けして消えない思いと共に2
投稿者名:ヒロ
投稿日時:(03/10/18)
酒場の中は、普通に六本木に入れば見られるような、豪奢さはなかった。どちらかというと、落ち着いた店内。蛍光で明るい雰囲気。カウンターのほかにも4つのテーブル・・・そしてなぜか100円占いがそれぞれのテーブルの上においてあった。
そして、今この店にいるのは自分たち以外では、カウンターでひたすら酒をかっくらっている中年の男が一人。こちらに手を上げている中年の男がまた一人。彼が依頼人だろう。
「どうも、ようこそわが村へお越しくださりありがとうございます」
と、どこぞのガイドよろしくに口を開けたのは、その中年の男であった。中肉中背にこやか以外の何者でもないその顔には、今はどことなく疲れとでも言えるものが浮かんでいた。この村の役所に勤めていて、治安作業に日夜励んでいるらしい。
名を真下といった。
「・・・で、事件をもうちょっと詳しく聞きたいんだけど?」
美神の質問により、男は口を開く。
最初、それがこの村に来たのはほんの一週間ほど前。いつの間にかふらっとこの村に住み着いていたらしい。
夜な夜な現れては牛や豚たちを襲い、食べていったという。家畜を食べるということで、納屋の中に入れれば、今度は民家の中に押し入り、この間は腕をやられたものもいたということだ。
それの大きさは大体大きめな子供といったところ。それほど頭はよくはないが、力が大変強いらしい。そして、体から流れる独特のにおい。くっさいらしい。
つまり・・・
「おそらくそれはゴブリンの一種でしょう」
美神はそういって立ち上がると、部下たちに目配りをした。
すぐに仕事を終える気らしい。行くぞ、とでも言うような合図を送る。
だが・・・
「正解だ。相手はボブゴブリン。身長160センチ。体重140キロ前後。独特の体臭を持っていて、総じてイカ臭いとか言われているな。それほど賢い種ではないが、きわめて残忍、やつらには懸賞金がかかっている。っつってもまぁ、すずめの涙みたいなものだが・・・」
と、不意にそういってきたのは、もう一人酒をかっくらっている男であった。
「あなたは・・・」
おキヌがそう尋ねる。
それに対し男は口を開く気はないのであろう、ふんと息を鳴らすと、だんまりを決め込む。
やや大柄で筋骨隆々としていて、赤いジャケットとジーンズをはいている。顔はまばらにひげが生えており、ぼさぼさの髪を生えるがままにしていた。その男を言うのであるのならば、ちょっと異質ではあるが、そんなところであろう。
「彼は瀬戸典明(せとのりあき)。ほんの3年前からこの村に住んでいるものです・・・」
依頼人である男が質問に返すように語る。
「ほんの数年前までは有名な・・・」
「俺のことはどうだっていいだろ!!」
真下の口をさえぎったのは、やはりこの瀬戸という名の男であった。もっていた酒瓶を思いっきり壁に叩きつけて、大声で怒鳴る。
「くそ・・・なんで・・・」
彼は怒鳴ってしまった自分に驚いたような顔をしてから、右手に握りこぶしを作り、呻いた。
だが・・・
「ちょっとあんた、別にあんたの身に何があったかは知らないけど、それをこっちに八つ当たりするのはお門違いもいいとこじゃない?」
と、予想通りに食って掛かったのは、美神であった。
「な・・・なんか今日の美神さん、いつもとなんか違わない?」
と、当の本人に聞こえないようにこそこそと会話を始めたのは、その弟子の横島。
声を返すのはおキヌである。
「ええ、でもしょうがないですよ・・・」
「え・・・どうして?」
おキヌはどこか伏目がちに口を開いた。
「今日はその・・・横島さんにとっても大事な日じゃないですか・・・だからいろいろと美神さんなりに気をつけていたんですよ」
と、彼は目の前で怒鳴る美神を見て、
「あれのどこが気をつけてるって?」
おキヌは冷や汗をたらしながら、
「え〜と、やっぱり気をつけっぱなしじゃストレスがたまって・・・」
と答えた・・・
「しょうがないなぁ」
横島はため息を一つつき、いまだに喧騒の納まらない二人に向かって歩いていった。
結局、やっと酒場から出てこられたときには、思うことすら容易な結果をかみ締めたもの約一名、といった按配である・
「なんなのあの男は!」
と、やたら不機嫌に美神はわめく。
「申し訳ありません。瀬戸は昔までは『トレジャーヒッター』として世界的に有名な男でしたが・・・」
と、依頼主である真下はややいいにくいように言葉を詰まらせる。
「あの人が・・・どうしたんですか?」
心配そうに言葉を促すおキヌ。彼女は何かいやなことでも聞くかのように、すでにその表情はゆがみ始めている。
「ええ、彼がこの村に住み始めたのはほんの3年前といいましたが・・・その三年前の今日、彼は大事なものを失ったのですよ・・・」
真下はそういった。
「それからなんです・・・彼が変わってしまったのは・・・」
『大事なもの?』
2人は顔を見合わせる。
「ええ、かけがえのないもの。もう、戻ってはこないもの・・・」
真下は、目を細めて青い空を仰いだ。
かけがえのないもの・・・
それは・・・
「それは瀬戸の恋人でした・・・」
それでは彼は・・・
美神とおキヌの視線が、ズタボロになった一人の青年に向けられる。
「横島君と同じ・・・だってわけ・・・」
美神とおキヌは痛々しそうな表情を作り、呻いた・・・
今、一つの罠が動き出した。
助かるためにはどちらかが死ななければならない。
こちらをゆっくりと、だがしかし確実に押しつぶすべく迫る壁・・・
今はその壁は二人の力によって何とか均衡を保っていた。だが、それでも確実に押しつぶそうと、圧迫を次第に強めていく。
男は内在する特異な力、霊力をより高める。どうやらこの壁は霊力に反応して動くようだ。
女も同じ様に、内在する力を高める。
だが・・・
所詮は人であるものの力、半永久的に動こうとするものの前には意味を成さない。
だから、彼らはこの先を攻略しようとはせずに、撤退することを選んだ。
『典明!!あなたが先に出て!!』
『そんな、それはできない!僕のほうが霊力が高いはずだ!!僕ならぎりぎりまでこらえられる。理沙が先に出るべきだろ!!』
『それはできないわ。あなたのほうが入り口に近いでしょ?』
『屈んでいけば君だって簡単に出られるはずだ!!』
『おねがい・・・わかって・・・あなたは私達にない特別な力があるんでしょ?それを役立てて見せて』
『でも・・・僕は君を・・・』
『いいから、いって!!』
彼は何かに打たれるように、だがどんなものにも屈しないような表情でゆっくりと入り口へと向かっていく。
そして、彼は入り口へとたどり着いた・・・
『さぁ、君もこっちへくるんだ!!』
彼はゆっくりと手を伸ばす。
呼応するかのように彼女も弱弱しくも手を伸ばす・・・
だが、その刹那・・・彼女は何かを察したように・・・
『あなただけは・・・生きて・・・』
壁は無常にも・・・二人をあざ笑うがごとく閉まっていった・・・
「くそ・・・いまさら・・・」
寂れた酒場に木霊すかのように、彼の唸りは韻を上げては、虚しく消えていくのであった。
今までの
コメント:
- 指摘の続き。
『普通に六本木に入れば見られる』→六本木には入れませんので『六本木に行けば見られる』若しくは『六本木で入れば見られる』でしょうか。
『その男を言うなら、ちょっと異質ではあるが、そんなところ』→表現はどこも異質ではないので、異質なのはその男の風体の方かと思いますが、それならば『その男を言うならそんなところだろうか。その風体はかなり異質と言える』のように誤解の少ない表現を用いるのが無難かも。 (斑駒)
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