ザ・グレート・展開予測ショー

石川の――


投稿者名:ろっくんろぉる
投稿日時:(02/ 5/ 5)

 世に名立たる大泥棒。石川五右衛門とは何か?
 これまた世の人の言うには。富人から盗み、貧民に分け与える義賊。少なくとも悪いイメージでは捉えられてはいないだろう。
 事実、拙者はこれまで『こいつ』の事を、そう人づてに聞いていた――



「よう、いつまで待たせる気だい? やるんならさっさとやったらどうだ」

 眼前からの声で、拙者は我に返った。眼前――即ち、目の前の『釜の中』にすっぽりと入っている天下に名立たる大泥棒にして、処刑されるべき罪人からの声で。

「……分かっている。口を慎め」
「ヘイヘイ」

 既に、眼前の頭領たる彼――以外の盗賊団の釜には火が掛けられ、既に殆どの盗賊が脳みそを煮沸されて死に至っている。取りを務めるとはいえ、拙者ものんびりはしていられない。

「石川五右衛門!」
「おう」
「お前は京中に於いて配下郎党を率いて盗みを働き、しかも太閤様の居城に忍び込み、あろう事かその暗殺を図った! 以上の咎により、釜茹での刑に処す! 身体を煮立たせて罪を償え!」

 一息に言い切った。……そう、彼は大悪人なのだ。義賊といいながら、太閤様の暗殺を図り捕まった。あそこで『千鳥の香炉』がコトコトと音を立てなければ、太閤様の命は今ごろ――
 そう。これは正しい。拙者は間違ってはいない。

「何でもいいけど、この油の中にいるって状況凄く気持ち悪いんだよなー。やるんならマジで早くしてくれよ。油なら数分で死ねるだろ?」

 五右衛門の表情は明るい。多少うざったげではあったが、とてもではないが拙者には、これから死刑を執行される人間の顔には見えなかった。ちなみに、彼の胸には彼の息子の姿もある。先程、彼自身が眠らせたようだった―― 一族郎党皆殺し――御命にはそうあった。つまりは、死のその時を夢の中で過ごさせてやろうという、彼なりの親心なのかも知れない。
 拙者は、薪に自ら火を点けた。
 前もって油を染み込ませておいた薪は、火気を帯びて勢い良く燃え上がった―― 確かにこれならば、数分で体重の軽い子供は死に――更に五右衛門自身も、十分とは持つまい。身体中の体液を煮沸されて、天ぷらのようにカラリと揚がってしまうだろう。……後は、待つだけ。これで、今回の死刑見届け人としての仕事は終わる。

「おっとアンタ、まだ仕事は終わってないよ? 退屈だったらちょいと俺の話を聞いてくれないか?」

 楽しげな――心底楽しげな、五右衛門の声。拙者はうざったく思いながらも、それを聞いてやる事にした。どちらにしろ、もうすぐ死ぬ人間の言葉だ……



「俺はな……若い頃、時間移動と云うモノを経験したんだ」

 五右衛門の話は、いきなり突拍子もない法螺話から始まった。

「何を言う。死を前に錯乱したか」
「いーや真実さ。当時の信長とも仲良かったし、他にも今じゃ結構な有名人になっちまったトモダチがいっぱいいるんだぜ?」

 そう云えば聞いた事がある。石川五右衛門はかつて、伊賀の忍者であったらしい。その関係でそういう大名と親交があっても可笑しくはないが――

「お前はまだ三十代だろう? 信長公はもう十二年も前に亡くなっているわ。やはり狂ったようだな。鼠」
「だーかーら、時間移動したんだっつーの。分かんないオッサンだな。もうすぐ死んじまう人間の話くらい、真面目に聞いてやろうとは思えないのか?」
「分かった分かった……それで?」
「そうそう、それで、俺は時間移動した後、かつてのトモダチに順番に会っていったんだよ。最初は蜂須賀小六、次に丹羽万千代ってな――」

 蜂須賀……正勝公の事か? 丹羽……? まさか丹羽長秀公か?

「前田犬千代……柴田権六……滝川一益……池田勝三郎…………皆オッサンになってやがったよ。俺としちゃあ笑いが止まらなかったね」

 その名前にも覚えはある。犬千代は確か、五大老二番、利家公の幼名だ。権六は、柴田勝家公。滝川一益公。そして、勝三郎は恒興公の幼名であったはずだ――拙者も親交があ
った。――もう亡くなってしまったが……

「そんでよ……その時に一人だけ、会えなかった奴がいるんだよな……」

 そろそろ油が煮えてきたのだろう。心なしか辛そうな表情で五右衛門がとうとうと語
る。

「何……?」

 拙者は、不覚にもこの法螺話にのめり込んでしまっていた。この盗賊頭が死ぬ前に、これだけは是非とも言わせておきたかった。

「それは……それは誰だ?」
「ったく、あの偽ザル……相手が誰かも確認しねーで大声だしやがって…… ま、覆面してた俺も悪いんだけどな――」

 体温が上がってきたのだろう。五右衛門の声は徐々に、うわごと混じりになって行く。見ると、彼が抱いている息子は既に息絶えているようだった。油に肩まで漬かって、全く動かなくなっている――

「おい、鼠!」
「ふ、何が大阪城だ? 金の茶室……はっ! アイツに似合いすぎてるよ――」

 ――!

 まさか。

 コイツが会おうとしていた最後の一人とは――



「はっ……はは……ははははは……!」
「鼠……」

 最早限界なのだろう。煮えたぎった油の中で、五右衛門は高らかに笑い出した―― その笑いは何処か乾いていて……そう、天下の行く末を案ずるかのような――

「ははは…………おい、アンタ……!」
「――?」
「伝言を……頼まれちゃくれねぇか?」


 拙者は……無言で頷いた――――



 1594年。天下の大泥棒、石川五右衛門……没。



『石川の
浜の真砂は
尽きるとも
世に盗人の
種は尽きまじ』

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