GEKKOH〜紅の巻・シーン4「グロゥインアップ」
投稿者名:ダテ・ザ・キラー
投稿日時:(02/ 5/ 6)
その影は小振りなガラス細工を小脇に抱えていたのだが、重要なのはシロが後方から
追跡している事だろう。人狼と同等以上の身体能力を有している事になるのだ。
そのいずれも、タマモには確認する暇もなかった。影と完全に密着していた。
「ッダァ!」
影が叫んで、身体に凄まじい圧力が加わる。急ブレーキで慣性に逆らったからだ。
「えーと…あれ?」
タマモはゆっくり現状の確認をはじめた。危機感は働かなかったからだ。
彼女の情報整理よりもはるか先に、事件が決着していたのがその原因なのだが。
まず、影――金髪の妖怪は腹部を浅く切り裂かれていた。刀による刺突の痕である。
この彼に、どういうわけか自分はしがみついており、背中には鈍痛がある。
さらに彼は冷汗でびっしょりになりながら自分の連れの人狼を凝視していた。
彼女は、こちらは落ち着いたものというよりも初めから眼中にもないという
ジェスチャーにも見える。左手で抜き身の刀を支えつつあさっての方を見ていた。
…………結論としては、まるっきりさっぱり頭から尻尾までこれっぽっちも理解出来ない。
「行け」
長い沈黙を破ったのは、寡黙では決してないがおしゃべりというわけでもない人狼だった。
「……ハ?」
金髪が聞き返す。が。彼女はそれっきり喋るつもりはないようだった。
やがて、金髪はタマモを押し退けて熱風を撒き散らしつつ跳躍した。
その姿は太陽と重なると次の瞬間には掻き消える。
「………なんだったの、今の?」
「ヤツの進行方向に我々がいたので、無視するわけにもいかん。
お前の背中を足で押してヤツにぶつけた。なかなか判断力のあるヤツで
正面から押し返そうとしたようなので、一太刀入れた。
実力差が見抜けぬマヌケではなかったようだ。だからこうして、穏便に解決した」
ケーキの作り方の講釈のように、簡単そうに解説する。
「……ちょっと待ってね、最初に突っ込むべきところ探してるから………」
左手で人狼を制し、右手で眉間の皺を撫ぜまわしながら適当に視線を彷徨わせる。
「あたしを足で押してぶつけた?正体不明の相手に、モノみたく?」
「私にとって、私の安全が最優先される。次に優先されるのは私が疲労しないという点。
ああして相手の挙動を封じるなら、人並みに四肢が動く生物をぶつけるのが最も効果的だ。
一見知り合いに見える者をぶつけることで、心理的にも相手の虚を突ける。
それにまんざら正体不明ではない。あれはガルム。非合法な『なんでも屋』だ」
海で溺れた相手を救助しようとして溺れるという話はよく聞く。
パニックになった人型生物に取り付かれると自由には動けないのだ。
それは奇しくも先程、金髪のほうも使用した手段だった。
「なんでも屋?」
「人狼が一族総出で侍集を組織するのと同様、ガルム族はそれ自体が地下組織だ。
スパイ専門と口では言ってるが暗殺技能は必ず修得している」
「……詳しいのね」
地下組織の噂を耳にするぐらいは、まだわかるが、口調がやたら断定的な上に
暗殺技能の修得とまできた。そこら辺は組織の内情という、部外者が知りようがない領分だ。
「実動人員兼インストラクターのバイトをやった。人狼の里に流れ着く以前の話だ」
「あーそぉ……んで、あたしがしがみついてた相手の腹に一太刀?あたしを斬らずに?」
もう彼女の過去に触れても疲れるだけだと悟って、タマモは次の話題に切り替える。
「いや、お前ごと斬った。左脇腹にあまり触るなよ。出血したいというなら止めんが」
「え?」
言われて左脇腹の、周辺をまさぐって、衣類に切れ目が入ってるのを確かめる。
「あまり青い顔をする事はない。斬ってから今まで無事だったということは、致命的な
急所や神経を避けて刀が貫通した証拠だ。傷跡も、塞がれば全く残らないだろう。
それどころか、今この場で脱いだところで、誰にも見つけられぬこと請け合いだ。
醜い傷を残すのは、つたないスキルしか持たない者のすることだからな」
「あぁ、そうなんだ。なるほどね」
タマモはあっさり納得した。
剣術はよく知らないが、シロがよく観てる時代劇では確かに斬られた人間にも刀にも
血がついていなかった。常々抱いていた疑問が払拭された事になる。
知り合いで剣士といえばシロと西条だが、彼らの斬ったものがそれとわかってしまうのは
前者は若造だし後者は基本的に頭脳派なのでレベルが低過ぎるということで納得できる。
「ちょっと待つでござるッ!誰だお前は!?」
納得できない者もいたようだ。しかも紅い髪の女が危惧した通り、彼女の事を失念していた。
「月並みな台詞で申し訳ないが、無礼な奴に名乗るいわれはない」
「あのねぇ!こっちはあんたらを引き合わすのに一日駆け回ったんだからね!
シロも本気で記憶にないの?こんなに濃いキャラしてんのに」
タマモはシロに向き直って詰め寄る。シロはシロで、怒りながらも当惑が先に立つらしい。
「えっと…?里の外で人狼に会うこともないし、里にはそもそも女がいないはずで...」
気まずげに言う。
「昔の話よ、昔の話!今はフラフラ放浪してんのよこいつは」
親指で背後の人狼を指してなおも詰め寄るタマモ。
「そんな昔は拙者が生まれてないでござる」
完全に相方の気迫に飲まれていた。
「生まれてないって、この女は妊娠するまでいたって言ってるのよ?
アンタといくつも違う女にゃ見えないでしょうが!?」
実はタマモの気迫――いや、鬼迫は紅髪の女にやり込められた八つ当たりの産物だった。
「本当にそいつがシロなら、だが……親と子ほど違うぞ、私とそいつは」
横から紅髪の女が言う。
「え?」
タマモが硬直する頃には、精霊石の鎖を締め上げられていたシロは瞳孔が全開していた。
その時ちょうど、ずぶ濡れで小者相手に駆けずりまわされた横島改めぼろ雑巾が到着した。
「うむ。そういう事情なら辻褄も合うし、作り話でそこまで言えるほど博識には見えん」
「はははは……」
乾いた笑いが横島の口中で反芻される。近くのコーヒーショップに陣取っていた。
いつもなら怒り出すところだが、タマモに言い含められた事がある。
『強いわよ…少なくとも、あたしに理解させない程度には……』
彼女がそういう言い方をするのを、横島ははじめて聞いた。
「で、父親が死んでしばらく間を置いてから件の除霊事務所に居候…保護者は?」
タマモは横島を目で指していた。自分が彼女を相手する気は更々ない。
シロには席を外してもらった。
最初には取り次げといった女の要望が、どうにも腑に落ちない。
「えぇ…と美神さんが正式には引き取り人かと……世話とかはおキヌちゃんなんだろう
けど……一番身近にいるのはやっぱタマモ...」
「横島は先生って呼ばれて一番慕われてるのよ」
自分に矛先が向いてはかなわんと、ぶっきらぼうに言い捨てる。
そのやりとりを聞いていた彼女は腕を組み、俯いて肩を震わせていた。
一瞬、笑っている姿を想像してぞっとするタマモ。それほどまでに不自然なのだった。
「それで?アイツの事をどう思う?オフレコで聞いてやる」
「バカ、ね」
「将来が楽しみ、かな」
「無遠慮だな、お前ら」
オフレコで、といいつつ遠慮しろという。どうしろというのだ、この女は。
つづく
今までの
コメント:
- 書きながらふと思い出してみて、シロってついこの間まで幼児だったんだよねという話。
そら年はなれてるさ。物心つく頃に彼女すでに里いないさ。
裏設定として、シロの前髪に紅差した美容師が彼女という話があります。
それはそれでそれだけの話でスw (ダテ・ザ・キラー)
- あ、あああ!? ガルムが登場している!? しかも前回の話とは打って変わってあっさりとやられましたね。それだけあの人狼が強いということでしょうか。これからこの人狼と横島クンたちの間でどのような会話が取り交わされるのか楽しみです♪ (kitchensink)
- ガルムって、確かシロの父親を・・・続きに行きます。 (AS)
- 炸裂ッッッ!!!!! タマモの勘違い!!!
時代劇の考証、お見事です。お腹がよじれるほど笑いました。嬉しい不意打ちです。
しかし、一つだけ間違っていないのは、謎の人狼がTVの登場人物以上の達人だと言うことですね(爆)
ガルムも何だか分かりませんが、それ以上にシロも知らないという人狼。いったい何者なのでしょうか。 (斑駒)
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