ザ・グレート・展開予測ショー

おうちがいちばん!


投稿者名:とおりすがり
投稿日時:(05/ 1/ 3)



「おキヌちゃん、ただいま」
「「おかあさんー、たっだいまー」」

昼下がり、夫と娘たちの声が玄関から聞こえる。
私はいつもの決まりごとのように、こう答える。

「おかえりなさい、忠夫さん、春香、夏喜」

毎日何気なく繰り返すこの挨拶、でも私はこの挨拶が出来ることが嬉しかった。
平凡だけれど、家族だって思えるから。
そう思うだけで、じんわりと優しい、暖かい気持ちになれるから。














−−−−−おうちがいちばん!−−−−−















「ほらほら、二人とも。うがいをした?ちゃんと手も洗った?それが出来たら、お着替えね。幼稚園の制服、ちゃんと脱げるかなー?」

「「できるもーん」」

「あ、忠夫さん。スーツを衣紋かけに掛けたら、先にお風呂入ってきてくださいね。すぐにご飯にしますから」

「そうか、じゃあ軽く浴びてくるかな・・・」

「あー、あたしもおとうさんといっしょにはいるー」
「あたしも、あたしもー」

「こら、ふたりは先にお着替えでしょ。それに、お風呂は夕方にはいるでしょ。ほらほら、早く早く」

「「ぶー、やだ。おとうさんといっしょにはいるのー」」

「ふーん、そんな事言うんだー。じゃあ今日のおやつの、はちみつレモンと小判焼きは無しでいいんだー」

「「すぐにきがえるー」」

そう言うと、二人は奥の子供部屋に飛んでいってしまった。
ため息の様な音が聞こえて横を見ると、忠夫さんが苦笑いしている。

「ったく、あいつらは現金だなー。全く、誰に似たんだか・・・」
「あなたじゃないんですか?」

口を手に当てながら、くすくす笑ってそう言うと、ますます忠夫さんは苦い表情だ。

「・・・まあ、そのとおりか」

頭をかきながら、苦そうだけれど、どこと無く嬉しそうな忠夫さんの顔は、すっかり父親の顔だ。

「ほらほら、早くしてくださいね。待ちぼうけになっちゃうと、またあの子達怒りますよ?」

「そうだな、じゃあちゃっちゃと着替えて軽く入ってきますか」

「タオルは脱衣所に置いてますから。今日はピンクのやつ使ってくださいね」

「了解」

忠夫さんも着替えに行ってくれた。ここからが、私には忙しい時間だ。

「じゃあ私も子供たちの着替えとご飯の支度、ちゃっちゃとやっちゃいますか」








私、横島キヌ。
忠夫さんと結婚して、もう8年になる。今年でとうとう30歳。
今は私も母親になって、忠夫さんと2人の子供と一緒に過ごしている。
子供たちの名前は春香(はるか)と夏喜(なつき)。
春香がお姉さん、妹が夏喜。年子なので、ちょっと恥ずかしい。

2人の名前は忠夫さんが決めてくれるようお願いした。
春香が生まれる時も夏喜の時も、毎日姓名判断の本とにらめっこしていて、あれがいいかな、これがいいかなと悩んでいた。

子供が生まれても決まらないんじゃないか、そう思っていたけど、忠夫さんはいい名前をつけてくれた。

「春香、この子の名前はそう決めたよ」

忠夫さんの言葉は、今でもはっきり覚えている。
そばに座って、なれない手つきで、生まれた子を抱えていた時。

「おキヌちゃん、元気な子を産んでくれてありがとう」

「春香、生まれて・・・、ありがとう」

そういってくれた時、私は思わず忠夫さんの頭を撫でていた。
そして少し涙をこぼしながら、こう答えた。

「・・・ありがとう・・・」


お互いに、不安はあった。
ルシオラさんの事は、どうしたって頭から離れなかった。
そんな事は納得ずく、忠夫さんとも十分話し合った。
そう考えても、どこかでやっぱりもやもやした気持ちはあったのだろうと思う。

でも苦しい出産を終えて春香が生まれて、産声を聞いて。忠夫さんがありがとうって言ってくれて。
そんな気持ちはどこかに吹っ飛んでいた。

この子はあたしの子。大切な、あたしたちの子。
出産前の不安がまるで嘘みたいだった。

この子の前世が誰であろうと、そんな事関係ない。
これから一緒に、たくさんの時間を過ごしていこう。そう考えて、やっぱり少し泣いた。

目も開かない、本当にお猿さんみたいなくしゃくしゃの顔の娘を抱きながら、忠夫さんに視線を移して、こう言った。

「思いっきり、幸せになろうね」

新しい家族が増えて、その翌年にまた新しい家族が出来て、てんてこ舞いだったけれど、忙しい中にもかみ締めるような充実があった。
忠夫さんの身の回りの世話とか、掃除洗濯炊事、慣れない育児の疲れなんかもあったけれど、私は嬉しかった。
いつも近くに、家族がいてくれる。そう思えるから、嬉しかった。











春香と夏喜、2人ともとても元気で、毎日私を困らせている。こういったところは忠夫さんに似たのかなあ、といつも思う。
部屋の中は障子から何から穴だらけの落書きだらけだ。
忠夫さんに言わせると、案外私の血のほうが濃いんじゃない?との事だけど。
でも見ていると、おしゃべりなところは私に似たのかもと思う。

2人は今、六道学園の幼稚舎に通っていて、友達も大勢できたようだ。
今日も早速、「今日お友達と・・・」「今日ね今日ね・・・」などと着替えもせずにしゃべってくる。
毎日楽しくて、話したくてしかたないのだろう。

「はいはい、おしゃべりもいいけど、ちゃんと着替えないとダメよ。後で、ちゃんとお話聞きますからね」

「えー、やだー。いまがいいのー」
「いまがいいー」

「こら。そんな事いって困らせていると、お父さんに叱ってもらうわよ。お父さん、もう肩車も、ぐるんぐるんもしてくれないわよ」

「「やだー」」

そんな時、着替えをさせつつ結局はいつも話を聞いている。
2人も最近はわかってやっている節があるし、娘たちの成長に喜ばしいやらなんやら。

そうしていると、忠夫さんがお風呂に入る音が聞こえてきた。
上がる時間に合わせるには、下ごしらえをしていても、もう調理を始めないといけない。

「ほらほら、お父さんがお風呂から出たらお食事にしますからね。早くしないとダメよ」

「「はーい」」






「「「「いただきまーす」」」」

キッチンに、声が響く。
お昼はそろってお食事する。これは私のわがままもあるのだけれど、忠夫さんは付き合ってくれている。
除霊は夜中だし、事務処理などは日中にやらなくてはいけないから、体にも少し負担がかかっているとは思うけれど、やっぱり家族はそろって食事をしたい。
忠夫さんも仕事の性質上、どうしても子供たちといる時間が少なくなるので、娘たちとなるべく時間を一緒にしたいという事で了解してくれている。

メニューは忠夫さんにとっては就寝前、子供たちにはお昼なので軽いものが中心になる。
今日はおそばと白菜の漬物、それにお野菜のお味噌汁だ。
今日はそうでもないけれど、どうも私は昔の人間というせいか、栄養があって美味しければ取り合わせにはあんまりこだわらない。
もちろん、美味しく食べてもらいたいので、頑張るけれど。
それに、どんな食事にもお味噌汁がないと落ち着かない。
忠夫さんや子供たちは「合わない」とたまに文句を言うのだが、こればかりは譲れないというか、家族のほうを慣らしてしまえと密かに考えている。
ただクリスマスの時にはさすがにやめてくれと、忠夫さんに言われた。
別にケーキだけ食べるわけじゃないし、いいんじゃないかと思うんだけど。


そんな事を考えていると、春香が私に話しかけてきた。どうやら、お箸の持ち方を褒めて欲しいみたい。

「おかあさーん、みてみて。おはしってこうやってもつんだよねー」

「あ、凄いじゃない春香。ちゃんと持てる様になってきたのね」

「おかーさん、あたしはー?」

「夏喜は、もう少しかなー。あのね、お箸は親指とひとさし指で持つようにして、後は添えるようにするのよ。こうやってね・・・」

「んー、わかんない・・・」

「ははは、まああせる事はないよ。お姉ちゃんみたいに、少しずつ覚えていけばいいよ」

「あとで、お豆でお箸の持ち方の練習をしましょうね」

「「はーい」」

「ほらほら、お箸の持ち方もいいけど、ちゃんと食べないと。大きくなれないわよ」

「うん、ちゃんとたべるー」
「たべるー」

「ははは、言われなくたってお前たちきちんと食べてるじゃないか」

「言われてみればそうよねえ・・・子供はダイエット気にしなくていいから、いいですよね・・・」

「えっっ・・・」

「え、いやだ。ふふ、冗談ですよ。」

(そうなのか?俺はまたてっきり、しばらくダイエットメニューかと・・・。おなかのお肉も少しあれなようだし・・・ってまた口に出てたー!」

「なんですってええ・・・、あ・な・た」

「いや、違うっておキヌちゃん。いや、本当にほそいって。うそじゃないってばさ」

「ほおおおお・・・」

「「おかあさん、こわいね・・・」」





こういった日常の繰り返し。私は本当に、この生活がずっと続けばいいなあと、そう思っている。




−−−−−今まで、私たちには普通の日常が、あまり多くはなかったから。−−−−−



あの大きな戦いから、もう14年も経った。
あの頃の爪痕はもう世間には見受けられず、世の人たちもすっかり昔の事として、話題に上るようなことももう、無い。
あれだけ大規模な事件で犠牲者も天文学的な数であったにもかかわらず、追悼式典で年に1回記念しているくらいだ。
でも私には昨日の事のようで、遠いけれど近い時間を思い起こすこともあった。

変わったこと、変わらなかった事。
一口に言ってしまうには、本当にいろいろな事があってどれから話せばいいのかわからない位。


ひとつ言える事は、そう。


ルシオラさんの様に、美神さんもいなくなった事。


もう、あの人には会えないのだという事。


美神さんがいない。
その事が、どれだけ大きかった事なのかは、私たち二人にも、誰にもわからなかった。
大きすぎて、誰も。
ただ、私の目の前の現実から色が少し消えたように思えたのは、きっと気のせいでは無いと思う。

美神さんがいなくなった日、示し合わせた様に雪が降った。
町にしんしんと降り積もる雪。私には、その雪がとても忌々しかった。
美神さんの気配が、なくなっていく様に思えたから。



そう、10年前。


先の大きな戦いでルシオラさんを失って、その後美神さんをも失った。
そのときの彼の、忠夫さんの悲しみは、いったいどういう物だったのだろう。
私には想像のしようもない。だから、あの時はそばにいようとした。
嫌われても良かった。それしか、私に出来ることは無かったから。


あの後、一見そのままの生活が続いていた。
主のいなくなった事務所は忠夫さんが引き継いだ。人口幽霊一号もそれを望んだのだ。
高校を卒業して忠夫さんは一線で働いていたし、私も事務所員として美神事務所に就職していた。
シロちゃんもタマモちゃんもそのまま事務所に残っていた。
忠夫さんは除霊の合間に折を見て妙神山に修行にいっていたし、持ち前の商才で商売自体は前よりも繁盛していたくらいだ。

ただ、あのときの忠夫さんにはなにかなくなっているように見えた。それは、ほんの些細な兆候に感じられたけれど。
美神さんがいなくなって、悲しくないはずは無い。それを押し殺しているのも、十分過ぎるくらいわかっているつもりだった。

怖かったのは、少しづつ崩れていってる、そんな感じがしたからだ。
毎日同じリズムの生活、美神さんこそいなくなったけれど、同じ顔ぶれの所員、変わらない彼の笑顔。
それが、今思えばどれだけ不自然なものだったか、どうしてあの時は思い至らなかったのだろう。



ある日気がつけば、横島さんは泣いている様だった。昔、美神さんがお気に入りだったソファーに座りながら。

「実感がないんだよ」

彼はそういった。何をしても浮ついていて、世の中の出来事が上滑りしていくようだと。
目の前では相変わらず現実が動いていくのに、自分はその流れから取り残されていると。

「だから、なにか変わるかと思って、仕事に、修行にも打ち込んだんだけど・・・」

私もソファーに座って、ふっと見えた彼の横顔。笑っていた。
悲しそうでも、寂しそうでも無かった。彼は笑っていた。
自分自身に向けてだろうか、乾いた笑いを浮かべながら右手を見つめ、こう言った。

「・・・だめ、なんだよね」

あの時彼が言ったあの言葉。本当に何気なくつぶやいたあの言葉は、きっと本心だったのだろうと思う。




「俺も、もう、いなくなっていいのかな・・・」




気がつくと私は彼を叩いていた。それも思いっきり。
叩いてから、後で気がつくなんて事があるんだと、ぼんやり考えていた。

彼は彼で、また呆けていた様だった。私に引っ叩かれるなんて考えもしていなかった様だ。

気がつくと、彼の頬を引っ叩いていた。
彼を叩いた左手を見つめて、また彼の顔を見返して。

「だめ。絶対に、ダメです。」

そういいながら、涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。

「だめ、だめ、だめ・・・」

そういい終えると、今度は彼の胸に顔を埋めて、泣いていた。
感情がごちゃ混ぜになって、整理しきれなくて、私はただ泣いていた。



きっと、あのときの彼に伝えるには重すぎた言葉だったと今は思える。
でも、あの時には無理だった。
どれだけ自分勝手なのか、分かっていたつもりだったけれど。
心にたまっていた言葉が、まるで私の考えを無視するかのように、次々と出てきた。
叩いたことといい、まるで自分が自分で無いみたいで、でもその止まらない自分をどこか冷静に見ている自分が不思議だった。


「生きなくちゃ、ダメです。」
「横島さん言ったじゃないですか、生きたもんが勝ちなんだって」
「どれだけかっこ悪くたって、卑怯だとか情けないとか言われたって」
「生きてるだけで、凄いんだって。生きてれば、なんでも出来るんだって。そう言ったじゃないですか」
「それなのに、いなくなるだなんて・・・。そんなの・・・」

涙で見えないけれど、横島さんの顔を見据えて、私は言ってしまった。

「ルシオラさんと美神さんが守ったこの世界を。あなたが命がけで守ったこの世界を、捨てるなんて許さない」

「絶対に許さないから」

「許さないんだから・・・!」

最後はもう、大声で泣いているのか、しゃべっているのか分からなかった。

私が言った事が、どれほど彼にとって残酷な言葉だったか。
それは分かっているつもりだった、でも、言わずにはいれなかった。
そうしなければ、彼もまた、いなくなってしまったに違いないから。



忠夫さんは、しばらく黙っていた後、声を押し出す様にこう言った。

「なんで、そんなこと言うんだよ・・・」
「いいじゃないか、俺がどうなったって」
「俺はそんなに、強か無いんだよ・・・」

彼は、私を胸から引き離して逆にソファーに押し倒した。
その時、彼も涙で顔中がぬれている事を知った。

「なんで皆、俺なんかにそんなにこだわるんだよ」

「どうして、自分勝手な感情ばっかり押し付けるんだよ・・・!」


私のシャツの襟を掴んで、彼もまた泣きながらこう叫んだ。

「なんで俺に生きろっていうんだよ!!!」

「そうだろ、おキヌちゃん!」



私にはもう、なにも言葉にならなかった。
ただ、泣いた。彼に抱きついて、声の限りに泣いた。彼と一緒に、大声で。





二人で一晩泣きはらした後、いつのまにか朝になっていて、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
泣きつかれて、ソファーで眠ってしまったようだった。

私の下には、忠夫さんが寝ていた。つまり、抱き合うようにして眠ってしまっていたわけで。
あの時はなぜか冷静だったけれど、その後毎晩、寝床で思い出してゴロゴロしていたのは私だけの秘密。

ひどくはれぼったい顔を少しお化粧でごまかして、朝の食事を用意していると、忠夫さんがおき出して来て。
しわくちゃのYシャツとよれよれのパンツ、伸びたヒゲ。

「あ、あの。おはようございます」
「すぐにご飯にしますから、着替えて身支度してきてくださいね」

私は照れ隠しをするように、ばたばたと忙しそうに動いていた。
すると、お皿をテーブルに置いた後突然、彼が背後から抱きしめてきた。

「・・・昨日は、ありがとう」

彼はそう言った。
私は一瞬、それを正しく咀嚼出来なかった。
言葉は聞こえていても、脳に正しく届いていない、そんな感じ。

「一緒に泣いてくれて。一晩、一緒にいてくれて。嬉しかった」

「あ、いえ、あの、その・・・」

私は自分で分かるくらい、顔が真っ赤になっていた。
彼の鼓動や息遣いが、こんなにも近くに感じられる、そんな距離で。
少しずつ、彼の暖かさがしみこんで来る様で、落ち着いてくるのが分かった。
私は彼の手に自分の手を重ねながら、こう答えた。

「・・・いいえ・・・、私も・・・私の方こそ・・・」


そのまましばらくの間、お互いのぬくもりを確かめあっていた。





「しばらく事務所を閉めて、修行に出ようと思うんだ」

「えっ?」

朝食を食べ終わって、お茶をいただいている時に不意に忠夫さんがそう言った。

「今度は妙神山じゃなく、小竜姫さまに紹介してもらって、世界中をね」

「そう、なんですか・・・」

「前から考えていた事なんだ。雪乃丞をさそってさ」

「ふう、ん・・・」

私はなぜか素直に喜べなかった。せっかく彼がこれからの事を考えているのだというのに。

「日本から、少し離れてみようと思うんだ。ここには、良い事も悪い事も、思い出がありすぎるから」

「・・・いつぐらいに帰ってくるんですか?」

なんだろう。私は彼に行って欲しくないんだろうか。彼の思いは十分、わかっているはずなのに。笑って、送り出さなければいけないのに。


「正直、まだそこまでは考えていない。でも、約束するよ」
「必ず、またここに戻ってくる」
「あんなみっともない泣き顔も見られちゃったし、ね」

「もう、なんです、それ・・・。悪い人ですね・・・」
「私もいつまでも、待っちゃいませんよ・・・」

そうか、私寂しいんだ。その時、はっきり分かった。
彼が、乗り越えようとしている事を、手伝えない事が。一緒にいる事も出来ない事が、やるせないんだ。

でも、彼は帰ってくるって言った。
なら。

彼が帰ってきたとき、良かったって思える場所を作っておかなくちゃ。
それが、私に出来るお手伝い。

私も頑張って、やり遂げてみよう。













顔に西日が差し掛かって、ふと目を覚ます。
時計を見ると、もう4時を回っている。ついうとうとしていたみたい。
顔が少し、濡れている。どうやら、夢の中で泣いていたみたいだ。


「あのときの事、思い出すなんてね」

エプロンの端で、涙をぬぐう。
そうすると、体に近いところにぬくもりがあることが分かる。
横には子供たちが遊びつかれて、寝息を立てている。

「あらあら・・・」

押入れからタオルケットを取り出して、2人に掛けてあげる。
子供の寝顔は、本当に可愛らしい。いつもの小悪魔ぶりも、このときばかりは天使みたいだと思う。

夏喜の頭を撫でながら、今まで見ていた夢のことを思い返す。

あの後、忠夫さんたちは2年してから帰ってきた。
旅先で何をしていたかは、折に触れ小竜姫様が教えてくれたけれど、最低限元気かどうか以外は聞かないようにしていた。
彼も修行で頑張っているなら、私も・・・と考えたからだ。

だから、2年ぶりに忠夫さんの顔を見たとき。
本当に、胸がつまって。
出てきた言葉は少なかった。

「おかえりなさい」

「・・・ただいま」

それだけだった。
ピートさんやタイガーさんと一緒に来ていた弓さんや魔理さんには色気が無いなあ、なんて言われたけれど。
私には、それで十分だった。
変わったけれど、変わらない忠夫さんがそこにはいたから。不器用だけど、まっすぐな彼がいたから。


「あの後、事務所に帰ってきたら、いきなりあんな事いうんだもんな、忠夫さん」

私はくすりと笑うと、立ち上がった。
そろそろ夕食の支度とお弁当の準備にかからなくちゃ。

美味しいご飯を作ってあげて、ぐっすり眠れるようにお風呂を沸かしてあげて・・・。


そう、あのときの忠夫さんみたいに、言って欲しい。





−−−−−やっぱりここがいちばんだねって−−−−−







おうちがいちばんだねって、そういって欲しいから。
私は、今日も頑張る。



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