ザ・グレート・展開予測ショー

私が愛したスパイ -The Spy Whom I Loved-


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 6/ 9)

『・・・私、行くわ』

『・・・バカだよ! あんた・・・・・・!!』

『・・・・・・ごめん』



ベスパは二日酔いにも似た、最悪の気分で朝を迎えた。

「・・・少しは手加減して麻酔しろっての」

重い身体を回すようにして、ベッドから起こす。
ボソッと悪態が口をつくが、ルシオラの気配が無事なのを感じて、わからぬ程度に安堵の溜息をついた。
どうやら、コード7に触れるようなことはなかったらしい。
だが、それまでの顛末が思い出されてくるにつれて、胸の辺りが無性にムカムカしてきた。

「ったく、あんなヤツのドコがいいんだか!!」

へらへらしたポチの間抜け面が脳裏に浮かび、いきおい枕を壁に投げつけた。
ボロボロになってしまったパジャマを乱暴に脱ぎ捨て、足元のゴミ箱へと放り込んだ。

気だるい身体を支えるように手すりに掴まりながら、ベスパはゆっくりと階段を降りていく。
鬱蒼と茂る木々から漏れる陽光が、清々しい空気とともにリビングを満たしていた。

「ベスパちゃん、おっはよーーー!!」

パタパタとスリッパの音を立てて、元気良くパピリオが飛び込んできた。

「・・・あ、ああ、おはよ」

無邪気に跳ね回るパピリオを見て、ベスパは首を傾げた。
てっきり、ポチがいなくなって大騒ぎしていると思っていたのに、そんな様子は微塵も感じられなかった。
ひょっとして、逃げたことにまだ気が付いていないのかもしれないが、それもどうも違うようだ。
だが、いくら気に入っていたといっても、所詮はたかが人間だ。
いなくなったペットのことなど、いちいち気にするはずもないか、ベスパはそう思い直した。

あくび交じりにだらだらとリビングを横切り、キッチンの冷蔵庫を開けた。
良く冷えた栄養ドリンクを一本取り出し、ふたを開けて飲む。
たいした薬効もないのだが、なんとなく効きそうな気がするので、何本かまとめて買ってある。ローヤルゼリー配合、というのも気に入っていた。
飲むときに、ついつい腰に手が行ってしまうのは、まあ、ご愛嬌だろう。

「あら、ベスパ。おはよう」

二本目のドリンクを口にしていると、横からルシオラが声を掛けてきた。
何もしていないはずなのに、妙に朗らかでつやつやした笑顔だった。

「・・・おはよ、姉さん」

そのつもりはなくても、ついついジト目を向けてしまう。
ベスパの視線を受けて、ルシオラはバツが悪そうに両手を合わせて「ごめんね」と謝った。
その仕草は恋する少女のように可愛らしく、とても人類を震え上がらせてきた魔族には見えなかった。
ふと、そんな事を考えていたので、キッチンで洗い物をしていた横島に、とっさには気が付かなかった。

(姉さんも物好きっていうか、なんだって―――)

「あ、おはようございます、ベスパ様」

(こんなヤツな、ん、、か、、、をぉぉぉ―――――!?)

「ポチ!?」

「は、はいっ!?」

思わず声を荒げてしまったベスパに、横島は無意識のうちに直立不動の姿勢を取ってしまう。
それでも食器を割らずにきちんと片付けているあたり、妙なところで細かい気が効く性格をしていた。
どうやら彼は、強気で姉御肌の女性に弱いようだ。

「ポチ、あんた―――――」

ベスパはそこで一旦言葉を切り、横島の首を抱え込むようにして外へ連れ出す。

「―――あんた、逃げたんじゃなかったのかい?」

「いや、そうしようと思ったんスけど―――」

「けど?」

「ほら、逆天号がまだ直っていないじゃないスか。だから、今逃げちゃうとちょっとマズいかなー、と思って・・・」

「はぁ!?」

心底呆れたような顔をするベスパ。
想像を絶する、信じられないような不思議な生き物を見た、そう言っている顔だった。

「あんた、バカじゃないの!? あたし達を裏切って人間の側についたくせに、今さら何を甘いこと言ってんのさ!!」

「―――いや、裏切ったというか、俺もともと人間だし・・・」

「うるさいっ!!」

ベスパの理不尽な一喝に、横島は事務所に戻ったかのような錯覚を覚えた。
目の前で檄昂するベスパを見て、自分が彼女に受け入れられたかのような気がした。
だが、そんな横島の気持ちなど、横で見ていたルシオラに判ろうはずもない。

「―――ちょっとベスパ、あなた何言ってるのよ!!」

「姉さんは黙っててっ!!」

「黙っていられるもんですか! いい?ヨコシマは私たちを裏切ったりなんかしてないの!!」

「なんで姉さんにそんなことがわかるのさっ!!」

「・・・ル、ルシオラ」

論点が微妙にずれている気もするが、自分のことを裏切者でないと言ってくれたルシオラの言葉に、横島は胸に熱いものとともに痛みを感じた。
ルシオラはわかってくれているとしても、ベスパやパピリオの気持ちを考えると複雑な気持ちであった。
だが、そんな感傷もルシオラの次の言葉で吹き飛んでしまう。

「ヨコシマはスパイとして乗り込んでいるの! 表面上は私たちの味方になったように見せかけているけど、本当は私たちの動向を探って人間たちに情報を提供するのが任務なのよ! もともと敵なんだから当然じゃない! そんなこともわからないの!?」

「わ――――――――――――――っっ!!」

横島は青ざめた顔をして、慌ててルシオラの口を押さえようとしたが遅かった。
昨夜、ルシオラに話したことがいきなり露見してしまった。もう終りだ。
腕に『MP』と描かれた腕章をつけたハニワ兵に連行され、略式の軍事裁判で死刑判決を受ける自分の姿が脳裏に浮かんだ。

だが、頭に血が上ってしまっているベスパにとって、そんなことはどうでもいいことのようだった。

「そんなことはわかってるっ! こいつが人間どものスパイだってことぐらい、あたしだってパピリオだってわかってるさ!」

「そ、そんな・・・ じゃあ、なんで今まで・・・」

必死になって隠してきた正体がバレバレだったと聞かされて、横島は衝撃のあまり声も出ない。

「でも、仲間だと思ってた。敵かもしれないけど、あたし達と一緒に来てくれると信じていたのに、こいつはあっさりと自分の群れに戻っちまう。しかも、姉さんまで奪っていって! 冗談じゃないよっ!!」

「ベスパ―――」

「なのに、あたし達のことが気になって逃げ出せない甘ちゃんなのさ、こいつは。逃げていてくれれば憎むことも出来たのに―――」

それっきりベスパは言葉を継ぐことができなかった。
のどの奥に息が詰まり、ただ、うつむいて肩を震わせるだけだった。
ルシオラも横島も、何も言えず静かに立ち尽くすのみであった。



「ルシオラちゃーーーん! ベスパちゃーーーん! ポチーーー! 何やってるんでちゅか。ごはんでちゅよーーー!!」

テラスから顔を出したパピリオの屈託のない無邪気な声が、三人の間を容赦なく駆け抜けていった。

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