ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 永遠編 序の二


投稿者名:斑駒
投稿日時:(02/ 2/27)

西暦2173年 東京旧市街地区

既に通い慣れた道を歩き、見慣れたドアを遠慮なしに開けて部屋に入る。
 「おお、マリアか!?」
ドアの開閉音に反応して奥から声がかかる。
覗き込むと、巨大な機械の傍らに座り込む、いつもの老人の顔が目に入る。
 「なんじゃ、おぬしか。買い物に行ったにしては帰りが早いと思ったわい」
老人―ドクター―は浮かしかけた腰を沈めたが、思い出したようにまた腰を上げた。
 「おぬしでも良いか。ちょっと計算して欲しいんじゃ」
そう言って手に持った紙を差し出してくる。
受け取った紙には計算式やら説明書きやらが所狭しと書き込まれている。
 「いま作っておるのは魂分析器じゃ。昔、ある魔族に借りたものを魔法科学で再現したものじゃが、造ってる途中で始めの計算とずれが生じてな。再計算が必要なんじゃが最近計算はマリアに任せっきりじゃったから、からっきし弱くなってな」
数分かけて計算し、結果を書き込んでドクターに手渡す。
 「ほう。最近はおぬしもけっこう使えるようになったかのう。よし。ちょっと待っとれ!」
手にした紙に目を通したドクターは目の前の機械と格闘を始める。
機械は台座…寝台のような物の上に透明な覆いがついており、コールドスリープ用のカプセルを連想させる。
どうやらそれは9割方完成していて、残すは最後の調整のみのようだ。
 「ヨシ! 完成じゃ! ちょっと電源を入れてみるかの。小僧! おぬしはコイツをそこのコンセントに入れてくれ!」
瞬く間に調整を完了したドクターは、さしてかいてもいない額の汗をぬぐう仕草をし、プラグを投げてよこす。
自分が壁のコンセントにプラグを差し込むのを確認して、ドクターは機械の電源スイッチを押す。
  ポチッ………ドカンッ!!
爆発。
壁際に居た自分は難を逃れたが、ドクターはモロに爆風を受けた。
暫く室内には煙が立ち込めていたが、それが薄れるにつれ機械の傍のドクターが見えてくる。
ドクターはスイッチを押した姿勢のまま顔を煤で真っ黒にして固まっていた。
 「アチチチチ。失敗か。おぬし、計算をミスったな」
溜息をついて、そのままドサッと座り込む。
 「なんじゃ。化け物でも見るような顔をして。わしが不死身である事はおぬしも知っとるじゃろうが」
ドクターが白い手袋をはめた両手で顔をごしごしと擦ると、皺だらけのいつもの顔が現れる。火傷や傷の類は一切ない。
思案げに腕組みをしたドクターは暫く自分を眺めていたが、やがて口を開いた。
 「小僧。おぬし、わしは人間じゃと思うか?」




…あたりまえ…か。期待通りの返事ではあるがな。しかし残念ながらそうでもないのじゃよ。
有史以来、人が人外の者…神や魔、妖怪になった例はいくらでもあるのじゃ。もちろん人だけではない。種族を越えた変異というのはけっこう良くある事なのじゃよ。

そうじゃな。有名どころはやはり、神の意志に背いて堕天し、魔と化した『サタン』ことルシフェルじゃな。
人間や動物が自らの抱く怨念によって妖怪となる話もいくつか知っておるじゃろう。
逆に人間の魂でも鍛え上げれば神となることもできる。相当の精神修養を積まねばならんがな。
わし自身、ある男が魔の衝動に魅入られて人間としての生を捨て、魔族としての死を選んだのを目にした事がある。

こやつらの共通点が分かるか?
……そう、精神じゃ。本人の強い意志が変異の一番の引き金となる。
魂の髄から変異を望んだ時、魂は望みどおりの変化を遂げ、魂から生じる意志の力が肉体に作用して、それすらも望んだ形に変異させる。

わしが見た男は、霊力を使って魔族化を促すような術を使っておったがの。完全な魔族化は本人の意志によるものじゃった。
……名前? う〜む。たしかあの時は原始風水盤を操作するなどというレアな体験ができたのじゃが…
ダメじゃ。思い出せん。最近、とみに昔のことを思い出せんようになった。
しかしな、それこそがわしが人間である証だとわしは思うんじゃ。

わしが若い頃…普通の人間的に若い頃じゃ。20歳くらいのことじゃったと思う。わしは天才的な頭脳で不老不死の法を完成させた。
それ以来、わしは夢中で色々な研究をした。そして次々と成果を上げていった。マリアを造ったのもその頃じゃ。
ところが300歳を過ぎた辺りから突然、研究がはかどらなくなった。
新しい発想は湧いてこないし、新しい知識もなかなか頭に入らない。それどころか古い知識も思い出せなくなったのじゃ。
絶頂期のわしはこんな日が来よう等とは考えてもいなかったからな。研究結果は自分で記憶するだけで記録しておく事をしなかったのじゃ。それ故ずいぶん多くの研究が今は幻になってしまった。不老不死の法もな。
それ以来、今に至るまでわしの頭は徐々に衰えて来た。今となっては比較的最近と言える過去すら思い出せない始末じゃ。
今のわしの状況、人間の老人状態そのものじゃと思わんか?

人間の肉体は老いる。脳や身体の能力は20歳ぐらいをピークとして、あとは寿命に至るまでにひたすら衰えてゆく。
また、その寿命は、魂―人格みたいなものか―が身体能力を100%発揮できるまで成長するには短すぎる。
それゆえ魂はまだ発達の可能性を秘めながらも、寿命で肉体を失った後は何もする事ができず、次の活動の拠点を求めて転生するしかない。
しかしわしは肉体の老いを止める事に成功した。おかげで人間の絶頂期の脳を100%駆使できるまでに魂を発達させる事が出来た。
だがな魂が肉体の限界に達した時、つまりこれ以上肉体の能力がどうやっても向上しないところまで達した時。
それを拠り所にしていた魂の成長もまた止まった。だが魂が活動しなくなるのは死したときだけじゃ。上に進めない魂は下へ、つまり衰えへと推移していった。
簡単に言えばな。どうせ覚えられない知識への興味が薄れ、アイデアがなかなか閃かなくなるにつれて、研究意欲という意志の力までも弱まっていったということじゃ。
魂の衰えが意志の力で肉体に作用し、肉体をも衰えさせる。衰えた肉体は魂にさらに低い限界での停滞を強いる。この繰り返しじゃ。
こうして決して老いる事の無いはずだったわしの肉体は300歳の頃から徐々に、じゃが確実に老いて行き今では見たとおり普通の老人姿になっておる。肉体の能力も衰えた老人並なんじゃよ。

……驚いたか? わしも自分で気付いたときには愕然としたもんじゃがな。
だが肉体の能力に縛られるというのはわしが他の何者でもなく肉体を持つ人間である事の証でもあるのじゃ。
それ故わしが今、直面しているものこそ人間の限界。人が人として存在できる範囲での限界なのかも知れんな。

わしも昔は、若くて能力の高い肉体を手に入れて今直面している限界から脱却しようと、人格交換の研究に躍起になってみた事もあったがな。それではダメなんじゃよ。
新しい肉体もわしの人格―というか魂じゃな―の限界に至ってまた肉体の老化が始まるだけじゃ。
それどころか不死ならぬ身には、限界まで発達した魂はもっと重大な作用を起こすのじゃ。

前に話したおぬしに似た煩悩小僧の事は覚えておるか?
わしはあの時あやつが早死にした理由には触れんかったな。

実はあやつ、ある事情で魂の霊基構造が一時期ほとんど魔族のものと置き換わった事が有ってな。
本人の意志の力か魔族化は避けられたのじゃが、思わぬ後遺症があった。
人間には強すぎる魔族の霊波によって活性化した魂は急激に発達し、肉体の限界を早々と超えてしまったのじゃ。
それが小僧にもたらしたのは急激な衰弱死。老いた魂が肉体の衰弱を早めたのじゃ。
言うなればあやつは短い肉体の寿命を迎える前に、わしが今直面している人間としての魂の寿命を迎えてしまったわけじゃ。
惜しいやつを失った…と思う。あやつは柔軟な発想力と、抜群の商才を持っておったし、急成長した魂は無限の可能性を秘めていた。わしに金が有れば、助手として引き抜きたかったくらいじゃ。

人間についてはこんなもんじゃが、マリアについてはどう思う? 例えばあやつは人間になれると思うか?
……冗談ではない。ピノキオの話を知っておるか? 昔の御伽話なのじゃがな。
木偶人形にかりそめの命が与えられて、そいつが紆余曲折を経て最終的に人間になる話なのじゃが…。

実は初めて涙を流したあの日以来、マリアのとる表情や仕草が急激に人間らしくなっていってな。
わしが手を加えて出来んようにしたはずの微笑みすらも、よく浮かべるようになった。
それに気付いてからは、わしはマリアに一切の手を加えておらん。何かマリアの大切なものを壊してしまいそうな気がしてな。

あの日のことがキッカケでマリアは…マリアの魂は、人間として成長し始めたのではないか…とわしは思う。
強い意志をもって望めば人工魂と言えども変異が可能なのではないか…とな。
人間の最も強い精神力―例えば…『愛』…とかな。

いずれにしろマリアと違って1000年前から順調に衰退し続けてきたわしの魂はたぶん近々寿命を迎える。
まずは完全な停滞という形で魂が死に至り、それに影響されて徐々に肉体の死が訪れる事になるじゃろう。
…そんな顔をするな。近々と言うても1000年生きたわしの時間感覚じゃ。おぬしの生きている間ではないかも知れんわい。




 「ドクター・カオス!」
部屋の入口にマリアが佇んでいた。
 「おお!? マリア、帰っておったのか!?」
 「イエス・ドクター・カオス」
いつにも増して無表情なマリア。目に輝きは無く、ただドクターを見つめている。
 「そうじゃ! マリア! コイツを見てくれ。造っているうちに計算とのズレが生じてな。それを再計算した小僧が見事にミスってこのざまじゃ」
ドクターは例の設計図をマリアに手渡す。マリアは部屋の惨状をざっと見回し、手にした紙に目を落とす。
 「計算ミス・なし。計算式に・誤り。*1→9は・※1→9に訂正。XΘromDは・XΦramDに訂正…」
読み上げながら殆んど残っていない紙面の余白に活字のように小さく計算式を書き連ねてゆく。
その速度と正確さは人間の領域ではない。
 「以上より・計算結果・A=λ B=ζ C=…………」
続いてマリアは計算結果を澱みなく並べ上げて見せるのだった。

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