ザ・グレート・展開予測ショー

アシュタロス〜そのたどった道筋と末路(涙)〜おキヌ・ざ・すたんぴぃど


投稿者名:♪♪♪
投稿日時:(03/11/ 3)







 ――その日起きた事件について、関係者各位はこう語る。


 あの事件は、誰一人として得るものが無く、誰一人として失わないものが無かった不毛な事件だったと。


 『その事』を横島が知ったのは、バイトを帰宅してからだった。
 二人の姿を見つけるや否や、三姉妹の末っ子にして、文字通り蝶よ花よと育てられてきたパピリオ嬢が、抱きついてきた。
「アシュ様! ぽちーーーーーっ!」
 ポチはやめろってのに……と口の中でつぶやいて、横島は自分に抱きついてくる小さな体を受け止める。
 同時に、おや、とも思った。パピリオが、自分やアシュタロスに抱きついてくるのも珍しい。パピリオの精神年齢はいわゆる『お年頃』という奴で、兄代わりの横島にさえ、この頃は恥ずかしがって抱きつこうとしない。
 昔は事あるごとに抱きついてきたというのに。


 数年前、彼らが『恥ずかしいから』と初めて抱擁を拒否された時の、寂しさといったらなかった。お嫁に行く娘を見送る父親のような心境だった。親馬鹿、シスコンと化していたアシュタロス、大陸、忠夫の三人には特にその傾向が顕著だった。
 その日は三人で一晩をルルルー泣きで明かそうとしたほどである。それぞれの相方(百合子、ルシオラ、ベスパ)に突っ込まれなかったら、そのまま翌日までたそがれていたかもしれない。


「やけにはしゃいでるなパピリオ」
「おじいちゃんに会えるのがうれしいのよ」
 久しぶりの感触をかみ締める横島に、ルシオラが暖かな笑みを浮かべながら付け加えた。ベスパは、眷属がかき集めてきた蜂蜜をビンに詰めて、食料の作り置きをしている真っ最中だが、横顔が笑っていた。


「え!? おじいちゃんって、まさか――」
「さっき電話があってね。ドクター・カオスが明日こっちに来るのよ!」




『アシュタロス〜そのたどった道筋と末路(涙)〜おキヌ・ざ・すたんぴぃど』




 うららかな午後。令子は、よく冷えたアイスコーヒーで喉を潤しながら、涼しさを肌で堪能していた。
 所長である美神令子が、『暑い・寒い・湿ってる』等の環境苦嫌いということもあって、空調関係は文句のつけようが無いほどに充実していた。
 横島が令子の事務所をバイト先に選んだ理由も、実はここにあるのだが……それは省くことにする。事務所の外が日光に当てられてオーブントースター上体なのに比べると、クーラーの効いた事務所内は、まさに天国。
「…………はぁ」
 横島がいないということで、おキヌちゃんが沈んでいる事を除けばの話だが。


(あの助平のどこがいいんだか)


 苦笑する令子。彼女はGSになって以来、お金にしか興味が無いような生き方をしてきたので、恋愛というものに疎い。それでも、おキヌが横島を慕っていることがそれとなくわかった。
 それも、かなり深刻に。


「寂しいんだったら、家に遊びに行ったらいいじゃない」
 本日108回目のため息がおキヌの口から漏れた直後の、令子の台詞である。


 普段の守銭奴ぶりや、何も知らないいたいけな幽霊に対する日給問題などで冷酷非常と思われがちな令子だが、意外なことに後輩や年下の女性に対する面倒見はよかった。現に、高校時代の後輩とは今でも交流があり、冥子にもなつかれている。信じられない事に、あ・の! 令子が借金の申し込みを受けたことすらあるのだから、驚きである……しっかりと利子はとるのだが。
 男性に対する反応が辛いのは、これの反動かもしれない。


 そんな彼女にとって、恋に悩むおキヌを放置するのは気が進まなかった。出来るなら、早々に横島とくっついてあのセクハラをやめさせてほしいという打算もある。


 ……ルシオラという恋人がいてなおああであるという現実を知ったら、二人ともどんな顔をするのだろうか。


 ともかく、令子はおキヌの恋路を積極的に応援する腹積もりでいた。
「おキヌちゃんはよく働いてくれてるし、たまには有給休暇も……」
「……私、横島さんの家知らないんです」
「あらら。聞けばいいじゃない」
「……聞こうとしたら、はぐらかされるんです」
「書類に書いてある住所は……」
「――美神さん、横島さんの書類作ってませんよね?」
「えっと……」
 令子、言葉に詰まる。特に最後のそれは完全な犯罪行為だけに、気まずいものがある。労働基準法違反で調査されそうになった時のために、役所に正式な書類を送っていないのだ。『当方にそんな人物は降りませんが』と、これが調査されそうになった時の言い訳。


 ひでぇ女だなオイ……
 それ故、令子すら横島の住所は知らなかった。連絡はもっぱら電話で行っている。


「電話したら女の人がとることがあるから、多分どこかの家に下宿してるんだと思うけど」
 女性と同棲、という現実を脳細胞が否定するあたり、横島に対する令子のイメージという奴が伺える。
「女の人と下宿ですか――?」
「ええ。あ、心配しなくてもいいわよ。
 横島君のこと『タダちゃん』なんて呼んでたから。恋人同士でもない限り、こんな呼び方するのは男として見てない証拠よ。大方、覗こうとしてあしらわれてるんじゃない?」
「そ、そうですよね!」


 一瞬表情を曇らせかけたおキヌだったが、直後のフォローで笑顔を取り戻した。その女性――ルシオラが、実際の恋人であると知ったら、二人はムンクの叫びになるかもしれない。


「とりあえず電話してみたら? 声聞くだけでも、だいぶ違うんじゃないかしら」
「そ、そうですね」


 的確なフォローをしたにもかかわらず、おキヌの表情がまた引きつるのを見て、令子は眉をひそめたが……原因に到達するのに時間は必要なかった。


「あのねおキヌちゃん」
「は、はひ」
「……電話一つでそんなに緊張しなくてもいいのよ?」
「わ、わかってるんですけど」
 言いつつも、受話器を持ち上げる腕が震えている。
「え、えっと……いいくにつくろうかまくらばくふ」
「それ。年号」
 見事に上がりきっている。


 微笑ましい。微笑まし過ぎる。
 ――それゆえに危うい。
 令子の後輩にも一人いたのだ。こういうのが。
 先輩に対する憧れが強くなるあまり、女同士の恋愛に目覚めかけて暴走した少女が。
 下手に純真な少女ほど、『恋』が絡んで暴走したときの反応は恐ろしい。そりゃあもう本当に。令子自身が身をもって体験した。


(下手に刺激しないほうがよさそうね)


 そう考えた令子だったが――世の中、思い通りにことは運ばないもんである。


「れ、れ、れ、令子ちゃーーーーーーーん!!!!」
「どうしたの冥子!?」
 いきなり肩で息して飛び込んできた冥子に令子は臨戦態勢を整えて反応した。なんだかんだで冥子も一流のゴーストスイーパー。
 それがこうまで慌てるとなると、ただ事ではない。


 そう、確かにただ事ではなかった。

















「横島さんが、ドクターカオスに襲われてたのーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


























 この一言こそが。
 後に、『おキヌ・ざ・すたんぴぃど事件』と呼ばれる事件の発端である。



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