ザ・グレート・展開予測ショー

Ghost(V)――明暗――


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 1/11)

「黄泉から来たりし現世(うつしよ)の魔物よ! 我が名は、ゴーストスイーパー美神令子! その名に於いて命ずる――ここに……その姿を現せッ!!」

 それは、呪文と言うよりは命令だった。限りなく傲慢な、悪霊に対する絶対的な命令。霊感と言うものを持たないわたしにすら、その声は絶対的な力を持って聞こえた。

 そして、闇が鳴動する……
 ちょうど、倒壊する前はそこに食堂があった辺り――その空間が、揺れていた…… 真夏の熱屈折のように、闇が揺れていたのだ。――わたしは恐怖した。怒りより――哀しみより――憎しみすらよりも早く……そして絶対的に――恐怖はそこに厳然と顕現した…… 背後で、ガタン! と、何かが倒れるような音がする。振り返ると、恐怖にすくんだ赤川が、その場に尻餅をついていた――

「美神さん……やっぱり相当手強そうですよ――」

「上等じゃないの――それでこそやりがいがあるってモンだわ。見てなさいおキヌちゃん。あの程度の悪霊じゃ話にならないって事、実際に私が見せてあげるから……」

「――! 美神殿、来るでござる!」

「え? っとッ――!」

 空間の歪曲はその激しさを更に増し、歪曲の狭間から光弾が断続的に打ち出されてくる―― 美神GS達は、流石に慣れた物なのかさして焦りもせず難なくかわして見せたが――

「タマモさん、大丈夫なのですか?」

 隣の少女に訊ねる。見たところ、余り心配はしていないように見えるが――

「大丈夫よ。ああ見えても、三人とも――勿論私も含めて――プロなんだから」

「……はあ」

 取り敢えずはそれで納得しておくしかないようだ。わたしは彼女に訊ねる事を諦め、先ほど尻餅をついて動けなくなっているようだった赤川を視線で探した――――居た。赤川は手近な瓦礫の陰に隠れ、宗派は知らないが必死に念仏を唱えている。笑いを誘う光景ではあった――恐らく、明るければもっと――が、今はそのようなことをしている場合ではない。このような所で取り残されたら、悪霊が気まぐれに襲ってきても、全く不思議はない。……しかも赤川は腰が抜けている――逃げられないのだ。

「タマモさん、わたしは大丈夫ですから赤川を保護してきてあげて下さい」

「……ちょっとアンタ。それは私に美神さんに殺されろと言うこと?」

 間髪入れず言葉を返してくるタマモ。

「は?」

「アンタにもしもの事があったら私が美神さんに殺されちゃうじゃないの。それでなくても報酬ウン百億なんて仕事、ここ最近入ってきてないのに……それをふいになんてしちゃったら……」

 見るからにぞっとした顔で頭を振るタマモ。何と言うか――大変なのだろう。とはいっても、わたしも赤川を見殺しにするつもりは毛頭ない。

「赤川ぁーっ! こっちに来れるかぁーっ!?」

「あ、馬鹿!?」

 心底ぞっとしたタマモの声が聞こえる――が。取り敢えずは赤川を助けるほうが先決だ。

「あかが――」

 ――不意に、車椅子が動き出す。……慌てて背後を振り向くと、タマモが車椅子を押して走り出したところだった。わたしを乗せた、車椅子を押して……赤川とは、反対方向に。

「こん馬鹿ッ!! 逃げるわよっ!!」

「ちょっと! タマモさん!!」

 わたしは彼女に向け、抗議の声を放った。尋常でない速度で押される車椅子は、赤川との距離を見る見るうちに広げてゆく…… 赤川が、絶望的な視線をこちらに送るのが見えた――

「何してるんですか! 赤川を見殺しにするなら報酬は――」

「馬鹿! 追われてるのはこっちよ!」

「え――」

 わたしの言葉が終わるか終わらないかのうち。眼前の暗闇に光が満ちた。恐らくあの悪霊が放ったのであろう光弾は、紛れもなくわたしたちを――数瞬前までわたしたちがいた場所を貫いていた。
 体温が、急激に上昇するのを感じた。

 普通人ならば、冷や汗をかくべき状況ではあるのだろう――が、汗腺が殆ど全滅しているわたしの身体からは、かくべき汗が出ない。発汗を促す体温の上昇が、それに代わる感情の発露となる。

「幽霊は生気に寄って来るの。大声なんか出したら、幽霊を呼び寄せてるようなもんよ」

 走りながらも、彼女は意外に冷静に、わたしに対して講釈などしてくれる。わたしにはそれを聞いている余裕はなかったが……少なくとも、こちらに聞かせるつもりで発した言葉ではなかったらしい。悪霊が、近づいてくる。
 ――と、不意に悪霊はその矛先を変え、何もない空間に向け光弾を放ち始めた。白光は夜空を白々と照らすが、それに暖かい思惟はない。ただただその中にヒトを殺すだけ。

「幻術、効いたみたいね」

 わたしに向けてだろうか――ポツリと、タマモが呟くのが聞こえてきた。危険はなくなった――と同時に、失念していた赤川のことが、脳裏に甦る。

「タマモさん、赤川は……」

「大丈夫よ、シロが回収してるわ」

 その声に顧みれば、白髪――これは、銀髪だろうか――の少女が赤川を背負い、猛スピードでこちらへと駆けて来るのが見える。
 少なくとも人間には不可能ではないかと思えるスピードで、約二百メートルの距離を走破した少女――『シロ』は、泡を吹いて気絶している赤川を無造作にタマモに手渡すと、速やかに再び悪霊へと向かっていった。

 既に幻術の効果は切れているらしい。巨大な悪霊は、美神GSと激突していた。
 梵字が浮かび上がった棒状の霊器――神通棍は、いとも容易く悪霊の霊体を斬り裂いているように見えた。少なくともわたしにとっては。巫女装束に身を包んだおキヌは少し離れた位置で、フルート、若しくはオカリナのようなものを吹いている。傍目にも集中しているのが知れた。もしかしたら何かの武器なのかも知れない。
 そこへ、先ほど赤川を運び込んだシロが加わる。右腕の先から発光する刃を発生させた彼女は、問答無用で悪霊に斬りかかっていった。

 悪霊の霊体が、美神GSによる神通棍の攻撃より多少多めに抉られる。わたしは指の欠けた手を上げ、悪霊の大きさを測ってみた。……減っている。

 明らかに、悪霊は衰弱していた。

「……タマモさん」

「なに?」

 わたしは呟いた。呼びかけはしたものの、実際は彼女に向けて放った言葉ではなかった。文字通り、誰にでもない呟き。わたしの為だけの、呟き。

「結局、この悪霊は誰に操られていたんですか……?」

「さーね。そんな事私には解からないわよ」

 タマモが肩をすくめる向こうで、動きの鈍くなった悪霊の一部が発光する刃に斬り裂かれる。抉り取られた霊気片はそのまま虚空に消え、実音とならない悪霊の金切り声が夜空に響く。
 わたしはそれから、目を離す事が出来なかった。

 美神GSの長髪が、夜空に揺れる。神通棍の発する白光に照らされて、紅いルージュが映える。

 おキヌの奏でる笛の音が、静夜へと解き放たれる。決してその音色は曲の形を生している訳ではないのだが、それでもその音は美しい。

 シロの若い体躯が、暗黒へと跳ねる。光の剣を携えて駆け回る彼女は、さながら昔絵本で読んだジャンヌ・ダルクだった。

 涙が、頬を伝った。

 恐らく、側らのタマモはそれに気づいたのだろうが、何も言っては来ない。ただひたすらに前方を見据え、時々思い出したように咳払いをしている。
 涙に理由はなかった。
 ただ、闇の中にある光を見つけただけだ。




 闇の中に潜む、もっともっと暗い闇。



















 だがここには『生』がある。

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