〜『影とキツネと聖痕と エピローグ』〜
投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(04/ 1/24)
〜『影とキツネと聖痕と エピローグ 』〜
「おばちゃん。油揚げ7つといなり寿司3パックくれ。」
「はいはい。」
商店街の一角。
すっかりお得意さまになってしまったその店で、横島は注文の紙を見つめている。
「・・・しかし・・これって一人で食べる量なのか?・・ってかメシを全部揚げ物でそろえる神経がわからん・・。」
現在、療養中のタマモに代わり、横島は彼女の昼食を買いに来ていた。
至福の表情で油揚げをパクつく彼女の顔が目に浮かぶ。
世が世なら・・フランスあたりで、「ご飯がないなら油揚げを食べればいいじゃない」などと口走りそうなあの少女。
・・・。
「・・・うあ・・革命が早まりそう・・・・。」
考えるだけで疲れてくる。
「・・かくめい・・?」
「あ・・いや、こっちのこと・・。」
怪訝そうな顔に頭をかきながら、横島は深くため息をついて・・
「でも・・タマモちゃん、最近見ないわねぇ・・・。前は日に3度も来てくれたのに・・」
・・毎食かよっ!!!・・と、つっこみたい衝動にも駆られたが・・
彼はすんででそれを飲み込み・・・・
「あ〜・・うちの上司からちょっと今、謹慎を言いわたされてて・・
多分、もう三日もすれば来れるんじゃないかな?」
本当は、『謹慎』ではなく『絶対安静』なのだが・・口に出すのはやめておいた。
早くに夫と子供を亡くしているこの老婦人は、毎日顔を出すタマモを本当の娘のように思っているらしく・・
「・・早くタマモちゃんに会いたいわねぇ・・。」
寂しそうな顔でそんなことを言う。
「・・・そうっすか・・。」
注文の品を受け取りながら、横島は少しだけ頬をゆるめた。
◇
「・・?横島君か?」
商店を抜けたあたりで、意外そうな声に呼び止められる。
あまり覚えたくもないのに、いつの間にか覚えてしまったその口調。
「・・・・西条・・。」
いやいや振り向くと、そこには予想通り、皮肉げな笑みを浮かべた男が立っていて・・
「最近の君は、会うたびに油揚げを買っている気がするんだが・・気のせいか?」
「・・ほっとけ。」
あながち否定もできない横島は半眼のままそう答えた。
―――・・。
「お・・お待たせしました。紅茶を2つお持ちしました。」
店内に流れる流行曲。巷で、雑誌に取り上げられ・・現在、カップルに大人気のおしゃれな喫茶店。
・・・・そこに・・・
「「・・・どーも・・・。」」
どんよりとした表情で向かい合う2人の男。
「・・・どうしてオレがお前と仲良く茶をしばかにゃならんのだ。」
「・・我慢しろ。本来なら僕だって願い下げだ・・。」
横島の言葉に、西条は軽く眉をひそめる。
「・・で?話ってのは?愛の告白だったら間に合ってるぞ。」
「するかっ!!・・やめたまえ気色悪い!一瞬、その映像が頭をかすめただろう!」
シロとタマモのことを、どうこう言えないほどにお決まりのやりとり。
本当に・・毎度毎度よく飽きないものだと思うのだが・・もしかしたら、本人たちは意外と楽しんでいるのかもしれない。
「・・やれやれ。・・・話というのは、今回の事件に関することなんだが・・」
「・・?」
空気を変えるためのせき払い。
西条の語調にいくぶんか真剣味が増し、横島の目の色も瞬時に変わる。
「・・今回の事件の首謀者は君たちの事務所を訪れた初老の依頼人・・これは知ってるな?」
「・・お前が倒したってとこまでは話に聞いてるけど・・」
・・・・。
西条はタバコを取り出した。
「・・あの男と行動を同じくするものが、まだこの街に何人か潜伏しているとしたら・・君はどうする?」
◇
『羽根をもがれた蝶と牙を折られた肉食獣。
そんなものに一体なんの価値がある?』
〜『無題』〜
・・・・。
孤独と絶望は必ずしも一致しない。
享楽の中で空虚を抱く者も少なくはないし、何より冷たい闇の中でもそれなりの楽しみは存在するものだ。
・・例えばそう・・・今日のように・・
「・・・これは・・珍しいお客様だ。」
「・・変わりないようですね。ラプラス。」
地下に隔離された牢獄。
陽光1つ差し込まない密室。
・・・・・そこで・・たいまつがユラリユラリと揺れていた。
炎。
何者にも染まらぬ怒りを逆巻くもの。
ラプラスに話しかけた声の主の髪もまた、燃えるように紅く輝いている。
その素顔は布のようなものに包まれ、判然としないが・・声の高さから、かろうじて『客』が女性であることが伺える。
女性・・いや、声だけで言うならまだそう呼ぶには、少し早い年の頃だろうか?
「・・こんな辺鄙な場所へ君がじきじきに出向くとは・・公になったら大事件だな。」
「そうならないことも、あなたは見通しているのでしょう?」
ラプラスの力・・それは、あらゆる未来を「予知」すること。
これほど希有な能力に目をつけるのは、なにも人間だけとは限らない。
自らの未来、友人・恋人の行く末、それを確かめるため・・・・・
こうして神・魔の眷族がラプラスの牢獄を訪れることは、さして珍しいことではない。
(・・・とはいうものの・・・・)
今、目の前に立つ人物。
これほどまでに格の高い魔族が、直接姿を現すことなど・・・・有史以来、一体何度あったことだろう?
・・・。
ラプラスは久しぶりに胸躍る心地がした。
もちろん、彼女がここに来ることは『視えていた』・・そしてこれから何を尋ねるのかも。
・・しかし、興味深いことに変わりはない。
「反乱を実行に移す前、アシュタロスもあなたの下を訪れたと聞きましたが・・」
「世間話をしただけだ。未来を予知しようかと持ちかけたが、袖に振られてしまってね。」
・・アシュタロスは自分の予言を信じない、ほとんど唯一と言っていい魔神だった。
彼に言わしめれば、予言などというものは、ただ主神の定めた筋書きを読み上げるだけの行為にすぎない。
その神を滅しようとしていたのだから、・・なるほど、予知に意味など無くなるわけだ。
「・・・ふむ。君と交わしているコレこそまさに世間話ではないかね?こんなことを聞きたいわけではないだろう?」
言って、ラプラスは薄く笑う。
それにつられる形で女も・・・・しかしその笑みにはわずかばかり自嘲が含まれていた。
「・・・そうですね。・・ではお聞きします、ラプラス。」
・・・・・。
「人を殺め、同胞を犠牲にし・・・このまま私がこの道を進めば、待っているのは破滅ですか?」
・・・目を伏せる女の瞳に緊張の色はない。問いの答えはわかっている。
そして、ラプラスの見る未来は絶対なのだ。
・・・・。
「くくっ・・・。くくくっ・・。」
対して、かみころすように笑うラプラスの表情にも、罪悪の色は欠片も感じ取れない。
「・・・魔神というのは本当に面白いな・・。 みな同じように主神を滅ぼすことを望み・・
また自らが滅びることも心のどこかで望んでいる。」
壁に寄りかかりながら、彼は静かに腕を組み・・、
・・・。
「答えはNOだよ、ドゥルジ。正確に言うなら『わからない』だ。」
「・・・わから・・・ない・・・?」
女は虚を突かれたように顔を上げた。
放たれた言葉が信じられないものであるかのように反すうして・・・・
「・・私がこの世でただ1つ視えないものを教えてあげようか?それは・・存在しないものだ。」
「・・存在しないもの・・。」
「そう。無いものは視えない。」
大きくずれたヴェールの中から、女の顔立ちがのぞく。
焔のように赤い髪。抜けるように白い肌。
・・・やはり、女と呼ぶには少し早い・・18、9の美しい少女だった。
「・・・戯れを。無いとはどういうことですか?」
「面白い時代ということだ。今、この世界では何が起こるか全く予測できない。
神々が『あらすじ』を定めることを放棄してしまっているようでな・・・。」
肩をすくめながら、ラプラスは上機嫌そうにつぶやいて・・・・
・・もうすぐ、彼の待ち焦がれた時間がやってくる。
連綿と続く、過去から未来への流れ。その中にぽっかりと口を空けた空白の時間が。
ラプラスとこの魔神が言葉を交わしたその時から、
数年以降・・全ての未来は『保留』となる。
数千年さきは見通せても、明日のことは見通せない・・・奇妙な世界。
舞台に立つ役者たち一人一人が、時の流れを決める・・・・そんな世界。
「・・ともあれ、私もようやく、未来を憂う人並みのくらしが出来ると言うわけだ。
ここから見届けさせてもらおう・・事の顛末というヤツを・・・。」
「・・・ならば、私も思いとどまることを止めにします。
あなたでも見通せないというなら、賭けに乗るのも悪くないでしょう・・。」
言いながら、少女は闇を見つめる。
うつろな瞳。
・・・しかし少女は闇が嫌いではなかった。
「純然たる白と、純然たる黒。
しかしいくら交差しようとその色だけは決して交わらない・・それが光と闇であったはず。」
・・しかし、今の状況はどうだろう?神と魔のデタント?・・笑わせてくれる。
「・・争うことをやめた神と魔に・・・一体、如何ほどの意味がありましょう?」
彼女はきつく唇を結ぶ。
何もアシュタロスのように無謀なことをしようというわけではない。
自分は・・ただ火種となればいいのだ。
神界、魔界、そして人間界・・・全てを巻き込む大きな戦の・・。
「何故そうまでして破壊を求めるのだ?君はなにを知っている?」
興味深げに問いかける声に、ドゥルジは無表情のまま振り向いた。
・・・。
「・・・現世には・・『色を持たぬ者』も存在するのです。」
「・・・誰も知らない・・・白でも黒でもなく・・まして他の色でもない。
強いて言うなら混沌の・・・・・異質な何かが・・・。」
忌むべき呪いの文句でも吐き出すように、彼女は大きく語調を下げる。
「私は・・偶然にも彼の者に出会ってしまった。」
淡々とした言葉から、すくい取られる、彼女の悲しみ・・そして絶望。
記憶に留めていたいのか、否か・・それすらもはっきりとしない、この感情は・・・
「馴れ合いのなかで灰に染まった、今の神と悪魔を・・
・・いずれ混沌は飲み込むでしょう。人間たちも生き残る術を持ちません。」
『ソレ』は未だ、世界のどこかに息を潜めている。
今すぐにでも全てを消し去る力を持ちながら・・・楽しげに自分たちを観察しているに違いない。
アシュタロスとの衝突を避けたのは失策だった。
もっと早くに動いていれば・・・・・・
「・・私が失われた色を取り戻してみせます。滅びの刻まで・・もう間はありませんよ?」
〜後編に続きます〜
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