ザ・グレート・展開予測ショー

迎える言葉


投稿者名:志狗
投稿日時:(03/11/ 3)

 

 ―――――――――さあ、今日こそでござる。


 カレンダーを見ながらシロは決意の言葉を胸の内で呟き―――――――悩んでいた。
 にこにこしながら、心弾ませて。


 何度か実行はしたことだった。
 だがもう少しのところで本意は遂げられず、しかしそれでも十分な満足感を得てきた。


 そして今日こそは――――――――――

 シロは胸に秘め続けた想いを確認するようにしっかりと抱きしめた。












 横島という男は概して食事という物にあまりこだわりは見せない。
 彼が食事に意識するのはその本質―――――――腹を満たす、という事に一念が置かれていた。


 ―――――――――先生は“かっぷらあめん”というものばかり食べている。


 横島の自宅での食生活についてシロが抱いた最初の感想はそんなものだった。

 初めの頃、“かっぷらあめん”というものはシロの知識には無い物で。
 彼女がその後につけた知識によると、味はともかく栄養には欠けるらしいという事が分かった。


 ――――――――――先生の好物なのかも。


 初めはそんな事を考えもしたが、どうやらそういう事でも無いらしい。
 彼がその食生活に不満を抱いている事が分かるのにそう時間は要らなかった。


 ―――――だから。
 その人なら心配は要らないだろうけれど、でもやっぱり。

 ――――――――――美味しい物を栄養のオマケ付きで食べてもらいたい。

 シロはそう思っていた。






 前にも料理を作りに行った事があった。

 初めは些細な事から。
 サンポの帰りに彼の部屋に寄り、空腹と疲労に呻く声を聞いて―――――小さな冷蔵庫に入っていた、なけなしの食料を調理して。

 その時は彼のがっつく勢いと、思い付きだった事もあって感想は聞けなかったけれど。


 聞きたくって……喜んでもらえたか知りたくって……


 その次は事務所から食材を持ち出して。

 何気ない顔で彼の食べる横顔を見つめていたけれど、本当はどんな反応をされるのかって……
 心臓の鼓動がやかましいくらいだった。

「肉ばっかりだなぁ」

 そんな事を言われて、内心「気に入られなかったのかも」と不安に思いながら頬を膨らませた。

 でも――――――――


 喜んでくれたから。

「ありがとな」―――――――そう言って、優しく頭を撫でてくれたから。

 シロがそれを好き好んでする理由はそれだけで十分だった。



 最近はちょっと“めにゅー”に“ばりえーしょん”も出来て、そうすると今まで出てこなかった悩みも出てくる。

 ――――――――――今日は何を作ろう

 彼女にとって、とても幸せで――――――――そしてとてもとても大切な悩み事。





 彼の部屋の近所の“すーぱぁ”で買い物をする。
 そう何度も事務所から食材を持ち出す訳にはいかなかったし、彼がその事を気にしないように。

 お金は居候宅の主からちょっと貰えるお小遣いで。

 だからあんまり頻繁には作れないけれど。
 でもそれも彼が遠慮しない事に繋がっているから、彼女は別に良いかなと思っていた。

 偶にだけっていうのは、やっぱりちょっと残念だけれど。






 もう少し。


 事務所から結構離れた彼の住処。
 通り過ぎていく景色たちが彼の家の近い事を教えてくれる。


 彼が彼女の居候する事務所をアルバイトに訪れる時は、夕飯を食べて帰ることが多い。
 だからチャンスは少ないのだ。


 彼が事務所を去るのを見送ると、すぐさま身支度を整え彼女は駆け出す。


 速く、速く―――――――――――どんな狩りの瞬間よりも速く。
 駆けて駆けて駆けて―――――――――――逸る想いを繰る足に乗せて。


 今までも彼が電車で帰る前に先回りしようと全速力で移動していたのだが、どうしても遅れを取ってしまっていた。
 不慣れな買い物や、予想外のアクシデントとか。

 買い物に向かった“すーぱぁ”で。
 初めの頃は何が必要かわからなくって、買い忘れに引き返すこともあって。

 アパートに着くと既に彼が帰ってきていたり、途中で出会ってしまったり。
 ドアを開ける寸前の所に鉢合わせなんて事もあった。


 でも今日は大丈夫。

 買い物の下準備も万全。
 “すーぱぁ”の何処に何があるか…値段だって完璧に調べてあった。

 忘れないようにメモだってちゃんと持って。



 最近は馴染みになってきたお店の人に軽く挨拶をする。
 話の長いおばちゃんに、今日はちょっと悪いけれど会釈で済ませて。

 シロは駆けて行った。
 手に掛かる買い物袋の重みに心弾ませながら―――――――






 辿り着いた彼の部屋のドアの前。
 はっと吐く息はもうすっかり白い。


 中に人の気配は無い。

 だけどやっぱりちょっと心配で。
 ノックをする時には緊張してしまった。

 ここで返事が在ったら…
 あの心地良い笑顔に出迎えられてしまったら…


 嬉しい。
 嬉しいけれど、やっぱり本懐が遂げられないのは残念。


 二つの背反する…でもちゃんと繋がっている……
 そんな気持ちを抱きながら、シロは今日もドアをノックする。



 こんこん――――――――

 軽いノックの音が冷たい風の吹き抜ける廊下に響いた。



「………」

 どのくらいそうしていただろう?
 冷たい風が扉の前の彼女の体を撫でてから、やっと留守だという確信が持てた。
 ドアノブに手を伸ばして回してみるが、流石に鍵は掛かっている。

 少し辺りを見回して人目を気にした後、彼の部屋の扉の横の壁に掛けられた郵便受けをちょっと持ち上げる。
 古いアパートのせいか、そこには小さな亀裂がはしっていて、片手ぐらいなら入れられる穴が開いてしまっているのだ。

 その隙間に片手をゆっくりと滑り込ませる。
 ちょっとの不安と、でも確信も抱いて。

 片手に掛かるビニール袋の重さがちょっと痛い。
 でもそんな痛みも、隙間の奥で指先に触れた小さな感触にきれいさっぱり消え失せる。

(ほら、やっぱりあったでござる)

 誰にする訳でもなく得意げな顔でその隙間から取り出したのは小さな鍵。
 彼の部屋の鍵だった。


 そそっかしい彼は自宅の鍵を無くしてしまった事があるらしい。
 だから外出する時には良くここに鍵を隠していく。

 それさえも忘れてしまう事もあるのだけれど。


 ――――――――――今日はあって良かった。

 彼にこの秘密を教えてもらった時の幸せを思い出すみたいに、シロはほっと顔を緩ませる。






 その鍵を使って、部屋の中に入る。

 がらんとした部屋にハナをくんと鳴らして、もう一度誰も居ない事を確認。
 何度も来た事があるのに、そこに一人で居るだけで何とも言えない新しい感覚に包み込まれる。
 勝手に入ってしまう事にちょっと罪悪感はあったけれど、やっと本意を遂げられる嬉しさに誤魔化して。

 重たい荷物を台所にそっと下ろした。
 ちょっと多めに材料が入った袋は、冬の冷たい空気と共謀して彼女の手に赤く痕を付けてしまっていた。


 冬の温かさに頬を染めたような手を優しく洗い―――――――シロは支度を始めた。





 この感覚、覚えている。

 彼女が彼と出会うちょっと前まで当たり前にあった物。
 今よりもずっと幼い彼女の時にあった物。

 こことはちょっと違うけれど。
 同じ想いを持てた彼女の故郷に随分前に在った物。


 帰ってくる人を迎える……当たり前だった幸せの感覚―――――――――






 全ての準備を終え、その瞬間を緊張しながら待つ彼女のシッポがぴくんとはねた。


 外に気配。
 扉が開く音。

 夕暮れも夜空に仕舞い込まれ、大きなお月様がぽっかりと浮かんで。
 月夜の心地良いニオイの中、確かに感じたもっと心地良いニオイ。

 ――――――――彼のニオイ。






 どうしても言いたい言葉があったから。

 懐かしい言葉を、彼女の幸せの言葉を、失った言葉を……彼に向けたかったから。







「―――――――――――――お帰りなさい、先生」




 平然と言うつもりだったシロのその言葉は、ちょっとぎこちなく。
 亡き父に向けたように……でもきっとそれ以上の想いを込めて――――――――


 ぽかんと呆けた表情の彼女の愛しい者を出迎えた。


 

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