ザ・グレート・展開予測ショー

勇気の剣(4)


投稿者名:tea
投稿日時:(02/ 2/20)


その日は、雨が降っていた。
夜の帳が下りた人狼の里。その山奥で、柊は突然の驟雨に舌打ちしつつ駆け足で下山していた。右手には、山菜の沢山詰まった籠を持っている。久々の大漁というのに、やはり神はどこかで運不運の帳尻を合わせているのだろうか。
もう少しで里が視界に入る、というところでのことだった。柊は突如背中に凍えるほどの殺気を感じ、反射的に後ろを振り返った。
そこには、闇に溶け込むように一人の侍が立っていた。暗がりで人相はよくわからないが、その殺気は肌で感じ取れるほどのものだった。
侍は見つけたぞ、といわんばかりににたりと笑い、双眸を爛々と輝かせつつ携えていた刀を抜いた。
銀色に鈍く光るその刀を、まるで血が滴るかのように雨が流れていく。柊は、今更ながらに生命の危機を感じ取った。
だが、その侍の射抜くような視線を受けた途端、金縛りにあったかのように全身が竦んだ。蛇に睨まれた蛙の如く、柊は自分に向けて刀が振り下ろされる瞬間まで、瞬きもできずにその場に立ちすくんでいた。
軽い風切り音が鼓膜に届いた時、柊は手に持っていた籠をどさりと落とした。
ガギィン!!
凶刃が柊の魂を真っ二つにしようとした瞬間、何者かの太刀がそれを防いだ。刃の交差する凄まじい音が響き渡る。
「柊!!大丈夫!?」
「か・・・霞!?」
霞は声だけを柊の方に向けつつ、侍をきっと睨んだ。侍は一瞬驚いたようだったが、邪魔が入ったと分かりさも愉快しそうに顔を歪めた。
挑発するようなその表情に霞は力任せに侍の刀をなぎ払うと、返す刀で突きを放った。侍は一足飛びでそれをかわすと、一旦距離を置き刀を構え直した。
「霞、どうしてここに?」
「あなたの帰りが遅いから、迎えに来たんだけど・・・」
霞はそこまで言って侍の方を見た。
「状況は最悪みたいね。柊、あなたは先に逃げて。ここは私がなんとかする」
霞の言葉に柊は顔をしかめた。
逃げる?冗談じゃない。霞を戦わせておいて自分だけ尻尾を巻いて逃げるくらいなら、山菜籠を武器に玉砕した方がマシだ。
男の意地と人狼の血に基づき柊がそう言おうとした時、霞がそれを遮るように険しい表情を柊に向けた。
「あなたが言いたいことは分かるわ。けどね、あなたが死んだら私が悲しいの。だからここは退いて。お願い」
そう言って霞は、今度は優しい笑顔を柊に向けた。侍と対照的なその邪気の無い笑みに、柊は言葉を詰まらせた。
霞は視線を侍の方に向けた。侍は、何をするでもなく刀を下ろし退屈そうに首を鳴らしたりしている。その心遣いが、黄泉に向かう者への餞のように見えて霞は気に入らなかった。
霞はすっと刀を構えると、一直線に侍へと突進した。
動物も活動を停止する夜雨の山。本来静寂に彩られる筈のそこに、剣戟の弾き出す激しい交響曲が轟いた。
柊は、地に根が生えたようにその場を動かなかった。未だに体が竦んだままというわけではない。ただ、逃げるわけにはいかないと思った。
今の自分にできることはない。だが、このまま霞を、愛しい人を見捨てていくわけにはいかない。己がジレンマに煩悶としつつ、柊は無力な自分を歯がゆく思い拳を握り締めた。
横薙ぎに放った霞の一撃が空を切る。その隙を突いて侍は軽く跳躍し、刀を振り下ろし袈裟切りを撃った。
だが、そのくらいは霞も予想済みだ。刃の横腹で受け止める恰好をし、衝撃に備えて防御の姿勢をとる。
ギャギィ!!
袈裟切りの衝撃が、刃越しに伝わってくる。だが、どうしたことか防御したはずの霞は地に足がめり込む程の衝撃を受け、大きくバランスを失った。
「!?」
威力の重みが先刻と全く違う。手を抜いていたのだろうか。いや、奴の様子だとそうは思えない。では、なぜ・・・?
ビュッ!!
考える間もなく、脇腹に第二撃の突きが来た。バランスを失ったのと刹那の自失が痛かったが、咄嗟に後ろに跳んで回避する。刀のリーチとタイミングからして、辛うじてかわせるはずだ。喰らっても、せいぜい皮一枚だろう。
だが−−−
ドン・・・
鈍い衝撃音がした、と思った瞬間、霞の身体は背中から刃が突き出ていた。霞が驚愕の表情を浮かべる。なぜ?自分は今の一撃はよけられた筈・・・
だが、次の瞬間口から激しい鮮血が迸り、霞の思考はそこで停止した。糸の切れたマリオネットのように、霞は力なく大地に倒れ臥した。
「霞ー!!!」
霞が貫かれた瞬間、柊は地を蹴っていた。丸腰であることも、奴の獲物が自分であることも、最早塵にも及ばぬ些細なことだった。霞が倒れた、その光景だけが網膜に焼きつき、同時に精神の全てを占めていた。
「霞、しっかりしろ!!霞、霞ぃ!!」
叫ぶようにその名を連呼しながら、柊は霞を抱き起こした。
侍は、何故か姿を消していた。彼自身が単なるナイトメアだったのかもしれない。だが、霞が今死の淵に立っている事は紛れも無い、冷たい現実だった。
霞は、薄っすらと瞳を開けた。その両目からは光が失われ、焦点はあっていなかったが、霞は傍らに心地よい温もりを感じていた。
霞は、温かく自分を抱いてくれる存在、彼女の知る中では唯一の存在である、柊の方にゆっくりと顔を向けた。そして、穏やかな笑顔を柊に見せた。
あなただけでも、生きて・・・
その顔はそう語っていた。そして、それが霞が柊に見せた最後の笑顔だった。
霞の腕から、かしゃんという乾いた音を立てて刀が滑り落ちた。瞼が双眸を覆い隠し、閉じられた瞳は二度と開くことはなかった。
「霞?・・・・・・霞ー!!」
少年の声は、もう少女には永遠に届かなかった。全身を濡らす雨も、全く感じなかった。無力感、絶望感、喪失感、全てが柊の全身を蝕んでいた。
暗く、深い山奥の底に、少年の慟哭が木霊した。

今までの コメント:
[ 前の展開予想へ ] [ 次の展開予想へ ] [ 戻る ]

管理運営:GTY有志
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa