ザ・グレート・展開予測ショー

叢時雨


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/10/12)

どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

いつからか、何かを見失っていた・・・?





人気のない街角。
買い物袋を片手にぶら下げ、家路を急ぐ。





どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

知識と教養は元より十分身についている。


どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

演算処理装置は昔のまま、目前の事実と現象のみを認識しているはず・・・。


どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

心が落ち着かないのは・・・、なぜ・・・?






鼻先に冷たいものを感じ、ふと空を見上げてみる。
空は灰色がかり、唐突に無数の雨粒が降りかかって来る。
一分も待たずにその粒は大きくなり、一滴一滴に重みを感じさせるようになる。

予測できなかった天候の変化・・・。
「雨・・・」

体中のセンサーが正確な測定値を伝えて来る・・・。
「雨量・23.6mm/h。水温・9.8℃。成分・H2O・CO2・SO2・・・」

しかし、やはり何かが足りない気がする。
何か重大なことを忘れているような・・・。

「・・・」
思考とは別にして、さっさと歩は進める。


おそらく、ただの通り雨・・・。
すぐに止むはず・・・。
しかし、容赦ない強い雨が、淡紅色の短髪をじっとりと濡らす。
それを首筋に感じ、少しうつむく・・・。

「・・・。冷たい・・・」
一瞬ためらった後、その言葉を吐き出す・・・。



どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?



その時、突然・・・。
「マリア。迎えに来てやったぞ」

誰かが後ろから傘を差し出して来た。

振り返ると、そこに居たのは「自分に全てを与えてくれた人」だった・・・。

「ドクター・・・カオス・・・」
「ん? なんじゃ・・・?」
満面の笑顔で返答するドクター・・・。

「傘・・・ひとつだけ・・・」
一瞬の沈黙。

「あ゛ぁああ〜〜〜!!!しまった〜〜〜!!?『出迎えにはもう一本カサを持って来なければイカン』ということを忘れておった〜〜〜!!?」
そう叫びながら、ドクターは傘を取り落として両手で頭を抱える。

「・・・・」
前に向き直り、再び歩を進める。

「おいおい、ちょっと待たんか!」
後ろから走ってドクターが追いついて来る。
「こんな雨の中、傘もささないで歩いたら、ボディが痛んでしまうぞ」
そう言うと、ドクターはマリアの手にむりやり傘を持たせ、雨の中マリアの左手に並んだ。




「・・・・・」
「・・・・・」
二人とも無言のまま歩き続ける。




ドクターの意志なのだけれど・・・。

傘を高く上げて道の左端に少し寄ってみる。

ドクターも傘に入らないように、左へ・・・。

今度は右に寄ってみる。

ドクターは同じ間隔を保ちながら、右へと・・・。

「ドクター・・・」



「・・・・・」
「・・・・・」
二人とも無言のまま歩き続ける。



ドクターが手をごそごそ動かしてるのが気になった。
全身を覆っている黒いマントが、動く度にハタハタと音を立てている。
手はマントに隠されていて、確認できない。
でも、視覚以外なら・・・。

スッと、ドクターの前に回り込む。

「おっと!!」
ドクターは驚いて足を止める。

ドクターの全身はずぶ濡れだった・・・。
マリアに雨がかからないようにするために、自分は全く傘に入ろうともせず。

ドクターの身体はマントで隠されているが、冷え切っている。
おそらく、雨水は厚手のマントをものともせずに浸透していっているのだろう。
冷え切った身体を暖めようとしたのか、マントの下で両手をすり合わせていたのだ。
普通の人間には無い感覚器官、サーモグラフィーがその様子を如実に感じ取る。

「ドクター・カオス。体温が・異常低下中です・・・」
傘を高く掲げて、それをドクターに差し出す。

「い、いや、しかし・・・」
ドクターは、自分が凍えているのに気付かれたことに戸惑っているのか・・・。
それとも傘を差し出されたことに戸惑っているのか・・・。
あるいはその両方なのか・・・。
さだかではないが、複雑な表情でそれを手に取り、少し押し返してくる。

「おまえが使ってくれ・・・、髪も・・・濡れるしな・・・」



「髪・・・」
マリアのモデルとなった女性の遺髪だという・・・。



「頭髪は・・・、マリアのボディよりも・重要・ですか・・・?」



「むぅ・・・」
ドクターのその少し寂しげな声・・・。
そして、少し目線下ろすしぐさに・・・。




身体のどこかがズキッと軋んだ・・・。





マリアが何か言おうとした時・・・。



「わっはっはっは!!何を言う!髪もボディの一部じゃろうが!!・・・大丈夫!わしは不死身だ!心配は要らん!!」
そうドクターは明るく笑うと、マリアの頭を優しく撫でた・・・。



どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

何か・・・、たったいま必要なはずの何かは・・・?



そっとドクターの左腕を取り、自分の右腕を絡ませる。

「な、なんじゃ?どうした?」
戸惑ったような表情でドクターが聞く。

「接近すれば・二人とも・・・雨に・濡れません」
そう言って、ドクターにピタリと身を寄せ、再び歩き出す。





どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

いつからか、何かを見失っていた・・・?





「お・・・、珍しいな、これは・・・」
突然のドクターの言葉に、顔を上げる。

空にはいつのまにか灰色の雲が消え失せ、やや傾きかけた太陽と青空が広がっていた。
しかし、まだ雨は降り続けている・・・。
さっきと比べれば、だいぶ勢いは弱まり、傘も必要ないくらいではあるが。

「天気雨か・・・、何年ぶりかのう?久しく見ていなかったような、つい最近も見たような・・・」
「天気雨・・・」

「ああ」
ドクターは傘を閉じ、その光景を見上げた。

マリアもつられて空を見上げる。
「天気雨・・・上空は・晴天でも・風に流された・雨滴が降り注ぐ・現象・・・」  (これって・・・)

「ああ。しかし頭では現象として理解していても、実際に目の当たりにしてみると、なかなかに面白いものじゃな」

「面白い・・・?」  (足りなかったもの・・・)

「うむ・・・おっ、そうじゃ。おまえはコレを知っておったかな?」

「・・・?」
ドクターを見上げる。

「日本での天気雨の別の呼び方じゃ」
「・・・。データに・ありません」
それを聞くと、ドクターはにやりともったいぶった笑顔を見せて、歩く速度を上げた。

「?? 複合語・ですか? それとも・分類の仕方に・問題が?」
小走りでドクターに追いつき、問う。

「くっくっく。コレを検索など、出来ぬと思うぞ」
更にドクターがもったいぶる。
「????」

ドクターはぴたりと足を止め、不遜で鷹揚な笑顔を向けてくる。

そして、ゆっくりとした口調で答えた・・・。





「き・つ・ね・の・嫁・入・り・・・じゃよ」





自分の思考が演算装置の内で迷走するのが分かった。

ドクターを追っていた歩も自然と止まる・・・。


ドクターはそれを見て、さも満足げに微笑んでいる・・・。


ばしゅうぅぅう!!!!!

「おおっ!!!??」

過度の論理演算で加熱した装置を、急冷するために水蒸気が噴出したのだ・・・。

「だ、大丈夫か? マリア!?」
蒸気に巻かれたドクターは、それを手で払いのけようとする。
その霧をひらりとすり抜け、数メートル先で振り返ると、ドクターに向かってコクリとうなずいてみせる。

マリアの無事を確認して、ドクターの顔がほころぶ・・・。

「論理的な・理解は・不可能・でした」
ドクターに思索結果を報告する。

「それは、そうじゃろうなぁ。わしとてコレばっかりは昔の日本人に聞いてみんことには理解できん。いや、ひょっとすると聞いても分からんかもな」
ドクターも笑顔で答える。

「ドクター・カオスも・分からない・・・」

「わしもずいぶん長く生きてきたが、それでも分からない事なぞ、いくらでもあるわい。だからこそ世界は面白く、生き永らえる価値があると言うものじゃ」
ドクターが不敵な笑顔で相槌を打つ。

「面白い・・・。分からない・から・面白い・・・!!」



不可思議な雨は、不可思議な彼女に降りかかり、いつのまにかどこかへ行ってしまった。
奇麗な七色の虹を、眩しい太陽の足元に残して・・・。



「しかし最も理解し難く、それゆえに最も面白いのは、人の・・・特に自分の心というヤツではないか・・・?」

ウインクをしたドクターの問いかけに、コクリと大きくうなずき、天を仰ぐ。



大事な淡紅色の髪をふわりとなびかせ、虹のかかる太陽に向かって・・・。





その様子を眩しそうに見つめ、カオスはにこりと微笑む。
そして、おどけた素振りで、地面に立てた傘の柄に頬杖を突いた。






どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

いつからか、何かを見失っていた。


どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

知識と教養なんて、まだまだ身についていなかった。


どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

演算処理装置は昔のまま、目前の事実と現象のみを認識している。


どうして欠乏感にかられるのだろう・・・?

見落としていたのは、自分の心だけだった・・・



 完

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