ザ・グレート・展開予測ショー

冬は訪れてる


投稿者名:veld
投稿日時:(03/10/28)


 にやけた表情が鏡に映る、引きしめようと思っても、にへら、と自然に頬が緩んでしまう。―――心の中に浮かぶのは、歓喜の色。いつまで経ってもきっと消える事は無い、そんな幸せの固まり。
 さらさらと溶けるかのように。
 きらきらと輝くように。
 ゆっくりと、ゆっくりと、それは雪のように優しく。そして、じんわりと―――。





 冬空は曇りがち。でも、彼女の心はぼかぼか陽気。
 吹き付ける風は冷たい。でも、彼女の体はふんわりほかほか。
 少ない給料から、生活費を削って彼が買ってくれたのは今、身に纏うコートだった。別に欲しいわけではなかった。―――寧ろ、そっぽ向きながら手渡してくれた時、彼が言った言葉が嬉しかった。

 「風邪、引いたら困るしな」

 子供は風の子。元気の子。
 だから風邪なんて引かない。
 だから、平気なんだって。
 言えなかった。胸が詰まってた。何故だか咽喉の奥がつんとした。
 分からないまま、戸惑ったまま、その、何だか不思議な感覚に浸っていた。

 でも、彼が向いた途端に。

 目から涙が溢れ出した。

 ぼろぼろぼろぼろ、溢れ出した。
 それは悲しいからなんかじゃなかった。
 でも、分からなかった。
 泣いていることさえ、最初は気付かなかった。
 ただ、感情が溢れ出すよりも早く―――涙がこぼれるのが早かっただけ。
 すぐに気付いた―――頬を濡らす感触に、そっと、熱が触れた。
 彼の指先―――。


 「な、泣くな!!」

 ぶっきらぼうに。
 でも、そこはかとなく、心配そうに。
 触れる指先から伝わる気持ち。
 素っ気無い態度から強く感じる照れ隠しの向こう側の感情。
 勘違いかもしれない。
 自惚れかも知れない。
 でも、きっと、そうだと思うから。

 ふんわりほかほか、コートは優しく身を包む。
 まるで彼に包まれているような気持ち、少し、いや、すごく嬉しい。
 そして、暖かい―――。







 冬支度を終えた街を歩く。スキップを踏んでる。鼻歌を口ずさみながら。
 行き違う人は少し寂しそうな顔。寒い季節だからかな?―――笑顔が見えない。
 向かう先は彼の部屋。そう考えると幸せになる、少しだけ申し訳ない気持ち。でも、構わないよね?

 しゃんしゃんしゃん・・・
 鈴の音が聞こえる。
 しゃんしゃんしゃん・・・
 鈴の音が聞こえた。

 遠くから?それともごく近くから?分からないけど、確かに聞こえた。それはきっと、みんなに聞こえるはず。
 しゃんしゃんしゃん・・・
 しゃんしゃんしゃん・・・

 そう、冬は訪れてる。




 部屋に入ったら何て言おう?
 「暖かかったでござる!」
 そう、言おうか?
 それとも。
 「寒かったから先生と一緒におこたに入るでござる!」
 とか、言ってしまおうか?

 彼は何て答えるだろう?
 「そっか」
 素っ気無く答えるだろうか?―――隠し切れない笑みをかすかに口元に浮かべて。
 「馬鹿犬ッ!」
 なんて、慌てふためいたり―――別におこたでござるよ?―――変なことをするわけでもないのに。なんて、先生にもたれかかったり。
 抱きついたり―――。



 しゃんしゃんしゃん・・・
 しゃんしゃんしゃん・・・

 ゆっくりとした歩みはやがて速く。
 スキップは駆け足に、すれ違う人の顔はどこか幸せそうに。
 雪が降り始めた。粉雪。とっても綺麗で。一緒に見たい。
 空を見上げることはしなかった。とっても綺麗だから、一人で見るには少し綺麗過ぎて。
 だから、彼の部屋に行くまで。
 だから、彼の部屋に行くまで。


 しゃんしゃんしゃん・・・
 しゃんしゃんしゃん・・・

 窓から浮かぶ光は賑やかな室内を映している様―――人影がちらほらと見え、まるで自分の知らない場所であるかのような錯覚がする。
 わいわいがやがや・・・横島ぁ・・・わいわいがやがや・・・ちくしょうっ・・・わいわい・・・がやがや・・・

 歩みを止めて立ち尽くす。
 別に、入ったって構いはしないんだ。
 きっと、彼は優しく迎え入れてくれるだろう。
 でも、進めない。
 何故だろう?
 仲間外れにされるのが、恐いのかな?
 知らない先生を知ってしまうのが、恐いのかな?

 しゃんしゃんしゃん・・・
 しゃんしゃんしゃん・・・

 鈴の音が聞こえる。
 寂しげに、遠のいていく。
 確かに聞こえた気がした。
 その音は寂しげだった。

 「先生・・・」

 雪がコートに積もってく。
 触れては溶ける粉雪が。
 ゆっくりと力強い輝きを放つ雪へと変わる。

 「・・・先生!」

 呟くだけの呼び声は届かない。と、知っている。
 それでも。
 もう一度―――

 「よぉ、シロ」

 背中から掛けられた声。
 それは自分の良く知っている声。
 聞き覚え、どころじゃなくて。
 毎日だって聞いてる。聞いていたい、そう、思う声。

 振り返ればそこには彼の顔。困り顔の、そんな表情。
 前が見えなくなるくらいの量の食料の入った買い物袋を抱えて、突き出したフランスパンの脇から見ている。
 おかしくなって、くすっ、と笑った。
 彼も何故だか照れくさそうに。

 「先生?」

 どうしたんでござるか?―――と、尋ねようとしたけど。

 「肩、雪積もってるぞ・・・?」

 彼がそう言った。そして、私の手を取る―――買い物袋は片手で持って、少しバランスが悪そう。支えるように手を添えると、嬉しそうに微笑んでくれた。
 頷く私に「でも、どうして・・・」そう、呟いて―――私は視線を上に向ける。光と影が差し込む窓に。

 「あぁ。あいつらか。クラスの連中が何かいきなり来やがって・・・」

 「自由を謳歌している者に天の粛正を行なう、つまるところ好き勝手に遊ばせろ。スペースをお前の部屋とする。ちなみに拒否権はない。・・・まさか、「彼女がいるからお前らを上げるわけにはいかない」なんて言う気じゃないだろうな?お前は俺達を裏切らないだろうな?―――ちなみに、田中。そう、あいつだよ。我らに内緒で恋人を作ってやがったあの野郎だ。―――あいつは我らが処刑した。―――口の中に練り山葵一本分の刑だった。壮絶だった・・・お前もそうなりたくなかったら、素直にちゃきちゃき女っ気のない部屋を一夜だけ使わせろ。構わないだろう?お前ならわかるだろう、もてない俺達の気持ちがぁっ!!なぁ、もてない男の会、会長。横島。・・・とか、勝手に人をわけのわからん会の会長にした挙句に部屋を徴収しやがって・・・連中・・・」

 「・・・何でござるか?それ・・・」

 良く、分からなかった。

 「いや、俺にも良く分からんけど・・・」

 彼にも、良く分からなかったらしい。

 「先生、拙者・・・何か嫌でござるよ・・・」

 何か、と言うよりも、凄く、嫌だ。
 あの感覚は、この所為だったんだろうか。
 あのまま入っていたらどうなったんだろう?―――自分の鋭敏な感覚に感謝した。

 「何となく、俺も嫌だ。女っ気の無い空間になんて一時だっていたくない」

 先生も身を震わせ、げっそりとした表情で言った―――。買い物袋を放ると、掴んでいた拙者の手を引く―――そして、囁くように言った。

 「逃げちまおうか?」

 拙者は頷いた。









 雪は静かに降り注いでいる。
 散歩途中に立ち止まる二人の肩を濡らすように。

 「先生、綺麗な雪でござるよ」

 雲は深い闇の中に隠れ、見えなくなっている―――黒色の絵の具で塗りつぶしたような空から降り注ぐ白色の雪はいつもよりもずっと煌いて見えた。悲しいほどに別れて見える白と黒が儚く鮮やかで。

 「そうだな。綺麗だ・・・」

 きっと、それは素直な気持ち。
 拙者は掴んだ手に力を込めた。

 「雪は白色、シロも白―――先生、どっちが綺麗でござるか?」

 「・・・いや、そんな上手くない問いかけされてもなぁ・・・」

 「どっ・ち・で・ご・ざ・る・か!?」

 「・・・あのなぁ・・・」

 困り顔、でも。
 聞きたいから。



















 降り注ぐ雪は絶え間なく。
 立ち止まる二人に降り注ぐ。
 繋いだ手が離れた瞬間。
 彼女の体が彼に抱きついた。
 極上の笑顔を浮かべ―――そして、彼は背中から倒れ―――。
 冷たくも柔らかい、優しい雪のぬくもりと―――そして、目の前の彼女のぬくもりを感じながら。

 ―――ありきたりな幸せを甘受していた。




 しゃんしゃんしゃん・・・聞こえてくる鈴の音は軽やかに。
 しゃんしゃんしゃん・・・冬の夜に響く。
 しゃんしゃんしゃん・・・ざわめきさえ、闇の中に消え行く冬の中で。

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