女。後ろで、先程の黒髪の少女が驚いたような顔をしていた。何か――まさか請けるとは思っていなかったというような表情を――

「ちょ、ちょっと美神さん……この霊、話を聞いた限りじゃかなり強力そうですよ……」

「何言ってんのおキヌちゃん。だからこそ金になるんじゃない」

 こちらが目の前に居るにもかかわらず、平然と金銭の話を始める彼女。改めて見てみると、かなり不自然な状況ではある。わたしにとっては関係のない事だが。
 と、『おキヌちゃん』と呼ばれていた黒髪の少女が叫んだ。

「美神さんっ!……横島さんは……横島さんは今は居ないんですよっ!?」

 間髪入れずに美神GSが叫び返す。

「ちょっとおキヌちゃん! それじゃまるで今まで私達が横島クンに頼ってたみたいじゃないの! あんな丁稚、居ても居なくてもおんなじよ!!」

「でも!」

「――! ああもう、依頼人さんの前じゃないの! 済みませんね……ちょっとドタバタしちゃって……依頼はお引き受けしますわ。日時場所その他は後程……」

「美神さん!」

 まだ食い下がる少女を残し、美神GSは立ち上がった。それにつられ――というのも何だが、事実ではある――わたしも赤川に、車椅子を移動させるよう、眼で促した。
 廊下を美神GSと共に進みながら、わたしは、今一覇気のない様子で隣を歩いている彼女に訊いて見た。

「美神さん……『横島』さんとは……?」

 その言葉に、面白いほど素直にビクリと反応する美神GS。後ろを見やると、赤川も興味津々といった体で、密かに耳を傾けている。

「ただの丁稚です。今ちょっと出ていまして」

 反応の割には、美神GSの返答はにべないモノだった。わたしは嘆息し、赤川に眼をやった。赤川は苦笑し、わたしを玄関から下ろすべく、車椅子を持ち上げようとしている。


 玄関から出たとき、美神GSは、一言だけわたし達に言い残した。即ち――

「報酬……ヨロシクお願いしますね♪」

 思うにそれが、彼女が悪評を買う最大の理由になっているとは思ったのだが、敢えて口に出しはせず……わたしは、赤川と共に屋敷から去った。


   ★   ☆   ★   ☆   ★


「ここ……ですか」

「ええ」

 深夜。

 いわゆる丑三つ時と呼ばれる時間帯に、わたしたちは廃墟の前に居た。……廃墟とは言っても、四ヶ月前までは、わたしの邸宅であった……瓦礫の山。あれ以来霊の目撃情報はなかったが、あれが居るとしたらここしかないだろう。

 美神GSは三人の助手を連れて来ていた。
 一人は先日も見た――そして彼女に反発した――黒髪の少女。確か、おキヌとか言ったか。残る二人は、彼女より若い――と言うより、幼い。中学生位か? ともあれ、とてもではないが除霊など出来るようには見えない。おキヌという少女も含めて。

「不安がおありのようですね?」

「! いえ、そんな事は――」

 こちらの心中に割り込む絶妙のタイミングで掛けられた一言に、わたしの不安は綺麗に拭い去られた。少なくとも、美神GSの実力は本物だ――そう思わせてくれる何かが、彼女にはあった。闇の中で、ルージュの紅だけがはっきりと見えた気がする――

「これ以上は危険です。下がってください」

 おキヌが言って来る――無論こちらにだろう。除霊現場に車椅子の半死人が残っていて良い訳がない。それは分かっていた事でもあった。……が。

「いえ、わたしはここで見届けさせてもらいますよ……」

「――?」

 はっきりとではないが、それでも控えめな抗議の視線を投げて来る少女。わたしはその少女に向け、吐露した。感情を――

「わたしはあの霊に全てを壊されたのです…… せめて……せめてあの霊の最期はこの眼で見届けたいんですよ……」

「分かりました」

「! 美神さんッ!?」

 不意に横から割り込んできた美神GSが、少女の言葉を(勝手に)受け継いだ。わたしにとっては願ったりの事ではあるが、少女は不服そうだ。美神GSに食って掛かった。

「危険すぎます! これから行うのは『除霊作業』なんですよ!?」

「依頼人の希望通りにするのがビジネスってモンよ。おキヌちゃん。――そして、依頼人に危険が及ばないようにするのもね……」

「…………じゃあ、せめてタマモちゃんをガードに付けてあげてください……」

「その辺は分かってるわ。……じゃあ、始めるわよっ!」

 声と共に、既に先程から忙しく辺りを動き回っていた残りの少女たち――おキヌに訊いた所によると、『シロ』、『タマモ』というらしい――が配置しておいたらしい精霊石が輝きを発した。暗き夜空を白く染め変える純白の光は、その場に集った人間の顔を、皆平等に照らし出して行く――美神GSの美しい顔も、わたしの醜い顔も。
 そして、美神GSが高らかに呪を吟じ始める――

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