ザ・グレート・展開予測ショー

笑う門には福来れ


投稿者名:dry
投稿日時:(04/ 5/ 5)

     ― 『ピンチでデート!!』より ―





 都内はとあるアパートの一室、花戸家の部屋では、正座をした小鳩の母と貧が真剣な面持ちで向かい合っていた。

『……力を蓄えること半月』
「……ええ」
『……これまで何度、涙を流してきたことか』
「……ええ」

 貧の、並々ならぬ意気込みを感じさせる台詞に、小鳩の母は相槌を打つ。今の彼女には、見守ることしかできない。

『今日こそは……今日こそは、福の神としての真の力を引き出してみせるで!』
「貧ちゃん、頑張って!」

 気勢を上げる貧、声援を送る母。

『よっしゃ! いくでえ――っ!!』

 貧は勢いよく小槌を振り上げ、そして振り下ろした。
 小槌から飛び出した一つの硬貨が畳の上に落下し、鈍い音を立てる。
 二人は即座ににじり寄り、その金額を確認した。

「……また、10円ね」
『……また、10円やな』

 硬貨の額はこれまでと全く変わっていなかった。二人はそろって肩を落とした。
 これまでのやり取りとは裏腹に、この結果を半ば予想してはいたのだが、それでも少し気が沈む。
 ふと、床に置かれた目覚まし時計に目をやれば、正午を指そうとするところだった。
 それを見て、小鳩が今日の授業は午前中で終わると言っていたことを貧は思い出した。
 彼女によると、いつも買い物をしている商店街では福引きセールをしており、すでに一回分の福引き券がたまっているらしい。
 今日の帰りにでも買い物ついでに挑戦してみるわね、と楽しそうに話していた。

『もう、こんな時間か。それじゃ、小鳩を迎えにいってくるで』
「車には気を付けるんだよ」
『そないな心配せんでも、いざとなれば飛んで避けるさかい大丈夫や』

 最近では、小鳩の母の病状はかなりよくなり、家に一人で置いておいても安心できるようになっていた。
 彼女の見送りを受けながら、貧はアパートをあとにした。



 初夏の空は晴れ渡り、日は中天から少しだけ傾いている。
 アパートを出た貧は、直接、高校へ行くのではなく商店街へ向かって、地面から二メートルほどの高さをゆっくりと飛んでいた。
 唐草模様のマントにメキシカン・ハットという貧の風体は、二頭身の体とあいまって愛嬌はあるものの、その代わり威厳に乏しい。
 一応、福の神なのだが、貧乏神でいた期間が長過ぎたせいもあり、貧はいまだ本来の力を発揮できないでいた。
 とはいえ、姿を消すくらいのことはできる。現に、今も姿を消していた。
 学期末が近いので、昼時にも関わらず街路には下校途中の学生がちらほらといたが、彼らに貧を見る事はできない。
 それにも関わらず、貧は何やら落ちつかないものを、わずかではあるが感じていた。

(どうも視線を感じるなあ。気のせいやろか?)

 近頃、外出するたびにそう感じる。念のために周辺を見まわしてみるが、やはり自分に気付いている人間はいなかった。
 気のせいだろうと結論づけた。他に考えようが無い。
 近道をするため、そのまま普段のように本通りから狭い路地裏をぬって裏通りへ出ようとする。
 路地裏にはゴミバケツなど雑多なものが散乱していて歩きにくくなっているのだが、貧にすればどうということもない。

(まあ、このところは失敗が続いとるからなあ。ちょいと神経がまいっとるんやろ)

 福の神に生まれ変わったものの、小鳩バーガーの件をはじめ、花戸家には迷惑をかけっぱなしである。
 彼女らに幸せになって欲しい一心で色々と努力はするのだが、そのことごとくが空回りしていた。
 人前にいるときには何も気にしていない風を装っていたものの、内心ではさすがに落ち込んでいた。
 彼らしくもなく弱気な言葉とともにため息をつきそうになったが、それだけは踏みとどまる。
 仮にも人々に富と幸福を授ける者が陰気な顔をしていてはいけない。それが貧の信条だった。
 障害物を器用に避けながらあと少しで裏通りに出られるところまで来たが、自分の想念を追っていたため注意力が散漫していたようだ。
 貧は、すぐ前方の物陰にかがみ込むようにして身を潜めていた男の存在に気が付かなかった。
 歩幅にして三歩ほどの地点にまで近づいたとき、いきなり男が立ちはだかり、手に持っていた物を貧に向けてかざした。

『な、なんや!?』

 それが五芒星の描かれた拳大のガラス瓶――超常のモノを封ずるオカルトアイテム――だとわかったときには手遅れだった。

「吸印!!」

 反応が遅れた貧は、なすすべもなくガラス瓶の中へと吸い込まれていった。



 一瞬、気を失ったものの、貧はすぐに目を覚ました。
 透明な壁と床で囲まれた円筒形の狭苦しい空間と、その向こう側に透けて見える路地裏の風景。
 一方の壁には五芒星を基本とした魔法陣があり、見上げれば目の粗いコルクで出来たやけに低い天井。
 自分がガラス瓶の中に囚われたことを知り、貧は騒ぎ立てた。

『こないなことして、おっさん、わいをどないするつもりや!?』

 四、五十代と思われる細身の男はガラス瓶を目線の高さにまで持ち上げ、男性にしてはやや高い声で答えを返してきた。

「なに、お前に富を授けてもらうざんすよ。そうすれば私は今のみじめな暮らしに別れを告げられるざんす!」
 
 派手な柄のスラックスとワイシャツに蝶ネクタイという洒落た格好は、商店街にほど近いこの界隈では場違いな印象を受ける。
 だが、衣服には汚れやしわが多く、本来ならきっちりとセットされているであろう頭髪は少々乱れていた。
 よくよく観察すれば不精ひげに覆われた顔にも隠しようの無い疲れが見え、それらのことがかえって貧を落ち着かせた。
 先の台詞と男の容姿からある推測をした貧は、さぐりを入れる意味からそれを口にしてみた。

『さながら、落ちぶれたギャンブラーやな』
「な、なぜわかったざんすか!?」
『なんや、図星かい……』

 おそらく、福の神の能力を利用して負けを清算、さらにはぼろ儲けをするのが目的なのだろう。古今東西、よくある話である。
 貧は知らなかったが、男はかつてその強運で数多の賭場を荒らし回り、関係者からは『ビッグ・カジノ』の異名で恐れられていた。
 しかし、強運の源であった幸運の精霊に逃げられて以来、その反動によるものかどんなギャンブルをしても負け続けた。
 やがて幸運の精霊を悪用して貯えた財産も底をつき、今では逆に借金をする始末である。
 そのような状況の中で偶然にも貧を目撃したビッグ・カジノは、なけなしのオカルトの知識から彼が福の神であることを見抜いた。
 一度知った蜜の味が忘れられない彼は、貧を使って過去の栄光を取り戻そうと考えたのである。
 曲がりなりにも霊能力を持つ彼には、姿を消した貧を見ることができた。
 貧が感じていた視線は、彼を捕獲する隙をうかがっていたビッグ・カジノのものだったのだ。

「フン。どちらにしろ、お前はもう逃げられないざんす! 精々、私のために働いてもらうざんすよ」
『あのな、おっさん。わい、大した力は持っとらんのやで?」

 情けないが事実であるし、その自覚もある。小銭しか出せないようでは、到底、福の神とは言えまい。
 路地裏に先回りして待ち伏せしていたくらいである。男が花戸家の窮状を知っていたとしてもおかしくはないはずなのだが。

「嘘をついて逃げようとしても無駄ざんす! 福の神に富を求めない人間などいるはずがないざんす。大方、あの親子はどこかに金を貯え込んでいるざんすね」
『……あかん。こら重症やな』

 貧は密かに嘆息した。自分を基準にして物事を考えているようだ。
 あるいは、無意識の内に都合の悪い事実から目を逸らしているのかもしれない。
 それでも、貧の言っていることが真実だとわかれば解放されるだろう。
 コルクの天井を持ち上げようとしても、不可視の抵抗に阻まれて触れることができなかった。
 神通力を放出してもみたが、ガラス瓶を素通りするだけで、内部の結界には影響を及ぼせないようだった。
 自力による脱出は不可能である以上、しばらくは大人しくするしかない。

(小鳩、心配するやろうなあ)

 そんなことを考えている貧に構わず、ビッグ・カジノはガラス瓶を見つめて、嫌らしい笑みを浮かべた。



『――逃げ切りに成功したビッグサンデー、見事一着!! 続いて二着はノーマークのモロタデー!! ――』
「どーしてここで大穴がくるざんすか――!!」

 都内の競馬場で行なわれた最終レース。ビッグ・カジノは見事に外した。
 競輪、パチンコ、競艇、麻雀、そして競馬。半日で様々なギャンブルに挑戦したビッグ・カジノだが、一つとして勝てなかった。
 借金を重ねてまで作った資金はすでに無い。ついでに自信や余裕もどこかに消えてしまっていた。
 競馬場から外に出て裏手に回ったビッグ・カジノは、周囲に人影が無いことを確認してからガラス瓶を取り出した。

「お前は本当に福の神なんざんすか!?」
『だから、大した力は持っとらんて言ったやないか』

 詰めよってくるビッグ・カジノに対し、貧は呆れた声を出した。どうやら男は根本的な勘違いをしていたようだ。

『そもそもわいが司っとるんは「幸運」とちゃうし、富を得よう思たらここから出して、わいに小槌を振らせなあかんねんで?』

 本当は「幸福」も福の神の守備範囲であるのたが、そこまで教えてやる義理は無い。
 本職のGSに比べるとかじった程度のオカルト知識しか持たないビッグ・カジノは、「富」と「幸運」を混同していた。
 これまでの言動で男の勘違いを見抜いた貧は、自分の指摘に動揺しているのを確認してからさらに告げた。

『もっとも、小槌を振ったところで10円玉が関の山やけどな。どや、ええ加減、わいが役に立たんことがわかったんとちゃうか?』

 自分が男にとって無価値だと思わせるために、諭すような口調で言う。実際そうだったので自分の台詞にやや滅入る。
 結界の特性上、男によい影響を与える「幸運」のような力はガラス瓶越しでも使うことができた。
 力試しも兼ねて、貧は「幸福」をもたらし男を勝たせることを何度か試みたのだが、上手くいかなかったのだ。
 しかし、ビッグ・カジノは貧の言葉を半分も聞いてはいなかった。

「いや! 腐っても福の神、フォーチュンの呪いに対抗する程度のことはできるはずざんす!」
『……なにを言うとるんや?』

 なぜここで幸運の精霊の名前が出てくるのだろうか。そもそも、男に呪いがかかっているようには見えなかった。
 いぶかしんだ貧がそのことを尋ねようとしたとき、頭上から女の声が降ってきた。

『人聞きの悪いことを言うでない。わらわは呪いなどかけておらぬぞ』

 見上げれば、ローブをまとったどことなくトランプのQ(クィーン)を連想させる女が浮いていた。
 今、話題に出てきた幸運の精霊フォーチュンその人である。
 フォーチュンに杖を突き付けられ、ビッグ・カジノは後ずさった。

「な、なぜ、お前がここにいるざんす!?」
『そこにおられる福の神どのの力を感じてな。同じ、人の幸を司るものであれば、会って話をしてみようかと思ったのじゃ。それにしても、久方ぶりに幸運を授けるに相応しい者に出会えたと思ったら、不幸にするに足る者まで見つけるとはの。実に有意義な一日じゃ』

 フォーチュンがここに現れた理由を聞いて、貧は思った。まさか救難信号がわりになるとは、自分の力も捨てたものでは無いようだ。
 一方、「不幸」の一言に、夜の海を泳いでサメから必死に逃げ回った記憶を呼び覚まされて、ビッグ・カジノは蒼白になる。
 彼女に不幸をもたらされたからこそ、今の窮状に至ったのだと彼は信じていた。

「や、やめるざんす!!」

 これ以上、呪われてはたまらない。そう考えたビッグ・カジノはフォーチュンから逃がれるべく、きびすを返して走り出そうとする。
 だが、焦っていたために足をもつれさせ、一歩も進まない内に転倒してしまった。その拍子にガラス瓶を手放してしまう。

「ああ――っ!?」

 放物線を描いて飛んでいったガラス瓶は、ちょうどそこを通りかかった車に命中し、硬質な音とともに砕け散った。
 ガラス瓶が割れた衝撃は内部に閉じ込められていた貧にまで届いていたが、そのおかげで結界も破れたようだ。

『あいたたた。なんとか出られたようやな』

 狭い空間に、数時間の間とはいえ監禁されていた貧は解放感からほっと息をつき、そしてすぐに姿を消した。
 それと入れ代わりに、急停止した車――黒塗りのベンツからは一見してその筋の人とわかる男達が下りてきた。

「なんや? 極悪会の鉄砲玉でもなさそうやな。……オッサン! こんなことしてタダで済むとは思っとらんやろうな?」
「も、もしかして、あんた達は地獄組ざんすか!?」
「ん? おい。どこかで見た顔だと思ったら、こいつビッグ・カジノじゃないか?」
「思い出した。あのときはお前を乗せた不手際で組長に散々搾られたからなあ」
「わ、私はビッグ・カジノなんて名前じゃないざんすよ!? ひ、人違いざんす!!」
「こんな嫌らしそうなツラした奴が他におるかい! そういやお前さんの借金で、ウチが肩代わりしとった分、そろそろ耳揃えて返してもらわんとなあ」
「そうやな、とりあえず、事務所まで来てもらおうか」
「シェ―――ッ!?」

 ビッグ・カジノを取り囲んだ男達は、そのまま彼をベンツに連れ込むと走り去っていった。

『……「車には気を付けるんだよ」、か。そのとおりやったな』



『福の神どのも災難であったな』
『あんたがフォーチュンはんか。おかげで助かったわ』

 ベンツが視界から完全に消えたのを確認したあとで、貧はフォーチュンに礼を言った。

『わらわは何もしておらん。あやつが勝手に自滅しただけじゃ』

 フォーチュンは冷静に答える。かつての自分と似た状況に陥っていた貧を見て、大体の事情は察することができた。
 自分が以前どのような目に遭わされたかをフォーチュンは貧に語り、貧もフォーチュンに先ほどまでの経緯を教えた。

『あやつ、わらわに逃げられたあとも賭け事から足を洗うことをせず、さりとて運に頼り切った賭け方を改めることもできずにいたのであろう。それで負けたのをわらわのせいにされたとて、逆恨みもいいところじゃ』
『なんや、やっぱりあのおっさんの思い込みかいな』

 確かに福の神も幸運の精霊も人間の幸、不幸を司ってはいるが、それは極一部のことであって全てを操ることなどできはしない。
 結局、真っ当な道を歩もうとせず、最後はありもしない「不幸」に責任転嫁をしたビッグ・カジノの自業自得、という結論が出た。
 分を越える力に頼り努力を怠った者が最後には酷い目に遭うのも、古今東西よくある話である。
 ここまで散々な目に遭えば、再び自分達に手を出そうなどという気は起こせないだろう。
 これ以上あの男について話していても不快になるだけなので、貧は別の話題を振った。

『そういえば、「幸運を授けるに相応しい者に出会えた」とか言うとったな?』
『うむ。ここに来る途中で見つけた、ややみすぼらしいなりをした少女でな。苦しい生活をしているようじゃったが、彼女の振舞いには卑屈さがまるで無く、それどころか気丈なものすら感じられたからのう。あのような健気な者にこそ、幸運の授けがいがあるというものじゃ』
『幸運の授けがいか……』

 貧にとっては花戸家、特にその一人娘である小鳩こそが富と幸福を授けたい存在である。
 自分とは異なり、存在理由を満たして充実感を感じているフォーチュンが羨ましく思えたが、すぐにその考えを訂正した。
 存在理由を満足させるために他人を幸福にするのではなく、他人が幸福でありそのことで充実感を得られれば、それで十分なのだ。
 そして、それはフォーチュンにとっても同じであるはずだ。彼女には失礼なことを考えてしまった。
 そこまで思考をめぐらせたところで、貧は自分が小鳩の迎えに来ていたことを思い出した。

『はっ! あかん、すっかり遅うなってしもた。小鳩はもう家に帰っとるやろうな。フォーチュンはん、ウチの者が心配しとるさかい、出会った早々で悪いけど、お別れにしよか』
『そうじゃな。それでは、縁があればまた会いましょう』

 別れの挨拶を交わし、貧はアパートへ、フォーチュンは次の幸運を授ける者を求めて、その場を去っていった。



 アパートに到着し花戸家のドアの手前まで来た貧は、こっそり中の様子をうかがった。
 予想通りに小鳩がすでに帰宅していることを確認し、さてどんな説明をしようかと考えたが、良い案が浮かばない。
 結局、行き当たりばったりで行くことにした。ドアを開け、中に入る。

『いま戻ったで〜』
「貧ちゃん! こんな遅くに戻ってくるなんて、何かあったの?」
「小鳩が一人で帰ってきたから、心配してたのよ?」
『すまんかったな〜。ちょいと古い知り合いとばったり会って、それでついつい話し込んでしもたんや〜』

 自分が誘拐されかけたと知れば、二人に要らぬ心労を与えることになるだろう。そもそも、もう解決したことだ。
 二人の様子からそう判断した貧は、適当にごまかした。フォーチュンの存在自体は前から知っていたので、あながち嘘でもない。

「そうなの? ならいいんだけど……」

 二人とも貧の説明ではあまり納得できなかったが、無事に帰ってきたならそれで十分と思うことにした。
 それに、今日はいい事があったのだ。小鳩はさっそく、貧に報告をした。

「そうそう、今日、福引きで東京デジャヴーランドペア招待券があたったのよ!!」
『おう、それはよかったなあ』
「二等が当たるなんて、これもきっと、貧ちゃんのおかげね!」
『あ、いや。わいは何も……』

 今の自分の実力では福引きに当選させることはできないはずである。そう否定しようとして、貧はフォーチュンの言葉を思い出した。
 曰く、ややみすぼらしいなりをした健気な少女。
 彼女が幸運を授けた少女とは、小鳩だったのではないだろうか。
 困窮していても笑えるからこそ幸運を招き寄せることができたのか、それとも幸運を手にしたからこそ笑えるのか。
 もしかしたら、自分の力がフォーチュンと小鳩を引き合わせたのかもしれないとも考えたが、さすがにそれは無いだろう。

「ペア招待券だから、母さんも一緒に行こう!」
「私はまだ体の具合が良くないからねえ。遠慮しとくよ。それより、お隣の横島さんを誘ったらどうだい?」
「えっ!? 横島さんとだなんて、そんな、私……」
「おやまあ、このコったら、赤くなっちゃって」
「もう、からかわないでよ、母さん!」

 親子の会話を聞きながら、貧は思った。真相が何であれ、彼女には泣き顔よりも笑顔が似合うということだ。
 しばらく感慨にふけっていた貧だが、思いもよらない台詞が耳に飛び込んできたため我に返った。

「当日は三人分のお弁当を用意しなくっちゃ」
『三人? 二人とちゃうんか?』
「私と、横島さん――は本人がうんって言ってくれたらだけど――と貧ちゃんだから、三人で合ってるよね?」

 さも当然であるかのように小鳩は言った。母親の方を見れば彼女も頷いていた。

「ああ、私のことなら心配いらないよ。せっかくの機会なんだから二人とも楽しんでおいで」

 貧は思わず胸が熱くなった。それと同時に、今までの悩みごとが、急に小なものに感じられた。
 富めようが貧しかろうが、幸運であろうが不幸であろうが関係無い。自分も含めて、今、この家庭には確かに「幸せ」がある。

『よっしゃ! こうなったら、デジャヴ―ランドの乗り物、全制覇したるでえ!』
「横島さんの好きな食べ物って何なのかしら? 腕によりをかけて作らないとっ!」
「あらあら、二人とも張り切ってるわねえ」

 楽しい休日に、なりそうだった。





          ― 了 ―

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