見えざる縁(8)
投稿者名:tea
投稿日時:(02/11/ 1)
人狼の里を後にした横島とおキヌは、その足で美神除霊事務所へと向かっていた。長老に聞いた真実を、美神達に伝えるためである。
だが、普段と変わらぬ歩調で歩く横島に対し、おキヌの足取りは重かった。長老の話した昔話。それは結ばれぬ恋に身を焦がした二人と、それを「悲恋」と呼ばしめる残酷な顛末だった。それが心に楔を打ち込んだかのように、おキヌの心身は暗澹たる有様だった。
もし、香南の正体が破壊と殺戮を愉悦とするだけの下賎な悪霊であったなら、彼女とて躊躇いなく香南を屠ることを選んだだろう。感情論などではなく、それはGSとしての率直な考えである。
だが、香南が悪霊となった理由。それは一条の仇を討つためであり、換言すれば香南は愛のために自らを犠牲にしたのだ。
おキヌは思う。もし、自分が彼女の立場だったらと。愛する者を無残に殺され、殺害した張本人は既にこの世にいなかったとしたら。
断罪は済んだと考えるのか。それとも−−−あの世に逃げたと考えるのか。
おキヌは、ともすれば後者の考えに陥ってしまう自分に身震いした。それは、突き詰めれば香南の肯定に繋がる考えだからである。香南が一条に捧げるレクイエム。それが横島の断末魔の咆哮であることは、冷然とした事実だというのに。
おキヌは無意識に足を動かしながら思索に没頭していたが、不意に横島に腕を掴まれたことにより我に返った。はっとして顔を上げると、歩行者用信号機が血のような赤色で点灯し続けていた。
「おキヌちゃん、どうしたんだ?ボーっとしてたら危ないよ」
心配げな表情で横島がおキヌの方を見遣る。真正面から見据えられたおキヌは、思わず頬を染めて俯いてしまった。純朴なおキヌらしい、まことに素直な反応である。
だが、横島のような朴念仁にそういった乙女心を察しろという方が無理な話だ。青信号になった途端、ぱっと手を離し悠々と横断歩道を渡っていく。
あまりに泰然としたその様子に、おキヌは少々むっとしながら横島の背中に声を掛けた。
「何も、思わないんですか?横島さん」
横島が歩道を渡りつつ、おキヌの方に首を向ける。おキヌも又歩道を歩きながら言葉を続けた。
「香南・・・さんは、一条さんを・・・本当に愛する者を殺され、そのせいで修羅へと身を堕としたんです。般若の面の下には、ただ幸福を願う一人の女性がいただけなんですよ?なのに・・・」
「やけに香南の肩を持つね。ひょっとしておキヌちゃん、俺に死んで欲しいの?」
意地悪な口調で横島が話の腰を折る。その飄々とした態度が、おキヌにはどうしても理解できなかった。
「違います!そうじゃなくて、香南さんと闘うことに、その、躊躇いとかが・・・」
「あるわけないだろ、そんなの」
突き放すような蓮っ葉な言い草に、おキヌが再び言葉を投げ掛けようとする。が、その言葉は喉元で飲み込まれた。横島の表情には、一切の茶化しも悪ふざけも浮かんでいなかったからだ。同姓を押し黙らせ、異性を釘付けにする彼特有の真剣味が、オーラのように全身を覆っていた。
「一条だろーが松島だろーが、そんなのは全部過去の話だろ?だけど、シロがヤバイのは今現在の話だ。だったら、躊躇なんかしてられないさ」
歩道を渡り終え、さも当然といった風に横島が答える。飾り気のない的確な返答に、おキヌは自分の考えが如何に甘いものであったかを痛感した。
香南がシロに寄生している以上、香南に傾倒するのはシロの消滅危機とイコールなのである。敵に同情した挙句仲間を失うなど、愚の骨頂以外の何者でもない。横島は、誰よりもそのことを知っているのだ。
「それに・・・もう、過去に振り回されるのは御免だからな」
悲しみは胸に収め、未来(まえ)だけを見据え歩いていく。それは、守ろうとして守れなかった、麗しき蛍の化身との最後の約束だった。
(横島さん・・・)
横島が何を−−−否、誰を思っているのか、おキヌにはすぐに理解できた。おキヌの胸の中に、何かほろ苦いものが広がっていく。だが、おキヌはそれを表には出さず、母性に満ちた笑みで横島の手を優しく握った。
「大丈夫。シロちゃんは、必ず帰って来ます。だって、横島さんの一番弟子なんですよ?」
おキヌの言葉に、横島が力強く頷き返す。手を握られたことではにかんだ笑顔を浮かべる横島に、おキヌの胸の鼓動は再び高鳴った。
この笑顔を、失いたくない。ずっと、一緒にいたい。
心の楔は、いつの間にか消えていた。
無機質な高層ビルの屋上で、香南がフェンス越しに風の流れを嗅いでいる。最も覚えがあり、かつ最も憎いその匂いを感じ取った香南は、舌なめずりせんばかりの恍惚とした表情になった。
「見つけたわよ・・・松島」
犬歯を剥き出しにしてにたりと笑い、香南はビルを駆け下り屋根づたいに街中を駆け抜けていった。疾風の如きスピードは、正に元人狼の面目躍如といった感じだ。
香南は速度を緩めずに走りながら、右手に鳴鈴を発動させた。一条と、そして自分自身に課せられた呪縛を、光の弓矢で打ち抜くが為に。
(・・・)
(・・・・・・)
(・・・・せん・・・・・・せい・・・・・・)
今までの
コメント:
- 久しぶりに予測の更新をしましたが、新顔の方々が沢山おられますね。「GS美神」が好きな人達が集まってくるのが、なんだか嬉しいです。 (tea)
- teaさん、お久しぶりです♪ こちらはkitchensinkでございます。おキヌちゃん「らしい」哀れみの心と、横島クン「らしい」肝の据わった(?)決意でしたね。「今」を最優先に考えるあたりは、ルシオラの影響だけでなく令子の教育も多少入っているのでしょうか?(笑) さて、気を新たにして香南との対決に臨もうとするおキヌちゃんと横島クンですが、果たして半ば完全にシロと融合してしまった香南を倒すことは出来るのでしょうか? 次回も楽しみにしております♪ (kitchensink)
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