ザ・グレート・展開予測ショー

僕は君だけを傷つけない!/(8)


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(04/ 4/25)


 目の前に広がる景色を目にした時から、時間と空間を問う気持ちはなかった。
 気が付けば、タマモは広く青々と茂る草原に佇んでいたのだった。
 ふと上を見上げれば、地面とは対照的に、紅く染まり始めた碧空の名残が視界を彩る。
 太陽に相対し、ともすればその眩さに不意に滲みそうに成る涙を堪え、薄れ行く空の蒼さを背にしたまま、タマモは正面を見据える。

 景色を所々で遮る無粋なコンクリート等の建造物は無く、そこにはただ自然界の素顔のみが在った。
 夜が引き連れてくる影に包まれつつある山並み。風にその身を委ね、悠久の空をたなびく細長い雲の群れ。
 全てが夕暮れ時へと、その住居を変え行く。
 黄昏色と青の境界がタマモの頭上に広がっていた。

 視線を地上へと戻したタマモは、前もってその場所を知っていたかのように、視線を他に移らせること無く、すっと流した。
 距離にして数十メートルはあろうか。小高い丘の頂上付近に彼女の視線は留まっている。
 感情の揺らぎは無い。風の無い湖面にも似た静謐さが、タマモの心中を抱きとめていた。
 肌に触れるようにして拭きぬけていく風は、草木を柔らかに揺らめかせ、爽涼を置いて行く。

 風と異なり、タマモの視線は心の姿そのままに揺らがずにいた。
 一条の光のように真っ直ぐ見据えられ、その先には、青々と葉を茂らせた一本の木が丘の頂に見える。
 木の根元には、一組の男女の姿が在った。互いに地に腰を下ろしており、女の膝枕に、男が頭部を預けまどろんでいた。
 女の方には見覚えが無いが、男の方は見知っている。思考よりも先に、心のどこかが告げたような感覚をタマモは抱いていた。

 上下のインディゴ・ブルーのジーンズ。赤いバンダナ。艶が無く、やや癖を持つ黒の頭髪。
 見知ったなどというものではない。玩具入れの多彩さにも似た好悪の念が浮かぶのを感じながら、タマモは男の顔を見つめている。
 夕焼けを遥かに臨み、そして不思議なほどに、涙腺に通じる心の琴線が震わされそうなほどの、温もりを知覚しつつあった。
 太陽の微笑が、夜の帳が、星たちの褥が、たった一組の男女を見守っているかのような、優しさをこの世界に見出していたから。



 ―――♪〜♪・・・・・・♪〜♪♪



 風に乗って、ほんの微かだが、歌声がタマモの耳に届いてきた。
 女性の歌声だ。響きはか細いが、しっかりと芯の通った声である。
 聞いた事がある歌だった。タマモの心の奥底で、確かな既視感がそう告げている。
 たぶん、どこかで。



    《私はこの世界に生まれたの。貴方を愛するために
     貴方は知っているでしょう。私達は皆一人だという事を
     決して終わらない日々の中、私は貴方の夢を抱き続ける
     遠い遠い空の彼方から輝く、貴方の眼差しを感じるから》



 頬をなで、髪を梳かす、その指先の動きは慈愛に満ちている。
 男の、少しだらしない寝姿を眺める女の横顔には、夕焼けに劣らず、喜びに満ちた山吹色の輝きが在った。
 女の微笑みは限り無い優しさを秘め、一層増す輝きがタマモの視界に宿っていく。

 頭髪を軽く揺さぶる風の勢いに、心は向いていない。
 だからタマモは気が付いていなかった。
 頬を濡らす、涙の流れにも。




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           僕は君だけを傷つけない!/その8

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 目覚めが爽快であれば、一日の始まりとしては最高の気分である。
 これまで不愉快な気分で目覚める事はそう無かったから、布団の温もりに包まれながらの緩やかな目覚めも、また比例して心地良い。
 だから今朝ほど重苦しい気分で始まった朝は、むしろ新鮮であるといえた。
 とはいえ、そんな気分を体感中の横島、タマモとしてはありがたくも何ともなかったが。


 「ちょっと・・・・・・」

 「あんだよ・・・・・・」


 横島、タマモの双方とも、口調に疲労と不快感が丸出しである。
 屋根裏部屋のベッドで仲良く寝込んでいたが、本人達も何故このような状態にあるのか理解出来ていなかった。
 ましてやこの症状が、『二日酔い』と言うものであることに気付くはずも無かった。

 時刻はわからない。壁時計はあるが見る気がしないし、頭を動かそうとするだけで激痛が走る。
 半分だけ開けられた窓からは、高く昇った所からの太陽光と爽やかな涼風が流れ込んできている。
 温度も湿度も好条件の快晴であることが、2人にとってせめてもの救いだった。


 「なんで、アンタがシロのベッドで寝てるのよ」

 「知らんわい」

 「なんで、アンタも気分悪くて寝込んでるのよ」

 「それこそ、もっとわからん」


 わかっているのは、タマモは自分自身のベッドに、横島はシロのベッドに寝ていること。
 二人揃って原因不明の病気「らしき」ものにかかり、寝込んでいるらしいこと。
 加えて夕べからの記憶が丸ごと抜け落ちていること。これまた仲良くというか、二人揃っての事である。
 第一、どう考えれば横島がシロのベッドで寝ている、などという状況が発生するのだ!? と、本気で悩むタマモである。
 ろくに働かない頭脳での思考の結果、どうにか解答を絞り込めはしたが、ありきたりすぎて少し虚しかった。


 「バカっ! スケベ! ヘンタイ!」

 「無実じゃ!」


 二人揃って同じ天井を見つめたまま、会話はなされていた。
 互いに顔も見たくないほどの嫌悪ゆえではない。頭痛がひどくて、口だけを動かすのが精一杯なのである。
 正直なところ、眼球すら動かすのが困難であるように感じている。
 眼球の動きがそのまま頭痛を誘発し、身体全部が脳に苦情を告げているような有様だ。


 「まさかアンタ、あたしになんかしたんじゃないんでしょうね?」

 「か、勝手に人を犯罪者にすな・・・・・・・・・・・・ぐぅう、あ、頭がっ!」

 「あぁ、もうイヤ・・・・・・なんなのよぉ、この気分の悪さはぁ」

 「オ、オレはもう黙る、お前も黙ってくれ。もうあかん」


 これは尋常ではない気分の悪さだ。横島もまた襲い来る頭痛を堪えつつ、脳の片隅で思考活動を行なっていた。
 が、すぐに諦めた。コンマ数秒で放心状態へと戻る横島である。
 タマモも同様な気分であったらしい。
 しかめっ面というかむくれた表情には、倦怠や痛みを堪えるだけではなく、理不尽さへの憤りも感じられた。
 すなわち夕べからの記憶が無く、気が付けばひどい頭痛に襲われ、同室のベッドには横島が寝ているという状況への怒りである。


 「横島、責任取んなさいよ」

 「あ、あのなー、身に覚えの無いことで、どーやって責任取れっつーんじゃ」


 理由がわからず、曖昧模糊とした状況は、タマモにとって忌むべき事態なのである。
 故にというべきか、とりあえず彼女は、隣で自分同様に唸り声を上げる男へと八つ当たりをする事に決めた。


 「気分は最低、アンタも最低・・・・・・ああっ、もう、まったく!」

 「やかましわい! お前も寝込んでるくせになに言ってんだ。『目糞、鼻糞を笑う』っつーことわざを知らんのか?」

 「・・・・・・く、屈辱だわ。横島にことわざで反論されるなんて」

 「完全にコケにしくさっとるな。・・・・・・って、も、もう、ええやろ? 一時停戦や。ホンマに死ぬぞ」


 漫才のボケとツッコミは大好きだが、この状況にあっては自殺行為に等しい。さすがの横島も呻きつつ停戦を申し入れる。
 ここが美神除霊事務所であるのは確かだ。ならばこの際は体調回復を優先させる事にしよう。
 横島は近く訪れるであろう、美神とおキヌの折檻に別種の頭痛を感じつつも、まずは今の苦痛を堪える事を優先した。
 というか、なぜシロのベッドで寝る羽目になっているのか、全くもってわからないままなのだが。


 「いいけど・・・・・・あたしに近付かないでよね。燃やすわよ」

 「心配せんでも、お子様に手ぇ出す趣味なんぞないわ、アホ」


 頭痛に悩まされていたとはいえ、タマモにしてみれば、これは看過し得ぬ発言であった。
 ほんの一瞬だけだが、子ども扱いされた事に対し、心中の奥底から一瞬痛みを忘れさせるほどの怒りが込み上げる。
 怒りは行動へと直結し、いつもよりかなり勢いに欠けるとはいえ、狐火が生み出された。
 タマモに背を向けて眠る横島の尻へ向かって、火は真っ直ぐに飛び去った。


 「ホゥワッチィャアァァア―――――ォオ!!」


 効果は絶大であった。
 かのブルース・リーの如き怪鳥音を発し、横島はベッドから数メートルも飛び上がった。
 そのまま放物線を描き、板張りの床へと激突してしまう。
 最悪の体調を迎えた身体にこの攻撃は、さすがの横島と言えどもきつかったらしい。
 うつ伏せになったまま微動だにしないその姿は、轢死したカエルさながらである。が、ボケを忘れないのはさすがであった。


 「ぐううう・・・・・・え、ええパンチやないか・・・・・・って、なにすんねん、いきなり・・・・・・」

 「ふん。子供扱いした罰よ」


 子供扱いが、タマモには妙に癪に障った。
 自分でも不思議なくらいに、いつも以上に『むかっ』と来たのである。
 本当に一瞬だけであったが頭痛の事を忘れてしまい、痛みまで消え去っていた。
 だが軽い復讐を済ませた今は、またもや脳に釘を打つかのような痛みが再発している。

 床で寝転んだままの横島を一瞬だけ目端に入れ、すぐにタマモは再度睡眠を取るべく両目を瞑った。
 眠るしかない。何もする気が起きないし、したくもないし、させられたくもない。
 どう考えてもまともじゃない。自分の健康も、記憶のあやふやさも、この状況も。
 夢の中でないことは頭痛による痛みで確かなのだから、これはもうひたすら寝て、体力の回復に努めるに限る。


 「横島のバーカ」

 「うぅー・・・・・・うるへぇ、タマモのアホー」


 悪口でも言わなきゃやってらんない。
 わからない事だらけの状況にいらついていたタマモは、両目を閉じたまま横島へと語を向けた。
 いつもの勢いを欠いた言葉はそれでも天井へと跳ね返り、床に寝転ぶ横島の背中を刺す。
 互いの姿を目に入れることなく、言葉の応酬が始まった。


 「横島の、間抜け」

 「タマモの、ボケー」


 珍妙なやり取りである。だが、さすがにいつもの勢いはない。
 言ってる本人達からして披露困憊の口調なのだから、悪口の語彙を考えられるはずも無かった。 


 ―――なによ、このバカ。

 ―――なんなんだ、いったい。


 「うーんと・・・・・・横島の女たらし、スケベ、甲斐性なしっ」

 「ぐぅぅー・・・・・・タマモのお揚げ好きっ。うどんの具になっちまえ」


 悪口と言えるものかどうかは考えていなかった。勢いに任せているから、脳に浮かんだ語句を適当に発言しているだけである。
 タマモも横島も、このやりとりが無意味だとは自覚していた。
 今立ち上がっても、真っ直ぐ歩く事など出来ない身体だ。それよりも前に起きたくないのだ。
 頭痛、眩暈、胃の疲れが間断なく身体を痛めつけ、口を動かすだけでも一苦労だ。顎の動きが脳に伝わって頭痛が誘発されている。


 ―――黙って、悪口聞いていなさいよ。もう、ムカつくなぁ!

 ―――ああっ、めっちゃ理不尽や。なぜオレがこんな目に!?


 「うぅぅぅ・・・・・・な、なによぉ」


 けど、言わずにはいられない。
 痛みを堪えるタマモの表情は、涙こそ見せないが、泣きべそをかきそうな感じに歪められていた。
 こんな奴に負けてられない。負けてなるものか。


 「いつつつ・・・・・・な、なんやねん」


 けど、言い返さずにはいられない。
 うつ伏せのままの横島は、小さなおくび一つに頭痛を呼び覚まされつつも、何とか単語を搾り出していた。
 わけもわからんまま、黙って言われっぱなしなんて理不尽すぎだ。


 「ホント、ヤなやつ」


 ―――なによ、夕べは淑女(レディ)扱いしてくれたのに・・・・・・。


 「どっちが」


 ―――夕べとえらい違いやなぁ・・・・・・ええオンナだったのに・・・・。


 二人は目を見開いた。
 同時に、正確に、絶妙のタイミングでのシンクロである。
 記憶という名の心の水面を、深層心理の湖底から浮き上がって来た泡沫が揺らめかせた。
 気のせいかウィスキーの香りと共に、一瞬だけの閃光にも似た記憶の零れが、視界に浮かび上がる。

 タマモは思わず横島を見やった。
 頭を襲う痛みも忘れ、目を見開き、同じくこちらを見つめる横島の顔を視界に入れていた。
 決して意識しての行動ではなかった。
 いや、視界に入った横島の顔を意識していたのかどうかすら疑わしい。


 『口移しなんていかが?』


 グラスを合わせ、響く乾いた音。
 ウィスキーの琥珀色。


 『ふふ・・・・・・。残念ね、もうおしまいなんて』


 時が経つと共に温くなり、しかし喉を焼く液体。
 冷えたグラスの表面から手を移し変えた先には、熱い血が上った男の頬。


 『また・・・・・・貴方に優しく出来なかったな』


 少し汗臭いシャツ越しに、額と頬に触れた温もり。
 引き締まった胸板を通して耳朶を打つ、メトロノームにも似た心臓の鼓動。
 意識が途切れそうになる、ほんのちょっと手前で。
 彼の背中に手をまわして強く抱き寄せたまま、眠りに落ちる少女。


 ―――ちょっと待って!? あたしってば、今、なに考えた!?


 刹那の一瞬と言うが、意識にも留まらないうちに忘れてしまうとは、どんな内容なのだ!?
 タマモは煩悶した。ヤバい。なんか相当に自分はおかしくなっている。
 クールというか、冷静な自分にあるまじき醜態を垣間見てしまったような気がする。しかも横島絡みで。
 横島を見つめる視線は、一見冷静で揺らがぬままであったが、内心は天変地異にも等しい葛藤に満ちていた。

 一方の横島も、内心では煩悶の真っ最中であった。
 思わず上半身を起こし、タマモを見やった後に白昼夢が向こうからやってきたのだ。
 タマモと同様に、相手を見てはいるが見ていない。そんな状態である。
 夢の内容を理解する暇もないほど一瞬の出来事であったが、これもまた彼女と同様である事は知る由も無い。


 『ウィスキーをストレートで。銘柄はまかせる』


 誘うような目線の少女。
 手に持った瓶とグラスが触れ合い、琥珀色の泉を作り出す少女の艶笑。


 『ありがたいが、ストレートでいい。余計なものはいらない』


 少女のむくれた頬と、少し尖らせた桜色の唇。
 ぷい、とそっぽを向いたと同時に揺れた九房の、金色の頭髪。


 『生来のひねくれ者でね。今ごろ気づいたのか?』


 鼻を心地よく突く、ウィスキーの芳醇な香り。
 酒精のまどろみに身を任せ、途切れ行く意識の糸。
 薄れる感覚の中、少し熱を持った頬に触れる感触は、少女の柔らかく温かい手。
 新たに鼻腔をくすぐる、少し甘酸っぱいような感覚を呼び覚ます香りは、自分に抱きついてきた少女の身体から。


 ―――ちょっと待て!? オレってば、今、なに考えた!?


 現実の光景が視界に甦った時には、確かに先程まで脳裏に浮かび上がっていたモノが、既に霧の如く消え去っていた。
 蜃気楼の様にあやふやで、見たはずの情景の断片すら思い出せないが、感覚だけはなんとか残っていた。
 やけに生々しくて、なんとも言い難い事に、内容がかなりこっ恥ずかしかったらしい、という感覚だけが。
 タマモを見つめる横島の視線には、次第に怯みが見え始めていた。


 「な、な、なに見てんのよっ!?」

 「い、いや、なんでもないなんでもない! っつーか、お前こそ何やねん!?」


 二人が互いの視線を意識し、電気ショックを感じたかのように身を引いたのは、白昼夢後の瞬時の事である。
 2、3秒は経過したようだが、それでも顔に血が上るには充分な時間だ。
 なぜ赤面するのかは本人達にもわかっていない。強いて言えば心の奥底が震えている、としか言い様が無かった。
 しかも、とんでもないことに、二人とも決して悪い気分ではないのである。
 この事実にタマモはますます赤面の色を濃くし、横島は大いに焦りまくっていた。


 「あ、あたしぃ!? な、何もあるわけないでしょ、こ、このバカぁっ! スケベっ!」

 「み、見ただけでスケベ呼ばわりかいっ!?」

 「そうよっ!」

 「ひ、ひでぇっ!」


 これは一大事だ。頭痛になんて構っていられない。
 何が恥ずかしいのかも、何にムカつくのかも、何が自分に起こっているのかも、この際どうでも良い。
 ひとしきり罵詈雑言を浴びせるべく、タマモはベッドの上で上半身を起こした。九尾の狐ともあろう者が頭痛に負けてたまるものか。
 横島も両腕に力をこめ、身を床から少しずつ起こしていた。ただ言われっぱなしのままでいられるものか。


 「うるさいっ! この、横島の・・・・・・・・・」

 「な、何でやねん! この、タマモの・・・・・・・・・」


 一呼吸、溜めを置いた。
 何を言おう。たった一言でよい。何か無いか。何か、とっておきになりそうな悪口が。
 ぐらつく頭を支えながら、突然、2人は一言を掴んだ。これで良い。深く考えてるヒマはいらない。
 夜空の一番星の如き最初の輝きを同時に拾った2人は、その言葉を躊躇なく舌下に載せた。


 「――――――ドンカン!!」


 語が重なるタイミングも、息を呑む瞬間も完璧なまでに同一であった。
 互いに発した言葉まで同じときては、これは何らかの偶然と言うべきか、それとも何かの陰謀だろうか。
 混乱、静寂、思案という脳内の混沌状態は、タマモに赤面している事すら忘れさせ、その身体を動かす事がない。
 横島も同様なのか、瞠目したままタマモを見つめている。

 2人とも、5分は固まったままだったろうか。
 何を考えてよいのかもわからない。脳と心が急にストライキを起こしたようだ。酷使しすぎたせいか、微妙に熱があるようにも感じる。
 互いの姿を網膜に焼き付けながら、タマモはそんな風に思った。人はそれを羞恥と呼ぶのだが、今の彼女には理解できるはずも無い。

 横島は横島で、なぜタマモはこんなに驚いてるんだろう、という疑問にとらわれていた。
 加えて自分が選択した「鈍感」という悪口が、なぜ思い浮かび、なぜとっさに使ってしまったのか、自問自答を行なっていた。
 やはりと言うべきか、ここでもすぐに考えるのを諦めたが。

 沈黙はタマモの方から破られた。
 やけに焦りの色を滲み出させた声音で。


 「もういいっ! あたし、寝るっ!」

 「おー・・・・・・おやすみ・・・・・・」


 再び床に突っ伏す横島を顧みる事無く、タマモは頭まで布団を引っ被った。
 彼女のへの字に歪んだ口元からは、「うぅ〜」やら「むぅ〜」だの、溜息混じりの慨嘆が漏れてしまっている。

 ただ一つの救いはと言えば、ルームメイトのバカ犬とホームステイのチビがこの場にいない事だろう。
 今更ながらの事実に気付き、タマモは深々と息を吐き出した。騒々しさの源がいないのはなんともありがたい限りである。
 ただでさえ脳の中から太鼓が打ち鳴らされているのだ。外からの攻撃が加わった日には確実にノックダウンである。

 大喧嘩を始めるかも、という危惧は念頭には無い。というかそもそも除外だった。
 再度襲ってきた頭痛がひどすぎるからである。はなから身体を駆使できる状態ではない。
 だが向こう側は、そのようには考えもしなかったようであった。

 階段が揺れ、振動が部屋の壁に伝わり、床も窓も、部屋全体の揺れとなっていく。
 軽い地震かと考えた横島とタマモであったが、よくよく感じ、聞いていると震源が移動しているようだ。
 まさか、と脳の片隅が警告を出した時には既に遅かった。
 ドアの向こう側で、震源である2人分の足音が急停止し、次の瞬間には特殊部隊も真っ青の勢いで飛び込んできたからである。


 「せんせー! 『しんさつ』のお時間でござるよー!」

 「ヨコシマー! 具合はどうでちゅかー?」


 壁を揺るがす大声と足音が、これほど横島とタマモの脳髄を打ちのめした事は無かった。
 喜色満面のシロとパピリオをよそに、タマモと横島はそれぞれ布団へ、床へと突っ伏してしまった。
 外部からの音響兵器と、脳内の突貫工事に辟易しながら。










      「こんにちは、小竜姫です。なぜ私なのかわかりませんが、その9に続きます。・・・・・って、パピリオ! お待ちなさいっ!」

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