ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 12 ―


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(05/ 1/ 9)




 横島の身体の上には生まれたままの姿の彼女。

「私がいないとダメだって、離れたくないって、だからずっといてくれって・・・・・・言って下さい」

「お・・キヌ・・ちゃ・・・」

「横島さん、お願いです・・・・・・」

 おキヌは顔を上げ、彼の目を真っ直ぐ見つめていた。長く艶やかな黒髪が濡れ、薄く桜色に上気した頬や額に掛かっている。その前髪の奥の眼差しは真剣そのものだった。


 これは「お願い」、なのだろうか―――クラクラと思考のまとまらない頭で横島はそんな事を思った。そう呼ぶには余りにも抗い難い力を感じる。
 泡をかぶり吸水した衣類が冷たく重い。全身にまとわり付く不快の中で、僅かに自分のではない温もりが溶け込む様に伝わって来た。伝わるのは温度だけではない――触れ合っている部分に全身の神経が集中して、さっき目の当たりにしたあの白い裸身を触覚で再現しているかの様だ。
 自分の腕が上がっているのに横島が気付いたのは、その両手が彼女の頭と肩に回される直前だった。
 無意識のまま、おキヌを抱き寄せようとしていたのだ。
 彼女は空中で静止した両手に気付くとクスッと笑みを浮かべ、顔の横にある彼の左手に自分の右手を添え愛しげに頬を摺り寄せる。そのまま続けて右手に左手を添え、肩へと誘い置かせる。
 両掌にダイレクトな熱い位の温もりと綿菓子みたいな儚く柔らかい、それでいて確かな感触が広がって行った。

「ほら、ちゃんと掴んでないと・・・私・・・消えちゃいそうですよ・・・・・・」

「・・・・・・うん・・・そうだね・・・」

「だから、このまま私を・・・・・・そして・・・」

 捕まえて、繋ぎ止めていて
 「行くな」と言って、心まで縛りつけて

 しかし、横島の口から出たのは全く違う言葉だった。



「でも・・・おキヌちゃん、震えてるから」

「―――えっ?」



―――――ガシッッ!

 次の瞬間、横島は両手に力を込め、おキヌを強く抱き寄せていた。

「きゃぁっ!?・・・よ・・・横島・・・さんっ!?」

 左手に彼女の後頭部を押さえたまま、右腕で大きく両肩を包み込む。顔を耳元から首筋にかけて――濡れた髪の中に埋めた。
 ゆっくりと手を動かし髪や肩を撫でる彼の動きは一見彼女を求めている様だが、良く見れば、彼女から温もりや感触と一緒に伝わっていたもの――ずっと続いていた彼女の震え――をどうにか止めようとしていると分かるかもしれない。



 彼女をここまでする程に――震えながら迫る程に――追い詰めたのは俺だ。
 結局自分の事しか見えてない、自分一人の荷物も満足に背負えない、そんな俺の弱さが彼女を追い詰めた。

 今の俺がここまでイカれ、無謀にルシオラ復活へ動いているのもその弱さの結果だろうが―――だからこそ、俺って人間がどうしようもなく弱いからこそ、その結果においては強くならなくちゃ・・強くなくちゃいけない筈だ。

 優しい人を巻き込んで、傷付けたりはしない様に。



 横島は彼女の匂いを鼻腔に甘く感じながら、耳元で小さく呟いた。

「・・・・ごめんな」

「・・・・・・どうして・・・あやまるん・・・ですか・・・?」

 その言葉の意味を察したおキヌの眉が微かに歪み、瞬く間にその瞳が溢れそうな程潤む。そこから零れ落ちるまでに時間はかからなかった。

「うん・・・ごめん・・・」

「だから・・・どうして・・・」

「ごめん・・・」

「ど・・・し・・・・・・・・・ひっ・・・う・・・うぅ・・・・・・」

 横島はおキヌを抱きしめたまま、こみ上げてくるものに言葉も出せなくなった彼女の肩と頭を、ぽんぽんと軽く叩きながら謝りの言葉を繰り返していた。



「おキヌちゃんは優しいんだ・・・誰よりも優しい子なんだ・・・それでもやっぱり・・・だからこそ・・・自分を犠牲にしようとしちゃダメなんだよ」

 横島がそう囁いたのは彼女の鳴咽と震えが治まった、しばらく経っての事だった。

「そんなんじゃ・・・ありません・・・自分で望んで・・・決め」

「でも、迷ってた・・・本当に、これでいいのかって」

「でもっ・・・!こんな人、放っといてどこにも行けない・・・っ」

「だから俺に言わせたかったんだ。求められれば・・・与える事が出来るから」

「――――!」

 耳元から顔を離し始めた横島を引き止めようとするかの様に彼の両腕へ手を添え、おキヌは猶も言い返す。

「横島さんがその一言、言ってくれれば・・・私を求めてくれれば・・・だって、横島さんには必要です。普段の横島さんだけじゃなくて・・・あの人との夢や傷を置いておける場所が・・・・・・それとも・・・私じゃ、やっぱり、ダメなんですか?・・・・・・後輩や妹みたいなものだから?・・・魅力がないから・・・?」

「バカな事言うなよ・・・・・・そんな風に俺の事に気付いてくれて俺にそう言ってくれる、そんなおキヌちゃんは・・・俺にとって、とっても素敵で・・・」

 横島は首を横に振ってから彼女に顔を見て、照れ臭そうに笑いながら答えた。そして、真顔になり言葉を続ける。

「でも・・・分かるだろ?俺は・・・自分を犠牲にしようとする女なんか抱けない・・・犠牲に・・・なってほしくなんかないんだって・・・」



 忘れない。忘れても、思い出す。

 「生きてくれ」 私にそう言ってくれた人の事を。
 私を自分の宿命から解き放ってくれた人を。

 ・・・その人の願いが叶わなかった時の事を。



 私の知っている・・・多分、みんなも知っている横島さんのいい所・・・いつでもバカでスケベで・・・どこまでも前向きでどこまでも暖かい所・・・
 ・・・・・・その全てが今は、“あの人”と結びついてしまっている。



 真剣に自分を見つめて来る彼に、おキヌはこくっと一度頷いた・・・頷くしか出来なかった。
 横島は微かに笑って、再び彼女の頭を胸に抱き寄せる。彼に顔を埋めながら彼女は少し責める様に呟いた。

「犠牲になる事を、なろうとする事を許さないなんて傲慢です・・・生きてれば・・・たとえ死んでもまた会えるなんて約束するのは無責任です」

「・・・うん」

「横島さんは・・・とても傲慢で、無責任な人なんですね」

「・・・うん」

「でも・・・私も、傲慢で無責任で・・・それなのに私を暖かく包んでくれる、そんな横島さんが好きなんです」

 横島は無言で、おキヌの髪を何度も優しく撫でる。彼の腕と胸の中で彼女は心地良さそうに目を細めた。



「さ、いつまでもこのままだとカゼひいちゃうよ。身体拭いて何か着なよ・・・俺もこのカッコのままじゃちょっとヤベーし」

 横島はバスタオルを持って来ておキヌに掛けてやる。未だ乾いてない服のせいで少し歩きにくそうだ。
 備え付けのガウンに着替えベッドに腰掛けながらしばらく待つと、着て来た服ではなく彼と同じガウンを纏っておキヌが出て来た。

「おかげですっかり身体冷えちゃいました・・・何だかとても寒いです・・・」

 そう言いながらぱたぱたと駆けて来て真っ直ぐベッドの中に潜り込む。彼女の言葉に横島は痛そうな苦笑いを浮かべた。
 
「ううっ・・・確かに俺のせいでもあると言えなくもなくもな・・・」

「――だから、横島さんが暖めて下さい」

「でも寒いのはやっぱお互い様・・・・・・って、えええええっ!?」

 驚愕しながら振り返ると、おキヌは布団から顔と手だけ出してじっと横島を見ていた。自分の横のスペース――もう一人分――を指差しながら悪戯っぽく笑顔を浮かべて。

「そして、横島さんは私が暖めてあげますから」

「ちょっ、ちょっと!それじゃ話は最初に戻るんかいっ!?」

「フフッ――だから、二人でベッドに入るだけですよ」



 ベッドの上、おキヌの隣で身体を寄せ合う距離にいる横島。
 彼女と顔を見合わせながら納得した様なしない様な複雑な表情をしている。

「なるほど・・・入る“だけ”な訳ね・・・それはそれで・・・いわゆる“生殺し状態”ってやつで俺にはかなーりツラいものがあるんですけどぉ・・・」

「ああ、それは――――――我慢して下さいね(ニッコリ)」

 おキヌは満面の笑顔で答えた。

「う、うぐぁぁぁ・・・・・・(泣笑)」



 しばらくそうしていると互いの体温を分け合う布団の中はとても暖かく感じられて来た。
 ふと思い付いて横島はおキヌに訊ねる。

「また、テレビでもつけよーか?暖かいのはいいけど、ずっとこーしててもヒマだろ?」

 しかし、彼女は首を横に振って言った。

「・・・・・・それより、横島さんにお話、してほしいです」

 横になって暖まっていたせいか、彼女の口調は普段より子供っぽい甘えたものにも聞こえる。横島は首を傾げて考え込んだ。

「話か・・・つってもなあ・・・どんな話すりゃいいんだろーか・・・?」

「夢の話が、いいです・・・」

「・・・・・・夢・・・?」

 横島の表情が怪訝なものとなり、次に不安で翳った。そして、おキヌの返事は彼の不安通りのものだった。

「はい。横島さんの最近見る夢・・・いつもうなされ苦しそうになる夢・・・聞きたいです」

 横島の顔から一気に血の気が引き表情が強張る。微かに口を開くが、言葉は出ない。
 彼の様子におキヌも慌てて付け足した。

「あっ、勿論、イヤなら話さなくてもいいんです・・・ただ、聞く事で何か横島さんのお役に立てるかもしれないと思いました・・・それに、話す事で少しでも楽になってもらえるかも・・・そうなれば嬉しい・・・」

 必死になって説明する彼女に彼の表情も幾分和らいだ。それでもしばらく彼女から目を逸らし、深く逡巡する様子を見せていた横島だったが、やがて意を決した表情で向き直るとおキヌに問い返す。

「あんまり、気分の良くなる話じゃないんだけど・・・いいかな?」

「・・・・・・はいっ、喜んで」

 横島はぽつぽつと、それを語り始めた。
 おキヌは横たわったまま彼に顔を向け、黙って聞いている。
 話しながら横島は布団の中の手に文珠を一個生成させていた。誰の目にも触れないその光玉に文字が浮かび上がり、やがて珠ごと弾け飛ぶ。

 そこに浮かんでいた文字―――『眠』

 話を聞きながらおキヌの瞼は次第に下がって行く。横島に悪いと思ったのか彼女は数度抵抗を見せるが、やがて完全に目を閉じスヤスヤと寝息を立て始めていた。
 どことなく幸せそうなその寝顔を見つめながら、横島は身体をそっとベッドから起こした。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 目が覚めた時、おキヌは走る車の後部座席に横たわっていた。衣服も元通り身に着けている。
 運転席では制帽を深く被った運転手がハンドルを握っていて、ミラー越しに彼女に声を掛けて来た。

「んん?おはようさんかい」

「あ・・・あのっ、ここは?・・・ええと」

 何故自分がここにいるのか、この車は何なのか、どこへ向かっているのか、疑問が一度に出て来て言葉にならない彼女に年配の運転手は軽く答えた。

「あー大丈夫大丈夫、料金はちゃんと前もって貰ってるから。GS美神事務所へ行けば良いんだろ?あの何かと有名な。そーいや、あんたもあの彼も前にニュースで良く出てたね」

「あの・・・・彼・・・・」

「うん、寝てるあんたをおぶって来てさ、頼むつって乗せて金払ってどっか行っちまったよ・・・まさか、薬盛られたとかじゃないんだろうね?あの辺そういうホテル多い場所だったし、あの男も何か危ない・・・痴漢とかわいせつ罪とかしてそうな感じだったじゃない?」

「・・・そういう人じゃ、ありません・・・」

 いや、実際にそういう人ですね。
 そういう人なんだけどそういう人じゃないんです。

 小さい声で言った反論へ心の中で付け加えつつ、その内容の滑稽さに一人で笑いそうになっていたおキヌだったが、運転手は済まなそうに謝って来た。

「いや、最近何かと物騒だからついね・・・悪かったね、あんたの大事な彼、疑う事言って」

「大・・・事・・・?」

「ふん、今の声聞いただけでオジサンには分かっちゃうんだよ。あんたがその彼、どんな風に思っているかとかね。ぶっちゃけ、かなーり愛しちゃってるでしょ?」

「どんな風・・・に・・・・・・あっ・・・?」

 不意に、涙がこぼれて来た。彼女自身も驚いたが、ミラー越しに彼女の涙を見た運転手は更に慌てる。

「ああっ!?またいらん事聞いちまったか?もしや上手く行ってな・・いやいや悪かった!本当に済まんかった!堪忍や!」

「あ・・・い、いえっ」

 運転手の平身低頭ぶりが横島のそれと似ていると思ってしまい、おキヌの意に反して一層激しくぽろぽろと落ちて来る。

 眠りに落ちる前に聞いていた話――横島の毎晩見る夢の内容――が記憶に甦った。
 彼の背負っていた荷物は、精神を蝕む闇はおキヌが想像していた以上のものだった。
 どの様な狂気に取り憑かれ、どの様な無謀に走ろうと納得出来る程の。

 これを知っても放っておかなければならないのか、自分に出来る事は何もないのか・・・その為に身を捧げてはいけないのか・・・そうする事が彼を更に苦しめるだけだと言うのか。
 答えはもう十分に分かっている。でも、だからこそ、何度でも聞き返したい事がある――決して返って来ない「そんな事はないよ」と言う答えを求めて。

「悪かった、ほんまに・・・」

「いいえ悪くないです・・・本当に、誰も悪くないんです・・・・・・だから・・・もう少し・・・このまま・・・・・・泣かせてて・・・下さい・・・・・・」

 自分の不用意な言葉で泣かせてしまったと思いパニクっている運転手にも、おキヌはこれだけを言うのが精一杯だった。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「トップ直々に対応が早いのは感心するけど・・・おキヌちゃんの事情聴取なら明日にしてくれない?今、眠ったトコなのよ」

 両手を腰に当てた姿勢で玄関に立ち、美神令子は自分の母を睨み付けた。
 涙を零しながら帰って来たおキヌはそれでも言葉少なに、横島に会って来た事、彼の意思は変わらなかった事を告げ、落ち着いたら泣き疲れてしまったのだ。
 美智恵は笑みを浮かべて首を横に振る。

「今来たのはその用じゃないわ・・・あんたに話があったの」

「私に?」

「明日からまた慌しくなるから・・・その前に少しばかり、ね」

 美神の通報で横島と雪之丞が緊急手配され、続けて関係者が呼び出され、あるいは捜査員が直接出向いての事情聴取が半日の間に行われたらしい・・・勿論、美神も3〜4度、オカルトGメンへと呼び出されていた。
 ピートも自分の知っている事を全て話し、今まで黙っていた事を謝罪した・・・「受け得る処罰は覚悟します」と最後に言って。
 唐巣神父や魔鈴の元へも捜査員が現れた。三人とも一様に驚いていたが、幾つか、横島の言動に心当たりがある様だった。法術や魔法について何度か妙に専門的な質問をされた事があったと言う。
 雪之丞と交際のある弓かおりは、またもや彼が自分に黙って勝手な動きをしている事に激怒した・・・「またもや」とある通り、よくある事でもあるらしい。ただ、横島の行動と理由については複雑な感情を見せていた様だ。
 六道冥子も方術について何度か横島から尋ねられた事があったらしいが、何せ彼女なだけに余り要領を得た取り調べは出来なかった。

「まず一つは、神内さんの事」

 応接室に通された美智恵は、ティーカップに口をつけてから言葉を続けた。

「交際は別として・・・あんたに、彼の様子を見ていてほしいの。横島くんに接触しようとするかもしれないから」

「神内・・・さんが!?」

「そうよ。ドクター・カオスを通じて間接的にだけど、彼も関わっている。西条くんの報告を見る限り、今後、神内コーポレーションが横島くんのバックに回ろうとする可能性は高いわ・・・この件でGS協会も・・・Gメンでも、横島くんの業界追放を考える事になるでしょうし、それは彼らにとっては好機なのよ」

 話が見えないと言いたげに美神は美智恵を凝視する。美智恵は溜め息をついて娘に説明した。

「たとえそうなっても、彼ら専属でなら横島くんはGSを続けられる・・・場合によっては、復活した“彼女”と一緒にね。彼らなら・・・いずれは協会に圧力をかける事だって可能になるかもしれないわね・・・ブラックリストに乗った能力者を削除させるとか」

 彼女と一緒に・・・美神は息を飲む。
 一旦バラバラにしてから自分の手の中へ両方別々に収めるのが神内のやり方・・・今までも知っていた事が今までとは違うリアリティを持って彼女の目の前にあった。
 そんな娘の表情をちらっと見てから、美智恵は再び言葉を接いだ。

「そして、もう一つの用だけど、これは横島くんの事。彼の行動の成功失敗、捕まえた後の処分をどうするかは抜きで・・・あんた、彼を独立させて見る気はない?」

「―――――ええっ!?それって・・・どういう事っ?だって・・・アイツは」

 もう、既にここの人間とは呼べない――GSとも呼べないかもしれないのに。「独立を考える」どころの状態なんかではない。
 美神は美智恵の考える事が今度こそ完全に理解できなかった。彼女は娘の混乱をよそに、また一口、ハーブティーを唇に含む。









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―


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