ザ・グレート・展開予測ショー

においつけ


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(03/11/10)

「シロ〜〜、外行くけど一緒に来るか〜〜?」

ちょっとした用事で外出しようとした横島が、ふと思いついて屋根裏部屋に通じる階段の下から声をかけた。
直後、ベッドから飛び降りたに違いない音が天井から響き、けたたましい足音ともにシロが駆け下りてくる。
「先生っ! サンポ! サンポでござるかっ!?」
顔を舐め回さんばかりに近づいてくるシロに、少し身を引きながら横島が答える。
「あ、ああ、ちょっと駅前まで行くからな。・・・あんまり遠くへは行かんぞ?」
あまり期待はできないが、一応念を押しておく。そう言いながら、
『ハーフマラソンぐらいならなんとか。フルだとちょっと今日はきついな〜』
とか考えているのは、この男の奇妙なやさしさであろうか。
しかし、シロはそんな横島の思いなどまったく気がついていない。
両目にうっすらと涙を湛え、全身を小刻みに震わせながら呟く。

「・・・せ、先生が、先生が自ら拙者をサンポに・・・」
「シ、シロ?」
「これはもう拙者への愛の告白としか・・・・・・!」
「やめんかぁーーーーっ!! あうっ!!」
押し倒さんばかりに飛び付かれた横島は、その勢いのまま後頭部を壁に打ち据え、白目を向いて気を失いかけていた。
「だ、大丈夫でござるか? 拙者を置いて死なないでくだされーーーっ!!」
襟元を掴まれて首をカクカクと振る横島を見ておキヌは、さながら会津の民芸品・赤べこのようだと思った。
微妙に年季を感じさせる連想も、元禄以来幽霊創業三百年の実績を誇ったおキヌならでは、といったところだろうか。
ちなみに、この時横島は危うく彼女の待つ彼岸へと足を踏み入れるところだったという。

「あのコ、最近横島クンでも乗り移ったんじゃないの?」
「ペットは飼い主に似る、と言いますからね。。。」
「・・・バカ犬」
あきれ果てて止める気にもならない三人であった。


無事に此岸への帰還を果たした横島は、シロと一緒に日暮れ時の街を歩いていた。
夏の名残を惜しむかのような熱気と体に纏わりつく湿気が多少気にはなるが、それでも秋の音が聞こえ始めているのを感じる。
昨日まで聞こえていたように思う蝉時雨はとうに止み、夜ともなれば鈴虫たちが其処此処で鳴くのであろう。
烏兎怱怱。光陰矢の如し。
月日のたつ速さに、柄にもなく思いを馳せる横島であった。
「先生? どうしたんでござるか?」
腕を絡ませつつ身を寄せながら、怪訝そうにシロが顔を覗きこむ。心ここに在らず、といった感じが少々不満のようだった。
「ああ、夏も終わっちまったなー、と思ってな」
「残念でござる。今年は西瓜を三回しか食べられなかったのが、拙者心残りでしかたないでござるよ」
「ま、あんまり西瓜切ろうって気にもならなかったからなー」
「先生は夏バテ気味だったようでござるから、これからはスタミナのつくものをしっかり食べて、体力をつけるでござるよ」
「・・・いや、あれは夏バテなんかじゃないぞ。。。」


「それにしてもシロ、今日は走らないのか? 足でも痛いのか?」
「先生は走りたいのでござるか? それなら今からでも・・・」
「い、いや、俺が走りたいわけじゃなくて。。。お前とこんなふうにゆっくりと歩くなんて久しぶりだからな」
「拙者、最近気付いたんでござるよ。遠くまで速く走るだけがサンポじゃないって」
「ほう」
シロの口からは意外な、しかし他人が言えば釈明を問う緊急動議を提出したい台詞に、素直に横島は感心した。
「こうやって先生と一緒に街の騒めきを聞き、風の匂いを感じながらゆっくりと歩いていくのも大切なんだ、と思うようになったのでござるよ」
そういいながらシロは照れくさそうにはにかみながら微笑む。
淡い夕映えの色に染まるその表情に、思わず視線が吸い寄せられてしまう。
(いつまでも子供だと思っていたけれど、こんな顔をするようになったんだな。。。いや、俺は別にドキドキなんかしてないぞ!してないんだったらっ!!)
夕日に向かって必死に抗弁してしまう横島であった。


「・・・ん?」
路地の角に差しかかった時、シロの瀟洒な顔に影が走る。眉間にしわを寄せ、何かの匂いを嗅ぎ分けようとしている顔だった。
「どうした?」
不意に軽くなった左腕のほうを振り向くと、通り過ぎた一本の電柱へシロが歩み寄っていくのが見えた。
鼻をちょうど肩の高さのあたりに突き出し、しきりに匂いを嗅いでいる。
「何かあったのか?」
「・・・ちょっと待ってくだされ・・・やっぱり!」
「どうしたって言うんだ、いったい」
「誰かはわからぬでござるが、ここのところにケモノの匂いが付いているのでござるよ。拙者のなわばりだというのに、まったくもって不埒千万でござる!」
「ちょっ、ちょっとまて。それってもしや・・・」
不穏なセリフに心穏やかではいられない。またやっかいなトラブルの予感がした。
そんな横島の心境を察してか、安堵させるように穏やかな声で言う。
「大丈夫でござるよ。獣人族には間違いないでござるが、特に敵意などはなさそうでござるよ」
と、そこまで言って急に口篭もる。
「・・・それに、相手は女、でござる」
ポツリ、と呟きながら上目使いに横島を見やる。
「何っ!? 美人かっ!? 美人なんだなっ!? あああっ! ねーーちゃーーーーーんっっ!!」
先程までの怯えはどこへやら、目を輝かせながら興奮する横島であった。
拙者という物がありながら、と憤慨して頬を膨らませるシロであったが、与り知らぬ相手に少なからぬ興味をそそられてもいた。
「美人かどうかなんてわからないでござるよ」
拗ねたようにそっけない返事をしてみせるが、意識の大半は見知らぬ匂いの主に向けられていた。
さすがに容姿まではわからないが、年の頃は自分よりも上。

 そういえば、先生は大人の女性がお好みでござった。

 もしかして―――――

 もしかして―――――


「おーい、シロ。もうそろそろいいか?」
不意に軽く右腕を引かれて我に帰った。
どれくらいそうしていたのだろう。太陽はすでに空の下へと沈んでいた。
振り向いたシロはあっけに取られたまま横島の顔を見つめている。頭上の蛍光灯が頼りなくふたりを照らしている。
「どうした? 何かついてるか?」
呆然としているシロを不思議そうに眺めながら、横島は静かに待っている。

 ああ、そうでござった。

 先生は待っていてくれるのでござった。

 いつもこうして待って―――――

「先生っ!!」
肩を震わせながらシロが横島に飛び付く。うっすらと浮かんだ涙が粒になって飛んでいった。
「わっ! こら! くすぐったいからやめろって」
精一杯背伸びをして顔を舐めるシロに文句を言うが、口ほどに嫌がっている様子ではなかった。
道路に浮かぶ二つの影が、あたかも口付けを交わしているようにも見えた。

「まったく、どうしてお前は人の顔を舐めるのが好きかねーー」
横島は気づいていない。
無論、匂いがするわけではないが、自分からそこはかとなく発せられる仄かな気配が、
『拙者のなわばりでござる』
と、自己主張していることに。

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