ザ・グレート・展開予測ショー

仁義を持たぬ戦いと、船の行く間に


投稿者名:志狗
投稿日時:(03/10/28)

 それは病室で…

 夕焼けが地平線に溶け込み、薄暗い闇がひっそりと降り始める頃。


 それはある病室で、当事者以外の誰にも見届けられる事無く、静かに。始まりも曖昧に…
 だが一つの情景として確かに存在していた。










「行くんですの?」
「ああ」

 ベッドに横たわる彼女。
 白に統一された寝具にゆったりと横たわり、その傍らの空間とそこに立つ彼に視線を這わせていた。

 傍らに立つ彼は背は低く、実際に彼女のほうが高い。
 それは彼の大きな悩みの種でもあるのだが、彼女はこんな時は顔が見やすくて便利だなどと、下らぬ事を考えていた。


彼女―――――弓かおりは夕焼けの余韻に未だ染まる輪郭を浮かべる彼を、柔らかな枕の感触に埋もれながらそっと見続けていた。

 彼――――――伊達雪之丞はそんな彼女の視線に気付いていながらも、あえてそちらを見ず、柔らかな視線を心地良く受け止めていた。


「出発は日が沈んでからだ。表の御偉方に逆らっての行動だしな」
「私も体が動きさえすれば…お姉さまのお役に立てるのに……」

 口惜しげに言う弓の何処か子供じみた動機に苦笑しながらも、同時に自分の動機の幼さを見つけ出し、雪之丞の笑みに自嘲の色が混じる。

「やめとけ」
「何ですの?私だって体さえ動けば…」
「それでもだ。わざわざ学生の身で犯罪者になりに行く事は無いだろ?」

 その言葉に弓は眉をひそめ、責め立てる様な、少し皮肉を込めた言葉で返す。

「氷室さんやピートさんも行くのでしょう?あとあの横島という男も、その“犯罪者”になりに」
「あいつらなら構わない…とは言わねぇよ。でもあいつらは、こういうのには慣れてるからな」

 その“慣れる”原因が彼女の憧れる女性にあるであろう事はあえて言わず、雪之丞は少し曖昧に言葉を濁した。

「とりあえず今回は大人しくしておけ」

 有無を言わせぬ雪之丞に弓は思わず口篭ったが、彼女はあえてこれ以上の反論をする事はなかった。
 どれだけこの場で言ったとしても、自らの体が動かぬ事に変わりは無い。
 ならば自分が行けぬ所へ向かう事が出来る…その資格の在る者を下らぬ論議で引き止める理由は見つからなかった。

 彼が少なからず自分とは違う世界を生きた事があるという理解と、もしや自分を案じる気持ちがあるのではという期待が彼女にはあったのかもしれない。










「あ…でよ。あの時のなんだけどよ」
「?」

 先ほどまで口調とは打って変わって口ごもり始める彼に違和感を感じるが、とりあえず怪訝そうな顔をする事で弓は先を促した。

「結局、映画…見れなかったろ?だから……」

 そこまで言われて弓は“あの時”と言うのが、今彼女がベッドで退屈な時間を過ごす羽目になった原因の時だという事に気付く。
 先が続けられず、こちらに言葉の先を読んで欲しいのが見え見えで、弓は失笑した。

 その態度が情けないとは思わず、かえって彼らしさを感じられる事に…そう感じられる自分に弓は安堵する。
 だから彼女は彼の言葉に返答をした。

 彼女らしく、ちょっと気取った風に。

「当然貴方のおごりですわよね?」

 その言葉に雪之丞は安堵と、嬉しさの滲み出そうな僅かな照れをそっと抑える。
 そしてその手段として彼が取ったのは、こんな状況では最も彼らしい言葉を吐く事だった。

 不機嫌な態度を取らせる余地を言葉に含ませてくれた彼女に、更なる安堵と臆病な嬉しさを感じつつ……

 雪之丞は不平を漏らした。

「あー、分かった分かった」

「返事は一回になさい」
「お前って時々、ママみたいな事言うよなぁ」

その言葉の真意を掴みかねた弓は、「何を言うのよ」と言いかけ……やめた。


 詳しい事情は知らない、話して貰った訳でもない。
 しかし彼が母親を亡くしている事に彼女はそれとなく気付いていた。

 ―――ママに…

 それが彼なりの賛辞であるかは知らないが、少なくとも悪い感情を込める事は無いのだと彼女は知っている。
 この場では拘る事ではないと判断し、弓は話を続けた。

 いつかその事を話し合える日を期待しながら。


「それと、その時は私の見たいものに合わせる事」
「分かったよ」

 今度はきちんと一度きりの返事で返す雪之丞に、弓はくすりと、しかし満足そうな笑みを浮べる。
 ぶちぶちと聴こえる事を覚悟で愚痴を漏らす雪之丞に、子供のような印象を得て、彼女の小さな笑みは苦笑に変わった。

 その苦笑に、更に少し悪戯っぽい色が混じる。

「その次は」
「え?」

言い出された言葉の意味がつかめずぽかんとする雪之丞に、弓はその表情を楽しむようにして続く言葉を口にする。

「その次は貴方が見たいものに付き合ってさしあげますわ」

 その言葉にぽかん…と状況の把握できない事を露呈した表情を雪之丞は晒した。

 一瞬の間の後、弓のしてやったりと言わんばかりの小さな笑い声が病室に鳴る。
 口元に手を当て、彼女らしい上品と呼べるような笑い声。

 それが耳に届く事で呪縛から解かれた雪之丞は、やっと彼女の言葉の意味を理解する事が出来た。

「あ…、ああ」

 間を置いての理解であったためか、現実感の無さそうな曖昧な答えは、弓の一層の満足感を促していた。













「じゃあ…行くな」

「雪之丞」
「ん?」

 僅かな面会の終わりの時。

 シーツを引き上げ顔を半分隠したまま呟く弓に、雪之丞は閉めかけた出入り口の扉を少し押し戻し、逆光の影に染まる病室を再び覗き込んだ。
 入り口を見上げるようにする弓は普段のどこか肩肘張ったような雰囲気は薄れ、家で親の帰りを待つ少女のように小さく、幼く見えた。

「約束を守れない男は最低ですわよ?」

 問いかける様な、非難する様な……期待する様な。
 その視線と込められた感情を彼なりに汲み取ったのだろう。
 雪之丞は頷く事はなかったが、迷いのない口調でそれに答えた。

「ママに言われてるんだ。女の子との約束は絶対破るなってな」

 はっきりとは言わないその答えに、少し不満げな、それでも納得と安堵の表情を浮かべ、弓はそっと目を閉じた。
 その様子に雪之丞は扉の隙間に滑り込ませた顔を抜き出すと、小さく軋むドアで部屋の静寂を封じ込めた。



 閉じられたドアをしばし見つめ、踵を返すと彼は大きく息を吸い込んだ。
 深く、深く…次の決意の言葉への力を溜めて。


「お前の分のカリ…きっちり返して来てやる……」


 背中合わせの病室に、届く事も望まぬ自らの意思を込めた言葉を唸るように呟く。
 ぎりりと拳が軋む音を立て、彼女の前では出さなかった怒りに顔が僅かに歪んだ。


 静かな病院の廊下を、雪之丞は部屋の中の彼女に聞かれぬように静かに、だが急いで駆け出していった。





「力が入りすぎよ。聞こえちゃったじゃない……ばかね」

 誰も居ない病室で、弓はそれでも何かを隠すようにシーツで顔を覆う。
 先ほどの彼の力ある言葉に込めた意味に抱いた期待を消し去れずに、彼女はシーツの中でもぞもぞとむず痒い想いに悶え始め…


 それは次に訪れる髪を逆立てた少女…彼女の騒がしい友に、シーツを引っぺがされるまで続くのだった。










 一連の出来事。
 それはある病室で…当事者以外の誰にも知られる事なく―――――――



 ひっそりと事を終えた。



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