ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Scene 9>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/ 9/ 5)

「あー、死ぬかと思った」

横島はそんな呑気な声を出しながら、見事なまでに突き刺さっていた屋台から頭を引き抜いた。
山と積まれたオレンジやグレープフルーツがぽろぽろと崩れ落ち、石畳の上をころころと転がっていくが、そのままに任せておいた。
以前、同じような台詞を吐いたときには記憶喪失になったりしたが、今はもう慣れて免疫でも出来たのか、そんな様子は何処にもない。
柑橘系の刺激にしばし目を瞬かせ、頭をすっきりさせるべく左右に振ると、傍らの赤いリンゴが目に止まった。

「もらうよ」

おもむろに一つ手に取り、ポケットの中から小銭―――生憎と10円玉だったが―――を半壊した屋台のカウンターに置き、肩をコキコキと鳴らして歩いていく。
屋台の親父はただ、ぽかんとした顔で見つめるだけで何も言わなかった。

手のひらでリンゴを玩びながら、広場の方へと目を向ける。
この致命的な時間のロスは痛い。
道路を走る車はもはや一台もなく、橋や他へ通ずる道は全て封鎖されていた。
警察も交えて十重二十重と囲む人数はなおも増え、たった一人の女の動きを警戒していた。

「あーあ、すっかり囲まれちまったなぁ」

横島はぐるりと囲む御用提灯を眺めて、あきれたように声を出す。
だが、ベスパは横島のほうを振り返ろうともしない。

ベスパは路上にしゃがみ込み、泣きじゃくる女の子の頭を撫でながら声を掛けていた。
女の子も次第に落ち着いてきたのか、途切れ途切れに頷いて返事をしているのが聞こえる。
どうやらイタリア人ではないらしく、二人が何を言っているのかは横島にはわからなかった。
それでも、「大丈夫」とか「飛び出しちゃダメよ」とか言っているのだろうというのは、なんとなくだが理解できた。

「で、どうするよ? その子を人質にでもして逃げるのか?」

まるで年の離れた姉妹のような二人を見下ろして、心にもないことを横島が言った。
言葉は通じていないのにもかかわらず、その意味を察した女の子がビクッと身体を震わせた。
ベスパは横島のほうにちらりと目線を投げるが、すぐに女の子に向き直って優しく言った。

「Ya vete donde tu mama」(ママが心配してるわ)

そう言って軽く送り出してあげると、女の子は歩道のほうへ駆け出して行った。

「Hasta la vista!」(バイバイ!)

女の子は一度振り返って元気良くそう叫ぶと、瞬く間に人垣の中に消えていった。
ベスパはその様子をほんの少しの間眺めていたが、やがてスーツの裾をはたいて立ち上がる。
片方のヒールがダメになったせいか、少しバランスが悪いようで、躓きかけたのを横島が手を差し伸べる。

「・・・やれやれ、俺はすっかり悪役だね」

「・・・ふふ、わりと似合ってたよ、ポチ」

手をとってベスパが笑いかける。
その表情を見て、頭に浮かんだ疑問が口をついて出た。

「なあ、お前は本当に魔族なのか?」

無論、魔族だから女の子をかばったりはしない、などと言うつもりはない。
彼らとて、その必要がなければ無為に危害を加えたりはしない、ということを横島は身を持って知っていた。
しかし、逆に言えば必要があればそれが誰であれ躊躇はしない、ということでもある。
二人とも女の子を傷つけるようなまねをさせるつもりは毛頭ないのだが、少なくとも今はその必要を裏付ける理由が充分にある。それなのに何故?

その問いには答えず、ベスパは横島に背を向けて、道に倒れているスクーターを起こす。
キーを回すと、呆れるほどに頑丈なエンジンは二度目で息を吹き返し、白い煙をマフラーから吐く。
情が移り始めていた仲間の元気な音に安堵し、運転席に跨って横島の方を向いた。

「―――今日ぐらいは、手を赤く染めたくはないのさ」

「―――どういう意味だ?」

「知っているくせに」

「―――――」

横島にはその意味がわからなかった。
ベスパは知っている、と言う。だが、それに思い当たるような言葉は浮かんではこない。
ただ、ぼんやりとした不安が頭の奥に拡がっていくような気がした。

しばらくの間黙って立ち尽くしていたが、突然響いてきたがなり声に我にかえる。
あわてて目を向けると、警部か隊長といった風情の割れあごをした厳つい中年男が、ハンドマイクを片手に早口のイタリア語でまくし立てているのが見えた。
周りからは銃を持った男たちが、じりじりと間を詰めてきている。

「あちゃー、すっかり忘れてたよ」

「お前、何て言ってるのかわかるのか?」

「いや、聞かなくてもわかるさ」

思わず苦笑いを浮かべ、頭をぽりぽりと掻く。
そのとき、手にしていたリンゴにふと気づき、あることが頭にひらめいた。
急いでジーンズの裾で軽くこすり、赤く熟した実を一口かじると、甘酸っぱいシャクシャクとした食感が口に広がる。

「ベスパ」

かじったところを反対の手に持ち替えてみせると、ベスパにも横島が何をしようとしているのかがわかった。
手のひらに込められた念が徐々に光を放つが、その様子はリンゴに遮られて相手からは見えなかった。
そうしている間にも包囲網は狭くなり、ハンドマイクの男が一際大きな声でがなり立てる。
相当な訛りで聞き取りにくかったのだが、それはどうやら英語で「Hands up!!」と言っているように聞こえた。

ベスパと横島は一瞬顔を見合わせるようなそぶりを見せるが、やがて観念したかのように両手を挙げる。
横島の手から離れたリンゴがぽとりと落ち、近づく隊員の方へと転がっていく。
始めは何かと思って驚いたが、ただのリンゴと判るととたんに腹立たしくなり、怒って上から踏みつけた。

その瞬間―――――

『閃』の文珠が発動し、辺りは目も眩むばかりの閃光に包まれた。

「今だっ!!」

間髪を入れずに横島が跨ると、ベスパはスクーターを急発進させる。
その行き先は橋でも道路でもなく、あの半壊した屋台に向かっていった。
傾いた屋根をカタパルトのようにして駆け上がると、そのままテヴェレ川のほうへと飛んでいった。
その先には、昔崩れたまま放棄されている古い橋桁が残り、それを踏み台にして包囲網から抜け出していった。

「あーばよ、とっつぁーーん!!」

どこで聞いたような台詞を吐いて、二人は川向こうへと逃げ去っていった。

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